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雑誌目次

雑誌文献

精神医学43巻11号

2001年11月発行

雑誌目次

巻頭言

担当症例からの展開に期待する

著者: 堀口淳

ページ範囲:P.1170 - P.1171

 私の研修医時代には,「徹頭徹尾,症例から学べ」と叩き込まれた。大阪大学をご卒業後,群馬大学で故・江熊要一先生から生活臨床の薫陶を受けられた佐藤勝先生(現・くじら病院副院長)が私の臨床の恩師である。患者の行動観察を第一義とし,行動特性を明らかにし,治療に活用することを信条とすべし。若いうちは患者との「距離」は気にするな,精一杯接近してオーベンから患者を奪えと。担当入院患者と入浴し,就寝までゲームに興じ,毎朝6時にともにグランドを走った。異論はあろうが,この極端から出発した心得が私の臨床の礎となり,現在でも教育,研究の根本姿勢となっている。
 現在私が外来で担当している症例を通じて,いくつかの視点や展望を列記したい。

特集 青少年犯罪と精神医学

青少年犯罪と精神疾患を語る前に—児童青年精神医学から見えるもの

著者: 山崎晃資

ページ範囲:P.1172 - P.1179

はじめに
 最近,青少年の犯罪があいついで報道され,「17歳の犯罪」と呼ばれて社会的問題になっている。2000年に起きた主な事件を列挙しても,東京・夢の島公園の中学生による殺人事件(2月),名古屋市の中学校同級生による恐喝事件(4月),茨城県の17歳の少女による軟禁・両耳切り落とし事件(4月),豊川市の高校生による主婦殺人事件(5月),佐賀市の高速バス乗っ取り事件(5月),大分県野津町の高校生による一家6人殺傷事件(8月),高校生による新宿歌舞伎町のビデオショップ爆破事件(12月),兵庫県御津町の18歳の少年と女子高校生によるタクシー運転手刺殺事件(12月)などが起きている。あまりに理解しがたい唐突な行動であるためにおとな達はとまどい,子ども達にいわれのない恐怖心を抱いている11)
 青少年犯罪については,多くのジャーナリストが長期にわたる綿密な取材を行い,さまざまなレポートを発表している。一方,児童精神科医は,まさに「臨床」という視点をとり続けるために,犯罪を犯した青少年に会い,彼らおよびその家族から必要な情報を得なければ診断はできず,論評は差し控えるという立場をとってきた。新聞報道による断片的な情報では,さまざまな診断概念が想定され,感覚的にどの概念に該当するケースかというイメージは浮かんでも,それを公にすることにためらいを抱いてしまう。このために,「子どもが犯す犯罪なのだから,児童精神科医はもっと大胆に見解を公表すべきである」と批判されることもある。
 このような青少年の犯罪が起きるたびに,事件の成り立ちや犯罪を犯した青少年の心理状態についてのさまざまな論評がマスコミで取り上げられ,行為障害,解離性障害,境界例,さらにはアスペルガー障害などの診断名が新聞紙上をにぎわす。そして,わが国においては児童青年精神科医療が未だに確立されておらず,欧米諸国からすでに半世紀もの遅れをとってしまったことが報道されるようになった。ここでは青少年犯罪を語る前に,児童青年精神医学の視点から,最近の青少年のこころの問題を考えてみたい。

最近の青少年犯罪と社会

著者: 朝倉喬司

ページ範囲:P.1181 - P.1186

 1990年代末から2000年にかけて,少年犯罪の領域に,従来の通念や解釈の枠組みからする理解を絶したような傾向があらわれて,そのこと自体が深刻な社会問題化した。
 「問題」の焦点として,いやおうなくクローズアップされたのは,その動機形成の不可解さである。たとえば2000年5月1日,愛知県豊川市で起きた「主婦殺人」の容疑者である高校3年の男子生徒A(17歳・犯行時,以下同)は,犯行の動機について「人を殺す経験が自分には必要だった」,あるいは「人が物理的にどれくらいで死ぬのか知りたかった」などと供述して捜査当局を戸惑わせた。自宅近くの無職T・H(68歳)方へ侵入,同家の主婦(64歳)の頭部を用意した金づちで乱打したうえ,首や顔など40か所を包丁で刺して殺害,被害者の夫であるT・Hにも切りつけ,首を絞めてケガを負わせたというのがAの犯行のあらましである。Aの供述をそのまま表面的に受けとれば,これだけの犯行が,ただ「探究心」「好奇心」によってなされたことになる。調べにあたって終始冷静であり,整然と自らの犯行を“説明”したAは,高齢の女性を狙った理由について「若くて未来のある人は(殺しては)いけないと思った」とも述べた。

犯罪を犯した本人と家族の苦しみ

著者: 神谷信行

ページ範囲:P.1187 - P.1193

犯した罪,被害感情と向きあう苦しみ
 犯罪が起きれば必ず被害者が生じる。殺人,強盗,強姦などの「凶悪犯」にあった被害者の痛みが言語に絶するのはもちろん,軽微な窃盗事件であっても,愛着ある物や苦労のすえ稼いだ現金を盗まれたような被害者には,物心両面の甚大な痛手が生じている。
 一見被害者がないかのごとくみえる薬物事犯にも被害者は存在する。薬物事犯の真の被害者は,薬物で身体を蝕まれた本人である。さらに,薬物によって判断力を奪われた本人が二次的犯罪を引き起こせば,そこにも新たな被害者が生まれる。

非行少年の矯正治療と社会復帰—医療少年院の現場から

著者: 奥村雄介

ページ範囲:P.1195 - P.1202

はじめに
 最近の少年非行1,2)を全体的に見ると,少子化にもかかわらず非行件数が増加しているだけでなく,粗暴・凶悪化,薬物事犯の高水準の推移,女子少年の進出,低年齢化などの傾向がある。また,少年矯正の現場では精神科領域との境界線にある非行少年が増加しているとの声が聞かれ,「育て直し」ということが盛んに叫ばれている。このように少年非行の質・量ともに大きく変化している中で,量の面から見た場合に軽視できないのは覚せい剤を中心とした薬物事犯であり,特に女子少年では大きな比重を占めている。また,シンナー,大麻,コカイン,ヘロイン,LSDなどの非合法薬物と並んで向精神薬などを含む多剤乱用が増加しており,薬物汚染の裾野は低年齢層まで広がっている。質の面から見ると,普段はあまり目立たない普通の生徒による唐突で動機の不可解な凶悪事件が連続して発生し,「いきなり型非行」と呼ばれ,世間の耳目を集めている。薬物乱用に代表されるような,社会規範からの逸脱である「従来型非行」と内にこもるタイプの少年による「いきなり型非行」は対極にあり,少年非行は二極化4)していると言うことができる。また,不登校,ひきこもり,家庭内暴力の中から非行に発展する例が散見され,その一部が「いきなり型非行」に結びついていると考えられる。このように少年非行の二極化がみられる中で,どのような非行少年が医療少年院送致となり,どのような治療・教育がなされ,どのように社会復帰していくのかについて事例を挙げながら論を進めていく。

青少年犯罪と精神科医療

著者: 松田文雄

ページ範囲:P.1203 - P.1208

はじめに
 昨今の青少年犯罪に対して,精神科医療の果たすべき役割があらためて問われる状況であると考えられる。最近の少年非行の傾向として,凶悪犯で検挙された少年のうち,過去に非行歴のない初発型の子どもが約半数を占めると言われている。すなわち,それまで非行歴のない,いわゆる「普通の子」がなぜそのようなことをしたのかという疑問が投げかけられる。このような子ども達と精神科医療が事前に出会うことはまれであると言えよう。しかし,犯罪を起こし,検挙され,精神鑑定の結果,初めて精神科医療とのかかわりが生じることは十分に考えられる。一方,非行の問題に対し,精神科医療の場でかかわることは決して珍しいことではない。また,不登校,家庭内暴力,家出,性的逸脱行為,有機溶剤中毒などのさまざまな相談を保護者から受ける場合,治療経過中に少年の行動が犯罪に結びつくことがあり,医療と司法の間で直接あるいは間接的に精神科医がかかわることは少なくない。その背後には,家庭環境や養育環境,学校生活,社会環境,生物学的背景などがある。臨床家として,問題行動の理解という観点から,きめ細かくこれらの背景についてその子ども特有の心的体験を明確にしていくことが必要であり,精神医学的関与が求められる。また,多くの症例から得られた情報を基に,共通する問題を検討し,予防医学という観点から問題行動への関与も問われる。精神科医療という観点から,これら諸点について以下に述べたい。

非行と児童相談所—反社会的な行動をとる児童に対する福祉現場のかかわり

著者: 本間博彰

ページ範囲:P.1209 - P.1214

はじめに
 児童相談所は反社会的な行動をとる子どもたちに対して犯罪という視点ではかかわらない。取り締まる,あるいは罰を科すという視点ではなく,教護という視点で長くかかわってきた。生育環境の問題性に重きを置き,非行進度が深まることから子どもを保護し,社会的な規範を身につけるべく教育するという考え方によってこの取り組みが行われてきた。2001年からは児童相談所の相談分類は教護から虞犯に変わり,教護という名称が消え非行相談は虞犯と触法相談となった5)。非行近縁の問題のとらえ方については少年法による影響を受けてのことと思われる。ちなみに児童相談所運営指針によれば,虞犯相談とは,虚言癖,浪費癖,家出,浮浪,乱暴,性的逸脱などの虞犯行為,問題行動のある児童,警察署から虞犯少年として通告のあった児童,または触法行為があったと思料されても警察署から法第25条による通告のない児童に関する相談,とされている。
 反社会的な行動をとる子どもたちの指導には,児童福祉法と少年法が対応しているが,児童相談所はこの二つの法律の枠の中でこうした問題を持つ子どもとかかわる。つまり,児童相談所は行政機関という性格のゆえに,法の規定や社会的な要求に応えてゆくことが強く求められる。そのため,子どもの権利擁護と治療的な介入の狭間に立たされることもある。また,近年は激増する児童虐待対策の中心的な機関として,崩壊の一途をたどる家庭の苦悩やそれを取り巻く地域社会の狼狽ぶりにいささか振り回されているところでもある。
 さて,反社会的な行動をとる子どもに対する児童相談所の臨床は,関連する施設のコンセプトと大きくかかわる。代表的な施設は児童自立支援施設で,教護院と長らく称されてきたが,1997年の児童福祉法の改正により児童自立支援施設と改名され,従来の非行児童の保護と指導に加え治療的な取り組みが求められるようになった。その理由としては,非行に走る子どもたちの背景に家族的な問題が多いこと,また心の傷を持った子どもが多いこと,教護という考え以上に治療やリハビリテーションという取り組みが必要になってきたからと考えられる。本稿ではこうした児童相談所の非行をめぐる問題と課題を児童相談所の現場に長らく身を置く精神科医の経験から述べてみたい。
 なお,本稿では,子どもについて,児童,少年といった表現を使用しているが,子どもは総称として使用し,児童は児童福祉法に,少年は少年法にかかわりのあるテーマについて述べるとき使用している。

少年犯罪と被害者—その種々相

著者: 山上皓

ページ範囲:P.1215 - P.1221

はじめに
 最近の少年事件が人々に不安や戸惑いをもたらすのは,その犯罪の態様に,容易には理解しがたい質的な変化を感じとっているからであろう。少年たちが,「世間を騒がせたい」,「人を殺してみたかった」などと言いながら,いとも簡単に人を殺し,反省することを知らないという異常な事態を前にして,わが国社会は困惑し,まだ有効な対応策を見いだせずにいる。事態の解明は容易でないであろう。少年犯罪には,実に多くの要因が反映されているからである。個々の少年の資質問題に加え,家庭や学校,地域社会など,少年の育成にかかわるあらゆる環境,その時代の社会文化的な変化,犯行当時の状況要因などが,さまざまな形で複雑に絡み合いながら影響し,犯罪を生み出している。
 筆者5,6)はかねてより,近年の少年非行の動向を正しく解し,その対策を検討するには,まず,わが国社会の戦後における社会化機能の総体的な低下,すなわち,わが国社会が家庭,学校,地域社会,国家,それぞれのレベルにおいて,少年を社会人として健全に育成する能力を大きく低下させてきた事実を直視する必要があることを指摘してきた。
 本特集においてはまず,家庭における虐待や学校におけるいじめなど,過去の被害経験が犯罪者に及ぼしている影響について概観したい。最近の少年犯罪に関する重要な調査報告には,この問題の深刻さを示唆する所見が共通してうかがえるからである。次いで,筆者がかつて精神鑑定をする機会を得た事例を紹介し,いじめや虐待が,どのようにして犯罪へと結びついて行くかを例示したい。最後に,筆者が被害者支援を通じて接する機会を得た被害者の例を示し,被害からの回復のために必要な治療的援助のあり方についても述べたいと思う。

研究と報告

既視感(déjà vu)体験評価尺度日本語版の作成とその妥当性の検討

著者: 足立直人 ,   足立卓也 ,   木村通宏 ,   赤沼のぞみ ,   加藤昌明

ページ範囲:P.1223 - P.1231

【抄録】 既視感は,一般によく認められる精神事象であるが,これまで十分な検討がなされていない。筆者らは,Snoらが開発した既視感および関連精神現象の定量的評価尺度(Inventory for Déjà vu Experiences Assessment)を,原著者の許諾を得て日本語訳し,その信頼性および妥当性を検討した。
 健康正常者73例を対象とし,日本語版を2回実施した。A項目での内的一貫性は良好であった。順位データ項目の級内相関係数は0.49-0.88,二値データ項目のCohenのκ係数は大多数の項目で0.3以上であり,高い信頼性を示した。一般成人における既視感出現頻度は76.7%であり,性差はなく,高齢者では少ない傾向があった。これは,欧米での先行研究とほぼ同等であり,妥当性も十分と考えられた。

書字障害にて発症し,緩徐進行性に頭頂葉症状を呈したdorsal posterior cortical atrophyの1臨床例

著者: 上田英樹 ,   北仁志 ,   北林百合之介 ,   中村佳永子 ,   成本迅 ,   山野純弘 ,   大見陽子 ,   福居顯二

ページ範囲:P.1233 - P.1238

【抄録】 書字障害にて発症し,構成障害,Gerstmann症候群などの頭頂葉症状が緩徐に進行したposterior cortical atrophy(PCA)の1臨床例を報告した。症例は57歳男性。53歳時より書字が困難になり,その後,左右障害,手指認知障害,構成障害,着衣失行などの頭頂葉症状が緩徐に進行したが,この過程で人格や病識は保持され,明らかな記銘力障害,見当識障害は確認されなかった。頭部MRIにて両側頭頂葉萎縮を,また123I-IMPSPECTで同部位の脳血流低下を認めた。これまでPCAにおいて多く報告されてきた失読や視覚失認などの高次視覚機能障害を欠いていたことから,dorsal typeのPCAに相当すると考えられ,PCAの臨床的多様性を中心に考察を加えた。

精神・神経症状を来したウット®依存の2症例

著者: 井上誠士郎

ページ範囲:P.1239 - P.1243

【抄録】 市販の催眠鎮静薬ウット®の常用により,精神・神経症状を来した2症例を報告する。症例1は49歳の男性で,3〜6錠/日を19年間使用していた。全身けいれんが治療の契機となり,服薬中断後,多幸感,落ち着きのなさ,せん妄が出現した。症例2は35歳の女性で,12錠/日を9年間使用していた。経過中にけいれん発作のエピソードがあり,60〜72錠/日を連用後,急性中毒で入院となった。入院後,易刺激性,情動不安定,せん妄が出現した。いずれの症例も,服薬中断後5〜6日が経過してから,激しいせん妄状態を呈したことが特徴的であった。ウット®の常用により精神・神経症状を来しうるので,その使用には厳重な注意を要する。

短報

約30時間周期の睡眠・覚醒リズムを呈した非24時間睡眠・覚醒症候群の1例

著者: 竹内賢 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.1245 - P.1247

はじめに
 日常の外部環境の下で24時間の睡眠・覚醒周期を示さない概日リズム障害として非24時間睡眠・覚醒症候群(Non-24)が知られている。通常Non-24の睡眠・覚醒周期は約25時間を示すことが多いが,今回我々は睡眠・覚醒周期が約30時間と長いNon-24の1例を経験した。この症例ではvitamin B12が著効し,正常の睡眠・覚醒リズムを取り戻した。

頭部MRIにより淡蒼球の継時的変化を追跡しえた一酸化炭素中毒の1例

著者: 中村主計 ,   上原隆 ,   一瀬真理 ,   萩野宏文 ,   鈴木道雄 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.1249 - P.1252

はじめに
 近年,一酸化炭素中毒の重症度の判定,予後の予測に頭部Magnetic Resonance Imaging(MRI)が有用とされている。しかし,一酸化炭素被曝の早期から,MRIにて経過を追跡した報告は多くはない4)
 我々は,頭部MRIで淡蒼球に特徴のある継時的変化を観察しえた,自殺企図による一酸化炭素中毒の1例を経験したので報告する。

Quetiapineが著効したせん妄の3症例

著者: 佐々木幸哉 ,   傳田健三 ,   小山司

ページ範囲:P.1253 - P.1255

はじめに
 せん妄は,意識レベルの変動と認知機能の全般的低下を特徴とする器質性精神障害である。せん妄は基礎疾患の検査や治療の阻害因子となりえ,またせん妄の存在自体が生命予後不良のサインであるとも言われている5)ことから,せん妄の適切な治療法の確立はコンサルテーション・リエゾン精神医学における重要な課題の1つである8)
 今回我々は,せん妄の3症例に対して新規抗精神病薬であるquetiapineを使用し,良好な結果を得たので報告する。

精神医学における日本の業績

猪瀬正の業績

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.1257 - P.1261

はじめに
 猪瀬正は,1937(昭和12)年に東京帝国大学医学部を卒業後,内村祐之教授が主催する精神病学教室に入局し,その後東京都立松沢病院にて精神神経医学の臨床経験を積み,神経病理学研究に従事し,1954(昭和29)年に横浜市立大学医学部精神医学教室の教授に就任し,1977(昭和52)年に退職するまで同精神医学教室の基礎を築いた。その後,所長として国立武蔵療養所に迎えられ,わが国の精神神経医学の発展に貢献した。猪瀬の経歴については,ここでは簡単に表に呈示するにとどめ,詳細については筆者6)の論文を参照されたい。
 さて,「猪瀬」と言えば,「猪瀬型肝脳疾患」と言われたほど,猪瀬正は猪瀬型肝脳疾患の発見者としてよく知られている。
 猪瀬は,1950年に有名な「錐体外路性疾患の病理知見補遺:肝脳変性疾患の一特殊型」という論文1)を精神神経学雑誌に発表した。この論文では,猪瀬自身が経験した4症例の臨床病理学的報告に基づいて,新しい疾患概念として「肝脳変性疾患特殊型」を提唱した。2例は戦争に行く前に東京都立松沢病院で経験した症例であり,2例は終戦後に同病院で経験した症例であるという。この論文は,「内村教授指導」と書かれているように,猪瀬の医学博士論文である。
 この疾患はその後,内村により猪瀬型肝脳疾患と命名され,一疾患単位としてわが国で広く知られるようになった。さらに,これは,2年後にイギリスのJ. Neuropathol. Exp. Neurol. に“Hepatocerebral degeneration:A specialtype”というタイトルで報告され2),さらに追加所見として,特にグリコーゲンの所見をドイツの雑誌に報告した3)が,残念ながらこれらの業績は国際的に注目されるまでには至らなかった。
 もう一つの猪瀬の重要な論文は,1955年に精神神経学雑誌に発表された「老人脳の病理」という論文4)である。
 ここではまず,1950年に精神神経学雑誌に報告された論文について紹介し,次いで1955年に同雑誌に報告された論文を紹介する。

資料

精神病院入院患者における高脂血症の頻度

著者: 長嶺敬彦

ページ範囲:P.1263 - P.1268

はじめに
 高脂血症は,心血管イベント発症の重要な危険因子である。一方,精神疾患患者は,生活習慣や療養環境による運動不足ならびに長期の抗精神病薬の服用により,肥満や糖尿病の合併頻度が高く,高脂血症を発症しやすい集団と考えられる。しかし精神疾患患者を対象として,高脂血症の実態や治療について調査した報告は少ない。そこで精神病院入院中の患者で,アルコール性精神病を除く患者を対象として,レトロスペクティブに高脂血症の頻度を調査した。一部の症例では,空腹時インスリン値を調べ,インスリン抵抗性を検討した。さらに精神疾患患者の高脂血症の治療として,スタチン製剤が有効であるかどうか検討を加えた。

「精神医学」への手紙

10歳以下の子どもに大うつ病性障害が存在するか—大井論文を読んで

著者: 原井宏明

ページ範囲:P.1270 - P.1271

 児童青年期は私の専門ではないが個人的に大変関心のある領域である。展望:大井論文2)は大変参考になった。ただし,気になったところがあるので,2,3指摘したい。
 まず第1点として,展望論文のあり方について議論したい。大井論文は,“はじめに”の章で“確かに,現在の子ども達を取り巻く環境は悪化の一途をたどっている”,“成人の診断基準を特に児童期の感情障害にどこまで当てはめることが可能なのだろうか”,“内因性と心因性の違いも以前のようにあまり顧慮されなくなってきていることを批判しているが,同感である”と著者の意見を明らかにしている。この後の本文もこの意見に合わせて書かれている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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