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雑誌目次

雑誌文献

精神医学43巻2号

2001年02月発行

雑誌目次

巻頭言

医学部教育事情

著者: 守田嘉男

ページ範囲:P.116 - P.117

 本誌の読者の中には大学を離れてから年月を経て,2000年今日の医学部教育や,研修医と呼ぶ卒後1〜2年の新人医師たちが何を考えて過ごしているかに疎遠になっている方もあるかと思う。筆者は医科大学に勤める者の義務の一つとして,学生部委員やカリキュラム委員を引き受け,全国の医科大学と医学部の事情に多少通じているのでご紹介することとした。
 ここでの卒後前期研修については追加のつもりで,主に医学生のことを記すつもりである。また筆者は精神科神経科講座で,精神医学(精神の疾患という講義題目となっている)を担当する教員なので限られた経験であることは言うまでもない。思い切って教員としたのは教師と書くのが無理すぎるからで,仰げば尊し我が師の恩と唱った学生と教師との関係は今,望むべくもない。しかし互いにあまり接近しすぎないのも好ましいとも言える。講義への出席はよく,話題になった私語も注意すれば全くなくなる。机の上の飲料水のボトルも水道水が危なくなれば当然の行動であろう。優秀な女性も増えた。男子学生より1ランク上ではないか。外科系を選ぶ女医も珍しくなく何の支障もないとのことである。

特集 今,なぜ病跡学か

病跡学の今日

著者: 加藤敏

ページ範囲:P.118 - P.127

はじめに
 優れた芸術家や作家,思想家の人となりや,創造性についての研究は,評論家や哲学者などにより多数なされている。サルトル48)によるフロベール論や江藤淳15)による漱石研究がそのよい例である。この点で,学際的領域にかかわっている病跡学の独自性は精神医学が築き上げた疾病概念や病態把握,および癒しといった観点から,人間の創造性に光を当てるという問題枠に求められる。今日,病跡学研究はさまざまな関心のもとにいろいろな国で行われている。おおまかに言えば,創造性と精神障害という問題枠に対する接近の仕方の違いは,それぞれの国の精神医学の土壌をそのまま反映するといってよい。
 実際,ドイツ語圏およびわが国では精神病理学の観点から,また,フランス語圏ではフロイト,ひいてはラカンの精神分析の見地から,創造過程を個々の天才的な人について明らかにしようとする研究が多いのに対し,英米圏では最近,操作的診断に基づいた統計学的な多数例研究が注意をひく。
 小論ではまず,創造性と精神障害の関連に関する多数例研究を一瞥した上で,今日の精神病理学の観点から創造過程や創造行為がいかにとらえられるのかについて論じ,最後に病跡学の新しい動向に触れたい。

病跡学と精神科臨床

著者: 中谷陽二

ページ範囲:P.129 - P.136

はじめに
 病跡学が対象とするのは傑出人や芸術家,歴史上の人物であり,彼らが残した作品や事績である。したがって,医療サービスには貢献しない机上の学である。しかし,腹の足しにならない余技にすぎないにしても,精神科医や心理療法家の興味をそそるには相応の理由があるはずである。病跡学の実学的な効用として思い浮かべられるのは,表現病理学という観点から芸術療法に寄与することである。とはいえ,病跡学は芸術療法に解消されるわけではなく,それ自体の存在意義を持つ領域である。小論では病跡学が症例研究を基本に据えるという事実から出発し,精神科臨床に対して持つ意義について考えることにしたい。

病跡学と精神分析

著者: 新宮一成

ページ範囲:P.137 - P.144

エジプトのピラミッド
 以前に報告したことのある患者の言葉から,病跡学と精神分析学の関係を論じ始めることをお許しいただきたい。筆者はその言葉に関して,機知との関連をすでに指摘はしたが,その際にはむしろ笑いとの関係を論じることが主眼であった。今回は機知としての意義を取り上げたい。いうまでもなく,機知は一つの創造行為である。しかも以下に見るように,ここではその機知が,分裂病の症状である支離滅裂ときわめて近いところで発生している。この事実は,創造行為と症状との関係を探究するために病跡学的な視点を導入することを要請する。次に再録するその言葉は,精神病の発病初期にあった男性患者によって,初診を受け持った医師との会話において述べられたものである。
 「(どうしましたか?)足が長い,ハンサムだ,私の会社では,まあそんなものですわ。現実を踏み越えた,倫理的な実験台ですかね。そこにおいて,一つの仮定ができてくると,そういうものですかね。(なにかお困りのことはありませんか?)うーん,それは愚問ですな,誰しも耐えるべき欲望というものがあると思うんですがね,まあ,引き金が引かれて穴があいてからでは,エジプトのピラミッドですわ。(ピラミッドがどうかしましたか?)そこからは先生の専門領域と違いますか。」12)

分裂病と病跡学—ウィトゲンシュタインによる展望のこころみ

著者: 内海健

ページ範囲:P.145 - P.156

はじめに
 病跡学は分裂病に対して特権的な位置を与えてきた。この疾患の病理が示す現実超脱性や意表を突く横断性の中に,人は「人類の尖兵」とも言うべき姿を認め,天才の創造行為と重ね合わせてきたのだろう。Jaspers10)は,分裂病の発病に際しては形而上学的深遠が啓示されるのであり,それは模倣とわざとらしさが支配する当時の精神状況にあって「真実である唯一の条件」であるとまで述べている。またわが国では宮本14)が分裂病の超越的体験に創造性の起源としての排他的重要性を付与してきた。最近では,加藤11)が分裂病のもつ創造性促進の側面を,病理の発動の段階に即して論じており,とりわけ発病初期前後を重視しているのが注目される。
 さて,病跡学の主要な責務の一つとして,創造と病理の関係を問うことが挙げられるだろう。これは「創造が病いにもかかわらず行われる」のか「創造が病いゆえに行われる」のかという定式に代表される問いであるが,両者の関係はともすれば外在的なものと捉えられがちである。そしてしばしば創造性は病理へと回収される。この還元主義的傾向はつねに病跡学につきまとう陥穽であり,そうなると病跡学は「天才の博物学」の域を出るものではなくなるだろう。還元主義を脱する試みは,たとえばEllenberger2)の提唱する「創造の病い」の概念などに認められる。そこでは創造と病理を一元的に捉える視点が示されている。ただ,Ellenbergerの概念はもっぱら力動精神医学に親和性をもつものであり,分裂病に対して適用されうるものではなかろう。
 本稿は,分裂病と創造性に関して,還元主義に陥ることを可能なかぎり排した上で,内在的な読みを試みるものである。そこで目指されるのは,天才を疾病によって読むことではなく,逆に天才を通して疾病の姿を映し出すことになるだろう。本稿ではその教示例としてウィトゲンシュタインを取り上げる。まぎれもなく彼はフッサール,ハイデガーとならび称される,20世紀最大の哲学者の一人である。同時にこうした通俗的紹介を受け付けないきわめて特異な存在でもある。おそらくカフカ,ヘルダーリンなどと並んで,分裂病の病理をもっとも高い強度で示す天才であるが,病跡学の対象となる機会は意外に限られている7,9)。ここでは彼の前後期の代表的著作である『論理哲学論考』(以後「論考』)と「哲学探究」(以後『探究』)を中心に内在的読解を試み,病跡学の新たな方向性を模索したいと思う。

躁うつ病の病跡学—チューリングをめぐって

著者: 花村誠一

ページ範囲:P.157 - P.166

はじめに
 分裂病に比べると,躁うつ病と創造性との関わりについての研究は,まだまだ立ち遅れているといわざるをえない。あの「霊感に打たれた状態」なるものが,おおむね相期的に経過し,明らかに軽躁状態を思わせるにもかかわらずである。Andreasen2)はアイオワ大学作家連盟30名の調査結果から,むしろ,この月並な印象を裏づけている。彼女によれば,80%に感情障害がみとめられ,躁うつ病は分裂病よりも創造との関連が強いことになる。だが,仕事遂行の量的上昇ならともかく,そこに創造の名に値する質的飛躍がみとめられるかどうかは疑問である。宮本19)もいうように,躁病においては創造に必要な「世界からのへだたり」がかえって失われてしまうからである。もし文学や芸術ではなく科学的創造を例にとるならば,こういう異議から身をかわすことができるかもしれない。おそらく,科学においては,量的増大が質的変容をもたらす「閾値」にあたるものが見いだせるはずである。
 飯田と中井の名著『天才の精神病理』8)は,こういう閾値が成立する以前の科学的創造をあつかったものである。20世紀後半,コンピュータによる計算力の驚異的増大は,科学の地形そのものを大きく変えてしまった。ここでは,科学史におけるこの意味での特異点ともくされる英国の数学者アラン・チューリングをとりあげてみる。彼による「計算する機械」の発案ないし実現は,ある種の躁的メンタリティーに負うことなしにはありえなかった。母親サラ22)は亡き息子を愛しんで,Hodges7)はゲイ・リベレーションの一環として,それぞれ興味深い伝記を書いた。これら2つの伝記を参照すれば,チューリングにおける人格形成の「以前」と「以後」とが眺められるだろう。われわれの眺めを「内側」からのものとするため,Maturanaのオートポイエーシスに依拠しながら論述していく5,13)。心的システムの作動的閉鎖性に即して,システム間の構造的カップリングの様態をとらえるわけである。

神経症・境界例と病跡学

著者: 福島章

ページ範囲:P.169 - P.174

疾病論から操作的診断へ
 1.疾病論
 神経症の概念は,古く18世紀のCullenの命名に遡るが,心因にもとづく心理的障害という近代的な定義は今世紀に入ってからのもので,神経症という上位概念の下に,その後さまざまな類型が命名された。
 一方,境界例の概念は,始めは偽神経症性分裂病,潜伏分裂病,外来分裂病,境界状態(分裂病の前後の状態),境界患者(疾病単位)などと呼ばれるなど,その概念は始めから大いに変遷を重ねたが,おおむね,神経症と精神病との「境界」領域と考えられてきた。(このほかに,正常,精神病,人格異常,神経症の4つに跨る境界状態とするSchmidbergの考え方もある)。そして,症状学的にはGundersonらの臨床的な症状の整理や記述,精神力動学にはKernbergの境界人格構造(BPO)の提唱などによってその理解が大いに進められたが,病跡学の領域においてこれらの貢献が活用された例はあまり多いとはいえない。

てんかんと病跡学

著者: 兼本浩祐

ページ範囲:P.175 - P.182

はじめに
 最近の主要な精神医学・神経学の雑誌を通覧してみると,てんかんの病跡学に関して群を抜いて取り上げられているのは,ドストエフスキーとファン・ゴッホであり,他方,現在の臨床てんかん学を基準として検討した場合,既存の資料から診断的にてんかんであったことをほぼ確実に推定することができる事例は,有名な事例においてはおそらくはドストエフスキーとフローベールのみである。したがって,本稿では,稿の前半をこの三者を中心とした事例紹介に当てる。そして稿の後半において,てんかんの病跡学を,人に特有の意識構造の解明への寄与と病跡学における診断の意味に焦点を当てて考察してみたい。ただし,本稿での事例解説については以前の総説9)を若干の修正を加えて用いたことをあらかじめ断っておきたい。文献などは詳しくはこの総説を参照されたい。

研究と報告

うつ病の遷延化要因—長期入院患者による検討

著者: 田所千代子 ,   宮岡等 ,   上島国利

ページ範囲:P.185 - P.193

【抄録】 うつ病の遷延化要因を探る一助として長期入院患者の特徴を検討した。うつ病患者51例を入院期間の中央値にて長期群と非長期群に二分し以下の要因を比較した。その結果,長期群の特徴として(1)症状出現から精神科受診までの期間が長期である。(2)病前のGAF尺度得点が低値である。(3)HAM-D 21項目得点が入院2週間後も高値である。(4)HAM-D心気症項目得点が入院時より高値である。(5)入院2週間後までの抗うつ薬の1日平均投与量が低用量であることなどが挙げられた。入院2週間後までに十分量の抗うつ薬の投与ができない場合は長期化につながる可能性が高く,心理教育に力を注いだり,電撃療法を考慮するなどの必要性があるものと考えられた。

治療抵抗性の抗精神病薬誘発性アカシジアに対するmianserinの効果についての検討

著者: 松山哲晃 ,   笹川嘉久 ,   佐々木史 ,   高丸勇司 ,   岩崎俊司 ,   松原繁廣

ページ範囲:P.195 - P.201

【抄録】 抗精神病薬誘発性アカシジア(neuroleptic-induced akathisia:NIA)は比較的高頻度に出現する副作用であり,服薬コンプライアンスの低下や衝動的行動の原因ともなりえる。しかし,従来の治療薬には有効性,安全性の点で問題があるのが実情である。
 近年5-HT2アンタゴニストのNIAに対する有効性が主張されているが,いずれの報告も観察期間は短期間であり,その効果の持続性や安全性については十分な検討がなされているとはいえない。我々は従来の治療薬に抵抗性のNIAを呈した2症例に対し,mianserinによる比較的長期間の治療を試みた。mianserinは有効かつ安全であり,NIAに対して試みる価値のある治療薬であると思われた。

華僑にみられた「家族内多文化葛藤」について

著者: 湖海正尋 ,   大原一幸 ,   三和千徳 ,   守田嘉男

ページ範囲:P.203 - P.209

【抄録】 神戸の老華僑である2人の寡婦とその家族におけるエスニシティの拡散について考察した。寡婦らは共に資産家であったが,阪神大震災による甚大な被害のため,おのおのうつ病発症,痴呆症状の増悪を呈し事例化に至った。両家族とも,長男は伝統的民族社会における一族の後継者としての意識が希薄であり,華僑の伝統的習慣に反し,他省人ないし日本人と結婚していた。そのため,伝統的家族形態が変化し,患者にとって同郷主義的世界観や築き上げた資産の継承が不安定な状況にあった。本稿では(1)報告の稀有な華僑症例を紹介し,(2)このような家族内にみられた比較文化的状況を,これまでの文化摩擦や文化葛藤という概念の包摂する中に“家族内多文化葛藤”という現象として見いだし,ささやかな分節化を試みた。さらに,これについては外国人社会の特殊な現象ではなく,確実に進む国際化の中,日本人の家族や社会にも生じかねない問題と考えた。

有機燐系農薬の服毒自殺後にパーキンソニズムを呈した2症例—精神症状,パーキンソニズム,遅発性polyneuropathyについて

著者: 齋藤信太郎 ,   大橋健二 ,   石原修 ,   松田潔

ページ範囲:P.211 - P.217

【抄録】 有機燐中毒によりパーキンソニズムと遅発性polyneuropathyを呈した症例とパーキンソニズムのみが出現した症例について報告する。パーキンソニズムは極期には2例ともYahrの重症度分類にあてはめればstage 5であり,1例は不随意運動,眼球上転のdystoniaを合併した。その持続期間は7日間,23日間で,2例ともパーキンソニズムは完全回復した。polyneuropathyについては,13日目より下肢のしびれや疼痛が出現し,2か月後,四肢の筋緊張低下,手袋靴下型の感覚異常,筋脱力,筋萎縮,歩行障害が判明した。5か月後筋力が回復し始めたが,11か月後でも,歩行は補助具装着により杖なし歩行が可能となったものの,手の指をまっすぐに伸ばすことができず,四肢の筋萎縮は完全回復には至っていない。

短報

高照度光療法が有効であった睡眠相後退症候群を伴う全般性不安障害の1例

著者: 山根秀夫

ページ範囲:P.219 - P.221

 全般性不安障害(Generalized Anxiety Disorder;GAD)5)は,さまざまな出来事や活動における過剰な心配や不安が主症状とされる病態であるが,睡眠障害も高率に伴うことが知られている。今回,全般性不安障害に睡眠相後退症候群(Delayed Sleep Phase Syndrome;DSPS)を合併した患者に高照度光療法を施行したところ,睡眠相の改善とともに不安,抑うつなどの症状が改善した例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

私のカルテから

サイクロホスファミドが奏効したループス精神病の1症例

著者: 大林長二 ,   森本修充 ,   石蔵礼二 ,   楯林英晴 ,   野見山晃 ,   田代信維

ページ範囲:P.222 - P.223

 CNSループスは,全身性エリテマトーデス(SLE)における中枢神経障害であり,多彩な精神神経症状を示す。特にループス精神病は,しばしば診断に苦慮するため,治療が遅れる可能性がある。今回,我々は前医入院経過と患者を取り巻く状況から心因反応を疑い治療を開始したが,改善せず,ループス精神病として,サイクロホスファミド・パルス療法により精神症状が改善した症例を経験したので報告する。

動き

「第24回日本神経心理学会」印象記

著者: 三村將

ページ範囲:P.225 - P.225

 第24回日本神経心理学会総会は,浅井昌弘会長(慶應義塾大学医学部精神神経科教授)のもとで,2000年9月7,8日の2日間,東京の笹川記念会館において開催された。精神医学的観点から神経心理学領域の諸問題ヘアプローチを試みようとする浅井会長の意図を反映して,会長講演は「感情とその病態の神経心理学序論」であり,また関連して山鳥重教授の司会のもとで「情動の神経心理学」と題したシンポジウムが行われた。シンポジストは玉井顕(post-stroke depression),波多野和夫(情動と辺縁系),平山和美(視床と情動),渡邊正孝(動機づけ情報の処理と前頭連合野),加藤元一郎(前頭葉と情動)の諸氏であった。感情ないし情動は従来の神経心理学では比較的敬遠されがちであったが,近年では今回シンポジウムでも取り上げられたように,辺縁系・前頭葉・視床といった,その脳基盤が解明されるにつれ,一種のホットトピックになっている。その意味で会長講演もシンポジウムも非常に興味深い内容であったが,一方でまだ立場や考え方によって感情・情動をどうとらえるかが大きく異なっており,問題の難しさを改めて痛感することにもなった。
 教育講演は富山医科薬科大学医学部精神神経医学教室の倉知正佳教授による「精神分裂病の神経心理学」であった。この問題も精神科領域ではきわめて大きなテーマであるが,倉知氏は豊富な臨床経験と症状分析,緻密な神経生化学的・神経放射線学的研究に裏付けられた「他者化症候群alienation syndrome」や「フレーム・ドーパミン仮説」,「社会性関連回路」などユニークな精神分裂病論を展開した。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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