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雑誌目次

論文

精神医学43巻7号

2001年07月発行

雑誌目次

巻頭言

摂食障害あれこれ

著者: 切池信夫

ページ範囲:P.702 - P.703

 摂食障害に取り組み始めてもう20年以上になる。産婦人科の先生が無月経を主訴として受診した若いやせた女性を「どうもプシやで」ということで当科に紹介されてきたのが最初のanorexia nervosa(神経性食思不振症)患者であった。それは精神科医になって約10年目の頃である。その頃,この病気について内科の教科書でやせこけて骸骨の標本もどきの写真が頭の隅にあったくらいで何の知識もなかった。しかし,今から考えると,この頃から日本でも摂食障害患者が増加しつつあった。
 今では,神経性食思不振症は若い女性の1万人に1人か2人で欧米の1千人に1人から5人にと比べて低率であるが,神経性過食症は100人に1人か2人と欧米の若い女性の有病率とほぼ同じである。そして1990年代に入り,非西洋諸国であるエジプト,ジンバブエ,ナイジェリア,インド,香港などの女子高校生や大学生の間でもやせ願望や肥満嫌悪が欧米の若い女性と同様に高率にみられることや,米国や英国の少数民族の若い女性の間でもやせ願望や肥満嫌悪が浸透し,摂食障害患者が増加しつつあるという。

展望

操作的診断基準の概念史—精神医学における操作主義

著者: 佐藤裕史 ,  

ページ範囲:P.704 - P.713

はじめに
 操作的診断基準operational diagnostic criteriaは,米国精神医学会が1980年に制定した「精神障害の診断および統計の手引き」第3版(DSM-III)の代表的な新機軸とされる32,56)。その後20年間に2回の改訂を経てDSMは広く人口に膾炙し,信頼度の高い診断を保証する基準と目されている。精神医学の臨床研究では,研究対象の選択に際してDSM-III,III-R,IVやICD-10などの操作的診断基準に準拠することを国際的水準の学術誌が求めるようになり,臨床でも,若い世代の精神科医や教育病院を中心に,操作的診断基準を診断の根拠とする傾向が目立つ。大学の卒前教育においてもDSMがしばしば提示されるようになり,操作的診断基準は現代精神医学で重要な位置を占めるに至った。
 他方,診断基準は精神医学以外の医学分野でも多数存在する。なかでも米国リウマチ協会による全身性紅斑性瘡Systemic Lupus Erythematosus(SLE)の診断基準12)はよく知られているが,その制定や改訂に関する論文12,20,61)には操作的operationalという表現はみられない。精神科診断から極力主観性を排除して客観性を高めるためのDSMが操作的と形容されるのに,臨床検査所見を含み客観性の高いSLEの診断基準が操作的と形容されないのは奇妙である。

研究と報告

精神分裂病における「奇異なbizarre」行動について

著者: 大塚耕太郎

ページ範囲:P.715 - P.725

【抄録】 「奇異な行動」が顕著な分裂病群(奇異群)の特徴について検討した。奇異群は発病年齢が低く予後不良で,全般的重症度が高く,難治性分裂病との近接性が示唆された。症候論的には陽性症状,陰性症状,精神運動興奮など多彩な精神症状を示すが,陰性症状は相対的に重要度が低く,重篤な一級症状,奇異な思考障害を特徴とする。さらに,奇異群の特質である重篤な全般的重症度,思考解体,奇異な思考は妄想型,破瓜型,残遺型に共通して認められた。そして,症状構造は分裂病全般の特徴とされる5因子モデル,KraepelinやBleulerの中核概念に類似していることから,歴史的に形成されてきた分裂病概念の中核を体現しているといえる。

精神分裂病者の地域生活に対する自己効力感尺度(SECL)の開発—信頼性・妥当性の検討

著者: 大川希 ,   大島巌 ,   長直子 ,   槙野葉月 ,   岡伊織 ,   池淵恵美 ,   伊藤順一郎

ページ範囲:P.727 - P.735

【抄録】 精神障害者に対する心理教育で援助目標とされている主体性をアセスメントする主観的指標として,「地域生活に対する自己効力感尺度(SECL)」を開発し,その信頼性・妥当性を検討した。精神分裂病の短期(3か月以内)入院患者,長期(1年以上)入院患者,デイケア通所者,外来通院者,計109名を対象として自記式調査票および面接法を用いて調査を行い,尺度の信頼性・妥当性を検討した。SECLの内的一貫性(α=0.90),再テスト信頼性(r=0.82)は各対象群においておおむね十分な値が得られ,また既存尺度との相関から一定の構成概念妥当性が示された。また因子分析の結果から5下位尺度を作成した。SECLは下位尺度の使用や客観的指標との組み合わせにより,障害者個々のニーズをより適切に把握できることが示唆された。

日常診療のための簡易精神機能テスト(第3報)—分裂病者のバウム・テスト

著者: 臺弘 ,   斎藤治 ,   三宅由子

ページ範囲:P.737 - P.744

【抄録】 分裂病者を主とする日常診療の現場で利用するために,知情意の3側面の指標として,単純反応時間と穏和ストレス反応と思考の自由度を取り上げ,簡易テスト化した成績については既報された。これらの要素的・計量的指標は分裂病の陰性症状とは相関を示したが,陽性症状とは相関しなかった。そこで全体的・表象系の機能であるバウム・テストを併用して,画の特徴に陽性症状と関連するものがあるか否かを検討した。バウム画を定性的に「普通画」「陰性画」「陽性画」の3類型に区別し,判定者間の一致度を検定した後に,「陽性画・つつぬけ画」が急性・再発期に頻発し,陽性症状と相関を持つことを明らかにした。この障害は要素的3機能からは独立であり,瞬間意識内に起こる現象であるらしい。

緊張病症候群を呈する遅発性精神病の1例

著者: 鈴木一正 ,   粟田主一 ,   加藤直樹 ,   佐藤敏光 ,   佐藤光源

ページ範囲:P.745 - P.751

【抄録】 当科初診時61歳の女性。初発は49歳で父の死の直後に急速に緊張病症候群を呈し入院した。薬物治療で寛解し46日後に退院した。52歳,56歳でも家族内問題の直後に緊張病症候群を呈し入院(35日間,90日間)し,薬物治療で寛解した。60歳では誘因なく緊張病症候群を呈し,61歳での当科転院後に1コースのm-ECTを施行し寛解した。その後haloperidolを投与したが,20日後に再燃した。1コースのm-ECT後に2か月間の継続ECTをlorazepam併用下に施行し,91日後に再燃した。1コースのm-ECT後に1年間の継続・維持ECTをrisperidoneを併用下に施行し,現時点(1年6か月)まで寛解を維持している。本例は遅発緊張病の完全寛解例であるとともに,挿話性緊張病の遅発例であると考えられた。遅発緊張病と呼ばれ,従来予後不良とされた一群の中には継続・維持ECTが有用である症例がある。

てんかんの外来診療における国際分類の有用性—成人例を中心として

著者: 濱田耕一 ,   山田康一郎 ,   工藤達也 ,   藤原建樹 ,   八木和一

ページ範囲:P.753 - P.757

【抄録】 てんかん・てんかん症候群の国際分類(ILAE;1989年)が,一般的に普及しているか,またその診断(分類)は外来時点の情報でどの程度まで可能であるかを,成人例について検討した。1996年から2年間に入院した患者36名を対象とした。前医より診療情報が得られた32名のうち,国際分類に基づく診断の記載は12例で認められた。これに対し当院初診時には,てんかん疑い1を除く35例中33例に大分類が行われ,他の2例は分類不能とされた。初診時に大分類が行われた33例のうち3例に入院中にその修正があり,分類不能とされた2例には分類が確定された。国際分類に則したてんかん診断は,大分類レベルでは,外来診療でも十分可能と思われる。

短報

高齢発症の舞踏病の2女性例

著者: 白谷敏宏 ,   長友医継 ,   竹之内薫 ,   滝川守国 ,   永友知澄

ページ範囲:P.759 - P.761

 Huntington病の家族歴がなく,高齢になって発症する舞踏病を1931年Critchley3)がsenile choreaとして報告した。その後このsenile choreaの病理学所見も提出された1,4)にもかかわらず,その臨床・病理概念は確立されず,常にHuntington病との異同が問題にされてきた。しかし,近年Huntington病については遺伝子診断が可能となり9),Huntington病が否定された高齢発症の舞踏病の報告7,9)がなされるようになっている。今回筆者らは,遺伝子診断には至らなかったが,Huntington病の家族歴のない高齢発症の舞踏病の2例を経験したので,senile choreaとの関連性を含め報告する。

Fluvoxamineが有効であった疼痛性障害の4自験例

著者: 佐々木恵美 ,   鈴木利人

ページ範囲:P.763 - P.765

 臨床的に著しい苦痛やさまざまな機能障害を伴う疹痛性障害は,精神科臨床の場でしばしば経験される。その治療には,従来心理的アプローチのほかamitriptylineなど三環系抗うつ薬が用いられているが,治療に反応せず慢性に経過する例も多い。一方,諸外国では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が慢性疼痛に有効であるとする報告が散見されている1〜5)。国内ではSSRIが近年臨床の場に登場しているが,同様の報告はみられていない。今回我々はfluvoxamineが著効した疼痺痛性障害4例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

私のカルテから

長期にわたって心因性尿閉を呈した46, XY/47, XXYクラインフェルター症候群について

著者: 三和千徳 ,   植木昭紀 ,   守田嘉男

ページ範囲:P.766 - P.767

 排尿機能が心理的影響を受け,排尿障害が起こることは臨床的によく知られた事実である。しかし,このような心因性尿閉(Psychogenic urinary retention)は欧米で多くの報告があるが,本邦での報告は少ない6)。今回,我々は長期にわたって心因性尿閉を呈した46, XY/47, XXYクラインフェルター症候群を経験したので報告し,若干の考察を加えた。

精神医学における日本の業績

大橋博司の業績

著者: 濱中淑彦

ページ範囲:P.769 - P.776

はじめに
 そもそも一人の学者,医師の「業績」を評価するとはいかなる営みであろうか。それは(精神)医学史,科学史を含めて歴史記述一般や伝記の場合と同じく容易な課題ではなく,評価する側の時代自体の価値観をもって過去を賛美し,あるいは断罪する弊に陥りやすいことは近年繰り返し指摘されるところである(濱中1998)。過去の学問的業績の評価が時代によって変動することは,19世紀前半ドイツのロマン主義医学時代と後半の自然科学的精神医学の時代,20世紀中葉の人間学的(精神)医学と精神分析が優勢であった時代における生物学的研究に対する評価,そして生物学的・疫学的(精神)医学が支配的になっている昨今における人間学的精神医学および精神分析学に対する評価といった身近な実例に,まざまざと見てとることができるのであって,かつてH. Ey(1952)も指摘した通り,精神医学史はある意味で心理学派と身体学派の循環を繰り返してきたともいえる。現在の価値評価基準が将来,逆転しないことを保証するものは何もない。ことに没後わずか15年の歳月しか経ていない人物の業績を,しかも長年にわたって共同研究者として近しい関係にあった筆者ごとき執筆者が,現在の学問的状況を離れて客観的に眺めるということなど至難の業と言わざるをえない。本稿では従って,少なくとも大橋が生きた時代に極めて多くの精神医学関係者によって読まれ,彼らを学術的・臨床的に刺激したと目される大橋博司の著作の所在を明らかにして,読者に原典を自ら読む手がかりを提供することを第一の目標とし,できるだけ大橋自身をして語らしめ,また次の世代に彼の仕事がどのような形で継承されていったか,という点に主眼を置くこととした。
 大橋の仕事については,さまざまな事情で大学退官の折りに業績目録が作成される機会がなかったこともあり,直接に原著にあたって研究していただくのが一番と考えるので,本稿の末尾には主要著作の一覧を可能なかぎり包括的に作成,添付して読者の便を図ることとした。ただし共著については原則として大橋が筆頭著者の著作のみに限定し,そうでない場合は本稿文献などで言及した共同研究者(河合,濱中,大東,波多野など)などの著作をもご参照いただきたい。また主要著作(特に「臨床脳病理学」,「失語症改訂6版」)の文献欄に記載がある彼自身の個別的研究論文や,教科書,全書などへの執筆のうち内容が他と重複すると考えられるものは割愛した。また本稿の文献に挙げていない他の研究者の著作はすべて,大橋の主要著作または二次文献のいずれかに記載がある。

動き

精神医学関連学会の最近の活動—国内学会関連(16)

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.777 - P.797

 精神医学関連学会の最近の活動に関する記事が初めて本誌に掲載されたのは1987年(29:214-218)のことであり,第13期日本学術会議会員であった故島薗安雄先生の発案である。精神医学研連(研究連絡会)の活動の一環として,精神医学またはその近縁領域に属する学会,研究会の活動状況を報告し,専門領域の細分化による視野の狭小化を防ぎ,精神医学の健全な発展に資するという主旨であった。
 私は昨年秋,大熊輝雄前研連委員長のあとを受けて第18期の委員長となり,鈴木二郎,大森健一,山内俊雄,牛島定信,大川匡子,神庭重信,帆足英一の諸先生方に研連委員をお願いした。今期も引き続き研連活動の一環として,関連学会の活動の様子をお伝えしてゆきたいと考えている。現在,日本学術会議の精神医学研連には21の学会が登録されているが,登録外の学会も研連活動に関心をお持ちいただきたいと願っている。

「第21回日本社会精神医学会」印象記

著者: 浅井邦彦

ページ範囲:P.800 - P.801

 「第21回日本社会精神医学会」は,井上新平・高知医科大学神経精神医学教室教授を学会長に,2001年3月8,9日の2日間開催された。大会テーマは「社会構造の変化と日本人」で,全国各地から522名(うち学会員266名)が参加し,会場の高知新阪急ホテルはにぎわっていた。
 学会はメイン会場を含めて4会場で運営され,111の一般演題はテーマごとに分類されて,同時進行で発表7分,質疑応答5分とされ,活発な討論も行われるよう配慮されていた。

「第23回日本生物学的精神医学会」印象記

著者: 小田垣雄二

ページ範囲:P.802 - P.803

 第23回日本生物学的精神医学会は,2001年4月11日から13日の3日間,長崎大学精神神経科学講座教授中根允文会長のもとで,長崎ブリックホールにおいて開催された。今回のメインテーマである『精神疾患の包括的な解明を目指して―手をつなごう心の世紀に』は,2002年8月に横浜で開催予定の世界精神医学会を多分に意識したものと思われるが,「これまでに展開された精神疾患の生物学的なアプローチによる病因解明や臨床症状の理解についての知見を前提に,さらに関連分野の情報を加えて総体的かつ包括的な精神疾患解明を目指すチャンスにしたい(中根会長の抄録集あいさつより抜粋)」と提案された。以下に,今学会の内容をかいつまんでご紹介することにしたい。
 恒例の若手プレシンポジウムは開会に先立って,第1日目の午後に開催された。前田潔(神戸大学),辻村徹(長崎大学)が座長を務め,『精神疾患の新しい生物学的治療アプローチ』というテーマのもとで,以下の5名のシンポジストがそれぞれの立場から提言や報告を行った。まず,高野晴成(国立精神・神経センター武蔵病院)は「パルス波電気けいれん療法によるうつ病治療―臨床的有用性と作用機序の検討」と題し,すでに欧米では一般的となっているパルス波治療器を用いた電気けいれん療法の実際を紹介した。福迫博(鹿児島大学)は「精神神経科領域における連続経頭蓋磁気刺激の現状」を紹介し,近い将来,この治療法が精神疾患に対し用いられる可能性について論じた。山田光彦(昭和大学鳥山病院)は「精神障害の治癒機転解明とゲノム創薬」と題し,ポストゲノム時代のいわゆる逆薬理学の立場から従来の既成概念にとらわれない新規の抗うつ薬を探索する試みについて述べた。近藤毅(弘前大学)は「薬物反応性の予測―薬理遺伝学の応用可能性」という題目で,薬物動態学的のみならず薬力学的な立場からも,薬物反応性の予測における薬理遺伝学の有用性と限界について述べた。最後に,松尾雅文(神戸大学)は,「遺伝子治療の新しい方向―Duchenne型筋ジストロフィーのアンチセンスオリゴヌクレオチド治療」と題し,遺伝性筋疾患に対する遺伝子治療の具体例を示した。5人の演者の講演内容は,現時点ですでに利用可能なものからやや遠い将来の予測まで広い範囲にわたっており,精神疾患に対して新たな治療的アプローチを試みようとする大変意欲的なシンポジウムとなった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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