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雑誌目次

雑誌文献

精神医学43巻9号

2001年09月発行

雑誌目次

巻頭言

いま精神医療に携わるものはどうしたらよいか

著者: 清水徹男

ページ範囲:P.936 - P.937

 おそらく各国の精神科医師の数を規定するのは精神障害者の数ではなく,その国の豊かさであろう。つまり,精神医療は“贅沢品”である。その豊かさとは,経済的側面のみに規定されるものではなくて,文化的な成熟をも含むものであろう。どなたか,各国の一人あたりのGNPと人口あたりの精神科医の数を調べてくだされば幸いである。言うまでもなく,わが国は未だなお,経済的にはとても豊かな国であるはずである。
 この国は中井久夫先生のいう“微分回路”が働きやすい国ではないだろうか。バブルの時は万能感に包まれて,今は貧しさの予感に脅えて社会が一丸となってお祭り騒ぎの様相を見せつつ,雪崩を打って変わっていこうとする。行き着く先は誰も知らず,あるいはわかっていても直面化を避けながらである。

研究と報告

薬物関連問題に対する問題意識の比較—司法・警察,教育,福祉と保健医療の各分野の調査から

著者: 下野正健 ,   古賀初子 ,   板井修一 ,   多田薫 ,   伊藤智美 ,   安高真弓 ,   梶畑俊雄 ,   真崎直子 ,   松本晶美 ,   青柳節子

ページ範囲:P.939 - P.950

【抄録】 薬物依存・中毒者のアフターケアに関する地域プログラムの検討を目的として,福岡県内の司法・警察,教育,福祉と保健医療の各分野における薬物関連問題に対する(1)取り組み体制,(2)個別対応上の問題,(3)対策立案上の問題,および(4)今後の課題についてアンケート調査を行った。取り組みとしては,司法・警察と教育では「普及啓発」,福祉と保健医療では「他機関紹介」がもっとも多かった。個別対応上の問題では「複雑な家庭背景」,「再使用・再発が多い」と「薬物以外にも問題を持つ」を挙げる機関が多く,対策立案上の問題では「単独機関では対応困難」,「対応方法が未確立」,「スタッフ不足」,および「社会復帰施設不足」を指摘する機関が多かった。今後の課題としては,「啓発活動充実」,「乱用早期での介入体制の確立」,「連携の強化」,および「相互情報交換」を求める機関が多かった。
 また,各機関が指摘した問題意識の違いの大きさを比較した。その結果,分野間および対応件数別で著明な意識格差が認められた。したがって,地域プログラムとしては,まず,関係機関のネットワークを構築し,各機関が連携して対応する体制を確立する必要がある。さらに,啓発活動の充実に加えて,家族相談窓口の拡大,介入体制の確立,社会資源の整備も重要である。

強迫性障害患者における両親の養育態度の男女差—Parental Bonding Instrument(PBI)を用いた研究

著者: 吉田卓史 ,   多賀千明 ,   福居顯二

ページ範囲:P.951 - P.956

【抄録】 強迫性障害Obsessive-Compulsive Disorder(OCD)患者の両親の養育態度には特徴があり,OCDの発症に影響を及ぼすと考えられている。本稿ではOCD患者の両親の養育態度をParental Bonding Instrument(PBI)を用いて評価し,男女差について検討した。成人男性37名,女性57名のOCD患者をOCD群,Maudsley Obsessional Compulsive Inventoryにて13点未満で性別・年齢を統制した健常者を正常対照群とし,男女別にPBI得点を比較した。その結果,従来の報告と異なり,男女ともOCD群では正常対照群と比較し,父親protection得点が高いことが特徴的であり,父親の支配,干渉的な養育態度がOCDの発症に影響を与える可能性が強く示唆された。

強迫性障害患者における大うつ病のcomorbidityと治療反応性への影響

著者: 松井徳造 ,   松永寿人 ,   岩崎陽子 ,   大矢健造 ,   越宗佳世 ,   笠井慎司 ,   切池信夫

ページ範囲:P.957 - P.962

【抄録】 本研究では,DSM-IVの強迫性障害(OCD)の診断基準を満たした98例(男性35例,女性63例)を対象とし,初診時に大うつ病性障害(MDD)の共存を認めるOCD患者の割合とその臨床的,治療的特異性を検討した。また薬物療法と認知行動療法とのcombined treatmentによる治療反応性を1年後に評価し,初診時のMDD共存が治療予後に及ぼす影響を検討した。
 その結果,35例(36%)に初診時MDDの共存を認め,MDDを有する群は,有さない群に比し,既婚者の割合が高率で,全体的な機能水準が有意に低レベルであった。またMDDを有する群では,女性の割合や発症年齢などが高い傾向にあった。しかしながら両群間には,強迫症状の内容や重症度,不安の程度など,他の臨床症状に差がなく,また1年後のOCDの改善率においても,両群間に有意差を認めなかった。このため,初診時にMDD共存を認める患者が,臨床的,治療的に特異的亜型を形成する可能性は乏しく,MDDの治療予後への影響は少ないものと考えた。

強迫性障害に対する認知療法の適用—薬物療法との併用症例を通して

著者: 杉浦琢 ,   高橋徹 ,   鷲塚伸介 ,   小澤浩 ,   多賀千明 ,   井上和臣 ,   大野裕 ,   吉松和哉

ページ範囲:P.963 - P.970

【抄録】 認知行動療法は,強迫性障害(OCD)の治療法としてその有効性が報告されてきたが,多くは行動療法的技法を主体としたものであり,思考記録表を用いるBeckの認知療法的技法を取り入れたOCDの認知行動療法は発展途上の段階にある。本論では,薬物療法を併用しつつ認知療法を施行し効果をみた重度強迫性障害の症例を報告した上で,強迫性障害に対する認知療法の適用を考察した。強迫性障害の認知療法では,標的症状である強迫観念自体を自動思考として操作対象とすることになるため薬物療法を併用し,強迫観念の切迫性・制縛性を軽減した後に認知療法を施行する必要があり,また思考記録表の改変を行うなどの工夫が必要であると考えられた。

出産・育児を経験した後に発症した摂食障害—家族関係と育児問題について

著者: 岡本百合 ,   村岡満太郎 ,   岡本泰昌

ページ範囲:P.973 - P.978

【抄録】 出産・育児を経験した後に発症した摂食障害5例について,臨床像,発症の契機,家族関係,育児状況について検討した。4例が30歳前後で,1例が40歳で発症していた。臨床像は思春期青年期発症の中核群と同様の症状を呈していた。発症の契機は離婚問題や親の死など,何らかの喪失体験があった。
 比較的早期に結婚し,望んで出産に至っていたが,全例に何らかの育児問題が認められた。そのうち3例が,虐待行為があったことを語り,自らの母親との関係が影響していた。子どもは不適応や問題行動などを有していることが多かった。母子関係の重要性について再確認されるとともに,育児問題への介入やサポートの必要性がうかがわれた。

リチウムが奏効したステロイド誘発性気分障害の1例—臨床症状と事象関連電位P300の関連性について

著者: 寺田誠史 ,   塩入俊樹 ,   高橋邦明 ,   加藤靖彦 ,   染矢俊幸

ページ範囲:P.979 - P.985

【抄録】 全身性エリテマトーデス(SLE)の治療に際しステロイド(プレドニゾロン)を使用したところ,躁および抑うつ状態,さらには脳波上広範囲に徐波成分を伴うアメンチアと思われる意識障害を呈したステロイド誘発性気分障害の症例で,ステロイドを漸減したが症状の改善を認めず,さらに数種の抗うつ薬や抗精神病薬も無効であった。しかしリチウム(400mg/日)に変更したところ,投与後1週間目から,上記症状は完全に消失した。事象関連電位のP300を経時的に測定したところ,P300は寛解期には認められたが病期に消失しており,特にその振幅は臨床経過の把握に有用と思われた。

通電療法が著効したステロイド精神病の1例

著者: 漆原貴子 ,   功刀浩 ,   池淵恵美 ,   広瀬徹也

ページ範囲:P.987 - P.993

【抄録】 ステロイド薬は臨床各科で必須の治療薬であり,副作用として生じる精神障害への対応が必要となる場合が少なくないが,精神医学的検討はいまだに不十分である。今回,我々は,特発性血小板減少性紫斑病(以下ITP)に対するステロイド治療中に錯乱状態となり,薬物療法は奏効しなかったが,通電療法が著効した1例を経験した。
 症例は35歳の会社員である。職場の健康診断からITPと診断され内科でステロイド治療が開始されたが,経過中2回のステロイド精神病のエピソードが出現した。1回目の多幸的気分〜躁状態のエピソードは抗精神病薬により約1週間で回復したが,2回目は抑うつ状態で始まり意識障害を混じる錯乱状態を経て無言・無動状態に至り,薬物療法は無効であった。全身状態,生命予後も悪化したため通電療法を施行したところ,精神症状の劇的な改善が認められた。本症例からステロイド精神病の治療戦略として,通電療法が重要な選択肢の1つであることが示唆された。

精神分裂病患者におけるハロペリドールの自律神経機能に対する影響

著者: 岡田俊 ,   十一元三 ,   崎濱盛三 ,   久保田泰考 ,   村井俊哉 ,   稲熊敏広

ページ範囲:P.995 - P.1000

【抄録】 精神分裂病患者を対象にhaloperidol(HPD)の自律神経機能に及ぼす影響を検討した。HPD減量前後において測定した心拍間隔のローレンツプロットを用いて交感および副交感神経機能を個別に評価した。同時に精神症状とパーキンソン症状を評価した。軽度の薬剤性パーキンソン症状は自律神経機能に影響しないという先行研究の結果を踏まえ,精神症状の変化しなかった被験者についてHPDの自律神経機能に対する影響を調べた。その結果,HPD減量により副交感神経活動が増大したが,交感神経活動は明らかな変化を示さなかった。このことからHPDが自律神経機能に影響を与え,副交感神経機能低下に起因する臨床症状の一因をなす可能性が示唆された。

肺結核を合併した精神分裂病患者への抗結核薬投与によるハロペリドール血中濃度の推移

著者: 斎藤浩 ,   藤川徳美 ,   高橋輝道 ,   日山亨 ,   大森信忠 ,   瀧澤韶一

ページ範囲:P.1001 - P.1005

【抄録】 今回我々は,抗結核薬とhaloperidolの相互作用を調べるため,結核を合併し抗結核薬の投与を受けた当院に入院中の精神分裂病患者4例のhaloperidol血中濃度の経時的変化について検討した。その結果から,抗結核薬投与開始後にhaloperidol血中濃度は減少し4週後に定常状態になり,抗結核薬投与中止後にhaloperidol血中濃度は上昇し,8週後に定常状態になることが明らかとなった。またhaloperidol血中濃度の変動を抗結核薬投与後/抗結核薬投与前および抗結核薬中止後/抗結核薬中止前の比によって検討したところ,非常に個体差が大きいことが明らかとなった。これらのhaloperidol血中濃度の変動に関しては,rifampicinのcytochrome P 450のサブタイプであるcytochrolne P450 3 A 4が主に関与していることが推測された。

アルコール離脱期の低血糖について—典型例と非典型例の比較から

著者: 森山泰 ,   吉野相英 ,   三村將 ,   加藤元一郎 ,   吉村直記 ,   原常勝 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.1007 - P.1010

【抄録】 本来アルコール性低血糖は飲酒中あるいは飲酒直後に発症するといわれているが,典型的ではない症例を経験したので典型例とあわせて報告する。1例目(典型例)は飲酒後約8時間後に低血糖性の錯乱を呈した。2例目(非典型例)は飲酒後約1週間後に低血糖を伴う幻視,失見当を呈した。2例目の発症機序については,飢餓状態に加え,経口摂取を行ったことにより,広義のrefeeding syndromeとなったことが推測される。いずれの症例も健忘を伴う認知障害を有したが,1例目の症例では発症後約4か月の時点で認知障害が徐々に回復しつつある。

注意欠陥多動性障害(ADHD)を伴うヤングアルコーリック—自己記入式ADHDチェックリスト(DSM-III-R)を使用した研究

著者: 鈴木健二 ,   武田綾

ページ範囲:P.1011 - P.1016

【抄録】 アルコール依存症に合併する注意欠陥多動性障害(ADHD)についてのわが国で初めての研究である。若年と中年のアルコール依存症に対し,児童期にDSM-III-RのADHDを持っていたかどうかを調べた。若いアルコール依存症の中に19%,中年アルコール依存症の中には3%の児童期にADHDを持っていた者が存在していた。若いアルコール依存症の中でADHDを持つ者とそうでない者について臨床的比較を行い,ADHDを持つ者は,初回入院年齢が若く,薬物乱用を多く持っており,離脱期における落ち着きなさと焦燥感が強く,入院中の飲酒エピソードを多く持っているなどの治療困難性を持っていた。

短報

東海村臨界事故に関連した適応障害の1例

著者: 中野英樹 ,   副田秀二 ,   中村純

ページ範囲:P.1019 - P.1021

はじめに
 1999年9月30日に茨城県東海村の核燃料物質加工施設で発生した日本初の臨界事故は,作業員を含め数十人が被曝し,そのうち2人が死亡する惨事となった人災である。地域住民に対しても,事故現場から半径350m圏内は避難勧告,半径10km圏内は屋内退避勧告という措置がとられ大きな衝撃を与えた。これまでの国内の大きな人災に関連した精神障害,特に外傷後ストレス障害(Posttraumatic Stress Disorder;PTSD)を来した報告として,ガルーダ航空機事故3),地下鉄サリン事件2)などがある。今回筆者らは東海村原子力施設事故に関連した放射線被曝への恐怖から,抑うつ気分と不安を伴う適応障害を来した1例を経験した。本症例では精神症状発症の契機が不可視的な状況であるという特徴があり,そのために事故関連の報道内容が経過に与える影響が大きかったため,その点を中心に若干の考察を加えて報告する。

MRI上可逆性CPM様画像を呈したビタミンB12欠乏症の1例

著者: 稲見理絵 ,   馬場元 ,   植田由美子 ,   野崎裕介 ,   辻昌宏 ,   一宮洋介

ページ範囲:P.1023 - P.1026

はじめに
 ビタミンB12欠乏症は種々の誘因によって生じ,貧血や消化器症状,亜急性連合性脊髄変性症(subacute combined degenerations of the spinal cord;SCD)などを呈し,精神症状を認めた症例の報告もみられる3〜6,9,11〜14)
 今回我々は,小腸切除後9年を経て食欲不振による摂食不良を契機に低栄養状態,被害関係妄想,知覚異常や歩行障害を呈し,頭部MRI上回復を認めた橋中心髄鞘崩壊(central pontine myelinolysis;CPM)所見を示したビタミンB12欠乏症の症例を経験したので報告する。

資料

精神科病院入院患者の突然死

著者: 藤岡耕太郎 ,   斉藤陽子 ,   竹田康彦 ,   木村光男 ,   脇元安 ,   森山成彬 ,   齋藤雅

ページ範囲:P.1027 - P.1036

はじめに
 WHOの定義によると突然死とは「瞬間死または急性症状発現後24時間以内の死亡で,非自然死は含まないもの」とされている13,16,18,26)。精神科医療の分野では精神科病院における患者の不明死,突然死が,19世紀から高頻度に発生していることが知られているが4),その実態はいまだに明らかになっていない。一方,英国では,1997年より精神科で治療を受ける患者の突然死と向精神薬の関連について,大規模な調査が始まっている2)。人道的見地からも,古くて新しいこの問題の原因や,予防策のよりいっそうの研究がなされるべきである。
 今回,筆者らの勤務する精神科病院で過去10年間に発生した突然死事例の背景や,死後のマネージメントについて調査したので,考察を加えて報告する。

紹介

「精神病理学と脳」を読んで

著者: 丹羽真一

ページ範囲:P.1039 - P.1041

 本書「精神病理学と脳」は1983年に出版されたFlor-Henryの著書Cerebral Basis of Psychopathologyの邦訳(秋元波留夫監訳,藤元登四郎訳)であり,1999年に創造出版から刊行された。訳者の藤元登四郎氏は1969年に東京大学医学部を卒業された後フランスはサルペトリエール病院で精神医学を学ばれ,出身地の宮崎に戻られた後に精神疾患の病態の生物学的研究を行ってこられた臨床精神医学研究者である。
 藤元氏は秋元波留夫先生と親交を持たれており,本書は秋元先生が監訳者となっておられる。秋元先生が監訳者となられたことにはむろん理由があり,先生ご自身の学問的関心領域とFlor-Henryのそれとが重なっているからである。秋元先生が監訳者序文で書かれているごとく,Flor-Henryが1969年に論文「Psychosis and temporal lobe epilepsy:A controlled investigation」を雑誌Epilepsiaに発表したのを読まれ,「側頭葉てんかんに併発する精神障害の病態が脳半球の側方性と関係があり,分裂病様病態は優位半球(多くは左脳半球)の焦点に関係があるとする斬新な主張に注目」され,「分裂病については,気脳写で脳室拡大に左右差があり,多くの場合優位側の方が顕著であることが周知の事実であったので,著者の発想は精神疾患全般に適用される原則であるかもしれない」と,秋元先生が感心されたことが出発点となっている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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