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雑誌目次

雑誌文献

精神医学44巻3号

2002年03月発行

雑誌目次

巻頭言

神経可塑性と精神医学

著者: 千葉茂

ページ範囲:P.236 - P.237

 今から21年前,「燃え上がり現象—てんかんと精神病への新しいアプローチ」1)というタイトルの本が出版された。当時,大学院に在籍していた私は燃え上がり現象(kindling effect,以下キンドリング)を用いた実験を行っていたので,この本は忘れがたく大切な本である。この本を通して,神経可塑性の観点からてんかん発作や精神現象を見ていくことの重要性を学ばせていただいた。
 脳は,分子(1Å),細胞下構造(例えばシナプス)(1μm),神経細胞(100μm),神経回路(1mm),領野(マップ)(1cm),領野複合体としてのシステム(10cm),および脳全体(1m)という7つの複数の階層からなっている。ひとりの人間における脳機能を論じる場合には,各々の階層で生ずる1つ1つの現象の間の関連性を探っていくことが重要であろう。例えば,動物における1つの遺伝子操作が,海馬のシナプスレベルで生ずるlong-term potentiationというシナプス可塑性と,空間記憶能力という領野複合体システムで生ずる神経可塑性に対して,どのような影響を及ぼすかについてはすでに報告があるが,近年このような実験研究の知見を積み重ねていくことによって,分子・シナプスと領野複合体システムとの間の理解は急速に深まってきた。また,この延長線上に,動物の,あるいはヒトの脳全体の理解,すなわちニューロンから出来ている複雑系としての脳全体の理解があると思われる。

特集 新しい向精神薬の薬理・治療 向精神薬—新しい抗精神病薬

新しい抗精神病薬(クエチアピン,オランザピン,ペロスピロン)の薬理特性

著者: 秋山一文

ページ範囲:P.238 - P.243

はじめに
 わが国ではリスペリドンに始まりクエチアピン,オランザピン,ペロスピロンといった新しい抗精神病薬が臨床に供せられるようになり,精神分裂病の薬物療法の選択の幅を広げている。ハロペリドールなどの定型抗精神病薬の限界が指摘されて久しいなかで,ユニークな薬理作用を持つ有効な治療薬が登場したことは精神医療の向上に大きく貢献することは疑いない。こうした新規抗精神病薬は一括して非定型抗精神病薬と呼ぼれ,共通して,パーキンソン症候群と遅発性ジスキネジアを引き起こさない,陰性症状の改善効果が望める,血漿プロラクチン値への影響がごく軽度であるなどの特徴を有している。非定型抗精神病薬の概念がこうした定義に基づいているため,それは薬理特性的に幅のある一連の薬物群の総称になっている。すなわちD2受容体と5-HT2A受容体に対し高い親和性を持つserotonin dopamine antagonist(SDA)と呼ばれる薬物がそのひとつで,すでに国内外で使用されているリスペリドン,2001年になって発売されたペロスピロンがこれに含まれる。一方,多数の神経伝達物質受容体に親和性を持つmulti-acting-receptor targeted-antipsychotic(MARTA)と呼ばれる薬物は治療抵抗性の症例に卓越した効果を持つクロザピンをそのプロトタイプとしている。周知のようにクロザピンが顆粒球減少症を引き起こすために少なくともわが国では開発が断念された経緯があるが,クロザピン類似薬物の開発の流れに属するものがクエチアピン,オランザピンである。こういった非定型抗精神病薬の薬理特性に関して一定の基礎的事項について知識を得ておくことは,これらを使いこなすためにぜひ必要である。そのため非定型抗精神病薬に共通した薬理特性についてD2受容体と5-HT2A受容体占有に関する成績,FOS免疫活性の誘導,prepulse inhibitionの減弱の回復,慢性投与後のドパミンニューロンの電気生理学的特性などを中心にクロザピンを例に概説し,次いでクエチアピン,オランザピン,ペロスピロンについて述べる。

新しい抗精神病薬の臨床効果と副作用

著者: 兼田康宏 ,   大森哲郎

ページ範囲:P.245 - P.252

 現在,各種アルゴリズムが示しているように,精神分裂病の薬物治療の第1選択薬は新規の抗精神病薬,いわゆる非定型抗精神病薬である。非定型抗精神病薬は,陽性症状に加え陰性症状にも効果があり,錐体外路性副作用(EPS)を惹起しにくく,さらに,高プロラクチン血症を呈しにくい抗精神病薬と考えられている。米国での非定型抗精神病薬処方量は,2000年において,すでに全体の65%を超えており,QOL(quality of life)への関心とともに,今後,わが国でも非定型抗精神病薬の使用頻度がますます高まってゆくことが予想される。そこで,最近わが国で使用可能となった3つの非定型抗精神病薬オランザピン,クエチアピンおよびペロスピロンにつき,その臨床効果および副作用について,各薬剤の特徴について記す。

幻聴症状の改善症例

Perospirone投与により幻聴に基づく異食行動が消失した精神分裂病の1症例

著者: 原田研一 ,   山本健治

ページ範囲:P.253 - P.255

はじめに
 Haloperidolをはじめとする従来型抗精神病薬は,主にドーパミンD2受容体遮断作用を介して,精神分裂病の陽性症状に対する強力な治療効果を示す。その反面,陰性症状に対する効果は不十分であり,さらに錐体外路系副作川やプロラクチン上昇を惹起しやすいなど,いくつかの問題点を有していた。その後,これらの問題点を克服しうる薬物として非定型抗精神病薬clozapineが登場した。しかし,顆粒球減少という致死的副作用のため一定条件下でのみの投与に限られており,本邦では現在開発治験段階にある。
 しかしながら近年,clozapineの薬理学的プロフィールに近似しつつ致死的副作用を示さない新たな非定型抗精神病薬が相次いで開発された。本邦においてもrisperidoneが使用可能となったのを端緒に,perospirone,quetiapine,olanzapineといった非定型抗精神病薬が順次,上市された。その中でも,特にperospironeは国産初のセロトニン・ドーパミン・アンタゴニスト(SDA)系抗精神病薬として注目されている。治験段階では,陽性症状のみならず陰性症状の改善効果および錐体外路症状をはじめとする副作用発現率の低さが確認されている2〜4)
 今回,従来型抗精神病薬の投与中に生じた幻聴に基づく異食行動が,perospirone投与後,速やかに消失した精神分裂病の1症例を経験したので報告する。

精神分裂病の幻聴症状にPerospironeが奏効した1例

著者: 原隆 ,   五十嵐雅文 ,   菅原道哉

ページ範囲:P.257 - P.260

はじめに
 Perospironeは日本で開発された新しい非定型抗精神病薬で,従来の抗精神病薬にはないbenzisothiazol骨格を有している。抗dopamine作用に加えてserotonin(5-HT2)拮抗作用を併せ持つことから,risperidoneと同様serotonin-dopamine antagonist(SDA)として位置づけられている5,6)
 今回,再燃を呈した症例にperospimneを投与する機会を得たので,その治療経過についてPANSS(Positive and Negative Syndrome Scale3))の評価を含めて,若干の考察を加えて報告する。

非定型抗精神病薬による目覚め現象症例

Perospironeにより著明改善し目覚め現象を経て退院した治療抵抗性分裂病の1症例

著者: 伊賀淳一 ,   吉松誠 ,   前田正人

ページ範囲:P.261 - P.264

はじめに
 精神分裂病に対する薬物として,これまでに多くのドーパミン2(D2)受容体遮断薬が開発されてきた。しかしこれらは精神分裂病の陽性症状に対して優れた改善効果を示すものの,陰性症状には効果を示さないことや,黒質-線条体ドーパミン神経系の神経遮断作用による錐体外路系副作用が高頻度に発現する問題点を有していた。またこれらの抗精神病薬を投与してもさまざまな理由で,治療がうまくいかないことがある。分裂病の診断が確定していて,かつさまざまな抗精神病薬を十分な期間,十分な量投与したにもかかわらず,十分な反応を示さない症例を治療抵抗性分裂病と呼ぶのが一般的である10)。有病率としては,Libermanら3),Shalveら6),高岸ら7)の研究より新規入院患者の4〜24%は2種類の抗精神病薬に,1〜17%は3種類以上の抗精神病薬に反応しない治療抵抗性分裂病患者と推定できる。日本ではこのような患者は,長期間にわたって精神病院に入院を強いられているのが現状である。今回我々は,治療抵抗性の陽性症状のため8年間入院を必要とした患者に,本邦で開発された新規非定型抗精神病薬であるperospironeを投与し,退院可能なまでに改善した症例を経験したので,若干の考察とともに報告する。

Perospirone投与中に“awakenings”現象を呈した精神分裂病の1例

著者: 松本好剛 ,   水谷充孝 ,   福居顕二

ページ範囲:P.265 - P.267

はじめに
 Perospirone(PER)は1985年にわが国で開発されたbenzoisothiazole骨格を有し,セロトニン・ドーパミン・アンタゴニスト(SDA)の特徴を示す抗精神病薬である。基礎薬理学的には錐体外路系副作用を惹起することが少なく主作用選択性が高いことが示唆されている5)。すでに1996年から臨床の場で用いられているSDAであるrisperidone(RIS)では,抗精神病薬のRISへの切り替え後に“awakenings”(目覚め)現象と呼ばれる特徴的な精神症状を呈することが報告されている2,3)。今回PERで治療中の精神分裂病の症例に同様の現象が認められた。PER使用時の本現象に関する報告は文献としては入手しえなかった。“awakenings”現象は時に自殺の危険が伴い,RIS使用時と同じくPER使用時にも留意が必要と考えられること,および本現象を起こした患者側の要因について,若干の考察を加えたので報告する。

非定型抗精神病薬(リスペリドン)による目覚め現象を慢性硬膜下血腫が緩和した1症例

著者: 澤田和之 ,   幡手静幸 ,   矢野耕造 ,   住友三知子 ,   大森哲郎

ページ範囲:P.268 - P.270

はじめに
 1996年のリスペリドンの発売以来,非定型抗精神病薬の本邦での発売が続き,現在では4剤の非定型抗精神病薬を使用できるようになった。当初は従来の抗精神病薬に非定型抗精神病薬を上乗せする形での処方が目立ったが,従来薬に比べ錐体外路症状が少ない,遅発性ジスキネジアを引き起こしにくいなどの利点が浸透するにつれ,単剤での投与が増加してきた。それに伴い陽性症状の一層の改善,陰性症状の改善を経験することも多くなった。一連の症状改善は分裂病者自身にも自覚され,日常生活面での行動変化をもたらすことがある。今回我々は定型抗精神病薬の多剤併用からリスペリドン単独での抗精神病薬治療に切り替え,いわゆる「目覚め現象」が現れ,さらに経過中に慢性硬膜下血腫を併発した症例を経験したので若干の考察を加え報告する。

向精神薬—新しい抗うつ薬

新しい抗うつ薬(フルボキサミン,パロキセチン,ミルナシプラン)の薬理特性

著者: 笹征史

ページ範囲:P.271 - P.277

はじめに
 うつ病は少なくとも全人口の5〜6%の発症率があり,生涯発症率は15%に達すると推計されている。しかし,多種のうつ病はあるものの,全うつ病患者の70%は薬物療法によって治療可能とされており,薬物抵抗性の難治うつ病も電撃療法により,その多くは治療可能とされている。うつ病の成因はなお明らかではないが,死後脳およびPETによる研究から,中枢セロトニンおよびノルアドレナリン神経伝達の低下があると考えられている。またドーパミン系についても変化が報告されているが,その活性が低下しているのか否かについてはまだ一致した意見はない。
 一方,抗うつ薬としては結核病棟においてイソニアジドが抗うつ効果を持つとの洞察力の優れた観察から,モノアミン代謝酵素阻害薬が使用され,ほぼ同時期(1958年)に三環系抗うつ薬(イミプラミン)が開発された。以来,多種の三環系抗うつ薬が開発され,うつ病治療に貢献したが,これらはいずれも抗コリン作用を持つことから,煩わしい副作用(口渇,便秘,眼調節障害,偽痴呆など)と共に危険性の高い心毒性がある。臨床薬理学的な検証から,抗うつ作用はセロトニンの神経終末への再取り込み抑制効果にあることが明らかにされたこと,さらにイミプラミンやアミトリプチリンなど大部分の三環系抗うつ薬は体内では比較的速やかにノルアドレナリンの再取り込みを抑制する物質(それぞれデシプラミンおよびノリトリプチリンなど)に代謝されてしまうことから,選択的にセロトニンの再取り込みを抑制する薬物(SSRI)が開発されるに至った。
 一方,うつ病の成因にノルアドレナリン神経伝達の低下も関与すると考えられることから,セロトニンとノルアドレナリンの両者の再取り込みを抑制する薬物(SNRI)が開発された。本稿では,現在目本で使用されているSSRIのフルボキサミン(デフロメール®,ルボック®)とパロキセチン(ハキシル®)ならびにSNRIのミルナシプラン(トレドミン®)(図)について薬理学的側面から述べてみたい。

新しい抗うつ薬fluvoxamine,paroxetine,milnacipranの臨床効果と副作用

著者: 新開浩二 ,   中村純

ページ範囲:P.279 - P.283

はじめに
 うつ病に対する薬物療法は,1950年代に臨床に導入されたMAO阻害薬であるiproniazid,三環系抗うつ薬(tricyclic antidepressants;以下TCAsと略す)であるimipramineに始まった。iproniazidは,重篤な肝障害のために臨床から姿を消したが,imipramineは現在もなお処方する機会の多い抗うつ薬である。しかし,TCAsはその副作用のために処方される機会が限られる。そして,安全性の高い抗うつ薬として登場したのが選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors;SSRIs)である。SSRIsは第三世代抗うつ薬とも称され,TCAsに比較して安全性が高いことが最大の利点である。また,最近第四世代抗うつ薬とも呼ばれるセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin-noradrenaline reuptake inhibitors;SNRIs)がdual actionの抗うつ薬として登場した。
 わが国ではこれら第三世代や第四世代の導入が大幅に遅れていたが,SSRIsであるfluvoxamine,paroxetine,SNRIsであるmilnacipranがようやく発売された。
 本稿では,わが国に登場してまもないこれらの新しい抗うつ薬について,臨床効果ならびに副作用に関する知見を総説する。

向精神薬・他の医薬により改善した遷延うつ病の症例

SSRIで十分に改善せずタンドスピロン併用により寛解に至った単極性うつ病の1例

著者: 井上猛 ,   小山司

ページ範囲:P.285 - P.287

はじめに
 1999年に本邦初の選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるfluvoxamineが発売されてから,SSRIの処方件数は増加し,本邦における抗うつ薬の第1選択薬となったといっても過言ではない。吐き気を除くと,従来の抗うつ薬と比較してSSRIの副作用はきわめて少なく,うつ病に対する効果の面でもSSRIは従来の抗うつ薬と同等の効果を持つ2)。発売前の日本における第三相試験では,fiuvoxamineによって中等度改善以上の効果が得られた割合は54.8%であり,この割合は他の抗うつ薬でも同様である5)。言い換えると約45%のうつ病症例はfluvoxamineで中等度改善以上の効果は得られないということであり,fluvoxamineに対する非反応者の治療アルゴリズムの作成は重要な臨床的課題である。JoffeらはSSRI(fluvoxamine,fluoxetine)が無効であったうつ病患者にbuspironeを併用し,25例中17例で中等度以上の改善を認め,8例では完全寛解が得られたと報告した3)。buspironeは本邦では発売されていないが,同じazapirone系のセロトニン1A受容体アゴニストであるtandospironeは1996年に神経症における不安,抑うつと心身症を適応として発売された。
 我々は,SSRIであるfluvoxamineによって十分な改善が得られなかった単極性うつ病にtandospironeを併用与薬することによって著明な抗うつ効果を得た症例を経験したので報告する。

Talipexoleの併用により改善した遷延性うつ病の1例

著者: 西田勇彦 ,   江村成就 ,   黒田健治 ,   堺潤 ,   佐谷誠司 ,   萬代正治 ,   浦上敬仁 ,   植田哲 ,   米田博

ページ範囲:P.288 - P.290

はじめに
 うつ病に対する治療は適切な薬剤を選択し,十分量,十分期間投与することにより,その多くは改善するが,なかにはそれを行っても一部の症状が残り遷延化する場合もある。そういった場合にはなぜその症状が遷延しているのかについて再度検討がなされるべきである。
 今回我々は,不眠あるいは過眠を強く訴え,うつ病が遷延化していた患者に対して終夜睡眠ポリグラフ(polysomnography;PSG)検査を施行し,PSGにて周期性下肢運動障害(periodic legmovement during sleep;PLMs)が確定され,ドーパミン(以下DA)2受容体アゴニストであるtalipexoleを用いたところ,睡眠障害だけでなく遷延性のうつ病も改善した1例について報告する。

向精神薬・他の医薬により改善した強迫症状の症例

パロキセチンが有効でハロペリドールが中止可能となった強迫性障害の1例

著者: 岩崎剛士 ,   丹羽真一 ,   松本出

ページ範囲:P.291 - P.294

はじめに
 強迫性障害(obsessive-compulsive disorder;OCD)の治療に比較的セロトニン再取り込み部位選択性の高いclomipramine(CMI)が有効であるとの知見から,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor;SSRI)のOCDに対する効果が積極的に検討されており,また数多くの結果によりその有効性が支持されている2,6,13,15)。米国のFood and Drug Administration(FDA)はfluvoxamine(FLV),fluoxetine(FLX),paroxetine(PRX),sertralin(SERT)のOCDに対する適用を承認し,SSRIはOCDに対する第1選択薬となっている。
 本邦では,FLVとPRXの2種類のSSRIが発売されており,FLVのみが強迫性障害に効能・効果が承認されている。現在SSRI間の有効性の比較および個々の症例に対する薬物の選択方法についての報告はほとんどみられておらず,今後検討していく必要があると考えられる。今回我々はCMIとハロペリドール(HP)併用療法で有効であった症例に対し,FLVでは効果がみられず,PRX投与にて症状の改善がみられ,HPが中止可能となったOCDの1例を経験したので報告する。

産褥期に発症した反復性強迫神経症の1例

著者: 中村準一

ページ範囲:P.295 - P.297

はじめに
 産褥期は生物学的に不安定で心理的,社会的にも特殊な状況にあり,それらを背景にして各種の精神障害が出現することが知られている。また,産褥期の内因性精神障害に関する報告は多数みられるが,強迫神経症についての症例は少ないと思われる。1960年代に強迫神経症に対するクロミプラミン(以下CMDの有効性が報告2,5,8)され,1999年には本邦でも選択的セロトニン再取り込み阻害薬(以下SSRI)が日常臨床においても使用可能となり,強迫神経症に対する薬物療法の幅が広がった。本症例はSSRIが市販される以前の症例であり,産褥期に強迫症状が出現し,約18か月間の寛解後,約6年間強迫状態を呈した。本症例に対するCMIの有効性について若干の考察を加えて報告する。

タンドスピロンとSSRIによる併用療法が奏効した強迫性障害の1例

著者: 姜昌勲 ,   杉原克比古 ,   五十嵐潤 ,   小川寿 ,   岸本年史

ページ範囲:P.299 - P.301

はじめに
 近年,精神疾患に対する薬物療法について単剤処方の重要性は一段と推奨されており,新規の非定型抗精神病薬の導入をきっかけにして処方の切り替え・単剤化の潮流は顕著となっている。その一方で,早期効果発現や効果増強などを目的としたaugmentation療法(強化療法)をはじめとする多剤併用療法の有用性を検討した報告も数多く認める3)。今回我々は治療に難渋していた強迫性障害(以下OCD)の患者に対して,5-HT1A作動薬であるタンドスピロンとSSRI(フルボキサミン,パロキセチン)の併用療法が奏効した症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

少量のリスペリドン追加により著明な改善をみた強迫性障害の1例

著者: 近藤等 ,   浅野弘毅

ページ範囲:P.302 - P.304

はじめに
 難治の印象があった強迫性障害(obsessive-compulsive disorder;OCD)はclomipramineの有効性が認められたことでセロトニン仮説が提出され,さらに選択的セロトニン再取り込み阻害剤(selective serotonin reuptake inhibitor;SSRI)の開発に伴って,その有効性も認められてきている4)。しかし,そのSSRIにしても有効率は40〜60%といわれ,かつ高用量が必要であり1),SSRIの認容性の低い患者をはじめ,OCDの難治例があることには変わりがない。一方,McDougleら:3)はSSRIに反応がみられないOCD患者にrisperidoneを付加したところ改善した症例を報告している。
 今回,我々はSSRIを含む種々の薬剤に反応せず,serotonin and noradrenaline reuptake inhibitor(SNRI)投与中であった症例に,少量のrisperidoneを追加したところ有効と認められた症例を経験したので報告する。

向精神薬—新しい睡眠薬

新しい睡眠薬(ゾルピデム,クアゼパム)の薬理学的特性

著者: 大熊誠太郎 ,   桂昌司

ページ範囲:P.305 - P.311

はじめに
 クロルジアゼポキシドchlordiazepoxideが臨床導入されて以来,ベンゾジアゼピン系薬物benzodiazepines(BZDs)は現在鎮静・催眠薬,抗不安薬として使用される薬物の過半を占めていることは周知の通りである。BZDsはこれらの薬理作用のほかに抗けいれん作用や筋弛緩作用などを示し,中枢神経系に対する結合は,いずれのBZDsも同様であるとされているが,薬物により生体内薬物動態が異なるため,薬理学的には多くの場合,その作用時間の相違による分類がなされている。一方,最近の分子生物学的手法などの応用により,BZDsの作用点であるGABAA/BZD受容体複合体の分子構造と受容体構成成分であるサブユニットの生理機能における役割などが明らかにされてきていること3,22)から,BZDsにみられる薬理作用のうち,特に催眠作用を比較的特異的に有するBZDsの開発がなされている。
 本稿では,これらのBZDsの中で,最近開発され臨床応用されている,催眠作用を比較的選択的に示すゾルピデムzolpidemおよびクアゼパムquazepamの薬理学的特性を概説する。

新しい睡眠薬(クアゼパム,ゾルピデム)の臨床効果と副作用

著者: 福田信 ,   亀井雄一 ,   田ヶ谷浩邦 ,   内山真

ページ範囲:P.313 - P.318

はじめに
 不眠は精神科だけでなく,いずれの診療科においても遭遇する最も頻度の高い症状のひとつである。日本における代表的疫学的調査2)によると,成人のおよそ5人に1人が不眠に悩み12),20人に1人が睡眠薬を使用している2)と報告されている。こうした不眠症に対する治療法としてベンゾジアゼピン(BZ)系睡眠薬が広く使用されている。BZ系睡眠薬は,かつて多く用いられていたバルビツール酸系睡眠剤やプロム尿素系睡眠薬などと比べ,強い耐性形成がなく,著しい不眠を主とする離脱症状が出現しにくく,経口投与においては呼吸中枢への抑制がほとんどみられない,などの点でより安全な薬剤である。
 BZ系睡眠薬では,持ち越し効果による日中の覚醒度の低下や,反跳性不眠,筋弛緩作用,健忘などいくつかの副作用が指摘されている。このうち,持ち越し効果については,薬剤の作用持続時間に関連したものであり,不眠の症状に応じ適切な作用持続時間を持つ薬剤を選択することで,こうした副作用を最小にできる。しかし,筋弛緩作用や反跳性不眠,治療後の薬物離脱に関しては多くの問題があった。筋弛緩作用による転倒は,とりわけ高齢者において骨折を招く頻度が高く,長期臥床を余儀なくされるためその後の生涯にわたり生活の質の低下をもたらすため問題となっていた。近年,BZ受容体サブタイプへの選択性と作用スペクトルとの関連が注目されるようになり,筋弛緩作用はBZのω2受容体に対する作用によるものであることが明らかになり,鎮静・催眠作用はω1受容体への作用によるものであることが明らかになった。こうした中で,ω1選択的agonistによる睡眠薬が注目され,開発が行われている。日本においても,最近ではω1受容体に対する選択的作用を持つ睡眠薬であるクアゼパム,ゾルピデムが相次いで登場し,既存のBZ系睡眠薬の問題点とされている筋弛緩作用や反跳性不眠,健忘作用などを起こしにくい睡眠薬として期待されている。
 本稿では,BZ系睡眠薬の使用法について述べ,新しい睡眠薬であるクアゼパム,ゾルピデムの臨床効果と副作用について展望する。

精神科関連薬

新しい抗てんかん薬(クロバザム)の薬理特性・臨床効果・副作用

著者: 工藤達也

ページ範囲:P.319 - P.325

はじめに
 Clobazam(CLB)は,国内では2001年より使用が開始されたが,諸外国では1979年にGastautら2)が報告して以来持続的に経口投与できるbenzodiazepine系薬剤の抗てんかん薬(antiepileptic drug;AED)として使用されてきた。CLBに関する総説も多い13)。1,4-benzodiazepine系薬剤(diazepam,clonazepam,nitrazepam,lorazepam)は,抗不安作用や睡眠導入作用のほかに,強力かつ迅速に発現するてんかん発作への抑制作用があり,有効な発作型のスペクトラムも広く,慢性的な経口投与とてんかん重積状態に対する静脈内投与も可能であることが知られた。しかし,残念なことに,耐性が生じるため,現在では主として緊急時と臨時的な治療薬として用いられている13)
 CLBは1,4-benzodiazepineとは異なる,7-chloro-1-methyl-5-phenyl-1,5 benzodiazepine-2,4-dioneの構造式を持つ1,5-benzodiazepine系の薬剤である。Gastautら2)はそれを103名の特発性全般てんかん,症候性全般てんかん,局在関連てんかんの患者に使用して,その52%で種々のてんかん発作に迅速で強力な抑制作用がみられ,しかも副作用は少ないと報告した。しかし,数週後に1/3で抗てんかん作用が消失することに気づかれた。最近の検討では,CLBは初期に想定された以上の抗てんかん作用があり,耐性については過剰に喧伝されてきたことが指摘されている6)

新しい抗痴呆薬(ドネペジル)の薬理特性・臨床効果・副作用

著者: 水上勝義 ,   朝田隆

ページ範囲:P.327 - P.331

はじめに
 塩酸ドネペジルは,本邦で開発されたアルツハイマー型痴呆(以下ADと略)に対する治療薬で,アセチルコリンエステラーゼに対する阻害作用を有し,1997年1月から米国で,1999年11月から本邦で発売された。本稿では,その開発段階から,実際の臨床で経験された効果や副作用に至るまで,これまでに得られたデータを整理し,薬理特性・臨床効果・副作用などを紹介する。

新しい向精神薬・精神科関連薬の薬物動態学

著者: 古郡規雄 ,   立石智則 ,   大谷浩一

ページ範囲:P.333 - P.339

はじめに
 近年,精神科分野における新薬が次々と導入されている。神経遮断薬では2001年に非定型抗精神病薬であるオランザピン,クエチアピンが海外から導入され,本邦で開発されたセロトニン・ドーパミン拮抗薬(SDA)であるペロスピロンが2001年に発売された。抗うつ薬では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるフルボキサミン(1999年),パロキセチン(2000年)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるミルナシプラン(1999年)が使用可能となった。睡眠導入薬ではω1受容体に選択的に結合する長時間作用型のクアゼパム(1999年)や短時間作用型のゾルピデム(2000年)が,抗てんかん薬のクロバザム(2000年)がそれぞれ海外より導入された。また,抗アルツハイマー薬として本邦で開発されたドネペジルがやや海外に遅れながらも本邦で1999年に使用可能となった。
 薬物は経口投与された後,消化管から吸収され,血液に乗って体内を激しく動き回り,最終的に特定の臓器・組織に至り,薬物作用(薬効・薬理作用,副作用・毒性作用)が発揮される。その薬物の投与から作用発現に至るまでには,薬物の消化管からの吸収,血液から脂肪組織などへの分布と貯蔵,肝臓での代謝・排泄,腎臓からの排泄,作用部位への移行と貯留,さらに標的部位としてのレセプター(受容体)や酵素などとの相互作用など,さまざまな過程がある。それらの特徴は薬物ごとに異なっており,同じ薬剤であっても患者個人個人において異なっている。
 そこで,本稿では新しい向精神薬・精神科関連薬における薬物動態学的パラメーターとそれに影響を与える因子について臨床薬理学的側面から論じる。

特別寄稿

NIH/NIMH(米国国立衛生機関)にリードされるアメリカの精神医学研究の実態(第1回)—NIHの基本理念と,それに基づく研究体制,グラント評価のあり方について

著者: 澤明

ページ範囲:P.341 - P.348

はじめに
 私は,1990年(平成2年)に医学部を卒業し,基本的な臨床,研究のトレーニングを受けた後,1996年(平成8年)に,当時の東京大学精神医学教室教授松下正明先生のご指導のもと,米国に留学することとなった。こうした,卒後7年目という日本での経験が少ない時点での留学に対し,私自身時期尚早ではないかという危惧もなかったわけではなかったが,逆に白紙に近い状態だからこそ新しい地で吸収できるものもあるのではないか,という期待も持って米国にやってきた。
 日本からの留学の場合にしばしば直面する問題として,たとえ精神科医(臨床医)であっても「リサーチフェロー(ポストドクトラルフェロー)」という研究を行う立場でアメリカの施設に所属することとなるため,どうしても臨床の本当の実態に触れて,その研究と臨床を支える本質的な仕組みや考え方を学ぶことは難しいことがある。私自身も留学当初の立場はこのポストドクトラルフェローであったが,この立場の限界を越えて何かを学びたいと考えていた。そんな折ある縁あって,米国で医学研究を制度上リードする立場にある,米国国立衛生機関(National Institute of Health:NIH)の中で精神医学部門を担当するNational Institute of Mental Health(NIMH)の副所長であるリチャード中村と出会った。彼に私の考えを述べたところ,彼は快く,NIMHでのインタビューを通してアメリカの研究の考え方,機構を学ぶことを許してくださった。今回3回にわたって,そのインタビューを通して得られた私の経験をご紹介したいと思う。

短報

Periictal SPECTを用いて発作焦点部位が明らかになった側頭葉てんかんの1症例

著者: 山下直子 ,   植田勇人 ,   長町茂樹 ,   三山吉夫

ページ範囲:P.349 - P.352

はじめに
 てんかんの治療に際しては,その臨床症状や脳波所見などから発作型を診断し,使用する薬剤を選択することが求められる。しかし一般に施行されている発作間欠時の脳波検査では発作部位が特定できない症例も多く存在する。臨床症状から部分発作が疑われる症例の補助的診断として,発作時SPECTの有用性が定着しつつある2〜4)。筆者が経験した症例について若干の考察を踏まえながら報告する。

私のカルテから

心因性疼痛と診断されていたリウマチ性多発筋痛症の1例

著者: 引地充 ,   児玉匡史 ,   修多羅正道

ページ範囲:P.354 - P.355

 リウマチ性多発筋痛症(Polymyalgia rheumatica;PMR)は,頚部から肩,腰臀部,四肢近位筋などの筋痛が持続し,赤沈の亢進が特徴的な,主に高齢者に生じる疾患である3)が,同時に体重減少や発熱,寝汗,倦怠感,抑うつなど多彩な症状を伴いやすく,特異的な検査所見・他覚所見が乏しいために,早期の診断が困難であることがまれではない1,4)。今回我々は,心気抑うつ神経症としての長期にわたる精神科治療歴のために,疼痛の訴えも心因性のものと考えて対応していた患者に対して,PMRを疑ってステロイドの内服を試みたところ,疼痛のみならず重症化していた精神症状も速やかに改善したという症例を経験をしたので報告する。

動き

「第9回日本精神科救急学会総会」印象記

著者: 康純

ページ範囲:P.356 - P.357

 第9回日本精神科救急学会総会は2001年11月1,2日の両日,横浜市立大学医学部精神医学教室の小阪憲司教授を会長として,横浜市のJR関内駅のすぐ前にある横浜市教育文化センターで開催された。
 初日は午前中に3セッションの一般演題,ランチョンセミナーの後,午後から特別講演,シンポジウム1が行われ,2日目は平前中にシンポジウム2,会長講演の後,午後から一般演題2セッション,ワークショップが行われ活発な議論が行われた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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