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雑誌目次

雑誌文献

精神医学44巻4号

2002年04月発行

雑誌目次

巻頭言

抗精神病薬の保険適応疾患を考える

著者: 新井平伊

ページ範囲:P.366 - P.367

 近年精神科医がかかわる領域は拡大し,精神分裂病やうつ病などを対象とした伝統的な診療だけでなく,痴呆疾患や妄想性障害などの老年期医療,学校保健を中心とした児童・思春期医療,労働災害との関係も含めた産業精神医学,予防医学的な精神保健活動,症状精神病やがんをめぐるリエゾン・コンサルテーション活動を中心とした総合病院精神医学などが加わり,さらには精神科救急医療や精神障害者身体合併症医療の整備が図られている。このような精神医療の発展は,全人的医療が要求される中で精神医学と精神科医の役割が今までよりも認知されてきていることの現れであることは言うまでもない。
 このような現象に伴って注目すべきことの一つに,向精神薬がさまざまな形で広く用いられていることが挙げられる。向精神薬の治療効果はさまざまな疾病で確認されてきている。また,有効な薬物の作用機序を解明することにより,脳機能・形態の解析機器によるデータと併せて疾病本態の解明に寄与している。したがって,薬物療法は精神医療において,いわゆる精神療法とともに確固たる治療法としての地位を確立している。

展望

Asperger症候群と高機能広汎性発達障害

著者: 杉山登志郎

ページ範囲:P.368 - P.379

高機能問題とは
 最近の調査では,Asperger症候群および高機能広汎性発達障害(定義などは後述)は,従来考えられていたよりもずっと多いことが示されるようになった。広汎性発達障害自体が1%前後の罹病率を有し58,67),その約半数が高機能群である19)。つまりこの群は0.5%前後の罹病率を有すると考えられ,少し大きな学校であれば1学年に1名程度は存在することになる。今日,学校教育においてこのグループの児童への対応は大きな問題となってきている54)。広汎性発達障害の中の高機能群は通常学級で集団教育を受けることが多いが,非社会的なトラブルを頻発させ,まれではあるが学級崩壊の元凶となっている場合もある53)。ところが学校カウンセラーとして働く臨床心理士にしても,発達障害や特に自閉症に対する専門的知識を持つものは非常に限られており,臨床的経験も乏しいことが多い。小児科医にしても,このグループの児童の経験は乏しく,その結果,正しい診断が下されず学習障害,非言語性学習障害,注意欠陥多動性障害といった誤診の例は非常に多い。しかしながらこれらの診断はまだしも発達障害の範疇である。親子関係の障害,さらには躾の問題といった誤解もいまだに多く,さらに不登校を来したAsperger症候群の児童に対して,登校刺激を加えずに様子をみるといった完全に誤った対応がなされていた例が日にとまる。またごく少数ではあるが,殺人など重大な触法行為に至る症例も報告されている22)
 より重要なことは,これら高機能群の成人によって回想や自伝が著されたことによって,長年の謎であった自閉症の体験世界がようやく明らかになってきたことである。彼らは自閉症という特異な世界を垣間みるための優れた窓である。

研究と報告

Temperament and Character Inventory(TCI)による摂食障害患者の人格特性の評価および臨床症状との関連

著者: 北川信樹 ,   朝倉聡 ,   久住一郎 ,   傳田健三 ,   小山司

ページ範囲:P.381 - P.389

【抄録】 摂食障害患者51例と健常対照群47例にTCI(Temperament and Character Inventory)を施行し,下位診断別に群間比較を行い,臨床諸因子およびEDI(Eating Disorder Inventory)との関連について検討した。摂食障害すべての群で対照群に比しSD(自己志向)尺度が有意に低かった。神経性大食症(BN)ではP(固執)が対照群に比べ有意に高かった。下位診断間の相違は,BN群でNS(新奇性追求)が神経性無食欲症制限型群より高いことのみであり,欧米の傾向との相違を認めた。共通の特徴である低SDは,EDIのいくつかの項目や衝動行為と相関し,目的志向的な問題解決能力の欠如や自己評価の低さなどが病態に中心的役割を果たしていることが推察された。これらの特徴は,疾病による抑うつや情動不安定を反映している可能性も否定できないが,病態を悪循環的に維持する上での因子を端的に反映しており,それらを定量的に評価する上でTCIが有用な指標足りうることを示唆した。今後は予後や治療反応性との関連を含めた縦断的検討が必要と考えられた。

広汎性発達障害(PDD)児および精神遅滞児における人物画描画能力の比較研究

著者: 渡辺友香 ,   長沼洋一 ,   瀬戸屋雄太郎 ,   長田洋和 ,   立森久照 ,   久保田友子 ,   栗田広

ページ範囲:P.391 - P.399

【抄録】 PDD児およびMR児の,計172人(男154,女18)を対象に,Goodenoughの人物画知能検査(DAM)を用い,人物画描画能力および知能の発達の差を横断的および縦断的に検討した。横断的に見て,PDD児はMR児に比べ,田中ビネー知能検査による精神月齢(ビネーMA)よりも人物画精神月齢(DAM-MA)が高かった。ビネーMAよりDAM-MAのかなり高い子どもは自閉的傾向が高かった。縦断的に見て,DAM-MAは,MR児では緩やかに伸び,PDD児では個人差が大きく波動的であった。ビネーMAは,両者とも直線的に伸びていた。PDD児とMR児の認知発達には差があり,その一局面はビネーMAよりもDAM-MAによく示されると思われる。

出雲プロジェクト(第1報)—出雲市における高齢者睡眠アンケート調査について

著者: 糸賀基 ,   助川鶴平 ,   妹尾晴夫 ,   三浦星治 ,   稲垣卓司 ,   齋藤和郁葉 ,   上垣淳 ,   宮岡剛 ,   百瀬勇 ,   笠原恭輔 ,   大城隆太郎 ,   清水予旨子 ,   三原卓己 ,   安川玲 ,   松原啓 ,   前田孝弘 ,   水野創一 ,   坪内健 ,   稲見康司 ,   田中道子 ,   山本勝則 ,   小中綾子 ,   堀口淳

ページ範囲:P.401 - P.408

【抄録】 島根県出雲市で,65歳以上の在宅高齢者を対象として,ピッツバーグ睡眠調査票を用いた睡眠障害に関する調査を行った。有効回答数は4,003名で,男性1,730名,女性2,273名,平均年齢は75.1±6.5歳(平均値±標準偏差)であった。加齢に伴って,就床時刻は早く,また起床時刻は遅くなり,自覚的な睡眠時間(就床時間)は延長する傾向を認めた。また,男性に比較して女性では,全年代において就床時刻が有意に遅く,入眠潜時が有意に延長し,自覚的な睡眠時間が短かった。さらに,Restless Legs症候群が疑われるものが150名(3.7%),Nocturnal Eating/Drinking Syndromeの疑われるものが317名(7.9%)存在した。

難治性強迫性障害の1症例にみる現実欲求挫折の特徴

著者: 田代信維 ,   加藤奈子 ,   野見山晃

ページ範囲:P.409 - P.415

【抄録】 行動療法を施行した難治性の強迫性障害の1症例について,脅かされた現実生活上での欲求(現実欲求)をMaslowの5階層欲求理論によって検討した。
 その結果,自我尊厳欲求(他人からの評価)で傷ついたとき,同時に愛情欲求までが脅かされ,感情表出ができずにいた。そのとき出現した強迫症状は,低次の安全欲求の充足に加えて,自我尊厳の傷つきを保障する今1つの自我尊厳欲求(自己を自ら評価し,承認する欲求)に基づくことが示唆された。治療は,症状を問題にしている間はらちが開かず,症状は一進一退であったが,長女との愛憎問題の発生をきっかけに感情表出の手助けを試みたところ,愛情欲求の「わだかまり」が解け,強迫症状が急速に軽快へ向かった。以上の結果から,本症例に潜む治療抵抗性と強迫行為の意味について検討を試みた。

アルコール乱用に続発して過食症を発症したBulimic alcoholics 2症例—過食症に対するアルコールの影響について

著者: 松本俊彦 ,   山口亜希子 ,   宮川朋大 ,   小田原俊成 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.417 - P.424

【抄録】 アルコール乱用が過食症発症の契機となったbulimic alcoholics自験2症例を報告した。この2症例はアルコール乱用,摂食障害の罹病期間や病態に差を認めたが,いずれも他の衝動行為はなく,肥満恐怖,体重コントロール欲求を背景としてアルコールを乱用し,酩酊下での食欲充進・嘔気増強を契機として,酩酊時の過食・嘔吐が出現した。長期罹病例では,非酩酊時の過食・嘔吐にまで発展した。2症例のアルコール乱用の治療方針は異なり,過食症も異なる経過を呈したが,最終的には断酒継続により改善した。アルコールは過食症を増悪させる可能性が示唆され,bulimic alcoholicsの治療では,アルコール乱用と過食症の双方への配慮が重要と思われた。

血糖コントロールにより精神症状が改善したNIDDMの1例

著者: 長峯正典 ,   武田敏伸 ,   児玉芳夫 ,   佐野信也 ,   野村総一郎

ページ範囲:P.425 - P.429

【抄録】 今回我々は,抑うつ症状などの精神症状を呈して入院となり,抗うつ薬を使うことなく血糖コントロールにより精神症状が改善したnon insulin dependent diabetes mellitus(NIDDM)の1症例を経験した。この患者は糖尿病に関する知識も乏しく,かかりつけの内科においても厳密な血糖コントロールはなされておらず,血糖コントロールが不良(HbA1C 9.4)であった。糖尿病性低血糖による行動の異常は,精神科領域においては症状性精神病として広く知られており,内科領域でも糖尿病患者に抑うつ症状が合併しやすいことが知られているもののそのメカニズムを含めて不明な点が多く,診断の位置づけは判然としていない。

短報

インスリン過量注射による自殺企図例—小児慢性疾患患者に対する心理的サポート

著者: 宮原明美 ,   佐野信也 ,   山本泰輔 ,   野村総一郎 ,   佐藤賢吾

ページ範囲:P.431 - P.433

はじめに
 インスリン依存型糖尿病(insulin dependent diabetes mellitus;IDDM)患者は,インスリン自己注射をはじめ,食事療法や運動療法を毎日継続していかねばならず,日常生活上も種々の制約を強いられる。小児がこれらの治療を受け入れていく際,さまざまな精神的不適応を来すことが考えられ4),時には自傷行動などの深刻な問題も生起する2)。欧米では以前からインスリン過量注射による自殺企図ケースは報告されているが,本邦では,我々の調べたかぎりShibutaniら6)の1例しか報告されていない。
 小児糖尿病患者の心理的ケアにおけるこの重要な問題について,注意を喚起するとともに,文献的考察を加え報告する。

無けいれん電気療法が症状のコントロールに有効であった鑑別不能型身体表現性障害の1例

著者: 尾鷲登志美 ,   大坪天平 ,   水野晶子 ,   秋庭秀紀 ,   林正年 ,   石井由紀 ,   磯野浩 ,   中込和幸 ,   上島国利

ページ範囲:P.435 - P.438

はじめに
 従来より,身体表現性障害に対して精神療法と抗うつ薬,抗不安薬を中心とした向精神薬による治療が試みられているが,奏効率は高いとはいえないのが現状である。今回,10数年間さまざまな身体症状を訴え,多くの医療機関で治療を受けるも症状の改善に乏しい身体表現性障害患者の症状コントロールに無けいれん電気療法(modified electroconvulsive therapy;以下ECT)が有効であった症例を経験したので,考察を加え報告する。

Quetiapineが有効であった,遅発性ジストニアの1例

著者: 笠原友幸

ページ範囲:P.439 - P.442

はじめに
 遅発性ジストニアは抗精神病薬の服用に伴う錐体外路系の副作用として,頻度は少ないが極めて難治性の不随意運動である。quetiapineはジベンゾチアゼピン系の非定型抗精神病薬のひとつで,錐体外路症状出現が少ない薬物である。今回,抗精神病薬投与中に発症した遅発性ジストニアに対し,quetiapineが有効であった1例を経験したので報告する。

視床痛にfluvoxamineが奏効した1例

著者: 木村哲也

ページ範囲:P.443 - P.445

はじめに
 視床痛は,視床の知覚中継核が障害された後,一定の期間をおいて知覚障害を伴う自発痛を呈するもので,難治性疼痛疾患のひとつである。視床痛は脳梗塞患者の2〜6%に起こるとされ3),決して稀な疾患ではない。今回,脳梗塞後の視床痛にfluvoxamineが奏効した1例を経験した。SSRIが視床痛に対し,どのような作用機序によって効果をもたらすか,脳梗塞後遺症や慢性疼痛の視点も含めて考察する。

Perospironeが著効した分裂病型人格障害の1例

著者: 山根秀夫 ,   大川匡子

ページ範囲:P.447 - P.449

 分裂病型人格障害(schizotypal personality disorder;SPD)は関係念慮や迷信的思考などを特徴とする人格障害として定義され,精神分裂病の前駆状態としても注目されている。SPDの治療法は確立されていないが,薬物療法として,selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)などを含む抗うつ薬や抗精神病薬の有用性などが報告されている。今回,SPD患者にserotonin-dopamine antagonist(SDA)であるperospironeを投与したところ,関係念慮や迷信的思考が軽快した例を経験したので若干の考察を加えて報告する。

Mianserin投与後,せん妄と不随意運動を来した1症例

著者: 藤本直 ,   上田重春 ,   奥田文悟

ページ範囲:P.451 - P.453

はじめに
 mianserinは,シナプス前α-adrenoreceptor遮断によるnorepinephrine(NE)機能充進作用と,抗セロトニン作用を持った抗うつ薬であり,抗コリン作用,心毒性,血圧低下作用などが少ないため,高齢者にも比較的安全に使用できると考えられている1)。今回我々はmianserin投与後,せん妄と激しい不随意運動を来した症例を経験したので報告する。

特別寄稿

NIH/NIMH(米国国立衛生機関)にリードされるアメリカの精神医学研究の実態(第2回)—NIHの基本理念に支えられる研究倫理の考え方,その運用について

著者: 澤明

ページ範囲:P.455 - P.462

はじめに
 先月号(44巻3号,341-348ページ)より,米国で医学研究を制度上リードする立場にある,米国国立衛生機関(National Institute of Health:NIH)に属するNational Institute of Mental Health(NIMH)の副所長であるリチャード中村のアレンジで行ったアメリカの精神医学研究の考え方,機構についてのインタビューを3回にわたり連載することになり,本稿はその第2回目である。今回は,精神疾患研究実践とその倫理のあり方について述べる。この側面では,患者家族団体と医師,研究者の交流も重要な要素である。私は先月号で述べたように,日本でわずか6年間の精神科臨床,研究の経験のあと,アメリカに来てしまったので,日本との比較をする立場にはない。さらには,倫理に対しては,一人の精神科研究,医療にかかわるものとして常に最大限考慮したいと考えているが,実際は,自身のグラントや臨床研究プロトコール作成時に経験するだけで,全くの門外漢である。したがって以下の論述は,こうした門外漢が1999年時点でのNIMHのスタッフ,エキスパートからの伝聞を,できるだけ素直にまとめたものである,とご理解いただければと思う。一部は時代の変遷と共にすでに機構変えが起こっている部分があるかもしれないが,少なくともその背景にある考え方については正しくお伝えできるものと思う。

私のカルテから

精神科・神経科領域の診療におけるインターネットの利用

著者: 布施泰子

ページ範囲:P.464 - P.465

はじめに
 インターネットの普及に伴い,アメリカの精神療法の雑誌には,AVの技術を駆使して,リアルタイムで映像と音声を介してセラピーを行っているという例が紹介されていた1)。これは特殊な例として,ごく普通の設備でも,日常の診療の中で,インターネットをさまざまな形で活用していくことが可能であろう。一方で,我々専門家は,インターネットの限界や危険性,注意点にも留意していなければならない。これはどの領域の医療従事者にも言えることであるが,関与するプライバシーの性質を考えると,特に精神科・神経科領域において重要である。
 筆者は,東京都内に無床の神経科クリニックを開いている医師である。決してコンピューターに詳しいわけではなく,ごく平均的なユーザーのひとりであるが,自分がインターネットをどのように利用しているかについて紹介したい。インターネットに興味のある方々に,さらなる利用の可能性とリスクについて考えていただくきっかけになればと思う。

動き

「第14回総合病院精神医学会」印象記

著者: 佐々木高伸

ページ範囲:P.466 - P.467

 第14回総合病院精神医学会は,2001年11月30,31日の両日,新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)にて新潟大学大学院医歯学総合研究科染矢俊幸教授を会長として開催された。会長の予言通り,雨が降ったりやんだり,時折雪がちらつくというこの時期の信越特有の不安定な天候だったが,参加者約500名という本学会史上最高の盛況で大いに盛り上がりを見せた。これは,会長以下新潟大学関係者の方々の多大なご努力によるものであると同時に,学会認定医制度やリエゾン心理士の会が発足して,この1年間に会員が約15%増加しているという学会全体の上昇気流も後押ししているものと思われた。
 会長講演は「精神医療の展望一精神科在院患者数の将来予測をもとに」と題して黒澤尚理事長の司会で行われた。臨床精神薬理の権威である染矢会長があえて薬理を離れ,今,精神科臨床医が最も知りたいことをテーマとして選ばれたことに敬意を表するとともに意外に感じたのも事実である。しかしその内容を聞いてさらに驚いた。新潟県にしか存在しないという各年代別の精神科在院患者数調査(1974年〜2000年)をもとに時系列分析を行った結果,精神分裂病在院患者数はこの先30年で約1/3となり,痴呆患者などの増加を見込んでも25〜30%の精神病床が不必要になるという衝撃的な予測を発表された。会長も強調されたように,今後こうした変化に対応するために,精神医療の進歩に沿った社会復帰促進型医療への意識・構造改革が不可避であり,その中で総合病院精神科の果たす役割は大きいと思われる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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