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雑誌目次

論文

精神医学44巻6号

2002年06月発行

雑誌目次

巻頭言

摂食障害の患者の増加にいかに対応するか?

著者: 高木洲一郎

ページ範囲:P.590 - P.591

 私は好んで本誌に論文を投稿してきたので,1995年に編集部から展望欄に「インターフェロン投与中の精神症状」のテーマを与えられた時にはとても光栄に思い,1997年の「日本精神神経学会」印象記の依頼の時には,学会員数千名の中で,よくも大変な確率で自分に白羽の矢が立ったものとびっくりした。今回の巻頭言に至っては信じられない思いである。
 私は実は卒後9年目までは,主に神経内科医として診療に従事していた。1975年には第1回の日本神経学会の認定医試験に合格している。私が精神科の学会認定医制度の実現にこだわったのは,その経験もあったからである。その後の総合病院精神医学の実践の中では,インターフェロンの問題のほか,慢性疲労症候群,クリュバー・ビューシー症候群,ミュンヒハウゼン症候群,リエゾン精神医学,司法精神鑑定など幅広い分野での臨床体験を折々に報告したり翻訳も手がけるなど興味の赴くままに活動してきた。振り返ればずいぶんユニークな道を歩めたものと思う。ただし今回のテーマは自由とのことなので,結果的に私のライフワークとなった摂食障害の治療の問題について述べさせていただこうと思う。

特集 司法精神医学の今日的課題

刑事事件における鑑定と処遇のあり方—英国から学ぶ点

著者: 吉川和男

ページ範囲:P.592 - P.598

はじめに
 2002年3月15日,「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」が閣議決定された。この法案の最大の論点は,対象者の鑑定に関し,第37条で,「裁判所は,対象者に関し,精神障害者であるか否か及び継続的な医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれの有無について,精神保健判定医又はこれと同等以上の学識経験を有すると認める医師に鑑定を命じなければならない」と規定されている点である。これによって,従来の責任能力鑑定に加えて,「継続的な医療の必要性」と「再び対象行為を行うおそれの有無」についての判断が医師に求められるようになる。
 英国の司法精神医療の歴史的変遷をみると,わが国と同じように責任能力のみを根拠に精神障害者を刑事司法から精神医療システムへ移した時期があったことがうかがわれる。しかし,精神医療の進歩によって,精神障害が治療可能な時代に入ってくると,責任能力よりも医療の必要性という視点が強調されるようになってきたことがわかる。
 また,英国の精神保健法の第41条では,重大な他害行為を行った精神障害者の制限命令に関して,「犯罪の'性質,犯罪者の前歴,再犯の危険性を顧慮する」という要件があり,精神科医は対象者がこの要件を満たすかどうかについて裁判所から意見を求められる。また,治療施設においては,患者が退院後に地域で安全に社会生活を送れるかどうかを判定するために,さまざまな職種の者がリスク・アセスメントを行っている。
 わが国では,これまで本格的な司法精神医療を経験していないことや保安処分論争時代の後遺症から,この新しい医療制度に対して拒絶反応を示す者が多いのは仕方がないことと思われる。本稿では,司法精神医療の先進国である英国のシステムの歴史的変遷を概観しながら,わが国の司法精神医療における精神鑑定の新たな役割について考察していきたい。

刑事事件における精神鑑定と処遇—フランスとわが国との比較と批判的分析

著者: 影山任佐

ページ範囲:P.599 - P.608

―“What they can do is not generally valued and what they are unable to achieve is written in headlines” (Charles Kaye13))―「特殊病院といえば,その功は認められず,その代わり失敗ばかりがトップニュースで書き立てられる」

民事鑑定はどのように変わったか—基本的考え方とその間題点

著者: 西山詮

ページ範囲:P.611 - P.617

はしがき
 いわゆる重大犯罪に関連して刑事鑑定の周辺はしばしば喧騒に満ちている。これに比べると民事鑑定は,沈黙の精神鑑定と呼べるであろう。しかし,この世界にも,高齢社会の到来とともに,大量の成年後見鑑定の必要が生じ,他方では遺言能力等の狭義の民事鑑定も,熾烈な事件を扱うことが多くなり,能力判定基準が強く求められるようになった。

精神保健福祉法通報制度の問題点と司法精神医学的課題—触法精神障害者治療現場の現状から

著者: 武井満

ページ範囲:P.619 - P.625

はじめに
 当群馬県立精神医療センターは,県立病院としての使命を担うため,これまでに精神科救急の基幹病院機能,原則として他病院に転送なしの治療,県内精神鑑定業務の全面的対応,民間病院処遇困難患者の受け入れ,触法精神障害者の治療,移送制度の立ち上げなどに取り組んできた2,3)。日本の精神医療は諸外国と比べても,驚くほどの少ないマンパワーで医療を行っており,その一方で,精神保健福祉法の第23条から26条まで,社会的に問題とされる人たちに精神障害の存在が疑われると,あるべき適切な処遇が十分吟味されることなしに,便宜的,現場主義的に安易に精神病院に集まる仕組みになっている。触法精神障害者の処遇の在り方は,その象徴的問題である。
 日本の場合,行政処分による強制入院であっても,受け皿となる精神病院は赤字が問題となる保険診療で治療している一般の精神病院のみであり,人権に配慮して必要十分な医療を行えるような体制にはない。このような中にあって,日本の精神医療は医療の質的向上を伴うことなしに,過去,ベッド数のみが肥大していき,現在の世界に類を見ない34万床体制が出来上がったものと考えられる。
 本稿では,以上の観点から,触法精神障害者問題を通してようやく明らかになりつつある日本の精神医療体制の構造的問題と司法精神医学的な課題について論じることにする。

外国における触法精神障害者の強制入院制度—ドイツにおける触法精神障害者の強制入院制度を中心にして

著者: 加藤久雄

ページ範囲:P.627 - P.636

問題の所在—フランス・モデルは破綻したか
 本年3月27日,パリ西部の郊外都市ナンテール(Nanterre・人口87,000人)の市議会会議場に乱入した精神障害者(33歳,独身,無職,母親と2人暮らし)がピストルを乱射し,8人(うち女子4人)の議員を射殺し,20人以上に重軽傷を負わせたと報じられた。同日,シラク大統領とジョスパン首相は,直ちに声明を出し,「凶悪触法患者対策の見直し」を命じた。フランスのいわゆる「治療処分」制度は,制度的には,行政処分であり,メディカル・モデルであり,触法問題を精神医療の現場にすべて押し付けるやり方は,わが国の政府案が参考にした「長所」でもあった(注1)
 しかし,この事件で,やはり,凶悪で危険な触法患者対策は,きれいごとではすまされないことが明らかになったのではないのか。フランスのモデルの破綻を政府案の提案者は国民にどう説明するのであろうか。フランスの司法精神医学の専門家によれば,最重度の危険性を持つ人格障害犯罪者は,保安病院から最重警備の刑務所へ次々と移されているという(注2)

座談会 司法精神医学の発展のためにどうすべきか—教育的視点を中心に

著者: 小田晋 ,   山上皓 ,   五十嵐禎人 ,   山内俊雄

ページ範囲:P.637 - P.649

 山内(司会) 最近,いわゆる触法精神障害をめぐる話題が精神科領域でも盛んですが,単に触法精神障害者の処遇という問題だけではなく,それと関連して精神医療全体がどうあるべきかについてもいろいろと取りざたされています。そこで,本日は,この方面に長い経験,見識をお持ちの先生方にお集まりいただきまして,我々精神科医にいったい何が求められているのか,あるいは司法精神医療のあるべき姿はどういうものであるかについてお話をうかがいたいと思います。
 ところで,我々が現場で司法精神医学とかかわりを持つことのひとつに精神鑑定があるわけですが,鑑定は,いったい誰がどういう資格で行うのかが問題です。鑑定についてどんなふうにお考えか,現状と問題点をお話しいただきたいと思います。小田先生,いかがでしょうか。

研究と報告

成人Still病の経過中にせん妄に基づく精神症状を呈した1症例

著者: 伊藤敬雄 ,   山寺博史 ,   遠藤俊吉 ,   川嶋修司 ,   山中博之

ページ範囲:P.651 - P.657

【抄録】 症例は20歳男性。感冒症状が遷延化し無欲状態と不機嫌が認められた。右手関節の発熱と腫脹発現の5日後に不穏状態が出現した。精神運動活動は夜間の体温上昇途中時と早朝の体温下降途中時に相関して顕著となった。思考は混乱し,注意転導性と記銘の障害を認めた。物音に過敏に反応し状況誤認に基づく断片的な妄想を呈した。これらのことより意識野狭窄状態に精神運動興奮が加わり,脳波の非特異的な徐波化と合わせてせん妄と考えられた。抗精神病薬による精神症状の改善は乏しく,精査の結果,成人Still病の診断基準を満たしたためにステロイド療法を開始したところ,約1週間後から発熱と炎症所見の改善とともに精神症状の改善が得られた。

アルコール依存症者における心理特性と親の養育態度—アルコールクリニックにおける患者調査から

著者: 松下年子 ,   田口真喜子 ,   山崎茂樹

ページ範囲:P.659 - P.666

【抄録】 アルコール依存症者の家族的背景,心理特性,および保健的対処行動における傾向と相互の関連を検討するため,クリニックの依存症者47名を対象に,親の養育態度と飲酒行動に関する回顧(PBIとCAST),自尊感情と抑うつ感(自尊感情評価尺度とSDS),および保健的対処行動の内的・外的統制傾向の評価(HLC尺度)を実施した。
 その結果,(1)親の養育態度は“低養護・過保護”であり,過保護傾向については,父母ともにCAST 6点以上の者が5点以下の者より高いこと,(2)自尊感情が低く抑うつ度は高いのに加え,自尊感情と抑うつ度および,抑うつ度とHLC得点の間に,かつHLC得点と自尊感情においては,父親の過保護傾向との間にそれぞれ有意な相関が認められた。

短報

遅発性ジストニアと遅発性パーキンソニズムを呈し,cabergolineとL-dopa製剤の併用が有効であった1症例

著者: 佐々木幸哉 ,   櫻井高太郎 ,   北川信樹 ,   傳田健三 ,   小山司

ページ範囲:P.667 - P.670

はじめに
 今回我々は,抗精神病薬の服用開始後5年を経て,ジストニアとパーキンソニズムを主徴とする不随意運動を呈した自閉症の1症例を経験したので報告し,若干の考察を加える。

長期間隔離室収容となっていた治療抵抗性精神分裂病に対するペロスピロンの効果について

著者: 宮本洋

ページ範囲:P.673 - P.676

はじめに
 治療抵抗性で,激しい暴力行為のため一般病室での対応が困難なまま長期間の隔離室収容を強いられる症例は少なくない。本症例は,激しい衝動的暴力行為のため6年間にわたって隔離室に収容され,加えて覚醒剤乱用の既往もあり,累犯傾向が著明な典型的処遇困難例であった。
 同症例について,抗精神病薬ペロスピロンによる加療によって好結果が得られたので,報告するとともに若干の考察を加える。

SSRIs中止後に低用量のamitriptylineとtrazodoneの併用でセロトニン症候群を発症した老年期うつ病の1例

著者: 佐藤晋爾 ,   鈴木利人 ,   朝田隆

ページ範囲:P.677 - P.679

 セロトニン症候群とは,セロトニン神経作動薬の使用中に生じる副作用で,認知障害や多彩な自律神経症状,神経系・骨格筋の障害などを主症状とする3)。本邦でもすでにいくつかの報告が散見されるが4〜6,8),とりわけ本症候群を引き起こしやすいセロトニン選択的再取り込み阻害薬(SSRIs)が登場し,本症候群の出現に一層の注意を要する状況となっている。今回筆者らは,SSRIsの使用中止後,低用量のamitriptylineとtrazodoneの併用により同症候群を呈した1例を経験した。若干の考察を加え報告する。

摂食障害患者におけるWisconsin Card Sorting Testの成績不良—予備的研究

著者: 小羽俊士 ,   堀江姿帆 ,   鍋田恭孝

ページ範囲:P.681 - P.683

はじめに
 摂食障害患者,特に神経性無食欲症においては,太ることへの病的で過度な恐怖,やせ願望,身体イメージの歪みなど,いくつかの認知的な歪みがあることがわかっている2)。また食行動以外の点でも強迫的な思考の堅さを示し,柔軟性に乏しく,共感性に欠け,しばしば衝動コントロールが乏しいことを示す患者が多いことも,臨床的によく気づかれるところである。本研究は,こうした認知心理学的特徴の背景を探ることを目的に,一般に前頭前野機能を反映すると考えられる実行機能executive functionの評価検査であるWisconsin Card Sorting Test(以下WCST)を摂食障害患者を対象に施行したものである。筆者の知るかぎりでは,摂食障害患者に対するWCSTを使用した認知機能障害の評価に関する研究はまだ実施されていない。

資料

1精神科診療所における20年間にわたる自殺症例の検討

著者: 青山慎介 ,   白川治 ,   保坂卓昭 ,   小野久江 ,   前田潔 ,   生村吾郎

ページ範囲:P.685 - P.691

はじめに
 自殺は精神科診療上,避けて通ることのできない重要な問題の1つである。わが国における自殺による死亡者総数は,1998年に初めて3万人を超え,人口10万あたりの自殺死亡率は26.0と世界的に見ても高値を示した。続く1999年は,さらに増加し,自殺は深刻な社会問題となっている。特に中高年男性の死因として自殺は常に上位にあり,自殺予防への社会的な要請は高い。
 警察庁の発表した「平成10年中における自殺の概要資料」11)によれば,全自殺者のうち,その原因が精神障害であるとされるものは全体の16%にすぎないが,専門家による心理学的剖検に基づいたいくつかの調査2,5,8,14)ではいずれも,自殺者の90%以上が,生前なんらかの精神疾患に罹患していたと診断することが可能であったと報告されている。これは,精神疾患に罹患しながらも医療機関を受診せず,自殺に至った例が数多く含まれていることを示唆している。以上のように自殺予防に精神医療の果たすべき役割は,極めて大きいと言えるであろう。

私のカルテから

呼吸器症状が認められなかった精神疾患患者の肺結核

著者: 長嶺敬彦 ,   村田正人 ,   小田敏郎

ページ範囲:P.692 - P.693

 1999年の結核緊急事態宣言以来,医療機関での肺結核に対する認識は広まりつつある。肺結核を疑う症状として,①2週間以上持続する咳嗽,②微熱,③胸痛,④全身倦怠感・体重減少,⑤血痰が挙げられる3)。しかしこれらの症状が全くないか,ごく軽微である場合でも,肺結核であることがある。精神疾患患者では長年の抗精神病薬の服用により咳嗽反射が低下している症例があり,呼吸器症状が認められないことがあるからである。
 ところで精神病院ではひとたび肺結核患者が発症すると,集団感染に至ることが多い。集団感染を予防するためには,呼吸器症状が認められない肺結核に適切に対応することが必要である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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