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雑誌目次

雑誌文献

精神医学44巻7号

2002年07月発行

雑誌目次

巻頭言

「子どものこころ診療部」の開設にあたって

著者: 天野直二

ページ範囲:P.704 - P.705

 2002年4月,信州大学医学部附属病院に「子どものこころ診療部」が特別中央診療部門として新たに開設された。精神科を中心とする児童思春期の医療が一つの箱を得てスタートできるのはまさに悲願であった。この開設認可の背景には,文部科学省の概算要求の途上,清澤研道院長と小宮山淳医学部長,ならびに学内外問わず諸先生方などの強い支持と厚い支援があり,文部科学省との折衝では,終始にわたり大学の事務当局から暖かい応援があったことによる。さらに,この開設にあたり,定員では助教授1名,看護師1名の純増が認められ,助手1名は学内措置とするという喜ばしい内容であった。その後の病院側の動きも迅速であり,当院脳神経外科の好意により外来部門のスペースが提供され,一気に2つの診察室ができ上がった。現在は,月曜から金曜の午前,午後と,初診と再来の診療が始まっているが,すでに予約がやや先延ばしになってきた。また,遊戯療法室,診療部のカンファランス室なども造られつつあり,順調に出帆している。
 このような喜ばしいできごとも,まさに時代の流れ,世相を反映していた。引きこもり,不登校,虐待,少年犯罪などとこれほどに新聞紙上を賑わせたことはなかった。大人の責任がしきりに問われてもどのように対処したらいいのか,問題意識ばかりが肥大して,これらの対応策は空回りしやすかった。社会や教育など全体からのアプローチが極めて重要であるが,せめて医療面からでもという問題意識からの要求であった。今回の開設にあたり,私たちの使命は,社会的責任の大きさに震憾しながらも,学会や各大学からの悲願であったことも強く念頭に置いて,この重みをしっかりと受け止めて,この医療の充実に向けて研鑽を積むことと自覚する。

展望

「痛み」について—歴史的考察

著者: 酒井明夫

ページ範囲:P.706 - P.713

はじめに—痛みのとらえ難さ
 痛みというものの持つ不可思議な性質,それは,誰もが経験するにもかかわらず,その一つひとつがきわめて個人的なものであるという点に由来する。古代医学の大成者ガレノス(129?〜199)は,2世紀,痛みのとらえ難さを次のような言葉で表現している。「痛みの印象を教え伝えることなど絶対に不可能である,というのも,それは経験した者にしかわからないからである。…個々の痛みの形式がどのようなものであるかは,それを感じてみるまではわれわれにとって未知のままなのである」12,14,25)。反論の余地もないように見える。しかし,言語哲学者Wittgenstein, L. の天才的考察を待つまでもなく,もし痛みがそれほど私的で不可視的なものならば,そもそもこうした言い回しすら不可能になってしまうのではないかという疑問も湧いてくる。ところが実際には,「痛み」についての言説は歴史上枚挙にいとまがない。こうした事実は,痛みには何か語り得る部分があり,しかもそれは,語りつくせないほど錯綜したものであったことをうかがわせる。先のガレノスでさえ,痛みに関して,そのあるなしだけは判別可能であると明言している。
 「…もし彼らが本当にひどい苦痛のうちにあるのなら,どんな治療法でも我慢するに違いない。事実彼らは,自分たちの苦痛が癒されるのなら,良いと思われる治療なら何でもいいからやってくれと医者に懇願するのである。ところがもし,彼らの痛みがごく軽いものであったり,あるいはまったく痛みなど感じていないような場合,彼らはそうした治療法から逃げ出すだろうし,長期にわたる絶食や苦い薬などに耐えるべくもないのである」3,13,25)

特別企画 WPA 2002 横浜大会に期待する

第12回世界精神医学会(WPA)横浜大会に期待する

著者: 河合隼雄 ,   海原純子 ,   安田恒人 ,   小出五郎 ,   古屋治男 ,   広田和子 ,   南砂 ,   前田絢子 ,   山下格 ,   藤臣柊子 ,   田村文栄 ,   香山リカ

ページ範囲:P.714 - P.725

心の精神医学に期待する
 世界精神医学会がアジアにおいて初めて開かれることになった。そして,その場所として「横浜」が選ばれたのも象徴的である。横浜は明治以来,日本の玄関として海外の国々に開かれてきた場所である。
 世界の精神医学者が集まってくる学会が,せっかく日本で開催されるのだから,やはり,そこには,日本あるいはアジアの持つ特性を反映させる面も出してほしいと願っている。この会の標語は「手をつなごう心の世紀に」となっている。英語のスローガンとはやや異なる表現になっているが,こんなところにも,日本で行うための工夫があるのかもしれない。

〔対談〕精神医学・文学・パブリシティ

著者: 村上龍 ,   野田文隆

ページ範囲:P.726 - P.735

〈対談にあたって〉 本誌が作家の方と精神科医の対談を企画するのは異例のことと思うが,それは本年8月日本の精神医学史上極めてモニュメンタルな世界精神医学会(WPA)が開催されることと関係がある。WPAが日本のメンタルヘルスのアウェアネスを格段に高める契機になることを期待して組織委員会は当初よりこの大会のパブリシティに着手した。そのひとつに多くの識者による「手をつなごう心の世紀に」アピール応援団の結成があり(http://www.kokoro21.net/),日本を代表する作家の一人村上龍氏にも加わっていただいた。村上氏の広範で精力的な活動は作家活動という概念に新しい地平を拓いてきた。日本の精神医学,メンタルヘルスの分野も村上氏のような創造性溢れるパラダイム転換が求められる時ではないか。大会を前に村上氏に学びたく,この対談をお願いしご快諾をいただいた。(野田)

研究と報告

痴呆の人物画

著者: 北林百合之介 ,   上田英樹 ,   成本迅 ,   中村佳永子 ,   小尾口由紀子 ,   土定美紀 ,   谷直介 ,   福居顯二

ページ範囲:P.737 - P.742

【抄録】 人物画テストの痴呆評価への応用を目的とし,痴呆患者群に人物画テストを施行した。描画される人物の身長および適切に描かれた身体部位の数を点数化した得点とMMSE得点の間には有意な正の相関が認められた。人物画は用紙の中央部から左上部に描かれることが多く,受動性や引きこもりといった痴呆の心理的背景を反映している可能性が示唆された。アルツハイマー病(AD),脳血管性痴呆(VD),アルコール関連痴呆(Alc)の比較では,AD群では描画のバランスが比較的保たれるのに対し,Alc群では頭が大きく主要身体部位が省略される頻度が高い傾向が認められ,VD群はそれら2群の中間的な特徴を示した。

措置診察における二人の指定医間の項目評価一致率

著者: 堀彰 ,   中村研之 ,   島田達洋 ,   平澤俊行

ページ範囲:P.743 - P.751

【抄録】 1994〜1996年度の3年間,栃木県で措置入院のために指定医診察を受けた対象患者332例の特徴と二人の指定医間の一致率を検討した。(1)対象患者は,平均年齢39歳で男性が多く,精神分裂病と薬物中毒が多く,暴行,器物損壊という他害行為があり,幻覚妄想状態と精神運動興奮状態を呈し,大部分が要措置と判断された。(2)精神障害の一致率は,アルコール中毒,感情障害ではほぼ完壁,覚醒剤中毒,精神分裂病では十分,人格障害では中等度,状態像診断では問題があった。これまでの問題行動の一致率は比較的良好だが,今後おそれのある問題行動の一致率はやや不良であった。現在の病状または状態像の一致率は不良であった。要措置の一致率は十分であった。

思春期に若年周期精神病と思われる病像を呈した精神遅滞の1男性例

著者: 伊藤侯輝 ,   鈴木克治 ,   三上敦大 ,   牧雄司 ,   加藤一郎 ,   塚本正仁 ,   傳田健三 ,   小山司

ページ範囲:P.753 - P.759

【抄録】 症例は3歳時より精神遅滞を指摘されている男性であった。15歳時より食欲・意欲の低下および活動性の低下が先行し,数日後から多弁・多動,睡眠時間の減少を伴った活動性充進の時期を3〜7日ほど経て,睡眠時間が突然増加して2,3日以内に症状は急速に消失するという経過が約1か月周期で繰り返された。また病相期が終わるとほぼ完全な健康状態にかえり,病相期中の追想が著しく不良であった。以上のような周期性,症状の推移,経過などは山下の若年周期精神病17)によく類似していると思われた。病相期中のFDG-PETでは左前頭葉および左視床に局所的な糖代謝の低下が認められ,SPECTでは左視床および左基底核の血流低下が認められた。治療はバルプロ酸と甲状腺ホルモン併用療法が有効であった。

短報

脳血管性痴呆に伴う問題行動にバルプロ酸が有効であった3症例

著者: 中島幸治 ,   鈴木克治 ,   栃木昭彦 ,   新田活子 ,   土屋潔 ,   小山司

ページ範囲:P.761 - P.763

はじめに
 近年,海外において,痴呆患者にみられる暴言や暴力などの問題行動に対して,バルプロ酸が有効であることを示す報告が相次いでいる。バルプロ酸は臨床的に副作用が少ないため,高齢者に対しても比較的使用しやすい薬剤の1つである。今回我々は痴呆患者の暴言,暴力,奇声,落ち着きのなさにバルプロ酸が有効であった3症例を経験した。上記のような異常行動に対するバルプロ酸の有効性を海外の報告と併せて考察する。

シプロヘプタジンとクロナゼパムの投与により改善したセロトニン症候群の1例

著者: 西嶋康一 ,   高野謙二 ,   加藤敏

ページ範囲:P.765 - P.767

はじめに
 セロトニン(5-HT)症候群はセロトニン作動性の抗うつ薬の投与中に発現する重篤な副作用の1つである。Selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)が広く使用されている欧米での報告が多い。わが国では,1999年に初めてSSRIが臨床に登場し,現在2種類のSSRIが使用されているが,5-HT症候群の報告例はまだ多くはない。今回,我々はイミプラミンの投与量を増量した後に5-HT症候群に至った1例を経験した。本症例では,シプロヘプタジンとクロナゼパムの投与が有効であったので報告する。

ディベート

「非分裂病性自生思考が単一症候的に出現した1症例」(井上洋—ほか:本誌44:129-136,2002)に対する討論

著者: 中安信夫

ページ範囲:P.769 - P.771

 畏友井上洋一氏ほか2名によって本誌に上記の論文が掲載された。貴重な症例報告と思われるが,筆者の見るところ,その貴重さは本症例が示した症状が井上氏らのいう非分裂病性自生思考であるということではないと思われる。
 井上氏らの症例を要約すると,患者は初診時49歳の女性で前年末より「頭の中で自分が言っているような感じの独り言」「頭の中で独り言を言っている。相手は出てこないが会話をしている。内容はわかる」「言葉ではない。イメージ。視覚的イメージではない」「自分が言っている感じ。止めることができない」,「内容は日常のこと。突拍子のないことや,理屈に合わないことは浮かばない。自分では考えていないこと。どうしてこんなことを思ったのか,その時は不思議に思っている」,「頭の中に浮かんでいる時には,それに注意が引き付けられるので,今までしていたことを忘れてしまう」「動いている時は,浮かばない。(中略)用事をしている時は忘れている」が生じたものであり,患者は上記の症状に病識を有し,また既往にも現在症にも分裂病を疑わせるものはまったくなく,また3年間の治療経過のなかで各種抗精神病薬のうち上記の体験を軽減させたものは一つとしてなく,唯一sulpirideが精神的に安定させることを通して二次的な治療効果を有したというものである。

動き

精神医学関連学会の最近の活動—国内学会関連(17)

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.773 - P.795

 本記事は日本学術会議の精神医学研究連絡会(研連)の活動の一環として関連学会の活動状況をお知らせするものである。各学会の代表の方にお願いして,活動状況を記載していただき,毎年この時期にまとめて読者の皆様方にお伝えしている。ここ数年を振り返ってみても学会活動がとみに活発になっている様子が伺い知れてうれしく思う。
 精神医学研連に登録している学会数は21であるが,今後その数が増えることを期待している。研連の活動はあまり知られていないようであるが,その重要な機能の一つに科学研究費の審査委員の推薦がある。科学研究費は昨今の不況にもかかわらず毎年増加の一途であり,審査委員の数も増加している。所属する学会から審査委員が出ることは,その領域の研究活動の活性化にもつながるものである。
 本記事で紹介される各学会が,今後も活発な活動を展開されることを念じている。

「感情障害国際学会第1回大会」印象記

著者: 大塚公一郎 ,   阿部隆明

ページ範囲:P.798 - P.799

 2001年3月9日から3月12日の4日間,感情障害国際学会第1回大会(International Society for Affective Disorders Conference:ISAD)が,Chris Thompson(UK)会長のもと,シチリア島のタオルミーナ近郊で開かれた。会場は,イオニア海に面したリゾートホテルで,エムペドクレスが身を投げたという伝説で名高い活火山エトナ山を背後にした絶好の景勝地であった。200人あまりの参加者があり,4つの会場で,4つのプレナリーレクチャー,11のシンポジウム,40あまりの口演発表,30近くのポスター発表が行われた。さまざまな研究分野の優れた専門家たちの出会いと交流を通して,現在の感情障害に関する研究課題や方法論の全体を見きわめるというこの学会の趣旨にふさわしく,主としてヨーロッパ圏(とりわけイギリスを中心とする英語圏)の一流の研究者が一堂に会していた。ヨーロッパからの参加者の多くが,家族を伴い会場のホテルに連泊していたため,ホテルのレストランでの同席やオプショナルツアーの同行を通して,参加者たちのパーソナルな交流も活発であった。
 感情障害の遺伝子研究の権威であるロンドンのキングズ・カレッジのPeter McGuffin氏は,「ポストゲノム時代の気分障害」と題した講演で,これまでの研究成果を要約しつつ,性急な「遺伝子化(geneticisation)」の風潮が,精神障害のスティグマ化を促してしまうのではないかとの懸念を表明していた。また,複合的要因を持つ感情障害における遺伝子治療の将来の実現についても疑問を投げかけていた。イスラエルの精神薬理学者のBemard Lerer氏は,「感情障害の薬理遺伝学」というタイトルで,特定のSSRI薬剤への治療的感受性は,複数の遺伝子の関与が想定されていること,ある特定の遺伝子の薬剤感受性への寄与は人種や民族によっても異なるなどの指摘をしたうえで,研究所見から臨床的応用までの距離は世論が考えているよりも大きいとコメントしていた。これらの生物学的研究分野からの演者の発表は,当事者の側からの科学の暴走への警鐘といった論調であり,好感を覚えた。また,同じくプレナリーレクチャーの枠で,合衆国のエモリー大学のCharles Nemeroff氏は,「臨床的うつ病と双極性うつ病の神経—生物学的所見」という演題で,内分泌障害のうつ病への影響に関する一連の研究について報告していた。うつ病の患者は,対照群に比べて,内臓に蓄積された脂肪が多く,高コルチゾール血症が認められるといった所見が提示された。彼らの研究で,melancholic depressionという用語を患者群のラベルに用いていることに質問が出たが,CRF血中濃度において,大うつ病(major depression)の患者群の一部と対照群との間に一致が認められ,大うつ病の異種性を想定して,対象の均一性を追究するためにmelancholic depressionという狭い基準を用いたという興味深い応答がなされていた。Nemeroff氏らの研究グループは,PTSDと視床下部一下垂体—副腎皮質系の内分泌機能の関係についても取り組んでおり,昨今のPTSD研究の興隆の影響を受けて,感情障害の内分泌研究が新たに脚光を浴びていることが感じられた。

「第22回日本社会精神医学会」印象記

著者: 伊藤欣司

ページ範囲:P.800 - P.801

 浅井邦彦会長(医療法人静和会浅井病院理事長兼院長),大久保善朗副会長(東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科教授)のもと,第22回日本社会精神医学会が2002年3月7,8日の2日間にわたり,千葉市の幕張メッセ地区にあるOVTA(財団法人海外職業訓練協会)で開催された。今大会のメインテーマ「21世紀の精神医療・福祉と社会精神医学の役割」に関連して,特別講演,会長講演,理事長講演,教育講演,シンポジウム,WHOシンポジウム,レクチャー,研修コース,ワークショップで重要なテーマが取り上げられた。さらに,市民公開講座が開かれ,本学会の活動を広く進めるための場のひとつとなった。学会は,これらの28テーマ,41セッションで構成され,参加者は700名を越え,6つの会場(2日目は5会場)はすべて活気あふれるディスカッションの場,研修の場となっていた。
 会長挨拶の後,さっそく6会場で一般演題の口演が開始された。一般演題の演題数は135題を数え,内容も非常に多彩であり,疾患,メンタルヘルス,リハビリテーション,犯罪・鑑定,法律など重要なテーマで2日間にわたって討論が進められた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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