icon fsr

文献詳細

雑誌文献

精神医学44巻7号

2002年07月発行

文献概要

展望

「痛み」について—歴史的考察

著者: 酒井明夫1

所属機関: 1岩手医科大学神経精神科

ページ範囲:P.706 - P.713

文献購入ページに移動
はじめに—痛みのとらえ難さ
 痛みというものの持つ不可思議な性質,それは,誰もが経験するにもかかわらず,その一つひとつがきわめて個人的なものであるという点に由来する。古代医学の大成者ガレノス(129?〜199)は,2世紀,痛みのとらえ難さを次のような言葉で表現している。「痛みの印象を教え伝えることなど絶対に不可能である,というのも,それは経験した者にしかわからないからである。…個々の痛みの形式がどのようなものであるかは,それを感じてみるまではわれわれにとって未知のままなのである」12,14,25)。反論の余地もないように見える。しかし,言語哲学者Wittgenstein, L. の天才的考察を待つまでもなく,もし痛みがそれほど私的で不可視的なものならば,そもそもこうした言い回しすら不可能になってしまうのではないかという疑問も湧いてくる。ところが実際には,「痛み」についての言説は歴史上枚挙にいとまがない。こうした事実は,痛みには何か語り得る部分があり,しかもそれは,語りつくせないほど錯綜したものであったことをうかがわせる。先のガレノスでさえ,痛みに関して,そのあるなしだけは判別可能であると明言している。
 「…もし彼らが本当にひどい苦痛のうちにあるのなら,どんな治療法でも我慢するに違いない。事実彼らは,自分たちの苦痛が癒されるのなら,良いと思われる治療なら何でもいいからやってくれと医者に懇願するのである。ところがもし,彼らの痛みがごく軽いものであったり,あるいはまったく痛みなど感じていないような場合,彼らはそうした治療法から逃げ出すだろうし,長期にわたる絶食や苦い薬などに耐えるべくもないのである」3,13,25)

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

雑誌購入ページに移動
icon up
あなたは医療従事者ですか?