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雑誌目次

論文

精神医学44巻9号

2002年09月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学における疫学研究

著者: 朝田隆

ページ範囲:P.932 - P.933

 一昔前イギリスに留学した折に,特に印象に残ったもののひとつが疫学重視の研究姿勢である。イギリスや北欧から発行される精神医学のジャーナルをご覧になれば,このことは居ながらにして納得できるはずである。もっとも分子生物学が全盛期を迎えつつある現状では,疫学などは「なんとも古臭い」という感を持たれる方も少なくなかろう。
 さてこれまで日本の精神医学界では,疫学研究が盛んであったとは言えないようだ。その理由として,これに要する心身の労力が莫大であるということが何より問題なのだろう。また疫学調査の精髄は,その結果がある地域の実態を真に反映しているか否かにある。ところが精神疾患を対象とする調査では,欧米であっても住民の協力が得難く参加率が低いとされる。それなら日本ではなおさら難しかろうと思ってきた。

展望

遅発性錐体外路症候群の治療—遅発性ジストニアの治療を中心に

著者: 融道男

ページ範囲:P.934 - P.947

はじめに
 抗精神病薬によって誘発される錐体外路性副作用は,抗コリン薬などに反応を示すし,減量すれば軽快する。しかし,遅発的に生じる錐体外路症候群(extrapyramidal syndrome;EPS)は,減量や中止によって容易に回復せず,治療が難しい。
 薬原性である遅発性錐体外路症候群は,遅発性ジスキネジア,遅発性ジストニア,遅発性アカシジア,遅発性トゥレット症候群,遅発性ミオクローヌス,遅発性パーキンソニズムなどを含む。
 本稿では,まず最も難治の遅発性ジストニアを選び,その治療について書き,他の遅発性EPS症候群を略述する。
 遅発性ジストニアに対しては,最高の治療は予防と言われている。適切な処方が肝要であるが,リスクを熟慮しながら,高用量を使わなければならない時もある。臨床医は,重症な精神病症状への投薬にあたり,苦痛を感じながら緊要の選択をせざるをえない。
 遅発性錐体外路症候群の治療について,これからの多くの改善症例報告の蓄積と,よい治療法の発展とを期待している。

研究と報告

ニコチン置換療法とparoxetine併用が有効であったニコチン依存症の1症例

著者: 伊藤敬雄 ,   山寺博史 ,   工藤吉尚 ,   遠藤俊吉

ページ範囲:P.949 - P.955

【抄録】 従来型の禁煙方法やニコチン置換療法で禁煙に失敗したが,ニコチン置換療法にparoxetineを併用して長期の禁煙に成功したニコチン依存症例を経験したので報告する。症例は42歳,男性。禁煙成功の理由として,paroxetineがニコチン依存症に対して直接的に作用したのか,もしくは退薬症状に奏効したことでニコチン置換療法を円滑に進めることができたのか検討が必要である。しかし本研究からparoxetineはニコチン依存症,もしくはその退薬症状に有効であること,また禁煙継続における精神的安定の保持にも有効であることが示唆された。よって,SSRIの臨床適応にニコチン依存症も含まれる可能性が考えられた。

恐慌状態を経て陰性症状が明らかになった精神分裂病の1症例—病初期の抑うつに関連して

著者: 杉山通

ページ範囲:P.957 - P.960

【抄録】 意欲低下,頭痛などをもって発症,経過中希死念慮を伴う恐慌状態を来し,以後思考の貧困,感情鈍麻がみられ精神分裂病と診断された1男性例を報告する。従来より分裂病の早期にうつ症状が多くみられることが知られている。また幻覚妄想などの陽性症状に乏しい分裂病例が増加しており,気分障害との鑑別が問題になる。分裂病を念頭に置いた抑うつ症状の鑑別には計量的な症状評価のみでは不十分であり,病者の対人的かかわりの障害を,評価者の主観的印象を通じて判断することが必要である。こうした観点から分裂病早期のうつ状態について若干の文献的考察を交えて検討した。

眼球運動検査が早期診断に有効で,trazodoneによって前頭葉機能か改善した進行性核上性麻痺の1症例

著者: 泉剛 ,   鈴木康夫 ,   新明康弘 ,   福島順子 ,   福田明香 ,   千葉泰二 ,   寺江聡 ,   志賀哲 ,   小山司

ページ範囲:P.961 - P.968

【抄録】 42歳発症の進行性核上性麻痺の1症例について報告する。発動性低下,周囲に対する無関心,階段の下降時に転倒しやすい,などの症状で発症し,頚部筋強剛,姿勢反射障害および前頭葉徴候を認めた。眼球運動検査で眼振と眼球運動障害を認め,心理検査ではWisconsin Card Sorting Testがほとんど遂行できず,Kohs立方体検査で前頭葉障害に特徴的なタイプの誤りを示した。5-HT2A/2C受容体阻害作用を有する抗うつ薬であるtrazodoneの投与によって発動性低下や無関心が軽減し,Kohs立方体検査の成績も向上するなど前頭葉機能の改善を認めたが,神経症状はしだいに進行した。

精神分裂病家族教室参加者の感情表出に関する研究

著者: 西尾雅明 ,   牧尾一彦 ,   小原聡子

ページ範囲:P.969 - P.975

【抄録】 分裂病家族教室参加者の感情表出(Expressed Emotion:EE)を,カンバウェル家族面接(Camberwell Family Interview:CFI)と5分間スピーチサンプル(Five Minutes Speech Sample:FMSS)の双方で評価し,その一致率や家族生活機能関連尺度との相関を検討した。FMSS-EEのCFI-EEに対する感度は低く,CFI-EEでは家族生活機能関連尺度との間に正の相関が認められたが,FMSS-EEでは相関が得られなかった。家族教室参加者の生活機能評価と支援の方向付けの指標としてCFI-EEを使用することは妥当であるが,FMSS-EEに関してはサンプル数を増やし,地域性や評価時期の違いが与える影響に配慮したうえでのさらなる検討が必要と考えられた。

パニック障害における不安感受性と破局的認知について—広場恐怖との関連

著者: 池谷俊哉 ,   長尾浩史 ,   杉浦義典 ,   南川直三 ,   志田尾敦 ,   福原秀浩 ,   永田利彦 ,   切池信夫

ページ範囲:P.977 - P.983

【抄録】 広場恐怖と認知機能障害との関連を検討するため,パニック障害患者を広場恐怖の合併の有無により2群に分け,Anxiety Sensitivity Index(ASI)やAgoraphobic Cognitions Questionnaire(ACQ)を用いて測定した認知機能を比較した。その結果,パニック障害患者において高度な不安感受性,破局的認知障害を認め,破局的認知の程度が広場恐怖に関連している可能性が示唆された。さらに広場恐怖を伴うパニック障害患者における破局的認知障害には,これら患者の刺激に対する注意のバイアスが関係している可能性が考えられた。
 これらの結果は,パニック障害患者,特に広場恐怖を伴うパニック障害患者において非機能的な認知障害に焦点を当てた認知行動療法が有用であることを裏付けるものと考えられた。

難治性うつ病に対する維持目的電気けいれん療法の試みと認知機能障害について

著者: 西山聡 ,   岩本泰行 ,   米澤治文 ,   世木田久美 ,   大田垣洋子 ,   大森寛

ページ範囲:P.985 - P.991

【抄録】 電気けいれん療法(electroconvulsive therapy;ECT)は難治性うつ病に有効とされるが急性期治療の高い治療効果にもかかわらず,ECT単独では維持効果が期待し難く再燃することが多い。最近では寛解維持目的でのECTの報告も散見されるが認知機能障害が問題となることも多く,施行には慎重を要する。我々は薬物抵抗性で,有害反応も生じやすい難治性うつ病患者4例に対して症状改善後,再燃防止のため約6か月間修正型維持目的ECT(modified continuation ECT;m-ECT-C)を行い,さらにm-ECT-C施行期間の認知機能についてMini-Mental State Examination(MMSE)や近時記憶,遠隔記憶の評価を行った。m-ECT-Cにて寛解維持された症例は2例であり,期間としては約1年間施行することが必要と考えられた。m-ECT-Cによる認知機能障害は認められず安全性が高いと考えられた。

老年期うつ病の入院長期化に関する検討

著者: 高橋彩子 ,   三村將 ,   田所千代子 ,   西岡玄太郎 ,   高橋太郎 ,   上島国利

ページ範囲:P.993 - P.1000

【抄録】 老年期うつ病患者の臨床観察からは入院が長期化する例が稀ならず認められる。入院の長期化にかかわる要因を検討するため,老年期うつ病で入院した患者94例について後方視的に調査した。21例が治療途中で転院・転科しており,さらに残りの73例につき,入院期間が90日未満の短期群と,90日以上の長期群に分け,症状評価尺度を3か月間追跡した。入院が長期化する要因としては(1)症状出現から精神科受診までの期間が長いこと,(2)入院4週間後のハミルトンうつ病評価尺度の総得点が高値であること,(3)抗うつ薬による副作用の出現頻度や副作用の種類が多いこと,(4)身体合併症の種類が多く,重症度が高いことなどが関与すると考えられた。これらの知見は老年期うつ病の治療計画を検討する際に有用であると思われた。

短報

自殺企図が多発性骨髄腫診断の契機となった警告うつ病の1例

著者: 井上祐紀 ,   増子博文 ,   丹羽真一 ,   工藤明宏 ,   林義満 ,   小野崎彰 ,   浅野健一郎 ,   渡辺毅

ページ範囲:P.1001 - P.1004

 警告うつ病7)は,高齢者の重篤な身体疾患,しばしば悪性疾患が発見される数週から数か月前にうつ病が先駆してみられることをいう。今回我々は,自殺企図が多発性骨髄腫診断の契機となった警告うつ病の1例を経験したので報告する。

抗うつ薬の投与によりブラキシズムを生じたうつ病の2症例

著者: 宮岡剛 ,   上垣淳 ,   三浦星治 ,   岡崎四方 ,   山崎繁 ,   三原卓己 ,   清水予旨子 ,   安川玲 ,   坪内健 ,   水野創一 ,   前田孝弘 ,   助川鶴平 ,   稲垣卓司 ,   堀口淳

ページ範囲:P.1005 - P.1007

はじめに
 歯ぎしり(bruxism:ブラキシズム)は睡眠時の口腔習癖として古くから知られており,歯周疾患,歯の過度な咬耗,顎機能障害などに影響があると考えられている。心理的因子と歯科的因子とがブラキシズム発症に関与すると推察されているが,ブラキシズムの病因などの詳細については未解明の点が多い5)
 近年,欧米において選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの向精神薬により,非睡眠時のブラキシズムが誘発されたとする報告がいくつかあり,睡眠時のブラキシズムとは区別され,錐体外路症状として考察されている1,3,11)。特にSSRI誘発性ブラキシズムが注目され,その治療法の1つに5-HT1A作動薬であるブスピロンの投与が有効であるとする報告がある2)。しかし,我々の知るかぎりにおいて,本邦の精神科領域における報告は皆無である。
 今回,SSRIなどの抗うつ薬の投与によりブラキシズムを生じたうつ病の2症例を経験した。この2症例のブラキシズムには,症例1では修正電気けいれん療法が,また症例2ではタンドスピロンの投与が奏効した。そこで今回はこれらの症例について報告し,若干の考察を加える。

脳波上律動性徐波群発が間歇的に出現し,喫煙により増強されたWernicke-Korsakoff脳症の1例

著者: 森山泰 ,   原常勝 ,   吉野相英 ,   加藤元一郎 ,   三村將 ,   吉村直紀 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.1009 - P.1011

はじめに
 Wernicke-Korsakoff脳症はサイアミン欠乏により特有の神経症状と病理所見を呈する1神経疾患単位である。
 Wernicke-Korsakoff脳症における脳波異常については,前頭優位の2〜4Hzの多形性高振幅徐波群発2)や多形性徐波1)などが報告されているが,いずれも時期が急性期であり,慢性期のKorsakoff脳症に限った脳波異常については我々の調べた範囲では見つからない。律動性のδ波はIRDA(intermittent rhythmic delta activity)といわれ,局在性脳損傷例では中脳被蓋・視床下部などの脳幹病変での報告があるが8),脳の局在性病変・びまん性病変両方で生じるとする報告7,9),さらにはせん妄,特に呼吸・代謝障害でも生じるとされる10)。今回我々はWernicke-Korsakoff脳症の慢性期に律動性徐波が出現し,さらに喫煙によって律動性徐波の増強がみられた症例を経験したので若干の考察を踏まえて報告する。

塩酸トラゾドン長期投与中に横紋筋融解症を来した1症例—髄液モノアミン所見と薬物代謝能の検討

著者: 岸田郁子 ,   河西千秋 ,   小田原俊成 ,   成田博之 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.1013 - P.1015

はじめに
 向精神薬の投与中に,悪性症候群やセロトニン症候群,横紋筋融解症といった重篤な副作用が出現することがある。これらの副作用は,それぞれ臨床的にオーバーラップしているが,その発症機序や病態はいまだに十分解明されていない。悪性症候群,セロトニン症候群は共に,モノアミンを中心とした脳内神経伝達系のインバランスがその本態であると考えられており,中枢神経系のモノアミン動態に興味が持たれている。今回,我々は,塩酸トラゾドンの長期投与中,上気道感染を契機に意識障害と横紋筋融解症を来した症例を経験した。同症例において髄液モノアミンとその代謝産物を測定したところ,ドパミン代謝物であるhomovanillic acid(HVA),セロトニン代謝物である5-hydroxyindoleacetic acid(5-HIAA)が病相期,回復期ともに低値を示した。また,同症例において塩酸トラゾドンとその活性代謝産物の代謝にかかわるチトクロームP 450 IID 6遺伝子のタイピングを行ったところ,10アレルのホモ接合体であることが同定されたので考察を加えて報告する。

Quetiapineが有効であった抑うつ気分を伴う老年期妄想性障害の1例

著者: 和田健 ,   佐々木高伸 ,   吉村靖司 ,   撰尚之

ページ範囲:P.1017 - P.1019

はじめに
 最近日本でも上市された非定型抗精神病薬は,錐体外路症状や過鎮静などの副作用を来しにくいという利点を有している。この特徴は副作用リスクの高い高齢患者に対してメリットがより大きいと考えられる。
 また高齢発症の妄想性障害患者では,いわゆる妄想性うつ病との鑑別に苦慮する例や,二次的と思われる抑うつ気分を伴う例がまれではない。したがって抑うつ症状を悪化させない薬剤が望ましく,非定型抗精神病薬はそのような選択肢になりうる可能性がある1,2)
 今回我々は,抑うつ気分を伴った高齢発症の妄想性障害患者に対して少量のquetiapineが著効した1例を経験したので,報告する。

Olanzapine投与により抑うつ状態と認知機能障害が改善した脳血管性痴呆の1例

著者: 山本健治 ,   原田研一

ページ範囲:P.1020 - P.1022

はじめに
 新規非定型抗精神病薬であるolanzapineは,ドーパミンD1,D2,セロトニン5-HT2A,5-HT2C,5-HT6などの多くの受容体にほぼ同等の親和性を示すという薬理学的特性を有している。その結果,精神分裂病の陽性症状のみならず,陰性症状,認知機能障害にも有効であり,かつ有害事象発現頻度も低いとされている。このことから,olanzapineは今後の精神分裂病薬物治療の中核として期待されるが,加えて精神分裂病以外への適応の拡大も検討されている。今回,我々は,抗うつ薬治療に反応しなかった抑うつ状態と認知機能障害が,olanzapine投与により速やかに改善した脳血管性痴呆の1症例を経験したので報告する。

資料

児童相談所において精神科医がかかわった虐待事例35例の検討

著者: 武井明 ,   鈴木太郎 ,   糸田尚史 ,   山口晃子 ,   内山久子 ,   和田真一

ページ範囲:P.1025 - P.1029

はじめに
 近年の児童虐待に対する社会的な関心の高まりとともに,児童相談所(以下,児相と略)で扱われる虐待事例数も急激に増加している3)。児相の虐待事例に対して,精神科医は非常勤嘱託医としてかかわりを持つ機会があり,精神医学的な診断を行うとともに,その後の子どもの処遇に対して治療的観点からの助言を与える。今回我々は,旭川児童相談所において精神科嘱託医がかかわった児童虐待事例を検討し,虐待の実態を報告するとともに,今後の課題についても考察したい。

私のカルテから

PTSDの特徴を持った遷延性うつ病の1症例

著者: 森岡洋史 ,   赤崎安昭 ,   前田芳夫

ページ範囲:P.1030 - P.1031

 苦痛な職場の人間関係から解放されたことが荷下ろし状況となり,うつ病を発症した1女性例を経験した。本症例は,その後,心的外傷後ストレス障害(以下PTSD)的症状も加わってうつ病が遷延した。PTSDの発症には,外傷体験の大きさだけでなく,個体の持つ脆弱性や環境要因など多くの因子について考慮すべきであるといわれている2)。本症例の特徴的な発症経過について若干の考察を加えて報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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