展望
大脳皮質島葉と心身機能―最近の研究の展望
著者:
永井道明
,
岸浩一郎
,
加藤敏
ページ範囲:P.6 - P.20
はじめに
大脳皮質島葉(insular cortex)を,初めて学術的に取り上げたのは,“精神医学(Psychiatrie)”という言葉を用いた,一般にロマン派精神医学者とされるReilによる研究だった2,4,56,78,95)。興味深いことに,当時Reilはこの島皮質が精神活動の台座であると考えていた21)。それは,次の言葉に集約される。「両大脳半球からの情報は,あたかも広い海洋からその魂を吸収するかのように,島皮質に収束する。そして,この島皮質を中心とした脳部位において,我々の魂の基盤が形成されるのである。また,我々の芸術に対する知覚,他者との意思疎通,さらには記憶の再現も,この島皮質を中心とした脳部位に由来した能力なのである」21)。
歴史的に,島皮質が本格的に議論され始めたのは,失語症の研究においてで26,34,51,99),1874年,Wernickeは,島皮質の損傷が伝導失語の病巣局在であると示唆し99),1891年にはFreudも失語症の論稿の中で,島皮質が言語機能に関与する可能性を指摘している34)。また,1950年代,Penfieldら69)は側頭葉てんかん患者に対して電気刺激を行い,脳の機能的地図を作成した。その際,島皮質の刺激により味覚,内臓運動,内臓知覚などの反応が誘発されたことも確認されている。またPenfieldら52,69)は,脳外科手術で島皮質を切除された患者に対し,10年に及ぶ経過観察を行い,最終的に残存した症状として胃腸障害,悪心,嘔吐,排便の異常を挙げ,島皮質が自律神経の活動を伴った心身活動に関与することを考えた。
我々は最近,別誌にて神経心理学の領域に重点を置いて,島皮質の構造と諸機能の総説を発表した60)。本稿では,精神医学の領域に目を転じ,島皮質が多くの精神障害,および心身機能に幅広く関与していることを示唆する最近の研究を展望したい。さらに,これらの知見をもとに,人間の精神活動における島皮質の総合的な機能について考察したい。精神障害における脳機能の最近の研究においては,海馬,扁桃体,前頭前野などに注目が集まっているが,我々の展望は約200年前のReilの着眼を再評価する形で,島皮質の重要性を強調するものである。
参考までに島皮質の発生,線維連絡2,4,48,56,60)についてごく簡単に触れておきたい。大脳皮質が形成されていく過程において,島皮質は他の領域に比べ,変化が少なく,大脳半球は島皮質の周囲を回転する形で拡張していく33)。つまり大脳皮質の形成に際し,島皮質は回転軸として作用するのであり,こうして,皮質は前頭葉,側頭葉,後頭葉に分化し,その結果,島皮質は,前頭弁蓋,頭頂弁蓋,側頭弁蓋に囲まれることになる33)。我々は解剖学的に見て,島皮質がヒトの大脳半球皮質展開図のほぼ中央に,ちょうど扇の要の位置を占めていることに注意を促しておきたい。実際,島皮質は前頭葉,側頭葉,頭頂葉,大脳辺縁系,視床などと密な線維連絡を持つことが示されている。