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雑誌目次

論文

精神医学45巻12号

2003年12月発行

雑誌目次

巻頭言

精神療法の神話と今後の課題

著者: 大野裕

ページ範囲:P.1252 - P.1253

 精神療法はいろいろと誤解されているように思う。よくある誤解のひとつが,精神疾患を根本的に解決するためには薬物療法だけでは不十分で,精神療法が必要だというものだ。こうした考えを主張するのは精神療法を専門にしている人たちだけではない。薬物療法だけで症状が改善しない場合にそのように患者に伝える専門家がいたりする。またそれを患者さんが信じて延々と精神療法が続けられる場合さえある。

 そこには,精神疾患は心の問題であり,その根本を理解して問題を解決することが重要だという思想が流れている。その考え方自体はもっともなように聞こえるが,私たちがそこまで心を理解しているかというとまだまだ心許ない。精神疾患は精神機能の一部が適切に働かなくなった状態だが,脳科学の飛躍的な進歩にもかかわらずその原因はまだ十分には解明できていない。私たちも最近,軽度から中等度のうつ状態に関する双生児研究のデータから,うつ状態が特有の遺伝的背景を持つのではなくパーソナリティと環境要因との相互作用で生じることを報告し,現在のカテゴリー分類の限界を指摘した。

特集 統合失調症と認知機能―最近の話題

統合失調症と記憶

著者: 松井三枝

ページ範囲:P.1254 - P.1262

はじめに

 神経心理学的アプローチは歴史的には器質性脳疾患の高次脳機能障害を明らかにするために発展してきた。近年,脳画像技術の進展とともに,統合失調症でも神経心理学的機能障害に着目されるようになってきた。統合失調症ではひとつの粗大な障害というよりいくつかの微細な障害ないしは障害の組み合わせが観察されることが多いため,より客観的な神経心理学的評価が重要となる。統合失調症への神経心理学的アプローチは標準化された検査を組み合わせて用いつつ,ひとつの分野として定着してきている。さらに,統合失調症に特徴的と思われる認知・行動障害を実験神経心理学的観点から分析したり,神経心理学的所見と脳画像所見との関連を検討したり,認知課題施行中の脳機能画像を吟味することによって,統合失調症における認知機能障害が報告されてきた。ここでは,統合失調症の神経心理学的アプローチとこれまで多くの研究によって明らかにされてきた統合失調症患者の認知障害の特徴について概観する。

統合失調症の認知機能異常と神経画像所見

著者: 平安良雄

ページ範囲:P.1263 - P.1269

はじめに

 統合失調症は幻覚,妄想,思考解体などの陽性症状や感情鈍麻,無為,自閉といった陰性症状を示し,社会機能の低下に至る精神疾患である。しかし,その病因や病態に関してはいまだ不明な点が多い。いまから100年以上も前にKraepelinは特徴的な精神症状を有する疾患群を早発性痴呆と名づけ,さらにその病態は大脳皮質の器質的な変化によるものという仮説を立てた。しかし,死後脳を用いた病理学的な研究では統合失調症に特異的な病変を見いだすことはできていない。近年の神経画像技術の進歩は,活動している脳の構造や働きを観察することを可能にし,正常な脳の形態・機能の理解のみならず統合失調症などの精神疾患の病態研究を可能にした。Andreasenら1~3)は多くの神経画像研究の結果に基づき,統合失調症とは個々の神経細胞間のネットワーク障害に基づく神経機構の基礎的および二次的な認知障害を本体とする疾患であるという仮説を提唱している。基礎的認知障害とは聴覚や視覚などから入力された知覚刺激に対する認知障害であり,二次的障害は知覚刺激を処理することによって得られる注意,言語,記憶などの障害である。これらの認知障害によって修飾された臨床症状が統合失調症の特徴となる幻覚,妄想,思考解体や陰性症状と考えられている。本稿では,精神生理学的検査によって明らかにした統合失調症の認知機能異常を筆者らの知見に基づき解説し,さらにMRIによって得られた形態学的異常との関係について考察を加えた。

統合失調症における感覚・運動障害(神経学的徴候)について

著者: 森本一成 ,   岡村武彦 ,   川野涼 ,   太田宗寛 ,   米田博

ページ範囲:P.1271 - P.1277

はじめに

 統合失調症において,神経学的検査でさまざまな異常が認められることは古くから知られている。平衡機能の障害や変換運動障害などについてKraepelinが報告しており10),筋緊張の増加などをBleuler2)が記載している。近年,統合失調症の神経発達障害仮説が提唱されるようになり,古くから報告されている統合失調症の感覚や運動の障害,すなわち神経学的徴候(Neurological signs;NS)に再び注目が集まるようになっている。過去のNSの研究においては,慢性期の服薬している統合失調症患者が対象となっていることが多く4,18),慢性化や抗精神病薬の影響について必ずしも一定の見解を得ているわけではない。また,臨床症状との関連についても症状の評価方法の違いなどから一致した見解には至っていない7,8)

 我々は以前より統合失調症におけるNSについての臨床研究を行ってきたが9,11,12),さらに症例数を増やして再検討を行ったので,上記問題点についての現在までに得られた見解と今後の課題について報告する。

統合失調症における社会機能・QOL改善の薬理学的方略―非定型抗精神病薬melperoneの認知機能に対する効果などを通じて

著者: 住吉太幹 ,  

ページ範囲:P.1279 - P.1284

はじめに

 言語記憶・ワーキングメモリーをはじめとする記憶機能,遂行機能(executive function),注意など種々の領域(domain)にわたる認知機能(cognitive function)の障害は,統合失調症に特徴的にみられる症状であり8,11,16),精神病症状の発症前の,いわゆる前駆期にすでに認められるという報告もある41)。さらに,統合失調型人格障害など他の統合失調症圏の患者における同様の認知機能の低下も明らかになってきている4,20)

 本稿では,統合失調症患者の社会機能予後と関連が深いとされている認知機能の改善の試みに関して,筆者がこれまで携わってきた薬物治療研究,特に非定型抗精神病薬melperoneおよびserotonin(5-HT)-5-HT1A受容体作動薬の効果の検討を中心に概説したい。

探索眼球運動の神経機構―fMRIを用いた統合失調症の賦活と課題成績・精神症状との関連

著者: 大久保起延 ,   大久保博美 ,   松浦雅人 ,   松田哲也 ,   根本安人 ,   鹿中紀子 ,   松島英介 ,   泰羅雅登 ,   小島卓也

ページ範囲:P.1285 - P.1290

はじめに

 探索眼球運動は統合失調症の生物学的マーカーとして確立されつつある7)。その際,視覚性探索と眼球運動は記銘,保持,照合の認知過程ともに遂行されるが,広範囲な脳の活動のネットワークが関与し,統合失調症はそのネットワークに障害があると推測される。我々の健常者と統合失調症患者を対象にしたfunctional magnetic resonance imaging(fMRI)の研究9)により,健常者では記銘,保持,照合の条件を通して視覚野,頭頂眼野,前頭眼野,補足眼野,前部帯状回,背外側前頭前野,小脳が賦活し,それに加えて記銘条件での被殻・淡蒼球の賦活,照合条件での視床の賦活が認められた。ところが,統合失調症患者ではこれらのうち記銘条件での背外側前頭前野と被殻・淡蒼球の賦活はみられず,照合条件での視床の賦活もみられなかった。一方,統合失調症患者では健常者より照合条件での頭頂眼野,前頭眼野の賦活は増加していた。これらの結果から,視覚性探索には視覚野,皮質眼野とともに前頭前野-視床-線条体のネットワークが関与し,統合失調症ではそのネットワークに障害があることを示してきた。

 視覚性探索以外の課題を用いた統合失調症のfMRI研究で,前頭前野-視床-線条体のネットワークの機能低下を示す報告がなされている6,11,13)。我々の結果9)はこれらの研究を支持すると考えられるものの,興味深いことに統合失調症における皮質下の活動低下とともに皮質の活動過剰を示し,それは照合条件の際に顕著であった。これに関連して,健常者と統合失調症患者の照合条件による賦活に対する眼球運動の測定指標(運動数,移動距離,移動時間)の影響を検討したところ,統合失調症患者における賦活の変化は眼球運動そのものでは説明されず,賦活の変化に関する病的意義の詳細は不明であった。しかし,統合失調症では照合という認知過程の構成要素に障害が内在している可能性は高いと考えられた。そこで,本稿では,統合失調症患者の照合条件による賦活画像は課題の遂行成績,さらに精神症状とどう関連するかを検討した。

Advanced Trail Making Test(ATMT)によるVisuospatial Working Memoryの測定―精神疾患における応用可能性について

著者: 岩瀬真生 ,   高橋秀俊 ,   中鉢貴行 ,   梶本修身 ,   志水彰 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.1291 - P.1296

はじめに

 Trail Making Test(TMT)とは,1枚の紙に書かれた1から25までの数字などの指標を順に鉛筆でなぞるという簡易な認知機能検査である4)。TMTは1950年代に開発され神経内科領域で主に前頭葉機能を評価するために使用されてきた。

 TMTは従来脳障害の判定に有用であるといわれており,左半球障害者や前頭葉障害者などではカテゴリーチェンジのないTMT-Aに比してカテゴリーチェンジのあるTMT-Bの成績が極端に悪くなると考えられている。TMT-A,B課題双方ともに成績が低下する場合には,情報処理あるいは注意力の全般的機能障害が示唆される。統合失調症患者においてもA,B課題双方ともに成績が低下し,A課題の障害に比してB課題の障害が高度であるという報告が多い。

 梶本らはタッチパネルディスプレイを用いてTMTをコンピュータ化したAdvanced Trail Making Test(ATMT)を開発した2)。ATMTは原版のTMTを改変して,visuospatial working memory(VWM)の定量評価を可能にした。ATMTは原版のTMTと比べいくつかの利点がある。(1)タッチパネル上に表示された数字ボタンに直接指で触れて課題を遂行するようにし,1回のボタン押しごとの反応時間測定を可能にした。(2)数字ボタンを25までに限定せず長時間の連続測定を可能にした。(3)数字ボタンの位置が固定され,VWMにより成績向上が可能な課題(ATMT-B課題)と数字ボタンの位置が1回のボタン押しごとに変化し,課題の遂行が視覚的探索のみによる課題(ATMT-C課題)とを作成し,両者の比較によりVWMの定量評価を可能にした。ATMTは短時間で大量かつ定量性の高いデータを得られる上に,課題の教示がほとんど不要なため容易に検査を施行でき,小児から高齢者までさまざまな精神疾患へ応用可能と考えられる。

 本論文では,ATMTによるVWMの評価方法を概説する。さらに,健常者と統合失調症患者の少数例でVWMの評価を予備的に開始しており,その結果について述べる。

健常者と統合失調症者のP300に対するペロスピロンの作用

著者: 森田喜一郎 ,   早稲田芳史 ,   小路純央 ,   山本寛子 ,   西浦佐知子 ,   森圭一郎 ,   前田久雄

ページ範囲:P.1297 - P.1303

はじめに

 ペロスピロン(商品名:ルーラン)は,わが国で開発された抗D2作用や抗HT2作用を有する非定型抗精神病薬のひとつである3,8)。ペロスピロンをはじめとする非定型抗精神病薬は,統合失調症者の幻覚などの陽性症状のみならず,意欲低下・引きこもり・感情の平板化などの陰性症状にも有効とされている3,8)。統合失調症の基本障害として認知機能障害が提唱されており,ペロスピロンも認知機能の改善薬と報告されているが,認知機能に対するペロスピロンの作用機序は不明な点が多い。

 事象関連電位(Event-related potentials:ERPs)のP300成分は,認知機能を反映する精神生理学的指標として多くの研究がなされてきた1,9)。統合失調症者では,P300振幅の減少が特徴的指標とされている1,10)。さらに,我々の研究などから,表情画や表情写真を標的刺激とする視覚誘発P300が,表情の種類によって影響を受けることもわかっている11,12)。 今回,我々は,健常者および統合失調症者において事象関連電位のP300成分に対するペロスピロンの作用を検討した。さらに,表情の影響6)を検討するため自然で刺激の少ない乳児の「泣き」および「笑い」の表情写真を用いてP300成分に対する表情負荷の影響を検討した。

研究と報告

広汎性発達障害(PDD)と注意欠陥/多動性障害(AD/HD)における人物画描画能力の比較

著者: 志水かおる ,   長田洋和 ,   中野知子 ,   渡辺友香 ,   栗田広

ページ範囲:P.1305 - P.1311

抄録

 広汎性発達障害〔PDD:自閉性障害(AD),アスペルガー障害(AS),特定不能の広汎性発達障害(PDDNOS)〕,精神遅滞(MR)および注意欠陥/多動性障害(AD/HD)の子ども344人を対象に,人物画知能検査(DAM)の描画能力と田中ビネー知能検査による知能の差異を検討した。描画能力は年齢および一般知能と相関があり,ASを除くPDDとMRは相対的な描画能力が高く,AD/HDおよび高機能(IQ70以上)PDD群では低く,特にASとAD/HDに類似性を認めた。発達障害児において,DAMは多面的能力を反映し,学齢期以降の広義の学習障害を示唆しうる検査であり,療育での活用と評価法の開発が期待される。

ブロモクリプチンにより臨床症状の改善と前頭葉の脳血流増加を認めた進行麻痺の1例

著者: 宗像奈織野 ,   宍倉久里江 ,   岩本邦弘 ,   三村將 ,   上島国利

ページ範囲:P.1313 - P.1318

抄録

 著明な精神症状を呈し,髄液梅毒反応が陽性で進行麻痺と診断されたが,ペニシリン大量投与後にも臨床症状に改善がみられなかった症例に,脳機能賦活を目的にブロモクリプチンを投与した。ブロモクリプチン投与前には,記憶障害とともに,人格変化・判断力低下・発動性低下・緘黙などの前頭葉関連障害と,それに伴う問題行動が顕著であったが,ブロモクリプチン投与後には発動性・発語が増え,目的を持った活動も行えるようになった。しかし問題行動には大きな変化を認めなかった。臨床症状の改善と並行して,SPECTでは前頭葉の脳血流増加が認められた。ドパミンアゴニストであるブロモクリプチンが発話・行動面での活性化につながったと推測された。

大学と短大の女子学生を対象とした過去20年間における摂食障害の実態の推移

著者: 中井義勝 ,   佐藤益子 ,   田村和子 ,   杉浦まり子 ,   林純子

ページ範囲:P.1319 - P.1322

抄録

 大学と短大の女子学生を対象に,1982年,1992年,2002年に身体的背景,体重や体型に関する自己意識,食行動を調査し,摂食障害の実態を推定した。体格指数が18.5kg/m2以下(低BMI群),18.5~25.0kg/m2,25.0kg/m2以上に分けて解析した。低BMI群が,2002年は17.7%で1982年,1992年に比し多かった。低BMI群で自己の体重が多いとする割合は2002年で増加し,理想体重は1982年,1992年に比し,2002年は43.0kgと有意に少なかった。病的な食事制限は2002年に有意に増加していた。摂食障害の推定頻度は2002年までの20年間で増加していた。やせ志向と低BMIにもかかわらず行われる,さらなる食事制限がその一因であることが明らかとなった。

軽度脳萎縮を呈した4症例における抑うつおよび妄想の特徴について

著者: 川島立子 ,   大沼徹 ,   酒井佳永 ,   角藤比呂志 ,   新井平伊

ページ範囲:P.1323 - P.1328

抄録

 抑うつや被害関係妄想を呈し,明らかな一次性,二次性の疾患は特定できないが,脳器質性障害の関与が疑われた4症例を経験した。これらは,初診時には「精神病症状を伴う重症うつ病エピソード」と診断されたものの,頭部CT上の脳萎縮所見,臨床症状およびその経過が特徴的であった。そのため,これらと他の抑うつや妄想を呈する病態との臨床的特徴とWAIS-Rを比較検討した結果,これら4症例では神経心理学的に脳器質的障害に基づく認知パターンの変化のために,日常の出来事を短絡的,妄想的に解釈し,容易に抑うつや被害関係妄想を繰り返している可能性が示唆された。

短報

Milnacipranとドパミン作動薬cabergolineの併用が著効した大うつ病の1例

著者: 内藤信吾 ,   樋口久 ,   清水徹男 ,   井上猛 ,   小山司

ページ範囲:P.1329 - P.1332

はじめに

 抗うつ薬に治療抵抗性のうつ病に対する薬物療法として,lithiumや甲状腺ホルモンを抗うつ薬と併用するいわゆるaugmentation-therapyが試みられ,かなりの患者において効果があることは広く知られてきている。さらに,最近ではドパミン(DA)受容体作動薬であるbromocriptineやpergolideを三環系・四環系抗うつ薬と併用するという新しい取り組みも行われ,うつ症状の改善に効果があることが報告されている1)。今回我々は,SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)であるmilnacipranに治療抵抗性を示した大うつ病患者に対し,DA作動薬であるcabergolineを併用投与したところ,うつ症状,特に意欲低下が著明に改善した症例を経験した。若干の考察を加えて症例提示したい。

Donepezilが有効であった高齢発症で軽度の認知機能低下を伴う双極Ⅰ型障害の1例

著者: 三浦至 ,   竹内賢 ,   上野卓弥 ,   橋本幹雄 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.1333 - P.1335

はじめに

 Donepezilは可逆的なアセチルコリン(Ach)エステラーゼ阻害剤であり,Ach作動薬として現在アルツハイマー型老年痴呆(Senile Dementia of the Alzheimer's type;SDAT)の治療に多く使用されている。一方,気分障害は主としてセロトニン系,ノルアドレナリン系の関与が想定され2),Ach系の関与を指摘されることは少ない。今回我々はdonepezilが奏効した双極Ⅰ型障害の1例を経験した。本症例はうつ状態に対する治療戦略を深める一助ともなりうると考えられるので報告する。なお,本症例にdonepezilを用いることについては,患者とその家族に説明のうえ同意を得た。

若年アルコール性ペラグラ脳症の1例

著者: 服部晴起 ,   青山慎介 ,   保坂卓昭 ,   大川慎吾 ,   橋本健志 ,   白川治 ,   前田潔

ページ範囲:P.1337 - P.1340

はじめに

 ペラグラはdermatitis,diarrhea,dementiaの3Dを主徴とするビタミン欠乏性全身性疾患であるが,今日ではまれな疾患とされており,アルコール依存症や抗結核薬などの薬剤投与に合併したものなどが報告されている12,14)。適切な診断治療がなされれば良好な回復を示す一方で,見逃されれば予後は不良である9)ことから,その早期診断の重要性はもっと強調されてしかるべきである。今回,我々は歩行失調などの神経症状が顕著なアルコール性ペラグラ脳症の若年例を経験した。

ディベート

「非分裂病性自生思考が単一症候的に出現した1症例」に対する討論への回答

著者: 井上洋一

ページ範囲:P.1341 - P.1343

 筆者の論文「非分裂病性自生思考が単一症候的に出現した1症例」(本誌44:129-136,2002)に中安信夫氏より討論『「非分裂病性自生思考が単一症候的に出現した1症例」に対する討論―この症状は自生思考ではなく言語性精神運動幻覚ではないのか?』(本誌44:769-771,2002)が寄せられた。中安氏の討論は筆者の論文の議論を補い,さらに厳密な議論を促すものであり,氏より討論をいただいたことに感謝の意を表したい。

 中安氏の指摘は次の2点に整理できる。1つは筆者が自生思考として報告した症状が,自生思考というよりは言語性精神運動幻覚hallucination verbale psychomotoriceではないかという点,第2は筆者が非分裂病性とした症例は初期分裂病に含めてもよいのではないかとの指摘である。この2点について筆者の見解を述べたい。

書評

―岡田靖雄著―日本精神科医療史

著者: 八木剛平

ページ範囲:P.1344 - P.1344

 世紀の変わり目で歴史への関心が強まったらしい。精神医学史学会の設立(1997)を皮切りに,精神医学史の著書・訳書の出版が続いている。評者の手許には英・独・仏語からの訳書(1998~99)が一冊ずつ,小俣「精神病院の起源」(1998)とその「近代篇」(2000),中井「西欧精神医学背景史」(復刻),八木他「精神病治療の開発思想史」,こころの科学特別企画「精神医学の100年」(以上1999),浅野「精神医療論争史」(2000),昼田(編)「日本の近代精神医学史」(2001),そして本書(2002年7月)がある。

 たまたま評者は本書出版の3か月前に「日本精神病治療史」(共著)を出版したが,著者に「私説・松沢病院史―1879~1980」(1981)からの資料転載許可をお願いしたところ,激励の言葉を添えて快諾され,また本書の「あとがき」では拙書に言及してくださった。書評の依頼はそんなご縁からであろうと推測している。

―本橋伸高責任編集―気分障害の薬物治療アルゴリズム

著者: 山脇成人

ページ範囲:P.1345 - P.1345

 最近のEBM(evidence-based medicine)の理念は精神科治療においても重要な位置を占めており,気分障害の治療においてもいくつかのガイドラインやアルゴリズムが報告されている。国際精神科薬物治療アルゴリズムプロジェクト(IPAP)の一環として,わが国でも精神科薬物療法研究会(JPAP)が結成され,筆者も参加して1998年に初めてわが国の統合失調症と気分障害の治療アルゴリズムを報告した。しかしその後,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)といった新しい抗うつ薬が市販されるようになり改訂が強く求められていた。また,厚生労働省精神・神経疾患委託費でも気分障害の治療ガイドライン作成に関する研究班が組織され,責任編集者である本橋氏が主任研究者を務め,わが国の気分障害の新しい治療アルゴリズムが検討された。本書はその成果を集大成したものである。

 最近のわが国の精神疾患の診断と治療は,アメリカ精神医学会(APA)のDSM-Ⅳや治療ガイドラインにあまりにも影響を受けすぎているとか,若手の精神科医がこれらのマニュアルに依存しすぎて病状の背景にある精神病理をじっくりと考察しないなどの批判をよく耳にする。精神疾患は身体疾患と異なって個別性が強く,総計学的なデータがそのまま個人に当てはまらないことも多いが,かといって従来の主治医の経験と勘による治療をそのままにすることはできない。また,わが国では根拠のない多剤併用が多く,諸外国の研究者からも指摘されているので,教育的な観点からも標準となる治療基準は必要である。

―斎藤清二,岸本寛史著―ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践

著者: 牧原総子

ページ範囲:P.1346 - P.1346

 本著は,先に翻訳された「ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)臨床における物語と対話」の監訳者でもある二人の著者によって書かれている。精神医学や心理学において「ナラティブ」という用語は,1990年代,家族療法におけるポストモダニズムの潮流の中,White, Mらが「物語としての家族」で用いたものとして馴染みが深く,その後もさまざまな著作が出ている。その中にあって本著は,この「ナラティブ」の視点を(精神科に限らず)実際の医療全体に導入し,医療・医学すべての分野をこの視点から再検討する動向として「NBM」を提示,その実践方法を症例を交じえ,わかりやすく紹介している。

 本著は,第1部NBMを理解する・第2部NBMを実践するの大きく2部構成になっている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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