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雑誌目次

論文

精神医学45巻3号

2003年03月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科医は行動する

著者: 野田文隆

ページ範囲:P.228 - P.229

 もう半世紀近くも昔の話になるが,若く気鋭の批評家江藤淳が「作家は行動する」という論評を書き,その作品を契機に作家の社会参加のあり方が問われた時代があった。

 江藤淳は「作家たちはことばによって行為するというほかならぬそのことによって,ある深刻な困難に身をさらしている」と述べ,「世界とわれわれのあいだにはぬくことのできない障害がよこたわっている。その故にこそ,彼らは書くのであって,文学作品のもつ意味は,そのなかで,作者と読者とがともにこの障害―世界のただなかにいながら世界が見えず,現実のなかで行動しながら現実をはなれるという背理性をのりこえようとするところにあるにちがいない」〔作家は行動する.江藤淳著作集第5巻(全6巻),講談社,1967より〕と,作家の「行動」は書くことを通じてのみ達成されることを強調した。これは作家も政治的に立ち上がらなければいけないという時代の風潮へのクリティシズムでもあった。

 

 精神医療を考えるとき,半世紀経ていてもこの江藤淳の提起は新鮮に思われる。一体精神科医が行動するとはどういうことなのであろうか。文学者が文学に専念するように,精神科医は日々の精神医療に専念することで「行動」できるのであろうか。しかし,それだけはぬきがたい困難が精神科医のまわりを取り巻いているように思える。その困難は医師対患者関係,つまり診察室内の問題から,精神医療のあり方,社会の構造,政治という診察室外の問題まで多層なレベルにわたっている。

特集 ひきこもりの病理と診断・治療

ひきこもりを考える

著者: 清水將之

ページ範囲:P.230 - P.234

問題のはじまり

 社会的なひきこもりが関心を集めるようになった。短い期間でのことである2,3,5)。世間との交流を絶つ日常生活のありようが精神医学の関心事になったのは,P. Pinel以降の近現代精神科医療が統合失調症の慢性形態と付き合うようになってからであろうか。軽症化や治療の進歩や社会復帰の促進があってなお,少数ながらもこれは精神科医療にとって重い宿題であり続けている。

 1960年代の後半には,登校せず自宅に巣籠もりする子どもたちが児童精神科医の視野に入り始めた。これは精神科医療における新たなwithdrawalであった。具体的に関与している人たちによれば,いま関心を集めているひきこもりは1970年代から増加し始めた現象であるという。

青年期におけるひきこもりの成因と長期化について

著者: 近藤直司

ページ範囲:P.235 - P.240

はじめに

 本稿は,青年期における社会的ひきこもりの成り立ちに関する考察を目的としている。まず,ひきこもり状態の背景要因について整理すること,そして,ひきこもり状態の長期化に影響を与えていると考えられる要因についても考察の対象とし,①本人の精神病理,②家族状況を中心とした文化・社会的要因,③ひきこもりケースに対する精神科医療・精神保健サービスの現状という3つの観点について述べてみたい。

ひきこもりの予後

著者: 倉本英彦

ページ範囲:P.241 - P.245

はじめに

 「ひきこもりの予後」などという大変なテーマの論文を引き受けてしまった。正直に言って,筆者も含めて,このテーマにまともに答えられる人はいないだろう。ならばテーマを変えたらどうかといわれそうだが,あまりにも臨床的に重要な事項であるためになかなか捨てられそうもない。確かにいま,ひきこもりが社会的な脚光を浴びている。これがわが国によくある類いの一時的なブームであってほしいものだが,筆者のように思春期青年期の精神科臨床に携わっている者にとっては,いやおうなく避けて通れない現象でもあり,今後しばらくこのブームは続くことだろう。

 その飛び火は,わが国全土だけでなく諸外国にまで広がっている。昨夏に横浜で開催されたWPAでは,筆者が座長を務めて,“Social Withdrawal (Hikikomori) in and out of Japan”と題した初めての国際シンポジウムを行った。シンポジストは斎藤環氏(佐々木病院),倉林るみい氏(産業医学総合研究所),近藤卓氏(東海大学文学部),Lee Si Hyung氏(三星社会精神健康研究所,韓国),Fones S.L. Calvin氏(国立シンガポール大学心理医学部)という顔ぶれであった。また,マスコミへの無益な露出をできるだけ避けている筆者のところにさえ,これまでアメリカ,イギリス,フランス,スイス,イタリアなどの各種報道機関から直接取材が来ている。そのたびに決まって「ひきこもりの社会的背景は?」とか「受験競争が激しい日本特有の現象か?」などの紋切り型の質問を受け,日本語でさえも返答に窮する問いに,「あー,またか,そんな単純な問題ではないんだ」6)とうんざりしながらも,でたらめな外国語をふりかざして取材者を煙に巻いているところである。

 実は,ひきこもりについては,臨床家の間で20年近い前から警鐘を鳴らされていたにもかかわらず,その実証的研究の端緒はやっと開かれたばかりである12)。したがって,以下に展開する「ひきこもりの予後」についての説明は,科学的な論拠にやや乏しいものであることをご容赦願いたい。

―ひきこもり状態を示す精神障害―「ひきこもり」と不全型神経症―特に対人恐怖症・強迫神経症を中心に

著者: 鍋田恭孝

ページ範囲:P.247 - P.253

はじめに

 近年,神経症の臨床から見ると,対人恐怖症,強迫神経症を中心として,症候学的には軽症の神経症が増加しているという印象があり,一方,ひきこもる青年の臨床においては,人格障害・発達障害傾向とともに,さまざまな神経症類似症状が見いだされるという印象を抱いている(表参照)。この軽症の神経症,および,ひきこもりに伴う神経症類似症状と,症状が明確に形成されている神経症(古典的といえばよいか)とはどのような関係にあるか,という点を検討するのが本論の主題である。

 結論的にいえば,ひきこもる青年には,ある程度一定の共通した心性がみられ,その心性のいくつかの点は神経症の心性と関連性があり,必然的に神経症傾向を伴うことになると考えている。特に対人恐怖心性や強迫心性や外出恐怖心性との関連が深く,それらの神経症症状を伴いやすい。また,このひきこもり心性だけがみられ,他の神経症類似症状のない症例は「ひきこもり」となるし,ひきこもり心性の少ない神経症は古典的な神経症に限りなく近づくと考えている。しかし,古典的な神経症においてみられる自分の弱点を何とかしようとする強力な側面や,それに伴う葛藤のメカニズムがひきこもりに伴う神経症類似状態には見いだしにくく,本質的に異なる側面があるとも考えている。(参考のために不登校・ひきこもり・神経症・人格障害の関係について図に示す。)

―ひきこもり状態を示す精神障害―パニック障害

著者: 貝谷久宣

ページ範囲:P.255 - P.258

 本特集でパニック障害が取り上げられたのは,パニック障害においてみられる広場恐怖が現象的には“ひきこもり”と理解される可能性があることからであろう。パニック障害は激しいパニック発作で発症し,その発作に対する予期不安が著明で,種々な行動面で物理的精神的束縛が生じ,日常生活に多大な支障を引き起こす病である。まずはじめに,DSM-Ⅳ-TRに示されているパニック発作,広場恐怖およびパニック障害の定義を示す。

―ひきこもり状態を示す精神障害―分裂病型人格障害と分裂病質

著者: 狩野力八郎

ページ範囲:P.259 - P.262

はじめに

 ひきこもりを示す精神障害を鑑別と対策という視点から考える場合,鑑別診断をしてから対策を考えるという医学的な方法だけでなく,取りうるさまざまな次元での治療アプローチを試みながら多元的に見立てをするという力動的な方法が不可欠である5)。医療の分野に限ってみても,個人・家族・集団(入院も含む)という各次元からの異なった対策を考慮すべきである。この意味で,本項では最初に分裂病型人格障害と分裂病質に共通する力動的特徴を簡潔に述べ,次に二つの症例を提示し,考察を加えたい。

ひきこもりの治療と援助―本人に対して

著者: 斎藤環

ページ範囲:P.263 - P.269

はじめに

 筆者の分担は,ひきこもり当事者,つまり彼らを「患者」としてみた場合の個別の対応法ないし治療法についてである。ただし,この問題を論ずるに先立って,いくつかの前提事項を確認しておきたい。ひきこもりをどのようにとらえるか,さらにはそれが治療の対象たりうるか否か,という点についてである。

 これは本題と直接関係のない議論なので,できるだけ簡潔に述べたい。ひきこもり事例は,一義的には治療の対象ではないと筆者は考える。ここで主題となる精神病性ではないひきこもり状態とは,広義の退行現象の一つととらえることが可能である。そして「退行」の一様態である以上,それは本来,防衛機制に基づく適応のための戦略にほかならず,それゆえに性急な価値判断は慎まねばならない。ひきこもり状態が何らかの修練やすぐれた創造の契機となった例はいくらもある。あらゆる退行的行動をことごとく治療や予防の対象と考えることは,むしろ適応概念の幅を狭くする結果につながりかねない。また,一部のうつ病や統合失調症患者にみられるように,甘えられないこと,退行が困難であることが増悪の要因となっている場合もありうる。ひきこもりを論ずるに際しては,そこに「適応のための退行」という側面があることを,まず十分に踏まえておく必要があるだろう。

 ただし,防衛機制の誤作動が「神経症」的な諸問題,すなわち,さまざまな心因性の精神障害につながりうるように,ひきこもり状態も病理化することで,さまざまな精神症状や問題行動を呈することがありうる19~22)。このような事例では,ほとんどの場合,自らの意図に反してひきこもらざるをえない状況に陥っている。この場合,当事者による自己治療の努力はほとんど無効化してしまうことが多い。この点について統計的な根拠はないが,筆者の治療経験と当事者たちの証言に基づいて,さしあたりそのように推測することが可能である。

 本人の意図に反して遷延化し,さまざまな精神症状を呈するに至った事例は,精神科での治療対象でありうる。もちろん治療のみが唯一の解決策ではないが,きわめて有効な介入方法の一つであるとは言いうるであろう。ただし,どのケースを治療対象とみなすかという問題については,あらかじめ診断基準の類を設けて鑑別するといった対応策は困難であろう。家族への支援を通じて事例の病理性を判定し,時間をかけて介入のタイミングをはかることが,最も望ましい22)

 以下,筆者が望ましいと考える治療のあり方について,やや総説的に述べるが,言うべきことはあまりにも多く紙数には限りがあるため,詳細な事例報告は省略することをご容赦願いたい。

ひきこもりの治療と援助―家族へのアプローチ

著者: 楢林理一郎

ページ範囲:P.271 - P.277

はじめに

 ひきこもり事例へのアプローチは,それらの事例が自ら相談機関や医療機関を訪れることが稀なため,多くは家族のみの相談というかたちで開始される。精神科臨床で伝統的な個人面接や投薬を中心とした診療に馴染んだ臨床家にとっては,本人を受診させなければ診療にならないと感じられることも多く,実際にそのように家族に対応する場合も少なくないものと思われる。さらに,現行の社会保険診療の制度上も,本人の受診があって初めて保険診療が開始できるため,家族のみの相談では費用的な負担が増すことも,医療機関で家族の相談を受けにくい背景となっていると言えよう。

 しかし,今日のように「ひきこもり」の問題が広く認識され,精神医学的な対応が求められるようになると,家族の相談を受け入れることも大切な臨床の一形態となる。また,家族にとって精神科医療機関へ相談に訪れることは,相当の決心であったはずであり,その家族の相談が唯一の問題解決の糸口となることも稀ではないことを考えると,その機会を受け止めることは,臨床家の大切な役割と言うことができよう。

 現在,厚生労働省でも研究班を中心にひきこもりへのアプローチのガイドラインが作成されているが,その中でも家族援助の重要性が指摘されている3)

 そのような意味で,ひきこもりの臨床にとって,家族へのアプローチは特に大切な一歩となるのである5,6)

 本稿では,家族療法,家族援助の考え方を基礎にしながら,ひきこもりの青年を持つ家族へのアプローチについて述べてみたい。また,本稿で述べることはひきこもりの問題に限らず,他の問題における家族への臨床的アプローチを考える場合にも応用可能であると考えられることも付記しておきたい。

 なお,最近のほぼ共通した見解であろうと思われるが,筆者も「ひきこもり」を,単一の疾患や障害ではなく,また統合失調症や他の比較的重篤な精神疾患に付随する閉居とは区別し,家族以外の他者との接触をおよそ半年以上の長期にわたり避け続け,主に自宅に閉居している青年期以降の青年たちととらえている3,4,10)

座談会

ひきこもりと精神医療

著者: 藤原茂樹 ,   原敏明 ,   岡本淳子 ,   山崎晃資 ,   広瀬徹也

ページ範囲:P.278 - P.291

広瀬(司会) 本日はお忙しいところお集まりいただきまして,ありがとうございます。「ひきこもり」については,ここ十数年社会的事件があったこともあり,議論されることが多く,さまざまに取り上げられ,厚生労働省の「ひきこもりガイドライン」も出されています。しかし,問題が多岐にわたっております関係で,明快なものは少ないように思います。そこで,本誌では,現時点で明らかなこと,問題点などを整理して,読者に提供したいと考え,この特集を企画いたしました。

 特にこの座談会では,論文化しにくい「ひきこもり」の治療について経験豊富な先生方の生の声をお聞かせ願えれば,と思います。

 それではまずはじめに,これまでの「ひきこもり」へのかかわりをお話しいただきたいと思います。藤原先生からお願いします。

資料

「ひきこもり」ガイドラインの基本的な態度

著者: 伊藤順一郎

ページ範囲:P.293 - P.297

作成までの経緯

 2000年前後に西鉄バスジャック事件など思春期青年期にある者たちの,センセーショナルな事件があいついで報道された。なかでも加害者の一部が学校社会への不適応を呈し,自宅中心の生活をしていたことから「ひきこもり」がひとつのキーワードとして取り上げられるようになった。また,従来から,「ひきこもり」への対策として,入院中心の精神医療ではなかなか効果的なかかわりができないことが指摘されていたこともあり,思春期・青年期のケースに対する精神保健対策がクローズアップされた。

 「地域精神保健活動における介入のあり方に関する研究」班は,このような背景の中で組織された。研究班は主任のほか,3人の分担研究者,11人の研究協力者により構成された。分担研究者には精神保健に関する法的問題の専門家,PTSDの専門家,地域精神保健の専門家を有し,また,研究協力者には家族療法家,力動的精神療法家,フリースペースの主催者や思春期事例のサポートを行っている実践家など多様な人々が関与した。

埼玉県における「ひきこもり」の実態

著者: 高畑隆

ページ範囲:P.299 - P.302

はじめに

 ひきこもりとは,さまざまな要因で社会的な参加場面が狭まり,自宅以外の生活の場が長期間失われている人と,定義される1,2)。研究の困難さもあって,その実態は必ずしも明らかではない。埼玉県では,ひきこもりの実態を明らかにするため,埼玉県精神保健福祉協会が中心となってひきこもりの実態調査を行った。調査の目的は,①「ひきこもり」本人の状態像を把握する,②「ひきこもり」の子どもを抱える親の状況を把握する,③「ひきこもり」に関する相談実態を明らかにすることである。

 ここに,その結果の一部を報告し,ひきこもりの実態の理解に供したい。

研究と報告

探索眼球運動を用いた統合失調症患者における正円図の反復刺激の影響―健常者との比較検討

著者: 森田喜一郎 ,   河村直樹 ,   小路純央 ,   平井聡 ,   上野雄文 ,   森圭一郎 ,   前田久雄

ページ範囲:P.303 - P.309

抄録 統合失調症患者30名(入院群18名,通院群12名)と健常者30名を対象に,簡単な7枚の正円図版を繰り返し見せ探索眼球運動を比較検討した。反復刺激により健常群では平均停留時間は有意に延長し,停留点総数,総移動距離は有意に減少・短縮したが,統合失調症群では3要素ともに有意な変化はなかった。一方,初回提示図版の3要素値を100%としてその後の変動率を比較した結果,平均停留時間,総移動距離では両群とも変動率に有意な短縮が認められたが,停留点総数は健常群のみ有意な減少がみられた。以上より,単純正円図版反復刺激による探索眼球運動の研究は「慣れ」現象の生理学的指標になりうることが示唆された。

神経性無食欲症の入院治療におけるBody Mass Indexの推移と入院後治療経過との関連

著者: 鈴木雅子 ,   高橋誠 ,   染矢俊幸

ページ範囲:P.311 - P.319

抄録 神経性無食欲症患者32例の入院中のBody Mass Index(BMI)の推移と入院治療経過との関連について検討した。医療保護入院17例では,強制栄養に頼らず順調にBMIが増加して12週以内に退院する患者群と,同じ期間にBMIがほぼ横ばいもしくは減少傾向で推移し入院が長期化する患者群が存在した。長期化する要因としては,一般身体科での治療抵抗性と人格障害の合併が挙げられ,医療保護入院においては,12週時点までのBMI推移が順調な増加を示していない場合には新たな治療展開をはかるなど治療計画の見直しが必要であると考えられた。一方,任意入院15例は,入院目的が多様であり,8週までに退院するものがほとんどであったが,体重増加を目的として8週以上の入院継続を行う場合には4~8週時点のBMI推移が入院継続妥当性の1つの判断基準として有用と考えられた。

私のカルテから

ロボトミー術後40年を経過した統合失調症患者の脳画像所見

著者: 大原浩市 ,   田名部茂 ,   熱田英範 ,   澁谷治男

ページ範囲:P.321 - P.321

 ロボトミーは,前頭葉に外科的侵襲を加えることによって精神症状の改善を図る治療法であり,正式には前頭葉切截術と呼ばれる4)。特にポルトガルのモニスが1935年に創始した前頭葉白質切截術は世界各国で行われた。わが国においては,1942年,中田瑞穂によって最初の手術が行われ,第2次世界大戦後の一時期,主に統合失調症に対して試みられた。しかしながら,その後,人格水準の低下や知能の低下といった好ましくない合併症が現れることなどからほとんど行われなくなった。今回,我々はロボトミー術後40年を経過した統合失調症患者の頭部MRIとSPECT画像を撮影する機会を得たので報告する。

短報

うつ病性昏迷状態を呈した褐色細胞腫の1症例

著者: 有山淳 ,   上原隆 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.325 - P.328

はじめに

 うつ病性昏迷状態を疑われたが,精査の結果褐色細胞腫が指摘され,腫瘍摘出術を施行された症例を報告する。

一過性の著明な高CPK血症を呈した統合失調症の1症例

著者: 片上素久 ,   岩崎進一 ,   松永寿人 ,   切池信夫

ページ範囲:P.329 - P.332

はじめに

 精神疾患患者において,血中creatine phosphokinase(CPK)が上昇することは広く知られている。一般に,CPKは筋収縮に必要不可欠な酵素であり,2個のサブユニットの組み合わせによりCK-BB,CK-MB,CK-MMの3つのアイソザイムに分類され,それぞれ組織特異性をもって脳および腎臓,心筋,骨格筋に存在している。精神疾患患者における高CPK血症は,骨格横紋筋由来がほとんどであり,基礎疾患としては統合失調症が多い。その原因として,精神症状,抗精神病薬,錐体外路症状,悪性症候群,そして横紋筋融解症が報告されている9)。今回,統合失調症の経過中,無症候性に一過性に50,000IU/l以上もの著明な高CPK血症を呈した極めて稀な1症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

書評

ナルコレプシーの研究―知られざる睡眠障害の謎

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.334 - P.334

 本書は,序言に述べられているように,睡眠障害の専門医として40年以上ナルコレプシーの治療・研究にあたってきた著者が,ナルコレプシーの謎を解き,患者さんや家族の方にナルコレプシーはきっと治る,完治しないまでも安心して社会生活を送れるようになるというメッセージを伝えたいと願って執筆されたものである。

 ナルコレプシーは,以前には日中の強い眠気,情動脱力発作,入眠時幻覚,睡眠麻痺(金縛り)などの一見関係のなさそうな症状を持つ珍しい過眠症として,てんかんと並んで記載されていたが,最近は睡眠学の進歩によって,レム睡眠の障害を伴う疾患であることがわかっている。本多博士はご自身で診療した900名近くの患者さんについての調査結果から,日中の居眠りと情動脱力発作が診断に重要であることを明らかにした(第5章)。本書によると,本多博士は,精神科に入局当初から間脳機能の障害として精神障害を理解しようと試み,間脳症の一つとしてナルコレプシーを取り上げたとのことである。そして,睡眠研究のために東大精神科に睡眠外来を設立してチームとして診療,研究を始め,また遺伝研究などでは積極的に部外の研究者と協力して研究を進め,次々と大きな研究成果を挙げていかれた。

強迫性障害―病態と治療

著者: 上島国利

ページ範囲:P.335 - P.335

 強迫神経症はその特異な症状や,治療の困難さゆえ長く精神科医の興味と関心をひいてきた。近年漠然と推測されていた生物学的な病態生理学が次第に明らかになるに従い,新たな観点からの治療的接近が行われ一定の成果が得られるところから再び脚光を浴びている。名称もDSMによるObsessive Compulsive Disorder(以下OCD)「強迫性障害」が一般的となっている。

 本書は長年にわたりOCDの研究と診療に従事されている成田善弘氏によるもので,過去から現在までのOCD概念の変遷,成因,治療法の進歩などが要領よく,明解にまとめられている。その論述は,科学的厳密さの中に,著者のお人柄を彷彿とさせるような誠実さ,謙虚さ,人間的なやさしさに溢れている。OCD研究の現在における到達点が明らかにされていると同時に,明日からの臨床に役立つ実践的な治療法が具体的に解説されており,有用な情報が数多く提供されている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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