文献詳細
文献概要
特集 ひきこもりの病理と診断・治療
ひきこもりの治療と援助―本人に対して
著者: 斎藤環1
所属機関: 1爽風会佐々木病院
ページ範囲:P.263 - P.269
文献購入ページに移動はじめに
筆者の分担は,ひきこもり当事者,つまり彼らを「患者」としてみた場合の個別の対応法ないし治療法についてである。ただし,この問題を論ずるに先立って,いくつかの前提事項を確認しておきたい。ひきこもりをどのようにとらえるか,さらにはそれが治療の対象たりうるか否か,という点についてである。
これは本題と直接関係のない議論なので,できるだけ簡潔に述べたい。ひきこもり事例は,一義的には治療の対象ではないと筆者は考える。ここで主題となる精神病性ではないひきこもり状態とは,広義の退行現象の一つととらえることが可能である。そして「退行」の一様態である以上,それは本来,防衛機制に基づく適応のための戦略にほかならず,それゆえに性急な価値判断は慎まねばならない。ひきこもり状態が何らかの修練やすぐれた創造の契機となった例はいくらもある。あらゆる退行的行動をことごとく治療や予防の対象と考えることは,むしろ適応概念の幅を狭くする結果につながりかねない。また,一部のうつ病や統合失調症患者にみられるように,甘えられないこと,退行が困難であることが増悪の要因となっている場合もありうる。ひきこもりを論ずるに際しては,そこに「適応のための退行」という側面があることを,まず十分に踏まえておく必要があるだろう。
ただし,防衛機制の誤作動が「神経症」的な諸問題,すなわち,さまざまな心因性の精神障害につながりうるように,ひきこもり状態も病理化することで,さまざまな精神症状や問題行動を呈することがありうる19~22)。このような事例では,ほとんどの場合,自らの意図に反してひきこもらざるをえない状況に陥っている。この場合,当事者による自己治療の努力はほとんど無効化してしまうことが多い。この点について統計的な根拠はないが,筆者の治療経験と当事者たちの証言に基づいて,さしあたりそのように推測することが可能である。
本人の意図に反して遷延化し,さまざまな精神症状を呈するに至った事例は,精神科での治療対象でありうる。もちろん治療のみが唯一の解決策ではないが,きわめて有効な介入方法の一つであるとは言いうるであろう。ただし,どのケースを治療対象とみなすかという問題については,あらかじめ診断基準の類を設けて鑑別するといった対応策は困難であろう。家族への支援を通じて事例の病理性を判定し,時間をかけて介入のタイミングをはかることが,最も望ましい22)。
以下,筆者が望ましいと考える治療のあり方について,やや総説的に述べるが,言うべきことはあまりにも多く紙数には限りがあるため,詳細な事例報告は省略することをご容赦願いたい。
筆者の分担は,ひきこもり当事者,つまり彼らを「患者」としてみた場合の個別の対応法ないし治療法についてである。ただし,この問題を論ずるに先立って,いくつかの前提事項を確認しておきたい。ひきこもりをどのようにとらえるか,さらにはそれが治療の対象たりうるか否か,という点についてである。
これは本題と直接関係のない議論なので,できるだけ簡潔に述べたい。ひきこもり事例は,一義的には治療の対象ではないと筆者は考える。ここで主題となる精神病性ではないひきこもり状態とは,広義の退行現象の一つととらえることが可能である。そして「退行」の一様態である以上,それは本来,防衛機制に基づく適応のための戦略にほかならず,それゆえに性急な価値判断は慎まねばならない。ひきこもり状態が何らかの修練やすぐれた創造の契機となった例はいくらもある。あらゆる退行的行動をことごとく治療や予防の対象と考えることは,むしろ適応概念の幅を狭くする結果につながりかねない。また,一部のうつ病や統合失調症患者にみられるように,甘えられないこと,退行が困難であることが増悪の要因となっている場合もありうる。ひきこもりを論ずるに際しては,そこに「適応のための退行」という側面があることを,まず十分に踏まえておく必要があるだろう。
ただし,防衛機制の誤作動が「神経症」的な諸問題,すなわち,さまざまな心因性の精神障害につながりうるように,ひきこもり状態も病理化することで,さまざまな精神症状や問題行動を呈することがありうる19~22)。このような事例では,ほとんどの場合,自らの意図に反してひきこもらざるをえない状況に陥っている。この場合,当事者による自己治療の努力はほとんど無効化してしまうことが多い。この点について統計的な根拠はないが,筆者の治療経験と当事者たちの証言に基づいて,さしあたりそのように推測することが可能である。
本人の意図に反して遷延化し,さまざまな精神症状を呈するに至った事例は,精神科での治療対象でありうる。もちろん治療のみが唯一の解決策ではないが,きわめて有効な介入方法の一つであるとは言いうるであろう。ただし,どのケースを治療対象とみなすかという問題については,あらかじめ診断基準の類を設けて鑑別するといった対応策は困難であろう。家族への支援を通じて事例の病理性を判定し,時間をかけて介入のタイミングをはかることが,最も望ましい22)。
以下,筆者が望ましいと考える治療のあり方について,やや総説的に述べるが,言うべきことはあまりにも多く紙数には限りがあるため,詳細な事例報告は省略することをご容赦願いたい。
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