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雑誌目次

論文

精神医学45巻6号

2003年06月発行

雑誌目次

巻頭言

「上医」の精神医学―応用精神医学の可能性

著者: 影山任佐

ページ範囲:P.570 - P.571

 「上医は国を医す,その次は疾人をす,固より医の官なり」という諺がある。「広辞苑」などによれば,古代中国晋の「国語」に載っている故事に由来する。秦の景公が派遣した医師の和が,晋の平公を診察した時に,「医国家に及ぶか」(医学は国事に関与するのか)との趙文子の問いに答えたものである。「すぐれた医師は国の疾病である戦乱や弊風を治め,除くもので,個人の病気を治すのはその次である。この二つとも医術に属したことである」という意である。名医,上医を「国手」とも称するゆえんである。昔の人は,小気味はいいが,ずいぶんと思いきったものの言い方をしたように感じられる。ところで土居健郎の著書に次のような箴言がある。“To cure occasionally, to relieve often, and to comfort always(時に治癒させ,しばしば恢復させえるといえども,常なるは慰めなり)” 現代精神医学が進歩してきたとはいえ,いまなお慢性精神病や重篤な人格障害の治療において,個人を治癒させることが困難であることが稀ではない。上医どころか中医であることも難しいことがしばしばである。また「生兵法は大疵のもと」,「餅は餅屋」という諺もある。専門外のことにむやみに首を突っ込まないことに越したことはない。

 一方,社会精神医学が近年めざましい発展を遂げ,わが国においても「日本社会精神医学会」は1,500名近い会員を擁し,来る2004年10月24~27日には「第18回世界社会精神医学会(World Congress of World Association for Social Psychiatry)」が神戸国際会議場において開催される。この「社会精神医学(Social Psychiatry)」は端的には社会学と精神医学の重なる領域にあるということになる。その定義は方法論と対象領域,いずれに重点を置くか,あるいは混合的に定義するかによって大別される。つまり精神医学的方法論によって社会病理的問題などを解明する(例えば犯罪精神医学,犯罪精神病理学やE. Frommeらネオフロイト派の社会心理学的研究),あるいは社会学的方法論によって精神医学的問題を探究し,問題の解決を図る(H.W. Dunham, Th. Rennie)と定義されている。また社会精神医学の本質的特徴の1つとして,種々の規模の集団の関係を重視することが挙げられる。この限りでは社会精神医学は個人の疾病を超えた,いわば「上医」的指向性を元来有しているものとも言える。歴史的には社会(精神)医学の中核的母胎は疫学や法医学であった。これらは古くは「国家医学」(Staatsmedizin)などとも言われていたと記憶するが,ともあれ法律や社会制度,行政的問題と社会(精神)医学とは古い絆で結ばれていた。さらに比較精神医学,異文化精神医学などは精神病理学的事象やその差異を種々の社会,文化的諸因子から解明するものであり,一国を超えた国際的規模を対象とするものである。国際的スケールをすでにして扱っている研究分野,方法論が精神医学には存在していると言ってよい。

特集 統合失調症とは何か―Schizophrenia概念の変遷

特集にあたって―疾患概念,医療,処遇の変化と呼称変更

著者: 佐藤光源

ページ範囲:P.572 - P.574

 日本精神神経学会(JSPN)は2002年8月の総会で,1937年に採用した精神分裂病という病名を統合失調症に変更した。これを受けて,厚生労働省は精神保健福祉法にかかわるすべての公的文書や診療報酬のレセプト病名に「統合失調症」を使用することを認め,ただちに全国都道府県・政令指定都市にその旨を通知した。すでにメディアや出版業界など多くの領域で「統合失調症」に改められており,関連学会でも使用されている。

 今回の病名変更は,1993年に全国精神障害者家族会連合会(全家連)がJSPNに提出した要望がそのきっかけになった。「精神が分裂する病気」という語感があまりにも人格否定的で,本人に告げにくいから変えてほしいというものであったが,精神科医の側にも,精神分裂病という病名を患者に告げにくく,休職や休学などの診断書や各種証明書に精神分裂病と書きにくい事情があった。それは精神分裂病という病名にスティグマがあり,この病名を診断書や証明書に書くと患者や家族が社会的不利を受ける可能性があることを精神科医自身が知っていたからである。

臨床経過と予後の変遷から見た統合失調症

著者: 中根允文

ページ範囲:P.575 - P.582

はじめに

 統合失調症が当初「早発性痴呆」と呼称されていた時代には,予後不良でもって他の精神疾患,特に気分障害(当時の躁うつ病)と識別されていたのは周知のことである。それが,精神分裂病(群)に変わっても,急に予後にかかわる状況が大きく変わったとは必ずしも言えなかった。もちろん,それ以前に比較すると,概念的に見ても「予後不良」という特徴が前面に出なくなったことは好ましい兆候であった。

 さらに今回,新たな日本語呼称に変わったことが臨床経過や予後にいかなる変化をもたらすかはもちろん極めて興味ある話題であるが,その結果を確認するにはこれより数年を経てからのことになるであろう。そこで,ここでは臨床経過および予後にかかわる近年の情報を紹介し,その傾向をうかがってみたいと考える。

 今回のテーマについて考えようとするとき,まず予後(prognosis)と転帰(outcome)という用語について触れておきたい。なぜなら日本においては精神科領域だけでなく,この二つの単語がしばしば混同されているからである。しかし,英語圏では,予後を「疾病の罹病期間・経過・終了時点の将来像にかかわる見解ないし判断」(Gould's Medical Dictionary, 5th ed., 1945),「‘foreknowledge'を意味し,疾病の発来によって生じうる結果に対する予測,事例の本態や症状に表された疾病の回復についての予見」(Dorland's Medical Dictionary, 23rd ed., 1957),「ある疾病の経過・転帰・罹病期間についての予見又は予測であって,疾病の経過中になされる見解」(Hinsie & Campbell Psychiatric Dictionary, 4th ed., 1970),「疾病の経過・展開・転帰について生じうる直後ないし将来像に関する意見」(Synopsis of Psychiatry, 6th ed., 1991)などと記載しており,日本語圏でも草間悟は「医学研究発表の方法」(南江堂,1981)において,「ギリシャ語のpro;予め,およびgnosis;知る,からなり,未来についての予想」であるとし,そこには①生命の維持に関する予後,②機能に関する予後,③治癒に関する予後,そして④経過に関する予後の4種があるなどと明記している。このように記載されていることからすると誤解は生じそうにないが,実際には「XX年間の入念な臨床観察の結果得られた知見」であるにもかかわらず,例えば「XX年調査後の予後」といった形で報告されることが多く,なぜその時点でも予後のレベルだという判断にとどまるのか理由がわからないのである。

 今一つ転帰,特に長期転帰を考えるという時,その結果をいかに解釈するかは必ずしも容易でない。ただ,このことが,ここで話題にするテーマであるのかもしれない。ある研究グループが一連の研究を行っていく場合,追跡調査を展開する中でさまざまな情勢の変化は起こってくる。例えば,20年間ないし30年間にわたる長期的な調査研究であれば,その間に心理社会的または社会文化的環境には変化が生じうるであろうし,疾患概念あるいは診断概念の変化や相違があり得るし,診断法・治療法や対処法の発展も大きく認められるはずである。もちろん,いかなる事例が調査対象となっているか,いかに経過が把握されたかなども解釈に影響してくる。場合によっては,転帰の基準を臨床症状においたのか,社会機能においたのか,あるいはその両者を平均したのかなども重要な話題である。いくつかの研究を比較する時には,これらに加えて,評価基準の有無,追跡調査期間の長さについても比較可能性を明らかにしておく必要がある。同じ研究グループでも,同一の研究者が永年にわたって関与できるとは限らないので,次の世代の研究者に伝達されていく中で,たとえ同じ基準で評価しているつもりでも多少のずれが起こってくることも知っておくべきであろう。これらのことを前提にして,研究結果を比較検討していくということになろう。

神経画像解析から見た統合失調症の病態と疾病概念の変遷

著者: 大久保善朗 ,   須原哲也

ページ範囲:P.583 - P.588

はじめに

 今から百年前,Kraepelinは躁うつを繰り返しながらも荒廃過程をとらない躁うつ病に対して,緊張病,妄想,痴呆という異なる症状を呈しながらも,進行性に経過し,荒廃状態に至る早発性痴呆を対峙させた二大疾病概念を提案した。Kraepelinは荒廃過程をとる統合失調症(精神分裂病)の根底に器質的な共通の原因を持つ疾患を想定し,将来の科学的な解明を期待していたと思われる。しかしながら,進行麻痺やアルツハイマー病を特定した古典的神経病理学は,統合失調症について特異的な所見を発見するに至らなかった。やがて抗精神病薬が発見されると,統合失調症は,薬理学的な異常が想定されることから,機能性精神病として分類されるようになった。

 1970年代,HounsfieldとCormackによって開発されたコンピュータ断層(CT)の原理は画像診断技術に大きな革新をもたらした。CT検査は,たちまち脳器質疾患や神経疾患の診断のためには必要不可欠の検査法となり,HounsfieldとCormackはその功績によってノーベル賞を受賞した。CTの原理の応用により,核磁気共鳴現象に基づくMRI(magnetic resonance imaging)とMRS(magnetic resonance spectroscopy)が生まれ,核医学領域ではPET(positron emission tomography)とSPECT(single photon emission computerized tomography)の実現へと発展した。現在では各種画像解析技術を用いて統合失調症の脳形態や脳機能のさまざまな側面からの病態評価が進んでおり,その成果は統合失調症の疾病概念にも大きな影響を与えている。

精神生理学から見た統合失調症の発症脆弱性

著者: 小島卓也 ,   髙橋栄 ,   福良洋一 ,   大久保起延 ,   大久保博美

ページ範囲:P.589 - P.594

はじめに

 本邦においては2002年に精神分裂病という名称が統合失調症に変わり,この数年,非定型抗精神病薬が臨床使用できるようになり,schizophreniaに対する印象が少しずつ変化しつつあるように思う。しかしschizophrenia概念については,躁うつ病と並んで内因性精神病とされ,外的要因なしに発症し,何らかの身体的基盤が推測され,成因として遺伝的要因とともに環境的要因も考えられる精神病とされている。この内因性精神病としての統合失調症の概念は昔も今も変わっていない。ただしこれらの考え方の基盤が生物学的知見によって実態的なものとして把握可能になった点が大きな進歩である。精神生理学からみた発症脆弱性をこのような視点から検討してみたい。

薬物療法の変遷から見た今日のSchizophrenia概念―抗精神病薬は統合失調症の患者に何をもたらしたか

著者: 田亮介 ,   杉山暢宏 ,   神庭重信

ページ範囲:P.595 - P.604

はじめに

 統合失調症の治療に薬物療法が導入されて半世紀以上が経つが,幻覚妄想は劇的に軽減しうる症状と評価されるようになった。それと共に疾病そのものに対する世間の認識も徐々に変化し,薬物療法の治療効果が日本における精神分裂病から統合失調症への名称変更への一翼を担ったといっても過言ではないだろう。

 本稿では,抗精神病薬が統合失調症に対してどのような効果を有し,結果として患者の生活にどのような影響を与えたか,さらには病態解明の研究の歴史を振り返り,次世代の薬物療法や統合失調症における薬物療法の位置付けを考える機会にしたいと思う。

心理社会療法の変遷から見た今日のSchizophrenia概念

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.605 - P.611

心理社会療法とは

 筆者が精神科医になった50年ほど前には,schizophreniaの治療は電撃療法とインスリンショック療法などの身体的治療がほとんどであった。当時は精神科病院も少なかったが,進んだ公立病院では先覚者が作業療法に取り組んだことが伝えられていた。例えば,都立松沢病院の加藤晋佐二郎,福岡県立筑紫保養院(現,県立太宰府病院)の岩田太郎などである。そのうち精神科病院開設ラッシュが起きたが,作業療法は治療の名で私役に使うという悪用が生じてしまった。そのために厳しい批判にさらされ,作業療法が適切に普及するには大変な努力が必要だった。

 “心理社会的”という言葉は今日,広く世界中で使われているが,もともとは,アメリカのA. Meyer(1866~1950)の精神生物学に由来する。生物学的要因のみならず心理社会的要因の重要性をも強調したのである。そのため,個々の患者の生活史を十分に明らかにし,病気の表出と経過に関係する重要な人生経験を理解することを必要とした。この精神生物学の考えはKraepelinを頂点とするドイツ精神医学の精神病観とは性質を異にするものであった。Meyerの生まれ育ったスイス文化のヒューマニズム尊重の影響が指摘される。しかし,Meyerの精神疾患の全人間的理解がそのままアメリカの精神医学の発達となったわけではない。第2次世界大戦後の精神分析の全盛期は,一般市民に精神医学を近づけたが,schizophreniaを患った人びとは巨大な精神科病院に収容され,後には脱施設化で十分な医療も受けられないという不幸を体験した。この時代はbrainless psychiatryと呼ばれるに至った。1980年のDSM-Ⅲに象徴されるように精神医学の再医学化がこれにとって代わった。しかし,この客観主義,証拠主義も現在の状態(state)を重視するもので,Meyerの強調した生活史,体験,そこから生じる患者の傾向(trait)と主観を軽視するものであった。後にmindless psychiatryと呼ばれた。しかしそのような中にあって,生物学的精神医学は発達し,新しい型の抗精神病薬が開発され,従来型の抗精神病薬では効果の乏しい陰性症状や認知障害に効き,錐体外路症状などの副作用も少ないことが実証された。

ノーマライゼーションと生活療法の視点から見たSchizophrenia概念の変遷

著者: 安西信雄

ページ範囲:P.613 - P.618

はじめに

 ノーマライゼーションの理念のもとに精神科長期在院患者の地域移行(脱施設化)が目標とされる中で,統合失調症の概念も変化してきている。ここではノーマライゼーションと生活療法の発展経過を振り返り,統合失調症概念を再検討する中で,今後のリハビリテーションの課題を考えたい。

反スティグマプログラムと呼称変更

著者: 金吉晴

ページ範囲:P.619 - P.624

はじめに

 数多くの社会文化的な事象の中で,精神疾患はとりわけスティグマの対象となりやすいことは歴史的に何度となく観察されている14,21)。今日でもなお,スティグマは精神疾患を持つ人々の生活の質を著しく損ねており17),その影響は精神のみならず身体的健康にも及んでいる1,13)。スティグマは米国の外来患者の70%によって体験されており9),またイスラム社会などの非西欧文化圏においても重要な問題となっている19,22)

 Byrne4,5)によればstigmaの定義は多様であり,個人の一特徴が,全体的なアイデンティティと結びつけられること,そのことによる歪められたアイデンティティの形成,もしくは否定的な画一的な見方による偏見の形成などである。こうした否定的な見解は,スティグマを与えられる本人の言動というよりは,スティグマを与える社会の側の否定的な行動や態度に由来していることが多い。

 同じくByrneが指摘しているように,スティグマは精神疾患の治療,適応の上で重要な影響を有しているにもかかわらず,多くの精神医学の学説や教科書の中で,項目はおろか索引語としてさえ触れられてこなかったことは驚くべきことである。特に近年,精神医学のみならず医学全般において社会復帰が重要な課題として掲げられてきたことを考えると,その印象は強い。精神科医はスティグマの問題に関心が薄いだけではなく,むしろ精神科医によってスティグマが生み出されているとの指摘が,多年にわたって社会精神医学に取り組んできた英国において出されていることは興味深い6,7)。どのような疾患であっても,スティグマは苦痛なものであろうが,他者との関係に病理を生じる統合失調症においては,スティグマは被害的な意識と同期し,一層の苦痛を与えるであろう。不適切な病名をはじめとして,精神科医からスティグマがもたらされがちなことも指摘されており7,18),専門職としての精神科医の責任はより大きいと言わざるをえない20)

 以下ではスティグマに関する国際的な活動の概要を紹介するとともに,日本での取り組みの一端にも触れたい。

研究と報告

精神障害者家族の心理と行動―精神障害者家族意識調査の結果から(第3報)

著者: 畑哲信 ,   阿蘇ゆう ,   金子元久

ページ範囲:P.627 - P.636

抄録

 精神障害者家族の心理とそれにかかわる要因を評価した。福島県精神障害者家族会連合会に所属する精神障害者家族1,573名を対象としたアンケートを行い,回答者1,313名のうち患者が入院中または通院中の者,1,238名について解析した。入院群では通院群に比べて家族のQOLが有意に低く(t=-2.72 p=0.007),生活困難度が有意に高かった(t=5.74 p<0.0001)。QOLには生活困難度および世帯収入(年収)が有意に寄与し(p<0.0001),重回帰分析の結果,生活困難度平均点(フルスケール=2点)が1点重いと,世帯収入が800万円少ないのと同等な影響を家族のQOLに与えることが示された。生活困難度の高さは障害について学ぶ家族の行動に関連したが,入院群では,患者が平等に生活すべきだという意識の低さ,患者との別居などの要因がマイナスに寄与し,その結果,障害について学ぶ家族の行動が少なかった。

統合失調症(精神分裂病)患者における空間認知と生活行動特性との関連

著者: 細美直彦 ,   西村良二

ページ範囲:P.637 - P.644

抄録

 我々は,統合失調症患者の空間認知と生活行動との関連を探ることを目的に今回,描画を通して病棟認知を調べると同時に病棟内行動の観察を行い,さらに精神症状との関連について検討した。結果は,描画において,構成力を描画判読の視点として全体分割型,部分主体型に分類した。行動観察では,廊下に居ることが多い廊下優位,デイルームに居ることが多いデイルーム優位に分類された。比較を行い全体分割型では廊下優位の者が,部分主体型ではデイルーム優位の者が有意に多い結果が得られた。臨床評価では,全体分割型が部分主体型に比べ機能の全体評価での障害程度が軽度であった。

 統合失調症患者の身体距離図式の障害において,デイルーム優位が多い部分主体型の認知を示す者は他者との接近が見られず交流が少ないと考えられた。廊下優位の多い全体分割型の者は居場所を探すための安全と情緒的な満足を得ようとする行動と考えられた。これらのことから各々のタイプへ適切と思われる治療的接近法について考察した。

うつ病に対するパルス波治療器を用いた電気けいれん療法の経験

著者: 泉本雄司 ,   片岡賢一 ,   山下幸一 ,   掛田恭子 ,   尾原輝美 ,   藤田博一 ,   上村直人 ,   下寺信次 ,   氏原久充 ,   井上新平

ページ範囲:P.647 - P.653

抄録

 パルス波治療器を用いた修正型電気けいれん療法をうつ病の6症例に行った。投与電気量は年齢の半分のパーセントエネルギーより開始し,発作の有無により5%ずつエネルギーを増減させて発作閾値を決定した。結果,発作を起こすのに要した電気量は150.4mCから253.5mCで平均190.54mCであった。6例中4例が寛解状態まで改善し,1例は刺激用量を最大に設定してもけいれん発作を誘発できなかったためサイン波治療器に切り替えて軽快した。1例は改善がみられなかった。副作用は一過性の健忘を1例に認めたのみであった。今回の結果より,パルス波治療器を用いたmECTは有効性と安全性が高いことが示唆された。

短報

Donepezil投与後に生じた興奮・焦燥に対してtandospirone加薬が有効であったアルツハイマー型痴呆の1例

著者: 原田貴史 ,   小笠原一能

ページ範囲:P.655 - P.657

はじめに

 Donepezilはわが国最初のアルツハイマー型痴呆の治療薬である。donepezilの副作用の報告として,消化器症状や錐体外路症状ばかりでなく,焦燥,攻撃性,興奮など多彩な精神症状や行動障害を示すこと5)がわかってきた。donepezil投与により患者のADLは改善したが活動性や攻撃性が亢進し介護負担は増悪した報告4)もある。donepezilの効果には限界があるにしても,ほかには痴呆症状の進行を抑制する薬剤はなく,臨床の場においてこの薬に対する期待は大きい2)

 今回我々が報告するのは,donepezil投与後意欲や表情は改善したが,約3か月目頃より,興奮と焦燥感を認めたアルツハイマー型痴呆の75歳女性である。donepezilの減量や中止を考えたが家族は投与継続を希望したため,tandospironeを加薬したところ,次第に精神症状は安定した。文献的考察を加えて報告する。

動物介在療法が著効を示した難治性境界性人格障害の1例

著者: 佐藤友香 ,   宮崎拓弥 ,   千丈雅徳 ,   田中稜一

ページ範囲:P.659 - P.661

はじめに

 精神科病院において,境界性人格障害(Borderline Personality Disorder;以下BPD)患者が増加しているが,治療は困難なうえ,治療方法は未だ確立していないのが現状である1,2)

 今回,行動化が治まらず治療に苦慮したBPD患者に対し,動物介在療法(Animal Assisted Therapy;以下AAT)が奏効した症例を経験した。そこで,AATがBPDの効果的な治療技法になり得る可能性を検討する。

解離性(転換性)障害にハロペリドールが著効した1例―声を封印した青年

著者: 益田大輔 ,   林美朗

ページ範囲:P.663 - P.665

はじめに

 失声を中心とした転換症状に加え,解離症状を呈した1例を経験した。入院治療に際し,精神療法・環境調整と並行してハロペリドールを使用したところ,徐々に症状の軽快を認めた。

 転換性障害や解離性障害に著効を示す薬物療法の報告は少ない。本論文では,ハロペリドールの有用性について検証したい。

私のカルテから

小鋭棘波様の脳波を認めた高齢期発症のてんかん

著者: 谷口典男 ,   真野恵子 ,   廣瀬千治 ,   滝沢義唯 ,   篠崎和弘

ページ範囲:P.667 - P.669

 高齢期発症のてんかんは,比較的よくみられる疾患であるが,大半は,脳卒中や外傷の既往を伴っているものが多い。今回の症例は,そのような既往がなく,複雑部分発作にて発症後,約7か月後に大発作を引き起こし,やっと治療に同意され,その後は順調な経過をたどっている症例である。脳波では,小鋭棘波との鑑別が困難であった焦点棘波を右前頭部から前頭側頭部にかけて認めた。



 症例呈示

 〈症例〉 71歳,男性。

 既往歴 特になし。

 生活史 特記すべきものなし。

 現病歴 1998年10月(71歳時)に,商談中に会話が途中から別の話になって相手が驚いてしまった。相手の人が本人の変容ぶりに驚き,本人の会社に電話をして会社の人に来てもらった。その時は,すっかり元に戻っていたが,何をしゃべっていたかの記憶がない。同年12月にも同じ症状が起こり,当科を受診した。家族歴に特記すべきものなし。またこれまでの生活歴としても,サラリーマンとして勤務し,東京への出張は,月に2回ほど,海外出張は年に3~4回を特に問題なくこなしていた。

動き

「第10回多文化間精神医学会」印象記

著者: 辻惠介

ページ範囲:P.670 - P.671

 2003年3月14日(金),15日(土)の両日,第10回多文化間精神医学会が倉本英彦会長(北の丸クリニック所長),井上孝代副会長(明治学院大学文学部教授)のもと,外務省の後援を受けて,東京都港区白金台にある明治学院大学白金キャンパスで開催された。学会の基本テーマは「多文化の中の子どもたち」であった。以下,日程に即して印象を記す。

書評

―土井永史著―心因性疼痛の診断と治療―痛み行動の理解のために

著者: 保坂隆

ページ範囲:P.672 - P.673

 何年か前に,何かの研究会か学会で編著者の土井永史氏が,疼痛障害に電気けいれん療法(以下ECT)が有効であることを報告していたのをはじめて聞いて私はいささか驚いた。土井氏は精神科救急と無けいれん性ECTでは知らない人はいない第一人者である。最近は,身体疾患の合併ケースを興味深い言葉で類型化していることでもよく知られている。

 疼痛障害にECTが有効であるということは,土井氏のオリジナルと思っていたが,本書によればその歴史は長いという。しかし,系統的にまとめて報告しているのは,やはり土井氏が最初と思ってよさそうである。本書はそこに到達していくのかと思って読み始めたら,そうでもないらしい。心因性疼痛全体をわかりやすく記した教科書のような感じがある。

―BJ Sadock,VA Sadock著/神庭重信,山田和男,八木剛平監訳―カプラン精神科薬物ハンドブック第3版―エビデンスに基づく向精神薬療法

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.673 - P.673

 カプランの精神科薬物ハンドブックは,第2版が1997年に翻訳され出版された(原著は1996年)。今回の第3版(Kaplan & Sadock's Pocket Handbook of Psychiatric Drug Treatment, 3rd Edition)は,原著が2001年に出版され,翻訳は2003年2月に出版され,装いを新たにした。精神科の薬物に関する書籍は数多いが,このハンドブックは,カテゴリー別に,(1)薬物の名称と分子構造,(2)剤型と投与量,(3)薬物動態と薬物力動を含む薬理学的作用,(4)適応と臨床応用,(5)小児,高齢者への使用,(6)有害作用およびアレルギー反応,(7)薬物相互作用が解説されているのが特徴である。

 序文の中で本書の使用法が述べられているが,カテゴリー別の章立て以外に表Aとして個別の薬剤名とそれがどの章で扱われているかが一覧になっているので,これをもとに検索が可能である。また,主要な精神疾患を取り上げて,それに用いる薬剤とその薬剤を扱っている章(ページ)が明記された表Bが添付されており,病名からの検索もできる。この2つの工夫によって,このハンドブックは,薬のカテゴリーから入ることも,個々の薬剤から入ることも,はたまた疾患の治療から入ることも可能になっている。第2版と比べて大きく改訂された点は,(1)精神薬理学原理の章が全面的に書き変えられ,特に代謝のところでP-450関連の記載が充実したこと,小児および青年期と高齢患者に対する向精神薬の使い方,有害作用に関する記載が詳細になり,多くの表が追加されたこと,(2)新たなカテゴリーとしてα2アドレナリン受容体作動薬,コリンエステラーゼ阻害薬,ミルタザピン,オルリスタット,レボキセチン,非定型抗精神病薬,シブトラミン,シルデナフィル,薬物増強療法,向精神作用を持つハーブなどが加えられたことである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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