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雑誌目次

雑誌文献

精神医学45巻8号

2003年08月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学のはじまり―異常と危険

著者: 南光進一郎

ページ範囲:P.798 - P.799

 精神医学は精神の異常を対象としている。したがって学生に行う講義は「精神の異常」とは何かを解説することから始めることになる。実際,精神医学に興味を持っているたいていの学生は,精神が異常であるとはいったいどのように判断するのか,に多少なりとも関心があるようである。ところが,あらためて「精神の異常」を定義するとなるとこれがなかなかやっかいである。意識であれ,知能であれ,何かを定義することは常に難しい。「精神の異常」どころか,そもそも精神とはなんぞや,と精神そのものを定義するとなると哲学になってしまう。不思議なことに,あるいはこの難しさを思えば当然かもしれないが,手元にあるいくつかの教科書を見ても,精神の異常とは何か,について,ほとんどかあるいはまったく触れられていない。この拙文を読んでいらっしゃる方々の多くは精神科医や臨床心理士であろうが,「精神の異常」について学生時代にどのように教わったであろうか。あるいはご自身ではどのように定義しておられるのであろうか。

 以下は学生に対して私が行っている講義の内容である。

研究と報告

精神科入院中に深部静脈血栓症,肺血栓塞栓に罹患した症例の臨床的検討

著者: 岩田正明 ,   小林孝文 ,   松崎太志 ,   百瀬勇

ページ範囲:P.801 - P.808

抄録

 精神科入院中に深部静脈血栓症,肺血栓塞栓症に罹患した7症例の臨床特徴を検討した。6症例では静脈血栓症に先行して何らかの身体疾患(肺炎,胃潰瘍など)がみられた。身体疾患や精神症状,治療方法などに起因する種々の要因のために,すべての症例で活動性が低下あるいは制限されていた。すべての症例で経口摂取が十分できておらず,5症例は軽度~中等度の脱水状態を呈していた。5症例で向精神薬が投与されていたが,投与量は少なく,関与が推測される薬物は特定できなかった。精神科領域でも静脈系の血栓症発症の可能性を念頭に置き,身体疾患の精査,脱水や長期臥床の予防,状態に応じた適切な治療方法や環境の選択などを行うことが重要である。

WISC-IIIによる高機能広汎性発達障害と注意欠陥/多動性障害の認知プロフィールの比較

著者: 小山智典 ,   立森久照 ,   長田洋和 ,   戸張美佳 ,   石田博美 ,   栗田広

ページ範囲:P.809 - P.815

抄録

 高機能(IQ70以上)広汎性発達障害(HPDD)と注意欠陥/多動性障害(AD/HD)の認知プロフィールの異同を検討するため,HPDD群39人とAD/HD群20人をWISC-IIIで比較した。言語性IQではAD/HD群がHPDD群よりも高い傾向があった。群指数の言語理解ではAD/HD群がHPDD群よりも有意に高かった。下位検査の単語ではAD/HD群がHPDD群よりも有意に高く,積木模様ではHPDD群がAD/HD群よりも有意に高かった。AD/HD群は言語性IQが動作性IQよりも有意に高かった。HPDD群は下位検査評価点間に有意差があった。本研究の知見は,両者の鑑別や療育課題選定に有用と考えられる。

ドメスティックバイオレンス(DV)易スクリーニング尺度(DVSI)の作成および信頼性・妥当性の検討

著者: 石井朝子 ,   飛鳥井望 ,   木村弓子 ,   永末貴子 ,   黒崎美智子 ,   岸本淳司

ページ範囲:P.817 - P.823

抄録

 ドメスティックバイオレンス(DV)被害者への援助場面で広く応用が可能な自記式簡易スクリーニング尺度の開発を目的として,DVスクリーニング尺度(Domestic Violence Screening Inventory:DVSI)を作成し,その妥当性と信頼性を検証した。我々は,すでにDVの評価尺度としてThe Revised Conflict Tactics Scales(改訂葛藤戦術尺度:CTS2)日本語版の信頼性と妥当性を検証したが,DVSIはCTS2より15設問を抽出したものである。DVSIの構成概念妥当性としては,因子分析の結果,身体攻撃と傷害,性的強要,心理的攻撃の3つの因子が確認され,CTS2の下位尺度とおおむね一致した。各下位尺度のCronbachのα係数は,身体的暴行と傷害0.93,性的強要0.89,心理的攻撃0.84であり十分な内部一貫性が認められた。また再検査信頼性については,身体的暴行と傷害0.92,性的強要0.85,心理的攻撃0.88であり,十分な信頼性が示された。DVSIは,DV被害者のスクリーニングを目的として,今後,さまざまな場面で有用な尺度となることが期待される。

 なお性的強要の下位尺度項目に対する被験者の抵抗感が,スクリーニング実施の上で支障となることが予想される場合には,同下位尺度項目を省いた11項目版としても使用可能である。

Maudsley Obsessional-Compulsive Inventory(MOCI)における強迫の構成概念についての検討―女性看護師調査の結果より

著者: 松丸憲太郎 ,   大坪天平 ,   田中克俊 ,   幸田るみ子 ,   伊川太郎 ,   上島国利

ページ範囲:P.825 - P.833

抄録

 女性看護師861人(平均年齢±SD:27.5±7.1歳,range:20~60歳)を対象に,Maudsley Obsessional-Compulsive Inventory (MOCI)を中心としたアンケート調査を行った。MOCI全項目について探索的因子分析(最尤法;プロマックス回転)の後,共分散構造分析による検証的因子分析を行った。その結果,MOCIの下位概念として項目2,8,10の「純粋強迫観念」,項目6,12,20,22,28の「確認」,項目13,17,19,27の「清潔」の3つが規定された。それらMOCIの下位概念と,「抑うつ」,「不安」,「神経症性格」,「外向的性格」,「社会的障害」との関係性を構造方程式モデルを用いて検討した結果,直接的に「抑うつ」や「社会的障害」に影響を及ぼしているのは「純粋強迫観念」のみである可能性が示唆された。

統合失調症患者における既視体験の予備的検討

著者: 足立卓也 ,   足立直人 ,   武川吉和 ,   赤沼のぞみ ,   木村通宏 ,   新井平伊

ページ範囲:P.835 - P.839

抄録

 これまで統合失調症患者において,既視感の出現頻度が高いものと想定されていたが,実証的な検討は少なかった。本研究では統合失調症患者(ICD-10)40例における既視感の出現頻度と特徴について,110例の健康成人を対照に,既視感質問紙(Sno)を用いて予備的検討を行った。

 統合失調症群では,既視感の出現率・出現頻度とも対照群に比べ有意に低頻度であった。さらに対照群での出現頻度は,年齢が高いほど低く,学歴が高いほど高い傾向があったが,統合失調症群では年齢や学歴との関連は認めなかった。また両群の既視感経験者において,出現様態や性質に著しい相違はなかった。ただし,統合失調症群では,わずかながら心身の不快な状態で生じた。

 本研究では,統合失調症患者では既視感出現頻度が低いが,既視感の質的差異は少ないことが示された。

私のカルテから

犯罪を犯した自閉症者への対応の経験

著者: 木村一優

ページ範囲:P.840 - P.841

はじめに

 昨今,犯罪を犯した精神障害者に関する議論が活発になされている。これは,精神医療の現場において大変重要な課題である。

 私は以前,私が主治医として診ていた重度な知的障害を伴う当時24歳の自閉症者が,公園の池に3歳の子どもを放り投げてしまうという,困難な状況に出くわした。ここでは私は,司法精神医学などの専門的な立場ではなく,「ふつう」の精神医療の現場で一般の精神科医が体験した,犯罪を犯した精神障害者のケースを報告したい。

シンポジウム 痴呆症とパーキンソン病研究の新展開―原因分子の発見をてがかりとして

痴呆性疾患の最近の動向―臨床医の立場から

著者: 平井俊策

ページ範囲:P.843 - P.847

はじめに

 私に与えられたテーマは痴呆性疾患の最近の動向を臨床医の立場から述べることであるが,本シンポジウムの主題はシヌクレインと関連した痴呆性疾患の話題である。そこでその前座として,まず痴呆の原因疾患の最近の変化につき述べ,次いで各論では述べられないアルツハイマー病研究の最近の進歩について簡単にまとめることにしたい。

パーキンソン病とレビー小体型痴呆―その歴史と臨床病理

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.849 - P.854

はじめに

 筆者24)は1984年に多数のレビー小体が脳幹のほかに大脳皮質や扁桃核にも出現し,痴呆やパーキンソン症状を主症状とする「びまん性レビー小体病diffuse Lewy body disease (DLBD)」を提唱したが,1996年になって,それを基にレビー小体型痴呆dementia with Lewy bodies (DLB)の概念が提唱され27),これがアルツハイマー型痴呆(ATD)に次いで2番目に頻度の高い痴呆性疾患であることが明らかにされ,レビー小体型痴呆が国際的に注目されるようになった。そこで,ここではパーキンソン病とレビー小体型痴呆の歴史的な事項を中心に紹介することにする。

Synucleinの分子病理―最近のトピック

著者: 上田健治

ページ範囲:P.857 - P.862

Alzheimer病脳のSDS不溶性成分の分析から未知ペプチドとして見いだされたNAC(non-Aβ component of Alzheimer's disease amyloid)は,cDNAクローニングによりその前駆体蛋白質NACP(NAC precursor)の一部と判明した15)。その後,NACPはシビレエイ神経系で同定されたsynucleinと相同分子であることが判明し,ヒトα-synucleinとも称されている。α-synucleinは140アミノ酸の水溶性蛋白質で,生理的にはシナプス前に多く存在するが,その生理機能は不明である。Alzheimer病において痴呆の程度と最も正相関するのはシナプス数の減少であり,シナプス脱落は初期の段階ですでに顕著にみられる所見である。α-synucleinの分子病理としては,まずAlzheimer病脳の異常神経突起やシナプス終末にα-synucleinが異常に蓄積していることが報告された12)。より巨視的にもAlzheimer病脳の病変部位の分布とα-synucleinが多量に存在する部位の分布が酷似している7)。さらに,初期Alzheimer病脳でα-synucleinの一過性増大が認められた8)。他方,優性遺伝性Parkinson病家系でα-synuclein遺伝子のミスセンス変異2種がそれぞれ疾患原因遺伝子として同定された9,13)。そして,Parkinson病とLewy小体型痴呆脳のLewy小体と,多系統萎縮症の細胞内封入体の主要線維構造がα-synucleinを主成分とすることが示された2,3)。さらには,家族性,孤発性を問わずAlzheimer病脳の約60%がLewy小体,Lewy関連神経突起などのα-synuclein病理を有することが判明した6,10)。したがって,α-synucleinはこれらの変性疾患に共通した病理形成分子と考えられる。

 α-synucleinは線維化する性質があり,変異型は線維形成反応が促進される4)。このことはα-synuclein遺伝子に変異のある家族性Parkinson病が若年で発症する事実と対応する。しかし,家族性疾患はまれである事実から,何らかの内在性因子がα-synuclein線維形成を開始,または促進せしめ,Lewy小体などのα-synuclein病理形成を促進する可能性がある。その因子を検討する目的で,α-synuclein結合蛋白質を解析し,α-synucleinの線維化から病理形成に及ぼす影響を検討した。

Lewy小体型痴呆とParkinson病脳の変化

著者: 有馬邦正

ページ範囲:P.863 - P.868

はじめに

 Parkinson病とLewy小体型痴呆の脳には,神経細胞内にLewy小体と呼ばれる特徴的な構造物が形成される。このLewy小体は,マイネルト核,視床下部,黒質・青斑核・迷走神経背側核などの脳幹諸核に選択的かつ系統的に出現し,神経細胞脱落を引き起こす。また,末梢神経系の交感神経節にも認められる。さらに,大脳皮質にも種々の頻度でLewy小体が出現する。Lewy小体型痴呆では,Lewy小体に加えて,Lewy小体関連神経突起,βアミロイド蓄積による老人斑,タウ蛋白からなる神経原線維変化,大脳皮質の海綿状変化とシナプス消失が主要な異常所見である(表)13)

 Lewy小体がα-synucleinを含むこと16),さらに,従来から電子顕微鏡(電顕)観察により“Lewy線維(Lewy-filaments)”と呼ばれていた直径10nmの異常線維がα-synucleinを主成分とすることが明らかになった2,5,17,18)。α-synucleinの線維化と線維の集塊形成がParkinson病とLewy小体型痴呆に共通する病態であることから,ここではα-synuclein線維(Lewy線維)形成を基軸として,両疾患の脳の変化を記述する。

Lewy小体を伴う痴呆の臨床―アルツハイマー病との比較

著者: 森悦朗

ページ範囲:P.869 - P.875

はじめに

 小阪ら28,29)は病理学的に広範かつ多数のLewy小体の中枢神経系への出現を特徴とし,進行性の皮質性痴呆とパーキンソン症状を主症状とする変性性痴呆疾患を報告し,びまん性Lewy小体病(diffuse Lewy body disease)と名付けて報告した。当時は例外的なものと考えられ,しかも病理学的な疾患概念にとどまり,広く臨床的に認識されるには至らなかった。その後の痴呆性疾患の神経病理学研究によって老年期の痴呆患者の15~25%に脳幹と大脳皮質にLewy小体が存在することが見いだされ,DLBはアルツハイマー病(AD)についで多い重要な老年期の変性性痴呆疾患であると認識されるようになった。senile dementia of Lewy body typeやLewy body variant of Alzheimer's diseaseなどいくつかの名称で呼ばれ,また疾患としての概念にも混乱があったが,1995年にInternational Workshopが開催され,その結果Lewy小体を伴う痴呆(Dementia with Lewy bodies;DLB)の名で呼ぶことが提唱されるとともに,病理診断(表)および臨床診断のガイドラインが出版された35)。この臨床診断基準にはそれまでに得られていた知見がまとめられ,各症候の特徴がかなり詳細に記述されている。端的に言えば,probable DLBと診断するには痴呆に加え,動揺する認知障害,パーキンソニズム,幻視のうちの2つが必要である。これに加え,転倒・失神・一過性の意識消失,抗精神病薬に対する過敏性,系統化した妄想・幻視以外の幻覚が診断を支持する特徴として挙げられている。さらに第2回のDLB International Workshopではうつとレム睡眠行動異常にも言及されている36)。この診断基準の妥当性は臨床病理学的に検討され,後向き研究では一般に特異度は高いが感度が低いと指摘されてきたが,最近の前向き研究では特異度95%,感度83%と報告されている34)。この診断基準を正しく用いれば,十分高い診断精度が得られると考えられる。3主徴の意義については必ずしも意見の一致はみていないが,前向き研究では認知障害の動揺の意義が強調されている。

 この臨床診断基準の出現はDLBの臨床的認識において極めて重要な進歩をもたらし,また臨床研究も急速に推し進める結果となった。我々も兵庫県立高齢者脳機能研究センター(現・兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室)に検査のため短期入院した患者を対象に,この臨床診断基準に基づいてprobable DLBを診断し,DLBの臨床特徴を明らかにするため一連の研究を行ってきた。特にアルツハイマー病(AD)との対比において,症候などの頻度を検討するために連続入院精査例を用いたコホート研究を行い,認知機能や画像の差を検討するためには年齢,性,教育歴,MMSE(Mini-Mental State Examination)を一致させた群を用いて症例対照研究を行った。その結果,DLBの診断基準で診断を支持する所見とされている症候のほかに,DLBに特徴的な症候,神経心理所見,神経画像所見を明らかにできた。DLBの正しい診断は,適切な治療を行うため,重篤な抗精神病薬の副作用を避けるため,および正確に予後を判断するために重要である。ここでは我々がこれまでに得たADとの対比から神経学的,行動神経学的,神経心理学的,神経画像的の特徴を中心に,DLBの診断や治療について総説する。

動き

精神医学関連学会の最近の活動―国内学会関連(18)

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.877 - P.900

 本記事は日本学術会議の精神医学研究連絡会(研連)の活動の一環として関連学会の活動状況をお知らせするものである。各学会の代表の方にお願いして,活動状況を記載していただき,毎年この時期にまとめて読者の皆様方にお伝えしている。ここ数年を振り返ってみても学会活動がとみに活発になっている様子が伺い知れてうれしく思う。

 精神医学研連に登録している学会数は21であるが,今後その数が増えることを期待している。研連の活動はあまり知られていないようであるが,その重要な機能の一つに科学研究費の審査委員の推薦がある。科学研究費は昨今の不況にもかかわらず毎年増加の一途であり,審査委員の数も増加している。所属する学会から審査委員が出ることは,その領域の研究活動の活性化にもつながるものである。

 本記事で紹介される各学会が,今後も活発な活動を展開されることを念じている。なお,記載の時期が学協会間で必ずしも一致していないが,多くは2002年度末のものであり,理事長名など現状とは異なる部分があることをお断わりしておきたい。 (第18期日本学術会議会員 高橋清久)

「第8回日本神経精神医学会」印象記

著者: 保田稔

ページ範囲:P.902 - P.903

 第8回日本神経精神医学会は2003年4月3日と4日の2日間にわたり,愛媛県松山市において開催された。一般演題数が30弱と小規模な学会であるが,会長講演,セミナー(特別講演),ランチョンセミナーを加えて,実り多き勉学の場となった。

 主催したのは愛媛大学医学部神経精神医学講座で,会長は田辺敬貴教授である。愛媛大学神経精神科といえば神経変性疾患の分子遺伝学的研究が有名だが,田辺教授の就任後は特に脳の高次機能障害とリハビリテーションについての研究が盛んであると記憶している。愛媛県中山町を舞台にした痴呆に関する疫学的研究が国際的に注目され評価されていることを知っている読者も多いことであろう。当学会のメインテーマは,理事長小阪憲司先生の言を借りれば「脳器質性疾患の精神症状」であるので,愛媛大学神経精神科は当学会を主催するに最も適した教室といえる。

書評

―日本精神神経学会百年史編集委員会 編集―日本精神神経学会百年史―精神医学史にとって貴重な基礎資料の集成

著者: 加賀乙彦

ページ範囲:P.904 - P.904

 日本精神神経学会が創立百周年を迎えたのを記念して『日本精神神経学会百年史』が刊行された。869ページの本篇と357ページの資料篇で,こちらには「神経学雑誌」と「精神神経学雑誌」の総目次を収めたCD-ROMがついている。

 とにかく分厚いどっしりとした本2冊で,学会の歴史の複雑でしかも濃密な時間を実感させる出版である。私が精神科医になったのは1954年で,ほぼ50年経っていて,この歴史の半分を生きてきたのかという個人的感慨とともに本を開いてみて,いろいろな感想が沸き起こってきた。

―BJ Sadock,VA Sadock編/融道男,岩脇淳監訳―カプラン臨床精神医学ハンドブック第2版―DSM-IV-TR診断基準による診療の手引き

著者: 佐藤光源

ページ範囲:P.905 - P.905

 長らく大学で「精神医学」の講義を担当してきたが,毎年の講義内容を見直すさいに必ず注意していたのがKaplan HI & Sadock BJ著「Comprehensive Textbook of Psychiatry」(通称CTP)であった。その最新版はアメリカを中心とする精神医学の現況を知るのに有用であり,項目によっては第1版(1967)まで遡って見直すことも少なくなかった。しかし,それは分冊された膨大な内容であり,手軽に読めるものとは言いがたい。そのSynopsisも世界中で読まれて好評であったが,そのポケット版がSadock BJ,Sadock VA著「Kaplan & Sadock's Pocket Handbook of Clinical Psychiatry」である。日常の診療場面で手軽に参照できる実践的なガイドブックを目指して作られたものであるが,その今世紀初めての改訂版が第3版の本書(2001)であり,融道男,岩脇淳両氏によって注意深く監訳されている。両氏は第2版(1997)も監訳しており,それは好評のうちに第4刷まで増刷された。

 第2版と読み比べてみると,最近4年間の新しい情報が多く取り入れられているのは言うまでもないが,一覧表を増やして使いやすくする工夫を凝らしているのが目立つ。内容はDSM-Ⅳとそのtext revision(DSM-Ⅳ-TR)に準拠したものであり,精神医学の広領域をカバーしている。今回の改訂で特に目をひくのは,治療面で新世代の抗精神病薬や抗うつ薬の臨床指針,薬物相互作用などを盛り込んだほかに,精神療法の項目の紙数を増やして治療方法の選択肢を増やして整理していることである。臨床検査と画像診断の充実にも工夫がみられる。しかし本書の特徴は,精神科面接から始まり精神医学的現症の診察法,DSM-Ⅳ-TRによる診断分類,治療と進む診療の流れをきちんと押さえているところであろう。

―アルコール・薬物関連障害の診断・治療研究会(白倉克之,樋口進,和田清)編―アルコール・薬物関連障害の診断・治療ガイドライン

著者: 福居顯二

ページ範囲:P.906 - P.906

 「アルコール・薬物関連障害の診断・治療ガイドライン」が上梓された。これはわが国のこの領域の第一線で活躍する専門医が集まって厚生科学研究班(アルコール・薬物依存症の病態と治療に関する研究班;平成10~12年)を構成し,その研究の成果を広く共有するために,「アルコール・薬物関連障害の診断・治療研究会」として分担執筆され市販に至ったものである。

 近年日本で用いられているアルコール・薬物依存症の診断基準は,施設や臨床の経験年数などによりさまざまである。比較的若い世代はICD-10,DSM-Ⅳをもっぱら使い,さらに最近ではAPA(米国精神医学会)治療ガイドラインシリーズを監訳した「物質使用障害―アルコール,コカインとオピオイド」も参考にされる。これにより米国の現状は理解できるが,副題にもあるようにアルコール以外にはコカイン,オピオイドに関する記載のみである。日本の薬物依存情報研究班の調査でも明らかなように,わが国で治療の上位を占める覚せい剤,有機溶剤,抗不安薬については触れていない。また比較的臨床経験の長い医師はICD,DSMなどの操作的診断以外に以前からある「アルコール精神疾患の診断基準;厚生省アルコール中毒診断会議報告,1979」や「覚せい剤中毒者の診断基準;公衆衛生審議会,1982」を参考にする傾向もあった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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