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雑誌目次

雑誌文献

精神医学45巻9号

2003年09月発行

雑誌目次

巻頭言

“家裁の人”から学ぶこと

著者: 石田康

ページ範囲:P.914 - P.915

 昨年から宮崎家庭裁判所へ医務室技官(非常勤医師)として通っている。それまで裁判所やそれに付随するシステムについてほとんど無知であった私にとっては,当初かなり戸惑いもしたが,ある種新鮮な体験であった。経験者にとっては何ともありきたりな話しばかりであろうが,一般の精神科医にとっては新奇な経験であると考え,ここに綴らせていただく。

展望

抗精神病薬の作用機序に関する新しい概念―ドーパミンD2受容体での「速い解離」と部分アゴニスト作用

著者: 仙波純一

ページ範囲:P.916 - P.926

はじめに

 最近,錐体外路症状をひき起こしにくい非定型抗精神病薬の開発が進み,統合失調症の治療に新しい展望が開けている。これに伴い,抗精神病薬の作用機序として従来から承認されていたドーパミンD2受容体の遮断という概念以外に,非定型抗精神病薬の薬理学的特性を踏まえ,抗精神病薬の作用機序についていくつかの概念が新しく提唱されている。これらの新しい概念には,ドーパミンD2受容体からの「速い解離」,ドーパミン自己受容体への作用,D2受容体への部分アゴニスト作用などがある。これらの概念が生まれた背景には,非定型抗精神病薬が臨床的に広く使用されるようになったことに加え,統合失調症患者の脳内のドーパミン受容体をPETなどによって機能的に解析できるようになったことが挙げられる。これらの新しい概念は,今後の抗精神病薬の開発やその作用機序を理解する助けとなるばかりでなく,臨床家にとっても新しい抗精神病薬の使用法を試みる上で有用であり,さらには抗精神病薬の作用部位から統合失調症の病因を探る新しい手掛かりとなると思われる。そこで本稿では,はじめに従来からの抗精神病薬と非定型抗精神病薬の作用機序を概観し,次にそこから得られた知識をもとに,抗精神病薬の新しい概念を紹介していく。

研究と報告

神経質性不眠症に対する入院森田療法による治療経験―携帯型活動計を用いた精神生理学的検討を主として

著者: 山寺亘 ,   伊藤洋 ,   佐藤幹 ,   林田健一 ,   大渕敬太 ,   小曽根基裕 ,   中村敬 ,   牛島定信

ページ範囲:P.927 - P.936

抄録

 神経質性不眠症(睡眠障害国際分類の精神生理性不眠症)の1症例(49歳,男性)に対して,入院森田療法を施行した。症例の呈していた睡眠に関する主観的評価と客観的評価の間の著しい解離現象は入院治療によって是正され,この効果判定には,睡眠日記や活動計などの精神生理学的指標を検討することが有用であった。森田療法的接近として有用であったのは,(1)客観的指標の測定および本人への呈示,(2)薬へのとらわれに対する不問技法,(3)不眠の裏にある生の欲望を別の言葉でイメージさせる,(4)治療を展開させるための睡眠衛生教育などの点であり,重篤な慢性不眠症患者に対しては,睡眠衛生教育にとどまらない精神療法的接近が不可欠であると考えられた。

神経性無食欲症制限型患者の病型変化の検討

著者: 大森寛 ,   岩本泰行 ,   米澤治文 ,   西山聡 ,   世木田久美 ,   大田垣洋子

ページ範囲:P.937 - P.941

抄録

 1999年に県立広島病院精神神経科を受診し、DSM-Ⅳの摂食障害の診断基準を満たした患者のうち、神経性無食欲症制限型で発症した87例を、発症後病型変化がない群(未変化群),むちゃ喰い/排出型へ病型変化した群(AN-BP群),神経性大食症排出型へ病型変化した群(BN-P群)に分類し,どの程度病型変化したか,病型変化にどのような要因が関与しているかを検討した。病型が変化した患者は38例(44%)で,そのうちAN-BP群が11例(13%),BN-P群が27例(31%)であった。AN-BP群では,発症から医療機関受診までの罹病期間が長く,当科初診時同伴者が少なく,中断例が多くなっており,経過も不良であった。BN-P群では,病前BMIが高く,さらに発症から最低BMIまでの期間や病型変化までの期間が短く,症状の変化が大きくなっていた。

初老期・老年期発症の精神障害として経過した後に前頭葉変性型の前頭側頭型痴呆が疑われた2症例

著者: 古川良子 ,   井関栄三 ,   小田原俊成 ,   小野瀬雅也 ,   境玲子 ,   足立芳樹 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.943 - P.950

抄録

 初老期および老年前期発症の非器質性精神障害として診断・加療されていたが,一連の状態像の変化により,器質性精神障害と診断されるに至った2症例について報告する。症例1は妄想性障害,症例2は精神病性の特徴を伴ううつ病性障害として加療されるも,病初期より継続していた訴えは次第に切迫感を欠いた単調なものへと変化していった。同時に常同行為・発動性低下が顕在化し,軽度の認知・記銘力の低下を認めるなど,器質性精神障害の存在を疑わせる病態を呈するに至った。形態画像上は,当初は目立たなかった両側前頭葉および側頭葉前方部の萎縮が次第に明らかとなり,機能画像上は前頭葉,次いで側頭葉の血流低下が認められた。これらの器質性精神障害を示唆する所見は進行性であり,正常老化の範囲を越えるものと考えられた。このような症例が,前頭側頭型痴呆(FTD)の前頭葉変性型に相当する可能性につき考察した。

アルツハイマー型痴呆患者における高照度光療法とメラトニン

著者: 伊藤敬雄 ,   伊藤理津子 ,   葉田道雄 ,   大久保善朗

ページ範囲:P.951 - P.958

抄録

 アルツハイマー型痴呆(ATD)患者において,入院による高照度光療法の血漿メラトニン分泌リズムに与える影響について検討した。結果として,CDR重症度分類における痴呆重症度の改善は認められなかったが,4週間の高照度光療法によってメラトニン分泌リズムは,痴呆軽症例ほど頂値位相の前進,夜間の分泌量と振幅の増加を認めた。また,行動量測定から夜間の睡眠の継続・異常行動の減少,日中の覚醒度の上昇・昼寝の減少が認められた。8週間の高照度光療法は,4週間の高照度光療法によって得られた概日リズムの改善効果を継続させることに有効であった。概日リズムにとって有力な同調作用を持つ高照度光療法は,ATD症例において,特に軽症例ほど,光反応性に応じて概日リズムを一定の水準まで改善し,かつ高照度光療法を継続させることで,概日リズムの改善効果を維持させる効果があると期待される。

大学新入生の精神状態の変化―最近14年間の質問票による調査の結果から

著者: 一宮厚 ,   馬場園明 ,   福盛英明 ,   峰松修

ページ範囲:P.959 - P.966

抄録

 九州大学で長年にわたって実施してきた新入生全員を対象とした質問票調査の1989~2002年の14年間の結果をもとに,対人関係と精神的な問題に関する質問項目の回答率にみられる変化について検討した。男女ともに,1994年頃から,対人緊張感,友人作りが不得手であるための孤独感,恒常的なイライラ感,それに朝の疲労感を自覚する学生の割合が増加し,1996年以降はそれ以前に比べて1.5~2.2倍に増加した状態で推移していた。女子のイライラを訴える割合は増加して男子と同じ程度になっていた。これらの得られた所見に基づき最近の青少年の精神状態の変化について若干の考察を行った。

アルコール依存症における頭部外傷の検討

著者: 竹内暢 ,   内村直尚 ,   大島博治 ,   大島正親 ,   小鳥居湛 ,   前田久雄

ページ範囲:P.967 - P.971

抄録

 5年間に頭部外傷を主訴に救急入院した500例中,アルコール依存症と診断された9症例(男性6人,女性3人)について検討した。これらの患者は,多量長期の飲酒歴を有し,入院直前まで飲酒していた。特に女性例は,今回の受診で初めてアルコール依存症と診断された。離脱症状は,ミアンセリン40~150mg/日投与にて症状出現2~8日後には改善を見せ,経過中の二次性抑うつ状態は1例にのみ出現した。頭蓋内病変の合併症は6症例にみられたものの,入院時のGCSと頭部画像所見の重症度の相関性は乏しく,アルコール問題を有するものには,早期の画像診断が重要であると考えられた。

病態仮説に基づく治療モデルの実施で改善した,うつ状態に伴う音楽性幻聴の1例

著者: 國井泰人 ,   岡野高明 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.973 - P.981

抄録

 増悪と軽快を繰り返すうつ状態の経過のうち,音楽性幻聴が出現した高齢難聴女性の症例を経験したので報告する。本症例は計15回の入院歴,約30年の経過を持つうつ状態で,ほぼあらゆる抗うつ薬,抗精神病薬に抵抗性であり,加えて2年前より口部ジスキネジアが出現,同時期より「口の中から歌が出る」という音楽性幻聴がみられるようになった。今回入院後検査所見をもとに病態仮説を構築,それに基づきカルバマゼピン投与を中心とした治療モデルを実施したところ,音楽性幻聴の改善が認められ,それに伴いSPECT所見において症状発現時期にみられた,縁上回,角回を含む右側下頭頂小葉から上側頭回にかけての領域の血流増加が消失した。また興味深いことに本症例でみられた音楽性幻聴はHRSDスコアの値と相関を示し,うつ状態との関連が示唆された。本稿では本症例でみられた音楽性幻聴の発現機序について,得られた検査所見,臨床所見をもとに考察し,またそれに基づく治療について論じた。

短報

SESA(subacute encephalopathy with epileptic seizures in chronic alcoholism)症候群の1例

著者: 稲見康司 ,   山田則夫 ,   三宅香 ,   鈴木義之 ,   宮岡剛 ,   堀口淳

ページ範囲:P.983 - P.986

はじめに

 習慣性飲酒の結果として種々の身体症状が出現することが知られている。中枢神経系の症状も多彩であり,振戦せん妄やWernicke脳症などその多くはアルコール離脱と関連して出現する。やはり離脱症状の1つと考えられているアルコールてんかんは,通常全般発作の形態をとり,脳波検査では局在性の異常波が発見されないことがその特徴とされている。

 今回我々は,意識障害を伴う右顔面に限局した運動発作の重積状態で救急外来を受診し,経過中の脳波検査で,左後側頭部に局在する不規則な鋭波やPeriodic lateralized epileptiform discharges(PLEDs)が出現するアルコールてんかんと考えられる症例を経験した。本例では,可逆性の右不全片麻痺も同時に認められ,これらの臨床特徴からSESA(subacute encephalopathy with epileptic seizures in chronic alcoholism)症候群と診断した。SESA症候群は,通常のアルコールてんかんとは異なる稀な状態と考えられ,若干の文献的な考察も含めて報告する。

身体への関心がシフトしたことで改善した心気症の1例

著者: 千葉雅俊 ,   福井功政 ,   越後成志

ページ範囲:P.987 - P.989

はじめに

 最近,口腔外科に来院する患者の中に他覚所見に見合わない身体的異常を執拗に訴える患者が増加している。こうした愁訴を持つ患者の中に精神科的には心気症と診断される場合があり,その治療は難渋することが多い。我々は,慢性上顎部痛を訴えた心気症が身体への関心がシフトしたことで治癒した症例を経験したので,口腔外科の立場から報告する。

Milnacipranが著効した線維性筋痛症の1例

著者: 篭橋麻紀 ,   熊谷亮 ,   宇田川正子 ,   宮川晃一 ,   文元秀雄 ,   金子礼志 ,   一宮洋介

ページ範囲:P.991 - P.994

はじめに

 線維性筋痛症(fibromyalgia;FM)は原因不明の全身疼痛を来す非炎症性リウマチ性疾患であり,特定の圧痛点を認める特徴がある。持続する疼痛のため日常生活に支障を来すが,一般検査には異常がないため精神症状として扱われやすい傾向がある。今回我々は明らかな抑うつ症状を伴わないFMに対しserotonin noradrenaline reuptake inhibitor(SNRI)が効果を示した症例を経験したのでここに報告する。

いわゆる「インターネット中毒」の1例

著者: 袖山紀子 ,   畑中公孝 ,   堀孝文 ,   朝田隆

ページ範囲:P.995 - P.997

 インターネットは,自室にいながらにして世界中のさまざまな情報を得たり不特定多数の人々とコミュニケーションができる,世界規模の情報ネットワークである。近年,インターネットが普及するに伴い,その使用が長時間に及んで日常生活に支障を来す例が「Internet addiction(いわゆるインターネット中毒)」として報告3,6)され始めている。インターネットがさらに普及すれば,今後,同様の症例は増えていくと考えられる。

 我々は,躁うつ病の経過中にいわゆる「インターネット中毒」と言うべき状態を呈した1例を経験したので報告する。

私のカルテから

肺塞栓を合併したうつ病に電気けいれん療法が有効であった1例

著者: 加藤幸恵 ,   野田寿恵 ,   坂本英史 ,   菅原重忠 ,   秋山剛

ページ範囲:P.999 - P.1001

はじめに

 精神科電気けいれん療法は,自殺企図などの緊急的処置が必要な状態,薬物抵抗性のうつ病に対して適応が検討されている。近年では,総合病院精神科を中心に告知同意を得たうえで,全身麻酔下で施行されている(modified electroconvulsive therapy;以下mECT)。mECT注)は,従来の有けいれん通電療法に比べると安全性が向上したが,心臓血管系への危険には十分に注意を払い施行する必要がある。

 うつ病の入院加療中に肺塞栓症を合併し,肺塞栓の治療後もうつ状態が遷延し自殺企図に至った症例を経験した。身体的リスクを循環器内科医と十分に検討したうえで,家族からの告知同意を得てmECTを施行した。その結果が良好であったので報告する。

 なお,本発表については,患者本人の了解を得ている。

電波による身体被影響体験が共有された1夫婦例

著者: 杉山通 ,   長谷川史

ページ範囲:P.1002 - P.1003

 共有精神病(folie à deux)は,確立した妄想を持つ人物と親密な関係にある者に,内容が類似する妄想が発展するものである(DSM-Ⅳ1))。LaségueとFalretによる報告3)以来,本邦でも吉野6),柏瀬2)らによって詳細な検討がなされている。

 本稿では電波による身体被影響体験などが共有された1夫婦例を報告し,異常体験反応としての共有精神病について簡単に触れる。

動き

WPA2002横浜大会を通して感じたこと,考えたこと

著者: 富田三樹生 ,   福田正人 ,   内田直 ,   和田清 ,   倉本英彦

ページ範囲:P.1005 - P.1011

感じたこと,考えたこと

刑事司法と精神科医の倫理

WPAシンポジウム「矯正施設における精神科医療サービス」の意義

富田三樹生

 日本精神神経学会(以下「学会」)の「精神医療と法に関する委員会」(以下「委員会」)はWPA横浜大会(2002年)において標記のようなシンポジウムを企画した。この企画は委員会が取り組んでいた2つの問題に関連していた。その1つは,政府が法案を準備していた「触法精神障害者対策」に関連して矯正施設における精神科医療の現状を検証しようとする,というものであった。2001年5月の大阪学会において,委員会は,シンポジウム「刑事司法における精神障害者の現況」を企画し,一方的に「対策」を検討する前に何が現実の問題であるかを問題提起した。その直後に池田小学校事件が起こり,小泉内閣の動きが危険な様相を呈していたのである。

「第99回日本精神神経学会総会」印象記―新しい時代の幕開け

著者: 傳田健三

ページ範囲:P.1012 - P.1013

 第99回日本精神神経学会総会が,2003年5月28~30日の3日間にわたり,牛島定信会長(東京慈恵会医科大学精神医学講座)のもと,お台場に隣接するホテル日航東京で開催された。今回は,昨年8月の第12回世界精神医学会ならびに日本精神神経学会創立百周年記念行事に次ぐ総会という重要な役割を担っていたが,新しい時代の幕開けにふさわしい充実した内容であった。また,本総会の基本テーマは「精神医学の分節化の中での精神科医のあり方を探る」というものであり,精神医学・医療が急速に細分化,専門化していく中で,精神科医のアイデンティティを改めて問おうとする牛島会長の姿勢が表れたテーマであると感じられた。以下に,本総会の印象を,1.シンポジウムと教育講演,2.特別講演と会長講演,3.精神医学研修コース,4.一般演題とポスターセッション,5.今後の方向性に分けて述べてみたい。

書評

―山鳥重著―脳のふしぎ―神経心理学の臨床から

著者: 松岡洋夫

ページ範囲:P.1015 - P.1015

 本書は,著者が1975年から2002年の間に主に一般向けに書かれた神経心理症状などの解説29編を一冊にまとめて発刊されたものである。本書を著した意図や著者の神経心理学に対する姿勢については,「はじめ」の中で明瞭に示されている。特に,著者の神経心理学に対する姿勢に関してその一節を紹介すると,“...脳損傷にも神経心理症状にもいっぱいの個体差を抱えた中で,神経系心理症状発生の共通原理を探り,そうした困難な障害を抱え込んでしまった人たちの心をなんとか理解し,治療の方向づけをしたい,というのが筆者の実践してきた神経心理学である...”と,さらに“...脳が生み出す心などと言うと,脳に重点がかかっているように思われるかもしれない。そうではない。重点は心にある。脳全部で,いや脳を含めて個体全部で必死に環境に反応しようとしている心という現象を理解したい,ということである...”と述べられている。

 本書は,Ⅰ.読み書きのしくみ,Ⅱ.話し言葉のしくみ,Ⅲ.視覚のしくみ,Ⅳ.記憶のしくみ,Ⅴ.行為のしくみ,Ⅵ.心を立ち上げる脳,Ⅶ.心の科学とモノの科学,と神経心理学が扱う重要なテーマをすべて含んでおり,それぞれの領域の歴史も紹介されている。しかし,それらは決して教科書的な内容にとどまるものではなく,著者自身が症例と出会いその中で見えてきたものを固定概念を極力排して著者自身が考えたことを語りかけている。時には,著者流の解釈が登場してくるがそれは決して独善的なものではなく深い含蓄のこめられたものであり,冒頭で紹介した著者の意気が伝わってくる。

―T.Hmanaka,G.E.Berrios編―Two Millenia of Psychiatry in West and East

著者: 酒井明夫

ページ範囲:P.1016 - P.1016

 まず本書の成立の経緯から説明すべきかもしれない。1999年3月,名古屋市立大学医学部において,同大学精神医学講座,濱中淑彦教授(現名誉教授)の主催で2日に渡り本書と同名のタイトルで精神医学史の国際シンポジウムが開かれた。西暦2000年を間近に控えた世紀の変わり目ということでつけられたタイトルだと思うが,会期中に行われた発表や討論はこのタイトルに負けないすばらしい内容だった。ヨーロッパ,アメリカ,アジアの各国から参加したシンポジストたちが提示した研究成果は,西洋と東洋における精神医学の営みをさまざまな視点から振り返ったもので,2日間のシンポジウムは全体として通時的にも文化横断的にも非常に興味深い試みだったといえる。

 本書はその結晶である。内容は三部に分かれ,それぞれ西洋,東洋の精神医学史,社会・文化的脈絡における精神医学史について数篇の論文が収められている。寄稿者たちはいずれも精神医学史の第一線で活躍中の優れた研究者であり,彼らが一堂に会したこのアンソロジーはそれだけでも価値が高いと言わねばならない。加えて各論文のテーマがきわめて興味をそそられる種類のものである。本書の論文はすべて英語で書かれているが,たとえば第一部の「西洋」に所収の表題を和訳して紹介してみる。「ガレノスの精神医学」(V.Barras),「パラケルススと精神医学」(H.Schott),「イマジナティオ/ハルシナティオ(F.プラッター)からアリュシナシオン/イリュジョン(J.-E.D.エスキロール)へ」(T.Hamanaka),「ピネルとフランス精神医学の始まり」(J.Pigeaux),「エミール・クレペリンの臨床精神医学の概念」(P.Hoff),「精神医学の言語とその歴史」(G.E.Berrios)といったテーマ群はおそらく,西欧の精神医学史に興味を持つ人だけではなく,およそ精神医学に携わる人すべてにとって見逃せないものだろう。

―Robert L. Spitzer,他著/高橋三郎,染矢俊幸訳―DSM-IV-TRケースブック―コンパクトにまとめられた症例で,精神科診断学を整理

著者: 武田雅俊

ページ範囲:P.1017 - P.1018

 本書はDSM-Ⅳ-TRの改訂にあわせて出版された症例集である。成人145症例,小児および青年期37症例,多軸評定のための症例10症例,世界各国からの21症例,歴史的22症例の合計235症例が記載されている。ご承知のように米国精神医学会は,1980年にDSM-Ⅲ,1987年にDSM-Ⅲ-R,そして1994年にDSM-Ⅳを発表してきており,2000年にはDSM-Ⅳ-TRとしてテキストが改訂されたが,この改訂にあわせて出版された症例集が本書である。収められた235症例のうち42症例はDSM-Ⅳの改訂時に加えられたものであり,本症例集で新たに加えられた症例はなく,考察が一部分改訂されている。

 他の診療科と比べても精神科の症例呈示は難しい。必要十分な情報をコンパクトにまとめるという課題は時として困難であり,豊富な知識と十分な経験とがあって初めて可能となる。初学者の頃,症例を呈示するときに,どこまで詳しく記載するかを悩みながら,なかなかコンパクトにまとめることができなかったことを思い出す。コンパクトにまとめるという作業は,「この部分を割愛しても大きな間違いが起こらない」との判断に基づいて行うが,このような判断を下すためには,精神科の疾患全体についての包括的な知識と,同僚の精神科医のレベルについての理解とが必要である。このような条件を満たした症例呈示のモデルが本書には多数示されている。本書を通じて,症例呈示の仕方を学ぶことができる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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