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雑誌目次

雑誌文献

精神医学46巻11号

2004年11月発行

雑誌目次

巻頭言

退行の時代

著者: 近藤毅

ページ範囲:P.1142 - P.1143

 病棟にて「先生が初診でうつ病と診断した人,行動化が激しくてボーダーラインと見立てたほうが良いのでしょうか」と研修医に尋ねられ,「うーん,でも,話を聞いた限りではうつ病エピソードが繰り返されている印象だし,通常は適応が良いらしいよ」と答える。研修医は半信半疑の表情なので,「まぁ,気分障害の薬物治療をしっかり行いながら,当面はボーダーラインに準じた対応もしましょう」とアドバイスしながら何となく煙に巻いている気分になる。若年層の気分障害患者の入院後にはこのようなことがよく起こりうる。

 リストカットや大量服薬などの行動化は,かつては衝動制御に難のある人格障害に特有の症状であったが,現在ではそのような行動化は患者のみならず一般層へも階層が拡大し(リスカ,ODの略語も今では広く浸透した感がある),手段として普遍化し,閾値も低下している。その意味性も多様化し,抱え切らない陰性感情の自己処理手段,叶わぬ依存欲求の代償的充足,解離現象の中での自己解放,はたまた,倒錯的ではあるが生存の自己確認のためであったりもする。確かに,若年層のうつ病において,境界性人格障害と見まがうばかりの行動化を伴う患者は年々増加している印象にある。彼らの特徴は,悩む(うつの状態を持ちこたえる)過程をすっ飛ばして行動する(嫌な気分を刹那的に処分する)ところにあり,ある意味,耐える前に与えられてきた世代ならではの特権であるかのごとく,うつに対して悩まない楽な適応をあっさりと自然に選択しているようにも見える。それも関係してか,寛解してからの精神療法の過程においてもさっぱり深まらないことも多い。

展望

自閉症スペクトラムの画像研究

著者: 遠藤太郎 ,   北村秀明 ,   塩入俊樹 ,   染矢俊幸

ページ範囲:P.1144 - P.1161

はじめに

 自閉性障害(自閉症)は,対人的相互反応およびコミュニケーションの著しい障害またはその発達の障害,および著明に制限された活動と興味の範囲を基本的特徴に持つ発達障害の一群である4)。この障害は3歳以前に発症し,自閉症患者の約70%が精神遅滞を合併し54),現時点では有効な治療法が確立していないため患者の生涯にわたり問題となる。また,その有病率は,研究間で差があるものの,典型的な自閉症で0.05~0.1%4,35),自閉症を含む広汎性発達障害全体では0.6%35)に及ぶといわれている。

 自閉症の重症度,機能レベルは多様であり,異なるいくつかの類似した障害が存在することもわかってきた。これらの障害は,アスペルガー障害や特定不能の広汎性発達障害などを含み,自閉症とアスペルガー障害を同じスペクトルで考えるべきかといった議論があるものの,しばしば同一の自閉症スペクトル上にあるものとして概念付けられる(自閉症スペクトラム)93)

 自閉症の原因として,自閉症患者の約20%が何らかの生物学的原因(ヘルペス脳炎,結節性硬化症,脆弱X症候群など)に起因するものと考えられている80)が,残りの80%は,自閉症を説明できるような生物学的原因はいまのところ解明されていない。

 しかしながら最近のneuroscienceの進歩,特にneuroimagingの技術により,in vivoで自閉症スペクトラムの病態を解明しようという試みがなされ,自閉症スペクトラムの臨床症状と関連する脳の領域が徐々に明らかにされている(図)。本稿では,自閉症スペクトラムのneuroimaging研究のこれまでの知見を統括し,現時点で自閉症スペクトラムの生物学的原因がどれ程度わかっているのかを明確にさせ,今後の研究の方向性についての考察を行う。

研究と報告

せん妄に対するrisperidone内用液の使用経験

著者: 戸田裕之 ,   佐々木幸哉 ,   伊藤耕一 ,   仲唐安哉 ,   賀古勇輝 ,   伊藤候輝 ,   増井拓哉 ,   久住一郎 ,   小山司

ページ範囲:P.1163 - P.1167

抄録

 リスペリドン内用液(RIS-OS)を用いたせん妄の治療経験について報告した。対象はDSM-IVに基づいて診断されたせん妄の10例で,うち6例が,絶食または絶飲食を指示されていた。せん妄の重症度評価にはTrzepaczらのDelirium Rating Scale を用いた。RIS-OSを1日1回夕食後0.5mg/日で投与を開始し,その後,必要に応じて,追加投与・増減量・投与時間の調整を行った。全対象症例の,第0日目のDRS得点(平均±標準偏差)は19.6±3.2点,第7日目のDRS 得点(平均±標準偏差)は11.3±5.5点であった。RIS-OS投与により9例が寛解に至った。寛解までに要した期間は平均6.1日,RIS-OSの最高投与量は平均1.38mg/日であった。重篤な有害事象は生じなかった。これらの結果から,せん妄治療におけるRIS-OSの高い有用性と忍容性が示唆された。特に経口服薬困難例に対して,RIS-OSは第一選択薬として試みられるべき価値のある薬物であると考えられた。

大学病院における精神科急性期入院医療のクリニカルパスの現状

著者: 高橋恵 ,   福田真道 ,   宮岡等

ページ範囲:P.1169 - P.1176

抄録

 都道府県精神科救急システムに関与している9大学病院における精神科急性期入院医療の治療とケアの現状を調査した。これらの施設の共通特徴として閉鎖病棟を有し,複数の隔離室または個室を有していた。すでに何らかの既存パスを持つ施設は6施設に上り,共通パスが2施設,大うつ病パスが3施設,統合失調症パスが2施設,隔離室使用パスが1施設で使用されていた。期間はうつ病,統合失調症ともに4~12週であり,提供される検査や治療自体に大きな差異は認められなかった。しかし,薬物療法以外のリハビリテーション療法などは提供状況に差が大きかった。精神科という診療科の特性上,ある程度の自由度の許されるパスが適切と思われた。

特定不能の摂食障害に関する研究

著者: 中井義勝

ページ範囲:P.1177 - P.1182

抄録

 特定不能の摂食障害(EDNOS)が,特定の摂食障害,すなわち神経性食欲不振症(AN)や神経性大食症(BN)と心理特性に相違があるか否かを3種類の自記式調査用紙(EAT,BITE,EDI)を用いて検討した。ANの亜型とそれらの不全型の間にEAT,BITE,EDIおよびEDIの8つの評価尺度はいずれのスコアも有意差がなかった。一方,BNについては,排出型(BNP)とその不全型(pBNP)の間で,EAT,BITE,EDIおよびEDIのむちゃ食いと完璧主義の評価尺度でスコアに有意差があった。したがって,特定の摂食障害の診断基準を緩くして,EDNOSをなくすには,さらなる検討を要する。

大学生の入学時の精神状態と留年・休学・退学との関連について―対人緊張は大学生の就学を阻害する

著者: 一宮厚 ,   福盛英明 ,   馬場園明 ,   峰松修

ページ範囲:P.1185 - P.1192

抄録

 大学生の入学時の質問紙調査にみられる精神状態と,その後の大学での留年,休学,退学という就学上の挫折の間に関連がみられるのか,1997年度と1998年度に九州大学に入学した学部生のうち4年制学部の学生4,727名について,ロジスティック回帰分析を用いて検討した。その結果,不本意入学と同じ程度の危険率で,強い対人緊張感が留年と退学と関連すること,また,生活リズムの乱れを表していると考えられる食事のムラが留年と休学に関係を有するなどの知見が得られた。こうした結果は,学生に対する積極的な精神保健的指導の重要性を確認させるものである。

55歳発症の初期分裂病(中安)の1例

著者: 田中健滋

ページ範囲:P.1193 - P.1199

抄録

 55歳発症の初期分裂病(中安)症例を報告した。

 初期症状は症状学的に若年例と同じだったが,これらを当初より自我異和的にとらえ,早期に受診し,陽性初期症状に対しては症状およびその中に現れる対象へ対抗的反応を示している点が異なっていた。陰性初期症状のうち,即時記憶の障害は作業記憶の障害に相当し,前頭葉機能障害が示唆された。即時理解の障害は意識上認知障害を意味し,即時記憶の障害とも併せ,意識上認知機能健常を前提とする中安の状況意味失認─内因反応説には合致しない所見と考えられた。治療面では,sulpiride 900mg/日での治療効果を認め,中安の統合失調症の非ドーパミン仮説に沿わない経過だった。

 本例は,発症年齢,症状への主体の反応,薬理学的反応などが,若年発症の典型例とは異なっており,このような遅発性の初期分裂病症例のさらなる蓄積と検討が,まだ確定していないと思われる初期分裂病と統合失調症の疾病論的関係を検討する上で有用と考えられた。

デイケア通所中の統合失調症患者に対する認知行動療法の効果

著者: 松下愛子 ,   畑哲信 ,   林直樹 ,   浅井久栄 ,   辻井和男 ,   柴田貴美子 ,   岩崎さやか ,   浅井義弘

ページ範囲:P.1201 - P.1209

抄録

 東京大学医学部附属病院精神科デイケアに通所中の統合失調症患者14名(介入群7名,対照群7名)を対象として,症状自己管理モジュールを用いた認知行動療法の効果を検討した。週1回14回のセッションを行い,その前後で心理的評価を行った。繰り返しのある分散分析の結果,介入群では対照群と比較し,精神症状,病識の指標には変化がなかったが,障害の受容は有意に改善した(p<0.001~0.005)。重回帰分析の結果,介入前の高い自己効力感が介入後の高い障害の受容を有意に予測した(p<0.05)。両群の背景指標の比較から,デイケア活動への参加態度の要因も介入の効果発現に関与していることが考えられた。望ましい認知行動療法のあり方について考察した。

短報

せん妄にペロスピロンが奏効した3症例

著者: 今村洋史 ,   相川博 ,   山内俊雄

ページ範囲:P.1211 - P.1213

はじめに

 コンサルテーション・リエゾン精神医学において,身体症状に伴うせん妄はそれ自体が基礎疾患の精査・加療の大きな妨げになることも多く,より早く的確なせん妄の治療が望まれる。せん妄の薬物治療にスタンダードなものはないが,向精神薬,なかでも抗精神病薬が用いられることも多い。しかし,治療の過程においてこれら向精神薬の思わぬ副作用の出現に手痛い思いをすることもまれではない。今回我々はせん妄を呈した3症例にSDAであるperospironeを用いて良好な結果を得たので,若干の考察を加えて報告する。

MilnacipranとLithium carbonateの併用が著効した重症うつ病の1症例

著者: 沼田周助 ,   関由賀子 ,   笠原敏彦

ページ範囲:P.1215 - P.1218

はじめに

 近年,わが国でもSSRI(セロトニン選択性再吸収阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン選択性再吸収阻害薬)の新規抗うつ薬が使えるようになり,気分障害の治療に新たな展開を見せている。その有効率については従来からある三環系抗うつ薬と同等であると言われており12,13),新規抗うつ薬に反応しない患者は多い。抗うつ薬に治療抵抗性のうつ病患者に対する治療戦略の1つとして,他の薬剤を付加することにより抗うつ薬の治療効果増強を図るaugmentation therapyが試みられ,付加薬剤としてリチウム1)(以下Liとする)や甲状腺ホルモン7)の有効性が報告されている。海外では新規抗うつ薬にもLiを追加投与することにより抗うつ効果が増強するということが報告されているが5,16),日本での報告はほとんどない。

 今回,我々は,SNRIであるmilnacipranに反応しなかった重症うつ病エピソード患者に対してLiを併用投与したところ著明にうつ症状の改善がみられたので,若干の考察とともに報告する。

初めて施行したECTによりけいれん重積状態を来した1例

著者: 日高真 ,   川上宏人 ,   桑原達郎 ,   川西洋一 ,   朝田隆

ページ範囲:P.1219 - P.1222

はじめに

 電気けいれん療法(electroconvlusive therapy,以下ECT)は,修正型などのように改良が加えられることにより,安全かつ有効な治療法として確立しつつある。しかし重篤な副作用も皆無ではない。今回我々は,初回のECT後にけいれん重積状態となった男性の統合失調症の症例を経験したので報告する。

試論

20世紀前半の「脳病理学」における「全体論」の歴史的背景と現代の神経心理学,(精神)医学,人文学,諸科学との関連―Kurt Goldsteinの考想を中心に

著者: 濱中淑彦

ページ範囲:P.1225 - P.1233

はじめに

 「脳病理学Hirnpathologie」における「全体論」と「局在論」,やや次元がずれるのだが「知性論者」と「反知性論者」の論争(井村 1954,大橋 1960)34)が,20世紀前半に,主として失語学説について白熱の議論の対象であったとしても,とりあえずは過去の歴史に属する問題だと言わざるを得ないかもしれない。とはいえ「全体論」的考想は,脳病理学の延長上にある神経心理学neuropsychology(濱中 1985)23)においても若干かたちを変えてのことではあるが,幾つかの主要な学説に登場し,その一部は20世紀前半の論議とつながりがないわけではなく,殊に最近の認知リハビリテーション(例えばPrigatano 1999)には「全体論」再評価の動きがあって,これについては別稿(濱中)25)で論じる機会があった。他方それは,神経心理学以外の医学と諸科学の領域でも,次元は異なるにしてもさまざまに論じられる主要テーマの一つとなっており,あるものは神経心理学や(神経)精神医学とも無縁とは言い切れぬ局面を示している。

 本稿では「脳病理学」時代の「全体論」を,なかんずくGoldstein15~18)の「有機体」論(1927~1948)を中心として再検討し,従来詳論される機会のなかった「全体論」の起源と周辺,歴史的背景を概観した上で,現代の医学や諸科学との関連を,筆者の知る範囲で考察したい。

私のカルテから

パロキセチンが有効であった痴呆症状を伴う老年期うつ病の2症例

著者: 平川博之

ページ範囲:P.1235 - P.1238

はじめに

 老年期うつ病の問題点の1つは,精神症状の一部がアルツハイマー型老年痴呆などの器質性痴呆の精神症状と類似しており鑑別診断が難しい点である。

 本稿では痴呆様症状を呈する老年期うつ病2症例において,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるパロキセチン使用経験の報告をもとに,今後この領域における臨床使用の可能性について若干の考察を加える。

動き

「第1回うつ病学会」印象記

著者: 広瀬徹也

ページ範囲:P.1240 - P.1241

 1年間のうつ病アカデミーという研究会での準備期間をおいて,第1回うつ病学会は2004年7月2日,3日東京商工会議所ビルにおいて,野村総一郎防衛医科大学校教授を会長(理事長:上島国利昭和大学教授)として発足,開催された。参加者数についての蓋を開けるまでの関係者の心配はまったくの杞憂となって,この学会は期待以上の多くの人々に祝福されて産声をあげた。すなわち登録者850人,2日間の延べ参加者は1,400人を数えたというから関係者の嬉しい悲鳴が聞こえてくるようである。3日夕に行われた市民公開講座に至っては,朝日新聞広告局の協力があったとはいえ,500名の定員のところ6,000人もの応募者があった由で,うつ病に対する関心の高さは驚くばかりである。

 これはとりもなおさず,うつ病が増えて(3年前の1.6倍で,これまでにうつ病を経験した人は約15人に1人といわれる)社会的にも大きな問題になっていることを意味しており,学会関係者は彼らの期待に応える責務の大きさを厳粛に受け止める必要があろう。別な見方をすれば,学会の発足がもっと前であってよかったことにもなるが,世界的にみても気分障害の国際学会(ISAD)が2年前に発足したばかりであるので,わが国が今年であったのはむしろ早いほうであったといえそうである。メインテーマの「うつ病─治す力と支える力」が示すように,ユーザー,家族を視野に入れた本学会の設立は,前述の国際学会にはないもので,先進的ですらある。

「第91回日本小児精神神経学会」印象記

著者: 山下裕史朗

ページ範囲:P.1242 - P.1243

 第91回日本小児精神神経学会が,太田昌孝教授(東京学芸大学教育実践研究支援センター)を会長に,2004年6月25日,26日の2日間,国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都)で開催された。本学会は,自閉症圏障害や注意欠陥/多動性障害(AD/HD)などの発達障害や子どもの虐待,情緒障害などにかかわる医療,心理,教育,福祉のさまざまな職種の人々が参加し,討論する学際的学会である。学会は,初日に一般演題,特別講演,イブニングセミナー,2日目は,一般演題,会長講演,総会,学会企画プログラムが行われた。本学会がほかの学会と最も違う点は,会場が1会場のみであるため,他会場での演題を気にすることもなく,最初から最後まで一言一句じっくりと聞けること,一般演題は関連した演題を4~5題ブロックにして,発表後にまとめてシンポジウム方式で討論が行われる点である。さまざまな職種の人々が,equal partnerとしてお互いの専門性を踏まえて率直に意見交換できる貴重な学会であると考える。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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