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雑誌目次

論文

精神医学46巻3号

2004年03月発行

雑誌目次

巻頭言

診療場所を変えて

著者: 佐野輝

ページ範囲:P.222 - P.223

 私は精神科医師として大学卒業後21年間あまりを愛媛県松山市近郊の大学病院中心に,そして一時期は単科精神科病院での診療に従事し,その後一昨年から鹿児島市の大学病院に診療の場を移している。その間,精神科医療の移り変わりを痛感し,また今回国内とはいえ診療の場が地域的に大きく変わり,比較精神医学的にも貴重な経験をしていると感じ,ここに雑感として記してみたい。

 私が,精神科医としての研修を開始した昭和56年(1981年)の日本の社会状況というと,1960年頃に始まった高度経済成長のおかげで人々の生活は多少とも豊かになり,都市に人口が集中し,アメリカ型の消費型社会経済活動が地鳴りをあげて始まり,核家族化が急激に進行しつつある時期であった。文化・文明論の詳細をここで取り上げるつもりはないが,1986年から88年にかけて私がアメリカに滞在した折りに,当時の日本ではまだ見られなかった膨大な紙消費,ファストフードの氾濫などに代表される「便利で豊かな消費社会」,そして家族・家庭の崩壊と孤独な老後などを見て,日本社会がアメリカのそれを10~15年ほど後に追いかけるように感じた。

展望

精神科領域におけるてんかん研究

著者: 西田拓司 ,   井上有史

ページ範囲:P.224 - P.233

 本邦では歴史的に精神科医が成人のてんかん治療を担ってきたこともあり,てんかんの精神医学的側面について高いレベルの研究が行われてきた42,49)。しかし,近年精神科医の中でてんかんに対する興味が低下し,成人のてんかん治療の中心は神経内科や脳外科へと移りつつあり,それとともにてんかんの精神医学的研究への関心も薄れつつある。

 てんかん以外の精神科疾患の多くは,生物学的,心理的,社会的要因が複雑に絡み合っているため方法論的にも生物学的研究が困難であることが多い。一方,てんかんは,日常診療で脳波や画像所見を得る機会が多く,生物学的アプローチを行いやすい疾患であり,てんかんの精神医学的研究は他の精神科疾患のモデルとなりえる。

研究と報告

遅発性摂食障害について

著者: 木村宏之 ,   外ノ池隆史 ,   室谷民雄

ページ範囲:P.235 - P.242

抄録

 摂食障害は,思春期に好発し,医学的関心も思春期心性との関連に注がれてきた。しかしながら,近年,児童期の症例や中年期の症例など,思春期以外に発症する症例の増加が認められてきている。

 今回,4例の遅発性摂食障害を経験した。4症例を通じ,思春期症例との比較や過去の文献を検討して,以下の知見を得た。(1)現実的な分離・喪失体験の影響が大きい。(2)重症化には,中年期における環境の硬直化が関与する。

 摂食障害の発症機転や精神病理において,精神発達上の分離・喪失体験が重要視される。思春期の摂食障害では,心理的(内的)な分離・喪失体験の影響が大きいことに対し,遅発性摂食障害では,現実的(外的)な分離・喪失体験の影響が大きかった。これは,一般に,中年期が,各種の現実的な分離・喪失体験や幼少期の葛藤の再燃などを認める精神発達上の危機心性を持つこととも関連していると考えられた。

神経性無食欲症患者における体重回復に伴う認知機能の変化に関する検討

著者: 北林百合之介 ,   上田英樹 ,   加嶋晶子 ,   岡本明子 ,   小尾口由紀子 ,   成本迅 ,   和田良久 ,   山下達久 ,   福居顯二

ページ範囲:P.243 - P.248

抄録

 神経性無食欲症(AN)女性患者10名を対象に,入院治療による十分な体重回復の前後でWMS-R,WAIS-Rの下位項目の一部,Reyの複雑図形,Trail Making Test,Stroop Testを行い認知機能の評価を行った。いずれの項目でも低体重期に比べて体重回復後には成績の改善が認められた。AN患者では低体重期には,注意,記憶,視空間能力,前頭葉機能などの障害が存在し,体重回復に伴いこれら障害が改善することが示された。AN患者は低体重期には精神療法に反応しにくいことが多いが,この理由のひとつとして認知機能障害の存在が考えられた。

摂食障害患者を対象とする対処可能感覚尺度の開発

著者: 槇野葉月 ,   馬場安希 ,   小林清香 ,   内田優子 ,   伊藤順一郎

ページ範囲:P.249 - P.255

抄録

 【目的】摂食障害患者に対しては,生物・心理・社会的なアプローチを通じて,食行動だけでなく障害に伴うさまざまな困難へ対処できるような援助が重要である。そこで介入効果が検討できるような摂食障害患者の対処可能感覚を把握する尺度を開発した。【対象】摂食障害患者66名およびコントロール群218名。【方法】既存の統合失調症者の家族を対象としたコーピングアビリティ尺度をもとに,他の尺度を参考にしつつ17項目の尺度を選定し,因子分析によって尺度を作成した。その後信頼性・妥当性の検討を加えた。【結論】信頼性,妥当性のある3因子12項目からなる対処可能感覚尺度を作成した。本尺度を用いた治療戦略の有効性も示唆された。

作業所通所中の統合失調症患者のエンパワーメントに対するソーシャルサポートの影響―東京都と福島県の患者および健常者の比較

著者: 畑哲信 ,   畑馨 ,   前田恵子 ,   阿蘇ゆう ,   藤田(秋山)直子 ,   金子元久 ,   辻井和男 ,   浅井久栄 ,   柴田貴美子 ,   岩崎さやか ,   瀬川聖美 ,   皆己純恵 ,   吉本真紀

ページ範囲:P.257 - P.263

抄録

 精神障害者作業所に通所中の統合失調症患者80名(東京都33名:T群,福島県47名:F群)を対象とし,健常者60名(健常群)を比較対照として,自記式のアンケートによってエンパワーメントおよびソーシャルサポートを評価した。エンパワーメント指標については,F群,T群ともにC群よりも有意に低かった(p<0.05)が,ソーシャルサポート指標はF群はC群よりも有意に低いものの(p<0.05),T群ではC群と有意差がなかった。共分散分析の結果,エンパワーメント指標には群の効果および一部においてソーシャルサポートの効果が有意であった(p<0.05)。精神障害者の地域生活促進においてエンパワーメントを積極的に高めることが必要と考えられ,その方策について考察した。

レビー小体型痴呆に伴う精神症状に少量のQuetiapineおよびDonepezilが有効であった1例

著者: 挾間玄以 ,   楠見公義

ページ範囲:P.265 - P.270

抄録

 症例は72歳,女性。抑うつ気分や精神運動制止などうつ病類似の症状で発症。症状は抗うつ薬で一時軽快するも再燃し抑うつ状態が遷延化した。その後,パーキンソニズム,認知機能低下が認められ,拒絶症や認知機能の変動も顕在化した。quetiapine少量投与(50mg/日)により,これらの症状の部分的改善が得られた。同薬の増量はパーキンソニズム増悪のため困難であり,donepezilの少量(0.5ないし0.75mg/日)を併用投与したところ拒絶症や認知機能の変動は消失した。quetiapineやdonepezilは少量投与でもDLBの精神症状改善に有効である可能性が示唆された。

運動減退状態で深部静脈血栓症を合併した2例―精神科領域における運動減退と血栓形成リスク

著者: 高柳功 ,   草島義徳 ,   川島五月

ページ範囲:P.271 - P.277

抄録

 静脈血栓の主要な形成要因,①血流の停滞②血管壁の損傷③血液凝固の亢進のうち,精神科領域では運動減退による血流の停滞が最も重要である。運動減退状態で深部静脈血栓症(DVT)を合併した2例を報告した。

 症例M.S.:53歳男性。躁状態のため3回目の入院。入院後うつ病性亜昏迷状態となり,うつ状態になって19日目に左下肢腫脹が出現した。左総腸骨静脈血栓を確認。ヘパリンによる抗凝固療法を行ったが,二次性肺塞栓を併発した。患者は回復した。

 症例U.I.:37歳男性。非定型精神病およびてんかん。水中毒を防止するため1週間隔離したところ右下肢が腫脹,DVTを合併した。

 精神科領域では患者の精神症状や身体拘束によりしばしば運動減退が生じる。水分や食事摂取が不十分なこともある。このようなDVTの危険因子については十分注意すべきである。

高ナトリウム血症にて中心橋髄鞘崩壊症を生じ,その後てんかん発作が出現したアルコール多飲例

著者: 辻富基美 ,   畑中史郎 ,   郭哲次 ,   志波充 ,   篠崎和弘

ページ範囲:P.279 - P.284

抄録

 長期にわたるアルコール多飲歴を持ち,高ナトリウム血症を呈しcentral pontine myelinolysis(CPM)を発症し,その後てんかん発作重積状態を含むてんかん発作を繰り返した症例を報告した。症例は52歳,男性。断酒後の肝障害,発熱のため入院し,通常の輸液を行った。入院時Na132mEq/lであったものが5日後では167mEq/lの高値であった。この間,強直間代けいれんと原因不明のせん妄が出現した。この後,両側の眼瞼下垂,軽度の歩行障害が出現した。入院から2か月後の画像所見にてCPMを示す所見がみられた。このことから,低ナトリウム値がみられない症例であっても血清ナトリウム濃度の急速な上昇により,CPMを発症したのではないか,この背景には断酒後の内分泌的な不均衡があり,SIADH様状態であった可能性が考えられた。

短報

Refeeding syndromeによるせん妄を呈した神経性無食欲症の1例

著者: 井出真紀 ,   埴原秋児 ,   佐久間文子 ,   原田謙 ,   高橋徹 ,   天野直二

ページ範囲:P.287 - P.290

はじめに

 摂食障害,特に神経性無食欲症(anorexia nervosa;AN)は重篤な低栄養状態を呈することが多く,身体合併症や低栄養などの身体症状の治療のために入院加療が行われることも多い。重篤な飢餓状態では,原疾患による身体症状以外にも栄養治療に伴って重篤な身体症状が発生することがある。再栄養症候群(refeeding syndrome;RS)は,極端な体重減少あるいは低栄養状態にある患者が急激に栄養補給(再栄養)される際に生じる低リン血症を主体とした電解質異常や水分貯留などの急激なホメオスターシスの変化を主体とする病態である。RSの報告は基礎疾患にANを持つものが多く,RSはANの栄養治療中に起こりうる最も重篤な合併症の1つである2,12)。我々は,入院治療を契機に食事量が増加し,その後にせん妄を伴う重篤な低リン血症を呈したANの症例を経験したので報告する。

パロキセチンの大量服薬により昏睡と瞳孔散大を呈し,セロトニン症候群の不全型と考えられた1例

著者: 和気洋介 ,   岸本由紀 ,   山田了士 ,   大西勝 ,   黒田重利

ページ範囲:P.291 - P.293

はじめに

 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は三環系抗うつ薬とほぼ同等の抗うつ効果が期待されている。一方で抗うつ作用のみならず抗不安作用に優れているため,うつ病のみでなく不安障害にも広く使用されている。しかしその強いセロトニン阻害作用から,セロトニン症候群といった重篤な副作用出現の可能性があるため十分な注意が必要である1,7)。近年,セロトニン症候群では典型例はむしろまれであり,不全型ともいうべき軽症例が多いとされている4,8)。今回我々は,摂食障害として治療中にparoxetineの大量服薬により,昏睡と瞳孔散大を呈したセロトニン症候群の不全型と考えられた1例を経験し,瞳孔径の測定も早期診断のために重要であると考えられたため報告する。

せん妄状態にクエチアピン投与と塩酸ドネペジルの中止が有効と考えられたアルツハイマー型痴呆の1臨床例

著者: 前嶋仁 ,   馬場元 ,   安宅勇人 ,   稲見理絵 ,   大沼徹 ,   井原裕 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.295 - P.298

はじめに

 塩酸ドネペジルは,アセチルコリンエステラーゼに対する阻害作用を有し,アルツハイマー型痴呆の治療薬として1999年11月に本邦で発売された。本剤はアルツハイマー型痴呆のコリン障害仮説に基づき開発された薬物で,コリン作動性神経系の神経伝達を促進し,アルツハイマー型痴呆の認知機能障害への改善効果を期待されている。コリン作動性薬物は従来より治療薬として注目されてきたが,末梢性のコリン作用をも高め,コリン性の副作用が問題16)となっていたが,本剤は脳内のアセチルコリンエステラーゼにほぼ特異的に作用することで知られ,身体的副作用は少ないと考えられている。しかし,精神神経系に関する副作用としての興奮,暴力,介護への抵抗などの報告2~4,9,10,17)が散見されるようになり,慎重な使用が必要とされている。

 筆者らは,塩酸ドネペジル投与中にせん妄状態が出現したアルツハイマー型痴呆の患者に対し,非定型抗精神病薬であるクエチアピン投与とともに塩酸ドネペジルを中断したことによりせん妄状態が軽快したと思われる1例を経験した。本剤の臨床的効果および副作用を検討するうえで興味ある症例と考えられ報告する。

Paroxetineにより射精遅延を呈したパニック障害の1症例

著者: 宍戸壽明 ,   白川久義 ,   森幹 ,   竹内賢 ,   渡部康

ページ範囲:P.299 - P.301

はじめに

 近年,うつ病,パニック障害,強迫性障害などの治療に広く用いられているselective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)の副作用の1つとして,性機能障害(Sexual dysfunction;SD)の存在が知られている3,10,12)。今回,SSRIの1つであるparoxetineによって射精遅延(Delayed ejaculation)が生じたパニック障害の1例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

塩酸ドネペジルにより悪性症候群を呈したアルツハイマー型痴呆の1例

著者: 星越活彦 ,   中岡健太郎

ページ範囲:P.303 - P.306

はじめに

 塩酸ドネペジル(ドネペジル)は,わが国で初めて開発されたアルツハイマー型痴呆に対する治療薬であり,脳内のアセチルコリンエステラーゼを特異的に阻害することでシナプス間隙のアセチルコリン量を増加させる。そして,アルツハイマー型痴呆患者で低下した脳内コリン作動性神経における神経伝達を賦活化し認知機能を改善する効果を有している10)。精神神経系の副作用として,興奮や不眠,錯乱,抑うつ,不安,めまいなどが示されている4,11)。そのほかに,アルツハイマー型痴呆患者でせん妄が認められたとの報告14)や活動量が増加し易怒性や性欲が亢進したため逆に介護者の負担が増したとの報告8)がある。また,パーキンソン病やレビー小体型痴呆の患者では,錐体外路症状が顕在化し悪化した症例も報告されている3,9,12,13)

 今回我々は,アルツハイマー型痴呆患者にドネペジルを投与していたところ,悪性症候群を呈した症例を経験したので若干の考察を加え報告する。

資料

市立旭川病院精神神経科における思春期患者の実態―思春期外来開設後10年間の外来統計から

著者: 目良和彦 ,   武井明 ,   太田充子 ,   高田泉 ,   佐藤譲 ,   原岡陽一 ,   小西貴幸 ,   駒井厚子 ,   水元陽子

ページ範囲:P.307 - P.315

はじめに

 近年,少子化や高度情報化という急激な社会変化に伴って,これまでの親子関係や家庭の役割も変わり始めている。その中で,子どもたちは豊かな人間関係を経験することが難しい状況に置かれている。また,子どもたちの心の問題も複雑・多様化しており,不登校,引きこもり,いじめ,摂食障害,多動,児童虐待などが社会的な関心を集めるようになっている。

 市立旭川病院精神神経科(以下,当科と略)では,1980年代から不登校をはじめとする思春期患者が増加を示し,学校だけでの対応が困難な種々の精神身体症状を呈する患者も多くみられるようになった20)。このような状況の中で,思春期の子どもたちが気軽に受診できる精神科の必要性が高まり,1991年1月から思春期外来を当科に開設し,日常診療を行いながら,思春期患者の治療にも携わるという体制を続けている。我々は,すでに思春期外来開設後6年間の診療統計について報告しているが15),今回はさらに4年分のデータを加えた10年間の診療統計を集計し,精神科を受診する思春期患者の最近の特徴を明らかにしたい。

私のカルテから

SSRIからMilnacipranに変更し,改善した単極性うつ病の1例

著者: 伊藤侯輝 ,   池田輝明 ,   千秋勉 ,   森清 ,   三枝英之 ,   谷川知子 ,   井上猛 ,   小山司

ページ範囲:P.317 - P.319

はじめに

 高齢者では,加齢に伴う身体的変化や配偶者との死別などのライフイベントが多く,抑うつ状態や心気状態の出現は珍しくない。今回,多くの身体疾患に罹患し,さまざまな心気的訴えが執拗に持続したために当科を紹介され,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を与薬したが効果がみられず,セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるmilnacipranで著効を得た高齢の男性うつ病症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

動き

「第26回日本精神病理学会」印象記

著者: 鈴木幹夫

ページ範囲:P.320 - P.321

 第26回日本精神病理学会が,2003年10月2~3の両日,筑波大学社会医学系中谷陽二教授主催のもと,つくば国際会議場で開催された。天候に恵まれ,自然に囲まれた近代的な建物の中で,集中的に有意義な議論が交わされた。

「第37回日本てんかん学会」印象記

著者: 岩佐博人 ,   兼子直

ページ範囲:P.322 - P.323

 第37回日本てんかん学会は飯沼一宇教授(東北大学大学院小児病態学)を会長に,2003年10月30,31日の2日間,仙台国際センター(仙台市)で開催された。プログラムの構成は,初日に2つのシンポジウム,特別講演,招待講演,会長講演,総会,Juhn and Mary Wada奨励賞授与式・記念講演およびポスター発表の一部,2日目は神経科学セッション,ワークショップ,一般演題であった。また,学会前日夕刻にプレコングレスが開催された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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