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雑誌目次

論文

精神医学46巻4号

2004年04月発行

雑誌目次

巻頭言

精神病床の削減と小規模精神科病院の機能

著者: 高柳功

ページ範囲:P.336 - P.337

 2003年5月厚生労働大臣を本部長とする厚生労働省の精神保健福祉対策本部が「中間報告」をまとめ,「入院医療中心から地域生活中心へ」という将来のビジョンを打ち出した。中間報告の最重要ポイントは7万2千人の退院と病床削減にあると思われる。この問題については江畑がすでに本年2月号の本誌巻頭言で新障害者プランを中心に述べているので,筆者は少し視点を変えて論じてみたい。

 7万2千人の退院については「受け入れ条件が整えば」という前提がついているが,その根拠とされたのは1999年に行われた内科,外科,小児科などすべての診療科を対象にした入院患者調査である。その調査票の1項に①生命の危険は少ないが入院治療,手術を要する,②生命の危険がある,③受け入れ条件が整えば退院可能,④検査入院,⑤その他,という項目があり,③の「受け入れ条件が整えば退院可能」と病床区分の「精神病床」をクロスさせた数字が7万2千である。

展望

精神神経疾患におけるカプグラ症状

著者: 大東祥孝 ,   村井俊哉

ページ範囲:P.338 - P.352

はじめに

 本展望のテーマが「カプグラ妄想」でも,「カプグラ症候群」でも,「妄想性人物誤認症候群」でもなく,「カプグラ症状」となっていることに,とりあえずはご留意いただきたい。

 身近な人物が,そっくりの替え玉に入れ代わってしまったという妄想的確信を示す患者に対して,これを「ソジーの錯覚」(l'Illusion des Sosies)として最初に記載したのがカプグラら(Capgras et Reboul-Lachoux,1923)であったことはよく知られているが,そこで記載の対象となった患者は,当時,慢性系統性妄想病(délire systématisé chronique)と称されていた疾患において,被害的かつ誇大的な妄想状態における症状として認められたもので,この症状は一見「妄想」の枠組においてとらえられていたようにみえる。しかしながら,「錯覚」(illusion)と称されていることに端的に示されているように,実は当初からすでに,これを特異な認知障害としてとらえようとする見方が示されていたのである。

 問題となる症状が妄想なのか認知障害なのかという視点は精神医学における重要な論点の一つである。実際には,妄想か認知障害か,といった対立的視点ではなく,たとえば精神病の中核症状の一つである「妄想」という病態をとらえる際に,これを神経心理学的(認知神経心理学的)障害として,あるいは行動神経学的障害として,さらには神経学的障害として,どこまで理解可能であるか,という角度からとらえられるべきであって,これは周知のように,従来から精神医学における重大な問題であり続けている課題の一つである。とりわけ最近になって,カプグラ症状はこの課題に対して現実的な接近を可能にする格好の対象であるという認識が優勢となってきており,昨今,大きな注目を集めている。

 筆者らがここで,「カプグラ妄想」ではなく,あえて「カプグラ症状」として検討することにしたのはそうした背景を考慮してのことであり,また同時に筆者らは,これが独立した臨床単位という意味での「症候群」(syndrome)とは必ずしもいえず,さまざまな基礎疾患をもとに生じる「症状」(symptom)であるという見解(Hicks57),1981ら)に基本的に同意するので,Lévy-Valency(1929)以降「カプグラ症候群」(syndrome de Capgras)と呼ばれるようになった慣例に従って記載する必要がある場合以外は,「カプグラ症状」と称することにする。

 1991年に西田74)は「妄想性人物誤認症候群」についての包括的な展望を行っているが,その後の十年余の動向はまさに瞠目に値するといってよい。本稿では,Christodoulou(1986)19)の同名のモノグラフが刊行されて以降の展開をたどり,カプグラ症状と他の関連症状との関係,とりわけ神経心理学的視点からみた場合のカプグラ症状と重複記憶錯誤の異同についての見解を検討し,同時に精神科的疾患と神経学的疾患の接点に位置すると考えられるカプグラ症状を通して,二つの領域にまたがっているようにみえるいくつかの病態を理解するためのいわばモデルケースとして,これを再考してみたいと思う。

研究と報告

統合失調症に関する家族心理教育プログラムの家族の視点からみたプロセス評価(第1報)―心理教育プログラム実施要素の家族による認知尺度(FPPIE)の開発

著者: 福井里江 ,   大島巌 ,   長直子 ,   瀬戸屋(大川)希 ,   岡伊織 ,   吉田光爾 ,   伊藤順一郎 ,   浦田重治郎

ページ範囲:P.355 - P.363

抄録

 全国の精神科医療機関11施設で行った家族心理教育プログラムのプロセス評価の一環として,プログラムの機能的側面の達成度を家族の視点から評価する「心理教育プログラム実施要素の家族による認知尺度(FPPIE)」を開発し,信頼性と妥当性を検討した。またFPPIEを用いて本プログラムのプロセス評価を実施した。対象は,プログラムに2回以上参加した,統合失調症を持つ人の家族88名であった。その結果,FPPIEの内的一貫性はα=0.88とおおむね十分な値であった。因子分析の結果,妥当性のある4因子が得られ,4つの下位尺度が作成された。またFPPIE得点はプログラム参加回数や参加率と有意な正相関を示し,一定の構成概念妥当性が示された。FPPIEで示された実施要素の到達率は平均79.3%であり,介入プロセスがある程度良好であったことが示唆された。

幻覚を有する統合失調症患者におけるソース・モニタリング障害―エラーと確信度の分析

著者: 平山佐織 ,   石垣琢麿

ページ範囲:P.365 - P.372

抄録

 本研究では,幻覚を有する統合失調症患者のソース・モニタリングのエラーと,応答時の確信度との関連を分析した。健常群と患者群では,ともに自己作成した単語をより正しくソース帰属する生成効果がみられたが,全体的に患者群は健常群に比べ,エラーが多かった。一方,症状別の比較では,幻覚群における非自己帰属エラーと外部帰属バイアスをした際,幻覚優位群では過度の確信が問題となることが示された。このような特徴は妄想ではみられず,ソース・モニタリングの側面では妄想と幻覚の認知心理学的基盤は異なる可能性が示唆された。

統合失調症患者が作成した「ぬり絵」の全体的印象―健常者との比較から

著者: 岩満優美 ,   堀江昌美 ,   林美和 ,   甘庶裕美 ,   西井美恵 ,   山田尚登 ,   大川匡子

ページ範囲:P.373 - P.379

抄録

 統合失調症患者の「ぬり絵」から受ける印象について,健常者との比較により検討した。78名の大学生が,統合失調症患者と健常者が作成した合計8枚の「ぬり絵」を印象評定した。

 それらを因子分析した結果,「色の整合性」「色の軽快さ」「色の強弱」の3因子が抽出され,それぞれの因子得点を統合失調症患者と健常者とで比較した。その結果,統合失調症患者の作成した「ぬり絵」は健常者のそれらと比較して,すべての因子において得点が低く,統合失調症患者が作成した「ぬり絵」は,まとまりに乏しく整合性に欠け,暗く冷たく寂しく重く,やや弱い印象を与えることがわかった。

社会不安障害患者における大うつ病性障害の生涯診断

著者: 永田利彦 ,   大嶋淳 ,   和田彰 ,   山田恒 ,   太田吉彦 ,   山内常生 ,   池谷俊哉 ,   切池信夫

ページ範囲:P.381 - P.387

抄録

 社会不安障害患者98例を対象に,半構造化面接を用いて,大うつ病性障害のcomorbidityとの関連について検討した。その結果51例(52%)が大うつ病性障害の生涯診断を有していた。大うつ病性障害の生涯診断を有していた群のほうが有意に無職の率が多く,現在の社会機能が低く,単一恐怖,強迫性障害のcomorbidityが高く,自己視線を気にする率も高かったが,全般型率,発症年齢などに差はなかった。しかし,社会不安障害は大うつ病の生涯診断の有無に関係なく,人生の早期に発症している例が多く,全般型の率が高く,未婚率が高く,社会機能に重大な影響を及ぼしていることがうかがえた。

高次救命救急センターに入院した自殺未遂患者とその追跡調査―精神科救急対応の現状を踏まえた1考察

著者: 伊藤敬雄 ,   葉田道雄 ,   木村美保 ,   黒川顕 ,   黒澤尚 ,   大久保善朗

ページ範囲:P.389 - P.396

抄録

 多摩永山病院高次救命救急センター(CCM)に1年間に入院した患者のうち,自殺未遂患者の割合は12%(103例/840例)であった。自殺未遂複数回症例を調査すると,30歳未満の女性,適応障害,人格障害に多かった。完遂の危険性が高い手段を選択した症例は,壮年期,気分障害圏,統合失調症圏に多かった。コンサルテーション・リエゾンサービス(CLS)によって自殺未遂患者の81%を精神医療につなげられた。また精神科治療歴のない自殺未遂患者は48%認めたが,その71%を精神医療につなげられた。CCM退院2年後の追跡調査の結果,77%が通院を継続していた。再自殺は27%に認められ,1年以内の再自殺は88%であった。再自殺を図った患者の81%が前回と同じ自殺手段をとった。適応障害,人格障害では治療中断例が多く,適応障害の48%,人格障害の59%に再自殺を認め,両疾患の退院後の精神科アフターケアについて課題が残された。

覚醒剤乱用と肝性脳症を合併し診断に苦慮したレビー小体型痴呆の1例

著者: 北林百合之介 ,   上田英樹 ,   中前貴 ,   濵元泰子 ,   小尾口由紀子 ,   成本迅 ,   福居顯二

ページ範囲:P.397 - P.402

抄録

 覚醒剤乱用や肝性脳症を合併し,診断に苦慮したレビー小体型痴呆(DLB)の1例を経験した。66歳女性。約40年の覚醒剤乱用歴があり肝硬変を合併。肝性脳症にて内科に入院したが,肝機能改善後も,幻視や認知機能障害が持続したため精神科へ転科。転科後も肝機能とは関係なく症状が変動。抗精神病薬投与にてむしろ症状は悪化した。MRIでは軽度の脳萎縮と虚血性変化を認め,SPECTではDLBに特徴的な後頭葉での血流低下を認めた。塩酸donepezilの投与開始後,症状は安定。せん妄の原因となる合併症を伴う場合,現在の臨床診断基準のみではDLBの診断は容易ではなく,SPECTなどの脳機能画像が有用と考えられた。

精神科病院長期在院者の退院に関連する要因の検討

著者: 下野正健 ,   藤川尚宏 ,   吉益光一 ,   小原喜美夫 ,   浜田博文 ,   加藤泰裕 ,   平城カトミ ,   清原千香子 ,   末次基洋

ページ範囲:P.403 - P.414

抄録

 精神科病院長期在院者の退院関連要因を検討するために,5年以上の在院者266名の臨床要因と社会要因を調べた。その後,2年9か月の間,退院促進を行った。そして,この期間に退院できた群とそうでない群を比較することによって,退院関連要因を統計的に評価した。

 全員の長期在院者を対象とした解析では,知的障害群は統合失調症群に比べて退院しやすく(OR6.9,95%CI1.9-24.9),全般的生活機能が低い人(OR0.3,CI0.1-0.7),対人障害が強い人(OR0.2,CI0.1-0.7)や現実検討能力の障害がある人(OR0.4,CI0.2-1.0)は退院しにくいことがわかった。他方,対象を統合失調症のみに限定した場合,活動性の低下がある人(OR12.3,CI2.8-54.2)が退院しやすく,思考障害(OR0.1,CI0.0-0.7)や認知障害がみられる人(OR0.1,CI0.0-0.6)は退院しにくいことがわかった。

短報

Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia(BPSD)に対しperospironeが奏効した4症例

著者: 佐藤晋爾 ,   水上勝義 ,   茂呂和生 ,   朝田隆

ページ範囲:P.415 - P.417

はじめに

 痴呆疾患の症状は,記銘記憶力障害などの中核的な認知障害と,それに基づいて生じる幻覚・妄想や攻撃的行動などの周辺的な精神症状あるいは行動障害に大別される。近年,後者はBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia(BPSD)と呼ばれている2)。このBPSDは介護する家族に最も負担を強いるものであり,これらを主訴として家人に連れられて受診する痴呆患者も少なくない。また中核症状に対する根本的な治療が確立していない現在,薬物による治療的な接近が比較的容易と考えられるBPSDへの治療法の確立は急務である。

 今回,perospirone(以下PER)の投与によりBPSDが著明に改善した4症例を経験した。これまで同剤によるBPSDへの治療に関する報告はない。若干の文献的考察を加えて報告する。

肺生検を機に不眠,抑うつを呈した前頭葉症候群の1症例

著者: 波平智雄 ,   関口夏奈子 ,   古賀良彦 ,   城間清剛 ,   宮里好一

ページ範囲:P.419 - P.421

はじめに

 近年,画像診断学の発展により精神疾患と脳機能の関連についてさまざまな情報が得られるようになった。例えば,うつ病では前頭葉の機能低下が報告されている7)。今回我々は,前頭葉損傷があり,肺生検後,不眠,抑うつを訴え当科を受診した症例を経験した。前頭葉損傷を基礎とした抑うつの発症例として興味ある経過を呈した。神経心理検査を施行し,画像と合わせて症例の認知機能と精神症状について考察したので報告したい。

試論

機能性精神病の進行過程に関する試論―病的感作現象と精神可塑性

著者: 森本清

ページ範囲:P.423 - P.433

序にかえて-「精神可塑性」とは

 人生におけるさまざまな経験が人のこころを変えていくように,認知,情動,意志や行動などの高次精神機能は,いずれも可塑的変化を起こすものと考えられる。これは,運動や学習・記憶などの神経機能において周知の「神経可塑性(neuroplasticity)」と類するが,精神機能の可塑性には脳の広汎かつ複雑な情報伝達回路の変化が予想されるため,ここでは「精神可塑性(psychoplasticity)」と呼んで,両者を区別することにする(表)。

 精神的な病気のプロセスも環境などの影響を強く受けながら推移していく。たとえばストレスフルな体験は,一般に心身症状態,抑うつ・不安状態,幻覚・妄想状態など,個体のもつ脆弱性に応じた多様な精神的反応を引き起こす。このような反応は多くの場合一過性に経過するが,統合失調症や気分障害などの疾患では同様のエピソードが再発しやすく,さらに再発を繰り返すと難治経過をたどりやすい。また破局的な心的外傷により,年余にわたる外傷後ストレス障害が引き起こされる。つまり,精神病のエピソードを経験すること自体が,脳内になんらかの生物学的痕跡(精神可塑性変化)を刻み,易再発性や治療抵抗性などの機構を中枢神経系に残す可能性がある。

 最近の機能性精神病の病態論は,病因遺伝子と発達障害を中心課題として展開している。これらは脳の発達可塑性(developmental plasticity)に着目した視点であり,発病メカニズムを病前における中枢神経系の発達や成長の障害に求めるものといえる。これに対して,上述のような疾患エピソードそのものに由来する症状や経過の修飾は,先の精神可塑性の病的現象にほかならぬものであろう。このような機能性精神病の経過を精神可塑性として認識し,その脳内基盤となる精神可塑性変化を解明することは,疾患の再発や難治化の予防的観点からも重要である。たとえば統合失調症や気分障害の場合,初回エピソードの多くは適切な治療によって寛解に導かれるが,後述するように,その後の高い再発率と慢性化は,今日の臨床精神医学に課せられた最大の課題である。

 この機能性精神病の進行過程と精神可塑性に関する試論は,てんかんの病態における神経可塑性変化を基本モデルとしている。すなわち,脳は発作を繰り返し経験することでシナプス回路の再構成が起こり,発作感受性や準備性を高めるという実験的知見に基づく(図1)。たとえば,キンドリングのような機能的モデルでは種々の神経系にシナプス情報伝達効率の持続的変化がみられ,辺縁系発作重積モデルでは神経細胞死とともに新たな神経増殖(neurogenesis)やシナプス構築(synaptogenesis)がみられる37,40)。。このような再構成は抑制性神経系にも及び,てんかん原性の基盤となるだけでなく,認知や情動など高次脳機能障害の要因となることが指摘されてきた。

 ここでは,まず精神可塑性の基本モデルとなるてんかん性精神病を取り上げ,さらに統合失調症や気分障害について,病的感作現象と精神可塑性という観点から病態論を述べてみたいと思う。

私のカルテから

心疾患を有する高齢痴呆患者における精神症状に対するrisperidone単剤治療経験

著者: 谷川真道 ,   城間清剛 ,   宮里洋 ,   波平智雄 ,   田村芳記 ,   古謝淳 ,   宮里好一

ページ範囲:P.435 - P.437

はじめに

 心疾患治療中で,かつ幻覚妄想状態の高齢の痴呆患者においてserotonin dopamine antagonist(SDA)であるrisperidone(RIS)の低用量による単剤治療を試みた。その結果,薬剤性の認知機能障害,錐体外路症状(EPS),弛緩性イレウスなどの抗コリン作用や過鎮静などのほかに,低血圧,不整脈(特にQTc間隔の延長)など循環器系副作用の出現をみることなく,幻覚妄想状態の速やかな改善がみられた。高齢者の心疾患治療中に少量のRIS単剤を用いて精神症状の治療を試みた報告は,海外においてもわずかであり,国内ではまだ報告はない。今回ここに若干の文献的考察を加え,筆者らの治療経験を報告する。

動き

「第16回日本総合病院精神医学会総会」印象記

著者: 八田耕太郎

ページ範囲:P.438 - P.438

 日本総合病院精神医学会(理事長:黒澤尚)は会員数1,655名(2004年1月末現在)を擁する臨床家による学会である。机上論でなく現場的なことがらを重んじ,よりよい治療について純粋に気兼ねなく議論できる建設性と機動性が特徴である。例えばパルス波によるmECTの講習会をパルス波治療器が認可された2003年7月から開始しており,現場が何を必要としているかに敏感に反応し実行に移している。

 第16回総会は京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学の福居顕二教授を会長に「総合病院精神医学の統合的発展をめざして」を基本テーマに,2003年11月21日,22日,国立京都国際会館において開催された。会期中の参加者は721名で,翌日には専門医講習会も行われた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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