icon fsr

雑誌目次

論文

精神医学46巻5号

2004年05月発行

雑誌目次

巻頭言

いっぺんゆうてみたかったこと

著者: 豊嶋良一

ページ範囲:P.450 - P.451

 精神医学と日常診療について,私がかねがね「いっぺんゆうてみたかったこと」をここに披瀝させていただきたい。

 1. 精神症状の原因分類

 1) 「器質因・内因・心因」の区別が軽視されている

 伝統的な精神医学では精神障害の原因を大きく3つに分類してきた。それが器質因・内因・心因であり,器質因は外因あるいは身体因とも呼ばれている。この3分法に対して近年,異議が唱えられている。内因性に分類されてきた統合失調症にも脳形態変化が認められること,心因性に分類されてきたパニック障害,強迫性障害でも遺伝性や脳機能異常が想定されることなどがその理由であろう。「原因に基づく分類」を取り払ったDSM-Ⅲ以降,この原因3分法までも軽視する風潮が生まれたように思われる。

オピニオン PTSDをめぐって

日常・法的書類上のPTSD診断と訴訟事例

著者: 黒木宣夫

ページ範囲:P.452 - P.454

 1998年6月横浜地裁で民事訴訟事案(交通事故)におけるPTSD診断が法曹界で大きな議論となったことは周知の事実である。そして最近では,民事訴訟でPTSDという診断名のもとに損害賠償の訴訟の請求拡大や,刑事訴訟で被害者がPTSD診断を受け,そのために加害者が暴行罪からより重い傷害罪へと罪状が切り換えられる事案が出てきており,PTSD診断をめぐる賠償・補償問題は,今や大きな社会問題となりつつある。2002年度災害科学に関する研究(厚生労働省)1)<日本精神神経学会,日本産業精神保健学会の合同調査「PTSDの診断と補償に関する調査」>の概要を述べ,また訴訟事例を提示し見解を述べる。

PTSDのパラダイムのゆくえ

著者: 岡野憲一郎

ページ範囲:P.455 - P.457

 このコーナーは,「オピニオン」と名づけられている以上,多少なりともポレミックな内容となることを覚悟して,このテーマに関する現在の私の考えを論じたい。

心因性精神障害にエビデンスを求めて

著者: 加藤進昌

ページ範囲:P.458 - P.459

 PTSDがDSM-Ⅲによって定義(1980)されてからすでに20余年が経過した。最近ではこの診断名が医学界よりもむしろマスコミで汎用されるほどに市民権を得てきている反面,その概念の「混乱」や,時には疾患概念の存在そのものについて,特にわれわれ精神科医の間に疑念が依然根強いように思う。このあたりがPTSDを編集委員会がオピニオンに取り上げた所以かなと考えている。

展望

職場のメンタルヘルス―その歴史と今日的問題

著者: 廣尚典 ,   島悟

ページ範囲:P.460 - P.472

はじめに

 職場のメンタルヘルスが,かつてないほどの関心を幅広い方面から集めている。新聞や雑誌などの特集記事は後を絶たず,現状を知るために有用な大規模調査の結果も報告されている。

 例えば,2002年全国1,800人を対象として行われたNHKの「日本人のストレス実態調査」の結果報告では,勤労者の主なストレス要因として「仕事の多忙さ」「先の見通しが立たないこと」「老後の生活への経済的な不安」などがあげられている81)。2003年の労働組合を対象とした調査では,241組合の67.2%で組合員の「心の病気」の増加傾向がみられ,63.5%に1か月以上の「心の病気」の休業者がいることが明らかになっている96)。労働者健康状況調査は,5年ごとに厚生労働省が実施している大規模な全国調査で,約12,000事業所(事業所調査),16,000人の勤労者(労働者調査)を対象としている。2002年度の調査結果では,仕事,職業生活に「強い不安,悩み,ストレスがある」勤労者は61.5%(1997年62.8%,1992年57.3%)であり,こうした現状に対して,メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所は,23.5%(1997年26.5%,1992年22.7%)となっている。ただし,その内容を見ると,相談対応,教育などを実施している割合は大幅に増大しており,実質的な取組みは進んでいると解釈できる86)

 本稿では,この主題に関して,過去の流れをごく大まかに振り返りながら,今日的問題および今後の課題を論じたい。

研究と報告

大学生における自傷行為の経験率―自記式質問票による調査

著者: 山口亜希子 ,   松本俊彦 ,   近藤智津恵 ,   小田原俊成 ,   竹内直樹 ,   小阪憲司 ,   澤田元

ページ範囲:P.473 - P.479

抄録

 男女大学生540名を対象として,自傷に関する自己記入式質問表による調査を実施した。6.9%の大学生が,少なくとも1回の自傷行為を経験しており,自傷行為の経験率に男女差はなかった。自傷行為の平均開始年齢は13.9歳であり,複数回にわたって繰り返す者のほうが多かった。自傷の内容では,刃物などで皮膚表面を切るcuttingが約半数を占めていたが,自傷の内容・方法・身体部位は多岐にわたっており,「手首」だけに限られていなかった。自傷を行った理由として,「死にたいから」「気分がスーッとするから」と答えた者が多かった。

摂食障害の転帰調査

著者: 中井義勝 ,   成尾鉄朗 ,   鈴木健二 ,   石川俊男 ,   瀧井正人 ,   西園マーハ文 ,   高木洲一郎

ページ範囲:P.481 - P.486

抄録

 関東,関西,九州地区の内科と精神科6施設につき初診後4~15年経過した摂食障害患者を対象に転帰調査を行い,回答のあった477例(回収率57%)について解析した。摂食障害分類はDSM-IVの診断基準に準拠した。摂食障害の治療状況・予後に関する転帰調査票を用いた。調査時,回復53%,部分回復10%,摂食障害37%,死亡7%であった。死因は病死22例,自殺8例,その他4例であった。初診時の病型別に見た回復は,神経性無食欲症制限型(62%)と神経性大食症非排出型(64%)で高かった。死亡は神経性無食欲症むちゃ食い/排出型(18%)で高かった。初診年齢,罹病期間,最小体格指数,排出行動,comorbidityと行動の障害が予後と関連していた。

統合失調症に関する家族心理教育プログラムの家族の視点からみたプロセス評価(第2報)―プログラム実施要素の家族による認知度と介入効果の関連

著者: 福井里江 ,   大島巌 ,   瀬戸屋(大川)希 ,   長直子 ,   岡伊織 ,   吉田光爾 ,   伊藤順一郎 ,   浦田重治郎

ページ範囲:P.487 - P.492

抄録

 全国の精神科医療機関11施設で行った家族心理教育プログラムのプロセス評価の一環として,「心理教育プログラム実施要素の家族による認知尺度(FPPIE)」で評価した介入プロセスの到達度が介入効果に関連するかどうかを検討した。対象は,プログラムに2回以上参加した,統合失調症を持つ人の家族56名であった。その結果,実施要素の到達度が高かった家族では知識度の上昇,本人への拒否的感情の低下,自尊感情の上昇といった改善が認められたが,低かった家族では知識度のみが上昇していた。また,本人への拒否的感情の低下の度合いは到達度の高い群のほうが低い群よりも有意に大きかった。家族心理教育プログラムの効果を高めるには,FPPIEに示した実施要素が参加者に十分届くことが重要であり,プロセス評価尺度としてのFPPIEの有用性が確認された。

テロリズムがTVメディアを媒体として一般市民に与える精神的影響の文献的考察

著者: 香月毅史 ,   叶谷由佳 ,   鈴木英子 ,   佐藤千史

ページ範囲:P.493 - P.503

抄録

 テロリズムがTVメディアを媒体として一般市民に与える精神的影響に着目し,“PTSD,テロリズム,暴力,TV”をキーワードとして抽出された日米の文献を調査した。米国ではスリーマイル原発事故を契機にTVメディアの影響が研究され,特にオクラホマシティー爆弾事件,9.11などのテロリズムにおいては,直接被害を受けていなくてもTVによる曝露が一般市民に精神的影響を与えることが確認された。現在,TVメディアの影響は精神的被害の拡大と癒しの両面で注目され研究が続けられている。しかし,日本において一般市民へ与える精神的影響について調査された文献は皆無であった。

Paroxetine内服中に低ナトリウム血症を来し,SIADHと診断された2高齢患者

著者: 市村麻衣 ,   森田幸代 ,   田中和秀 ,   廣兼元太 ,   下田和孝 ,   山田尚登 ,   大川匡子

ページ範囲:P.505 - P.511

抄録

 近年うつ病の治療に選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が使用される頻度が高まってきているが,今回我々は,うつ病治療に対してSSRIであるparoxetineの投与開始後に低Na血症を来しSIADHと診断された高齢患者2例(72歳男性,75歳女性)を経験した。この2症例は本邦におけるparoxetineによるSIADHの初めての報告である。paroxetineの1日投与量は20mg/日であり,投与開始後,各々16日目,2日目で低Na血症の症状である全身倦怠,嘔気,意識障害が出現し,血清Na濃度(最低値)は,それぞれ122mEq/l,107mEq/lであった。paroxetine投与を中止し,水制限を行って血清Na濃度の補正を行ったところ速やかに上記症状は消失した。特に高齢者に対してSSRIを投与する際には注意が必要である。

転換性障害の1症例とそのSPECT所見

著者: 河野次郎 ,   植田勇人 ,   長町茂樹

ページ範囲:P.513 - P.517

抄録

 転換性障害の生物学的背景をSPECT(single photon emission computed tomography)を用いて評価する試みがあるが,その報告例数は少ない。今回,我々は転換性障害患者の1症例について,治療前後にSPECTを施行し,その結果について文献的考察を試みたので報告する。

 症例は25歳男性。転換症状はけいれん様発作である。発作多発時期には両側頭頂葉を中心に広範な血流低下を認めたが,発作寛解時期には脳血流低下所見はわずかな範囲に限局していた。これらの所見の差異は本症例における転換症状発現の生物学的背景を示唆していると考えられ,文献的にも支持される結果であった。

短報

塩酸フェニルプロパノールアミン(PPA)依存に至った1例

著者: 坂谷昇平 ,   堺景子 ,   岡村武彦 ,   小林伸一 ,   堤重年 ,   今道裕之

ページ範囲:P.519 - P.522

はじめに

 塩酸フェニルプロパノールアミン(以下PPA)は,鼻炎用内服薬の成分で,その他,一部の総合感冒薬や鎮咳剤にも含まれる。PPAは交感神経刺激作用を有し,末梢性の強いα作用と,弱いβ作用を示し,副作用や中毒症状として血圧上昇4),心筋障害6),脳内出血5),ARDS1)などや一過性に躁状態,幻覚妄想を伴う急性精神病などの精神症状2,3)を招く場合があることが報告されている。今回,高揚感を求めてPPAを長期に渡り過量摂取し依存に陥ったまれな症例を経験したので報告する。

オランザピン,有機リンなどの服用によりburst-suppression EEGを呈した1例

著者: 石井貴男 ,   古瀬勉 ,   小林巌 ,   住田臣造

ページ範囲:P.523 - P.525

はじめに

 Burst-suppressionは脳器質性障害,薬物中毒,麻酔薬,低酸素障害,代謝障害などを原因として起こる異常脳波であり,可逆性のある薬物中毒,代謝障害を除き予後不良の所見とされている7)。今回我々は,オランザピンの大量服薬に関係してburst-suppression EEG(以下BS-EEG)が出現した症例を経験した。抗精神病薬によりけいれん発作や脳波異常を誘発することは広く知られており,オランザピンも例外ではなく,けいれんの発現頻度は0.9%1),脳波異常のリスクは38.5%4)との報告がある。しかしBS-EEGを呈した症例は,我々が調べた範囲においては,これまでに報告されていない。

紹介

司法精神医療における危険査定―英国の実例を引用して

著者: 片山雅文

ページ範囲:P.527 - P.533

 2003年夏,心神喪失者等医療観察法が国会において成立したが,これは司法精神医学の領域で,精神鑑定による裁判補助を主とする法律モデルに加え,触法例など危険性を伴う精神障害の治療を中心とする,欧米では一般化している医療モデル5)を導入する時期に来たことを意味する。医療モデルの司法精神医学では,「危険」を取扱う-有無と程度を判断する必要があるが,それは従来日本の精神医学にない概念で,そのような「危険の取扱」を紹介することが本稿の目的である。思索の多くは,筆者が2000年秋からの1年間,英国留学で学んだ司法精神医学を題材にしている。思考論理の差異などで日本人が理解し難いと思える点には解釈を加え,より容易な理解に結びつくよう心掛けた。

試論

Charles Bonnet syndromeの1例―病態仮説における1試論

著者: 浅海安雄 ,   富田克 ,   本岡大道 ,   石田重信 ,   前田久雄

ページ範囲:P.535 - P.541

はじめに

 一般臨床の場面において幻視を訴える患者と遭遇することは稀なことではない。幻視はもっぱらアルコール離脱の際の振戦せん妄に代表されるように意識障害に伴って起こることが多く,当然それが「まぼろし」であるとの認識を欠くことがほとんどである。しかし,意識清明下において十分な病識を持ちながら鮮明かつ詳細に記述可能な幻視が出現することがある。スイスの哲学者であり,博物学者であるCharles Bonnetが白内障の自分の母方の祖父において起こった鮮やかな幻視について1782年に初めて記載し,その後1936年にMorsierがCharles Bonnet syndrome(以下CBS)と命名した2)

 比較的稀な症候群と考えられていたが,視覚障害のある高齢者には比較的高頻度に起こることがわかってきており,近年その報告は増加傾向にある。

 今回我々は比較的典型的なCBSと考えられる症例を経験した。しかし,その訴えは「見える幻視がすべて,自分が一度も見たことのないものである。」という訴え,つまり「幻視の非再認性の再現性」を有するものであった。

 既存のCBSの発生機序に関する仮説ではこの訴えは説明できなかった。CBSは視覚認知,記憶,意識などのさまざまな問題に関連して我々に多くの示唆や問題を投げかける。症例を報告するとともに,本症例を通じてCBSの病態における幻視出現のメカニズムについて脳の高次機能を取り入れた私見をまとめた。

私のカルテから

早期に回復した過剰飲酒と自殺企図を繰り返したうつ病の1例―SNRI(ミルナシプラン)による治療

著者: 宮本洋

ページ範囲:P.543 - P.545

 本症例は,14歳時に抑うつ状態に起因すると思われる不登校を生じ,成人後にはうつ状態の再発に伴って過剰飲酒と1か月の間に13回にも及ぶ手首自傷を繰り返している。深刻な行動化を伴ううつ状態の症例に対して,比較的少量のミルナシプランによる加療を施行し,早期の改善が得られた。

 症例

 〈症例〉 初診時年齢26歳,男性。

 14歳,中学2年時に意欲・活動性の低下,悲観的念慮を生じ,約3か月の不登校を来したことがある。中学校卒業後,定時制高校を経て,父親が大工として勤める工務店に勤務,現在に至る。

Milnacipranが著効したPTSDの1症例

著者: 下山修司

ページ範囲:P.547 - P.549

はじめに

 現在,本邦・欧米を含めSNRIsと呼ばれる抗うつ薬にはmilnacipran,duloxetine(開発中),venlafaxine(開発中)の3種類がある。本邦ではmilnacipranが2000年にうつ病,うつ状態に対する適応を得て市販され広く使用されている。うつ病,うつ状態に対してmilnacipranが奏効することは明らかであるが,これ以外に,疼痛性障害5),統合失調症のうつ状態9)などに対する有効例の報告が散見される。今回,milnacipranの内服によって症状が改善したPTSDの症例を経験したので報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?