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雑誌目次

雑誌文献

精神医学47巻1号

2005年01月発行

雑誌目次

巻頭言

操作的診断は認識革命か?

著者: 石郷岡純

ページ範囲:P.4 - P.5

 先日「DSM-IV-TRケーススタディ」(高橋三郎,染矢俊幸,塩入俊樹訳,医学書院)を読んで非常におもしろく感じた。ミニ・ケース・カンファレンスのような記述で書き進められているため臨場感がある一方,ある診断カテゴリーに行き着いた後は,臨床医各人が自分の関心にそって自由に思考をめぐらすことのできる開放感が得られるのである。これはかつて筆者が精神科医になった頃の診断学からは,決して得られなかった感覚である。果たしてこの違いは,筆者が多少とも精神科医として成長したからなのか,それとも操作的診断体系のなせる業なのか,しばし考えさせられた。

 従来診断と操作的診断の違いは真に大きい。その違いはなぜ生まれたのだろうか。生物学的研究など,近年進歩の著しい学問上の変化があったためという説明はあたらないであろう。現在の操作的診断基準の中にも,最新の知見と呼ぶべきものはほとんど含まれていない。従来診断では診断一致度が低く有用性が乏しいからという説明も,一部しか言い表していない,ないしは後付けの理屈のように筆者には思えてしまう。従来診断から操作的診断への転換は,おそらくは一種の思考のパラダイムシフトであり,こうした現象が起きるためには何か思想上の大きな変化がなければならなかったはずである。

展望

精神医学とクリニカルパス

著者: 伊藤弘人

ページ範囲:P.6 - P.18

はじめに

 精神障害の病因,診断,治療,予防などを科学的に研究する医学の一分野である「精神医学」と,医療の過程が類似する特定の疾患について医療内容と時間経過との2次元のクリニカルパスシートを用いて行う,医療施設の継続的な質改善活動の一つである「クリニカルパス」とは,どのような関係にあるのか? この問いは,いくつかの理由から難問である。

 第1に,精神医学に限らず,医学は治療論より診断論のほうに関心が高い傾向がある。第2に,治療論においては実際の患者への通常の治療による「効果」より,新薬の開発に代表される新たな治療技術における「効能」が注目されることが多い。第3に,クリニカルパスとはそもそも看護学領域の事柄と理解され,精神医学との関係は希薄と考えられている場合が多い。確かに,現在出版されている精神医学の教科書の構成にクリニカルパスはなじみにくい。また,Medlineでクリニカルパスに関連する用語を検索しても該当する研究は限られている(たとえばPanellaら26))。

 それでは,精神医学とクリニカルパスは無縁であろうか? この疑問に対しては,「否」と答える多くの論拠がある。クリニカルパスの活動は,精神医学へ多くの問いかけをしているからである。そこで,本論では,まず,クリニカルパスの概要について紹介したあと,このテーマについて標準化,医療経済,およびマネジメントの観点から論じる。

研究と報告

東京武蔵野病院精神科リハビリテーションサービス(MPRS):10年目の予後調査(第1報)―地域滞在期間からみるMPRSの効果

著者: 林直樹 ,   前田恵子 ,   寺田久子 ,   佐藤美紀子 ,   西村隆史 ,   浅井健史 ,   串上憲司 ,   加藤美穂 ,   岡田和史 ,   谷口陽介 ,   萬谷智之 ,   北中淳子 ,   伊藤圭子 ,   ,   野田文隆

ページ範囲:P.19 - P.26

抄録

 わが国の精神医療の大部分を担う民間の精神科病院の1つである東京武蔵野病院で,1つの病棟を舞台に10年にわたり続けてきた長期在院者の脱施設化と地域生活の促進に向けた営み(東京武蔵野病院精神科リハビリテーションサービス:MPRS)を振り返り,さまざまな角度からその転帰を評価することを試みた。その第1報である本稿では,MPRSを経過した後の統合失調症患者の地域滞在期間が,それ以前よりも有意に増加することを示し,MPRSのような包括的な社会復帰プログラムが長期在院者の脱施設化に有効である可能性について示唆した。

成人期における広汎性発達障害―司法精神医学における広汎性発達障害をめぐる諸問題

著者: 山崎信幸 ,   大下顕 ,   岡江晃

ページ範囲:P.27 - P.32

抄録
 今回我々は,司法介入を機に広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder;PDD)と診断された成人例を2例経験したので報告する。いずれも成人期までPDDと気づかれることなく経過し,反社会的行動を機に初めてPDDと診断されるに至った。これらの事例をもとに,成人期において適切にPDDと診断する上での問題点を整理し,治療および司法処遇のあり方について考察を加えた。さらにPDDの触法行為における刑事責任能力を論じ,司法精神医学におけるPDDをめぐる議論に寄与したい。

メランコリー親和型うつ病の治療に伴う脳血流の経時的変化―自動解析による精神障害の画像化

著者: 飯島幸生

ページ範囲:P.33 - P.38

抄録
 重症のメランコリー親和型うつ病の,治療に伴う経時的変化を脳血流SPECTでとらえた。極期では頭頂・前頭を中心にした広範な脳血流の低下および脳底を中心にした脳血流の増加という二層パターンが認められた。回復期の初期1か月でまず腹側前頭前野の血流低下が生じ,また左前大脳動脈領域や頭頂を主とした血流が増加した。2か月後,血流低下部位は減少・限局する一方,帯状回,背内側前頭前野および頭頂葉を中心とした脳血流のさらなる増加・拡大の傾向がみられた。9か月後,血流低下部位が増加に転じ,ほぼ全域で脳血流はなおも増加し続けた。うつ病回復に伴う脳血流変化は,頭頂から脳底に向かう方向性を持って緩徐に増加することが示された。

治療に激しく抵抗した9歳発症の拒食症2例

著者: 外ノ池隆史 ,   永井幸代

ページ範囲:P.39 - P.45

抄録
 10歳未満で発症した摂食障害はまだ報告が少ない。今回9歳発症の神経性食思不振症制限型の2例を経験した。共通する特徴は,完全な絶飲食状態であったこと,治療・栄養の補給に対して非常に強い抵抗を示したこと,はっきりと希死念慮を口にすることであった。治療にあたっては「死んではいけない」とはっきり患者に伝えることが重要であった。身体的には病前の体重を回復させるだけでは足りず,再び成長を開始させる必要があった。発症要因として患者を失望させるような両親の養育態度が関連していたと考えられた。男性精神科医と女性小児科医が治療者となり,看護師・保育士・院内学級教諭らが保護的な環境を提供したことが治療的に作用した。

精神科急性期病棟入院患者のSOC(Sense of Coherence)調査

著者: 松下年子 ,   松島英介 ,   平野佳奈 ,   芦野エリ子 ,   榊明彦

ページ範囲:P.47 - P.55

抄録
 精神科急性期病棟入院患者を対象としてSOC調査を実施した。精神症状が安定した退院時点にもかかわらず,患者らのSOC得点は他の調査による対照群と比べて低かった。また臨床要因との関連では,年齢,発症年齢,GAF得点,抗うつ薬,抗不安・催眠薬投与量,自殺企図の既往,生保受給,疾患群,入院形態との間に,有意な関連が認められた。年齢,発症年齢,GAF得点が高いほどSOC得点は高く,抗うつ薬および抗不安・催眠薬投与量が高いほどSOC得点は低かった。さらに自殺企図者,生保受給者の得点はそうでない者よりも低く,「統合失調症」群が「神経症圏」群より,医療保護入院患者は措置,任意入院患者よりも高かった。

Olanzapine服用患者における体重変化,耐糖能および脂質代謝の検討

著者: 安宅勇人 ,   馬場元 ,   稲見理絵 ,   池田千佐子 ,   東麻依子 ,   大月亜希子 ,   大沼徹 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.57 - P.67

抄録
 Olanzapine(OLZ)内服中の入院患者50例(以下,入院群),外来患者52例(以下,外来群)において,同剤の投与前後の体重,BMI,耐糖能,脂質代謝の変化を検討した。その結果,第一に体重は入院群と外来群ともに有意な増加を認め,その傾向は外来群で顕著だった。さらに外来群では血糖値の有意な増加を認めた。第二に上記の検討項目とOLZ投与期間および累積投与量との関係では,外来群で体重,BMIと累積投与量との間に有意な正の相関を認めた。入院群では明らかな相関を認めなかった。第三に入院の体重増加群では,経時的に急速に増加する群と緩徐に増加する群の2型が認められた。第四に,OLZ併用群が単剤群に比して体重増加の傾向が高いと思われた。以上から,OLZ内服に関連する体重増加や脂質代謝異常は外来患者でその傾向が明らかであり,適切な栄養管理が予防に重要であると思われた。

虚偽性低血糖を繰り返したMunchausen症候群の1例について―過敏型(潜在型)自己愛性人格に焦点を当てて

著者: 長峯正典 ,   佐野信也 ,   松本亜紀 ,   小寺力 ,   山本頼綱 ,   田中祐司 ,   野村総一郎

ページ範囲:P.69 - P.76

抄録
 自己愛性人格を有し,アルコール依存症に起因する糖尿病を発症した後,虚偽性低血糖を繰り返したMunchausen症候群の1例を報告した。診断には低血糖時の血中インスリンおよびConnecting Peptide Immunoreactivityの測定が有用であった。本例はDSM-Ⅳの自己愛性人格障害の基準を表面的には満たさないものの,「傷つきやすく過敏な自己愛者」と考えられた。身体疾患治療を放棄させないため,安定した治療関係確立を目標としてインスリン過量注射について緩やかに直面化していった。患者は自己注射を認め,その後低血糖発作は消失し,良好な治療関係が確立された。Munchausen症候群と過敏型の自己愛性人格について展望し,治療的アプローチについて考察した。

短報

注意欠陥/多動性障害に神経性無食欲症が合併した1例

著者: 藤井泰 ,   賀古勇輝 ,   北川信樹 ,   傳田健三 ,   小山司

ページ範囲:P.79 - P.81

はじめに

 注意欠陥/多動性障害(以下,AD/HD)の症状は,成人期にも50~80%の例で残存すると指摘されており,とりわけ気分障害をはじめとした種々の精神障害との合併が多くみられることから,近年,臨床上注目されてきている1,4)。摂食障害との合併についての報告はごく少数2,3,5,7,8)であり,中でも神経性無食欲症(以下,AN)との合併報告は調べ得た限り本邦ではない。今回,両者の合併と考えられる症例を経験したので報告し,合併機序に関して考察したい。

Perospironeが著効したアスペルガー症候群の1例

著者: 小田切啓 ,   寺原美保子 ,   赤松馨

ページ範囲:P.83 - P.86

はじめに

 アスペルガー症候群は広汎性発達障害のサブタイプの1つであり,コミュニケーションの障害が軽微な発達障害である。明らかな言葉の遅れはなく,知的障害も伴わないが自閉症と同様に社会性の障害を持つことから,独特の対人関係や興味の偏重を示し,さまざまな適応障害を引き起こすことも少なくない。またこの一群が青年期になって幻覚や妄想といった統合失調症様症状を生じることもある1,5)。アスペルガー症候群に対してはその理解と対応方法についての心理教育が治療上大きな比重を占め1,5~7),薬物療法については対症療法的に用いているのが現状である1,2,7)。今回筆者らはperospironeが統合失調様症状および認知面に著効した症例を経験したのでここに報告する。

塩酸ミルナシプラン投与中に幻視が出現した1例

著者: 荒木一方 ,   今村文美

ページ範囲:P.87 - P.90

はじめに

 塩酸ミルナシプランは現在本邦唯一のSNRI(serotonin noradrenaline reuptake inhibitor)として,広く使用されるようになってきている。今回,ミルナシプラン投与中にシャルル・ボネ症候群(Charles Bonnet Syndrome)類似の幻視が出現した1例を経験した。我々が調べた限りでは,ミルナシプラン投与中に幻視が出現したという報告は見当たらないので,幻視の出現とセロトニン神経系との関連も含めて若干の考察を加えて報告する。なお,症例のプライバシーを考慮し,論の大筋に影響しない範囲で若干の変更を加えてある。

統合失調病型人格障害患者における漠然とした認知,コミュニケーション・スタイルの評価

著者: 小羽俊士 ,   熊沢佳子

ページ範囲:P.93 - P.96

はじめに

 DSM-IVによる「統合失調型人格障害」1)の患者は,精神科の臨床には随伴する不安や抑うつなどを主訴に現われてくることが多く,しばしばそのコミュニケーション・スタイルに若干の弛緩や曖昧さなどの特徴があることが知られている。彼らの不安や抑うつの訴え方は非常に漠然としており,こうした主観的な体験について「何がどのように」といった説明がうまくできないことが臨床的にはよく経験されることである。

 今回の研究は,統合失調型人格障害患者におけるこうした認知,コミュニケーション・スタイル上の特徴を数量的に評価し,上記のような臨床的な印象を確認することが目的である。つまり,主観的な体験をコミュニケーションすることを要求される課題を与えられた時に,統合失調型人格障害の患者は健常者と比較してより漠然とした認知や表現を使いやすいかどうかを評価した。

私のカルテから

精神科入院中の統合失調症患者を対象にした乗馬療法の実践例

著者: 内藤智道 ,   岩橋和彦 ,   太田光明

ページ範囲:P.99 - P.101

はじめに

 動物介在療法(Animal Assisted Therapy;AAT)とは,動物を利用した身体医療,精神医療,リハビリテーションへの治療的介入である。欧米ではすでに古くから注目されており,問題行動やひきこもりのある子ども,痴呆患者,重症心身障害者,透析中の患者,また精神科入院中の思春期患者や統合失調症患者などへの有効性が報告されている1~4)。一方,わが国では一部の施設を除いてAATはほとんど実践されていない5)

 現在我々は,入院治療中の統合失調症患者に対して馬を用いたAATを,15か月にわたり継続している。今回その経過を報告する。

動き

「第16回世界児童青年精神医学会議」印象記

著者: 白瀧貞昭

ページ範囲:P.102 - P.102

 第16回世界児童青年精神医学会議(World Congress of the IACAPAP)が2004年8月22日~26日,ドイツ・ベルリンにて開催された。この会議は1998年のストックホルム大会まで正確に4年ごとに開催されていたが,2002年のインド・ニューデリーでの第15回大会は印パ紛争のために直前になって開催が危ぶまれ,IACAPAP会議としては開催されなかった(結局,インド国内大会として実際には開催されたのでIACAPAPは第15回大会の称号のみを与えた)。このままでは正式の次の大会まで間が空きすぎるということで急遽,今回のベルリンでの会議開催となったのである。

 今回の会議の会長はドイツ,マールブルク大学医学部児童精神医学講座の主任を務めるレムシュミット教授であった。参加者数はIACAPAPに加盟している世界43か国,7関連団体を中心に世界78か国から2,300人ほどであったと閉会式の折にレムシュミット教授は報告された。このレムシュミット会長の報告によれば,ドイツからの参加者が最も多かったのは当然のことながら,アメリカからは145人ほど,次いで日本からも約90名ほどが参加したとのことであった。

「国際老年精神医学会アジア太平洋地域会議」印象記

著者: 数井裕光

ページ範囲:P.104 - P.105

 国際老年精神医学会(International Psychogeriatric Association;IPA)のAsia Pacific Regional Meetingが2004年9月8日の夕方から11日の午前中まで韓国,ソウルの新羅ホテルで開催された。新羅ホテルは韓国政府関連の行事が頻回に行われる韓国随一の格式を誇るホテルとのことであったが,近代的な高層ビルであるMain Buildingの一部とこれに隣接するYeong bin Gwanという韓国の宮殿を摸した非常に美しい迎賓館とが会場であった。Yeong bin Gwanには美しい庭園があり,学会初日のWelcome Receptionはこの庭園で行われた。中央にIPAのシンボルマークを氷でかためた彫像があり涼しさを演出するとともに,弦楽三重奏の生演奏があり心地よい夜を満喫した。参加者は主催国の韓国の研究者が最も多かったが,日本からの参加者も多かった。その他,香港,台湾,インド,フィリピン,オーストラリア,ニュージーランド,イギリス,アメリカなどの国々からも多くの研究者が参加していた。

 さて今回の学会のテーマはMental health of the elderly in rapid aging societyであった。プログラムは老年精神医学に関する多岐の分野にわたり,5つのplenary session,15のsymposium,5つのoral session,98のposter発表から構成されていた。アジアのさまざまな国でも,わが国同様に高齢化とそれに伴う痴呆疾患を含む精神疾患の増加が社会的な問題となっていることがさまざまな演題からうかがわれた。演題は主催国である韓国の研究者のものが最も多かった。Mini Mental State Examination,改訂版長谷川式簡易痴呆スケール,Neuropsychiatric Inventory(NPI),Geriatric Depression Scaleなどの精神評価尺度の韓国版の標準化研究に関する演題も多く,これらの尺度を用いて今後,韓国でもさまざまな臨床研究が行われるであろうと思われた。

書評

てんかんハンドブック(第2版)

著者: 小島卓也

ページ範囲:P.106 - P.106

 本書はThomas R BrowneとGregory L Holmesの『てんかんハンドブック』の改訂版である。まず読んでみて,コンパクトな割には内容がきわめて充実して最新の情報を得られること,しかも必要なことが過不足なく系統的に示され,特に治療についての記載が充実して,臨床実践に役立つようになっていることが印象的である。筆者の豊富な臨床経験と研究者としてのてんかんについての豊富な知識が融合し,使用する立場を十分考慮したすばらしい本になっている。

 てんかん症候分類が2001年の国際分類を用いている点も特徴である。この分類は膨大で複雑であり,まだ公的に承認されていないが,これまでの分類に取り入れられていないいくつかの新しい症候群が記載されているので,取り上げたという。そしててんかんを発症年齢で分ける方法を採用している。特定の患者の鑑別診断を容易にし,特定の年齢層に想定される症候群を全体的に把握するのに役立っており,使用してみて便利であり,新鮮に感じられる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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