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雑誌目次

論文

精神医学47巻10号

2005年10月発行

雑誌目次

巻頭言

臨床の面白さ

著者: 篠崎和弘

ページ範囲:P.1050 - P.1051

「づつない」症候群

 和歌山で診療するようになって2年,地元の言葉が優しい響きを持って聞こえるようになった。ただニュアンスがわかりにくい言葉がいくつかあり,その一つに「づつない」がある。患者さんは上腹部や前胸部を掌でさすりながら「づつない」と苦しそうな表情で訴える。詳しい表現を促しても要領を得ない。別の言葉には置き換えが難しいほどぴったりとした表現のようである。同僚によると「食べ過ぎてお腹(上腹部)が苦しい」「胸が苦しい」ときに使い,上腹部,前胸部に限定して用いるとのこと。

 「づつない」を主訴にする患者さんに2年間で4名出会った。4名とも女性,高齢発症で慢性に経過し,1人は激しい焦燥・苦悶様エピソードを繰り返している。「叫びたくなる,家族に背中をさすってもらうがどうにもならない。楽にしてください」と泣き顔で訴えるが,不思議なことに依存的,攻撃的な印象が少ないのは土地柄か。病前の適応やストレス耐性に問題があった様子はない。慢性に経過し抗不安薬,抗うつ薬,少量の非定型抗精神病薬にも反応が乏しい。これまでは雑多な不定愁訴の一つと見なし,また部位特異性にも注目してこなかった。耳慣れない言葉のおかげで「私家版」診断体系に鑑別不能型身体表現性障害の亜型として「づつない」症候群が加わった。

研究と報告

女子高校生における摂食障害傾向と食行動・ストレスとの関連―過激なダイエット・ストレスおよびストレスコーピングの背景

著者: 小林由美子 ,   栗田廣

ページ範囲:P.1053 - P.1062

抄録

 都市部の私立女子高校生1,297名に,Eating Attitudes Test-26(EAT-26)と食行動,ストレスなどに関する質問紙調査を施行し,摂食障害傾向の高い集団により多く認められるダイエット行動の特徴,日常ストレッサーおよびストレスコーピングについて調べ,その要因について検討した。摂食障害傾向の高い集団は低い集団に比べ,特にカロリーにこだわった過激なダイエットを多く行っており,そうした食行動の背景で,対人関係におけるストレッサーを強く感じ,「カタルシス」「情報収集」「放棄・諦め」「責任転嫁」と分類されるストレス対処行動をより多く行っていることが示された。これらの要因には本研究で認められた「低い自己評価」が関連していると考えられた。

注視強迫で5年間悩んでいた若者への母子関係再教育併用の外来森田療法

著者: 田代信維 ,   帆秋孝幸

ページ範囲:P.1063 - P.1068

抄録

 薬物療法のみの治療に抵抗する強迫性障害は少なくない。本症例は5年前海外留学中に対人恐怖から視線恐怖となり,さらに注視強迫が出現し,外出しづらく4つの大学を転々とし,校医から数種類の抗うつ薬SSRIの処方を受けたが症状は軽快せず,増量で副作用に苦しんでいた。2年前帰国し,行動療法や薬物療法による治療を受けたが,病状の改善がみられず,自閉的な生活を余儀なくされて,当院を紹介された。治療は,常用量の薬物療法に加えて,外来森田療法を主軸に,母子関係再教育を行った。その結果,症状の改善だけでなく自尊心が回復し,5か月で再就職したが,さらに自己主張や感情表出など日常行動面でも変化がみられ,1年以上順調に経過している。

妄想的確信に満ちた加害感を訴える青年期症例

著者: 石坂好樹 ,   太田多紀

ページ範囲:P.1069 - P.1076

抄録

 妄想性障害という範疇には,多様な病態が含まれているが,我々は妄想性障害と診断できるが,今まで報告されたことがないと思われる症例を経験したので,報告した。この症例は,他人に対して,「蹴った」とか「殴った」とか「殺した」といった加害妄想を執拗に訴え,しかもその行為を行っている映像が見え,行った感覚が手や足に残っていると訴えた。そして,この症状はpimozideによって著しく軽減した。

 この症例の特異性についての考察に加えて,この症例と他の妄想性障害の異同や今までに報告された「加害妄想」を訴える症例との異同,さらには強迫性障害やトゥーレット障害との関連などについて若干の考察を加えた。

新規抗精神病薬の登場により薬原性錐体外路症状が軽減しているか?

著者: 片桐秀晃 ,   澤雅世 ,   福本拓治 ,   岡田剛 ,   小山田孝裕 ,   村岡満太郎

ページ範囲:P.1077 - P.1083

抄録

 日本でもリスペリドン,ペロスピロン,クエチアピン,オランザピンが登場し,統合失調症の治療に対して抗精神病薬の選択基準が変化している。そこで当院入院中の統合失調症圏患者に対して1998年から2004年に実施した処方調査の分析を行った。結果の概略は,①新規抗精神病薬の使用の増加,②抗精神病薬の多剤併用の減少,③抗コリン薬の併用の減少,④錐体外路症状の緩和,⑤BPRSの改善,⑥クエチアピン,オランザピンがリスペリドンと比較して抗コリン薬の併用量が少なかったなどであった。今後はこれらのよい変化を継続していくために新規抗精神病薬をいかに使いこなしていくかが課題になると思われた。

統合失調症として処遇されてきたAsperger症候群の1例―緊張病様行動の発現機序に注目して

著者: 鵜生嘉也 ,   大饗広之

ページ範囲:P.1085 - P.1092

抄録

 広汎性発達障害の患者が統合失調症様症状を示すことがあることは以前から知られているが,その場合,それを原疾患に由来する症状と考えるべきか,統合失調症の合併(comorbidity)と考えるべきかについては,必ずしも十分に議論がなされているとはいえない。我々は,妄想を伴う緊張病様行動によって精神科を受診し,その後8年間にわたって統合失調症として処遇されていたが,その異常行動を詳細に検討した結果,Asperger症候群への診断変更が望ましいと考えられた1症例に遭遇した。この症例の統合失調症様症状は,“格闘技ゲーム”への過剰没入に関係するものであり,Asperger症候群に伴う解離様症状として解釈すべきと考えられた。

 Asperger症候群が統合失調症と誤って診断される可能性は以前より指摘されている(Wing 1981)が,本稿のように統合失調症からAsperger症候群への診断変更が正面から議論された報告はまれであると思われる。青年期以降のAsperger症候群の診断には難渋するところが多いが,今後研究が進むにつれて,同様の症例の報告が増えていくものと思われる。

過量服薬を行う女性自傷患者の臨床的特徴 第2報―食行動異常との関連について

著者: 松本俊彦 ,   阿瀬川孝治 ,   山口亜希子 ,   持田恵美 ,   越晴香 ,   小西郁 ,   伊丹昭 ,   平安良雄

ページ範囲:P.1093 - P.1101

抄録

 我々は前報において,過量服薬をする自傷患者では過食傾向が顕著であり,自傷患者の過量服薬のリスク評価に,Bulimia Investigatory Test of Edinburgh(BITE)総得点が有用である可能性を明らかにした。本研究では,前報と同じサンプルを用い,過量服薬をする女性自傷患者の過食症状において,特に顕著な食行動異常の症状を明らかにすることを試みた。その結果,過量服薬をする女性自傷患者では,排出・代償行為が多く認められた。なかでも自己誘発嘔吐(BITE7-4)が特に顕著な特徴であり,この項目が,自傷患者の過量服薬を予測するうえで,BITE総得点とほぼ同程度に有用である可能性が示唆された。

アスペルガー障害に強迫性障害を合併し認知行動療法が奏功した1例

著者: 松井徳造 ,   松永寿人 ,   小波蔵かおる ,   鈴木太 ,   宮脇大 ,   大矢健造 ,   前林憲誠 ,   切池信夫 ,   河辺譲治

ページ範囲:P.1103 - P.1111

抄録

 症例は21歳の男性。アスペルガー障害(AD)と診断されていたが,高校2年の頃から正確性に関するこだわりと,繰り返しの儀式行為を認めた。これに伴いトイレに5時間以上要するなど日常生活全般にも著しい支障が生じた。ADおよび強迫性障害(OCD)と診断されSSRIならびに暴露反応妨害法による治療を施行するも効果は不十分であった。入院治療にてモデリング,ペーシングを中心とした行動療法を施行したところ強迫症状が軽減し,アルバイトを始めるなど機能全般の改善を認めた。またSPECT検査で入院時には全脳血流量の低下を呈したが,退院時には大脳基底核での血流改善を認め,ADを基盤とするOCDの脳画像所見における特異性がうかがえた。

身体醜形障害のcomorbidityを有する社会不安障害について

著者: 永田利彦 ,   片岡浩平 ,   山田恒 ,   切池信夫

ページ範囲:P.1113 - P.1118

抄録

 近年,身体醜形障害(以下BDDと略す)が注目されている。BDDが社会不安スペクトラムに含まれるのではないかとの指摘もある。そこで,今回,社会不安障害(以下SADと略す)におけるBDDの併存を検討した。対象はSAD患者178例で,SADの診断にはDSM-IVを用い,C項目は「経過中の一時期には」,過剰または不合理であることを認識しているとした。「身体的な醜さが悟られるのではないか」を質問した際に,BDDに関しても質問した。その結果,51例(29%)がDSM-IVのBDDに合致した。BDDあり群はBDDなし群に比べ低年齢で,ひきこもりであった率が高く,SAD,抑うつの臨床評価尺度得点が高得点であった。薬物療法を行った症例の1/3で有効であった。このように,SADにおいてBDDの併存は頻繁にみられ,全体的な重症度と関連していた。

短報

フルボキサミンの中断により軽躁状態となった1例

著者: 加藤大慈 ,   松村雄彦 ,   河西千秋 ,   日野博昭 ,   平安良雄

ページ範囲:P.1119 - P.1122

はじめに

 抗うつ薬の中断により断薬症候群が生じ得ることが従来から知られているが2),近年発売され,本邦でも頻用されている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor;SSRI)においても,断薬症候群の症例が報告されている11)。今回我々は,フルボキサミンの中断によって軽躁状態が生じたと考えられる1例を経験した。抗うつ薬を投与後に躁転することがあるということはよく知られているが3),抗うつ薬の中断による躁転についての報告は,本邦ではまだない。フルボキサミンの中断による躁転については,これまでに海外からの報告が1例あるのみである9)。フルボキサミンなどの抗うつ薬を中断または減量する時に注意を要すると考えたので,本人の同意を得て報告する。

植え込み型除細動器を装着した大うつ病性障害患者への修正型電気けいれん療法を施行した1例

著者: 眞鍋雄太 ,   内藤宏 ,   春名純一 ,   内山達司 ,   渡邉英一 ,   平光伸也 ,   竹田清 ,   菱田仁 ,   岩田仲生

ページ範囲:P.1123 - P.1126

はじめに

 根拠に基づく医療(evidence based medicine, EBM)が精神医学領域にも浸透しつつある昨今,過去の使用実態などの否定的な印象から一時忌避されていた電気けいれん療法(electroconvulsive therapy,以下ECT)ではあるが,その科学的な検証が積まれ,有用性の再認識がなされるようになってきた。薬物療法,精神療法のみでの限界を認める症例は相当数あり,実際の臨床場面にあって,ECTは満足すべき治療成績を収めている。当科でのECTは,1998年6月10日付けで日本総合病院精神医学会・日本臨床麻酔学会の電気けいれん療法研究合同小委員会によって提言された,精神科電気けいれん療法の実践指針(第1次試案)に基づいて施行されており5),適応疾患は2001年にAPAが提言したガイドラインに沿っている2)

 今回植え込み型除細動器(Implantable Cardioverter Defibrillator,以下ICD)を装着した大うつ病性障害に対し,修正型電気けいれん療法(modified ECT,以下m-ECT)を施行し有効であった1例を経験した。一連の経験の中にあって,同時にクリニカルパス策定も行ったので,併せて報告する。なお,こうした症例は,我々の知る限り,少数例が海外で報告されているのみであり1,3,4,6),施行に際し,本人および家族に,十分な説明と同意を得て行った。

長期にわたってひきこもり,椅子に座ったままの生活を続け,両下肢に蜂窩織炎を併発した統合失調症の1症例

著者: 小林和人 ,   熊倉徹雄

ページ範囲:P.1127 - P.1130

はじめに

 ひきこもり症例の中には統合失調症などの精神障害に罹患しているケースも相当数含まれていると思われる。本人が精神科病院を受診しないケースがほとんどであるが,何らかの身体合併症を発症し,精神科以外の科を受診して初めて事例化することも多い。本症例は蜂窩織炎を発症して総合病院形成外科に入院したことが精神科受診の契機となった。強迫症状を伴う統合失調症が的確な薬物療法や生活療法によって軽快し,ひきこもりの改善を認めたので報告する。

二重身体験を呈した1症例―SPECT所見と診断について

著者: 和田良久 ,   北林百合之介 ,   上田英樹 ,   山下達久 ,   福居顯二

ページ範囲:P.1131 - P.1134

はじめに

 二重身体験は「もう1人の自分が存在する」という体験であり,比較的稀な精神症状である。過去には精神病理学的観点から考察されることが多かったが,近年はてんかんをはじめ脳器質性疾患との関連について検討した報告も散見される。今回我々は二重身体験を呈した1例を経験したので症例を報告し,SPECT所見と診断について考察する。

資料

SSRI,SNRI採用前後でのうつ病に対する薬物療法の推移―一地方総合病院精神科での状況

著者: 橋本直樹 ,   中島幸治 ,   朝倉聡 ,   北川信樹 ,   井上猛 ,   小山司

ページ範囲:P.1137 - P.1142

はじめに

 従来から使用されてきた三環系,四環系の抗うつ薬に加え,本邦では1999年から選択的セロトニン再取り込み阻害剤(selective serotonin reuptake inhibitor,以下SSRI),2000年からセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(serotonin noradrenarin reuptake inhibitor,以下SNRI)が使用可能になり,広く与薬されるようになってきている。市立稚内病院精神神経科(以下当科)では,1999年6月にfluvoxamineが,2001年2月にparoxetine,milnacipranが相次いで採用薬となり臨床使用されるようになった。今回,SSRI,SNRI導入後のうつ病治療における第一選択薬の変化,SSRIとSNRIの効果についての長期的転帰による評価,SSRI,SNRIと従来薬での副作用に対する治療薬の変化について当科の状況を調査したので,若干の考察を加えて報告する。

私のカルテから

Milnacipranにて改善したセネストパチーの1例

著者: 山本暢朋 ,   赤畑正宏 ,   岩崎弘一 ,   織田辰郎

ページ範囲:P.1145 - P.1146

はじめに

 体のさまざまな部位の異常感覚を奇妙な表現で訴える症例をセネストパチー(cenestopathy)と呼んでいる。セネストパチーは統合失調症やうつ病などに伴って出現する場合もあるが,単一的に体感異常のみを示す狭義のセネストパチーも存在する。今回我々は,milnacipranにて改善した,狭義のセネストパチーと考えられる症例を経験したので報告する。

動き

「第101回日本精神神経学会」印象記

著者: 小路純央

ページ範囲:P.1148 - P.1149

 第101回日本精神神経学会総会が,2005年5月18~20日の3日間にわたり,山内俊雄(埼玉医科大学)会長,野村総一郎(防衛医科大学校)副会長のもと,埼玉大宮ソニックシティで開催された。会期中多少の雨は降ったものの,天候はおおむね良好であり,会場が大宮駅前という立地条件もあってか,会場には連日多数の方が参加され,2,000名近い参加数であった。本総会の基本テーマが「精神医学・医療の専門性の確立を目指して」というものであり,精神医学・医療が急速に細分化され,専門化されていく中で,本年度からいよいよ本学会認定の専門医制度が開始されることや,本年7月15日に施行された医療観察法などについても十分な議論がなされ,例年にも増して内容が充実したものであった。

 まず,プログラムについてであるが,山内会長の会長講演として,「日本精神神経学会の歴史と課題」,特別講演として,Allan Tasman教授による「Standards for psychiatric residency training and certification:Issues for institutions and program graduates」のタイトルで,卒後教育,専門医に関連した講演があった。シンポジウムも20セッション(110演題),教育講演14題,精神医学研修コース14題,ランチョンセミナー3題の他に,今年度から新たにワークショップ5セッション(15演題)と,専門医制度の開始に伴い,専門医を目指す人の特別講座7演題が設けられ,さらに緊急特別企画として,昨年12月26日に発生したスマトラ沖地震に関連して,「スマトラ沖津波被災国援助特別シンポジウム」が行われた。一般演題が口演,ポスター併せて155題と例年よりやや少なかったものの,演題内容としては,臨床精神医学,精神医学教育,診断と治療,介護と福祉,司法精神医学,倫理や哲学,将来への展望などなど,すべての精神医学の分野が網羅されていたといっても過言でないくらい,多岐にわたっていたように思われる。最終日には市民公開講座が,丸田俊彦先生の「アメリカの子犬は甘えるか?」,野村総一郎副会長の「うつ病はどこまで治せるか」のタイトルで2題行われ,一般にも開かれた学会であった。

書評

Photic Driving Response Elicited by Low-luminance Visual Stimulation:An Atlas

著者: 松岡洋夫

ページ範囲:P.1151 - P.1151

 ハンス・ベルガーによってヒトの脳波が1929年に報告されたが,間欠的な光刺激に対する脳波の研究は,1937年のエイドリアンとマシューズの報告(Brain 57:355-385,1937)が嚆矢とされている。現在では,光刺激は臨床脳波検査においてルーチンの賦活法として世界中で行われている。しかし,ポケモン事件(1997年)で有名になった光・突発波反応と比べると,臨床脳波の判読において光駆動反応は何らかの脳機能変化の傍証として役立つ以外はそれほど重視されることはない。それは,光駆動反応の生理的意味や病態生理が十分に解明されてこなかったためである。光過敏てんかんの研究で世界的に著名な著者は,四半世紀以上にわたり光・突発波反応と光駆動反応の研究に取り組まれてきた。「低輝度視覚刺激で誘発される光駆動反応:アトラス」と訳される本書は,著者のこれまでの研究活動の中でも低輝度・低頻度光刺激による光駆動反応の成果について図譜を中心にまとめたものである。

 本書の序文は脳波学の大御所であるニーダーマイヤー博士(ジョンズホプキンス大学名誉教授)が書かれているが,ちなみに,臨床脳波学のバイブルであるニーダーマイヤー博士の教科書の中で,著者は「脳波賦活法」の章を執筆されている。さて,本書の構成は,最初に低輝度の5Hz光刺激を用いるに至った経緯が説明され,その後に視覚生理学の観点から光駆動反応に影響する刺激および固体側の要因に関する基礎的検討の結果が,脳波とともにその頭皮上マッピングも付け加えてわかりやすく示されている。そして最後に,様々な精神・神経障害で認められる光駆動反応の特徴が示され,光駆動反応に影響する諸要因の機序に関する著者の推論も提示されている。

精神科医の綴る幸福論

著者: 保崎秀夫

ページ範囲:P.1152 - P.1152

 大原健士郎先生は森田療法の第一人者で,自殺をはじめ多くの研究ですぐれた業績を発表され,精神科医の養成についても厳しく,正直で正論を吐く異色(異能の?)の先生と承知しているが,それよりも,その生き方,人生観やご家族(特に奥様との死別やご子息夫妻やお孫)との交流などはご著書を通して強く印象に残っている。先生は東京幼年学校に進むが終戦で目標を失い,医学部,精神科に進むが,肺結核での療養(献身的な後の奥様の看護),米国留学,奥様への献身的な看護,ご子息の研究中の火傷,先生自身の大病の際のご子息夫婦やお孫さんとの交流など,これらがすべて先生の生き方にいかに影響していたか,いかによい方向に考えを持って行かれたかが悲しみや苦しみの中に記録に残され,本書ではさらに,多くの接した患者を通して,いかによい方向に持っていくかが幸福論という枠で記されており,幸福論という難しいものととらえずにいかに事態をよい方向に持っていくべきかという方法や考え方の指針が著者の言う幸福論の中で描かれているととって気楽に読まれるのが良いであろう。

 本書の構成は第1部が,幸福の輪郭〔幸福とは何だろう〕,第2部は幸福の処方箋〔人はみな幸福になれる〕となっており,第1部では幸福論の紹介(哲学,教養としての幸福論,分子生物的な面にもちょっと触れ),第2部では,具体例を挙げて説明しており,ここではまず森田療法創始者の森田正馬博士の「人間は生まれながら生の欲望を持っている」という「生の欲望」について紹介されており,要約すると①人は長生きしたい。病気になりたくない。②人はほめられたい。軽蔑されたくない。③幸せになりたい。出世したい。④知識を深めたい。勉強したい。⑤向上,発展をしたいという欲望を持ち,①は先天性のものであるが,②以下は二次的なものであるという。森田療法の様式,治療期間中は一貫して気分は「あるがまま」に受け入れ,やるべきことを目的本位,行動本位にやることが求められ,それにより行動が健康人らしくなり,やがて心も自然に健康人らしくなるという。

対人恐怖と社会不安障害―診断と治療の指針

著者: 高橋徹

ページ範囲:P.1153 - P.1153

 対人恐怖の概念と診断,治療の進め方,臨床の実際の三部からなる。第一部では,対人恐怖の諸症状,その構造と内容,対人恐怖心性と現実とのかかわり方の諸相など,対人恐怖の臨床的な諸特徴が,著者が扱った症例の数々の例示をもとに懇切に解説されており,さらに,対人恐怖のひきこもりの病理が,対人恐怖の不安の考察および醜形恐怖を取り上げての対人恐怖の発達心理学的考察をもとに論じられている。第二部では,外来診療における精神療法的アプローチの仕方,薬物療法の実際が,やはり自験例をもとに解説されている。第三部では,対人恐怖の周辺的な病態の数々について,とくに統合失調症とのかかわりが取り上げられている。どの部をとっても,その平易な叙述をとおして,読む者に著者の対人恐怖研究への熱意と臨床経験の厚みと深い考察が伝わってくる。

 ところで,近年の精神障害診断分類(ICD-10;Ch VやDSM-Ⅳ)に馴染んでいる人には,「対人恐怖」は,もはや古びた病名でしかないであろう。今では「社会恐怖」あるいは「社会不安障害」と呼ばれている。しかし,新旧病名のラベルの貼り換えだけでは済まされない重要な問題を,著者は,第一部の「対人恐怖から社会恐怖へ」および「社会不安障害(SAD)の概念および定義」の章で論じている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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