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雑誌目次

論文

精神医学47巻12号

2005年12月発行

雑誌目次

巻頭言

日本の精神医療の水準は国際的にどのようなレベルであろうか

著者: 仙波恒雄

ページ範囲:P.1274 - P.1275

 このテーマに私は強い関心を持っている。というのは1984年U病院事件がジュネーブ国連人権小委員会で取り上げられ,この会議で当時の小林精神保健課長は「精神医療すべてが悪いわけではないが,法的に見て不備があるので日本政府としては現行の精神衛生法を改正する」と発表し,精神衛生法改正に取り組んだ。日本精神科病院協会はこの会議の重要性から当時の高宮副会長と筆者の2名をジュネーブに派遣した。会議を傍聴し,ダエス委員長に会ったり,マスコミに接触するにつれて,世界の精神医療の関心は精神障害者の人権に絞られており,その要求水準は日本で考えている水準を遥かに超えているものであることが判明した。日本と世界の認識の違いに大きな衝撃を受けると同時にこれらの世界の高い人権意識,精神障害者の人権擁護の法的整備の必要性について,日本に伝える責任を痛感し,報告書を書いた覚えがあるからである。

研究と報告

肺がん患者に対する短期グループ療法の効果

著者: 塗師恵子 ,   松原良次 ,   原田眞雄 ,   磯部宏 ,   佐高晶子 ,   今川民雄

ページ範囲:P.1277 - P.1283

抄録

 肺がん男性患者を対象に心理教育的プログラムに加え,集団精神療法的技法を用いて感情を取り扱うことに重点を置いた短期グループ療法プログラムを考案し,精神状態に対する効果を対照群と比較検討した。日本版POMSを用いて評価した結果,対照群では有意な変化が認められなかったのに対して,短期グループ療法施行群では,TMD得点,活気尺度が有意に改善し,情緒の安定性,活気が増していることが認められた。また,抑うつ,疲労,緊張および怒り尺度においても,改善傾向が示された。短期グループ療法は肺がん男性患者に対する精神的サポートとして有用である可能性が示唆された。

初期統合失調症のWAIS-Rの特徴

著者: 藤本昌樹 ,   田中健滋

ページ範囲:P.1285 - P.1290

抄録

 本研究の目的は,新入学生に認められた初期統合失調症者に対して,その認知的な側面の一部である知的側面からのアプローチを試み,WAIS-Rを施行して,その特徴を明らかとすることであった。本研究において,WAIS-Rを視査し,個別のプロフィールの検討を行い,二次的データ分析を行った結果,初期統合失調症患者のWAIS-Rの動作性下位検査“絵画完成”と“符号”課題の得点が有意に低いことが明らかとなった。また,重症度と“絵画完成”との間に関連性のある可能性が示された。

レビー小体型痴呆の合併が疑われる統合失調症の1例

著者: 北林百合之介 ,   廣澤六映 ,   濵元泰子 ,   柴田敬祐 ,   中前貴 ,   成本迅 ,   福居顯二

ページ範囲:P.1291 - P.1296

抄録

 レビー小体型痴呆(DLB)の合併が疑われる高齢の統合失調症の1例を経験した。症例は71歳女性。25歳時に統合失調症を発症。以後,外来通院を継続。71歳時,精神病症状の急性増悪のため入院。過去に有効であったhaloperidolは効果なく,入院後は病状が変化し,認知機能障害,注意や明晰さの著明な変動,軽度のパーキンソニズムなどが前景となった。MRIでは海馬を含む軽度の脳萎縮を,SPECTではDLBに特徴的な後頭葉の血流低下を認めた。塩酸donepezilと少量のrisperidoneの投与により症状は安定した。これまでDLBの合併の可能性が示唆された統合失調症の報告はほとんどなく貴重な症例と考えられた。

鑑別不能型身体表現性障害の臨床特徴と経過について―183症例の検討から

著者: 大塚道人 ,   塩入俊樹 ,   桑原秀樹 ,   小野信 ,   染矢俊幸

ページ範囲:P.1297 - P.1301

抄録

 我々は鑑別不能型身体表現性障害(USFD)患者183名を対象に,その臨床特徴および経過を調査した。対象者の平均年齢は42.6歳,男女比は1:1.77,発病時平均年齢は38歳,発病から精神科受診までの平均期間は4.2年であった。合併症に関してはⅠ軸18%,Ⅱ軸8%で,前者は,気分障害,不安障害が,後者は,境界知能,精神遅滞が多かった。臨床経過としては,約6割(58.5%,107名)が通院を中断しており(平均通院期間:9か月),通院により症状が軽快した者(軽快群)は21.9%(40名)で,36名(19.7%)は病状の軽快を認めなかった(非軽快群)。軽快群では,①発病および受診時年齢が若い,②発病から精神科受診までの期間がより短いという特徴が見いだされた。薬物治療別に患者の主観的評価に基づく改善の有無を調べた結果,抗うつ薬が使用された96治療例数では,そうでない39治療例数に比して,改善率が統計学的に有意に高かった。以上より,USFDの中には良好な経過をとる群があること,予後良好群の特徴は,発病時年齢が若く発病から受診までが短期間であること,抗うつ薬による治療反応性が期待できること,が示唆された。

短報

修正型電気けいれん療法が著効したレビー小体型痴呆の1例

著者: 眞鍋雄太 ,   乾好貴 ,   外山宏 ,   岩田仲生 ,   片田和廣 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.1303 - P.1307

はじめに

 レビー小体型痴呆(Dementia with Lewy Bodies;以下,DLBと略す)は,当初小阪らが「diffuse Lewy body disease;DLBD」という疾患概念として提唱し,1995年の国際ワークショップを経て確立された疾患である9,10)。錐体外路症状(extra pyramidal symptom;以下EPSと略す)や生々しい内容かつ再現性のある幻視体験を伴い,高次機能障害を呈する病態が典型例として周知され,こうした臨床症状からの診断基準が提唱されている。一方,抗Parkinson病薬・抗精神病薬の副作用症状,あるいはParkinson病に伴う痴呆(以下,Parkinson disease with dementia;PDDと略す)と診断される場合もあり1,7,12),実際の臨床現場では混乱が続いている。加えて,臨床症状と病理所見との乖離,ガイドラインにおけるone year ruleの存在10),至的基準とされる画像診断法(補助診断法)が確立されていないことなどが,こうした混乱にいっそうの拍車をかけている要因といえよう。

 今回我々は,薬物治療による症状コントロールが不十分であり,精神症状が消退しないprobable DLB1)に対して修正型電気けいれん療法(modified electroconvulsive therapy;以下mECTと略す)を施行し,劇的な症状の改善を得ることができた13,14)。症例の解説とともに,DLBの治療戦略におけるm-ECTの位置づけを中心に,若干の考察を加えて報告する。

FluvoxamineとQuetiapineの併用が奏効した治療抵抗性強迫性障害の1症例

著者: 菅原圭悟

ページ範囲:P.1309 - P.1311

はじめに

 強迫性障害(以下OCDとする)の薬物治療については,多くの文献がSRIやSSRIの有効性を示しているが,40~60%の患者において,その単剤では不十分な改善しか得られないことが報告されている7)。わが国でもfluvoxamineはOCDの適応を有し,標準的な薬物となりつつあるが,単剤では効果に限界がある。治療抵抗性のOCDの患者に第二世代抗精神病薬(以下とSGAする)を追加投与することによって効果が得られたという報告が海外でされているが2,5,10,11),日本での報告はほとんどない。今回SSRIであるfluvoxamineに反応しなかった治療抵抗性OCDに対してquetiapineを併用したところ著明な強迫性症状の改善がみられたので,若干の考察を加えて報告する。

急性一過性の否定精神病が出現したアルコール依存症の1例

著者: 大原一幸 ,   佐藤典子

ページ範囲:P.1313 - P.1316

はじめに

 否定精神病(folie des négations)とは,耳慣れない言葉であるが酒井ら8)が指摘するように,Cotard3)が1882年の論文において慢性的な否定妄想(病/症候群)から区別する疾患群として挙げているものであり,突然の経過,すなわち突然の発病と終結によって特徴づけられるものである。我々は,アルコール依存症患者の断酒中(断酒後19日)に急性一過性の否定“妄想(délire)”を呈し,否定精神病と考えられる症例を経験した。急性一過性の否定精神病でみられる否定“妄想(délire)”は,慢性状態でみられる否定妄想あるいは否定観念とは異なる側面を呈し,急性錯乱(bouffée délirante)による意識の異常を原因とする知覚・身体感覚の異常な構成として呈示されたものと考えられた。若干の考察を加え報告する。

資料

小林八郎 前線における二,三の精神病学的観察。昭和19年9月15日 東京帝大精神病学教室,軍事保護院・武蔵療養所

著者: 臺弘

ページ範囲:P.1317 - P.1321

 紹介:臺 弘(坂本医院,埼玉・新座)。この報告は,昭和19(1944)年9月下旬に南洋のパラオ諸島の戦場で,小林八郎から臺に届けられた軍事便の複写である(図1)。この便を受けた当時の状況は,臺 弘の著書『誰が風を見たか』(星和書店,pp109~110,1993)に述べられている。この公表は著者(1912~1992)の遺言によるものではないが,臺は小林の生前に発表の意図を聞いており,機会を逸して今日に至っていた。近頃,中井久夫,加藤寛 訳,Kardiner A 著『戦争ストレスと神経症』(みすず書房,2004)などに接して,前線現場からの精神医学的報告がわが国にないことに気づき,手許に残された小林の書簡の公表に意味があると考えたので紹介した。 なお軍事便の初頁と臺の当時の手帳からのパラオ諸島の地図のコピー(図2)を参考までに附記した。

私のカルテから

Quetiapineへの切り替えが有効であったPisa症候群の1例

著者: 山本暢朋

ページ範囲:P.1323 - P.1325

はじめに

 Pisa症候群は薬剤誘発性側方張(drug induced pleurothotonus)とも呼ばれ,躯幹の側彎を呈するジストニア様の不随意運動であるが,難治であることが多いとされている。今回,抗精神病薬投与中に発症し,約10年間改善しなかったPisa症候群の患者に対し,quetiapineへの切り替えが有効であった症例を経験したので報告する。

シンポジウム 精神医療システムの改革:その理念とエビデンス

わが国の精神医療・福祉施策の動向

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.1327 - P.1333

はじめに

 今,わが国の精神医療・福祉施策は激動の最中にある。その変化は2002年12月の社会保障審議会精神障害分会報告書10)に始まる。そこには「入院中心から地域生活中心に」が基本的なスタンスとなり,報告書の中に現在「受け入れ条件が整えば退院可能な入院患者が7万2千人」が存在するという具体的な数字が示された。この数字の正確さについては議論があるところであるが,具体的な数字が示されたということに大きな意義があった。報告書の準備が進む中で,厚生労働省は精神保健福祉対策本部を組織し,報告書を受けて中間報告2)をまとめた。そこには「普及啓発」「病床機能」「地域生活支援」が3つの大きな施策として掲げられ,それぞれの検討会が組織され,その報告書が2004年3月から6月にかけて次々に出された1,6,8)。その報告内容をもとに「精神保健改革のビジョン」7)が9月に出され,いきつく暇なく「改革のグランドデザイン」5)が提言された。そして今それを骨子として「障害者自立支援法」が国会に上程されている3)。この非常に急激な変化の流れを図1に示した。

 その一方で,今後の精神医療・福祉に大きな影響を与える2つの流れがある。その一つが精神障害者を雇用の義務の対象にすることを目指した動きである。精神障害者の雇用促進等に関する研究会が2002年に発足し2年間の検討を行い9),労働政策審議会の議論を経て11)「障害者雇用促進法」改正案4)が今国会に上程された。もう一つは「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(心神喪失医療観察法)」である。2003年7月に成立し,今年(2005年)7月に施行が迫っている。そして今その運営に従事する人材の養成のために研修が行われている。

 本稿ではこのような急激な流れの概要とその問題点について論じる。

東京都の精神科救急医療事業―救急情報センターから見えてくるもの

著者: 羽藤邦利

ページ範囲:P.1335 - P.1344

 2002(平成14)年9月に東京都は精神科救急医療システムを刷新した。新しいシステムが本格稼働して2年余りが経過した。新しいシステムの稼働状況と今後の課題について,システムの中で司令塔の役割を担っている「精神科救急医療情報センター」において把握されているデータをもとに述べてみたい。

日本版ACT(ACT-J)研究事業の成果と今後の展望

著者: 伊藤順一郎 ,   西尾雅明 ,   大島巌 ,   塚田和美

ページ範囲:P.1345 - P.1352

はじめに

 今,日本の精神医療保健福祉は非常に大きく変わろうとしている。

 変革の要点はいくつかあるが,現場での実務にしぼれば,以下の2つであろう。

 第一は,精神科の急性期治療,あるいは救急医療をシステムとして充実させることである。全国的に,的確な急性期治療を適切な治療環境で短期に行う病床を整備していくことである。

 第二は,退院後の精神科リハビリテーション,在宅医療を含む地域生活支援の整備である。急性期後を,在宅で療養・リハビリテーションができるような,医療・保健・福祉の一体化したシステムを充実させていくことである。

 この2点は,言葉を変えていえば,精神科入院医療の入口と出口の部分を整備するということに他ならない。入口と出口を明確にすることで,精神科入院治療の機能もおのずと明確になる。

 つまり,変革の目標は精神科病床の数を単純に減らすということではない。人的資源を含め,現在ある資源をもっと別の形に変えていくという方向性である。より機能的な利用者に役に立つ精神科医療・保健・福祉のシステムをつくっていく,そういう文脈が重要である。

 包括型地域生活支援プログラム(Assertive Community Treatment;ACT)は,このような文脈の中にあって,前述の第二の点,すなわち在宅医療を含む地域生活支援に最も貢献できるプログラムの一つである。

社会的入院患者の退院促進に向けた大阪府の取り組み

著者: 吉原明美

ページ範囲:P.1353 - P.1361

はじめに

 2004(平成16)年9月の厚生労働省精神保健福祉対策本部による「精神保健医療福祉の改革ビジョン」では,「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的な考え方が打ち出され,中でも約7万人の「受け入れ条件が整えば退院可能な人」の退院を進めていくことが重要な課題とされている。大阪府では2000(平成12)年度から社会的入院解消研究事業として退院促進に取り組んできた。1999(平成11)年3月,大阪府精神保健福祉審議会による「大阪府障害保健福祉圏域における精神障害者の生活支援施策の方向とシステムづくりについて」の答申1)が提出された。1997(平成9)年4月の知事の諮問を受け審議を重ねていたが,同年9月に「大和川病院事件」が表面化し,答申内容も精神障害者の人権に踏み込んだものとなった。答申では,病状が安定しているにもかかわらず地域のおける受け皿がないために退院できないという社会的入院は精神障害者に対する人権侵害であると位置づけており,「社会的入院を解消するためには,一人ひとりの生活支援計画を策定し,地域の中での支援体制の確立を図るとともに,院内においても試験外出や試験外泊などの準備作業に取り組む必要がある」と提言している。この答申を具体化するため,2000(平成12)年,大阪府は退院促進支援事業を創設すると同時に,自立支援促進会議を障害保健福祉圏域ごとに設置した。ここでは,退院促進支援事業および自立支援促進会議の概要を紹介し,2000(平成12)年度~2003(平成15)年度の事業を報告し,課題および今後の方向性を探る。

精神保健医療改革と家族―「社会的入院患者」や家族に対する調査をもとに

著者: 白石弘巳 ,   大原美知子 ,   青木眞策 ,   滝沢武久 ,   石河弘 ,   樋田なおみ

ページ範囲:P.1363 - P.1370

はじめに

 わが国は,世界的に見ても人口万対精神病床数が多く,長期入院の精神障害者が多いとされている。長期入院患者を可能な限り退院させ,地域で生活する支援体制を整えることの重要性はつとに指摘されてきたが,2002(平成14)年12月,社会保障審議会障害者部会精神障害分会報告書に「受け入れ条件が整えば退院可能」な社会的入院患者が7万2千人存在するとの数字が盛り込まれ,今後10年間をめどにこれらの患者の退院が目指されることとなってから,こうした患者の退院促進事業が脚光を浴びるようになった。

 いわゆる社会的入院患者が生み出された背景については,さまざまな指摘がなされている。たとえば,日本精神科病院協会では,以下のような背景因子があると説明している2)

 (1)精神症状の持続,(2)入院(院内生活)による適応維持,(3)退院後の受け皿不足,(4)家族の受け入れの限界,(5)退院促進のためのインセンティブの欠如。このうち,家族が患者を受け入れることの困難については,これまで,全国精神障害者家族会連合会などが家族の置かれている過酷な状況に関するさまざまな調査結果を公表し,法改正に当たっては家族の高負担の根拠の一つとなっている保護者制度廃止の必要性を訴えてきた。しかし,いわゆる社会的入院患者の家族状況について,いまだ十分明らかにされているとは言えない。今後,社会的入院患者の退院促進を円滑に進めるためだけではなく,日本の精神科医療における家族のあり方について再考するためにも,その家族状況について詳細に把握することがぜひ必要である。

 本稿では,愛媛県内の精神科医療機関の協力を得て,愛媛県精神障害者家族会連合会が行った社会的入院患者と家族などに関する調査の結果について報告し,精神保健福祉システムの抜本的改革のために保護者制度の改革が不可避であることについて論じたい。

書評

99歳 精神科医の挑戦―好奇心と正義感

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.1371 - P.1371

 私はこの本を読み終えて,しばし瞑目し,思いに沈んだ。それとともにふつふつとわき上がるある種の高揚感を禁じ得なかった。

 この本は,「序章」で語られているように,上田敏東大名誉教授が,秋元波留夫先生に「対談をもとにして本を作る」ことを持ちかけ,「自伝的な」,「元気な,かがやく高齢者を世に紹介したい」とのおもいから企画,出版されたものである。はじめは,「秋元先生という傑出した高齢者がどうしてつくられたか?」という興味で始まったが,やがて明治,大正,昭和,平成という四つの時代を生きた「個人を超えた“時代”が姿を現わして」きて,当初の予想を超えた深い内容となり,個人の自伝を遥かに超えたものとなった,と上田先生が感想を述べている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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