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雑誌目次

論文

精神医学47巻2号

2005年02月発行

雑誌目次

巻頭言

Cinepsychiatry

著者: 小澤寛樹

ページ範囲:P.116 - P.117

 Cinepsychiatryとは現在私が担当している医学ゼミのタイトルです。英語として正しい用語かは不明ですが,具体的には精神医学と関係する,あるいは一見関係のない映画について,担当学生が自ら精神医学についての関連事項をプレゼンテーションし,その後10人くらいの学生や教室員や看護スタッフと映画を鑑賞し,感想を述べ合い,討論するものです。これまで扱った映画は下記のものです。

 1回目 ビューティフルマインド

 2回目 カッコーの巣の上で

 3回目 恋愛小説家

 4回目 17歳のカルテ

 5回目 ES

 6回目 ファイトクラブ

 7回目 愛という名の疑惑

 8回目 ゆきゆきて神軍

 9回目 シャイン

 10回目 エクソシスト

特集 時代による精神疾患の病像変化

グローバリゼーション下の統合失調症―この四半世紀,精神分裂病(統合失調症)はどう変わったか

著者: 小林聡幸 ,   加藤敏

ページ範囲:P.119 - P.124

はじめに

 今日,分子生物学,神経心理学,脳画像などの生物学的見地から得られた統合失調症の知見にはめざましいものがあるが,その病因を一義的に規定する発見はいまだなされていない。大方の見解では,統合失調症はハンチントン舞踏病のような単一遺伝子疾患ではなく,高血圧や糖尿病のようないわゆる生活習慣病と同様に,多数の遺伝子によって重層決定されると考えられている。たとえばβサラセミアがいい例だが,単一遺伝子疾患であっても,重篤な臨床症状を呈する人から,検査で初めてわかる無症候性の人まできわめて多様な表現をとることが少なくないようである。それゆえ,統合失調症発現にかかわる遺伝子レベルから考えても,その表現型はいっそう多様性を増すことは十分予想できる。

 統合失調症は,自分が自分であるという自己の統合性に失調を来す,深いレベルでの人格の病だけに,生物学的要因に加えて,社会・文化,さらには個人の心理的要因が複雑に絡み,多くの因子がより合わされてはじめて顕在発症に至る疾患とみるのが妥当である。時代により,また社会・文化により,統合失調症の病像や病型,経過が大きな影響を受けるゆえんである。

 たとえば,加藤7)はSchneiderの一級症状21)があてはまる統合失調症は近代西欧文化に親和性があるとの認識から,統合失調症を,病像的には自我障害が前景に出て,社会の西欧化ないし工業化という広義の状況因が優位な「近代文化結合型統合失調症」と,より生物学的な諸因子が強く,病像的には自我障害よりも情動・意志面での障害が支配的な「近代文化独立型統合失調症」の2つの類型に分ける仮説を提示している。

 現代の先進国においては著しい人格荒廃に至る症例が減り,全般的に,統合失調症初期状態の増加を含め,軽症化現象が観察され,病像に良性の変化がみられている。さらに,一部の先進国では統合失調症は明らかに減少しているという報告もある。また,統合失調症の治療の場は入院から外来へと明らかな重心移動をみせている。最近,精神分裂病に代わる呼称として採用された「統合失調症」はこうした時代の動向に呼応した病名といえるのではないだろうか。語感として「統合失調症」はより軽症例に見合ったものであり,一般の人にもより受け入れられやすいものである。

 本稿では,現代における統合失調症の変化について,さまざまな角度から論じたい。

気分障害

著者: 阿部隆明

ページ範囲:P.125 - P.131

はじめに

 気分障害が個人的因子と環境的因子の相互作用の中で析出してくることは疑いない。一卵性双生児でも不一致例が少なくないことは環境因子の重要性を示唆するし,また地震や敗戦などの脅威的なライフイベントが出現したからといって,すべての人がうつ病を発症するわけではないことは周知の通りである。遺伝因はひとまずおくとしても,社会文化的な背景は,個人的因子,環境的因子の双方に影響を与えて気分障害の発症や病像,経過を規定する。

 ただ,気分障害の病像変化を論じる場合には,確固たる実体があって,その現象像が変化しているということが暗黙の前提となるはずである。その意味で,遺伝負因の高い双極I型障害などは,確かに病像変遷を語れるが,軽症のうつ病にあっては,定義や一般の認知度,事例性の問題があり,過去の病像と現代のそれを比較する際に困難が生じる。いずれにせよ,現在のところ,正確な統計はないため,以下の議論はあくまで印象レベルにとどまっていることをあらかじめお断りしておく。

対人恐怖症,social anxiety disorder(SAD)をめぐる新たな展開―特にSADとの関連と病態の変化について

著者: 鍋田恭孝

ページ範囲:P.133 - P.138

はじめに

 対人恐怖症をめぐる新たな状況には3つの流れがある。1つはアメリカを中心にしたsocial anxiety disorder(以後SADと記す)に関する研究報告が盛んになされ,その病態の近似性から,新たに対人恐怖症をSADの視点から見直すという流れである。特にサブタイプをどのようにとらえるかが1つのテーマとなっている。第二の流れは,SSRIの導入による薬物療法の新たな展開であり,それに関連してさまざまな精神療法の治療効果についての報告が増えていることである。第三に,本特集のテーマである病像の変化である。近年,臨床家の多くが対人恐怖症の症候レベルでの軽症化を指摘している。筆者は,それに加えて苦悩の内容・質の変化についても指摘している。本稿ではこの第一と第三の流れについて論ずる。

 1. SADの症状の見直しの動き

 表1は狭義の対人恐怖症のSADとの関連も含めた筆者の分類である。対人恐怖症類似の病態については,当初social phobiaとして,一定の場面での何らかのperformanceの遂行失敗を恐れるタイプが研究対象となったが,徐々に,social interaction全般を怖れ避けるタイプが注目され,generalized type of social phobiaと呼ばれるSADに相当する病態が注目されるようになった。このタイプはavoidant personality disorderともきわめて近似した状態でもあり,その関連もテーマとなっていった。表1からもわかる通り,social phobiaはわが国においては場面恐怖症や会食恐怖症などとして論じられてきた病態であり,SADは平均的対人恐怖症として論じられてきた病態にほぼ相当すると考えられる。

 このsocial phobia,SADとの関連で,対人恐怖症をperformanceの遂行失敗の怖れ,social interaction全般への不安,回避性人格障害という3つの次元で検討するという方向性や,薬物療法の治療効果の検討から,SADを恐怖,回避,身体症状,社会性の障害などの要素に分けて検討するという方向性が顕著にもなっている4)。しかし,これらは症状の見直しがなされているということであり,病像そのものの変化を示していることにはならない。

 2. subtype分類の試みに

 performanceの障害とsocial interactionの障害に分けてみるという試み,および,はっきりした1つの症状を示すタイプ(赤面恐怖・視線恐怖・表情恐怖・長上恐怖などになる)と全般的な対人状況を恐れるタイプとに分けることが可能かどうかさまざまに議論されている。このような議論には結論がないように感じている。筆者は図に示すようにperformanceの遂行不全を怖れるタイプ,social interactionを怖れるタイプ,そして,思い込みの強い強迫ないし妄想性障害につながるタイプがある程度は存在するが,それらが重なる部分が多く峻別はできないだろうと考えている。そして,performance typeは場面に限定した不安性障害に共通した内容が多く,social interaction typeは回避性人格障害,弱力型の自己愛人格障害に共通した内容が多く,強迫ないし妄想傾向のあるタイプは当然,強迫性障害,妄想性障害に共通した内容が多くなる(ちなみにわが国の重症対人恐怖症のケースを欧米の精神科医はほぼ分裂病型人格障害と診断する)。

 異なる視点から見ると表2のようになる。まずベースに身体に表れやすい傾向と思考の硬さやこだわりやすさは生物学的な要素があり,次に,他者に評価されたい,受け入れられたい,愛されたい,バカにされたくない,恥をかきたくないなどは,その人のライフスタイルであり生活史全般が関与してくる要因であり〔この点は筆者が長年検討したテーマであるので,詳細は文献2)を参照のこと〕,その上に,人前で吐いたとか,容姿をなじられたなどの各自の固有の体験が症状を焦点化させる要因となると考えている。これらの要因が複雑に絡み合い,多様な症状群としての対人恐怖症が形成される。当然,薬物療法は土台となっている生物学的要因に働きかけ,精神療法はライフスタイル(力動性といってもよい)の部分にはたらきかけ,行動療法的には限定された場面や症状に働きかけることになろう。

パニック障害・全般性不安障害

著者: 貝谷久宣

ページ範囲:P.141 - P.144

はじめに

 パニック障害と全般性不安障害のここ四半世紀における頻度と病像の変化を取り上げることは,この両障害がDSM-Ⅲで公になったのが1980年であるので,ちょうどこれら障害の新しい疾病概念誕生以来の変遷を述べたらよいことになろう。

摂食障害

著者: 切池信夫

ページ範囲:P.145 - P.149

はじめに

 神経性食思不振症(anorexia nervosa;AN)や神経性過食症(bulimia nervosa;BN)などの摂食障害は,思春期から青年期の女性に好発する。AN発症の心理的要因として,患者の両親をめぐる依存と独立の葛藤や自己同一性の確立をめぐる葛藤が挙げられ,古くから「成熟拒否」や「女性性拒否」が 精神病理の中核に据えられてきた。しかし,この20~30年間における摂食障害患者の著しい増加と相俟って,患者層が前思春期の低年齢層から結婚後や妊娠後の年齢層まで拡がり,さらにはスポーツ選手や男性にも増加し,病因に関してさまざまな仮説が提唱されている。そしてこの状況を反映して,日常臨床においては一部の専門家だけでは対応しきれなくなってきている。このような状況は,1980年代に筆者がANを稀な疾患としてとらえていた頃と比べて隔世の感がある。そこで本稿ではまず摂食障害の疫学,なぜ増加しているのか,臨床像と診断,治療の変遷について概説する。

解離の概念およびその病像の変遷

著者: 岡野憲一郎

ページ範囲:P.151 - P.155

 解離性障害の病像の変遷について論じるのが本稿の本来の目的である。しかしわが国では解離という概念そのものがここ十数年ほどの間にようやく普及したという事情があり,そもそもどのような病像を解離性の病理としてとらえるかというレベルの議論がまだ終わっているとは言えない。このような状況では解離の病像の変遷を論じることは早計だと考える。そこで,まだ変遷しつつある解離という概念そのものについて論じることで本テーマに代えることにする。

境界性人格障害などの人格障害

著者: 鈴木茂

ページ範囲:P.157 - P.164

はじめに

 精神疾患の病像には,万古不変のように見える側面もあれば,景気のように循環し反復的に出没する側面も存在する。人格障害の領域で言えば,「他者に対する同情や良心の呵責を欠いて,しばしば犯罪を繰り返す」タイプは,その名称が情性欠如型精神病質,社会病質,サイコパス,反社会性人格障害といった具合に変化しようとも,時と場所を超えてつねに存在したであろうし,歴史上いったんは下火になったヒステリーや解離性健忘といった病態が,近年再び増加していることも周知の事実である。

 ヒステリーや解離現象の今日における回帰は,一面で20世紀初頭ないし大正時代に類似した社会状況の再来をうかがわせるものである14)。しかし,そこには1990年代以降に歴史上初めて出現したグローバル化やネット情報化社会の発展といった新事態がオーバーラップし,病像の更新に大きくかかわっていることも看過できないだろう。表面的な病像は同じであっても,それを意味づけ評価する規準は時代とともに変化する。変化は,患者からのみならず,精神科医の視点を含む社会構造からも生じてくる。「ポスト近代」の消費文化に適応するための人格像は,近代社会の「自立した個人」像や高度成長・大量生産社会で求められた「規格化された個」としての人間像とはおのずと異なっている。本稿は,近年における人格障害への関心の増大とIT社会における人格形成の問題との関連を探る下準備である。

広汎性発達障害

著者: 川崎葉子 ,   三島卓穂

ページ範囲:P.165 - P.168

はじめに

 おそらく,時代で大きく変化したのは,病像ではなく,専門家の視点のほうであろう。見ているのは,同じ自閉〔現在の広汎性発達障がい(pervasive developmental disorders;PDD)〕症の子どもの同じ言動である。なのに,時代が変わり,異なる学説の専門家がみると,万華鏡をみるように異なるものに見えてくる。医学の進歩の足跡を実感するとともに,まだまだ精神医学にあやうさがあるとも思う。

 自閉症の登場は1943年,Kannerが「情緒的接触の自閉的障害」の論文で世に問うたことに始まる9)。もっとも,Kraepelinによって早発痴呆の概念が提唱されてから,小児期に発症する早発痴呆をDe Sanctisが「最早発痴呆」(1906)7)と, Hellerが「幼年痴呆」(1908)8)と報告しているが,これが自閉症の子どもであったとすれば,その歴史は20世紀初頭に遡る。さらに遡ると,18世紀末,医師Itardが教育したアヴェロンの野生児は自閉症であったろうとされている。

注意欠陥/多動性障害

著者: 山崎晃資

ページ範囲:P.169 - P.172

はじめに

 注意欠陥/多動性障害(AD/HD)は,診断分類学的名称と診断基準をしばしば変更し,時には「屑籠的カテゴリー」として安易に用いられたり,児童精神科医の見識に対するさまざまな批判もなされた。児童精神科臨床の場で出会うことが多く(有病率は子どもの3~5%),診断・治療に難渋することがあるAD/HD児を克明に観察し,実証的研究によって一つひとつの問題を解明し,その結果を診断分類名と診断基準に反映させようとしてきた先人の努力は高く評価される。

性同一性障害

著者: 阿部輝夫

ページ範囲:P.173 - P.175

受診者の急増

 2004年11月,インドで第1回アジアパシフィック性科学会(旧アジア性科学会)が開催された。4日間の内容でもジェンダー関連が占める割合は大きかった。印象に残ったのは,Milton Diamond(ハワイ)やRichard Green(イギリス)が,口をそろえて同じことを言っていたことである。「性同一性障害は,自分で診断と治療法を選択できる,唯一の疾患だ」と。

 性同一性障害(gender identity disorder:以下,GIDと略)をめぐる医学的,社会的状況はここ数年で大きく変化した。図で見るように,外来統計を取り始めた1984年から1996年までの12年間は,GIDの自験総数は10例に過ぎなかったが,1997年から急増しているのがわかる8)。特に2003年から2004年の1年間の新患数は,300例を超え,あべメンタルクリニックでは1日平均2例の初診があったことになる。

研究と報告

高齢双極性障害に対するバルプロ酸とリチウムの安全性と予防効果に関する後方視的検討

著者: 鈴木克治 ,   田中輝明 ,   増井拓哉 ,   仲唐安哉 ,   下鳥紀生 ,   新屋美芳 ,   小山司

ページ範囲:P.177 - P.185

抄録

 55歳以上でバルプロ酸またはリチウムが処方開始された双極性障害(高齢群)について,その安全性と予防効果を,30~45歳で処方開始された症例(若年群)と比較しながら後方視的に調査した。重度の副作用はリチウム高齢群のみで3例認められた。バルプロ酸は高齢群ではリチウムよりも安全性が優れていたが,薬剤間に予防効果の差はなかった。バルプロ酸では年齢群間に予防効果の差は認められなかったが,リチウムは高齢群のほうが若年群よりもうつ病相の予防および総合判定で優っていた。以上より,高齢双極性障害では特に安全性の面でバルプロ酸がリチウムよりも有益と考えられたが,今後,腎機能や脳器質性の要因も含めて前方視的な検討が望まれる。

精神療法における「劇的な」治癒機転―長期予後調査によるその検証

著者: 渡辺久雄

ページ範囲:P.187 - P.193

抄録

 精神療法がなぜ効果があるかを究明するには,精神療法における治癒機転が解明されねばならない。筆者は精神療法過程で生起した顕著な治療的展開に注目した。それには重要な治癒機転,言わば「劇的な」治癒機転(以下,DCDと略す)が内在しているが,以前それが生起する前提条件的要因と,4つの治療状況を分明にした。それが生起した症例で,治療終結後30年以上経過した5症例の長期予後を調査した結果,治療前とは別人のような確かな生き方を続けていた。この結果から,DCDが内在していた顕著な治療的展開が生起した意義が実証されたと考えた。そこでDCDを構成する5つの治療的変化を明確にすることにより,DCDとは何かを明示した。

短報

脳動静脈奇形の認知障害に塩酸ドネペジルが効果的であった1例

著者: 今村文美 ,   荒木一方

ページ範囲:P.195 - P.198

はじめに

 脳動静脈奇形(arteriovenous malformation:AVM)は,動静脈短絡を主体とする先天奇形で,動脈からの盗血現象による脳還流圧の低下と静脈圧上昇による静脈還流不全によって脳血管系全体の循環障害を引き起こし,それによってけいれん発作,片麻痺などの神経症状,さらに認知障害,性格変化,情動障害のみならず,幻覚妄想のような統合失調症様の精神症状が生じうる疾患である。今回,我々は,妄想,幻聴などの統合失調症様の精神症状を呈して入院したAVM患者に対して,risperidone液(RIS-OS)を使用し著明な浮腫を生じ,donepezil(DNP)に変更することで認知機能の改善を認めた症例を経験した。RISにて薬剤性浮腫を生じた報告は国内外ともに少なく,また,AVMに対してDNPを使用することで認知機能が改善したという報告は,我々が文献的に渉猟した限りでは1例もなかったため,若干の文献的考察を加え報告する。

資料

精神科思春期外来を受診した高校生の不登校

著者: 武井明 ,   目良和彦 ,   高田泉 ,   佐藤譲 ,   原岡陽一 ,   水元陽子 ,   太田充子

ページ範囲:P.201 - P.207

はじめに

 わが国で不登校の増加が指摘されるようになってから久しいが,その報告のほとんどは小中学生に関するものであり2,3,5~7,11,13),高校生の不登校に関する報告は少ない1,10)。また,近年,不登校児に対して,適応指導教室や不登校学級などの居場所が開設されるようになったものの,その対象は義務教育期間内にある小中学生であり,高校における不登校生徒に対する相談・支援体制は十分整備されているとはいえない。

 今回我々は,このような課題を抱えている高校生の不登校について,精神科思春期外来からみた実態を報告する。

紹介

The Elgin Behavioral Rating Scale日本語版(JEBRS)

著者: 兼田康宏 ,   大森哲郎 ,   ,  

ページ範囲:P.209 - P.212

はじめに

 統合失調症患者において,多飲,過食,せわしない歩行,過度の喫煙,異食,奇異な身だしなみ,収集,あるいは衒奇症といった常同行為はしばしば認められる。時として,これらの常同行為は,不幸にも患者に死を招く結果をもたらすことがある。しかしながら,多飲あるいは喫煙を除いては,現在のところ,常同行為については,十分に検討されているとは言えない。そこで,Luchinsら5)は,常同行為の頻度および重症度の系統的な評価を目的に,評価尺度,Elgin Behavioral Rating Scale(EBRS)を考案した。EBRSは,Bleuler3)とArieti1)の記述をもとに選ばれた多飲,喫煙,奇異な身だしなみ,過食,収集,衒奇症,せわしない歩行,および異食の8項目に性的行動過多を加えた9項目より成る(表1)。さらに,常同行為と他の精神症状との比較を目的に,Psychiatric Symptom Assessment Scale2)よりいわゆる陽性症状・陰性症状として各4項目が選ばれ,追加されている。各項目は0~6点で採点され,1~2点は軽度,3~4点は中等度そして5~6点は重度にランクされる。EBRS原版では,常同行為9項目の各アンカー・ポイントの内容が具体的に定義されていないため,Tracyら6)により定義付けが行われている。また,EBRSの評定者間信頼性の検定では,おおむね高い信頼性が得られているものの5,6),因子分析の結果およびCronbachのα係数より,常同行為9項目の得点を単純加算した総得点をもって,常同行為の重症度とすることができるかどうかについては,検討の余地がある5,6)

 常同行為の一部は動物モデルで容易に再現されることから,常同行為の把握は,統合失調症の発現機序の解明に有益なものと考えられるため,この度我々は,原著者の許可を得た上で日本語版を作成したので,ここに紹介する。日本語訳にあたっては,原文を知らない者に日本語訳のback-translationを行わせ,この英文を原著者に確認してもらった。なお,原著者の了承を得た上で,Tracyらによる各アンカー・ポイントの定義を付記してある。また,JEBRSの信頼性,妥当性については,すでに検討されている4)

私のカルテから

「脱法ドラッグ」5-methoxy-N, N-diisopropyltryptamine(5-MeO-DIPT)の摂取によって一過性の精神症状を呈した2症例

著者: 熊谷亮 ,   菊地祐子 ,   一宮洋介 ,   鈴木勉 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.213 - P.215

はじめに

 近年,薬事法や毒物及び劇物取締法などの法律の規制を受けない幻覚作用や精神興奮作用を持つ薬物が社会問題となっている。これらのいわゆる「脱法ドラッグ」は性的快感を高める催淫剤love drugとしてアダルトショップやインターネット上で売買されていることが多い。このため容易に入手できることから若者の間で急速に蔓延しつつある。今回我々は「脱法ドラッグ」として扱われている5-methoxy-N, N-diisopropyltryptamine(以下,5-MeO-DIPT,図上)の経口摂取に伴い一過性に精神症状を呈した2症例を経験したため,考察を加えながら報告する。

動き

「第23回日本痴呆学会」印象記

著者: 水上勝義

ページ範囲:P.216 - P.217

 第23回日本痴呆学会は,理化学研究所脳科学総合研究センター貫名信行会長の下,2004年9月29日,30日にタワーホール船堀(江戸川区総合区民ホール)で開催された。会場は船堀駅下車1分とアクセスがよく,また講演会場,ポスター会場ともに広々しており好評であった。今回は,同グループ主催の国際ワークショップ“Frontiers in Molecular Neuropathology”がジョイントで開催され,参加人数は350人でほぼ例年並みであったものの,海外から招待された外国人研究者の姿が目立った。

書評

統合失調症の認知機能ハンドブック

著者: 臺弘

ページ範囲:P.219 - P.219

 近頃,統合失調症の「認知」または「認知・行動」の「機能」や「障害」が多く語られている。だがそれらが「症状」とどのようにかかわるのか。残念ながらそれは本書でもなお十分に明らかでない(p69)。もともと機能障害は症状ではなくて,統合失調症は症状群のクラスター診断であったのではないか。6年前に丹羽真一は「精神疾患の認知障害」(精神医学レビュー27,ライフ・サイエンス,1998)を編集し解説した。評者は日常診療のために「簡易精神機能テスト」(精神科治療学18:965-973,2003)を開発した。 現在の深まった理解によれば,認知・行動機能は症状とは別の構成概念で,その偏りの異常(障害)が症状の生理・形態的な基礎となるものである。それはICDやDSMの操作的疾患概念とICIDH(現在のICF)の障害概念との対応と併用の上に成り立っている。ICFの障害性は階層レベルによって「機能と活動と参加の制限」として区別され,評者はそれを機能障害I,生活障害D,社会障害Hと訳してきた。訳書の副題に「生活機能の改善」が目標とされているのは,患者の「生きづらさ」「暮らし下手」の改善は認知障害の治療に他ならないからである。

 本書はまず統合失調症の中核的な特徴としての認知機能障害について,一般的か特異的か,評価法の在り方,症状(陽性と陰性)との関連,薬物療法の影響,重症度・慢性度との影響について解説する。これは本症の疾患概念の弱点を明らかにし理解を深めてくれるので,貴重な意味をもっている。評者は成書にこのように視野の広い解説があるものを知らない。次に各論的に心理・要素的な記憶・学習の障害が取り上げられる。記憶の種類,障害の領域によって大きな差があることも指摘されている。ワーキング・メモリー(作動記憶)の障害は前頭葉機能との関連で特に注目されており,実行機能障害と注意障害という古くから本症について注目されてきた課題がこれに続く。機能障害は神経心理テストを通じて測定され理解が深められるが,それは精神病理の伝統である定性的な現象記述を越えて,成績の比較・検証を可能にする定量的分析の道を開くからである。例示されるテストとしては,Wisconsinカード分類テスト(WCST)・言語流暢性検査・ハノイの塔テストなどや,選択的注意・保持と配分,視覚刺激処理のスパンと逆行抑制が解説されている。臨床現場で評者が「簡易テスト」を作ったのは,テストの負担を減らし検者と患者が共同の立場を保つためである。

記憶と精神療法―内観療法と回想法

著者: 筒井末春

ページ範囲:P.220 - P.220

 わが国では医療の分野として1998年に日本内観医学会が創設されているが,このたび川原隆造,他編著である「記憶と精神療法内観療法と回想法」が出版された。

 本書は2003年10月に開催された第1回国際内観療法・第6回日本内観医学会シンポジウムⅡ「内観療法と回想法─記憶と精神療法」を主軸として編集されたものである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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