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文献概要
特集 時代による精神疾患の病像変化
対人恐怖症,social anxiety disorder(SAD)をめぐる新たな展開―特にSADとの関連と病態の変化について
著者: 鍋田恭孝1
所属機関: 1大正大学人間学部
ページ範囲:P.133 - P.138
文献購入ページに移動はじめに
対人恐怖症をめぐる新たな状況には3つの流れがある。1つはアメリカを中心にしたsocial anxiety disorder(以後SADと記す)に関する研究報告が盛んになされ,その病態の近似性から,新たに対人恐怖症をSADの視点から見直すという流れである。特にサブタイプをどのようにとらえるかが1つのテーマとなっている。第二の流れは,SSRIの導入による薬物療法の新たな展開であり,それに関連してさまざまな精神療法の治療効果についての報告が増えていることである。第三に,本特集のテーマである病像の変化である。近年,臨床家の多くが対人恐怖症の症候レベルでの軽症化を指摘している。筆者は,それに加えて苦悩の内容・質の変化についても指摘している。本稿ではこの第一と第三の流れについて論ずる。
1. SADの症状の見直しの動き
表1は狭義の対人恐怖症のSADとの関連も含めた筆者の分類である。対人恐怖症類似の病態については,当初social phobiaとして,一定の場面での何らかのperformanceの遂行失敗を恐れるタイプが研究対象となったが,徐々に,social interaction全般を怖れ避けるタイプが注目され,generalized type of social phobiaと呼ばれるSADに相当する病態が注目されるようになった。このタイプはavoidant personality disorderともきわめて近似した状態でもあり,その関連もテーマとなっていった。表1からもわかる通り,social phobiaはわが国においては場面恐怖症や会食恐怖症などとして論じられてきた病態であり,SADは平均的対人恐怖症として論じられてきた病態にほぼ相当すると考えられる。
このsocial phobia,SADとの関連で,対人恐怖症をperformanceの遂行失敗の怖れ,social interaction全般への不安,回避性人格障害という3つの次元で検討するという方向性や,薬物療法の治療効果の検討から,SADを恐怖,回避,身体症状,社会性の障害などの要素に分けて検討するという方向性が顕著にもなっている4)。しかし,これらは症状の見直しがなされているということであり,病像そのものの変化を示していることにはならない。
2. subtype分類の試みに
performanceの障害とsocial interactionの障害に分けてみるという試み,および,はっきりした1つの症状を示すタイプ(赤面恐怖・視線恐怖・表情恐怖・長上恐怖などになる)と全般的な対人状況を恐れるタイプとに分けることが可能かどうかさまざまに議論されている。このような議論には結論がないように感じている。筆者は図に示すようにperformanceの遂行不全を怖れるタイプ,social interactionを怖れるタイプ,そして,思い込みの強い強迫ないし妄想性障害につながるタイプがある程度は存在するが,それらが重なる部分が多く峻別はできないだろうと考えている。そして,performance typeは場面に限定した不安性障害に共通した内容が多く,social interaction typeは回避性人格障害,弱力型の自己愛人格障害に共通した内容が多く,強迫ないし妄想傾向のあるタイプは当然,強迫性障害,妄想性障害に共通した内容が多くなる(ちなみにわが国の重症対人恐怖症のケースを欧米の精神科医はほぼ分裂病型人格障害と診断する)。
異なる視点から見ると表2のようになる。まずベースに身体に表れやすい傾向と思考の硬さやこだわりやすさは生物学的な要素があり,次に,他者に評価されたい,受け入れられたい,愛されたい,バカにされたくない,恥をかきたくないなどは,その人のライフスタイルであり生活史全般が関与してくる要因であり〔この点は筆者が長年検討したテーマであるので,詳細は文献2)を参照のこと〕,その上に,人前で吐いたとか,容姿をなじられたなどの各自の固有の体験が症状を焦点化させる要因となると考えている。これらの要因が複雑に絡み合い,多様な症状群としての対人恐怖症が形成される。当然,薬物療法は土台となっている生物学的要因に働きかけ,精神療法はライフスタイル(力動性といってもよい)の部分にはたらきかけ,行動療法的には限定された場面や症状に働きかけることになろう。
対人恐怖症をめぐる新たな状況には3つの流れがある。1つはアメリカを中心にしたsocial anxiety disorder(以後SADと記す)に関する研究報告が盛んになされ,その病態の近似性から,新たに対人恐怖症をSADの視点から見直すという流れである。特にサブタイプをどのようにとらえるかが1つのテーマとなっている。第二の流れは,SSRIの導入による薬物療法の新たな展開であり,それに関連してさまざまな精神療法の治療効果についての報告が増えていることである。第三に,本特集のテーマである病像の変化である。近年,臨床家の多くが対人恐怖症の症候レベルでの軽症化を指摘している。筆者は,それに加えて苦悩の内容・質の変化についても指摘している。本稿ではこの第一と第三の流れについて論ずる。
1. SADの症状の見直しの動き
表1は狭義の対人恐怖症のSADとの関連も含めた筆者の分類である。対人恐怖症類似の病態については,当初social phobiaとして,一定の場面での何らかのperformanceの遂行失敗を恐れるタイプが研究対象となったが,徐々に,social interaction全般を怖れ避けるタイプが注目され,generalized type of social phobiaと呼ばれるSADに相当する病態が注目されるようになった。このタイプはavoidant personality disorderともきわめて近似した状態でもあり,その関連もテーマとなっていった。表1からもわかる通り,social phobiaはわが国においては場面恐怖症や会食恐怖症などとして論じられてきた病態であり,SADは平均的対人恐怖症として論じられてきた病態にほぼ相当すると考えられる。
このsocial phobia,SADとの関連で,対人恐怖症をperformanceの遂行失敗の怖れ,social interaction全般への不安,回避性人格障害という3つの次元で検討するという方向性や,薬物療法の治療効果の検討から,SADを恐怖,回避,身体症状,社会性の障害などの要素に分けて検討するという方向性が顕著にもなっている4)。しかし,これらは症状の見直しがなされているということであり,病像そのものの変化を示していることにはならない。
2. subtype分類の試みに
performanceの障害とsocial interactionの障害に分けてみるという試み,および,はっきりした1つの症状を示すタイプ(赤面恐怖・視線恐怖・表情恐怖・長上恐怖などになる)と全般的な対人状況を恐れるタイプとに分けることが可能かどうかさまざまに議論されている。このような議論には結論がないように感じている。筆者は図に示すようにperformanceの遂行不全を怖れるタイプ,social interactionを怖れるタイプ,そして,思い込みの強い強迫ないし妄想性障害につながるタイプがある程度は存在するが,それらが重なる部分が多く峻別はできないだろうと考えている。そして,performance typeは場面に限定した不安性障害に共通した内容が多く,social interaction typeは回避性人格障害,弱力型の自己愛人格障害に共通した内容が多く,強迫ないし妄想傾向のあるタイプは当然,強迫性障害,妄想性障害に共通した内容が多くなる(ちなみにわが国の重症対人恐怖症のケースを欧米の精神科医はほぼ分裂病型人格障害と診断する)。
異なる視点から見ると表2のようになる。まずベースに身体に表れやすい傾向と思考の硬さやこだわりやすさは生物学的な要素があり,次に,他者に評価されたい,受け入れられたい,愛されたい,バカにされたくない,恥をかきたくないなどは,その人のライフスタイルであり生活史全般が関与してくる要因であり〔この点は筆者が長年検討したテーマであるので,詳細は文献2)を参照のこと〕,その上に,人前で吐いたとか,容姿をなじられたなどの各自の固有の体験が症状を焦点化させる要因となると考えている。これらの要因が複雑に絡み合い,多様な症状群としての対人恐怖症が形成される。当然,薬物療法は土台となっている生物学的要因に働きかけ,精神療法はライフスタイル(力動性といってもよい)の部分にはたらきかけ,行動療法的には限定された場面や症状に働きかけることになろう。
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