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雑誌目次

雑誌文献

精神医学47巻5号

2005年05月発行

雑誌目次

巻頭言

スティグマを克服するにはどうするのか

著者: 岩田仲生

ページ範囲:P.462 - P.463

 「DNAとプライバシー」と題するセミナーを医学部3年生対象に行っている。命題は,『ナチスドイツによるユダヤ人大量虐殺を肯定するものはいない(ただし当時の著名なドイツ人医師・医学者の多くは賛同協力していた)が,その理論的背景となった社会ダーウィニズム(医学・医療の発展は本来自然淘汰されるべき劣性の遺伝的要因を救済=反対淘汰が行われている)に諸君は現代医学を学ぶものとして明確に反論できるか?』というものである。問題提起と議論に必要な事項を提示した後,小グループに分かれてディベートを行ってもらう。生物学的存在と社会学的存在の統一である人間の未来に深くかかわるこのテーマについて,現在の人類の知見―特にゲノム医科学の進展の成果に基づいた理解を深めつつ人間の健康と生命をいかにとらえるかを学生諸君と議論する中で,常日頃大切だと考えていたことを改めて実感した。

展望

統合失調症の発病率と症状についての文化精神医学知見

著者: 野口正行 ,   加藤敏

ページ範囲:P.464 - P.474

はじめに
 今年(投稿時)はKraepelinの「比較精神医学」40)が世に出てちょうど百周年になる。この論文は現代の文化精神医学の嚆矢として著名であり,統合失調症が文化を越えた普遍性を持つのか,それとも文化によって相対的であるのかという議論を喚起し続けてきた18,32)。それゆえ,この問題について今年(投稿時)は文化精神医学にとって1つの節目となる年である。
 ところでこの統合失調症の普遍性という問題は,そもそも日本で日本人を相手に臨床を行う我々にどの程度関係してくる事柄なのだろうか。この問題は文化理論に関心のある一部の精神科医のみの関心を引く些末な問題にすぎないのだろうか。結論から言うならば,この問題はそれ以上のものを含んでいると筆者は考える。統合失調症が普遍的であるという主張は,この障害がいろいろなところでみられるという以上のものを含意する強い主張である。統合失調症が文化を越えてどこにでも一定の割合で発症し,類似の症状を呈する。それゆえ,それは中核に生物学的基盤を有していて,その基盤は文化には左右されないということをこの主張は含意している。それゆえ,この主張は近年の「生物学化biologization」の潮流にとって有力なエビデンスとして非常に重要な意味を持っている。統合失調症の原因をどう考えるか,そしてそれをどう治療していくかという本質的な点にまでこの問題は絡んでくるし,ひいては精神疾患そのものの定義付けにまで関係してくるのである。それゆえ,Kraepelinの著作のちょうど1世紀後に,統合失調症の普遍性と文化いう問題について取り上げることは時宜にかなったものと言えるだろう。
 この機会に本論文では,統合失調症について行われてきた文化精神医学的研究を整理することで,この問題について検討するよすがとしたい。なお,紙数の都合から,本稿で取り上げる研究はWHOの大規模な研究が行われた1970代以降のものを中心としたい。さらに取り上げるテーマも,本稿でまず発症率と症状を取り上げ,経過と転帰については次稿に譲ることとしたい。なお,本稿はすでに以前の展望57)で取り上げた精神疾患の普遍性の問題を統合失調症に即してさらに検討を深めたものである。

研究と報告

妄想が海外旅行の決定因子となった2症例―海外における邦人精神科救急と邦人保護の問題点

著者: 斉藤卓弥 ,   勝田有子 ,   西松能子

ページ範囲:P.475 - P.481

抄録
 海外に居住する邦人ならびに邦人旅行者の数は増加を続けている。海外に滞在する邦人が増加するにつれて,様々な精神的な問題を抱えた邦人が海外で精神科医療の対象となる機会も増えている。アメリカ,特にニューヨークは邦人居住者,旅行者の数が最も多く,邦人が現地の精神科救急医療ならびに入院治療を受ける機会もしばしば認められる。
 今回,我々は妄想に基づき繰り返し渡米し,問題行動のために入院治療が必要となった2症例を経験した。家族が渡米を阻止しようとしたが,適切な対応が不可能であった。また1症例では,退院後家族に伴われ帰国したものの翌日には再渡米した。本論文では症例を呈示するとともに海外での精神科救急システムの中での邦人援助の実態と,今後の対応についての提言を行った。

Social Adaptation Self-evaluation Scale(SASS)日本語版の信頼性および妥当性

著者: 後藤牧子 ,   上田展久 ,   吉村玲児 ,   柿原慎吾 ,   加治恭子 ,   山田恭久 ,   新開浩二 ,   中島満美 ,   岩田昇 ,   樋口輝彦 ,   中村純

ページ範囲:P.483 - P.489

抄録
 うつ病者の社会適応状態の自己記入式評価尺度であるSocial Adaptation Self-evaluation Scale(SASS)の日本語版を作成し,日本人における信頼性,妥当性を検討した。Cronbachのα係数はうつ病患者で0.85,健常者で0.76,また再検査法(2週間の間隔)でも相関係数0.79と,十分な信頼性が確認された。因子分析では,対人関係,興味や好奇心,自己認識の3つの因子が抽出された。SASSはHamiltonうつ病評価尺度(Ham-D)およびBeck Depression Inventory(BDI)と有意な負の相関を示した。また,うつ病非寛解群はうつ病寛解群に比べ有意にSASS得点が低かった。以上の結果より,SASS日本語版はうつ病の社会適応状態の評価尺度として,十分な信頼性と妥当性を有することが示唆された。

Methylphenidate使用中に奇妙な絵画表現を呈した遷延性うつ病の1例

著者: 中村愛 ,   星野良一 ,   安藤勝久 ,   小粥正博 ,   関根吉統 ,   河合正好 ,   森則夫

ページ範囲:P.491 - P.497

抄録
 methylphenidateの使用中に意欲低下の改善と並行して奇妙な絵画表現を示した遷延うつ病の1例を報告する。症例は51歳の男性で42歳時に発症し,43歳時に入院歴がある。十分な休養と,抗うつ薬を使用することで抑うつ気分は改善したが,不安感,意欲低下の訴えが持続したためmethylphenidateを追加使用したところ,意欲低下が改善した。一方,絵画では写実的・具象的な内容から抽象的でグロテスクな内容に変化し,ロールシャッハ・テストでは感情が解放されやすく易刺激性が目立つようになった。しかし,methylphenidate中止後には写実的・具象的な表現内容に変化していた。このことから,methylphenidateにより,臨床観察ではとらえることのできない病的な認知機能の変化がもたらされることが示唆された。そして,この認知機能の変化は絵画という自由度の高い課題でより的確に評価できる可能性が示唆された。

遅発性ジストニア・ジスキネジアへの投薬計画:12症例の経験

著者: 髙橋三郎 ,   大曽根彰 ,   松田晃武

ページ範囲:P.499 - P.508

抄録
 長期入院中,慢性統合失調症に対して定型抗精神病薬を中心とした薬物療法が行われ遅発性ジスキネジアを発症していた者7名に,D2受容体遮断作用がきわめて弱い非定型抗精神病薬quetiapineに置き換えたところ,その5例で投薬誘発性運動障害が消失したことを昨年報告した。その後,これらの症例について1年間の経過を調べた。
 7症例のうち,前回の報告で効果なしまたは疑問とした3例は,quetiapineの投薬を1年間続けて,AIMS(異常不随意運動評価尺度)の得点が改善した。一方,精神症状の悪化や糖尿病併発のためにquetiapineからbutyrophenone系薬剤と抗コリン薬の投薬に再変更した5症例では,その投薬期間に対応して明らかにジスキネジアの症状が増悪した。
 また,新しく遅発性ジスキネジアを伴う3症例とジストニアを伴う2症例に対してquetiapineによる治療を試み,うち3名に好ましい効果が得られた。
 これらの症例の経験から,quetiapineは遅発性ジスキネジアだけでなくジストニアに対しても好ましい効果が確認され症状の改善が得られたが,butyrophenoneなどの定型抗精神病薬は明らかに症状を悪化させることを確認した。

唾液中バルプロ酸(VPA)濃度測定による在宅TDMの試み(2)

著者: 斎藤百枝美 ,   江戸清人 ,   石川大道 ,   疋田雅之 ,   管るみ子 ,   渡部学 ,   上島雅彦 ,   長井俊彦 ,   吉田浩 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.509 - P.513

抄録
 我々は唾液中バルプロ酸(VPA)濃度を測定することによる在宅TDMを実施し,その治療的意義と有用性に関して検討した。基礎試験において,在宅での唾液中VPAの保存安定性の検討を行い,在宅での唾液保存条件においても唾液中VPAは安定であった。また,福島医大病院神経精神科通院中のVPA服用患者を対象とし,唾液中VPA濃度と血清総濃度,遊離型濃度との相関性を検討し,それぞれ強い正の相関(n=74,r=0.71,r=0.77)を認めた。
 今回,福島医大病院神経精神科通院中のVPA服用患者25名(男性11名,女性14名,平均年齢28.8歳)を対象とし,在宅での7回の唾液採取によるTDMを実施した。この結果,予想血清総VPA濃度と唾液中VPA濃度には正の相関が認められた(r=0.60)。これらの結果から,在宅での唾液を試料としたVPAのTDMは臨床上有用性が高いと考えられる。

女子高校生における自傷行為―喫煙・飲酒,ピアス,過食傾向との関係

著者: 山口亜希子 ,   松本俊彦

ページ範囲:P.515 - P.522

抄録
 女子高校生126名を対象に自記式調査票を用いて,自傷,喫煙・飲酒,過食,ピアスの経験に関する調査を実施した。女子高校生の14.3%に少なくとも1回の「身体を切る」自傷行為の経験があり,6.3%が10回以上の自傷行為の経験があった。また,自傷経験者では,非経験者に比べて,喫煙・飲酒経験,ピアスの経験が有意に多く認められた。さらに,自傷経験者では,過食経験のある者が有意に多く,10回以上の自傷経験者では,非経験者よりも,大食症質問票の得点が有意に高かった。以上より,「自分を傷つけること」「食べ過ぎてしまうこと」「嗜好物質によって気分を変えること」の間には,密接な関係がある可能性が示唆された。

神経性無食欲症患者の骨病変―骨密度分析による横断研究

著者: 才野均 ,   傳田健三 ,   伊藤耕一 ,   朝倉聡 ,   北川信樹 ,   賀古勇輝

ページ範囲:P.523 - P.529

抄録
 北海道大学病院精神科神経科に入院または通院中の,比較的幅広い年齢層の神経性無食欲症(AN)患者13(男2,女11)人に対し骨病変の調査を行った。その結果,40歳以上の3例で病的骨折を認め,腰椎骨密度測定の結果では50歳代2例と30歳代1例が退行期骨粗鬆症の診断基準を満たした。骨密度の同年齢平均との比較値(Z値)は81.3±12.9(64.0~109.0)%で,13例中12例が同年齢平均値を下回った。骨密度(Z値)は罹病期間と負の(p<0.05),過去最低体重と正の(p<0.001)相関を認めた。

がん患者の抑うつに対する簡易スクリーニング法の開発―1質問法と2質問法の有用性の検討

著者: 川瀬英理 ,   下津咲絵 ,   今里栄枝 ,   唐澤久美子 ,   伊藤佳菜 ,   齋藤アンネ優子 ,   松岡豊 ,   堀川直史

ページ範囲:P.531 - P.536

抄録
 がん患者の抑うつに対する簡便なスクリーニング方法を検討するために,放射線治療中または治療歴があるがん患者238名を対象に放射線科担当医による口頭での1質問法,自己記入式の2質問法を実施した。同時にSCIDによる構造化面接を実施し,大うつ病性エピソードと小うつ病性障害を合わせた診断を外的基準とした。ROC(Receiver Operating Characteristic)分析の結果,1質問法はROC曲線以下の面積(AUC)が小さく,感度55%,特異度84%であり,その有用性が低いことが明らかにされた。一方,2質問法は,AUCが大きく,カットオフ値を1/2点としたとき,感度100%,特異度79%であり,簡便で有用なスクリーニング方法であることが明らかにされた。

短報

境界性人格障害におけるコミュニケーション上の逸脱の評価

著者: 小羽俊士 ,   堀江姿帆 ,   三嶋明子 ,   鍋田恭孝

ページ範囲:P.539 - P.542

はじめに
 境界性人格障害は,自己像や他者との関係の不安定さ,それがもとにある感情の不安定さや,衝動的で自己破壊的な逸脱行動を繰り返すこと,そして顕著な空虚感や孤立感が慢性的に存在することなどの臨床像で特徴づけられる1)。この疾患を持つ患者は,面接の中で主観的な体験について具体性に欠ける話し方をすることや,対人関係認知の仕方が漠然としていることが少なからずあることが臨床的には気づかれる。この疾患を持つ患者にみられる自己像や他者との関係性の不安定さといった症状の背景には,こうした漠然とした認知やコミュニケーションの問題があることが考えられる。しかし,このような認知やコミュニケーション・スタイルの問題が境界性人格障害の患者では健常者に比較して多いのかどうか,定量的に調べた研究は筆者の知る限りはまだなされていない。
 本研究の主な目的は,上記の臨床的な印象を検証することにある。すなわち,主観的な体験を語る課題を与えられたときに,境界性人格障害の患者は健常者に比較して相手にわかりにくい漠然とした話し方をする傾向がより多いかどうかを調べるものである。

レビー小体型痴呆に伴うBPSDにQuetiapineが奏功した1例

著者: 滝沢龍 ,   大前晋 ,   上瀬大樹 ,   笠井清登 ,   亀山征史 ,   百瀬敏光 ,   加藤進昌

ページ範囲:P.543 - P.546

はじめに
 レビー小体型痴呆(以下,DLBと略す)は痴呆とパーキンソン症状を主症状とする変性性痴呆の一型である。他の変性疾患と異なる特徴として,注意や覚醒レベルの変動を伴う認知機能の動揺,現実的で詳細な内容の繰り返される幻視体験などの特徴的な症状や抗精神病薬への過敏性などが挙げられる6)
 昨今の痴呆臨床において,痴呆に中核的な記銘力・見当識・判断力・認知機能などの障害だけでなく,これらの障害から二次的に出現する焦燥,不眠,攻撃的な言動,徘徊,幻覚,妄想,せん妄などの精神・行動障害が注目されている。こうしたBPSD3)は,中核症状にまして在宅での生活を困難とするため,薬物療法が必要となることも多い。
 今回我々は,DLBの臨床診断基準6)を満たす1症例について,最近注目されているF-Dopa PET,123I-MIBG 心筋シンチグラフィーを用いた画像検査7)による評価を診断に適用した。さらに,DLBでは特に従来の定型抗精神病薬の使用が困難とされているが,本症例では非定型抗精神病薬であるquetiapineの使用によって大きな副作用を伴わずにBPSDの改善をみたので報告する。

脳波異常と幻覚妄想状態を呈した脳梁欠損症の1例

著者: 財津康司 ,   秋山政寛 ,   安藤義将 ,   安藤信義 ,   南光進一郎

ページ範囲:P.549 - P.552

はじめに
 左右の大脳半球を結ぶ神経線維束を交連というが,脳梁はその中で最大のものである。
 脳梁欠損症(agenesis of the corpus callosum)は脳梁の形成障害の程度により完全欠損から部分欠損までみられる。1812年にReilが初めて報告して以来,気脳撮影・剖検により診断されていたが,最近はCT,MRIの導入によって,より多くが発見されるようになった。その臨床症状に関しては,神経学的な所見に関するものや合併奇形を有する症例の報告が多くみられるが,精神症状を呈した例の報告は少ない。これまでの報告では,幻覚妄想状態3,5,10,12),躁うつ病様の精神症状1),あるいはとん走を繰り返した例7)が報告されている。しかし,脳梁欠損症と精神症状との関連はいまだ十分に解明されているとはいえず,今後も症例の集積が必要である。我々は幻覚妄想状態と脳波異常を呈した脳梁欠損症の患者を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

薬物乱用が初発症状であったchorea-acanthocytosisの1例

著者: 齊藤清子 ,   和気洋介 ,   寺田整司 ,   宮田信司 ,   氏家寛 ,   黒田重利

ページ範囲:P.553 - P.556

はじめに
 Chorea-acanthocytosis(ChAc)は成人発症で,口周囲の不随意運動および頭部四肢の舞踏病様不随意運動,深部腱反射の低下あるいは消失,咬唇・咬舌などの自傷行為を臨床的特徴とする原因不明の神経変性疾患である4)。口周囲の不随意運動が初発症状である症例が多く,精神症状で発症する例はまれである6)
 今回我々は,49歳時に薬物乱用にて発症し,引き続き緩徐に進行する不随意運動のため,57歳時にChAcと診断された1例を経験した。初発症状としての人格変化が目立った例であり,ChAcの病態を理解する上で貴重な症例と考え,報告する。

資料

統合失調症を主とした精神疾患死後脳バンク―本邦における系統的確立を目指して

著者: 松本出 ,   池本桂子 ,   伊藤雅之 ,   井上祐紀 ,   岩崎剛士 ,   國井泰人 ,   柴田勲 ,   楊巧会 ,   和田明 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.559 - P.567

はじめに
 統合失調症,躁うつ病,てんかん,痴呆などの慢性精神神経疾患は,幻覚,妄想,気分の変動性,けいれん発作,知的機能低下などを主症状とし,慢性の経過をたどる。これらの疾患では,精神病症状が問題の1つではあるが,患者の社会機能の低下,さらにはそれに伴う家族の苦痛などがより重要な問題である。罹病率は高く,人口100人に対して10~20人が生涯のうちに1度は精神疾患と診断される。これらの疾患の発病機序に関しては様々な仮説が提出されてはいるが,依然としてその根本的な原因は判然としていない。慢性精神神経疾患は高頻度で発生し,患者を生涯にわたって非生産的で介護が必要な状態とすることから,それによる社会的損失は多大である。統合失調症を例にとってみると,米国精神衛生研究所は,統合失調症による収入の損失とその医療費は,米国だけで年間500億ドルに達すると見積もっている。本邦における推計では統合失調症による直接医療費は約5,000億円,社会的損失を含めると1.9兆円,年間入院医療費のみでも7,000億円とされている21)。米国ではさらに,慢性精神神経疾患を持つ患者の家庭は崩壊し,近年の精神病院開放化に伴う患者のホームレス化,10%以上に上る自殺率など社会的にも大きな問題を引き起こしている25)
 この主要疾患の発症機序を解明し,効果的治療法を開発していくことは重大な社会福祉的課題である。既存の抗精神病薬は,慢性精神神経疾患の精神症状を部分的に改善する効果が認められ,治療法の中心的役割を担っていることは確かである。しかしながら,大部分のケースでは薬物療法の効果には限界があり,心理・社会的リハビリテーションの併用を必要とする。これらの治療を理想的環境下で行ったとしても,患者の社会復帰という側面では依然満足するに足るだけの効果は得られていない。治療成績の向上には,既存の抗精神病薬に抵抗性の精神症状に有効で,社会生活機能の低下を予防でき,長期的予後を改善できる薬物の開発が必須である。そのためには,本疾患の原因が不明であるという現状を打開するために,患者脳における異常現象の実態を直接的に明らかにする死後脳研究が不可欠である。本稿では,統合失調症を中心として死後脳研究の歴史と現時点でのあり方,世界におけるバンク設立状況ならびに1997年より開始された筆者らの講座における体系的死後脳バンクの設立状況について概観する。

私のカルテから

Olanzapine投与により著明改善した皮膚寄生虫妄想(Ekbom症候群)の1例

著者: 原田研一

ページ範囲:P.569 - P.571

はじめに
 意識清明な状態において皮膚表面や身体内部に虫がいると語り,その存在に関して訂正不能な確信を有する特異な病態として皮膚寄生虫妄想(Ekbom症候群)がある1)
 その薬物治療についてはhaloperidolやpimozideなど定型抗精神病薬の使用が一般的である1)。しかし,比較的高齢での発症が多い本症では副作用などにより定型抗精神病薬の使用が困難となる場合がある。今回,筆者は新規非定型抗精神病薬olanzapine(OLZ)を投与することにより有害事象を惹起することなく速やかに改善した皮膚寄生虫妄想の1例を経験したので若干の考察を含めて報告する。

脳炎による緊張病症候群に修正型電気けいれん療法が奏功した1例

著者: 平野仁一 ,   小林伸久 ,   澤村岳人 ,   宮崎誠樹 ,   長峰正典 ,   吉野相英 ,   野村総一郎

ページ範囲:P.573 - P.574

はじめに
 今回我々は,原因の特定されない脳炎から緊張病症候群を呈し,修正型電気けいれん療法(modified-electroconvulsive therapy;mECT)が奏功した1例を経験したので報告する。

「精神医学」への手紙

論文引用には正確さを求む―「55歳発症の初期分裂病(中安)の1例」論文(田中健滋:本誌46:1193-1199,2004)のoriginalityをめぐって

著者: 中安信夫

ページ範囲:P.576 - P.578

 副題に記した田中健滋論文において,そのoriginalityにかかわる点において小生の論文が多々引用・批判されておりますが,その引用には明々白々な誤りがありますので一筆したためます。
 著者の田中氏は,小生が提唱してきた初期分裂病(精神分裂病の呼称変更に伴い,すでに小生は初期分裂病を初期統合失調症へと改めていますが,議論の対応上,本稿では初期分裂病という名称を用います)と症候学的には合致するものの,その発症年齢が55歳という症例を,初期分裂病の「遅発例」(以後,田中氏の論述にはカギ括弧を,また重大な誤りには下線を付します)として報告しておられます。初期分裂病の発病年齢について小生ら4,5)はこれまで,自験90例の検討において物心ついた頃(物心症例)と14~15歳頃前後(非物心症例)にピークを有する二峰性の分布を報告しており,後者の最高年齢が27歳でしたので,確かに55歳発症例は新しい知見と考えます(ただし,初期分裂病は1つの病期型ですから,遅発パラフレニーや遅発緊張病など広く遅発統合失調症Spätschizophrenieと呼ばれる臨床単位の初期段階として認められる可能性は十分にありました)。

書評

心理療法の形と意味―見立てと面接のすすめ方

著者: 米良哲美

ページ範囲:P.579 - P.579

 著者は,精神分析療法から入門し,後にクライエント中心療法を学んだ心理臨床家である。本書は,著者が1989年から2003年にかけて書いた論文の集成である。全体は2部20章からなる。論文集であるため章によって筆致の違いがあるが,著者は常に治療者と患者との間に漂っていて言葉では表現しがたい微妙な関係がかもしだす“意味”について焦点をあてようとしている。
 第Ⅰ部の「心理療法の構造と原則」では,心理療法を開始するところから進行していく時のそれがテーマの中心となっている。自説が繰り広げられるだけでなく,フロイトとウィニコットの事例が挙げられ,著者流の解読が試みられている章もある。第Ⅱ部の「心理療法の実践と応用」では,神経症,心身症,アノレキシア,境界例などの心理療法過程および心理検査を行う時のそれが取り上げられているが,症例とともに述べられているので実感を持って読み進めることができる。従来の概念では転移と逆転移にまつわる考察が中心のテーマといえようが,本書が特徴的なのは,それらについて著者が臨床の現場で自分の気持ちのひとつひとつをきめ細かく分解し,ていねいに見返していったときの実感を言葉にしようとしていることである。

【解説】性同一性障害者性別取扱特例法

著者: 黒田重利

ページ範囲:P.580 - P.580

 性同一性障害者性別取扱特例法の解説書が著された。本書は第1章から第5章まであり,第6章は参考資料である。

 第1章は現在法務大臣をされている南野知恵子議員が本法律への取り組み,経緯を述べられている。南野大臣は本法律の成立に際して中心的役割を果してこられた人である。2000年8月の第6回アジア性科学学会からの本格的なかかわりとその後の経緯であり,とくに2003年2月からの活躍ぶりは驚嘆である。第2章の前半は針間克己氏が性同一性障害の概念,診断基準,関連する疾患,歴史,治療を論じられている。後半は大島俊之氏が法的な諸問題として,性別表記の訂正・変更,望む性での生活体験であるreal life test,名の変更,性別適合手術,婚姻などについて詳述されている。第3章は逐条解説である。各条ごとに趣旨,背景に関して詳しい解説がある。第4章はQ&Aであり,質問事項は58項と多く,およそ予想される疑問点はすべて網羅されている。解答は具体的で,わかりやすい言葉で説明されている。この章は読者が一番に,また繰り返し読む箇所であることは間違いない。第5章は「制定に寄せて」であり,性同一性障害にかかわりの深い原科孝雄,石原理,星野一正,棚村政行,石原明,虎井まさ衛の各氏がそれぞれ寄稿されている。第6章は参考資料であるが,150頁以上の膨大なものである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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