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雑誌目次

雑誌文献

精神医学47巻8号

2005年08月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科における電子カルテ化

著者: 菅原道哉

ページ範囲:P.820 - P.821

 私が現在所属している大学付属病院では数年間の準備,移行期間を経て2004年10月から入院病棟で,2005年4月からは外来での完全電子カルテ化が始まった。電子情報委員会ではシステム導入に当たり啓発活動を行った。その際電子カルテ化の意義を次の5点として挙げた。①ネットワーク型情報の共有:院内のみならず地域医療機関との連携が深まる。その結果重装備型大学病院と中軽装備型の医療機関の間でそれぞれの機能分担が可能となる。②大学病院内でのリエゾン医療の促進:一患者一カルテは,画面上で一人の患者の全体像を把握できる。したがって包括的全人医療の実践に大いに役立つ。③カルテ開示:電子カルテは医療者のメモ書きではない。患者の医療情報そのものである。したがって患者が自分の医療情報のコントロール権を持っている。患者に病状,治療内容,予後を説明することでカルテの開示を求めてくることも多くなる。医療者は医療行為を慎重に果たさねばならないという責任感を高める必要がある。それによって医療過誤ひいては訴訟を減少させることができる。④医療事故の減少:医療情報の共有化によって科をまたいで医療行為が確認でき,一貫した医療サーヴィスが可能となる。その結果医療事故も減らすことができる。⑤効率化:一患者一カルテとなることで各課が単独のカルテを作る必要がなくなる。カルテ記載の形式も共通化されるので事務量が減り,医療者は本来の業務に専心できる。このような趣旨説明を各種医療連絡会,全体集会で行い,PCリテラシーの向上を図り,かつ情報の管理と契約を結んだ人への情報の開示という倫理問題について自己責任の重要性を深める勉強会が頻繁に持たれた。
 ところがいざ実施されてみると,現場から様々な問題が生じてきた。①発信者管理:入力者の責任と義務が著しく増加した。臨床の現場は一刻を争う事態がしばしば生じる。目前の医療行為を優先させなければならない。したがって電子カルテ記載は後回しになり,診療行為が終了後記載することになる。その結果誤入力がどうしても生じる。また入力作業は思いの他煩雑である。したがって必要最低限の記載にとどめようとする。②情報の共有化:情報の管理と情報の公開の間に横たわる矛盾が生じてきた。まずはプライバシーの保護である。作業効率を保持するために端末を常に接続状態にしておく。その結果アクセス権を持っている主治医以外の医療関係者が患者の情報を見ることができる。また参考資料として後日検討するための複写ないしは他の電子媒体への転写によって情報が外部に漏れる恐れが出てきた。③カルテ開示を前提とした記載:POS(Problem Oriented System)方式にカルテ記載が統一された。この方式は,患者の訴え,医者の診察結果,症状と所見,検査結果を基にした治療法の記入からなっている。病状の客観的記載,検査結果の記載および対処法の論理的記載には優れた方式ではある。しかし電子カルテは,数値情報,映像化情報,単語水準の単純な文字化情報にあふれることになった。無機質な内容となり,患者は疾患,病状からなる部分の集合になってしまう。

特集 リエゾン精神医学の現状と課題

リエゾン精神医学の現状と課題

著者: 國澤正寛 ,   津田真 ,   濵元泰子 ,   中谷真也 ,   河瀬雅紀 ,   福居顯二

ページ範囲:P.823 - P.830

わが国におけるリエゾン精神医学の始まり
 コンサルテーション・リエゾン精神医学は,米国では20世紀初頭より始まったとされるが,わが国では1977年に加藤5)によりコンサルテーション・リエゾン精神医学の概念が紹介されて以降,精神科医の間に広がり始めた。そして1988年には,日本総合病院精神医学会が設立され,コンサルテーション・リエゾン精神科医が集い,実践報告など専門的な学術活動の場が確保された。2001年からは日本総合病院精神医学会による専門医制度が始まり,また,2004年から開始された新医師臨床研修制度において精神科研修が必修化され,コンサルテーション・リエゾン精神医学もその教育に組み込まれるなど,この分野に対する関心はますます高まってきている。
 一方で,全国の総合病院に必ずしも精神科の常勤医が配置されているわけではなく,また常勤の精神科医が1人であるところも多い。そこで,総合病院において精神科医が果たせる役割にも限界があり,大学病院やがんセンターなどの一部の施設を除いては,「身体疾患のチーム医療の一員として」よりは「身体疾患の治療にあたっている主治医からの相談を受けて」対応することが多いと思われる。

サイコオンコロジー,がん終末期医療

著者: 大西秀樹 ,   八戸すず ,   奥野滋子

ページ範囲:P.831 - P.836

はじめに
 がん専門病院の治療病棟,緩和ケア病棟でがんに関連した多くの症状を経験し治療してきた。本稿では,がん専門病院での臨床経験からサイコオンコロジー,終末期医療の現状,問題点について解説する。

透析,生体腎移植(サイコネフロロジー)におけるリエゾン―ことに小児,思春期の症例の経験を通して

著者: 春木繁一

ページ範囲:P.837 - P.843

はじめに
 筆者は,30数年間を一般臨床精神医学・医療に従事する傍ら,透析,腎移植,ことに生体腎移植のリエゾン・コンサルテーション医療にかかわってきた3,5)。その臨床経験を通して小児,思春期リエゾン精神医学の一側面について考えていることを述べてみたい。
 最近では小児科からのリエゾンの依頼は「身体」面でも治療が難しく,「精神面」でも相当に援助が難しい疾患が増えている。思いつくだけでも,先天性心疾患,川崎病,心不全,胆道閉鎖症,劇症肝炎,急性白血病,若年性関節リウマチ,ネフローゼ・腎炎,腎不全,原発性免疫不全症候群,小児のエイズなどがある。
 いずれも子どもは「生命の危機」を背負い,「生死についての不安・恐怖」を感じ,「生き残っても慢性化する疾病・障害」を持ち続ける運命にある。さらには冷徹な事実として「死」がいつでも起こり得る疾患であり,「死と隣り合わせ」の心理を抱えて生きていかねばならないcriticalな状況に置かれている。一方で,最近では,ケースによっては医療技術の進歩により「10年はおろか20年,時には30年以上を生きていくことができる」場合が起き得る医療でもある。が,そのためには心身両面で想像以上の困難が待ち受けている。それらに子ども本人と家族(ことに母親)が直面していかねばならない。
 成田9)は,リエゾン精神医療では「あまり底の深い問題はとりあげない」と貴重な示唆をしているが,長期にわたりcriticalな状況の医療が続くことを考えると,ある程度「底の深い」問題も取り上げざるを得ないこともある。

サイコカルディオロジー―心血管系疾患とうつ病の関連について

著者: 木村宏之 ,   徳倉達也 ,   尾崎紀夫

ページ範囲:P.845 - P.850

はじめに
 20世紀初頭から,アメリカの総合病院において身体疾患に伴う精神医学的問題に関心が高まり,1939年にはBillings2)がリエゾン精神医学という言葉を初めて用いている。その後,リエゾン精神医学は精神医学の重要な領域として発展してきたが,医学全体がbio-psycho-socialな視点を重要視する昨今,「こころ」と「からだ」を独立したものとみなすのではなく,リエゾン精神医学が提唱してきた「こころ」と「からだ」の関連性がさらにクローズアップされている20)
 一方,リエゾン精神医学が発展する過程において,多様な身体疾患を持つ患者の精神医学的問題への対応策も,各疾患に即した治療戦略が提唱されている。たとえば,癌や腎不全領域のリエゾン精神医学は各身体疾患を抱える患者の精神医学的問題にいかなる援助が適しているかという視点から,サイコオンコロジーやサイコネフロロジーといった分野が発展してきた。一方,心血管領域では,冠動脈疾患発症のリスクファクターの1つとしてA型行動パターンが抽出され,検討が加えられてきた。しかし,1993年に冠動脈疾患に伴う精神症状が死亡率と直接的に関連することが明らかになってから,精神症状,特にうつ病と心血管系疾患の関連を検討した研究が充実し,わが国でもサイコカルディオロジーとして,リエゾン精神医学の一領域として認知されつつある19)
 さて,うつ病は一般人口において時点有病率が3~5%であり,精神障害で最も頻度が高いが,一般人口に比べて,心血管疾患の患者のうちうつ病を有している患者は15~20%と高率である5,10)。しかもうつ病と心血管疾患はただ併存しているだけではない。たとえば,心血管疾患が生じるリスクは,うつ病群では約2倍高く14),また,心血管疾患で死亡するリスクはうつ病群では約4倍にも上る21)とされる。言い換えれば,心血管疾患がうつ病の引き金になり得るし,さらに心血管疾患の予後に影響を及ぼすといえよう。
 しかしながら,一般人口におけるうつ病患者が適切な精神科治療を受けているとは言い難い。たとえば,ヨーロッパの大規模な調査によると,うつ病患者のうち,医療機関を受診するのが全体の50%,精神科を受診するのが全体の10%,抗うつ薬を投与されているのが8%という報告13)がある。患者にとって,精神科受診に対する心理的な抵抗もあるだろうし,うつ病の啓蒙や一般医における初期対応が十分でないこともあるだろう。うつ病患者に対する十分な治療が行われていない現状は,うつ病と密接に関連する心血管疾患の治療にも影響を及ぼしていることは想像に難くない。一方で,心血管疾患に通暁していない多くの精神科医は,心血管疾患に伴ううつ病の治療に対し,戸惑いが生じることも否めない事実であろう。
 そこで,今回,心血管領域におけるうつ病について概説し,心血管疾患患者のうつ病において配慮すべき点についても検討し,サイコカルディオロジー普及の一助となることを期待するものである。

産婦人科領域におけるリエゾン精神医学

著者: 内出容子

ページ範囲:P.851 - P.856

はじめに
 女性の一生は,内分泌・生殖といった観点から小児期,思春期,生殖期,更年期,老年期と分類され,女性ホルモンの変動や,生殖に関するイベントなど,各年代に応じた女性特有の出来事があり,精神神経系に与える影響は計り知れない19)
 実際の臨床現場を考える時,総合病院産婦人科病棟において精神科医の登場が必要な場面としては,精神疾患合併症例の妊娠出産や出産前後の精神障害などがまず頭に浮かぶ。外来診療では更年期障害や月経と関連した精神障害などで産婦人科医からの相談を受けることがあるだろう。また,近年発達の目覚ましい「女性専門外来」でも精神科医は不可欠な存在となっている。
 しかしながら,この領域についての報告や研究はあまり多くない。そこで,ここではリエゾンに限らず,産婦人科との連携を広く視野に入れ,産婦人科領域での精神科的問題について幅広く取り上げることとしたい(図)。

皮膚科領域におけるリエゾン精神医学―本邦における歴史および現状と課題

著者: 境玲子 ,   池澤善郎 ,   小阪憲司 ,   平安良雄

ページ範囲:P.857 - P.862

はじめに
 皮膚は身体の一部であるが個人と外界との「境界」として存在し,個体の外見的識別の重要な要素でもある。本邦で“あばた”や“しみ・そばかす”が醜形ととらえられ,グリム童話でも“白雪姫”の美しさが“skin as white as snow”と形容されているように,洋の東西を問わず,「皮膚に病変がない」ことが美の条件の一つとしてとらえられてきた。裏を返せば,皮膚病変の存在が一般社会において個人の短所ととらえられる傾向を示し,他者とのかかわりや個人の発達過程に大きく影響することを示す。
 欧米では「皮膚と精神の関連」について古くから検討されてきたが,本邦では皮膚科と精神科との連携の歴史は浅く,報告も少ない。本稿では「皮膚―精神」への探求について海外での知見と歴史,本邦の現状を述べ,リエゾン精神医学の立場から「皮膚科と精神科との連携」について考察する。

造血幹細胞移植における精神医学

著者: 赤穂理絵

ページ範囲:P.863 - P.868

はじめに
 白血病をはじめとする造血器悪性疾患に対して造血幹細胞移植が確立されて30年近くになる。骨髄液を採取して移植する骨髄移植から始まり,1990年代になると末梢血幹細胞移植,臍帯血移植も行われるようになり,移植可能な造血幹細胞のソースが多様化してきた。さらにここ数年は,移植リンパ球によるGVL(graft versus leukemic cell)効果を利用することで,大量抗がん剤投与や放射線照射を必要とした従来の前処置を軽く抑えることのできる骨髄非破壊的幹細胞移植(いわゆるミニ移植)が始まっている。ミニ移植は,重症の臓器障害がある患者,高齢者にも施行することができ,対象疾患も造血器悪性疾患に限らず, 乳癌,膵臓癌,腎癌,悪性黒色腫など固形腫瘍に広がった。より多くの疾患,年齢層の患者が“希望の綱”として造血幹細胞移植を受けることができるようになってきている。
 造血幹細胞移植における精神科関与は,当初最も精神障害の合併頻度が高いとされる移植病棟における精神的ケアが中心であった。その後,移植患者は移植意思決定の時期から移植後長期生存期間に至るまで,段階ごとに特有の心理社会的ストレスを抱えており,各段階に応じた心理的サポートが必要であることが指摘されてきた2)。また移植患者数の増大に伴い精神障害を持つケースにおける造血幹細胞移植の報告も増えている。さらに精神科関与は移植患者を対象とするものばかりでなく,移植という先端医療を受けるにあたっての家族の苦悩,血縁ドナーのストレスも指摘されており,適切な心理的ケアのあり方が今後の課題である。また移植医療にかかわる医療スタッフが感じるストレスへの対応も,チーム医療における精神科の役割の一つであると考える。

救命救急医療における精神医学―自殺者の増加を背景とした精神科医の役割

著者: 山田朋樹 ,   河西千秋 ,   長谷川花 ,   佐藤玲子 ,   小田原俊成 ,   杉山貢 ,   平安良雄

ページ範囲:P.869 - P.876

はじめに
 横浜市立大学では,1990年に救命救急センターが開設され本格的な救命救急医療がスタートした。当時すでに本学では研修医の2年間のローテート研修が義務づけられており,1990年から救命救急センター研修も必修化された。診療科相互の敷居が低く,救命救急センターと精神科とのかかわりは初めから密であった。当初は,せん妄患者の治療,精神疾患を持つ入院患者の精神症状評価と対応,あるいは薬剤調整の指導といった業務が中心であった。救命救急センターからのコンサルテーションは,他の病棟と比較して多い。しかし,たとえば過量服薬による自殺企図で在院期間が1日のみの患者においては,わずか1度の診察機会しか持てないこともあるため,精神科医―患者関係は希薄になりがちである。自殺者・自殺企図者に最前線で対応しているのは,身体科医としての救命救急医療スタッフである。彼らは,これらの患者に対して身体的な救命処置のみでは済まされないことを以前から肌で感じており,精神科医と常時,密接な連携を持ち治療に当たることの必要性を実感している。本学では精神科から考える必然性と,この救命救急センターからの要請により,現在救命救急センターに精神科医の常勤ポストが置かれている。今後,心の領域も含めた「救急医療における包括的な医療の実践」が必要であるという認識はますます高まってくると考えられる。このような現状を踏まえ,コンサルテーション・リエゾン領域における精神科医として,救命救急センターで取り組むべき役割について,以下に総括し考察を加えた。

研究と報告

有効で安全な急速鎮静法の検討

著者: 治徳大介 ,   堀彰 ,   平澤俊之 ,   黒田仁一 ,   中村研之 ,   富山三雄 ,   島田達洋 ,   島田直子 ,   木村修 ,   渡辺崇 ,   宇野皆里

ページ範囲:P.877 - P.883

抄録
 精神科救急病棟入院時に静脈注射による急速鎮静が必要と判断された124例を対象にして,haloperidolとflunitrazepamの静脈注射を用いて有効で安全な急速鎮静法を検討した。Haloperidolとflunitrazepamの併用投与群では,それぞれの単独投与群より攻撃性が強かったにもかかわらず,効果が優れており,副作用に差はなかった。併用投与群における投与順序を比較すると,haloperidol先行投与群では,flunitrazepam先行投与群と患者背景や効果,副作用に差はなかったが,入眠までに要するflunitrazepam投与量が少なかった。

新入学生に見出された初期統合失調症(中安)(第1報)

著者: 田中健滋 ,   藤本昌樹

ページ範囲:P.885 - P.895

抄録
 従来からの大学入学時のUPIスクリーニング(2002年度)と比較する形で,これに初期統合失調症(中安)の初期症状10項目からなる初期統合失調症(ES)スケールを加えたUPI+ESスクリーニングを施行した(2003年度)。その結果,2002年度の2名に対し2003年度は19名(新入学生945名中の約2%)と,有意に多くの初期統合失調症が見出された。
 統合失調症の生涯有病率が約1%であることからは,これらの初期統合失調症への治療によってその(広義の)一次予防を行える可能性が,さらに,初期症状によって引き起こされている生活―修学障害や心理的苦痛が,医学的治療により改善される可能性が指摘された。以上から,青年期そして大学生のメンタルヘルスにおける初期統合失調症スクリーニングの持つ意義は大きいと考えられた。

短報

多彩な精神症状を呈した初期のDiffuse neurofibrillary tangles with calcificationが疑われる1臨床例

著者: 北林百合之介 ,   上田英樹 ,   柏由紀子 ,   成本迅 ,   藤井英子 ,   福居顯二

ページ範囲:P.897 - P.900

はじめに
 Diffuse neurofibrillary tangles with calcification(石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病;DNTC)は1992年,1994年に小阪が提唱した臨床病理学的疾患概念である3,4)。同概念は,「分類困難な初老期痴呆症」から,Alzheimer病(AD),Pick病(PD),Fahr病の特徴を併せ持つ一群として取り出され,一疾患単位として確立された3,4)。その後の報告において,DNTCの臨床的特徴についても明らかにされてはきているものの,臨床例の報告は少なく,一般精神科医の認知もまだ不十分なのが現状と思われる。今回,我々は多彩な精神症状を呈し分裂感情障害の診断で加療されていた,臨床的に初期のDNTCが疑われる1例を経験した。症例について紹介し文献的考察を加える。

Quetiapine単独療法が著効を示した思春期双極性障害の1症例―思春期双極性障害への薬物治療

著者: 斉藤卓弥 ,   西松能子

ページ範囲:P.903 - P.907

はじめに
 成人双極性障害の躁病相への治療薬としてlithiumや第一世代抗てんかん薬が第一選択剤・標準的治療薬物として長く用いられてきた。定型抗精神病薬は,以前より双極性障害患者の精神運動興奮状態や精神病症状の改善に補助的に使われたが,副作用から使用が避けられる傾向にある。一方,非定型抗精神病薬は成人双極性障害急性期躁状態に対して有効であることが系統的な臨床試験で明らかになった。現在,米国ではquetiapine, risperidone,aripiprazole,olanzapine,ziprasidoneが,成人双極性障害の躁病相の治療薬としての認可を受け,躁病相に対する新しい治療上の選択肢として治療に大きく貢献している。
 一方で,約60%の双極性障害が18歳以前に初回のエピソードを体験しているにもかかわらず,思春期の双極性障害への薬物治療に関しては,lithium以外でプラセボーを用いた二重盲検試験は行われていない。今後lithiumが無効な症例あるいは副作用で服用が継続できない思春期双極性障害症例に対して有効な薬物療法を確立することが必要である。
 この論文では,非定型抗精神病薬quetiapineが双極性障害患者の単独投与が急性期躁状態に有効であった思春期症例を報告し,最近の非定型抗精神病薬の思春期双極性障害への使用について文献的な考察を加えた。

カウンセリングによって男性に対する同一感が消失した女性の1例

著者: 古橋忠晃 ,   丸山明 ,   西岡和郎

ページ範囲:P.909 - P.911

はじめに
 2004年7月,戸籍変更を認める性同一性障害特例法が施行され,性同一性障害は社会的にも大きな関心を呼びつつある。DSM-IV1)においては,性同一性障害の診断は「反対の性に対する同一感」と「自分の性に対する不快感」によってなされる。精神医学的に性同一性障害の診断が下されると,「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」によって,ホルモン療法,手術療法などへと至る症例もある。しかし,実際の臨床においては,必ずしも明確で固定した「反対の性に対する同一感」を示さない症例に出会うこともある。今回,初めは「自分は性同一性障害だと思うから,ホルモン療法をしてほしい」という主訴で来院したが,しばらくのカウンセリングを経て,反対の性に対する同一感の消失した症例を報告する。

資料

統合失調症患者の障害年金

著者: 山本宙 ,   柳田諭 ,   野村陽平 ,   副田秀二 ,   藤岡耕太郎 ,   木村光男 ,   森山成あきら ,   斉藤雅 ,   山口奈美 ,   瀬戸浩一 ,   三重野芳美

ページ範囲:P.913 - P.919

はじめに
 山田5)は,1980年の『国際障害者行動計画』に書かれている障害者の「完全参加と平等」の実現のために避けられない問題として,必要最低限の安定した収入の確保を挙げている。また,国連の『障害者の権利宣言』(1975年・第30回国連総会決議)の中に「障害者は経済的社会的保障を受け,相当の生活水準を保つ権利を有する」という規定があることも紹介している。日常の臨床で,強迫的手洗いの水道代に何万円もかかる強迫性障害患者や,中年に達した慢性統合失調症の子どもと少ない老齢年金だけで生活しているその親など,精神的だけでなく経済的な面でも追いつめられている症例とはよく出会う。そのたびに,はたして「完全参加と平等」や「相当の生活水準」が達成されているのだろうかと疑問に思う。今回我々は,そうした障害年金の問題点を明確にするためにアンケート調査を実施した。その結果と,国民年金課窓口などでは困難と指摘されたが,障害年金を取得できた症例とを提示して,臨床医からみた障害年金の問題点を考察し,その改善策について若干の提案を行いたい。というのも,精神障害者を持つ家庭への公的援助の中で障害年金は重要な位置を占め,その取得の有無が生活や治療に大きく影響していると感じているからである。

書評

世界の精神保健―精神障害,行動障害への新しい理解

著者: 鈴木幹夫

ページ範囲:P.921 - P.921

 本書は,世界保健機構(WHO)によるThe World Health Report 2001:Mental health:New understanding, new hopeの訳である。監訳者によるあとがきによると,WHOは,新規事業計画の一つとしてThe World Health Reportを1995年に創刊し,毎年5月の世界保健総会時に刊行しているが,2001年には,あまりにも長く無視されてきた精神保健の問題を取り上げ,本書が生まれた。
 内容を概観すると,まず精神保健と精神障害,行動障害を理解することの重要さを説いた後に,精神障害が個人と社会にいかに負担を強いるかについて,包括的な(あるいは世界的な)疾病負担(GBD;Global burden of disease)に言及している。あらゆる年齢の障害調整生存年数(DALYs;早死損失年数+障害共存年数)の全体の12%を精神障害が占め,その主要原因の4位に単極性抑うつ障害がランクされている。2020年にはそれが15%になり,うつ病は虚血性心疾患に次いで2位になるとされる。さらには障害共存年数(YLDs)の主要原因の上位20位に,うつ病,アルコール乱用,統合失調症,双極性障害,アルツハイマーおよび他の認知症,偏頭痛と6つの精神障害が入っている。いかに精神障害対策が重要であるかの証拠であるが,その研究,治療,リハビリテーション支援への財政支出は,わが国をはじめ世界的にもあまりにもお寒いと言わざるを得ない。

改訂版 精神救急ハンドブック 精神科救急病棟の作り方と使い方

著者: 澤温

ページ範囲:P.923 - P.923

 著者,計見一雄先生は,その個人史から見ても,精神医療改革の中で治療の開放化を進め,さらにこのバックアップや精神疾患への偏見の除去のためにもメディカルモデルの極として精神科救急を位置づけられ,これを創始し,発展流布し,システムが広がりやすい診療報酬ができるように努力されてきた。このハンドブックは,精神科救急は思想と実践であり,その思想は精神疾患をどのようにとらえ,また精神疾患を持った患者をどのようにとらえ,どのように治療,処遇しようとし,そのためにはどのような救急医療システム(治療の場の構造,人の配置,治療技術,さらにそこで働く人の処遇)や救急治療の場にとどまらず病を持ちつつ社会で生活をし続ける人々のために,さらに広いどのようなシステムが必要かを考える,そういった包括的な立場に立って救急医療の位置づけをはっきりさせるという思想でなくてはならないと教えてくれている。
 本書の名前が「精神科救急ハンドブック」でなく「精神救急ハンドブック」として医療以外の人にも興味を持って欲しいとあとがきに書いておられるが,ここにも著者の思想が現れている。つまり著者の考えておられる精神(科)救急のすべての面が現れている著書であると言える。しかも著者は思想家,理論家であるにとどまらず,常に実践こそ救急医療であることを身をもって示してこられた。

〈心の危機と臨床の知 5〉埋葬と亡霊―トラウマ概念の再吟味

著者: 宮岡佳子

ページ範囲:P.924 - P.924

 甲南大学人間科学研究所が発行している「心の危機と臨床の知」シリーズ第5巻の本である。まず奇妙なタイトルの説明からしなければならない。テーマは「トラウマ」であるが,トラウマの持つ「かつて埋葬されながら繰り返しよみがえろうとする」イメージから「埋葬と亡霊」をタイトルにしたという。このイメージは,トラウマと関連する解離の比喩にも重なる。哲学,文学,心理学,精神医学が専門の8人の執筆者が,児童虐待から世界史まで多岐にわたる論考を繰り広げ,巻末には2004年に開かれた公開シンポジウムも収録されている。
 駆け足でみていく。森茂起は「攻撃者への同一化とトラウマの連鎖」で,暴力被害者が加害者に同一化するため,加害者との関係を壊そうとする被害者の一部分が無力化され,ますます暴力からの脱出が難しくなる過程を示した。フロイトの「快楽原則の彼岸」を再考したのは,港道隆の「反復―プラス一」である。ラカンの「最初の象徴とは墓」,ニコラ・アブラハムらの「無意識における亡霊現象」という引用は,本のタイトルに直接結びつくだけに興味を惹かれた。ただし,多職種の読者が想定される本だけに,平易に書いていただきたかった。フロイトは『モーセと一神教』で「ユダヤ教の開祖モーセは実はエジプト人」という大胆な仮説を出した。下河辺美知子は「『モーセと一神教』は二十一世紀の世界に何を伝えているのか?」で,フロイトがこの論文で外傷性神経症を集団に当てはめた背景を考察している。福本修の「心的外傷の行方」は精神分析におけるトラウマのとらえ方の変遷史で,トラウマ理解のための基本部分である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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