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雑誌目次

雑誌文献

精神医学47巻9号

2005年09月発行

雑誌目次

巻頭言

効果的な自殺防止活動を進めるために―身体疾患患者の自殺を考える

著者: 堀川直史

ページ範囲:P.932 - P.933

 近年の高い自殺率は精神医学の大きな問題であるばかりではなく,深刻な社会問題にもなっている。これについてはすでに多くの議論があり,実際にも,人口過疎地帯における主に高齢者を対象にした自殺防止のための地域活動が行われ成果を上げている。その他に,職域におけるうつ病の早期発見と治療による自殺防止活動が行われるようになり,服薬などの自殺企図を繰り返し,そのつど救命救急センターに搬送される患者についても,自殺企図防止のための試みが開始されている。

 筆者は救命救急センターに入院した自殺企図者の面接を行っている。その経験から,自殺とその防止がこれほど注目されているにもかかわらず,身体疾患患者の自殺がほとんど取り上げられないことは大きな問題であると感じている。これは,近年の社会情勢との関係が比較的薄く,社会的な注目を集めることが少ないことにもよるのであろう。

オピニオン 精神科における医療安全管理

医療観察法における医療安全管理―とくに鑑定入院について

著者: 松下正明

ページ範囲:P.934 - P.937

はじめに

 「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(以下,医療観察法)が,2003年7月16日に公布され,2年間の準備期間をおいて,2005年7月15日より施行されることになった。

 本稿に与えられた課題は,医療観察法が施行された時に,対象者(鑑定,入院,通院を問わず,医療観察法に基づいて治療の対象者になる精神疾患者をここでは対象者と称する)にとってどのような医療安全管理が必要であるのかを考察することにある。しかし,本稿を執筆している時点では,鑑定入院がやっと開始され,入院や通院治療はまだ実施されていない状況にある。したがって,本稿は,医療観察法の現場の実状に基づいての記述というよりは,あくまでも予測される範囲での,とくにすでに開始された鑑定入院における種々の問題点の指摘ということにとどめざるを得ない。

 なお,蛇足として付言すれば,ここでの安全管理は医療観察法医療にかかわるスタッフの安全管理のことではない。この種の安全管理についての議論は医療安全管理とは異なった次元で論じられてもいいが,医療観察法の対象者が怖い,恐ろしいからという理由からのスタッフの安全管理という考えは,対象者を含めた精神障害者への冒瀆であり,偏見や誤解,さらにはそれに基づく差別そのものであることを知っておかねばならない。

精神科救急医療における医療安全管理

著者: 平田豊明

ページ範囲:P.938 - P.941

はじめに―間違えるのが人間,それを隠すのもまた人間

 医療安全管理の出発点は,「To err is human」である。アメリカ医学研究機構による医療事故防止のための報告書(1999年)のタイトルであるが,18世紀イギリスの詩人ポープの一文,「To err is human, to forgive divine(過ちは人の常,許すのは神の業)」から引用されている。

 エラーを犯すことは,神ならぬ人間の宿命である。医療において,ミスは必ず起こることを前提にして対策を立案せよ。小さなミスをまめに報告し手当てすることによって,致命的なミスを防止せよ。これが,前記報告書の基本的スタンスである。

 医療分野に限らず,大きな事故や事件のあとで責任者からしばしば表明される「あってはならないこと」という常套句は,この基本スタンスへの無理解を自ら認めるに等しい。人間のやることに「あってはならないこと」などは「あり得ない」のである。

 医療安全管理にとって大切なもうひとつの前提は,犯したミスを隠そうとする人間の習性であると筆者は思う。ミスを犯した人間は,とっさにそれを隠そうとする。ベテランの専門家ほど,初歩的なミスを「なかったこと」にしたがる。精神分析でいうdenialもしくはundoingの防衛機制である。もう少し手の込んだ防衛機制に合理化(rationalization)がある。明らかなミスを別の要因に責任転嫁し,それが叶わなければ不可抗力と弁明する。

 これらの自己防御的行動は,しかし,事故の加害者という窮地に立たされた人間の自然な反応である。モラルの低さに由来する例外的行動ではない。

 人間はミスを犯し,なおかつ,それを隠し,合理化するのが「普通」である。ミスの隠蔽や合理化までも神が許してくれるかどうかはわからないが,こうした人間の習性を前提にしない医療安全管理の議論は,実効性に乏しい儀式にすぎない。

単科精神科病院における医療安全管理・今後の課題

著者: 南良武

ページ範囲:P.942 - P.944

はじめに

 近年,先進各国で医療事故と患者安全に対するシステム作りが重要な課題として取り組まれている。わが国では数年前より医療事故対策の重要性が認識され,急速にその対策が求められている。初期の段階では,医療事故の報告制度の整備が喫緊の課題とされた。現在,医療者の取り組みは,医療事故管理から患者安全管理へと変遷した。さらに全質管理(TQM)や資源管理が求められている。

 精神科医療における安全管理の基本理念は「患者の立場に立ち,患者が安心して医療を受けられる環境を整えること」であり,日本医師会のいう一般科医療のそれと何ら差はないものである。しかしながら,精神科の安全管理システムは一般科に比べて十分に確立されているとは言い難いのが現状である。

 ここでは精神科医療事故の分析や研究の流れを示し,今後の課題を考えてみたい。

有床総合病院精神科から見た医療安全対策

著者: 川副泰成

ページ範囲:P.945 - P.947

緒言

 「総合病院」という名称自体は第3次医療法改正で廃止されたが,精神科領域においては「総合病院精神科」という概念が広く受け容れられている。また,現行の第4次改正医療法でも「大学附属病院及び内科,外科,産婦人科,眼科及び耳鼻いんこう科を有する100床以上の病院の精神病床」3)については,一般病床並みの人員配置が定められている。

 ここでは,精神医療全体の中における総合病院精神科という位置づけとともに,他科も含めた総合病院全体の中の精神科という視座からも,医療安全対策について検討してみたい。

5年目を迎えた専任リスクマネジャー

著者: 釜英介

ページ範囲:P.948 - P.950

 私は2001年4月に当院の専任リスクマネジャーに任命されました。それまではアルコール病棟の主任(看護師)をしていましたが,都立病院全体で医療安全体制を構築するにあたり,リスクマネジャーの専任化を勧める目的で,私が選ばれました。当時はまだ“リスクマネジメント”自体が医療の現場では聞き慣れない言葉で,なおかつ,“リスクマネジャー”も同様だったため,職員のみならず,私自身も抵抗を感じていました。「果たして,リスクマネジャーって本当に必要なものなのか?」これが率直な印象でした。また一般病院でもリスクマネジャーの専任化はまだ少数で,おそらく精神病院では初めてではないかと思われていたので,これが“先駆的な役割”なのか“むだな役割”なのか理解できないまま過ごしていました。その後,少しずつではありますが,他の病院(一般病院および精神病院)でも専任リスクマネジャーが誕生してきたために,“先駆的な役割”と認識し,安心してこの仕事に従事することができました。

 さて,今回,このオピニオンを依頼されるにあたり,松沢病院の専任リスクマネジャーとしての活動を通して,何が変わったのか,何が得られたのかなどを紹介しようと考えました。少しでもお役に立てることができれば良いと思います。

展望

リカバリー概念の意義

著者: 野中猛

ページ範囲:P.952 - P.961

はじめに

 1990年代に入って,先進諸国における精神保健をめぐる考え方は大きく変化している。それを象徴する概念が回復(recovery)(以下,リカバリーとする)である。その多大な影響力の割に,これまでわが国では断片的にしか取り上げられてこなかった23,24,30~33)。この領域に関するはじめての総合的な成書であるRalphとCorrigan9)では,「リカバリーは,この十年に生じた精神保健と精神保健サービスのパラダイム変革を知らせる呼笛である」と始まる。

 リカバリーとは病気から回復することなのであるが,その意味するものが結果なのか過程なのかという疑問が概念を整理してくれる。家族やサービス提供者はしばしばリカバリーを結果としてとらえ,症状がなくなって,元に戻ることができれば良しとする。一方,消費者(consumer)・生存者(survivor)・前患者(ex-patient)(これらをC/S/Xと称する)たちは過程として理解している。たとえ病気が治ったとしても,人生が「元に戻る」ことはない。リカバリーで意味しようとしているのは,単に疾病の回復ではなく,人生の回復を考えようとしている。破滅的な状況や繰り返されたトラウマからの回復という全体的な人間性の再獲得が目標となる。そこで第三の視点である見方(vision)としてのリカバリー概念が浮上する46)。この場合は,それを阻害しがちな精神保健サービスや制度,そして専門家たちのあり方までもが対象となってくる。

 リカバリー概念は一言で定義されにくく,その現れ方は個々人で多様である。本論はこれまでの研究を整理することを通して,この概念を明らかにしようとする試みである。

研究と報告

Adult AD/HDに対する治療的アプローチの検討―薬物療法を中心に

著者: 朝倉新 ,   松本英夫 ,   大園啓子 ,   煙石洋一 ,   寺岡菜穂子 ,   中村優里 ,   大屋彰利

ページ範囲:P.963 - P.972

抄録

 近年本邦でもAdult AD/HDに関する認識が一般的になり,外来を受診する症例が増加している。そこでAdult AD/HDに対する治療の現況について薬物療法を中心に報告し考察を加えた。対象は,東海大学医学部附属病院精神科児童青年精神科外来に「自分はAD/HDではないか」という主訴で受診した症例のなかで,AD/HDと診断されて外来治療を施行した21例(男性10例,女性11例)である。薬物療法については,原則的にmethylphenidate単剤を中心とした。治療効果については,治療開始後1か月で「改善」が21例中2例(9.5%)であった。また不注意優勢型はmethylphenidate単剤で「改善」した症例は認められなかった。

常用量の向精神薬の投与により呼吸不全が生じた1例

著者: 甫母瑞枝 ,   岩田健 ,   渋谷泰寛 ,   杉原玄一 ,   佐々木健至 ,   阿部又一郎 ,   宇野皆理 ,   新谷昌宏

ページ範囲:P.973 - P.977

抄録

 合併症のない統合失調症の患者に慢性的な呼吸不全が生じ,オランザピンとエチゾラムの中止により呼吸不全が改善した1例を報告した。症例は58歳の女性。24歳より統合失調症を発症しハロペリドール,クロルプロマジン,エチゾラムの投与が続けられてきた。X-1年12月オランザピンの投与が開始され,X年8月に突然の呼吸困難が出現。肺梗塞が疑われたが精査で否定され,原因は不明であった。1か月後も呼吸不全が続き終夜ポリソムノグラフィーを施行したところ,閉塞型の睡眠時無呼吸の合併がわかった。オランザピンとエチゾラムを中止したところ睡眠時無呼吸,呼吸不全ともに改善した。半減期からオランザピンの関与が疑われた。

熱傷センター入院患者における精神医学的検討―非自殺企図群について

著者: 金井晶子 ,   小田原俊成 ,   山田朋樹 ,   細島英樹 ,   加藤由以子 ,   山田康弘 ,   河西千秋 ,   安瀬正紀 ,   杉山貢 ,   平安良雄

ページ範囲:P.979 - P.984

抄録

 横浜市立大学附属市民総合医療センターにおいて,2001年4月~2003年7月に熱傷センターで治療した自殺目的でない偶発的事故による重症熱傷患者,および,高度救命救急センターで治療した熱傷以外の身体疾患患者を対象とした。①年齢,②併診までの日数,③精神疾患既往の有無,④初回併診時の精神医学的診断(ICD-10),⑤せん妄の有無,⑥在院日数,⑦退院後転帰,⑧入院後新たに精神医学的診断がついた割合について後ろ向きに調査した。さらに,熱傷患者の治療や治癒過程において生じる精神症状への対応について考察した。

幻覚妄想や痴呆,人格変化などの多彩な精神症状を認めたⅡ型偽性副甲状腺機能低下症の1臨床例

著者: 木田涼 ,   稲見理絵 ,   大沼徹 ,   山田貴子 ,   木下潤一朗 ,   江渡江 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.985 - P.991

抄録

 幻覚妄想状態により当初統合失調症と診断され,その後の長期経過で痴呆などの多彩な精神症状を呈し,偽性副甲状腺機能低下症と診断された症例を経験した。症例は58歳女性で,16歳時に被害関係妄想,精神運動興奮を呈し,薬物治療に抵抗性を示した。その後,次第に痴呆症状が前景化し,低Ca血症,高P血症に加え,低身長,肥満,円形顔貌,短指症などのAlbright体型,歯牙欠損を認め,偽性副甲状腺機能低下症Ⅱ型と診断した。画像所見では中等度の脳萎縮,大脳基底核の石灰化を,SPECTでは側頭葉,帯状回の著明な血流低下を認めた。以上の脳器質性変化は,本症の多彩な精神症状の発症に関与している可能性があると考えられた。偽性副甲状腺機能低下症では,本例のように統合失調症に類似した精神症状を呈する可能性があり,今後,さらに症例を重ね,本症の精神症状の特徴について検討する必要があると思われた。

偽神経症性統合失調症再考―比較的少量のolanzapineが著効を示した3症例

著者: 兼本浩祐 ,   古井由美子 ,   山口力 ,   坂本玲子

ページ範囲:P.993 - P.1000

抄録

 今回我々は精神病性障害およびその周辺疾患の長期経過研究の途中で,顕在的な精神病症状も分裂病型人格障害のような奇妙な日常生活での立ち居振る舞いも認められず,DSM診断では不安障害や身体化障害などいわゆる神経症圏内の病態に分類せざるを得ないが,些細なきっかけで誘発される突発的で全面的な情動制御の破綻,ロールシャッハテストの形態水準の悪さに反映される思考や連想の歪みを示し,Hochらの偽神経症性統合失調症の診断基準を満たした3症例において,比較的少量のolanzapineの劇的な奏効を体験した。この経験を背景として,顕在発症した統合失調症とも転移の病としての境界性人格障害とも区別される偽神経症性統合失調症という臨床単位の有用性について若干の再評価を試みた。

亜昏迷状態を呈し,大うつ病性障害とクッシング症候群との鑑別が困難であった1例

著者: 土岐茂 ,   高見浩 ,   渕上学 ,   森信繁 ,   山脇成人 ,   茶谷成 ,   横山雄二郎 ,   山根公則

ページ範囲:P.1001 - P.1008

抄録

 クッシング症候群はコルチゾールの過剰分泌により,中心性肥満や高血圧,易疲労感,無月経等の身体症状を来す症候群である。不安,抑うつ,精神病様症状などの精神症状から発症することがあり,精神疾患との鑑別は難しい。今回,我々は亜昏迷状態を呈し,大うつ病性障害とクッシング症候群との鑑別に苦慮した1例を経験した。発病直前にストレス因子を持ち,精神症状とクッシング症候群の罹患との時間的関連は明らかでなかった。副腎切除後も精神症状が遷延し,心理社会的介入が効果を示したことから,心身相関の過程が病状に少なからず影響していると考えた。術前の薬物療法では新規抗精神病薬のquetiapineが有効であった。

短報

身体化障害を疑われた家族性アミロイドニューロパチーの1臨床例

著者: 渡邊朋子 ,   稲見理絵 ,   島田秀穂 ,   木村通宏 ,   福田麻由子 ,   島崎正次 ,   永原章仁 ,   木田一成 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.1009 - P.1012

はじめに

 家族性アミロイドニューロパチー(familiar amyloid polyneuropathy;以後FAPと略す)は,全身性アミロイドーシスのうち,初期に末梢神経と自律神経にアミロイド沈着が生じ,進行期には心臓や消化管,腎臓なども障害される予後不良の遺伝性疾患(常染色体優性遺伝)である1,2)。多様な臓器障害を認める一方,精神症状に関する報告は稀である。また頭部画像検査についても,特徴的な所見は報告されていない。

 今回筆者らは,身体症状に加えて,多彩な精神症状を呈したFAPの女性例を経験した。本例に対して頭部検査や心理検査などの詳細な検討も行い,その結果FAPの精神症状を検討する上で興味ある所見が得られたので,若干の考察を加えて報告する。

プロトンポンプ阻害剤により異常行動が出現した前頭側頭型痴呆の1例

著者: 澤井麻好 ,   斎藤浩 ,   米澤治文 ,   宮坂国光 ,   中村研 ,   古庄立弥 ,   三宅典恵 ,   高畑紳一 ,   大田垣洋子

ページ範囲:P.1013 - P.1015

はじめに

 プロトンポンプ阻害剤(proton pump inhibitor;PPI)は,現在使用し得る最も強力な胃酸分泌抑制薬であり,胃潰瘍,十二指腸潰瘍,逆流性食道炎などの患者に広く用いられている。一般に重篤な副作用の発現頻度はきわめて低く,ヒスタミンH2受容体拮抗薬と比べ精神症状の発現は少ないといわれている4)。今回我々は,前頭側頭型痴呆の患者にPPIであるlansoprazoleを投与したことにより易怒性,異常行動が出現した症例を経験したので報告する。

資料

新潟県中越地震・東京都こころのケア医療救護チームの活動―震災被災地での初期精神保健活動の実際

著者: 菅原誠 ,   福田達矢 ,   坂井俊之 ,   熊谷直樹 ,   野津眞 ,   川関和俊

ページ範囲:P.1017 - P.1024

はじめに

 2004年10月23日17時56分に新潟県川口町を震源とするM6.8震度7の地震が発生した。その後も長期にわたり震度5~6の強い余震が新潟県中越地方に頻発し,40名が死亡し,3,000名近くが負傷し,現在も多くの被災者が不自由な生活を余儀なくされている。我々は「東京都こころのケア医療救護チーム」として,新潟県からの要請を受けて第1次隊として10月28日より11月11日まで魚沼市旧堀之内町地域(11月1日に町村合併により魚沼市が成立。以下,堀之内町地域と記載)で災害時地域精神保健医療活動を行った。活動期間が約2週間と短期であり,対象地域も限られてはいるが,現在も行われている支援についてのあり方を考える機会となり,また,今後中長期的な支援に入る方々の参考になることを期待して,被災者の被災後間もないという心理状態を考慮して比較対照を用いた調査や検討などは行っていないが,速報として我々の活動を報告したいと考えた。また,1995年1月17日早朝に起こった阪神・淡路大震災が記憶に新しいところであり,その時の支援活動をもとに地震等大規模災害被災地でのメンタルヘルスケアのあり方について論じられてきた。今回の震災はその議論の成果が試される場と思える。阪神・淡路大震災での支援活動と比較し,若干の考察を行いたい。

紹介

フランス・パリのロベール・デュブレ小児病院児童青年精神科

著者: 野村陽平 ,   島内智子

ページ範囲:P.1025 - P.1031

はじめに

 2004年9月20日,筆者が所属する私的な精神科医の勉強会である小倉金曜会4,6)の諸先生方とともに,フランス・パリ19区にあるロベール・デュブレ小児病院の児童青年精神科を訪ねる機会を得た。

 日本では,深刻な少子化問題が進む中で,近年不登校,児童虐待,いじめ,家庭内暴力,薬物乱用,触法問題など,子どもの「心」の問題が急増し,世間でも取り沙汰され,そうした子どもたちへのケアが重要視されるようになってきている。それにもかかわらず,日本の精神医学の中で,児童青年精神科医療は特に発展の遅れが目立つ。大学医学部の講座に児童青年精神医学は存在せず12),児童青年期の精神障害に対して的確に診断をし,治療プログラムを組み,家族やコメディカルに説明できる専門医は明らかに少ない。もちろん専門外来を掲げているところは幾つかあるが,それぞれの地域で継続的な治療を全うするのは困難なのが実情である。

 北九州市の単科精神科病院に勤務している筆者にとっては,児童青年期の精神的な問題で診断や治療に自信が持てない場合,紹介できるところが近辺に少なく,北九州市子ども総合センターか北九州市立総合療育センターに限られる。しかしそういう専門医療機関は,スタッフが少ない反面,需要は多く,受診までに相当な日数がかかることがほとんどである。わが国のどこの地域でも,児童青年期の精神科治療に関しては大同小異ではないだろうか。今回パリの小児病院の児童青年精神科を訪ねたのは,以上のような現状を日々感じている中で,フランスでの児童青年精神科医療がどのようになされているかを見聞するためでもあった。

 参加者は,伊藤正敏(和光病院),森山成杉(八幡厚生病院),脇元安(脇元クリニック),井本浩之(井本クリニック),小林義春(サクラクリニック),倉重真明(倉重クリニック),太田喜久子(寺町クリニック),奥田信子(小郡まきはら病院),下中野大人(行橋記念病院),柴原浩(同前)の諸先生と筆者の11人である。また2004年10月からフランス政府給費留学生として同科で研修することになっている,共著者の島内が通訳の労をとった(図1)。

 今回の訪問先である児童青年精神科教授Marie-Christine Mouren女史と一行の中の森山は,森山が以前フランス留学中Mouren教授の父に師事して以来の知己であり,今回の訪問もそれがもとになっている。

 当日は,Mouren教授とMarie-France Le Heuzey助教授から教室の概要の説明を受け,そのあと病棟などを一つひとつていねいに隅々まで見学した。最後に作業療法室でスタッフ手製のケーキをいただきながら,質疑応答の場が持たれた。

私のカルテから

非定型抗精神病薬に治療抵抗性であった幻視に対して塩酸ドネペジルが奏効したレビー小体型痴呆の1症例

著者: 笠原恭輔

ページ範囲:P.1033 - P.1034

はじめに

 レビー小体型痴呆(Dementia with Lewy bodies;DLB)は変性性痴呆疾患の中ではアルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)に次いで多くみられる疾患と考えられている。DLBの1つの特徴としてありありとした幻視が挙げられる。今回,錐体外路症状を惹起しにくいと言われている非定型抗精神病薬に対して治療抵抗性であったが,donepezil hydrochlorideを使用することによって幻視が改善した1例を経験したので報告する。

書評

現代の子どもと強迫性障害

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.1037 - P.1037

 子どもで強迫性障害がみられることは,さほど稀なことではないし,「固執」「こだわり」「反復」「常同」といった現象まで広く含めれば,強迫類縁の行動は,より一般的にみられる現象といえよう。それでは,子どもでみられるこのような現象は,大人の強迫性障害とどのように違うのか,子どもでみられる固執やこだわりは,強迫性障害に結びつくのか,あるいは,「現代の子どもと」とあえて書名に冠した意図はどこにあるのかなどなどの疑問が,この本を読む前に頭をよぎる。

 実は,これらの疑問に,監修者の中根晃の序文が適切に答えている。「現代の日本での子どもの強迫現象は(外国や古い時代の子どもとは)その成立過程で微妙に違っているのではないだろうか」「強迫性障害は自閉症スペクトラムやADHDのような発達障害と違って病態とその症状の中心は成人期の病像である」「したがって,……まず,成人期の強迫性障害を極め,その上で強迫性障害における最近の神経病理学的所見を適正なバランスをもって記述することが重要である」「(その際)診断基準を軸に機能を記述することとなる。(その機能とは)ある時には社会的機能であり,ある時には神経生理学的機能である」

PTSD治療ガイドライン―エビデンスに基づいた治療戦略

著者: 中川誠秀

ページ範囲:P.1039 - P.1039

 本書は国際トラウマティック・ストレス学会理事会が設置した「PTSD(外傷後ストレス障害)治療ガイドライン特別作業班」により作成されたものである。その領域のエキスパートにより作業班が組織され,PTSDの治療方法が9種に大別され(心理的デブリーフィング,認知行動療法,薬物療法,児童思春期の治療,眼球運動による脱感作と再処理法,集団療法,力動的精神療法,夫婦療法と家族療法,芸術療法),さらに,おのおのの項目に関し,第Ⅰ部では網羅的文献レビユーによる治療へのアプローチ,第Ⅱ部では治療ガイドラインとして構成され,詳述されている。そのため,多忙な臨床家が治療の全体像を鳥瞰する際に大いに役立つ。PTSDとは,今や衆知の用語となった。PTSDに関連する学術的研究は,Medlineで検索するとReviewでも1,424例,総計9,509例(2005年6月20日)と多数検索され,世界的・時事的なテーマであることがわかる。

 本邦でも,破壊的・ショッキングな事件として,阪神・淡路大震災,オウム地下鉄サリン事件,新潟県中越地震と印象に新しく,さらにDV(Domestic Violence),その他の犯罪(ストーカー,性的犯罪など)被害者への精神的ケアに対する社会的な要請を背景に,2002年3月に日本トラウマティック・ストレス学会が設立された。本書の訳者はその学会の重鎮であり,PTSD研究で著名な飛鳥井望氏を初めとした,東京都精神医学研究所のメンバーである。

拘置所と刑務所における精神科医療サービス(第2版)―米国精神医学会タスクフォースレポート

著者: 西山詮

ページ範囲:P.1041 - P.1041

 アメリカ精神医学会(APA)は多方面にわたって活躍している。議会に出向いて活発にロビー活動をし,裁判所に対しては法廷の友書簡(amicus curiae brief)を送って精神科医療における守秘義務の重要性を論じ,規模の大きなタスクフォース(委員長R Spitzer)を構成してDSM-Ⅲを作成し,非常事態(たとえばヒンクリー事件)に際しては精鋭数人からなるタスクフォース(委員長H Roth)を発足させ,迅速な仕事によりAPAの声明文を作成し,学会の見解を世に問うことができた。この書も6人の精鋭からなるタスクフォース(委員長HC Weinstein)の報告書で,矯正施設における精神科医療のあるべき姿を,法務省に任せきりにせず,現実を見据えて述べたものである。

 この報告書がすぐに役に立つのは拘置所と刑務所に勤める精神科医であろうが,そればかりでなくおよそ強制的環境(措置入院,医療保護入院)において行われる精神科医療に携わるあらゆるスタッフにものを考えさせる。特に,措置入院患者に対する医療行為は権力的作用による強制的措置管理のもとで行われるのであり,公権力の行使とみなされている。そして今年から施行される予定の「心神喪失者等医療観察法」の下に行われる医療行為もそうである。精神保健福祉法および上記新法下の多少とも強制的な治療に参加するスタッフにとって,重要なガイドラインを本書は提供するに違いない。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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