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雑誌目次

雑誌文献

精神医学48巻1号

2006年01月発行

雑誌目次

巻頭言

健康寿命延長10カ年計画へのリエゾン精神医学の貢献

著者: 三國雅彦

ページ範囲:P.4 - P.5

 精神医学・医療の進歩にとっての追い風となるような出来事や新たなプログラムが最近目白押しとなっている。卒前医学教育のなかの臨床実習のコア科目に精神科が数年前に加えられ,昨年4月からは研修医の精神科研修必須化によりすべてのスーパーローテーション研修医が精神科に研修にくるようになって,リエゾン精神医療の学びやコミュニケーション・スキルトレーニングがきちんとなされるようになり,精神科の重要性が再認識されてきている。また,日本精神神経学会の専門医制度が発足し,重大犯罪を行った心神喪失者等医療観察法も施行され,精神科だけはずれていた特定機能病院のDPC(Diagnosis Procedures Combinationの略。DPCは急性期入院医療の診断群分類であるが,この分類と医療費の包括払いとを組み合わせた制度のこともDPCと呼ばれる)も昨年7月から退院者の基礎調査だけは精神科でも開始されるようになった。これら施策は実施と整備が同時進行中であるので,ますます衆知を集めてより良い制度にしていく必要があるが,今がきわめて重要な転換期にあることは間違いない。

 ところで一昨年6月,政府は厚生労働省から提出された2005年度からの10年間の健康寿命延長戦略を閣議決定したが,精神科七者懇談会などに出席していても議論になっていないようである。この計画は日本人の寿命が世界最高水準となるなかで,QOLをいっそう改善して長寿を過ごすことができるようにする時宜を得たものであるが,その戦略の中心は生活習慣病対策と要介護者対策とからなっている。主要なものを挙げると,現在要介護者が7人に1人であるのを10年後には10人に1人に減らす,糖尿病の発生率を20%現状より減少させるなどの数値目標が提示されている。これらが達成されれば確かに健康寿命延長といえなくもない。ところが,その他の主要なものをみると,10年間でがん患者の5年生存率を20%改善する,心疾患患者の死亡率を25%低下させる,脳血管障害患者の死亡率を25%低下させると続いていて,これらがどうして健康寿命延長なのか,生活習慣病患者のQOLの向上にもっとも関連すると考えられるうつ病の根治的治療,うつ病の一次予防などがこの戦略のどこにも出てこないのはどうしてなのかと考えてしまう。

研究と報告

大阪市における精神保健福祉法第34条に基づく移送の現状と問題点

著者: 谷宗英 ,   根来千穂 ,   高橋育美 ,   熊谷由喜子 ,   森脇登志夫 ,   岡部信子 ,   竹内伸江 ,   古塚大介

ページ範囲:P.7 - P.14

抄録
 2000年度~2004年度の5年間に大阪市で精神保健福祉法第34条に基づく移送制度を利用して入院治療への導入を行った全29症例の実態を調査した。その結果,長年の未治療状態の中,精神症状がありながらもキーパーソンなどの支援である程度の日常生活を続けてきたが,身体疾患の合併,家族状況の変化,家族や近隣とのトラブルなどが発端となり,事例化した中で,医療への導入に際して家族などの協力を十分に得ることが難しく,本制度を利用せざるを得ないケースが目立った。また,緊急避難的入院に対応する移送体制の構築,さらに本制度をより効果的に活用するための退院後の往診や訪問看護などの地域精神医療との連携が必要であると考えられた。

日本語版National Adult Reading Test(JART)を用いた統合失調症患者の発病前知能推定の検討

著者: 植月美希 ,   松岡恵子 ,   金吉晴 ,   荒木剛 ,   管心 ,   山末英典 ,   前田恵子 ,   山崎修道 ,   古川俊一 ,   岩波明 ,   加藤進昌 ,   笠井清登

ページ範囲:P.15 - P.22

抄録
 統合失調症などの精神神経疾患患者においては,知的機能の減退の有無や程度を見極め,患者の診断などに役立てることが重要であるが,日本人統合失調症患者の病前IQ推定に関してはまだ検討がない。そこで本研究では,松岡らにより標準化された日本語版NART(JART)と簡易版WAIS-Rを統合失調症患者と健常者に実施した。その結果,健常者ではJART推定IQとWAIS-R推定IQの間に差はなかったのに対し,統合失調症患者においてはJART推定IQがWAIS-R推定IQよりも有意に高かった。この結果はCrawfordらと一致するものであり,JARTは統合失調症患者の病前IQ推定に一定の妥当性を持つと考えられる。

統合失調症におけるペロスピロン置換前後の事象関連電位と精神症状の変化:予備的検討

著者: 荒木剛 ,   笠井清登 ,   加藤進昌 ,   岩波明

ページ範囲:P.23 - P.27

抄録

 聴覚事象関連電位P300を用い,ペロスピロンが統合失調症の認知機能障害に及ぼす作用を検討した。統合失調症患者8名を対象とし,ペロスピロンへの置換前後で,標準的な聴覚oddball課題を施行し,P300成分を求め,精神症状(PANSS)を評価した。置換前後で,P300成分の有意な変化を認めなかった。しかし,P300振幅の変化量と精神症状の変化量との間に有意な負の相関を認めた。本研究の結果は予備的であるが,ペロスピロンへの置換によりP300成分の改善がみられる統合失調症患者において精神症状の改善を認めた。このことは,統合失調症患者の一部でペロスピロンによる精神症状の改善の脳基盤として,電気生理学的な認知機能の改善が関与する可能性を示唆している。

Olanzapineが体重,糖脂質代謝に与える影響

著者: 渡辺全朗 ,   内藤智道 ,   岩橋和彦

ページ範囲:P.29 - P.35

抄録
 より安全にolanzapineを使用するための資料収集を目的とし,一施設にてolanzapineが処方された全症例より,投与前後の検査値が明確な入院25例を抽出し,体重および糖,脂質代謝検査値を収集検討した。その結果,体重とBMIは6か月以降に有意に増加し,体重で2.1kg,BMIは0.9kg/m2(3.9%)の増加がみられた。血糖値に有意な変動は認めなかったが,総コレステロールは投与後3か月より有意に増加し,HDLコレステロールの有意な増加を伴っていた。総コレステロール変化率と体重変化率には正の相関が認められ,olanzapineが脂質代謝に対し直接的な影響を与え,体重増加を起こす一因となっている可能性が示唆された。

悪性症候群の血液生化学的検査所見と重症化指標

著者: 菊池章 ,   寺尾敦

ページ範囲:P.37 - P.43

抄録
 悪性症候群の患者の252回の血液生化学的検査値を多角的に検討した。悪性症候群群では,発病前のCPKの平均値は対照群より73.1%高く,GOTは23.0%高かった。経時的変動では,CPKは,第1病日から第3病日の間に最大値を認め,発症前の17.0倍に上昇したのち,急速に正常値に回復していた。アルブミンは,悪性症候群開始から徐々に低下し,悪性症候群の終了近くに最低値を示し,終了後1か月を経ても元の水準に回復しなかった。経過中に5%以上アルブミンが減少した症例が88.6%あり,開始前より平均で18.6%減少していた。アルブミンの最低値は,体温が37.5℃以上の日数などの重症化指標と有意な相関がみられた。

幻覚・妄想を伴った皮質基底核変性症の2症例

著者: 石川博康 ,   下村辰雄

ページ範囲:P.45 - P.50

抄録
 1968年にRebeizらは,一側上肢の随意運動拙劣,不随意運動,姿勢異常,眼球運動障害が緩徐に進行した症例を報告し,1989年にGibbらが皮質基底核変性症(CBD)という名称を提唱した。本症では経過中にうつ・意欲低下などの精神症状を認めることがあるが,幻覚・妄想についての報告はあまりない。今回,Langらの診断基準に基づきprobable CBDと診断した典型的な2症例に幻覚・妄想を認めたので報告した。

高齢期に悪性緊張病による呼吸障害を起こし,ECTが著効した1例

著者: 小山康則 ,   鈴木一正 ,   本多知子 ,   粟田主一 ,   高野毅久 ,   松岡洋夫

ページ範囲:P.51 - P.55

抄録
 緊張病性昏迷状態の際にはさまざまな身体症状が随伴することが知られているが,我々は高齢期に2度の悪性緊張病性昏迷による呼吸障害を伴った1例を経験した。いずれも全身状態の悪化が進行したため,modified-Electroconvulsive Therapy(m-ECT)をそれぞれ計12回,10回施行した。その結果,緊張病症状は改善され,それによる呼吸障害も改善した。緊張病により呼吸障害を起こした高齢者にもm-ECTは効果的でかつ安全に施行できる可能性が示唆された。

長期療養型病棟における多飲水行動患者の特徴

著者: 荻野あずみ ,   山口登 ,   築根俊明 ,   中西純一 ,   尹美淑 ,   貴家康男 ,   南雲智子 ,   森嶋友紀子 ,   金井重人 ,   青葉安里

ページ範囲:P.57 - P.63

抄録
 長期療養型病棟に入院中の多飲水患者の特徴を明らかにするために,民間精神科病院に入院中の患者43名,平均年齢61.9歳を対象に,中山らの病的多飲水スクリーニング基準を参考に作成した多飲水行動評価をもとに,多飲水患者群20名と非多飲水患者群23名の2群に分けて比較した。その結果,多飲水患者の特徴として,男性,若年者,精神遅滞,喫煙者,抗てんかん薬服用者が挙げられた。また非多飲水患者では非定型抗精神病薬服用者が有意に多かったが,薬剤別には有意差を認めなかった。以上の結果はこれまでに報告された知見と類似するものであった。なお,多飲水患者群のうち6名に低ナトリウム血症(病的多飲水)を認め,そのうち1名は嘔吐やけいれん発作が出現したことから水中毒と考えられた。

短報

Perospironeにより広義の知覚変容発作が生じた統合失調症の1例

著者: 明石俊雄

ページ範囲:P.65 - P.67

 現在,非定型抗精神病薬は統合失調症の各種治療ガイドラインの一次選択薬である。錐体外路系の副作用が出にくい6~8)一方,高血糖などの副作用が警告されている。

 今回,perospirone8)を使用中,広義の知覚変容発作2~4, 9~11)を経験した。この発作は定型抗精神病薬の副作用とみられているが,最近,olanzapineやrisperidoneの報告2,3)も散見される。Perospironeの報告は見当たらないので,若干の考察を加え報告する。

うつ状態と繰り返す意識消失発作を呈した視床下部性下垂体前葉機能低下症の1症例

著者: 末永貴美 ,   長田昌士 ,   森岡壯充

ページ範囲:P.69 - P.72

はじめに
 内分泌疾患は,精神症状を呈しやすい疾患の一つといわれているが,精神症状のみが前景に出て,内分泌学的診断が困難な場合もあるとされる。今回,我々は,食欲不振,無気力を主訴に受診し,うつ状態とともに繰り返す意識消失発作を伴う視床下部性下垂体機能低下症の1症例を経験したので報告する。

試論

解離性障害における離隔について―「2つの私」の視点

著者: 柴山雅俊

ページ範囲:P.73 - P.79

はじめに

 我々の最近の経験でも離人症状は,解離性障害と診断された症例42例中39例(92.9%)に確認され,解離症状としては高頻度にみられる症状である。DSM-Ⅳでは離人症性障害を「自分の心的過程あるいは身体から離隔して(detached),あたかも自分が外部の傍観者であるかのように感じている持続的または反復的な体験」2)としている。本論文ではこの離隔,すなわち解離性離隔dissociative detachment4)を取り上げる。

 近年,解離の多彩な症候を連続体としてとらえるのではなく,2つに分ける立場がみられるようになった。Brown3)は解離を1型と2型に分け,前者に解離性健忘,解離性遁走,解離性同一性障害などを含め,後者に離人・疎隔症状,体外離脱体験を含めている。Allen1)もほぼ同様の分類を行い,区画化compartmentalizationと離隔detachmentに分けている。区画化は心的組織の切り離しに重点がおかれるのに対し,離隔は意識変容的色彩をときに伴い,自己感,身体,外界などの体験にまつわる分離感を特徴とする。

 本論文では解離性離隔を中心に取り上げ,その病態構造について考察する。さらに解離の意識構造についての考察とともに,離隔と周辺症状との関連性についても言及する。参考のため提示する2症例は,解離性障害としては一般的な症例である。

患者にとって他者が別人になるとはいかなることか―Capgras症状への〈私〉論からの接近の試み

著者: 新山喜嗣

ページ範囲:P.81 - P.87

序論

 筆者はこれまで,Capgras症状を呈した患者において他者が別人に入れ換わったとされるとき,その入れ換わる当のものはいかなるものかという問題に焦点を当てた小論12,13)を発表してきた。これら小論での中核となる主張は比較的単純であり,すなわち,Capgras症状で入れ換わる当のものは,人物に付帯する属性とは無縁な「このもの性(haecceity)17)」としての〈私〉であるというものであった。これは,Capgras症状を持つ患者の中には外見,性格,役割といった人物が持つすべての属性の差異を認めないまま,にもかかわらず,その人物の同一性を否認するような患者が存在することから,そのような患者をCapgras症状の純型とみなして検討を進めることが本症状の本質規定には有効であるとの考え方に基づいていた。今回の拙稿の目的は,身近にいる他者が別人になるということが患者本人にとってどのような事態であるのかを検討することにある。そして,これはそのまま,以前の小論では検討の埒外であった,他者における〈私〉の変更が持つ患者自身における意味を検討することでもある。

 ところで,上記のような以前の小論での主張は,実はこの十年余りにおける本邦での哲学上の論段で,〈私〉が持つ唯一性の問題に関する活発な議論が展開されてきたことに大きな影響を受けている。これらの議論は永井9~11)が一連の論考で発表した〈私〉論が発端となったものであるが,その〈私〉論に対してはさまざまな論者が永井に批判的に16,19),あるいは,永井に重要な部分を同調させながら3,6,8),それぞれの〈私〉論を提出してきた。各論者によって独創的な〈私〉論の展開がみられるものの,いずれの論者の〈私〉論にあっても共通している点は,そこで議論をされている〈私〉は他と交換不可能な唯一性を持ち,かつ,その〈私〉の唯一性は人物に付帯する属性とは無関係であるとする点である。

私のカルテから

駆梅療法後に神経心理検査と脳血流が改善した進行麻痺の1例

著者: 仲秋秀太郎 ,   東英樹 ,   品川好広 ,   古川壽亮 ,   遠山順子 ,   中村光

ページ範囲:P.89 - P.92

はじめに

 進行麻痺は,痴呆症状が進行してしまうとペニシリンの大量療法に十分に反応しないといわれている。ペニシリンの治療前後の脳血流画像による最近の検討は,評価時期により結果は異なり,見解は一定していない。我々は,脱抑制的な行動を示した進行麻痺の1例に,ペニシリンの大量投与を行い,精神症状の改善後,脳血流SPECTの一部改善と神経心理検査の一部の改善を認めたので報告する。脳血流SPECTの解析には,新しい画像統計解析方法であるeZIS(easy Z-score Imaging System)4)を用いて検討した。なお,本報告にあたっては,患者および家族から文書による同意を得ている。

Milnacipranが著効した舌痛症の1例

著者: 原田修一郎 ,   青木省三

ページ範囲:P.93 - P.95

はじめに

 舌痛症は舌に表在性の疼痛あるいは異常感を訴えるが,それに見合うだけの局所あるいは全身性の病変が認められないもので,歯科領域では比較的遭遇することの多い疾患であり,背景に心理的要因が強く関係しているといわれている。今回,我々は舌痛症に対してSNRIであるmilnacipranが著効した症例を経験したので,その治療経過および考察を含め報告する。

レム睡眠行動障害の1例

著者: 松本好剛 ,   名越泰秀 ,   福居顯二

ページ範囲:P.97 - P.98

はじめに

 レム睡眠行動障害(以下RBD)は,臨床的には一見寝ているように見えるが,大声を上げる,隣で寝ている配偶者に殴りかかろうとする,蹴り上げる,起き上がって歩き回り,本人やそのそばにいた人が怪我を負うといった異常行動を呈する睡眠障害である。異常行動は見ていた夢の内容と関係があり,夢と同じ行動をしているといわれる。RBDは1986年にSchenckらによって初めて疾患概念として提唱され3),1990年に睡眠障害国際分類に正式に睡眠時随伴症の1つとして分類された。疾患概念として歴史的に浅く,臨床医のなかでもあまり認識されていないと思われる。今回,受診前日に異常行動を呈し家族に勧められ翌日受診し,その外傷のすさまじさから本障害と診断し得た1例を経験したので若干の考察を加えて報告する。

パニック発作を主訴に受診した症候性局在関連性てんかんの1症例

著者: 樋之口潤一郎 ,   高橋千佳子 ,   中村敬 ,   須江洋成 ,   中山和彦

ページ範囲:P.99 - P.101

はじめに

 側頭葉てんかんは,発作症状において不安,恐怖などの精神症状を呈することが多い。そのため,時として不安障害と鑑別を要することがある。今回我々は,パニック障害として診断されていた側頭葉てんかんの1症例を経験したので報告する。

動き

「第13回世界精神医学会議(カイロ)」印象記

著者: 野口正行 ,   大塚公一郎 ,   加藤敏

ページ範囲:P.102 - P.103

 2005年9月10日より15日まで,Ahmed Okasha会長のもと,エジプトの首都カイロにて第13回世界精神医学会議が行われた。標題はエジプトならではの「科学とケアの5000年」であり,精神医学の淵源が古代の文明のはじまりとともにあったことを思い起こさせる。我々は自らを近代医学に基づいた精神医療を行うものと自認しているが,Ellenbergerが「無意識の発見」において跡付けたように,近代科学以前からの重層的な歴史の蓄積の上に現在の我々の実践があるということを改めて気づかせるものであった。

 学会の内容としては,遺伝,脳機能,形態学,薬物などの生物学的分野から,社会精神医学,芸術療法,病跡学の分野の発表など多岐にわたるが,エジプトで主催されたことも関係あるのか,宗教と精神医学,途上国の精神医学的問題など社会文化的側面に力点を置いた発表が目立ったように思われる。

「第28回日本精神病理・精神療法学会」印象記

著者: 野間俊一

ページ範囲:P.104 - P.105

 日本精神病理・精神療法学会第28回大会が,2005年10月6,7日の2日間にわたって,中安信夫(東京大学)会長のもと,東京都渋谷区の津田ホールにて開催された。穏やかな天候に恵まれ,両日とも多数の参加者で賑わった。会場は千駄ヶ谷駅前に位置するモダンで落ち着いた佇まいの施設で,当初中安会長はA会場の立派なメインホールに比してB・C会場である小会議室の手狭さを気にされていたが,実際始まってみるとつねに満席の小会議室での質疑応答は内容の濃い熱気に満ちたものとなった。

 今回の大会は,学会名が「日本精神病理学会」から「日本精神病理・精神療法学会」へと変更されてはじめての記念すべき大会である。寡聞にして学会名変更の経緯は知らないが,この間“精神病理学の危機”がつねに話題になってきたこと,精神病理学的議論がややもすると難解な,思弁に陥りやすく臨床からの乖離が危惧されてきたこと,などの事情が背景にあるものと思われる。しかしながら,記述派にせよ人間学派にせよ,精神病理学は本来治療論とは独立して発展してきた学問的手法であり,精神療法という視点の導入は議論を拡散してしまわないか,などの懸念から,新学会名を戸惑いをもって迎えた学会員も少なくないのではなかろうか。実は筆者もそのひとりである。そのため,例年以上の期待感と緊張感をもって大会に臨ませていただいた。

書評

誤りやすい異常脳波(第3版)

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.106 - P.106

脳波の日常的な疑問に答える深みのあるガイドブック

 脳の検査法は格段に進歩している。特に画像診断はCTからMRIへ,そして3次元画像からさまざまな機能画像へと,その進歩はとどまるところを知らない。そんな中にあって,いわゆる臨床脳波は,脳から導出された電流を波形としてみるという方法をかたくなに守っている。もちろん,脳波のコンピュータ解析やマッピングも行われてはいるが,脳波波形を通して,脳の働きを読み取ることができるという臨床脳波の意義は,今でも変わらない。

 それにしても,脳波波形を通して脳機能を読み取る姿勢が,教育現場から少しずつ薄れていっていることは残念なことである。それはおそらく,現代では,アナログ的姿勢よりデジタル的姿勢がより好まれ,数字化されたものに,より安心を求める風潮とも関係しているように思われる。

標準精神医学(第3版)

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.107 - P.107

精神医学の“標準”を示す教科書

 本書は他の類書に見ない大きな特徴がある。まず第一に,簡潔でわかりやすい表現である。教科書というと重々しい表現で学生が読むには抵抗がある表現をよく見かけるが,本書に限ってはそのようなことがない。第二に精神医学の歴史の記述などに見られるが,物語性があり,読者をあきさせない面白さがある。第三に内容に偏りがない。教科書であるから内容が偏っていては困るのであるが,本書は類書に比べて生物─心理─社会という精神医学の重要な側面がバランスよく取り入れられている。第四に内容が新しい。今,精神医学は多くの新しい知見が蓄積されており,国の施策も大きく変わり,精神医療・福祉の発展が著しい。司法精神医学の新たなスタートである医療観察法も最近施行された。このような新しい内容も簡潔に盛り込まれている。

 学習に便利なように,各章に「学習目標」「キーワード」「重要事項のまとめ」を入れてあることも特徴的である。それに加えて,「エビデンス」という囲み記事を入れており,精神科領域のEBMを紹介している。これによって読者は精神医学においてもEBMが重要視されていることを知り,認識を新たにすることであろう。さらに,医学部を卒業して何科に進んでも役に立つようにと,巻末には「プライマリケアのための精神医学」がある。編者のサービス精神がここに極まった感がある。

〈総合診療ブックス〉はじめての漢方診療十五話[DVD付]

著者: 山口哲生

ページ範囲:P.108 - P.108

漢方初学者への最適の指南書

 親友の三潴忠道先生が素晴らしい漢方の解説書を書いてくれた。

 実に読みやすい本だ。漢方の解説書というと,陰陽虚実の証の話からはじまって,西洋医学だけをやっている者にはなかなかとっつきづらいものや,症状別・病名別に使える漢方薬を羅列して説明してあるものが多かったが,この本には漢方の考え方と具体的な使い方,診察の仕方が実にわかりやすく書かれてある。読みはじめると,まず入り口としての簡単な解説がある。それからすぐに「これが漢方診療の実際だ」と,どのような患者にどのように使うのかが著効例をあげながら具体的に書かれてある。いかにも患者さんを大切にする三潴先生らしい切り口だ。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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