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文献詳細
試論
患者にとって他者が別人になるとはいかなることか―Capgras症状への〈私〉論からの接近の試み
著者： 新山喜嗣1
所属機関： 1秋田大学医学部保健学科
ページ範囲：P.81 - P.87
文献概要
序論
筆者はこれまで，Capgras症状を呈した患者において他者が別人に入れ換わったとされるとき，その入れ換わる当のものはいかなるものかという問題に焦点を当てた小論12,13)を発表してきた。これら小論での中核となる主張は比較的単純であり，すなわち，Capgras症状で入れ換わる当のものは，人物に付帯する属性とは無縁な「このもの性(haecceity)17)」としての〈私〉であるというものであった。これは，Capgras症状を持つ患者の中には外見，性格，役割といった人物が持つすべての属性の差異を認めないまま，にもかかわらず，その人物の同一性を否認するような患者が存在することから，そのような患者をCapgras症状の純型とみなして検討を進めることが本症状の本質規定には有効であるとの考え方に基づいていた。今回の拙稿の目的は，身近にいる他者が別人になるということが患者本人にとってどのような事態であるのかを検討することにある。そして，これはそのまま，以前の小論では検討の埒外であった，他者における〈私〉の変更が持つ患者自身における意味を検討することでもある。
ところで，上記のような以前の小論での主張は，実はこの十年余りにおける本邦での哲学上の論段で，〈私〉が持つ唯一性の問題に関する活発な議論が展開されてきたことに大きな影響を受けている。これらの議論は永井9～11)が一連の論考で発表した〈私〉論が発端となったものであるが，その〈私〉論に対してはさまざまな論者が永井に批判的に16,19)，あるいは，永井に重要な部分を同調させながら3,6,8)，それぞれの〈私〉論を提出してきた。各論者によって独創的な〈私〉論の展開がみられるものの，いずれの論者の〈私〉論にあっても共通している点は，そこで議論をされている〈私〉は他と交換不可能な唯一性を持ち，かつ，その〈私〉の唯一性は人物に付帯する属性とは無関係であるとする点である。
筆者はこれまで，Capgras症状を呈した患者において他者が別人に入れ換わったとされるとき，その入れ換わる当のものはいかなるものかという問題に焦点を当てた小論12,13)を発表してきた。これら小論での中核となる主張は比較的単純であり，すなわち，Capgras症状で入れ換わる当のものは，人物に付帯する属性とは無縁な「このもの性(haecceity)17)」としての〈私〉であるというものであった。これは，Capgras症状を持つ患者の中には外見，性格，役割といった人物が持つすべての属性の差異を認めないまま，にもかかわらず，その人物の同一性を否認するような患者が存在することから，そのような患者をCapgras症状の純型とみなして検討を進めることが本症状の本質規定には有効であるとの考え方に基づいていた。今回の拙稿の目的は，身近にいる他者が別人になるということが患者本人にとってどのような事態であるのかを検討することにある。そして，これはそのまま，以前の小論では検討の埒外であった，他者における〈私〉の変更が持つ患者自身における意味を検討することでもある。
ところで，上記のような以前の小論での主張は，実はこの十年余りにおける本邦での哲学上の論段で，〈私〉が持つ唯一性の問題に関する活発な議論が展開されてきたことに大きな影響を受けている。これらの議論は永井9～11)が一連の論考で発表した〈私〉論が発端となったものであるが，その〈私〉論に対してはさまざまな論者が永井に批判的に16,19)，あるいは，永井に重要な部分を同調させながら3,6,8)，それぞれの〈私〉論を提出してきた。各論者によって独創的な〈私〉論の展開がみられるものの，いずれの論者の〈私〉論にあっても共通している点は，そこで議論をされている〈私〉は他と交換不可能な唯一性を持ち，かつ，その〈私〉の唯一性は人物に付帯する属性とは無関係であるとする点である。
参考文献
1) Berson RJ：Capgras syndrome. Am J Psychiatry 140：969-978, 1983
2) Enoch MD：The Capgras syndrome. Acta Psychiatr Scand 39：437-462, 1963
3) 入不二基義：「私」・他者・エロス的言語ゲーム．武蔵大学人文学会雑誌 23：31-64，1992
4) 伊藤春樹：指示と様相．新田義弘，他 編，岩波講座現代思想 7 分析哲学とプラグマティズム．岩波書店，pp153-188，1994
5) 福田修治：妄想性人物誤認症候群に関する精神病理学的考察─Capgras症状を中心として．臨精病理 16：203-219，1995
6) 勝守真：他者の語りとしての〈私〉論─永井独我論の脱構築(承前)．現代思想(青土社) 3月号：297-309，1998
7) Kripke SA：Naming and Necessity. Basil Blackwell and Harvard U. P., Oxford, 1980(八木沢敬，野家啓一 訳：名指しと必然性．産業図書，1985)
8) 森岡正博：この宇宙にひとりだけ特殊な形で存在することの意味─「独在性」哲学批判序説．池上哲司，他 編，自己と他者．昭和堂，pp110-135，1994
9) 永井均：〈私〉のメタフィジックス．勁草書房，1986
10) 永井均：〈魂〉に対する態度．勁草書房，1991
11) 永井均：〈私〉の存在の比類なさ．勁草書房，1998
12) 新山喜嗣：Capgras症状と私の同一性─属性を欠如する「このもの性」の視点から．臨精病理 22：129-145，2001
13) 新山喜嗣：Capgras症状と可能世界─本物とにせものが存在する場所．精神経誌 106：281-303，2004
14) 新山喜嗣：カプグラ症候群と永井の〈私〉論．秋田大学医学部保健学科紀要 13：31-49，2005
15) 西田博文，新保友貴，倉光正春，他：妄想性人物誤認症候群の分類試案と発達・退行論的理解．精神経誌 98：533-554，1996
16) 大庭健：権力とはどんな力か．勁草書房，1995
17) Salmon NU：How not to derive essentialism from the theory of reference. J Philos 76：703-725, 1979
18) Signer SF：Capgras syndrome：The delusion of substitution. J Clin Psychiatry 48：147-150, 1987
19) 山田友幸：他者とは何か．飯田隆，土屋俊 編，ウィトゲンシュタイン以後．東京大学出版会，pp43-68，1998
掲載誌情報
