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雑誌目次

論文

精神医学48巻10号

2006年10月発行

雑誌目次

巻頭言

軽度発達障害への関心の高まりに思うこと

著者: 松本英夫

ページ範囲:P.1050 - P.1051

 近年,高機能自閉症,アスペルガー障害などの発達障害が精神医学の世界で大流行である。国際的な診断分類では発達障害に分類されないものの専門家の間ではそのほとんどが発達障害であると考えられている注意欠陥/多動性障害も今や耳慣れたものとなっている。今年,福岡市で開催された第102回日本精神神経学会総会の精神医学研修コースにおいて筆者は国立精神・神経センターの齋藤万比古先生と2人で軽度発達障害を企画したが,申し込みが多く早々と定員となり締め切られる人気であった。これは決して自慢して言っているのではない。齋藤先生には叱られるかもしれないが,児童精神科を専門にしている医師であれば誰が企画しても同じ結果であったと思う。それほど,発達障害,特に“軽度”発達障害は今や注目の的なのである。

 この流行の原因としてはいくつかの要因を挙げることができる。1つは,軽度発達障害の軽度とは精神遅滞がないかあっても極々軽度であることを意味しているが,それは彼らが健常児・者と同じ集団で教育を受け生活を共にしているということである。以前は集団のクッションで吸収されていたが,近年の学校の持つ問題解決能力の低下によって問題が顕在化したという考え方である。その結果,障害に気づかないで原因がわからないまま問題が続くか,気づいても対処が困難となる。2つめは,2005年4月の発達障害者支援法の施行が挙げられるが,これによって軽度発達障害に対してさらに世間の認知を高めることはあったものの,むしろそれよりも注目を浴びた結果の法制化であると考えるほうが妥当であると思われる。3つめは学校の問題解決能力の低下とも関連するが,相談機関への来所・受診の増加,すなわち軽度発達障害の検出率の著しい増加である。少子化,核家族化や地域社会の崩壊により子ども個人の持つ問題がより顕在化しやすくなっていることにも影響を受けていると考えられる。4つめは軽度発達障害児・者が引き起こした事件に対するマスコミの取り上げ方の問題である。これについては詳述しないが結果的に新聞や週刊誌などでこの障害について目に触れる機会が増えたことは確かである。これ以外にもいくつかの要因・仮説は考えられるがいずれにしても多数の要因が複合的に重なり合って流行の背景を形成しているものと考えられる。

研究と報告

解離性障害にみられる「夢中自己像視」―解離性意識変容の病態構造について

著者: 柴山雅俊

ページ範囲:P.1053 - P.1060

抄録

 解離性障害と診断された患者53名と対照群57名から得られたデータおよび治療経験を参考にして,「夢の中で視覚的に第三者の立場から自分の姿形を見る」という夢中自己像視を解離性離隔および表象幻視と比較検討し,解離性障害の意識変容の構造について精神病理学的考察を行った。夢中自己像視,解離性離隔,表象幻視の出現頻度について,解離群は対照群に比較して有意に高かった。またこれらの症状の諸属性について解離群と対照群を比較検討した。これらの症状における共通する構造として自己像を眼差す私と自己像への没入との視覚的両極構造を取り上げ,それは当事者視点と観察者視点とのパースペクティヴの両極構造でもあると論じた。

統合失調症患者における音韻プライミング―陰性症状と音韻的連想の脱抑制との関連

著者: 深谷修平 ,   本多結城子 ,   立花憲一郎 ,   清水寿子 ,   前川和範 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.1063 - P.1069

抄録

 Spitzerの主張する統合失調症における音韻プライミングの抑制効果の減衰と促進効果への逆転を追試することを目的として,統合失調症の患者と正常対照群との比較を,音韻プライミングと意味プライミングの双方において試行した。結果として,意味プライミングは患者群・対照群の双方において有意に成立したのに対して,音韻プライミングにおいては,対照群では抑制効果が有意に認められたが,患者群ではこの抑制効果は消失していた。対照群と患者群のプライミング効果の直接の比較においても,意味プライミングにおいては有意差が認められなかったのに対して,音韻プライミングでは有意差が認められた。さらに,プライミング効果に影響を与えることが想定されている臨床尺度に関して重回帰分析を行ったところ,意味プライミングに関しては有意に影響を与えている臨床尺度は見出されなかったが,音韻プライミングに関しては,陰性症状得点が有意に影響を与えており,陰性症状が重篤であるほど,音韻プライミングによる抑制効果は減少し促進効果へと逆転する傾向が認められた。今回のプライミング実験は統合失調症における音韻的連想の脱抑制に関する従来の観察を補足するものであり,統合失調症における言語・思考障害が,従来強調されてきた陰性言語障害(言語性の発動性低下と言語の貧困化=alogia)だけではなく,観察の切り口を変えればむしろ陽性症状(=paralogia)として把握し得るような病態を含んでいる可能性を示唆しているものと考えた。

統合失調症患者とその家族におけるスティグマ認知―精神症状および主観的ウェルビーイングとの関連

著者: 山本貢司 ,   佐々木淳 ,   石垣琢麿 ,   下津咲絵 ,   猪股丈二

ページ範囲:P.1071 - P.1076

抄録

 統合失調症の治療への悪影響が指摘されているスティグマ認知に焦点を当て,外来患者とその家族を対象に質問紙調査を行い,症状および主観的ウェルビーイングとの関連について検討した。患者本人のスティグマ認知は幻覚・妄想の改善量と有意な相関を示した。家族のスティグマ認知は患者の現症と有意な相関を示したことに加え,患者と家族のスティグマ認知がともに低い場合に幻覚・妄想は最も軽度であった。また,家族のスティグマ認知高群では,患者のセルフコントロール感が低下していた。患者と家族のスティグマ認知は陽性症状と関連しており,本人への介入に加え,家族のスティグマ認知が改善するような心理社会的支援の重要性が示唆された。

Paroxetineによる治療中に自殺企図のみられたうつ病の2症例

著者: 吉池卓也 ,   堀彰 ,   中村研之 ,   富山三雄 ,   島田達洋

ページ範囲:P.1077 - P.1083

抄録

 Paroxetineによる治療中に自殺企図が出現したうつ病の2症例を経験した。症例1は23歳の男性で,paroxetineが10mg/日から20mg/日に増量後に自傷行為と自殺企図が出現した。症例2は42歳の男性で,paroxetine20mg/日開始後に自殺企図が出現し,40mg/日まで増量されると再び自殺企図が出現した。2症例でparoxetine中止後には自傷,自殺企図がみられなかった。Paroxetineが自傷,自殺企図の原因と推測され,それらの発現機序としてparoxetineによる賦活作用が考えられた。さらに,2症例で出現した不安・焦燥,軽躁状態,症例1のアカシジアという賦活症状群は,セロトニン性有害反応である可能性が考えられた。

気分障害に対する継続・維持mECTの有効性と安全性

著者: 中村大介 ,   川西洋一 ,   三上隼一郎 ,   堀孝文 ,   谷向知 ,   太刀川弘和 ,   水上勝義 ,   朝田隆

ページ範囲:P.1085 - P.1094

抄録

 継続・維持mECTを施行した気分障害患者18例を対象として,その有効性と安全性について後方視的に調査した。対象患者のmECT導入理由の約80%が薬剤抵抗性であった。継続・維持mECTの平均施行期間は1.1年,平均施行回数は1年あたり4.1回であり,初回1クール終了後6か月間の継続・維持mECTによる再燃予防が重要であることが示唆された。継続・維持mECT導入は有害事象の発生頻度を増加させることなく入院期間の大幅な短縮をもたらし,抗うつ薬内服量も減少する傾向が認められた。気分障害の患者にとって継続・維持mECTは有効かつ安全な治療手段であり,医療経済的側面からもメリットがあると考えられる。

Fluvoxamineが著効したセネストパチーの1例

著者: 賀古勇輝 ,   長房裕子 ,   山中啓義 ,   北川信樹 ,   傳田健三 ,   小山司

ページ範囲:P.1095 - P.1100

抄録

 胸部痛から始まって全身に疼痛や違和感が広がり,それを奇妙な表現で執拗に訴え,fluvoxamineが著効したセネストパチー症例を経験した。症例は45歳男性。「脇腹の筋肉がバサッと剥がれる」「腸がポコンポコンとなる」「頭の中を水が流れる感じ」「尾骨が肛門のほうへめり込んでいる」「お尻の筋肉がぽちゃぽちゃして萎縮している」など多彩な症状を訴えた。Milnacipran,amitriptyline,risperidoneを順次使用したが効果なく,fluvoxamine 200mg/日にて著明に改善した。統合失調症や気分障害,器質性精神障害は否定的であり狭義のセネストパチーと考えられた。症例を報告するとともにセネストパチーの診断上の問題点や薬物療法について考察した。

Cilostazolが奏効した老年期うつ病の2症例

著者: 藤倉由季 ,   馬場元 ,   大久保拓 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.1101 - P.1107

抄録

 近年抗血小板薬であるcilostazolが認知機能を改善することや,ラクナ梗塞患者の抑うつ症状に著効したとの報告がなされ,脳血管性認知症やいわゆる血管性うつ病に対する効果が期待されている。今回我々は多発脳梗塞を有し老年期うつ病(血管性うつ病)と診断され,抗うつ薬の効果が不十分であった2症例に対し,cilostazolを追加投与したところ奏効を示した2症例を経験した。その作用機序としてcilostazolの血管拡張作用による脳血流改善効果やcAMP濃度上昇によるCREBリン酸化促進などが関係しているものと考えられた。

非専門外来を受診するOCD患者の臨床特徴と治療反応性について―薬物療法と行動療法の併用症例における検討

著者: 石丸美和子 ,   真田順子 ,   北村ゆり

ページ範囲:P.1109 - P.1115

抄録

 非専門外来において薬物および行動療法(BT)を併用した強迫性障害(OCD)患者の臨床特徴および治療抵抗性にかかわる要因を検討した。専門外来に比べ,重症度は若干軽く,pure OCDの特徴を備えている一方で,罹病期間は長く治療歴を有する者が多いという特徴が認められた。またうつ状態の存在と,BT初回の曝露反応妨害法の失敗が治療抵抗性にかかわる要因であった。

 以上から,軽症ながらも病歴が長く,専門外来へ行き着かない患者層に対しての啓蒙をいかに行うかが今後の検討課題と考えられる。また合併するうつ状態への対応と,初回の曝露反応妨害法が必ず成功するように工夫することが,円滑なBT導入を行うために重要と考えられた。

短報

Subclinical hyperthyroidism下で躁状態を呈したBasedow病にquetiapineが著効した1症例

著者: 紀本創兵 ,   森川将行 ,   木内邦明 ,   芳野浩樹 ,   根來秀樹 ,   岸本年史

ページ範囲:P.1117 - P.1119

はじめに

 甲状腺ホルモンと精神症状との関連は躁状態,うつ状態などをはじめとして広く知られている。近年では,甲状腺機能は正常であるが,甲状腺刺激ホルモン(TSH)が低下した状態となるsubclinical hyperthyroidism(以下,SCHT)の精神症状が注目されている。SCHTは,①甲状腺機能亢進症で治療により甲状腺機能が正常化した場合や,②甲状腺機能低下症で甲状腺末を服用している場合に多いとされている6)

 躁病相への治療薬としてはlithiumや抗てんかん薬が長く用いられているが,近年では副作用の少ない非定型抗精神病薬の躁病相への有効性が臨床試験で明らかとなっており使用頻度が増えている。

 今回,我々は,SCHT下で急性躁状態を呈したBasedow病に,非定型抗精神病薬であるquetiapineを使用し著効した症例を経験したので,quetiapineの躁病相に対する有効性と,SCHTと精神疾患に関する文献的な考察を加え報告する。

境界性人格障害に対するperospironeの臨床評価―後方視的研究より

著者: 福智寿彦 ,   湯浅省志 ,   北村岳彦 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.1121 - P.1124

はじめに

 境界性人格障害(BPD)は臨床現場で頻繁に遭遇し,治療に困難を極めることも珍しくなく,本邦でもさまざまの臨床的な格闘の末に得られた貴重な精神療法の成果が幾つかの成書として発刊されている3,8)。しかし,その対応は一筋縄ではいかないことが多く,その際,少なくとも一部の患者では薬物療法が貴重な手助けとなることも経験される。

 境界性人格障害における薬物療法にはいまだ定まった指針はない。2001年アメリカ精神医学会(APA)が,初めて境界性人格障害の治療に関するpractice-guideline1)を作成し公表するとともに,海外において,本病態に関する薬物療法の研究発表5,6,10)が相次いでいる。

 我々は,APAのpractice-guidelineに則り,薬物使用に関して,予想される副作用と期待される効果を説明し,SSRIや非定型抗精神病薬の投与に納得が得られた境界性人格障害患者に限ってSSRIや非定型抗精神病薬投与を行ってきた。

 このような症例の中でperospironeが追加投与された症例について,その後の経過をカルテより後方視的に研究し,その有用性を検討したのでここに報告したい。

 なお,perospironeは本邦で開発された唯一の非定型抗精神病薬であり,我々も統合失調症におけるperospironeの検討において,本薬剤が他の非定型抗精神病薬と比較してもとりわけ副作用の面で患者の負担が少ない薬剤であることを経験している2)

紹介

―Christian Scharfetter 著― 「Eugen Bleuler 1857-1939 Polyphrenie und Schizophrenie」

著者: 人見一彦

ページ範囲:P.1125 - P.1131

Bleuler研究の集大成

 Chr. Scharfetterにより,統合失調症(Schizophrenia)概念の提唱者であり,チューリッヒ大学附属精神病院ブルクヘルツリの第5代主任教授を務めたEugen Bleuler(以下Bleulerと略:1857-1939)の自伝的資料に基づくBleuler学派研究の集大成が出版された(vdf Hochschulverlag AG an der ETH Zürich, 2006)。527頁の大著である。

 BleulerはFruedの幼児性欲,エディプス・コンプレックスなどに対して,会話,手紙,刊行物などで素直に告白しているが,自叙伝のない人物である。この著作は,息子であり,同じくブルクヘルツリの第7代主任教授となったManfred Bleuler(以下Manfredと略:1903-1994)の遺族によりブルクヘルツリ博物館に寄贈された未公開の資料とすでに公刊されている史料によっている。

私のカルテから

初期統合失調症症状が優勢であった初発統合失調症患者にquetiapineが有効であった1例

著者: 谷口和樹 ,   高澤紀子 ,   蓮江邦夫

ページ範囲:P.1133 - P.1135

はじめに

 統合失調症患者において,自生思考,記憶表象,聴覚過敏といった特徴的な症状がしばしば幻覚妄想などに先行して出現することがある。中安らはこれらの症状を独立した疾患群ととらえ,初期統合失調症と定義づけた11,13)。また中安らは,これら初期症状には高力価抗精神病薬は必ずしも有効でないとしたうえで,sulpirideの有効性を論じている12)。さらに近年では非定型抗精神病薬であるquetiapineの有効性にも言及している13)

 今回我々は思春期初発の統合失調症患者の初期統合失調症症状において,quetiapineが自生思考,視覚表象,聴覚過敏といった初期統合失調症症状に比較的に奏効した1例を経験した。この知見は非定型抗精神病薬の薬理学的プロフィールの違いを示唆している可能性があると考え,ここに報告する。

“心因性健忘”を疑われ救急外来より紹介された一過性全健忘の1例

著者: 松永みな子 ,   村岡稔史 ,   上川英樹 ,   山田茂人

ページ範囲:P.1137 - P.1139

はじめに

 一過性全健忘(Transient Global Amnesia;TGA)は外傷や脳血管障害など明らかな原因がなく,突然に著しい記銘力障害(前向性健忘)と過去の記憶障害(逆向性健忘)を呈し,意識障害や他の神経症状を伴わない短時間の健忘症候である。エピソードの最中は重篤な健忘症状を呈し,数分前に起こったことも忘れてしまい,何度も同じ質問を繰り返すなど特徴的な症状のため家族・本人を不安にすることが多いが,24時間以内には自然と消失するとされている。

 今回,我々は“心因性健忘”を疑われ救急外来より紹介された一過性全健忘の1例を経験したので報告する。

Olanzapine口腔内崩壊錠を用い治療した躁病の1例

著者: 山本暢朋 ,   岩崎弘一 ,   織田辰郎

ページ範囲:P.1141 - P.1143

はじめに

 米国においてolanzapine(以下OZP)は双極Ⅰ型障害における急性躁病の治療薬として2000年に承認を受けているが,本邦では保険適応上の問題もありOZPが躁病に有効であったとの報告は少ない。今回,我々は気分安定薬や抗精神病薬での治療による副作用のため治療の中断を繰り返した躁病層のみを示す双極Ⅰ型障害の患者に対して,急性期においてolanzapine口腔内崩壊錠(olanzapine oral-disintegration,以下OZP-OD)の単剤治療が有効であったものの,その後再燃し気分安定薬の追加投与が必要であった症例を経験したため,若干の文献的考察を加え報告する。

末期がん患者の抑うつに対してmethylphenidateが奏効した1症例

著者: 井貫正彦 ,   遠藤博久

ページ範囲:P.1145 - P.1147

はじめに

 がん患者に対する緩和ケアの普及に伴い,総合病院精神科医が,がん患者の精神症状に対応する機会が増えている。なかでも抑うつは,多くのがん患者に認められる精神症状である4)。抑うつは患者のQOLを低下させるため,早期に介入し適切に治療することが重要である2)。今回,末期がん患者の抑うつに対してmethylphenidate(MPD)を使用し奏効した症例を経験した。若干の考察とともに報告する。

動き

「第102回日本精神神経学会」印象記

著者: 澤田健

ページ範囲:P.1148 - P.1149

 第102回日本精神神経学会総会は,2006年5月11~13日の3日間にわたり,前田久雄会長(久留米大学)のもと,福岡国際会議場で開催された。福岡市は空港からアクセスがよく,かつ過ごしやすい都市であり,学会場内外で親交を深め,楽しい時を過ごすことができた。

 まず,学会場に到着したときには,受付に多くの人が列を成して立ち並んでいるところを見て,その盛況さに驚いた。専門医制度が開始され,専門医の維持のためにポイント獲得が必要となった最初の総会であることが,この活況の一つの大きな要因であろう。実際に参加者は総会における過去最高の2,500名に達したということであった。私自身を振り返ってみると,精神神経学会自体は,大学神経精神科に入局した直後から入会していていたが,総会に参加することは,この十数年にして初めてであった。総会は大き過ぎて,おもしろくなく得るものが少ないのではないかという思い込みから避けていたのであったが,いくつか縁があり,今回参加することとなった。実際に参加してみると,多彩な講演,研修コースの充実を目の当たりにして,当初に抱いていた「おもしろくない」印象は,最後には「参加する楽しさ」のある学会であると感じた。以下に,学会の概要について述べたいと思う。

書評

Schizo-Oligophrenie 統合失調症様症状を呈する発達遅滞

著者: 臺弘

ページ範囲:P.1150 - P.1150

 本書は誠実な精神科医であった著者が,真摯な臨床の一生をかけて孤独に取り組んだ課題である「精神病とは何か」についての考察である。評者は不思議な因縁で本書の発端からかかわり,今回は書評を引き受けることになった。亡友の依頼を断るわけには参らない。本書は独特な構想と論議の著作であるので,まずは原点と大綱を吟味する必要があろう。

 著者は本書の主題が①Schizophrenieの本質的な症状は対人感情障害にあるとする見解,②Schwachsinnを知能障害より人格障害とする観点,③表現症状群(Ausdruck-Symptomen-komplex)の記述に依存する解析法にあるとしている。分裂病の中軸症状を対人感情障害とする立場は,わが国では立津政順に発する。彼は慢性覚せい剤中毒精神病と分裂病との鑑別に当って「打てば響くような反応を持つ人は分裂病ではない」と喝破した人である。松澤病院で立津に学んだ青医連は本書ではM-Schuleと呼ばれており,著者はその末輩にあたる。評者も「打てカン」反応には賛成していて,分裂病として来診した1女患者との会話に何気なく「貴方,薬使ったことあるの」と聞いたら,「えぇあるわよ」と即答された。彼女が以後20年間も薬の濫用を繰り返し,見る影もない欠陥状態で入院を続けていると聞いたのは悲しい。一方評者らは動物の慢性覚せい剤中毒が統合失調症モデルとなることを提唱していて,本症が人間特有の疾患であるとは認めていない。

トリエステ精神保健サービスガイド

著者: 加藤進昌

ページ範囲:P.1151 - P.1151

 本書はその名の通り,イタリアの北東端,長靴のほつれた糸みたいにとび出したトリエステ地方の精神保健サービスのガイドブックである。だからといって,訳者はイタリアに行った時に病気になったらどうするかという案内を目的として訳出したわけではない(もっとも少しは役に立つかもしれないが)。では,なぜガイドブックが遠く離れた日本で刊行され,あろうことか自分が書評を本誌に載せる羽目になったのか。

 それは,本書が,精神医療改革の唱道者フランコ・バザリアが「精神科病院を廃絶する」急進的改革に着手して以来30年の到達点を如実に物語る「精神医療改革の案内書」だからである。そこには法律(当時有名になったもので法180号という)のこまごました解説も,赤旗たなびく急進的思想の羅列も何もない。本書を読んでいくうちに,地域の中で精神障害者がみんなと生活し,それをやわらかく保証する仕組みができていることが,読者にすんなり入っていくのである。これには本書のユニークな装丁もあずかっているかもしれない。まったくわが国のこういう類書の無味乾燥さを思うと好対照である。ほんとに,お役人にもセンスを持ってもらわなくては。

米国精神医学会治療ガイドライン コンペンディアム

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.1152 - P.1152

精神医療・福祉水準の向上へ。実用的ガイドライン

 精神医療に携わるものにとって大変参考になる心強い翻訳書が出版された。本書には米国精神医学会(APA)が作成した11の治療ガイドラインが収められている。精神医学的評価法から始まり,せん妄,アルツハイマー病と老年期の認知症,HIV/AIDS患者の精神医学的ケア,統合失調症,大うつ病性障害,双極性障害,パニック障害,摂食障害,境界性パーソナリティ障害,自殺行動の評価と精神医学的ケアで終わっている。これらのガイドラインはすでにAmerican Journal of Psychiatryに掲載されたものであるが,こうしてまとまった翻訳本が出たことは,わが国の精神医療水準の向上に大きな寄与をするであろう。

 ガイドラインの作成過程についての解説によれば,入手可能な文献について厳密で科学的な審査を行い,十分推敲された草稿を広範に審査し,最終的にAPA総会と理事会の承認を得るという厳しい吟味をしている。さらに,できるだけバイアスがかからないようにつとめたことや,いかなる営利団体からも財政援助を受けていないという点を強調している。このようなガイドラインに関するAPAの厳しい姿勢が示されている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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