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雑誌目次

雑誌文献

精神医学48巻12号

2006年12月発行

雑誌目次

巻頭言

人工的な治療指針を日常臨床の中で適用すること

著者: 稲田俊也

ページ範囲:P.1274 - P.1275

 近年,対照群を置いた無作為化臨床試験などにより医学的根拠の高い治療法が優先して列挙されたエビデンスに基づく治療指針が,ガイドラインやアルゴリズムとして統合失調症やうつ病などの精神疾患を対象に世界各国から数多く公表されており,精神科臨床をこれから学ぼうとする卒業したばかりの研修医の臨床教育用資料として活用されたり,あるいは実際の臨床現場においても治療方針を決定する際の参考にされるようになってきている。しかし,経験を積んだ精神科医が,うつ病や統合失調症の治療を行うにあたって実際にガイドラインに沿った治療を実施しようとすると,さまざまなギャップに遭遇することが多い。

 統合失調症の薬物治療ガイドラインでは,最初は非定型抗精神病薬の単剤からはじめ,治療反応性が乏しかったり,投与した薬剤に特有の副作用が発現したりした場合などには他の抗精神病薬に切り替えることを推奨している。野球に例えていえば,必勝を期して登板したエースが打たれた時に,エースを降板させて別の中継ぎ投手にスイッチするような感覚である。ガイドラインで最初に投与することが推奨されている抗精神病薬の多くは,定型抗精神病薬よりも優位性を示すエビデンスを持つ非定型抗精神病薬の一群であり,ガイドラインに沿ってこれらの薬剤群の中から1剤を選択する際には,臨床的経験を加味して患者に最もふさわしいであろうと思われる薬剤を自分で判断して投与することになる。最初に選択した非定型抗精神病薬でうまくいかなかったら,別の抗精神病薬に変更することが推奨されているが,特に問題となる副作用も出現しなくて,ある程度精神症状の改善がみられたけれど,まだまだ完全にはよくなっていないというような状況では,切り替えを考慮しても,ある程度薬剤の有効性を実感している患者さんが処方の継続を希望されるような場合など,日常臨床の現場ではスパッと切り替えられない状況にしばしば遭遇する。

展望

精神科受診経路に関する研究

著者: 橋本直樹 ,   藤澤大介 ,   大塚耕太郎 ,   小泉弥生

ページ範囲:P.1276 - P.1285

はじめに

 1980年にGolgbergとHuxleyによって精神疾患を持つ患者が,専門機関に到達するまでにどのような経路を経るのかについての報告がなされた8)。彼らは,個人が精神的な病気があると確認されて,その結果精神医療サービスにたどり着くまでの道筋を知るために患者を5段階のレベルに分け,各レベル間に4つのフィルターを想定するモデルを提唱した(図)。彼らは,地域社会でみられる精神疾患は,精神医療サービスでみられるものより全体に重症でないこと,このような症例の大部分が精神医療サービスを受けていないことから出発し,このモデルを提唱した。

 5段階モデルは精神的な病気を持つ者が精神科的ケアに到達するまでの過程を簡略化した模式図である8)。しかし実際に患者が専門機関に到達する過程には,保健医療の組織,専門機関への紹介の仕組み,保健医療サービスの利用のしやすさ,その他の経済,文化的要因など多くの要素が影響する。そこで精神科医療サービス(レベル4,レベル5)に患者が到達するまでの経路の実態を解明すべくpathway studyが計画された。

研究と報告

アルコール依存症者における前頭葉機能と心の理論

著者: 鳥塚通弘 ,   林竜也 ,   長徹二 ,   猪野亜朗 ,   森川将行 ,   根來秀樹 ,   原田雅典 ,   岸本年史

ページ範囲:P.1287 - P.1292

抄録

 アルコール依存症者の前頭葉機能障害に関して,前頭葉機能の簡易評価バッテリーであるFABと,その遂行に前頭葉機能の関与が考えられている心の理論課題を用いて調査した。患者19人,健常者13人に検査を実施し,両群間での比較を行った。FAB総得点,心の理論正解率は患者群で有意に低かった(おのおのp<0.01,p<0.05)。FABのカットオフポイント達成率については有意差を生じなかったが,サブテストのうち精神柔軟性,抑制制御が患者群で有意に低かった(おのおのp<0.01,p<0.05)。前頭葉機能や心の理論の能力がアルコールにより障害され,アルコール依存症者の最大の問題である否認に対して影響を与えている可能性があると考えた。

解離性障害における夢と現実の区別困難について

著者: 柴山雅俊

ページ範囲:P.1293 - P.1300

抄録

 夢と現実の区別困難について解離性障害の患者53名と対照群57名を対象に調査した。解離性障害にみられる夢と現実の区別困難を,①現実が夢のようである,②夢が現実のようである,③過去の記憶が事実なのか夢なのか判断しがたい,の3つに分類し,それぞれについて精神病理学的観点から論じた。解離性障害では今・ココを起点とするパースペクティヴperspectiveの成立不全が示唆される。それはまたパースペクティヴの起点・要になる私の成立不全をも意味している。同一性の拡散した私は,並立化し等質化した世界の知覚対象や記憶表象,空想表象,夢の表象との1対1の無媒介的・直接的関係を通して深く没入し,没入した世界によってあらためて私が構成されることになる。このような,知覚-表象や現実-夢などの並列化に加え,パースペクティヴの両極構造とそこにおける循環的関係は,解離性症候の基底に存在する病態構造の一つと考えられる。

Brief-Neuropsychological Scaleの初期Alzheimer病患者への適用について

著者: 加藤奏 ,   松井三枝 ,   倉知正佳 ,   結城博実 ,   鈴木道雄

ページ範囲:P.1301 - P.1307

抄録

 簡易神経心理学的スケールBrief-Neuropsychological Scale(BNPS)を作成し,初期アルツハイマー病(AD)患者への適用を検討した。BNPSは他のスクリーニング検査に比して非記憶領域の占める割合が大きく,また実行機能と文章記憶の遅延再生課題を含んでいる。健常対照群68名と患者群35名にBNPSを施行して両群の成績比較を行った。その結果,患者群の成績低下が認められ,本検査が初期AD患者のスクリーニングに有用であることが示唆された。BNPSは認知機能の幅広い評価が可能であることから,ADとAD以外の認知症性疾患や,MCIの下位分類の神経心理学的特徴の把握にもその有用性が期待される。

資料

デイケア家族会の実施状況について

著者: 西村紀子 ,   山本賢司 ,   森田奈奈 ,   坪内友美 ,   吉田芳子 ,   宮岡等

ページ範囲:P.1309 - P.1314

はじめに

 統合失調症をはじめとした精神障害者の家族と,患者の再発率や社会的機能との関連については以前から多くの報告がなされている。そして,それらの研究から家族の感情表出(Emotional Expression, EE)の高さは患者の再発率と関連することや2),統合失調症患者は高EEの家族といっしょにいると病的な行動を示しやすいことなどが明らかにされている18)。また,精神障害者の家族は一般健康調査票でカットオフ値を上回る家族が多く12,14),家族の精神的健康に大きく関与するものは患者にかかわる介護の負担であること11)も報告されている。このような事実から,以前から欧米では治療の中に家族に対する介入を積極的に取り入れる試みがなされており1,3,7,8),本邦でもさまざまな介入技法や臨床経験が報告されている5,19,20,21)。さらに,心理教育的な家族教室の有用性10,15),家族支援のあり方16)などに関する報告もなされている。

 北里大学東病院精神疾患治療センターの精神科デイケアにおいても,精神障害者の家族に対する心理教育的な側面と患者家族の心理的サポートという側面から,1988年2月より2005年3月までに104回のデイケア家族会(以下,家族会と略す)を開催した。今回,我々は今日までに行ってきた104回の家族会の参加人数やテーマなどに関する調査を行い,家族の家族会に対するニーズと今後の方向性についての検討を行ったので報告したい。

紹介

近年におけるKraepelin研究:“Edition Emil Kraepelin”(2000~2006)をめぐって―Emil Kraepelin(1856~1926)生誕150年にちなんで

著者: 濱中淑彦

ページ範囲:P.1317 - P.1322

 本年(2006年)は,1856年2月15日に北ドイツの小邑Neustrelitzで生れ,19世紀末から20世紀初頭にかけて8版(正確には9版第1巻まで)もの改訂を重ねた精神医学教科書における内因精神病論(1883~1915,たとえば濱中 2005参照)14)と,現Max-Planck-Institut für Psychiatrie in München(以下MPIPと略:旧Deutsche Forschungsanstalt für Psychiatrie)の創設(1917)などによって,近代精神医学の基礎を築いた巨匠の一人Emil Kraepelin(1926年10月7日没)の生誕150年にあたり,またKraepelinのMünchen着任の翌年(1904)に建造されたMünchen大学精神科現本館の100周年(Hippius et al. 2005)15)に続く記念の年でもある。

 生誕100年の1956年には,門下の一人でKraepelin退官後2年間主任代理を勤めた後渡米したKahn EによるKraepelinの人柄に触れた個人的回想,Kraepelinが彼流の精神医学の基礎を形成したHeidelberg大学精神科(1891~1903)の戦後の主任Schneider Kと,最後の任地となったMünchen大学精神科(1903~1922)における戦後の主任Kolle K(同年には編著“Große Nervenärzte”の第一巻にも簡潔なKraepelin評伝を執筆),そしてGruhle Hによる,必ずしも単純明快に肯定的とは言いがたい短い業績評価の他,KraepelinとFreudの対比論(Wyrsch50) 1956,Kolle 195728))しか,寡聞の筆者には知られていないが,その背景としては,当時のHeidelberg(Jaspers, Mayer-Gross etc),Tübingen(Kretschmer),Frankfurt(Kleist)における独自の学派形成や,台頭しつつあった精神療法,現象学的・人間学的精神医学の優勢な時代思潮が考えられようか。なお同じ1956年には内村がMünchenのKolleら宛で書簡を送り,KraepelinがいなければJaspersさえ「果たして出現したか否か疑わしい」と力説(上記のKolle 195727)に引用)して,Kraepelinの「生誕百年の催し」を提案し「これが動機となって」同年2月にMünchen「大学精神科の講堂で開催された記念会に招待され」,「クレペリンが力を入れていた比較精神医学に関連して「アイヌのイム」について講演したと回想録(1968)47)に述懐しているのは興味深い-もっともこの会にはドイツ内外から多数の参加者があったとも述べていて,内村自身の講演は刊行(Uchimura 1956)46)されて読むことができるのだが,他の参加者の発表は残念ながら不詳である。この他,MPIPが第二次大戦中に中断していたKraepelin金メダル賞授与を1956年に再開したことも伝えられてはいるが,受賞者がKraepelinとはかなり趣を異にする二人の精神医学者,つまりErnst Kretschmer(多次元的診断など)とLudwig Binswanger(現存在分析)だということ(Weber 2006)49)には,いささか意外の印象,少なからず運命の皮肉を感じる向きもあろう-もっともKraepelin自身は自説を強く主張しながらも,頻回の教科書改訂や,自分の疾病分類があくまで「暫定的」であると繰り返し述べ,Hoche Aによる「症状群」論(Kraepelinの「疾病単位」論批判:1912)16)をある程度は受け入れたこと(Kraepelin 1918)29)にうかがわれる通り,異なる立場と批判に対して頑に拒絶的な人柄であったわけでもないことも見逃してはならぬであろう。ちなみに彼の没後に執筆された第二次大戦前の比較的詳しい業績評価(1927年の追悼文は別)としては,Heidelberg大学精神神経科創立50周年(1929)に執筆されたMayer-Groß(臨床),Gruhle(心理学),Groß(病院精神医学),Weygandt(発達と教育学),Rüdin(社会精神医学),Aschaffenburg(犯罪学)の講演や,その10年後(第二次大戦勃発直前)のKöln学会における幾つかの講演,たとえばWernickeとKraepelin両者に相次いで師事したGaupp(1939)12)の所論,WernickeとKraepelinの対比論(Schröder 193943),Leonhard 193935))なども挙げられよう。

私のカルテから

Fluvoxamineの増量が有効であった仮面うつ病の1症例

著者: 清水義雄 ,   岸口武寛

ページ範囲:P.1325 - P.1327

 身体症状を主として示すうつ病は,身体の病気という仮面をかぶっているようにみえるため,「仮面うつ病」と呼ばれる7)。仮面うつ病のほとんどはうつ病の程度としては軽症と判断されることが多く,軽症うつ病と同義語とされている。しかし身体症状に隠されて心のうつ状態が見えにくく,うつ病であることが見逃される可能性があり注意が必要である3,9)。今回我々はうつ症状は早期に改善したが,約1年間にわたり持続した後頸部のだるさに対して,Fluvoxamine(以下FLUVと略す)の増量が有効であった症例を経験した。精神科医が仮面うつ病を診察する場合うつ病であることを見逃すことは少ないが,身体症状がうつ病の一症状であることを十分に認識しておくことが必要であると考えられた。

葛藤の中で生じ身体表現性と思われた症状が器質性であった高齢女性の2症例

著者: 上田諭 ,   小山恵子 ,   佐藤克彦 ,   陳野美奈 ,   諸岡千草 ,   戸田ユリ子 ,   勝尾ふき子

ページ範囲:P.1329 - P.1331

はじめに

 身体症状を訴える患者に対する精神科診断には,まず器質性疾患の検索を行うが,とりわけ実際に身体疾患を有している可能性が高い高齢者においては,背景に身体的問題がないかどうか常に十分な注意を払う必要がある。今回,息子への依存欲求が満たされない葛藤状態のさなかに顕著な腰痛や嘔気を生じ,身体表現性の症状を疑われたが,入院後の精査で身体症状の原因となり得る器質性要因が判明した高齢女性の2症例を経験した。臨床経過を示し,高齢者の診断に際し留意すべき点について考察した。

シンポジウム 気分障害治療の新たな展開

シンポジウム開催にあたって

著者: 本橋伸高

ページ範囲:P.1333 - P.1333

 わが国の自殺者数が年間3万人を超え続け,うつ病の治療に対する関心が高まっている。実際,うつ病の生涯有病率は10%以上に達することが示されており,うつ病になると自殺以外にも就業不能となることが少なくなく,また,心疾患などの合併症を患うことも多い。このため,ハーバード大学,WHOと世界銀行の共同研究によると,うつ病は1990年の時点で死亡や障害のために喪失する年数が4番目に多く,2020年には虚血性心疾患に次ぐ第2位になることが予想されている。そこで,厚生労働省精神・神経疾患研究委託費 精神疾患関連研究班第13回合同シンポジウムは「気分障害治療の新たな展開」をテーマとして,2003年12月16日アルカディア市ヶ谷で開催された。

 まずは,気分障害治療の標準化を図るためのガイドラインについて発表された。大うつ病の薬物療法については山梨大学の塩江邦彦先生が,自らが作成の中心となった具体的で使いやすいアルゴリズムについて解説した。次に,双極性障害の薬物治療について,広島大学の岡本泰昌先生が,米国のエキスパートコンセンサスガイドラインを中心に説明した。

大うつ病の薬物療法―改訂版アルゴリズムの作成

著者: 塩江邦彦

ページ範囲:P.1335 - P.1345

はじめに

 特定の精神障害に対するEvidence-based medicine(EBM)を重視して作られた治療指針としてガイドライン(guideline)とアルゴリズム(algorithm)の2種類の形式が知られている。薬物療法のみならず心理社会的療法も含めた網羅的,包括的な治療ガイドラインに対して,DSM-Ⅳ第1軸の障害のみを対象に,より具体的に合理的な薬物選択の方法をフローチャートの形式で実践的に示したものが治療アルゴリズムである。

 大うつ病における治療アルゴリズムについてはInternational Psychopharmacology Algorithm Project(IPAP)委員会が1995年に最初の米国版アルゴリズム21)を発刊したのを皮切りに,世界中で複数のアルゴリズム・プロジェクトが立ち上げられた。現在では各国の医療事情に即したアルゴリズムがヨーロッパに続いてアジアでも出版されている。主要なガイドラインおよびアルゴリズムを表に示した(表1)。

双極性障害の薬物療法―第一選択の気分安定薬としてのリチウムとバルプロ酸の比較を中心として

著者: 岡本泰昌

ページ範囲:P.1347 - P.1354

はじめに

 これまでに行われた長期経過に関する研究から,双極性障害は,再発の危険性が高いこと,病相が頻発化したり慢性化したりという難治例も少なくないこと,病相期のみならず間欠期においても社会生活機能が大きく障害されること,自殺完遂率が高いことなどが明らかにされている3)。したがって双極性障害の治療は,急性期だけでなく維持療法期も含めた長期的視点に立った治療選択をする必要がある。

 双極性障害の治療を組み立てていくうえで薬物療法は重要な位置を占めているが,大うつ病を対象とした抗うつ薬のRCT(無作為化対照試験)と比べて,双極性障害のみを対象としたRCTは50報以下と少なく,特にプラセボとの比較を行った研究はさらに少ない。さらに,これらのRCTはいくつかの報告を除いてサンプルサイズが小さく,結果の解釈に統計学的な限界があることが指摘されている33)。また,双極性障害の薬物療法に関する知見は,気分安定薬のなかではリチウムに関する研究が多く幅広いが,その他の薬剤については十分な検証は行われていない。また,双極性障害の病相に関して,躁病相に対する知見は比較的多く得られているが,うつ病相や維持療法期を対象とした研究は十分得られていない。すなわち,現時点では双極性障害の薬物療法に関して十分に検証された知見は多くない状況にある。

 本稿では紙面に限りもあることから,双極性障害の薬物療法の根幹をなす気分安定薬について,近年のさまざまな治療ガイドライン4,41,49,56)で第一選択薬として取り上げられているリチウムとバルプロ酸に焦点を絞り,両薬剤の有用性や限界について考えていきたい(表)。

電気けいれん療法(electroconvulsive therapy;ECT)

著者: 新垣浩 ,   本橋伸高

ページ範囲:P.1355 - P.1362

はじめに

 電気けいれん療法(electroconvulsive therapy;ECT)は気分障害の治療にきわめて有効であり,欧米では1980年代以降定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が主に用いられている。わが国でも2002年6月にパルス波治療器が医療機器として正式に認可された。ここでは,気分障害に対するECTについて概説し,我々がうつ病に対しパルス波治療器を用いて実施したECTの臨床効果,副作用,刺激用量の変化などについてもあわせて報告する。

経頭蓋磁気刺激の抗うつ効果について

著者: 藤田憲一 ,   伊坂洋子 ,   松見達徳 ,   古賀良彦

ページ範囲:P.1363 - P.1369

はじめに

 経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation,以下TMS)の歴史は比較的新しいものであり,以前は頭蓋骨を開けなければ行えなかった大脳への刺激を,非侵襲的に可能にした画期的な刺激法である。実際にTMSが臨床応用されるようになったのは,1985年のBarkerら1)によるデモンストレーションが行われてからである。当初は神経学的検査に利用され,脳外科・神経内科・整形外科領域の臨床あるいは研究面に広く利用されていたが,1993年にHoflichら14)が初めて治療としてうつ病に用いた。当初の成果は,さほどかんばしいものではなかったが,その後刺激パラメーターの改変が重ねられ,徐々にTMSの抗うつ効果は確かなものとして認められるようになった2~22)。さらに,うつ病以外の疾患として統合失調症,強迫性障害,posttraumatic stress disorder(PTSD),パーキンソン病,てんかんなどの治療にも試みられ,一定の効果が報告されている23)

 TMSは刺激頻度の違いにより2種に大別される。神経学的検査に用いられるsingle pulse TMSと,連続して刺激が可能なrepetitive TMS(以下rTMS)である。Single pulse TMSとは数秒に1回程度の不規則な刺激を意味し,rTMSは連続した規則的な刺激を意味しており,なかでも1Hz以下をslow rTMS,1Hzより高頻度のものをfast rTMSと呼んでいる。欧米におけるTMSのうつ病治療の研究では,single pulse TMS3,13,14,16)に始まり,最近では治療効果がより高いとされているrTMS4,11,21)が中心に用いられているようになってきている。

 本邦におけるTMS研究では,1999年に筆者らがsingle pulse TMSを治療に用いた症例を初めて報告し6),以後もsingle pulse TMSの抗うつ効果について報告5,7)を行っている。一方, rTMSを用いた研究報告はこれまでにほとんどされていない。

 本稿では,single pulse TMSの治療結果7)と,新たに10HzのrTMSを施行した結果を比較し,single pulse TMSおよびrTMSのパラメーター設定に関する考察を行った。また,今回新たに施行したrTMS群に関しては,13例のうち6例についてrTMSの脳血流に与える影響をみるために,治療の前後で99mTC-ECD SPECTの撮影を行った。

動き

「第21回日本老年精神医学会」印象記

著者: 守田嘉男

ページ範囲:P.1370 - P.1371

 第21回日本老年精神医学会は東京慈恵会医科大学付属柏病院の笠原洋勇教授を大会長として,2006年6月30日~7月1日東京都市センターホテルで開催された。

 メイン・テーマである老年精神医学における成果と近未来の課題を柱とするシンポジウムが組織され,老年精神医学のほぼ全領域にわたる発表が6会場であったが,一部は2会場並行して進められた。しかし全会場は始終満席であり討論も活発に交わされたと思う。

書評

小児のうつと不安―診断と治療の最前線

著者: 齊藤万比古

ページ範囲:P.1373 - P.1373

 本書は,論旨の明快な理解しやすい書であり,その意味で学術書である前に啓発の書であると言えるだろう。第1章「小児のうつ病」の最初の論文である「Ⅰ.小児のうつ病は見逃されてきた」の題そのものに,本書の主張は明らかに示されている。すなわち,DSM-Ⅲ以降の成人のうつ病診断用の基準を子どもに適用しても,大人のうつ病と同質な症状群を抽出することができるという「取り決め」と,20世紀末から隆盛を誇る抗うつ薬のSSRIの小児への適用拡大という2つの潮流が大きなうねりとなって「小児のうつ」という概念を際立たせてきた近年の欧米の動向を,わが国に紹介し導入しようとする姿勢を本書は意欲的に示していると評者は感じた。第1章の「Ⅳ.症例提示」で示されている症例Aは大うつ病性障害の症例,症例Bは気分変調性障害の症例,症例Cは摂食障害と合併した軽症うつ病症例で,いずれもSSRIないしSNRIの投与により劇的に改善している。こうした症例から著者は,子どものうつ病の薬物療法における第一選択薬をフルボキサミンとして,薬物療法と認知行動療法との併用を推奨しているのはその好例であろう。

 本書の後半は第2章「小児の不安障害」である。子どもの発現する分離不安障害,パニック障害,社会不安障害,強迫性障害,外傷後ストレス障害について要領よくコンパクトに論述した論文が並んでおり,このまま子どもの精神医学を学ぶ専門家のテキストとしても使用できる内容となっている。

統合失調症の薬物治療アルゴリズム

著者: 武田俊彦

ページ範囲:P.1374 - P.1374

本邦 臨床薬理の到達点を示す書

 第2世代抗精神病薬が我々の臨床現場に登場して,すでに10年が経過しようとしている。この薬剤の登場とほぼ軌を一にしてわが国でも,統合失調症治療が随分変化してきた。特に薬物療法の分野では,急性期から維持期への治り方そのものが問われるようになってきている。病を持つ患者の生活を最終的にいかに豊かなものにしていけるかだけでなく,いかに患者に負担の少ない自然で綺麗な経過でそこまで到達できるかが問題とされてきている。終わりよければすべてよし式の治療は今や完全に否定されている。

 そんな臨床現場の潮流の中で本書は企画され,今回1998年に発表された日本版アルゴリズムの改訂版として刊行された。アルゴリズムは臨床研究によって得られた実証的証拠に基づいて作製された治療手順である。統合失調症の薬物療法の基本が網羅されていると言ってよい。臨床薬理を専門にしている者にとっては,アルゴリズム自体は当たり前のことが簡潔に記載されることが多いので,この手の本は退屈なものが多い。しかし本書では,解説に十分な紙面を割き,その内容も臨床的なセンスに富み,手軽な総説としておもしろく仕上がっている。それは解説にオピニオンの意見も適宜採用して,より臨床現場の細部にまで行き届いた記載がなされていることも一因である。特にわが国オリジナルのエビデンス,オピニオンに重点をおいた編集方針は,現在のわが国の臨床薬理の到達点を示すものであり興味深い。さらに本書は,有害事象の評価と対策にアルゴリズム全体の半分以上の紙面を割いていて,その解説もていねいである。体重増加,代謝障害,突然死など最近話題の有害事象への対応も今回取り上げられた。これは,患者に負担が少ない自然で綺麗な経過を求める最近の臨床薬理の動向と合致するものであり,この本の編集に当たった精神科薬物療法研究会の意図もここに読みとれる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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