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文献概要
特集 災害精神医学の10年―経験から学ぶ 人為災害
地下鉄サリン事件被害者の心のケア
著者: 飛鳥井望1
所属機関: 1(財)東京都医学研究機構・東京都精神医学総合研究所
ページ範囲:P.287 - P.293
文献購入ページに移動はじめに
1994年6月27日松本サリン事件が発生し,住民7名が死亡,586名が被害を受け,そのうち56名が入院した。化学兵器としての致死性神経ガスと称されるサリン,タブン,ソマン,VXなどは,いずれも有機リン系抗コリンエステラーゼ剤の範疇に入る。致死性神経ガスは1988年にイラク軍がクルド人勢力との戦闘において使用したと報告されたのが初めてのケースである。軍事目的の使用を除けば,一般市民に致死性神経ガスが使用されたのは松本事件が世界で初めてである。
その翌年の1995年3月20日,月曜日朝8時の通勤時間帯に,都内の営団地下鉄(当時)千代田線1編成,丸の内線と日比谷線各2編成の計3路線5編成の列車内で,ほぼ同時にサリンが散布された。散布場所は,千代田線・新御茶ノ水駅,丸の内線・御茶ノ水駅および四谷駅,日比谷線・恵比寿駅および秋葉原駅である。実行犯であるオウム真理教のメンバーは,ビニールパックに入れたサリン液を車内の床に置き,尖らせた傘の先でつついて穴をあけ,サリンガスを車内に充満させた。
この犯行の結果,地下鉄乗客や営団地下鉄職員ならびに現場で活動した消防職員や警察官など約5,500名が278の医療機関を受診した。死者は12名,傷害者は3,795名を数えた。そのうち1,046名が98病院に入院した。死者12名のうち10名は48時間以内の死亡であった。最重傷者は車内や駅のホームで意識を喪失し倒れこみ,けいれんを生じ口から泡をふいた。あるいはそうでない者もうずくまり,咳き込み,目の異常を訴えた。現場に居合わせた多くの者が,このような騒然とした異様な光景を目撃し,それを鮮明な記憶として残している。
地下鉄サリン事件では大部分は軽症中毒者であり,集中治療室に収容された者は20名にとどまった。被害者にみられた急性中毒症状は,多い順に縮瞳,頭痛,視界の暗さ,目の異常であった12)。致死量に至らない中毒における急性症状は,多くの者では1か月以内に消退した。もっとも多くの被害者の治療にあたった聖路加国際病院の報告14~16)によれば,事件当日に受診した640名の被害者のうち,心肺停止ないし呼吸停止の状態で搬送された者は5名(うち2名死亡),軽度から中等度の中毒症状により入院した者が110名であり,他の受診者は軽度の症状のみであり,経過観察後に戻されている。また入院者の大多数も翌日には退院となった。
被害者全体の性別と年齢構成に関する資料として,警察庁第1回調査10)の結果では,回答者の56.9%が男性,42.3%が女性であった。年齢構成には男女で差があり,男性は20代8.6%,30代20.6%,40代26.9%,50代26.2%,60代以上16.8%であったが,女性では20代43.9%,30代31.1%,40代9.1%,50代8.0%,60代以上7.0%であった。したがって被害者全体としては,おおむね男性が6割,女性が4割であり,男性が40~50代を中心とする一方で,女性は20~30代に偏った構成をしていたと考えられる。
1994年6月27日松本サリン事件が発生し,住民7名が死亡,586名が被害を受け,そのうち56名が入院した。化学兵器としての致死性神経ガスと称されるサリン,タブン,ソマン,VXなどは,いずれも有機リン系抗コリンエステラーゼ剤の範疇に入る。致死性神経ガスは1988年にイラク軍がクルド人勢力との戦闘において使用したと報告されたのが初めてのケースである。軍事目的の使用を除けば,一般市民に致死性神経ガスが使用されたのは松本事件が世界で初めてである。
その翌年の1995年3月20日,月曜日朝8時の通勤時間帯に,都内の営団地下鉄(当時)千代田線1編成,丸の内線と日比谷線各2編成の計3路線5編成の列車内で,ほぼ同時にサリンが散布された。散布場所は,千代田線・新御茶ノ水駅,丸の内線・御茶ノ水駅および四谷駅,日比谷線・恵比寿駅および秋葉原駅である。実行犯であるオウム真理教のメンバーは,ビニールパックに入れたサリン液を車内の床に置き,尖らせた傘の先でつついて穴をあけ,サリンガスを車内に充満させた。
この犯行の結果,地下鉄乗客や営団地下鉄職員ならびに現場で活動した消防職員や警察官など約5,500名が278の医療機関を受診した。死者は12名,傷害者は3,795名を数えた。そのうち1,046名が98病院に入院した。死者12名のうち10名は48時間以内の死亡であった。最重傷者は車内や駅のホームで意識を喪失し倒れこみ,けいれんを生じ口から泡をふいた。あるいはそうでない者もうずくまり,咳き込み,目の異常を訴えた。現場に居合わせた多くの者が,このような騒然とした異様な光景を目撃し,それを鮮明な記憶として残している。
地下鉄サリン事件では大部分は軽症中毒者であり,集中治療室に収容された者は20名にとどまった。被害者にみられた急性中毒症状は,多い順に縮瞳,頭痛,視界の暗さ,目の異常であった12)。致死量に至らない中毒における急性症状は,多くの者では1か月以内に消退した。もっとも多くの被害者の治療にあたった聖路加国際病院の報告14~16)によれば,事件当日に受診した640名の被害者のうち,心肺停止ないし呼吸停止の状態で搬送された者は5名(うち2名死亡),軽度から中等度の中毒症状により入院した者が110名であり,他の受診者は軽度の症状のみであり,経過観察後に戻されている。また入院者の大多数も翌日には退院となった。
被害者全体の性別と年齢構成に関する資料として,警察庁第1回調査10)の結果では,回答者の56.9%が男性,42.3%が女性であった。年齢構成には男女で差があり,男性は20代8.6%,30代20.6%,40代26.9%,50代26.2%,60代以上16.8%であったが,女性では20代43.9%,30代31.1%,40代9.1%,50代8.0%,60代以上7.0%であった。したがって被害者全体としては,おおむね男性が6割,女性が4割であり,男性が40~50代を中心とする一方で,女性は20~30代に偏った構成をしていたと考えられる。
参考文献
1) 飛鳥井望,三宅由子,澤野誠:地下鉄サリン事件被害者の精神的後遺症.精神経誌 98:791-792,1996
2) 飛鳥井望:地下鉄サリン事件被害者のメンタルヘルス.臨精医 30:373-377,2001
3) Asukai N, Maekawa K:Psychological and physical health effects of the 1995 sarin attack in the Tokyo subway system. In:Havenaar JM, Cwikel JG, Bromet EJ eds. Toxic turmoil:Psychological and social consequences of ecological disasters. Kluwer Academic/Plenum Publishers. New York, pp149-162, 2002
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10) 警察庁犯罪被害者対策室,科学警察研究所:地下鉄サリン事件被害者の被害実体に関する報告書,1999
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15) 聖路加国際病院:聖路加国際病院サリン患者診療報告会から.日本医事新報 3706:47-56,1995
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