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文献詳細

雑誌文献

精神医学48巻3号

2006年03月発行

文献概要

特集 災害精神医学の10年―経験から学ぶ 人為災害

ガルーダ機墜落事故とえひめ丸沈没事故―輸送災害における被災者ケア

著者: 前田正治1 丸岡隆之1 前田久雄1

所属機関: 1久留米大学医学部精神神経科学教室

ページ範囲:P.295 - P.302

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はじめに

 昨年4月に起こったJR福知山線脱線事故は100名を越す死者を出し,沿線沿いの地域住民にまで甚大な被害が及んだ。これは,典型的な輸送災害transportation disasterの一つである。しかし古来から,一度に人が多く死傷するといった災害性の高い出来事は,戦争以外では自然災害しか例がなかった。有史以来人類の輸送手段はきわめて限られており,日常的にはせいぜい馬を利用する程度しかなく,輸送手段が災害性を帯びるとは全く考えられなかった。ところが産業革命によって蒸気機関が誕生すると,乗り物は飛躍的に発展し,客船や列車,旅客機など一度に多くの人を運搬する大型の輸送手段が登場することとなる。そして交通機関の普及とともに事故もまた頻繁に起こるようになり,一度に多くの人が死傷するような災害性の高い事故もまたそれほど珍しくはなくなった。すなわち20世紀に入って,このような輸送災害の幕が開いたといってもよい。

 ところで,輸送災害の深刻さをはじめて世に知らしめた契機となったのは,1912年4月に起こったタイタニック号沈没事故である。本事故は史上初めての輸送災害といえるが,この事故には後の輸送災害に共通する多くの特徴がみられる。その一つが,事故によって引き起こされる死亡率の高さである(同事故では乗客乗員の約7割にあたる1,517名が死亡)。さらに,元来乗り物は上流階級や職業軍人など特殊な階級の人しか利用できなかったのが,20世紀以降になって一般市民も気軽に利用できるようになった。つまり汎用化された大型輸送機関が出現したのである。そのため映画や小説にもよく表されているように,タイタニック号沈没事故でも多くの一般市民が死亡してしまった。またわが国でも,1954年に起こった青函連絡船の洞爺丸沈没事故では1,314名の乗客乗員のうち,実に1,155名が死亡するという海難事故を経験している。その後はとくに航空機が発展し,空路による大量旅客時代が訪れると,一度の事故による死傷率は海難事故や鉄道事故とは比較にならないくらい高くなる。

 ではそのような輸送災害が被災者や救助者に及ぼす心的外傷について,あるいはそのケアについて,わが国でどのような実践なり進歩があったのだろうか。わが国においては,輸送災害被災者に対する系統的な調査やケアが文献上報告されたのは,ガルーダ機墜落事故とえひめ丸沈没事故の2つである。そこで本稿では,この2つの輸送災害における被災者ケアを通して,諸外国とのそれと比較しつつ,輸送災害被災者の特徴とそのケアについて論じてみたい。そのためまず,筆者らがかかわった2つの事故それぞれの経緯を紹介し,これらの事故被災者に対するケアの特徴と異同について述べる。続いて,これらの経験から,輸送災害における被災者ケアのあるべき姿について述べてみたい。

参考文献

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掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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