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文献詳細

雑誌文献

精神医学48巻5号

2006年05月発行

試論

ニート・社会的ひきこもりからの回復に向けての取り組み―対象者の動機づけに応じた介入のあり方

著者: 臼井卓士1 臼井みどり2

所属機関: 1三重県こころの健康センター 2国立大学法人三重大学医学部附属病院

ページ範囲:P.519 - P.528

文献概要

はじめに

 「ニート」「社会的ひきこもり」は,マスメディアを中心に注目されはじめ,近年では精神科医療,地域精神保健福祉,教育,就職支援など幅広い領域で関心が高まっている。ニート(Not in Employment, Education, or Trainingの略称)は雇用されておらず,学業もしておらず,職業訓練も受けていない無業者のことを指す。ひきこもりは,「さまざまな要因によって社会的な参加の場面が狭まり,就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」11)を指す。共に状態像の記述であり,医学的診断や単一の疾患や障害の概念ではない。また定義についても種々の議論がある。

 筆者らは,「ニート」「社会的ひきこもり」の支援にかかわる中で,対象の多様性,支援の困難さを日々思い知らされるとともに,回復に寄与する方略を開発する必要性を痛感してきた。そして「ニート」「社会的ひきこもり」に陥っている本人(以下,本人あるいは対象者と呼ぶことがある)が問題となっている行動・状態を変化させ,望ましい状態を習得していく過程に介入する際に,本人の態度や状態を変化させていく意志・動機づけの程度を基準にすることの重要性に着目してきた。

 さて行動科学の分野では,多理論統合モデル(Transtheoretical Model)17)という概念が知られている。これは,アメリカの心理学者Prochaskaが提唱した概念で,人の行動の変化に対する動機づけの程度をステージ分類し,そのステージに応じた介入法を用いることで,適切な行動を促進させることを目的としている。米国,カナダを中心に,禁煙,食事療法,医療コンプライアンス改善などの分野で活用され,日本では,糖尿病10),統合失調症療養19)などへの応用が知られている。

 近年,「ニート」「社会的ひきこもり」に対して,さまざまな支援が行われ,さまざまな知見が集積されつつある。筆者らは,「ニート」「社会的ひきこもり」に関しても,対象者の動機づけの程度に応じた援助・介入を行い,対象者の変化を促進していくための指針を検討していくことが必要な時期に入ったと考えている。

 本論では,「『ニート』『社会的ひきこもり』対象者の動機づけと行動変化に向けての介入のあり方」というテーマに関して,まず①他領域で用いられている,多理論統合モデルを紹介し,②「ニート」「社会的ひきこもり」を対象にした新たな援助モデルの必要性を述べ,③多理論統合モデルを参考に「ニート」「社会的ひきこもり」向けに筆者らが考案・作成した援助モデルを紹介させていただく。

 なお,本論で扱うニート・社会的ひきこもりケースは,「統合失調症や中核的な自閉性障害や中等度以上の知的障害などを除き,軽度発達障害まで含めたケース」12)とする。

参考文献

1) Aaron Antonovsky:Unraveling the Mystery of Health:How People Manage Stress and Stay Well. Jossey-Bass Publishers, San Francisco, 1987(山崎喜比古,吉井清子 監訳,アーロン・アントノフスキー 著:健康の謎を解く─ストレス対処と健康保持のメカニズム.有信堂,2001)
2) 足達淑子:最小理論と習慣と病態別の具体的実践からなる実践のモデル.足達淑子 編,ライフスタイル療法─生活習慣改善のための行動療法.医歯薬出版,pp2-16,2001
3) Bandura A:Social Learning Theory. General Learning Press, New York, 1971(原野広太郎,福島脩美 訳:人間行動の形成と自己制御─新しい社会的学習理論.金子書房,1974)
4) Bandura A:Social Learning Theory. Prentice-Hall, New Jersey, 1977(原野広太郎 監訳:社会的学習理論─人間理解と教育の基礎.金子書房,1979)
5) Cancer Prevention Research Center(http://www.uri.edu/research/cprc/)
6) Glasgow RE:A practical model of diabetes management and education. Diabetes Care 18:117-126, 1995
7) Greene GW, Rossi SR, Reed GR, et al:Stages of change for reducing dietary fat to 30% of energy or less. J Am Diet Assoc 94:1105-1110, 1994
8) Greene GW, Rossi SR, Rossi JS, et al:Dietary applications of the stages of change model. J Am Diet Assoc 99:673-678, 1999
9) 五十嵐透子:患者援助のためのやさしい行動科学7─ポジティブな感情と健康維持増進の関連要素.糖尿病ケア 2:303-308,2005
10) 石井均:医学と医療の最前線 行動変化の患者心理と医師の対応.日内会誌 89:120-128,2000
11) 伊藤順一郎:10台・20台を中心とした『ひきこもり』をめぐる地域精神保健活動のガイドライン.厚生労働科学研究研究費補助金 こころの健康科学研究事業「地域精神保健福祉活動における介入のあり方に関する研究」総合研究報告書,2003
12) 近藤直司:ひきこもりケースの理解と治療的アプローチ.近藤直司 編,ひきこもりケースの家族援助─相談・治療・予防.金剛出版,pp13-27,2001
13) 河野浩明,山中邦子,徳本喜久子:退行した思春期患者への援助「社会的引きこもり」からの脱却.日精看会誌 45:267-271,2002
14) 小杉礼子:若年無業者増加の実態と背景─学校から職業生活への移行の隘路としての無業の検討.日本労働研究雑誌 533:4-16,2004
15) 三重県こころの健康センター:平成15年度 ひきこもり等への相談・支援体制整備事業報告書.2004
16) 内閣府政策統括官(共生社会政策担当):青少年の就労に関する意識調査.2005
17) Prochaska JO, DiClemente CC, Norcross JC:In search of how people change:Applications to addictive behaviors. Am Psychol 47:1102-1114, 1992
18) Prochaska JO, Velicer WF, Redding C, et al:Stage-based expert systems to guide a population of primary care patients to quit smoking, eat healthier, prevent skin cancer, and receive regular mammograms. Prev Med 41:406-416, 2005
19) 臼井卓士,橋本みどり:「統合失調症患者の“療養行動に対する動機レベル”に応じた医療者のかかわり方モデル」の試作.精神看護 8:96-103,2005
20) Vallis M, Ruggiero L, Greene G, et al:Stages of change for healthy eating in diabetes:Relation to demographic, eating-related, health care utilization, and psychosocial factors. Diabetes Care 26:1468-1474, 2003
21) 吉田光爾,小林清香,伊藤順一郎,他:公的機関における支援を受けた社会的ひきこもり事例に関する1年間の追跡研究から.精神医学 47:655-662,2005

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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