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シンポジウム MCIとLNTDをめぐって
MCIの多様性をめぐる問題点
著者: 荒井啓行1 古川勝敏1 岩崎鋼1 関隆志1
所属機関: 1東北大学大学院医学系研究科 先進漢方治療医学講座
ページ範囲:P.555 - P.559
文献購入ページに移動一般に,認知症とは「一度獲得された知的機能の後天的な障害によって,自立した日常生活機能を喪失した状態」と考えられている。実際図1に示すように,日常的な生活遂行機能は高齢になっても急速に衰えることはなく,重篤な心・肺疾患などの身体疾患がなければ時間軸におおむね平行に推移すると考えられる。一方,認知症患者では明らかな右肩下がり現象がみられ,日常生活または社会生活機能の明らかな喪失を来し,認知症と判断されるようになる。したがって,本来この「傾きの程度」,つまり現在の認知機能を以前のそれと比較することで正常か認知症かの判断が可能となるはずである。したがって,認知症の診断には長年その患者を診てきたかかりつけ医(家庭医)が最も適している。一方,紹介を受ける立場の専門医は,発症前の知的機能レベルがどの程度であったか(図1の縦軸切片の点Aに相当)についての具体的な情報を持たず,またこの右肩下がり現象の傾斜は個々の患者の知的能力(点Aの高さ)や置かれた環境によって大きく修飾され得ることが問題となる。
たとえば,教育歴18年,現役のエリート役員で常に企業経営に関する重要な判断を求められている60歳の方がアルツハイマー病(AD)を発症した場合,さまざまな場面で判断のミスが生じ,「社会生活機能の低下」が周りの目からも明らかで,この傾斜は大きく見え,受診動機につながるであろうと思われる。したがって認知症との判断に結びつきやすいこととなる。一方,息子夫婦と同居し,3度の食事は運ばれ病院通い以外はほとんど外出もしない教育歴6年の70歳の方では,たとえADを発症してもこの傾斜は緩やかにしか見えず,「漢字はもともと書かなかった。趣味らしい趣味もなかった」となると認知症かどうかという判断はより困難となる。より操作的な米国のアルツハイマー病の臨床診断基準であるNINCDS-ADRDAやDSM-IVでも,「記憶障害のみならず,失語・失行・実行機能障害などもみられ,複数の脳領域にまたがって高次機能が障害された結果として,以前の日常生活機能レベルからダウンし自立した生活が維持できない」ことが確認されてはじめて認知症と診断されることになっている(図1の点線でclinical threshold of dementia diagnosisと示したもの)。この横線をどこに引くかについては医師の臨床的判断であるため,医師の主観や経験によっても大いに影響され,決して客観的とは言えない。
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