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雑誌目次

論文

精神医学48巻6号

2006年06月発行

雑誌目次

巻頭言

医療安全雑感

著者: 秋山一文

ページ範囲:P.594 - P.595

 医療をめぐる環境の激変により,医療安全にかかわるリスクマネージメントに関する議論が盛んに行われるようになっている。よく引用されるのが重大な事故1件に対し,その背後には同種の軽度の事故が30,そして同種のインシデントが300あるというハインリッヒの法則である。現役医師であり同時に弁護士の資格も持つ寺野彰氏(獨協医科大学学長)と古川俊治氏(慶応義塾大学医学部外科助教授)の対談4)で増加傾向にある医事紛争のことがわかりやすく解説されていた。古川氏によると医療過誤は患者取り違えや薬剤の誤認などのうっかりミスの範疇に入る「実行上の過誤」と,医療水準が問題になる「計画上の過誤」に大別される4)。「実行上の過誤」は注意義務違反によるもので重大かつ社会的影響が甚大なものでは刑事裁判になる。「計画上の過誤」は注意義務違反,説明義務違反,不勉強などさまざまな要因が絡んでくる。最近では内科・外科領域などで医療行為において事故がなかったとしても説明義務違反が問われる状況になってきている2)。このような時代の流れは早晩,精神科にも押し寄せるのは必至である。医学教育に携わっていると知識だけでなく「望ましい行動を取ること」が目標であると学生に教えるわけであるが,時代の流れを受けて,「望ましい行動を取れる=安全な医療を行える」ように我々自身の行動を変容させていかなければならない。

 注意義務違反が判断されるとき,結果予見義務,結果回避義務が問われる3)。注意義務違反が問われるのは,予見できてかつ予見結果の発生も回避可能であった状況で,回避策を講じていなかった場合である3)。予見できる危険がある場合,本人・家族にそのことを説明しなければ,結果回避の努力を怠ったということになる。たとえば,およそすべての副作用は予見できるものとみなされる。起こり得ること,起こった場合の連絡方法(「○○が出たらいつでも受診して下さい」など)などを説明し,それを診療録に記載することがこれからは必要であろう1)。最近では,うつ病の治療にSSRI が頻用されているが,他科受診がある場合,そこでの処方内容については詳細に尋ねる必要がある。SSRIとの併用禁忌があれば,そのことを認識している旨を診療録に明確に記載する必要がある。このことは主治医が引き継がれた場合でも事故を未然に防ぐ手だてになる。不作為による因果関係の立証は一般的に困難とされてきたが,最近では不作為によって危険の予見を察知することを逸した場合も注意義務違反になる可能性も出てきている3)。難しいことではなく,薬物療法中の定期的な採血,心電図,脳波などの検査の実施がその一つである。いうまでもなく,実施したら,その結果と解釈を必ず診療録に記載する1)。そうでなければ,検査を実施したが,その結果を把握していなかったということになりかねない。また今後は,うつ病では糖尿病,アルコール依存などの日常生活指導が十分でないと問題となるケースも考えられる。もちろん糖尿病が見つかれば内科併診を依頼するわけであるが,依頼後は自分は関知しないということでなくて,内科医と連携してフォローするということが重要なのである。

特集 オグメンテーション療法か,多剤併用療法か

個別の症例に対する最善の精神科薬物療法の選択を可能にするための戦略

著者: 三國雅彦

ページ範囲:P.597 - P.600

はじめに

 多剤併用はまずい。副作用が出ても,起因の薬剤を特定することがしばしば困難となり,どれが有効な薬剤かがわからず,軽快時の減量をどの薬剤から始めるかを決めるのも困難となる。また,薬物代謝酵素の活性に影響する薬剤と,その酵素で代謝される薬剤とを併用してしまうと,血中濃度や脳内濃度が大きく変動してしまうことになり,薬物療法を不確実で危険なものにしてしまう。しかし,経験と勘だけが頼りで,多剤併用になってしまう愚は避けなければならないと日々自戒しながらも,単剤での効果が得にくいと,他剤に切り替えることを繰り返しているうちに,治療期間が延び,少しでも有効であった薬剤を残して次第に多剤になってしまうことがしばしばある。

 一方,大うつ病性障害でも統合失調症でも生物学的な病態の異種性が指摘されるとともに,抗うつ薬にしても抗精神病薬にしても根治的で理想的な薬剤があるわけではないので,単剤で治療しても有効性が得られない症例や,個別の症状に対応するためにオグメンテーション療法や多剤併用療法をそのエビデンスに基づいて施行しなければならないのも当然である。しかし,残念ながらそのエビデンスは乏しく,しかもその多くは数週間~数か月の治験で得られたものであるので,日常の臨床で数年にわたって治療的にかかわらせてもらっている現実の場面との間にはギャップがあり,また,エビデンスには同意の得られようもない興奮・昏迷を呈する重症例や自殺リスクの高い症例は含まれてはいない。まして,個々の症例の症候に対するきめ細かで最善を尽くす薬物療法を確立するためのエビデンスはきわめて乏しいという現実がある。

 本特集ではオグメンテーション療法か,多剤併用療法か,それともあくまで,単独療法のスイッチングだけで対応するかが取り上げられている。いうまでもないが,オグメンテーション療法は,たとえばある抗うつ薬の無効例や低反応例に対し,併用する薬剤自体には抗うつ効果はないか,あってもごく弱い薬剤を追加してその抗うつ薬の効果の増強を図る療法である。RCTも含めてエビデンスはそれなりにある例が多い2)。一方,コンビネーション療法は薬理作用の異なる抗うつ薬や向精神薬を組み合わせて,単独では対処しにくい,たとえば精神病症状を伴う,あるいは不安・焦燥の強いうつ状態に対する多面的な抗うつ作用を引き出し,うつ状態全体を改善する療法である。しかし,この療法のエビデンスはきわめて少なく,あってもエビデンスのレベルが低いことが多く,経験的な併用療法となりやすい。したがって,理論的根拠のあるコンビネーション療法の効果に関する臨床治験成績をしっかり蓄積して安全にこの療法を実施していくことが求められている3)

薬物治療におけるエビデンスとアルゴリズムの意義―大うつ病性障害を中心に

著者: 戸田裕之 ,   野村総一郎

ページ範囲:P.601 - P.609

はじめに

 Fulvoxamine 50mg,paroxetine 20mgにsulpiride 150mg,加えて三環系抗うつ薬と非定型抗精神病薬が少量ずつ,さらにベンゾジアゼピン系抗不安薬が3種類ほど併用されている。外来に紹介受診するうつ病患者の投薬内容の1例である。もちろん,我々の病院周辺でのみ多剤併用療法がまかり通っているというわけでなく,上記投薬は本邦における標準的な薬物治療の一側面を表しているといえよう。当科の外来においても,数年前までは似通った投薬が氾濫していた。

 2003年より,我々はアルゴリズムを用いたうつ病の標準治療外来を開設している。その取り組みを境として,薬物治療全般に対する認識も変化してきている。本稿では,当科における標準治療外来の現在までの結果を提示し,薬物治療におけるアルゴリズムとエビデンスの意義を検討した。後述するように当科で用いているプロトコルはlithiumによるaugmentationを重視した内容になっているので,うつ病治療におけるaugmentationの位置づけについても考察を加えている。もともと,本稿には精神疾患全般の薬物療法におけるエビデンスの重要性とアルゴリズムの意義に関する検討を求められているが,これはいささか,筆者らの能力では手にあまる問題であるので,内容の大半を気分障害,しかも単極性のうつ病について割くことにする。

抗うつ薬と他剤併用の臨床的意義

著者: 朝倉幹雄 ,   金井重人 ,   田中大輔 ,   長谷川浩 ,   御園生篤志

ページ範囲:P.611 - P.614

はじめに

 通常のうつ病の薬物療法では,単一の抗うつ薬と治療初期に抗不安薬か睡眠導入薬を併用することで約70%の患者をほぼ寛解に導くことができる。三環系抗うつ薬は鎮静作用が強いため短期間で十分量に増量することは難しい。選択的セロトニン(5-HT)再取り込み阻害薬(SSRI)や5-HT/ノルエピネフリン(NE)再取り込み阻害薬(SNRI)の登場で,短期間に十分量の投与が可能となった。単一の抗うつ薬治療で寛解すれば問題はないが8~10週後に寛解しない場合は他薬への変更を要したり,治療抵抗性うつ病treatment-resistant depressionの場合には電撃療法(ECT)や他の薬物の併用を余儀なくされる。本稿では抗うつ薬に他の薬物を併用する有用性とその意義を述べる。

分子薬理学的視点から見たオグメンテーション療法と多剤併用療法

著者: 田中聰史 ,   山田光彦

ページ範囲:P.615 - P.622

はじめに

 我々は,抗うつ薬の奏効機転に関与する遺伝子群の解析を通じて,新規抗うつ薬の開発を目指す研究を続けている。本稿では,その研究の現状も踏まえて,作用機序の分子薬理学的なメカニズムから見た「オグメンテーション療法,多剤併用療法」について考察し,最後に個人至適化医療(personalized medicine)実現への期待を含めた提言を行いたい。

抗うつ薬,非定型抗精神病薬の併用による感情障害の治療

著者: 小高文聰 ,   中山和彦

ページ範囲:P.623 - P.628

はじめに

 感情障害において,抗精神病薬と抗うつ薬の併用は主に大うつ病性障害の治療に使用される。大うつ病性障害は時に抑うつ・意欲低下に加え不安焦燥感,自殺念慮などが急速に出現し,致死的となることがある。また,抗うつ薬を十分量十分期間使用しても,抑うつ気分,意欲低下が遷延する例が少なからず存在する。このような場合,補助療法として他薬物の併用または増強療法が行われるが,最近非定型抗精神病薬と抗うつ薬の併用,増強療法がトピックである。双極性障害における非定型抗精神病薬と気分安定薬の単剤/併用/増強療法は知見の蓄積が進んでいるが,抗うつ薬との使用は報告の少ない状況が続いている。しかし,現時点で抗うつ薬と抗精神病薬の併用について検討することは臨床上非常に重要である。

 本稿ではEvidence Based Medicine(EBM)に則して,より洗練された大うつ病性障害の薬物療法を実践するために,抗うつ薬と非定型抗精神病薬の併用療法および増強療法の現状と展望を解説し,最近の臨床的,生物学的知見を交え若干の考察を加えた。

 なお,本稿で使用された論文データベースはThe Cochrane LibraryおよびMEDLINEである。MEDLINEへのgatewayとしてPubmed(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi)またはOvid社ソフトウェアを使用した。疾患名,研究手法はMeSH termを利用し,これにfree wordによる検索語を組み合わせた。結果が多いものは適宜limitを施した。

オグメンテーション療法か,多剤併用療法か―PET研究の結果から

著者: 大久保善朗

ページ範囲:P.629 - P.634

はじめに

 Positron Emission Tomography(PET)による分子イメージングは放射性同位元素で標識した化合物(トレーサー)を生体に投与し,その経時的動態や分布を体外計測する技術である。分子イメージング技術の進歩により,現在では,さまざまな神経伝達物質受容体やトランスポーターを生きているヒトで評価することが可能になっている。抗精神病薬,抗うつ薬などの向精神薬は中枢神経の神経伝達物質受容体やトランスポーターに作用する。PETによる分子イメージング技術の進歩によって,向精神薬の中枢作用をPETにより評価し,向精神薬の薬効や副作用の発現機序を理解する試みが進んでいる。

 PETを用いた分子イメージングにより薬剤の脳内作用を評価する方法としては,生体内で受容体またはトランスポーターに結合する薬剤がどの程度受容体に結合しているかを,PETトレーサーの特異結合の減少度を占有率として評価する方法が用いられている14)。しかしながら,現在のところ,本特集のテーマであるオグメンテーション療法あるいは多剤併用療法について調べたPET研究はほとんどないのが現状である。本稿では,受容体またはトランスポーター占有率を指標とする統合失調症およびうつ病治療のPET研究を概説するとともに,それらのPET所見を考慮したうえで,オグメンテーション療法および多剤併用療法の是非について論じる。

抗精神病薬のpolypharmacy―アメリカでの現状

著者: 斉藤卓弥

ページ範囲:P.635 - P.640

はじめに

 アメリカでは,精神科医のための初期臨床薬理学トレーニングの中で,抗精神病薬は単剤使用することが原則であることが繰り返し教育される。同一の作用機序を持つ薬剤の併用が,単剤による治療と比較して有効であるというevidenceは限られており,現在も単剤による疾患の治療がアメリカでの抗精神病薬の使用の原則である。一方では,近年欧米では,患者の症状の改善だけではなく,寛解が治療の目標として求められるようになり,単剤による精神疾患の寛解が困難なことから原則とは異なったpolypharmacyが日常的に行われるようになった。Polypharmacyに関して系統だった臨床試験が少なく,非合理的なpolypharmacyが行われていることもしばしばある。非合理的なpolypharmacyは,副作用の増加など患者へのリスクを高めるだけでなく,保険会社からの厳しい規制もあり,最近のpolypharmacyの増加に対して危惧を抱く精神科医の声も大きくなってきている。日本でも抗精神病薬のpolypharmacyおよび過剰投与が問題視されるようになってきている9)

 この論文では,アメリカにおけるpolypharmacyの現状について述べ,アメリカにおけるpolypharmacyに対する是非と不必要なpolypharmacyを減らすための試みについて概説する。

研究と報告

心因性精神障害患者のストレス自己管理のための個人用チェックリストにおける症状項目プールの作成

著者: 秋坂真史 ,   渡辺めぐみ ,   志井田孝

ページ範囲:P.643 - P.651

抄録

 精神科診療所などでは,古典的な重度精神障害以外にも近年は心因性障害患者が増加し,精神科医が心因性精神障害とくに神経症圏や心身症患者を診る機会も多い。しかし患者に対し,薬物投与以外にストレス管理などの心身医学的対応も適切で十分かが問われる時代になってきた。そこで患者自身によるストレス管理のため多様な症状項目をプール化し,そこから患者が選ぶ方式が無理もなく効率的と考え,先行調査に基づき作成したストレス症状項目プールの種類と妥当性について検討した。その結果,健常者および患者の双方を対象にした調査で症状項目プールの妥当性を認め,245項目の症状からストレス概念を構成する14因子が抽出された。患者の自覚症状および疲労度の継続記録で,症状数と疲労度の正相関が明らかとなり,臨床現場での患者のストレス管理に有用である可能性が示唆された。

気分障害患者の血漿モノアミン代謝産物濃度の変化から見たm-ECTの奏効機序

著者: 増子博文 ,   小林直人 ,   竹内賢 ,   上野卓弥 ,   三浦至 ,   宮下伯容 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.653 - P.657

抄録

 気分障害患者において,血漿モノアミン代謝産物濃度から見たm-ECTの奏効機序を解明することを目的とした。そして,気分障害入院患者(n=16)を,m-ECT施行の有(n=5)無(n=11)により2群に分け,血漿モノアミン代謝産物(HVA,free MHPG,total MHPG,5HIAA)の変化を検討した。採血と症状評価(HAM-D)は,入院時および3週後の2回行った。

 結果,HAM-D(n=16)は入院時(26.4±6.5)に比較して3週後(15.6±7.2)に減少した。またm-ECT施行群(n=5)の減少(26.0±6.2か20.2±8.8)とm-ECT非施行群無(n=11)の減少(26.6±6.9から13.4±5.6)の間には差がなかった。

 m-ECT施行群,m-ECT非施行群ともに血漿free MHPG濃度の有意な減少(p=0.026)が認められた。血漿total MHPG濃度は,m-ECT施行群でのみ有意に減少した。一方,両群ともに血漿5HIAAおよびHVA濃度は変化しなかった。

女子大学生における自傷行為と過食行動の関連

著者: 山口亜希子 ,   松本俊彦

ページ範囲:P.659 - P.667

抄録

 多くの研究が,自傷行為が神経性大食症と密接な関係にあることを指摘している。我々は,この関係を確認するために,女子大学生254名を対象として,自記式質問票による調査を実施した。その結果,自傷経験者では,非経験者に比べ,Bulimia Investigatory Test of Edinburgh(BITE)において有意に高得点を呈した。しかし,自傷経験を従属変数としたロジスティック回帰分析から得られた自傷行為と関係する5つのBITE項目には,「きびしい食事制限」(オッズ比,14.3),「一日中何も食べない」(オッズ比,4.4)などの不食の症候も含まれていた。以上より,自傷行為は,神経性大食症などの特定の病型に関係があるというよりも,摂食障害全般と関係があることが推測された。

繰り返し行為を伴う思考障害にolanzapineが有効だった強迫性障害,前方型認知症(田邊),統合失調症の3症例―中脳dopamine系の強化学習からの考察

著者: 深津尚史 ,   深津栄子

ページ範囲:P.669 - P.675

抄録

 今回報告する3症例は,強迫観念から執拗な確認行為を繰り返した強迫性障害,保続から時刻表的行動を繰り返した前方型認知症(田邊),貧困化した思考から常同的な退院要求を繰り返した統合失調症であり,繰り返し行為を伴う思考障害にolanzapineが有効だった。しかし,3症例の思考障害は,強迫観念が思考内容の障害,保続が思考の流れの障害,貧困化した思考が思考形式の障害と,精神病理学上,異なる分類に属した。今回,olanzapineの多彩な薬理作用を手がかりに,異なるタイプの思考障害に類似した繰り返し行為が出現する理由を,中脳dopamine系の強化学習という観点から考察した。

短報

「インククリーナー」(1,4-ブタンジオール)の乱用により一過性の幻覚妄想と強度の不眠を呈した1例

著者: 小林桜児 ,   松本俊彦 ,   大槻正樹 ,   遠藤桂子 ,   赤木正雄 ,   木村逸雄 ,   上條敦史 ,   平安良雄

ページ範囲:P.677 - P.680

はじめに

 1,4-ブタンジオール(1,4-butanediol:以下1,4-BD)は無色透明,粘性のある液体で,プリンターやコンパクトディスクなどの汚れを落とす溶剤の一種である。しかしその一方で,経口摂取による意図的な誤用により抗不安・催眠作用や多幸感を生じる薬理作用もある。このため近年,法規制を巧みにすり抜けた,「脱法ドラッグ」としてインターネットやアダルトショップで販売されるようになり,若者が容易に入手できる状況となっている。

 最近我々は,この1,4-BDを2週間以上にわたって乱用した結果,一過性の妄想と強度の不眠を呈した症例を経験したので,ここに報告したい。なお,症例提示に際しては,個人情報に配慮し,論旨に影響を与えない範囲で部分的に改変を施してある。

リズィリエンシー(resiliency)から見た摂食障害・統合失調症・うつ病・人格障害患者の比較

著者: 大類純子 ,   丹羽真一 ,   仁平義明

ページ範囲:P.681 - P.684

はじめに

 ここでは,リズィリエンシー(resiliency)という視点から,さまざまな精神疾患の心理特性を比較する新たな試みを報告する。

 多様な精神障害に共通する個人内要因の一つとしてストレス脆弱性が挙げられている。たとえば,統合失調症やうつ病は,心理的レベルにおいても脆弱性が指摘されており,ストレスと病状との関連が大きいとされる疾患である7)。摂食障害に関する研究でも,障害の素因,誘因,持続因と,それぞれの段階でストレスが影響しており4),ストレスの知覚の度合いや対処スキルの乏しさなど,ストレスへの弱さと症状との関連が大きい疾患だとされている。人格障害は,情動面や対人関係の不安定さ,そして自己評価が低いことが特徴として挙げられる1)が,対人面での不安定さは,対人場面でのストレス対処能力が低いことに由来するとも考えられる。このように,「ストレスへの弱さ(=脆弱性)」はさまざまな疾患に共通して指摘されてきているが,それが各疾患の間でどのように異なっているかを比較した研究はほとんどみられない。そこで本研究では,精神疾患患者の持つさまざまな特性,特にストレスに対する心的脆弱性に関連する一つの特性として,リズィリエンシーを取り上げる。

 リズィリエンシー(resiliency)は,強いストレスからの回復力,復原力を意味する概念である10)。Rutterは,リズィリエンシーを,「心理社会的リスク経験への抵抗」と定義しており,リズィリエンシーのある人は,自尊心,さまざまな問題解決スキル,対人関係に満足しているなどの特徴を有していると述べている。しかし,リズィリエンシーと精神障害についての研究は,近年うつ病に関する研究が増えてきているものの,統合失調症や人格障害では,患者本人の要因としてリズィリエンシーを扱った研究はほとんどみられない。摂食障害に関しても,食行動異常の予防因子としてリズィリエンシーを取り上げ,治療や予防のためにリズィリエンシーを高めるプログラムが試みられている8)ものの,研究はごく少数にとどまっている。しかもいくつかある先行研究も,それぞれの疾患患者内での差異に注目した研究に限られる。そこで本研究ではさまざまな疾患を取り上げ,それらの間で,リズィリエンシーや他の要素がどのように違っているのか,比較を行うこととした。

私のカルテから

短パルス波刺激装置による遷延性けいれん

著者: 長嶺敬彦

ページ範囲:P.685 - P.687

はじめに

 電気けいれん療法(electroconvulsive therapy;ECT)は,精神科治療で重要な治療手技である。2002年にわが国でも短パルス波刺激装置が使用できるようになり,その有用性はますます高まった。短パルス波刺激装置は少ない電気量でけいれんを誘発でき,従来のサイン波刺激装置に比べ認知面の副作用が少ない1)。しかし最大出力が504mCと安全に配慮してあるため,ときに最高出力でも有効なけいれんを誘発できないことがある。したがって短パルス波刺激装置で,遷延性けいれんを認めることは少ない。

 今回,ECT3回目に脳波上10分間以上けいれん波がみられた遷延性けいれんの症例を経験した。短パルス波刺激装置でも遷延性けいれんに注意が必要であり,常にそれに対処できる準備を行い,ECTを施行すべきである。

発作間欠時脳波所見から,当初全般てんかんを疑われた症候性部分てんかんの1症例

著者: 櫻井高太郎 ,   田中尚朗 ,   武田洋司 ,   小山司

ページ範囲:P.688 - P.690

はじめに

 てんかんの診断において,発作間欠時の脳波検査は,てんかん発射の有無を簡便に調べることのできる手段であり,さらにてんかん症候群を決定する上でも有用な情報を提供する。一方で,発作間欠時脳波に基づく診断が必ずしも正確ではなく,しばしば発作時脳波所見によって変更されることが報告されている1)。今回我々は,発作間欠時脳波所見から当初全般てんかんを疑われた患者に,発作時の脳波ビデオ同時記録(long-term video EEG monitoring;VEEG)を行い,発作症状および発作時脳波所見から症候性部分てんかんと診断した。この際,発作間欠時脳波の解釈,VEEGの有用性について貴重な知見を得たので報告したい。

「もの忘れ」を主訴として来院し,初老期痴呆との鑑別診断が問題となった側頭葉てんかんの1例

著者: 田所ゆかり ,   清水寿子 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.691 - P.693

はじめに

 複雑部分発作後に一過性健忘症候群が出現することや,単純部分発作そのものが健忘症候群の形を取ることがまれにあることは以前から指摘されている3,4,8)。しかし,中年期以降に初発する側頭葉てんかんにおいて,発作間歇期にも記銘力障害が残存し,時にアルツハイマー病の初期病像との鑑別診断上問題を生ずる場合があることは意外に知られていない7,12)。今回我々は「もの忘れ」を主訴として来院し,抗てんかん薬による治療によりもの忘れが寛解した1例を体験したので報告する。

「精神医学」への手紙

「仲のよい老夫婦」が危ない

著者: 平井茂夫

ページ範囲:P.694 - P.694

 高齢化が進行し,老々介護が問題となって久しい。先日も老夫婦が火葬場で心中した事件が報道された2)(以下引用)。

 「八十代の老夫婦が焼身自殺し,遺体は焼けて白骨状態であった。妻は数年前から認知症だった。まきで火をおこした火葬炉に一緒に入り,内側から金属製の扉を閉めた。夫は,自宅をはじめ不動産を市に寄付する遺言書をしたため,市役所宛てに郵送していた。いつも一緒で,本当に仲の良い夫婦と言われていた。夫はおとなしい性格で,最近は疲れた感じだったという。」

書評

EBM精神疾患の治療2006-2007

著者: 朝田隆

ページ範囲:P.695 - P.695

 医師の間ではすっかり浸透したEBM(Evidence Based Medicine)だが,このところ人気薄と聞く。一時の隆盛に対して「EBMは患者をみていない」,「経験や能力を否定する」との反発を生じたようだ。

 ことに精神疾患の特殊性からか,我々にとってEBMは馴染みにくいところがある。だからこれまでは「俺流」の治療法に固執する精神科医が多かったのかもしれない。しかし今日では,「俺の治療法は標準的か?」と周囲を見渡す視座が求められる。つまり精神科臨床上の課題や悩ましい点を見きわめ,それに関する情報を入手して自分なりに消化していく姿勢である。

イラスト&チャートでみる 急性中毒診療ハンドブック

著者: 白川洋一

ページ範囲:P.696 - P.696

救急医療の現場で役立つ急性中毒診療の指南書

 本書の著者である上條吉人氏の名前は思い出せなくても,よく通るテノールの声と,10m先にいるマムシでも射すくめてしまいそうなギョロ目を知らない者は,臨床中毒学の関係者のなかにはいないだろうと思う。さまざまな学会や研究会の場で,鋭い質問を浴びせられてタジタジとなった経験を持つのは,おそらく,私ひとりではないはずだ。それだけ多くの経験を積んだ臨床家であり,同時に,深く勉強している臨床研究者でもあることは万人の認めるところだろう。昨年から,日本中毒学会の機関誌である『中毒研究』誌の編集委員としてもご活躍中のホープである。

 そんな上條氏の書いた急性中毒の本が面白くないわけがないではないか(実際に面白い)……と,それだけで私の感想はほとんど尽きてしまいそうである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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