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雑誌目次

論文

精神医学49巻1号

2007年01月発行

雑誌目次

巻頭言

1.5次予防のメンタルヘルスケア

著者: 水野雅文

ページ範囲:P.4 - P.5

 脱施設化を成し遂げた欧米諸国を中心に,統合失調症の臨床研究の関心が初回エピソードやいわゆる前駆期(prodromal phase)に向かっている。地域におけるケアが根づいたイギリスやオーストラリア,北欧諸国から次第に高まり,今日では諸外国における臨床精神医学の一大流行となってきた感さえある。2年ごとに開かれる専門の国際学会International Early Psychosis Associationの学術集会も今年ですでに第4回を迎え,来春にはEarly Intervention in Psychiatry誌の創刊も予定されている。

 今日早期介入(early intervention)といえば,early psychosisの語が示すように,統合失調症やうつ病のような本格的な精神病状態に至る以前の,前駆期における早期発見や早期治療を意味している。早期介入への急激な関心の高まりの背景としては,精神病未治療期間(DUP;Duration of Untreated Psychosis)の長さと治療転帰との密接な関連を示唆するエビデンスが多く集積されてきたことと,発症から5年程度とされる治療臨界期(critical period)に対する理解の広がりがあるように思われる。

研究と報告

精神科受診経路に関する多施設研究―パイロットスタディ

著者: 藤沢大介 ,   橋本直樹 ,   小泉弥生 ,   大塚耕太郎 ,   奥川学 ,   館農勝 ,   五十君啓泰 ,   上野雄文 ,   菊地俊暁 ,   佐藤創一郎 ,   佐藤玲子 ,   高橋克昌 ,   高橋英彦 ,   中川敦夫 ,   藤内栄太 ,   森貴俊 ,   諸隈一平 ,   吉田公輔 ,   早稲田芳史

ページ範囲:P.7 - P.15

抄録

 精神科受診経路に関する多施設共同研究である。全国13施設が参加し,精神科初診患者84例に対して,受診経路,受診の遅れ,精神科受診前の処遇内容について調査した。精神科を直接受診した症例は39.3%で,残りは総合病院一般身体科経由,一般身体科開業医経由が主たる受診経路であった。受診経路全体の90%が医療機関によって構成されていた。受診の遅れは主訴発生から3~8.5週間(中央値)であった。各経路における遅れの違いについても調査した。一般住民の精神疾患についての知識の普及が不十分で,精神科受診に対する抵抗感があることが示唆された。一般身体科医師による初療(病名告知・初期治療)は概して不十分であった。

統合失調症患者の発病前知能推定に関する日本語版National Adult Reading Test(JART)短縮版妥当性の検討

著者: 植月美希 ,   松岡恵子 ,   笠井清登 ,   荒木剛 ,   管心 ,   山末英典 ,   前田恵子 ,   山崎修道 ,   古川俊一 ,   岩波明 ,   加藤進昌 ,   金吉晴

ページ範囲:P.17 - P.23

抄録

 統合失調症患者の病前IQ推定には,日本語版National Adult Reading Test(JART100)の使用に一定の妥当性があることがすでに示されているが16),JART100は項目数が多く所要時間が長いため,患者の負担が大きい。そこで本研究では,新たに開発されたJART短縮版(25項目のJART257),50項目のJART508))を用いた統合失調症患者の病前IQ推定の妥当性について検討した。その結果,JART短縮版はJART100推定IQと非常に相関の高い推定IQを算出することが示された。JART短縮版の推定IQは,JART100同様に,病前IQとして一定の妥当性を持つと考えられる。

大うつ病エピソード寛解時もDEX/CRH Test非抑制が続き,後に躁病エピソードを呈した大うつ病性障害の2症例

著者: 松原敏郎 ,   芳原輝之 ,   兼行浩史 ,   渡辺義文

ページ範囲:P.25 - P.30

抄録

 DEX/CRH Testは気分障害におけるHPA系の機能評価に有用な検査である。その機能異常はcortisol分泌抑制の欠如,すなわちDEX/CRH Test非抑制という結果で検出される。今回我々は,症状とは無関係に非抑制が持続した大うつ病性障害の2症例を経験した。2症例ともに,その後の治療経過中に躁病エピソードが初発したため,双極性障害と診断を修正した。双極性障害においてHPA系の機能異常が持続することが報告されていることからも,大うつ病性障害において大うつ病エピソード寛解後もHPA系の機能異常が持続することは潜在するbipolarityの予測因子の一つである可能性が考えられた。

短報

日本語版単語記憶学習検査(Japanese Verbal Learning Test)代替版の作成

著者: 松井三枝 ,   住吉太幹 ,   加藤奏 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.31 - P.34

はじめに

 これまで,統合失調症患者における神経心理学的検討から,記憶障害が指摘されてきている6,8)。また,そのような記憶障害の質的検討から,統合失調症患者では記憶の組織化に障害のあることが報告されてきた4,6,7)。さらに,最近はこのような障害に対する治療に目が向けられてきている9)。薬物療法や認知リハビリテーションによる治療効果の検討をすすめる際,とくに,顕在記憶のような機能については,検査を複数回行うことによる練習効果を相殺することが重要になってくる。この際,等価な測度を備えた検査があれば,そのことが除外できる。これまで我々は記憶の組織化の検討に鋭敏な日本語版単語記憶学習検査について開発し報告してきた7,10)。本研究では,これと類似の2種の検査フォームを作成し,それら2つの互いの等価性を検討したので報告する。

ネットトレードによる病的賭博の1例

著者: 都甲崇 ,   吉見明香 ,   上原久美 ,   大塚達以 ,   辛島文 ,   杉山直也 ,   平安良雄

ページ範囲:P.37 - P.39

はじめに

 1990年前後のいわゆる「バブル景気」崩壊後の景気回復局面,さらには2000年前後の「ネットバブル」崩壊後の株価回復局面に伴い,証券市場への参加者は増加しつつある。内閣府が2005年12月に行った,金融商品・サービスに関する世論調査〔調査対象:20歳以上の3,000人,有効回収数1,712人(回収率57.1%)〕によれば,株取引に対する質問に対して,13.3%が「株式投資を行っているし,今後も続けたい」と答え,8.6%が「株式投資を現在行っていないが,今後行いたい」と答えた。前者の回答は前年比+2.6%,後者の回答は前年比+3.0%である。また,近年のインターネットとオンライン取引の普及によって,各証券会社のオンライン証券取引口座数は急増している。株式市場への参加者の増加については,経済社会の発展に寄与するとの肯定的な考えがある一方で,投資する企業の業績を顧みず株価の変動のみに注目する投機的な売買が増加しているとの問題点が指摘されることも少なくない。

 今回我々は,ネットトレードによる株取引を繰り返し,病的賭博との診断に至った1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

試論

ICFの精神医療への導入―ICFに基づく精神医療実施計画書の開発

著者: 岡田幸之 ,   松本俊彦 ,   野口博文 ,   安藤久美子 ,   平林直次 ,   吉川和男

ページ範囲:P.41 - P.48

はじめに

 国際生活機能分類International Classification of Functioning, Disability and Health;ICF(WHO,2001)23)は国際障害分類International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps;ICIDH(WHO,1980)24)の改訂版である。ICIDHは「①疾患・変調」によってもたらされる体の一部分の「②機能・形態障害」が個人のレベルの「③能力障害」を生じ,それが社会生活の中で「④社会的不利」という形で表れるという考え方に基づいていた。ICIDHをどのように発展させたのかという点に注目して,ICFの主要な特徴を3つ挙げるとすると以下のようになる。

 第一にICFでは,(1)障害というマイナスの面だけを評価するのではなく,生活機能のプラスの面を重視して包括的に評価する。上記のICIDHの①~④の4つの領域もそれぞれ「①健康状態」「②心身機能・身体構造」「③活動」「④参加」というニュートラルな言葉で定義し直している。これは,個人が持っている能力こそが適応を支えるのであり,提供される支援もその能力を活かすことに注目するというストレングスモデル15)に合致したものである。

 第二にICFでは,(2)相互作用を重視する。ICIDHでは疾患・変調から社会的不利への一方向の病因論的なモデルであったのに対して,ICFでは社会的な活動や参加の制限が逆に機能や能力の障害を招くこと(典型的には,筋肉の廃用性萎縮が挙げられるが,同様のことは精神機能にも認められる)などにも注目している。このことによって①~④の4つの領域を双方向,相互作用的なものとして再配置している。

 第三にICFでは,(3)相対性を重視している。実際の生活機能というのは,背景因子,つまり人それぞれが置かれた場(環境因子)や個人の特性(個人因子)によって決まるものである(たとえば,同じ精神機能であっても,置かれている生活環境によって適応状態は異なる)という点を強調している。

 こうしたコンセプトで作られたICFが医療やリハビリテーションにもたらす意義は,精神医学の文脈でも示されているが1~5,7,8,14,16~18,21),必ずしも精神科臨床への導入が進んでいるわけではない。その一番の障壁は,ICFの具体的な利用方法が示されていないところにある。

 そこで筆者らはICFの3つの特徴を最大限に引き出しながら精神医学の実践分野のなかで利用する方法を模索しようと考えた。その第一として,成年後見制度における鑑定へのICFの利用を,とくに能力が背景因子によって相対的に決定されることに注目して提案した9~11)。また,心神喪失者等医療観察法(以下,医療観察法)制度に関しては,そこで行われる評価はともすると症状やリスクといったものだけに偏りがちであるから,社会復帰を促進するうえでは生活全般を包括する全人的な医療の視点を導入することが不可欠であることを指摘し,ICFの採用によってこれを実現する方法論を検討してきた22)

 本論では,障害者自立支援法やグランドデザインといったこれからの課題に取り組むうえでもICFはきわめて重要なものであるとの認識に立ち,成年後見制度や医療観察法にとどまらない,一般の精神科臨床の実践を支援する道具としてICFを有効活用することを目的として開発している精神医療実施計画書を紹介する。その試案を提示し,このようなかたちでICFを精神医療に導入する意味について若干の考察を加える。

資料

東京ER・広尾開設後の神経科救急受診者増加とその原因

著者: 岩田健 ,   佐々木健至 ,   宇野皆里 ,   甫母瑞枝 ,   治徳大介 ,   山嵜武 ,   井上喜久江 ,   中野谷貴子 ,   新谷昌宏

ページ範囲:P.49 - P.54

はじめに

 当院は,従来から3次救急を中心とした救命救急を病院の重点課題としていたが,2002年7月に夜間,休日の1次および,2次救急患者を診察するERが開設された。ERでは,内科,外科,小児科各1名が,原則専任で診察に当たっている。この他に,3次救急を担当する救命救急センター医師2名と,神経科を含む各科11系列の当直医がおり,必要時に診察にあたっている。当院は精神症状の悪化に対応する東京都の精神科救急事業に参加していないが,ER開設以来,神経科の救急受診患者は年々急増している。この論文では救急受診患者の特徴を明らかにし,急増の背景を考察することを目的とした。

私のカルテから

Olanzapine口腔内崩壊錠にてBPSDが改善したアルツハイマー型認知症の1例

著者: 山本健治 ,   原田研一 ,   菊地裕子 ,   白坂知信

ページ範囲:P.55 - P.57

はじめに

 認知症における非認知機能障害である攻撃,徘徊,焦燥などの行動症状および感情不安定,抑うつ気分,幻覚妄想などの心理症状,すなわち認知症の行動・心理症状(以下,BPSD)は,薬物治療や環境整備,心理的介入などにより症状改善が期待され,今日の認知症治療の重要な目標となっている。

 今回,我々はolanzapine口腔内崩壊錠(以下,olanzapine-ODT)にてBPSDの改善を認めたアルツハイマー型認知症を経験したので報告する。

5-MeO-DIPTにより急性再燃を来した覚醒剤精神病の1例

著者: 藤田俊之 ,   高橋美佐子 ,   新井誠 ,   安田一郎 ,   林直樹 ,   糸川昌成

ページ範囲:P.59 - P.61

はじめに

 脱法ドラッグ(現,違法ドラッグ)は,若年者の間に急速に広まっているとされるが,正確な実態は把握されていない。本邦でも,違法ドラッグとされていた5-methoxy-N,N-diisopropyltryptamine(5-MeO-DIPT)の中毒事例や精神症状を呈した症例が報告されている2~4,6)。2005年4月17日に,5-MeO-DIPTも「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬として規制されて以降,東京都内では,中毒例の減少が報告されている1)。覚醒剤と偽って販売された5-MeO-DIPTを服用して急性再燃を来した覚醒剤精神病の症例を経験したので報告する。

シンポジウム 児童思春期の攻撃性・衝動性の理解と援助-ライフサイクルの視点から考える

児童相談所からみた養育環境と子どもの攻撃性・衝動性

著者: 伊東ゆたか

ページ範囲:P.63 - P.72

はじめに

 児童相談所は,子どもの福祉という観点から低年齢の非行や虐待問題にかかわることが多い。本シンポジウムのテーマである「攻撃性・衝動性を示す子ども」を考える場合,それと強く関連する非行と虐待の相談の実態をみることで,おおよその輪郭がたどれるのではないかと考える。本稿では最近の児童相談所での調査や児童福祉現場で抱える事例を紹介し,養育環境と子どもの攻撃性の実態と対応の課題を示したい。

 1. 児童相談所について

 児童福祉法に基づき全国に187か所(2005年4月現在)設置され,原則として18歳未満の子どもに関する多様な問題を取り扱っている。相談内容の統計は,養護,保健,障害,非行,育成(性格行動,不登校,育児・しつけ)などに分類,集計されているが,全体の相談件数の中では知的障害・肢体不自由をはじめとする障害相談がおおよそ半数を占めている。歴史的には,戦後の孤児・非行,そして不登校など,その時代特有の課題に対応してきた。今日では深刻な児童虐待に即応できる強制権を持つ児童福祉の行政機関として注目されている。

 一般に相談が受理されると,児童福祉司による調査(情報収集)が開始され社会診断が行われる。必要に応じて児童心理司による心理診断,医師による医学診断,子どもを保護した場合にはその行動診断も加わり,さまざまな視点から総合的に事例が検討され支援内容が決定される。児童相談所が児童福祉法に基づいて行う支援のうち最も濃密なものに,子どもを家庭から預かり社会的養護を行う「施設入所または里親委託」がある。これは年齢と状態に応じて乳児院,児童養護施設,児童自立支援施設などへの入所,また件数は少ないが里親に委託するものである。「児童福祉司指導」は行政処分で児童相談所への強制的な通所または家庭訪問により複雑な家庭環境に起因する問題を改善させることを目指している。そのほか専門的技術をもって計画的に指導・支援する「継続指導」,関係機関などと協力しつつ助言などを行う「助言指導」があり,個々に合わせて選択されている。

 2. 児童相談所が受ける最近の相談(図1)

 筆者の勤務する東京都では,その11か所の児童相談所で年間およそ3万件の子どもに関するさまざまな相談を受理しており15),全国の児童相談所の約1/10の規模となっている。2004年度には虐待相談が3,019件で相談件数全体の10%,非行相談は1,651件で6%を占めた。この2つの割合は高いものではないが,図1に示すように虐待相談は2年前の1.5倍,5年前の2.4倍と大幅に増加し非行相談も2年前の1.5倍と増えている。同時期5年間の東京都の児童人口(住民基本台帳による18歳未満の人口)は-1.1%微減しており,両相談件数の増加は最近の大きな変化であると読み取れる。その背景には養育環境の問題があり,後述するような攻撃性や衝動性を示す子どもが高率に含まれる。子どもと家族に問題の認識や改善の意志が乏しい場合が多く,介入や支援が難しいことも共通している。ちなみに図1に示した不登校に関する相談は5年前に比べ2割ほど受理件数が減ってきている。これは一般に不登校児に教育機関が柔軟に対応できるようになったためで,依然として児童相談所に持ち込まれる不登校事例は福祉的視点が重要となる場合が多い。

 このように児童相談所は必要に応じて相談意志のない家庭に対しても直接働きかけたり,地域・関係機関と連携しながら子どもの福祉の向上を図ることができる特徴を持つ。他の相談機関よりも家族機能に重篤な問題がある事例に長期間対応することが可能で,今日この非行と虐待には児童相談所の機能を最大限に発揮して取り組んでいる。

子どもの不安と「うつ」と攻撃性・衝動性

著者: 猪子香代

ページ範囲:P.73 - P.79

子どものうつ気分と行動上の問題

 子どもの「うつ」の特徴は,一つには,表れてくる症候が,ひきこもりや意欲のなさなどの一般に「うつ病」から起こってくるであろうと予測されるようなものとはかけ離れたものもみられることである。大変な暴力や反抗的な行動を主訴に病院を受診する子どもたちがうつ気分を抱えていることがある。

 しかし,彼らの多くは,うつ気分を話してくれないことが多い。うつ気分やいらいらした気分,絶望感や集中力のなさなどを隠してしまっている。攻撃的な感情も密接に関連して持っているために,周囲の大人が,彼らの感情を共感的に扱うことがきわめて難しい。彼らが話そうとしないのは,彼ら自身も自分の感情や行動を扱いかねているのであろう。そのことが,また,彼らの自己イメージを低くして,より自分の感情を話そうとしなくなり,孤独感や絶望感に拍車をかける。「自分はだめだ」「誰もわかってくれない」「どうしようもないんだ」という思いを抱いている。

AD/HDにおける衝動性について

著者: 飯田順三

ページ範囲:P.81 - P.89

はじめに

 近年,児童精神医学の分野では教育界のニーズに合わせるように注意欠陥/多動性障害(AD/HD)や広汎性発達障害に関心が向けられている。その中でもAD/HDは行動上の問題であるため目につきやすく,頻度も高いため注目される疾患である。また児童精神医学の中では比較的生物学的研究がよく行われている分野でもある。特に脳画像研究,遺伝学的研究,神経生理学的研究を中心に主に病因の探求が精力的に行われてきている。本稿ではAD/HDの衝動性に注目しながら概念,診断,症状評価,成因,治療などについて述べてみる。

統合失調症の前駆期とアスペルガー症候群の思春期―そのライフサイクルと衝動性

著者: 鈴木國文

ページ範囲:P.91 - P.98

はじめに

 この小論では,児童の専門家ではなく,成人を主に診ている精神科医として,また,大学の保健管理センターでの仕事を通して,成人の中でも青年期例を中心に診てきた精神科医として,アスペルガー症候群の人たちが思春期以降に抱える諸問題について,主に統合失調症妄想型の前駆期との比較を通して論ずることにしたい。

思春期における攻撃性の光と陰

著者: 青木省三

ページ範囲:P.99 - P.105

 思春期においては,さまざまな「病態」の子どもから「健康」な子どもまで,さらに言えば思春期のみでなくすべての人々に,大なり小なり「攻撃性」といえる心性を認めることに異論はないであろう。

 本稿では,「攻撃性(aggressiveness)」ということで論を進めるが,そもそも“aggressive”という言葉は,攻撃的,侵略的という意味の他に,「積極的,意欲的,活動的」という肯定的なイメージもある。わが国では,「攻撃的」という否定的なイメージでとらえられやすいが,これも最近では変化しており,経済の分野やアメリカ英語,若い人などでは,良い意味やほめ言葉としてとらえるという人が出てきている。しかし,こちらの意味でも否定的なイメージはあり,「押しの強い」となると肯定的ではないニュアンスを含む。言葉やものの性質の見方は,少しずつ位置がずれるように変化する。

動き

「第25回日本認知症学会」印象記

著者: 入谷修司

ページ範囲:P.106 - P.107

 第25回日本認知症学会が,2006年10月6,7日の2日間にわたって,中島健二会長(鳥取大学医学部附属脳幹性疾患研究施設神経内科部門)のもと,広島平和記念公園内の広島国際会議場で開催された。今回の学会は,山脇成人会長(広島大学)の主催された第6回国際老年精神神経薬理学会(2006年10月3~6日)とジョイントするかたちで開催され,両学会の重複する6日は合同開催のシンポジウムやセミナーが組まれ,海外の参加者も多く日本認知症学会も国際的な雰囲気のなかで行われた。そして認知症学会の参加費のみでその日は国際学会にも参加できる特典までついた。また,dementiaの訳が認知症となった経緯を受けて昨年度正式に本学会の名称が認知症学会となり,名称変更後の初めての学会でかつ25回の四半世紀の節目にあたる年会であった。最初は多少なりとも違和感のあった「認知症」も人口に膾炙するうちに徐々に社会的になじんできている。さらに,本年はDr. Alzheimerが,のちにアルツハイマー病(AD)と呼ばれる症例を報告してちょうど100年目にあたり,まさに本学会にとってマイルストーンとなる集会となった。

 今回の特色である国際学会との合同シンポジウムとして,「Inflammation, depression and dementia」,「Alzheimer's disease:from bench side to clinics」,合同セミナーとして「Reflecting on 100 years of Alzheimer’s:the global impact on quality of life」,「Perspective of pharmacotherapy development of Alzheimer's disease」のテーマのもと国内外の演者によって講義がなされた。

書評

―髙橋三郎,染矢俊幸,塩入俊樹訳―DSM-IV-TRケースブック【治療編】

著者: 井上新平

ページ範囲:P.108 - P.108

臨場感あふれる症例で治療手法・手技の適応を学ぶ

 本書は1981年にはじまったDSMケースブック・シリーズの最新版である。このシリーズには診断・診療計画を扱ったものと治療を扱ったものがあり,DSM-IV-TRによる前者の症例集は,同じ訳者によりすでに邦訳されている(『DSM-IV-TRケースブック』医学書院,2003)。今回出版された【治療編】では,この症例集にある235例から29例が選ばれ,さらに新たに5例を加えた34例についての治療が紹介されている。疾患的にはほぼ網羅されているが,気分障害圏,神経症やパーソナリティ障害,児童青年期の障害が多く,逆に器質性精神障害が少ない。米国の一般の精神科医が遭遇するケースを中心にしているのだろう。構成としては,症例要約とDSM-IV-TR診断のあとに治療方針が書かれているが,その著者は当該分野の第一人者で,統合失調症の症例のホガティ,境界性パーソナリティ障害の症例のガンダーソンらである。オーソドックスな治療法の解説とともに,この症例ではどうするかということが,時にかなり具体的に提示され,また同一症例で複数の専門家がまったく異なった立場から論じているのもあり(境界性パーソナリティ障害,パニック障害など),その記載には臨場感がある。

 中味を通して,生物心理社会的モデルに基づく評価と治療計画の重要性が随所に強調されているのが目に付く。その一つとして,Engelが1977年にScienceに寄せた論文が紹介されている。わが国では,このモデルは統合失調症などで主に扱われているが,ここでは「生物学的治療の成否は心理社会的要因とそれに対する共同的アプローチ次第」(パニック障害の治療)という見解が随所に出てくる。精神医学が他の医学分野に貢献できるモデルであるという米国精神医学の主張が底流にあるのだろう。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.112 - P.112

 2006年の11月号から編集のお手伝いをさせていただくことになった。私事で恐縮であるが,精神科医になった30余年前は,内外の雑誌も情報媒体も現在と比べられないほど少なかったせいもあったろうが,『精神医学』は最新号は無論のことバックナンバーに遡って精読した雑誌の一つであった。歴史と権威があるということもあったが,その内容がgeneralで偏らず複眼的,かつ高度に専門性もあって,食欲をそそられ食べがいがあったからである。いわば大衆食堂のメニューと専門料理とがほどよい按分で配置されていたわけである。編集委員になってはじめて本誌の査読の厳しさを知り,いかに質を維持してきたかを痛感させられた。

 どの分野の医学雑誌でも同様だが,その時代時代の“流行り廃り”を反映している。本誌でも,たとえば1970年代に入る前後までは,目に見えない心因論や家族成因論が盛んであったと記憶しているが,今ではそれらはすっかり影を潜め,可視的なものや生物学的なもの,評価尺度や数値など,より客観的で“evident”なものが主流である(evidentにわざわざ“ ”をつけたのは,「精神医学におけるエビデンスとは何か?」という根本問題が,ヤスパースがこの語を用いてから本格的に議論されたことがないと感じているからである)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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