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文献概要

展望

意識障害とその展望

著者: 兼本浩祐1

所属機関: 1愛知医科大学精神神経科

ページ範囲:P.994 - P.1002

はじめに

 精神科領域において意識障害について論じようとする場合,臨床的有用性を重視するのか17),それとも意識という概念そのものに取り組もうとするか14)によって論じられるべき対象に若干の齟齬が生じてくる。たとえばEy Henriの意識野6)という概念を突き詰めて考えると,現前の成立という哲学的な議論が必然的に必要になってくるし,したがって,統合失調症のある種の病態をも意識障害の範疇において考える必要が出てくる。統合失調症を意識障害論の範疇で論ずるのは,より神経学的な意識障害論の方向に親和性を高めている昨今の我々の医学的な思考の流れからは違和感があるが,意識障害を現前の成立の問題として広く考える立場は,精神医学においては実際は伝統的であって,そもそもKraepelinの意識障害論には「外的刺激を内的印象に変化させる過程」の障害という文言がみられ19),Mayer-GrossはKraepelinのこの考えを外的印象を一定の意味を帯びた内的印象に変化させること,すなわちゲシュタルト形成することであると再定義してより明確化している21)。ゲシュタルト形成とは現前の成立という概念と実際にはきわめて近い。

 しかしながら,意識障害という言葉を臨床で用いる場合,統合失調症における現前の成立の揺らぎまでをその範疇に入れると実際上の使い勝手は悪くなってしまう。その理由は,意識障害という術語には,外因性・器質性の障害を鑑別するという役割が医学においては伝統的に割り当てられてきたからであり17),意識障害が存在すると判断することはしばしば外因性の障害であるという意味を含意してきたからである。この点に注目し,意識障害を急性一過性の大脳機能全般の不全症候群としてとらえ直そうとする試みも古くからあり,Bonheofferの急性外因反応型,DSM-IIの脳器質性症候群“organic brain syndrome”の急性型といった概念はそれぞれカバーする範囲に微妙なずれはあるものの,いずれも器質性であること,急性一過性の状態であること,脳の特定の部位に限局した病巣によるものではなく脳全体の機能低下によるものであることなどで枠づけられる病態を一つにくくって検討することで,意識障害という言葉を巧みに回避しつつ,急性に出現した逸脱行為あるいは行動異常が器質因を持つ場合の特徴を抽出して,心因性や内因性の病態とそれとを弁別する手助けにしようとするものであった。

 こうした接近方法は確かに意識という困難な用語を回避し得る利点があるが,意識という概念は法体系を含めた我々の近代社会の成立にきわめて深く関与しており,意識障害の概念を回避した場合,実践的にはきわめて使い勝手の悪い分類体系が出現してしまう場合がある。

 意識論は,昨今,本邦においても盛んに論じられつつあり,たとえば神経心理学の視点から大東による卓抜な総説が最近発表されている22)。神経心理学的な立場からの総説としては大東の論考は非常にスタンダードで現時点でのこのトピックに関する話題はほぼそこで尽くされていると言ってもよい。したがって,屋上屋を重ねないために,本稿では臨床実践において意識障害概念への取り扱いの問題が混乱を引き起こしている具体例を,せん妄と新国際てんかん発作分類を例にとって提示し,そのうえでEy,Damasio,Edelmanの意識論を題材にして各論説への批判的な展望を行った。

 紙幅の関係ですべての文献を挙げられなかったこと,またせん妄の項は「精神科治療学」で刊行予定の拙論を抄録したものであることをあらかじめ断わっておく。

参考文献

1) American Psychiatric Association:DSM-IV Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders fourth edition, Washington, 1994(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸 訳:精神疾患の診断 統計マニュアル第4版,医学書院,pp439-432,1996)
2) Damasio A:The Feeling of What Happens:Body and emotion in the making of consciousness. Harcourt, San Diego, 1999
3) Damasio A:Looking for Spinoza:Joy, sorrow, and the feeling brain. Harcourt, Florida, 2003
4) Denett DC:Consciousness explained. Penguin Books, London, 1993
5) Edelman GM:Wider than the sky. The Phenomenal Gift of Consciousness. Yale University Press, New Haven and London, 2004
6) Ey H:La Conscience. Descle De Brouwer, Paris, 1963(大橋博司 訳:意識.みすず書房,1969)
7) Ey H, Ajuriaguerra J, He´caen H:Les rapports de la neurology et de la psychiatrie. Hermann, Paris, 1976
8) Freud S:Entwurf der naturwissenschaftlichen Psychologie.(小此木啓吾 訳:科学的心理学草稿 『フロイト著作集』第7巻,人文書院,pp231-320,1974)
9) Gloor P:Consciousness as a neurological concept in epileptology:A critical review. Epilepsia 27(Suppl 2):S14-26, 1986
10) Head H:Aphasia and Kindred Disorders of Speech. New York, Macmillan, 1926
11) ILAE Comission Report:A proposed diagnostic scheme for people with epileptic seizures and with epilepsy:Report of the ILAE task force on classification and terminology. Epilepsia 42:796-803, 2001
12) ILAE Comission Report:Glossary of descriptive terminology for ictal semiology:Report of the ILAE task force on classification and terminology. Epilepsia 42:1212-1218, 2001
13) Kanemoto K:Epilepsy and recursive consciousness with special attention to Jackson's theory of consciousness. Epilepsia 39(Suppl 5):S11-15, 1998
14) 兼本浩祐:意識障害とは何か―精神医学的意識障害の再評価の試み.精神誌 106:1083-1109,2004
15) 兼本浩祐:局在機能の総和を超えた「心」はあるのか,あるとすればそれは何処にあるのか―心的装置における連続量の断絶とJohn Hughlings JacksonそしてFreudの無意識.精神医学史研究 8:50-54,2004
16) 兼本浩祐:神経心理学と意識・知能の病理.精神科治療学 19:11-17,2004
17) 兼本浩祐:てんかんから見た意識.精神誌 108:234-239,2006
18) 兼本浩祐:意識・ジャクソン・フロイト.中村雄二郎,木村敏 編,講座生命 第六巻.河合文化教育研究書,pp78-103,2002
19) Kraepelin E:über den Einfluss acuter Krankheiten auf die Entstehung von Geisteskrankheiten. Arch Psychiatr 11:137, 295, 649, 1881;12:65, 287, 1882
20) Lipowski ZJ:Organic brain syndrome. In:Benson DF, Blumer D. ed. Psychiatric Aspects of Neurological Disease. Grune & Stratton, New York, 1975
21) Mayer-Gross W:Selbstschilderungen der Verwirrtheit:Die Oneiroide Erlebnisform. Springer, Berlin, 1924
22) 大東祥孝:神経心理学の新たな展開―精神医学の「脱構築」にむけて.精神誌 108:1009-1028,2006
23) 苧阪直行:意識のワーキングメモリ仮説.苧阪直行 編.意識の認知科学,共立出版,pp1-22,2000

掲載雑誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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