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雑誌目次

論文

精神医学49巻11号

2007年11月発行

雑誌目次

巻頭言

精神障がい者に届く精神科医療とは―仁寿の理念への回帰

著者: 川室優

ページ範囲:P.1092 - P.1093

 精神障がい者(以下,精障者と略す)の地域支援の重要性が指摘されて以来,日本の各地で地域サポートケアシステムが構築されてきた。私は災害県と称される新潟県の上越圏と糸魚川圏の2つの医療圏(約30万人)で,このケアシステムづくり(つくしの里)に約30年にわたりかかわり続けてきた。この間,精障者に対する精神保健施策が多数展開されてきたが,“つくしの里”づくりは,1975年,地域内の共同住居「つくし寮」開設に始まった。法定施設の開設は1992年4月の精障者授産施設(つくし工房)のオープンからで,前年には住民とともに展開してきた地域運動が実を結び法人格を取得した。私どもは精障者が「地域で暮らす」ことを大きな社会復帰理念として,従来から院外作業者の共同住居活動を行っていたのである。当初は精障者に対する偏見・スティグマが強く,医療機関も入院患者が地域内で迷惑をかけることを恐れ,精障者が地域で暮らすことには非常に消極的な時代であった。しかし,その頃まだ精神保健福祉士として資格化されていなかったスタッフらと地道に住居や事業の開拓に努力した結果,手づくり支援の輪が広がり,「つくしの里」のサポートケアシステムを構築することができた。今では当時のことも思い出のひとコマとなりつつあるが,そうした時の流れを感じる現在,生活支援の理念に基づく障害者自立支援法の実施にあたり,この法の問題点(定率負担や利用料など)にも直面しているだけに,改めて当時の取り組みを振り返り,「地域で暮らす」ことをさらに推進する精神科医療のあり方を述べておきたい。

展望

精神科専門医の精神療法

著者: 藤内栄太 ,   西村良二

ページ範囲:P.1094 - P.1101

はじめに

 日本精神神経学会が2002年に精神科専門医制度を設立することを決定したことが精神科医の間で大きな話題となったことは記憶に新しい。2005年度より本制度の移行措置が施行され,今日まで精神科臨床を牽引してきた精神科医が精神科専門医および指導医として認定され始めた32)。さらに2005年度以降に前期卒後臨床研修を修了して精神科を選択した臨床医からは,移行措置ではなく本格的な専門医制度での研修が求められることとなる。2007年度現在では,日本精神神経学会が認定した精神科施設において多くの若手精神科医が精神科専門医を目指し,専門医制度に則って充実した研修を受けている。この制度によって精神科における研修は大きく変化することとなり,同時に専門医制度を持つ他の診療科目と肩を並べてその専門性を主張できることとなった。

 脳科学の目覚ましい発展に伴う生物学的精神医学への志向性の増大によって,精神療法は精神医学全体の発展から取り残された感があるが,精神療法は他の診療科目に対して精神医学が最も特長を発揮するところであり,精神療法が精神科臨床において必須であることについて異論を挟む余地はない。実際のところ,今日の一般的な精神科医が行う精神科臨床では薬物療法に精神療法を併用して行うことがほとんどである。このため,精神科専門医制度の中にも精神療法の研修に関するガイドラインが盛り込まれているのは当然のことであろう。

 このガイドラインについては後述するが,精神科医に対する精神療法の教育と訓練に関しては,欧米だけではなく本邦でも多くの論文でその重要性が謳われている8,24)。その重要性については言うまでもないが,これからの後期卒後臨床研修医は,精神科専門医制度のもと,数年という短期間のうちに全般的な精神疾患を経験して一定レベルの精神科医療の能力を身につけなければならないという多忙で甚大な努力を要する研修生活の中で,精神療法の訓練に固有の困難に遭遇する。後期研修医の精神療法の技能獲得は,訓練する側,施設や制度といった環境による支持があってこそできるものなのである。

 これまで後期卒後臨床研修における精神科研修と専門医制度については,長年にわたって日本精神神経学会のシンポジウムや論文において検討されてきた19,32)。しかし,専門医制度が始まってからの期間が短いこともあり,その研修内容について検討している文献は今後増えてくるかもしれないが,今のところ見当たらない。そこで本稿では,わが国の精神科専門医制度に関して,諸外国の状況と比較しながら,現在の精神科医療を取り巻く状況のもとで将来の精神科医療を担う若手精神科医が精神療法の技能を獲得する過程について検討してみることとした。

研究と報告

セルフモニタリングシステムを用いた統合失調症患者の体重管理と気質・性格特性の関連

著者: 松尾寿栄 ,   安部博史 ,   長友慶子 ,   米良誠剛 ,   倉山茂樹 ,   石田康

ページ範囲:P.1103 - P.1110

抄録

 本研究では統合失調症患者を対象に,①日々の体重の自己記入や面接が,食行動に関する認知の改善や体重の維持または減少をもたらすのか,②統合失調症患者における体重変化に特定の気質・性格特性が関与しているのかについて調べた。対象患者の気質・性格検査としてTemperament and Character Inventory(TCI)を施行した他,簡易精神症状評価尺度(Brief Psychiatric Rating Scale;BPRS),日本版WAIS-R成人知能検査,肥満症患者の行動療法のために作成されたグラフ化体重日記および食行動質問票を使用した。導入時と16週間後の体重を比較したところ,平均1.1±3.1(平均±標準偏差)kg減少していた。食行動質問票では「食べ方」や「食事内容」に関する項目で有意に改善が認められた。統合失調症患者において,日々の体重の自己記入や面接が,食行動に関する認知を改善することにより体重の維持または減少をもたらしていると考えられた。また,体重の増減と気質・性格特性の相関分析では,体重の増加と「新奇性追求」特性に正の相関傾向(r=0.49)が,「損害回避」特性とは有意な負の相関(r=-0.65)が認められた。統合失調症患者においては,「新奇性追求」や「損害回避」の気質・性格特性に視点を置いた認知行動療法的アプローチが適切な体重管理に有効である可能性が示唆された。

統合失調症急性期の薬物治療において治療効果に関与する因子―抗パーキンソン薬用量と在院日数との関係

著者: 細川大雅

ページ範囲:P.1111 - P.1115

抄録

 精神科急性期治療病棟で薬物療法を行った統合失調症および統合失調感情障害患者129例について解析を行い,在院日数にかかわる因子を調べた。その結果,在院日数は抗精神病薬の用量(クロルプロマジン換算)とは相関がなかったが,抗パーキンソン薬の併用量(ビペリデン換算)と正の相関がみられた。つまり,抗パーキンソン薬の併用量が少ないほど在院日数が短い結果となった。定型抗精神病薬に比して非定型抗精神病薬,特にオランザピンで在院日数が短い傾向がみられたが,これは抗精神病作用の強さよりも,抗パーキンソン薬の併用量の少なさによる影響が大きいと考えられた。したがって,併用する抗パーキンソン薬用量の抑制が在院日数の短縮につながる可能性が示唆された。

短報

成人の精神遅滞者に生じた多動・衝動行為に対してペロスピロンが有効であった3例

著者: 岩田健

ページ範囲:P.1117 - P.1120

はじめに

 精神遅滞はさまざまな精神症状が合併することが知られており,その場合には,抗精神病薬の投与がよく行われているが,精神遅滞患者では遅発性ジスキネジアと錐体外路症状が出現しやすいため,Kaplanではリスペリドンなどの非定型抗精神病薬の使用が推奨されている9)

 ペロスピロンはわが国で開発された非定型抗精神病薬で,定型よりも錐体外路症状が少ないことが知られている。そのため高齢者では使用しやすく,最近では,オープン試験でせん妄の治療12)や認知症患者の衝動行為10)に有効であったと国内の施設から報告されている。

 筆者はペロスピロンが副作用を起こしにくいことに着目し,精神遅滞の成人症例で適応障害などの多動・衝動行為に投与し,治療効果があったので報告する。

Quetiapineによりけいれんが誘発された精神遅滞の1例

著者: 畑矢浩二 ,   萬谷昭夫 ,   辻誠一 ,   藤川徳美

ページ範囲:P.1123 - P.1126

はじめに

 一般人口におけるけいれん発作の出現率は0.07~0.09%に対し,抗うつ薬や抗精神病薬を常用量服用している患者の0.1~1.5%にけいれん発作がみられ,過量投与や大量服薬時にはその頻度は4~30%へ上昇する10)。抗精神病薬が脳内のγアミノ酢酸(GABA)神経伝達系を抑制するとけいれんが誘発されるという説があり,けいれんを誘発する頻度の高い抗精神病薬ほどGABA抑制作用が強いことは,この説を支持する根拠にもなっている6)。またけいれんに対して抑制的に働くdopamine系受容体が抗精神病薬により遮断されることによってけいれん発作が誘発されるという説4)もあるが,いずれにしても抗精神病薬によるけいれん発作の発生機序はいまだ仮説の域を出ていない。

 Quetiapineは衝動性に対する鎮静作用があり,錐体外路症状の副作用が少ないため6),統合失調症だけでなく,認知症7),自閉症9),人格障害1)などにおける興奮や衝動性に対する治療にも使用されている。また,脳波異常やけいれん発作を誘発する頻度は他の抗精神病薬より比較的低いという特徴がある2,3,10)

 今回我々はquetiapineを単剤で投与していた中等度精神遅滞患者にけいれん発作を認め,quetiapine中止後けいれん発作が消失した症例を経験した。Quetiapineを投与する際にもけいれん発作を誘発する可能性を十分考慮する必要があると思われた。

前頭側頭型認知症にパーキンソン症候群を合併した1例

著者: 長谷川浩 ,   朝倉幹雄 ,   中野三穂 ,   長田賢一 ,   山口登

ページ範囲:P.1129 - P.1132

はじめに

 前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)は,Pick病を含む疾患群であり,Alzheimer病(Alzheimer's disease;AD),Lewy小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)に次いで3番目に多い変性性認知症である1)。FTDの病変は前頭葉から側頭葉前方部に限局しており,それに由来する人格,行動変化を主徴とする。その行動変化として,無関心でわが道を行く行動(going my way behavior)が特徴的であり,その結果反社会的行動,常同行為(時刻表的生活)が認められる11)。FTDでは身体症状を伴わないことが多いが,一部ではパーキンソン症候群や運動ニューロン障害を伴う症例もある5)。行動変化に対する対症療法には非定型抗精神病薬やセロトニン作動性の抗うつ薬が有効との報告があるが7),パーキンソン症候群を合併した場合には抗パーキンソン病薬の副作用(幻覚妄想状態)への対応も考慮しなければならず,薬物療法に苦渋することになる。

 今回我々は,FTDの行動異常に対する薬物療法を開始したが,途中からパーキンソン症候群を合併して,両者の対応に苦渋しながらもバランスが取れた薬物療法を行い,在宅介護が可能となった1例を報告する。なお,保険適応外使用である薬剤においては,患者および家族の同意を得て使用している。

紹介

ECTにおける発作評価と「治療閾値」の重要性―米国のVisiting Fellowshipに参加して

著者: 上田諭

ページ範囲:P.1135 - P.1141

はじめに

 うつ病の治療を中心として電気けいれん療法(ECT)への注目が高まっているが,日本のECTはいまだ発展途上といってよい。欧米では,いわゆる修正型,つまり麻酔薬と筋弛緩薬を使用した無けいれんでの施行が30年前から一般的となっているのに対し,日本では非修正型(有けいれん)がいまだ少なからず残存している。また,治療器についても欧米から20年以上遅れて2002年に,認知面や心循環系に対しより安全な短パルス矩形波(以下,パルス波と略)治療器が承認されたが,すでに製造中止となったサイン波治療器もなお使用されている。さらには,ECTの増加に伴い,その適応の甘さを指摘する声も聞かれる4)

 筆者はこの5年間,勤務した高齢者専門総合病院で年間約500セッションのECTを経験してきた。その中で,現在の自分たちの方法や考え方が最も有効なものであるのか,高齢者に対してサイン波を使わずにパルス波のみで十分な効果を得る方法はないか,と考えてきた。そこで本年3月,米国のECTの実際を見るため,米国ノースカロライナ州Duke University Medical Center(DUMC)のVisiting Fellowship in ECTに参加し,5日間の研修を受けた。研修は大変有意義なものであった。なかでも,十分な認識を持てなかった刺激電気量と発作持続時間の関係および発作の評価について確かな知見を得たので,それを中心に報告したい。なお,DUMCの担当教授は,邦訳がある「ECT実践ガイド」15)の著者,米国精神医学会(APA)ECT委員会chairpersonを務めたWeinerで,米国におけるECTの第一人者である。

私のカルテから

Risperidone内用液の1日1回10ml投与にて改善した統合失調感情障害の1例

著者: 小林和人

ページ範囲:P.1143 - P.1145

はじめに

 コンプライアンス不良の拒薬例に対するrisperidone(RIS)内用液の有効性は本邦でも報告されているが,高用量の1日1回投与による改善例の報告は少ない。今回,病識が持てず服薬に対し拒否的で再燃を繰り返す統合失調感情障害の症例に対して,RIS内用液の1日1回10ml投与を試みて改善に至った経験をしたので報告する。

シンポジウム ストレスと精神生物学―新しい診断法を目指して

オーバービュー―ストレスを科学する

著者: 加藤進昌

ページ範囲:P.1147 - P.1149

ストレスとは何か

 PTSD(外傷後ストレス障害)という病名は今日ではすっかりおなじみの言葉になった。その病態はストレスによる心身の反応のいわばモデル,代表ということができる1~4)。ストレスという概念は,ハンガリー系カナダ人科学者であるSelye, Hansによって生み出された。彼はそれ以前に,アメリカ人生理学者であるCannon, Walterが提唱した,生体が恒常性を維持する仕組みであるホメオスタシス理論をもとに,生体が侵害刺激を受けてそれに適応しようとして破綻する場合に刺激に対応しない,非特異的反応が起こること(=ストレス)をホルモンの反応として証明した。これが今日でいう視床下部―下垂体―副腎皮質(HPA)系反応である。

 一般にストレッサーである侵害刺激がくると生体は警告期もしくは即時反応として交感神経系が緊急動員される。これを担う物質はアドレナリン,脳ではノルアドレナリンであり,副交感神経系はとりあえず不要不急として抑制される。いわば「火事場の馬鹿力」期である。第二段階は適応期あるいは抵抗期であり,生体は恒常性を取り戻す方向に働く。ここでHPA系の各ホルモンが働くが,もっとも重要な物質が副腎皮質ホルモンであるコルチゾールである。そして安定期あるいは咀嚼期に入る。この時期では免疫系が重要である。ステロイドホルモンは免疫系を一般に抑制する。急性期にはホルモンで対抗するのが重要であり,免疫は役に立たない。一方,安定期には免疫系が「さっきは急だったからうっかりしたけど今度来たら負けないぞ」と備えるわけである。

ストレスと脳―ストレスで脳や心が病むとき

著者: 松尾幸治

ページ範囲:P.1151 - P.1158

はじめに

 ストレスという言葉は日常でどこでも使われている言葉である。「ストレスがたまった」とか「この仕事はストレスだ」とか日々使われている。ストレスの辞書的意味では,「《生体にひずみの生じた状態の意》寒冷・外傷・精神的ショックなどによって起こる精神的緊張や生体内の非特異的な防衛反応。また,その要因となる刺激や状況」(大辞泉)となるが,日常ではショックというより,さらに弱いものも含めて使っているようである。

 精神科の日々の診療現場でも同様に,「ストレスを受けて病気になった」とか「ストレスで状態が悪化した」とか,病気の引き金となる出来事およびそのときの精神的影響を総称して,ストレスという言葉を使用する場合がある。精神的ストレスはあらゆる精神疾患の引き金や増悪因子となり得る。精神的ストレスは強烈な出来事として体験されるものと日常的な弱いが持続的なものがある。多くの精神疾患の中で,大雑把にいって,前者のストレスと関係している代表的疾患としてPTSDがあり,後者と関連していてかつ特に罹患率の高い疾患としてうつ病がある。

 「ストレスで脳や心が病むとき」をテーマに,今回はこの2つの疾患の脳異常について検討していく。脳の異常を探るひとつのアプローチとして今回は脳画像研究を取り上げる。PTSDとうつ病の脳画像研究に関して自験例を中心に最近の知見を紹介し,ストレスと脳の関連について考察したい。

ストレスと性格―ストレス感受性の裏舞台

著者: 吉井光信 ,   中本百合江 ,   中村和彦

ページ範囲:P.1159 - P.1166

はじめに

 パーソナリティは遺伝的要因と環境的要因から形成されている。統合失調症や気分障害などの精神疾患との関連で関心が持たれており,以前より一卵性双生児および二卵性双生児を対象に遺伝的要因の寄与が調べられてきた。近年は,患者のみならず健常人をも対象に遺伝子解析が行われ,パーソナリティに関与する遺伝子多型の報告が続々と出始めている。その発端となったのは,ドーパミンD4受容体遺伝子(D4DR)の多型が新奇追求性というパーソナリティ特性に関係するという報告である3)。最近では,ストレスによりうつ(鬱)病になるケースで,セロトニン輸送蛋白質の遺伝子多型により発症率の違いが生ずるという報告があり,話題になっている1)。我々もパーソナリティに関連するストレス感受性の研究を行っている。着目しているのは末梢型ベンゾジアゼピン受容体と呼ばれている膜蛋白質である。

 抗不安薬として広く使われているベンゾジアゼピン系薬剤は,脳において抑制性伝達物質であるGABAの受容体(GABAA受容体)に作用し,抗不安作用・抗痙攣作用・催眠作用を発揮する。一方,末梢組織にもベンゾジアゼピン誘導体の結合部位があり,末梢型ベンゾジアゼピン受容体(peripheral-type benzodiazepine receptor;PBR)と呼ばれている。PBRは種々の末梢組織,特にステロイド産生組織である副腎皮質に数多く現れている。ステロイド産生の最初のステップは,ミトコンドリアにおけるコレステロールからプレグネノロンへの転換である。この反応の鍵を握るのがミトコンドリア膜を首座とするPBRである4)

 生体にストレスが加わると,いわゆる視床下部-下垂体前葉-副腎皮質系が働き,コルチゾールなどの副腎皮質ホルモンの分泌が促される。このようなストレスにより副腎皮質などの末梢組織のPBRが増加し,ストレスが繰り返されると逆に減少することが動物実験で示されている2)

 ヒトの場合は主として血小板で調べられており,動物実験と同じく,急性ストレスによりPBRが増加し,慢性ストレスによりPBRが減少するとの報告がある4)。したがって,血小板PBRはストレス状態を示す生物学的マーカーの1つであると考えられている。しかしながら,これまでの研究ではストレス反応をグループごとの比較により検討されており,個体間の差異(ストレス感受性)に関しては研究が行われていなかった。

 我々はこれまでの研究で,ストレスを研究するうえで比較の対照群(control)として扱われる健常人を対象に,血小板PBRと不安レベルとがどのように関係するかを調べた。その結果,血小板PBR値は個人差が大きく,それらの値は心理テストによる不安レベルと関連することがわかった。すなわち,血小板PBR値は現在の不安状態(状態不安)よりもむしろ,不安に対する感受性・素因(特性不安)と相関することが明らかになった5)。したがって,通常の社会生活上でのストレスや不安に対する感受性に個人差があり,それが各人の血小板PBR値に反映しているものと解される。

 最近の我々の研究で,このようなストレス感受性の違いにPBR遺伝子多型が関与することが示唆された。その一端を紹介する。

ストレスと免疫システム―心身相関の謎を探る

著者: 神庭重信

ページ範囲:P.1169 - P.1172

はじめに

 こころのあり方が免疫システムを中心とする生体防御系へ少なからぬ影響を与えることは,古来より幾度となく経験に基づいて語られてきた。Schweitzer Aは「どの患者も自分の中に自分自身の医者を持っている。どのような病気になろうとも,一番良い薬は,すべき仕事があるという自覚,ユーモアの感覚を調合したものである」と象徴的な言葉を残している。やがて,これらの経験が科学的に説明され得る事実であることが,洗練された疫学研究や近代的な実験系を組んだ研究により明らかにされ,今日では我々は,脳と免疫がクロストークしながら複雑で精緻な生体防御系を維持していることを理解している。脳は,自律神経系,神経内分泌系そして体温・摂食・睡眠などの生理機能を介して免疫系に影響し,一方免疫系は,サイトカイン,ペプチド,スーパーオキサイドなどを介して脳機能に影響を与えている。精神免疫学は,この脳と免疫の連関を背景として,こころと免疫が関与する身体疾患との(双方向の)関係に焦点を当てて研究する学問分野である2)

 公開講座では,精神免疫学の概論を都民向けにわかりやすく紹介した。その内容の大方は,すでに幾つもの出版物にまとめたものである5)。ここではその繰り返しは避け,がんの精神免疫学的研究のトピックスを幾つか紹介し,日本でも盛んになってきたサイコオンコロジー活動について若干の感想を述べてみたい。

ストレスと自律神経―心拍変動解析による不安・抑うつの評価

著者: 榛葉俊一 ,   仮屋暢聡 ,   石井朝子 ,   松井康絵 ,   大西椋子 ,   安藤貴紀

ページ範囲:P.1173 - P.1181

はじめに

 ストレスは,精神と身体両面にさまざまな影響を与える。精神面では,情報処理を混乱させ,必要以上の不安や抑うつを引き起こす。変化が顕著な場合は自覚的・他覚的にとらえられるが,日常の中で見過ごされることも少なくない。自覚されても,改善すべき状態として認知されないこともある。表情などに変化がみられず,周囲は把握できないことも多い。そして,ストレスの影響が大きく長引くと,不安障害やうつ病などの精神疾患が引き起こされ,生活に多大な障害をもたらす場合もある。適切な治療的,予防的対応を可能にするために,ストレスの精神面への影響を,客観的に評価できる指標の開発が望まれる。

 ストレスの身体面への影響においては,動悸,発汗,下痢など,自律神経がかかわる症状が頻繁に観察され,ストレス障害の診断にも使用されている3)。胃潰瘍や高血圧などの身体疾患の背景にストレスによる自律神経活動の変調があることも,日常臨床で認められる。このようなストレスと自律神経活動との関連を踏まえ,ストレスの精神面に対する影響を,自律神経活動を介して評価することは興味深い。自律神経には交感神経と副交感神経があり,両者は多くの臓器の活動を二重支配する。その調節は,それぞれの臓器の機能にとって反対方向であり,「fight or flight」につながる活動を支持する交感神経と,休息的,栄養的な活動につながる副交感神経両者の活動は,ストレスが引き起こす心理状態に密接に関連していると考えられる。

 交感神経と副交感神経の活動を解析するために利用される自律神経指標の一つに,心拍変動がある15)。期外収縮や心房細動などの病的な変動以外にも,心拍の間隔は生理的に短縮延長を繰り返す。心拍変動の解析には,心拍間隔の時系列的な変化を分析する時間領域(time domain)の解析と,変化を波ととらえて,その周波数領域(frequency domain)を解析する方法があるが,後者は交感神経と副交感神経の活動を分離して解析する場合に利用されることが多い。周波数領域の変動には周期の異なるいくつかの種類があり,呼吸のリズムに関連するHigh Frequency Fluctuation(HF)と血圧の変動と関連するLow Frequency Fluctuation (LF)などが認められる。薬理学的な研究により,HFは副交感神経活動を,LFは交感神経活動と副交感神経活動両者を反映することが知られており,LFとHFとの比(LF/HF)は交感神経活動の指標として用いられている2)

 心拍変動指標は最初,胎児の健康状態との関連で研究され始め,心拍変動の存在が胎児の良好な健康状態を示す可能性が検討された24) 。胎児における心拍変動データの解釈についてガイドラインが示されている21)。また,循環器学の分野では,虚血性心疾患の病状と心拍変動指標との関連について多くの研究がなされ,心拍変動指標の利用法についての指針も提示されている18)。さらに,虚血性心疾患とうつ病との合併が疫学的に認められることを踏まえ4),両者を結びつける因子として心拍変動に関する知見が見出されている。虚血性心疾患の患者のうち,重度のうつ病に罹患している者は心拍変動異常が認められ26),うつ病の治療によりこれらの変化は改善することなどが報告されている9)。また,心拍変動の周波数分析はうつ病以外の精神疾患においても研究されており11),統合失調症における副交感神経活動低下6)やパニック障害における交感神経活動指標の変化が報告されている28)

 多くの身体・精神疾患においてストレスが症状発現に影響を与えることを踏まえると,ストレスにさらされている対象者の心理状態を,心拍変動指標により分析する試みは興味深いと考える。さまざまな分析法が考えられるが,本稿では覚醒・睡眠時の心拍変動指標と心理状態の関連(研究1)およびストレス障害の心理治療における心拍変動指標の利用(研究2)について報告する。

書評

―飯田眞,ライナー・テレ 編―多次元精神医学―チュービンゲン学派とその現代的意義

著者: 加藤敏

ページ範囲:P.1183 - P.1183

 アメリカ精神医学会のホームページから,DSM-Ⅴの改訂にむけての動向が垣間見られる。その作業委員会の議論で目を見張らせられるのは,現段階ではあくまで提言の段階にとどまるわけだが,統合失調症と躁うつ病の二分法を廃棄,ないしいったんカッコ入れして,これらを包括する「全般性精神病症候群」(general psychosis syndrome)の概念が提唱されていることである。この提言を導くうえで重要な役割を果たしているのは,統合失調症と双極性障害の双方にかかわる共通の感受性遺伝子,ないし遺伝子変化がいくつか同定されたという分子遺伝学の最新の知見のようである。もしも,全般性症候群の概念の提言が採択されるなら,精神医学にとり一大革命となることは間違いない。それはネオクレペリズムからネオグリージンガリズムへの方向転換といえるのではないだろうか。ドイツの学派に事寄せて言うなら,現代の最新精神医学はハイデルベルグ学派からチュービンゲン学派への接近をみせているといって差し支えないだろう。

 くしくも本書は,Gaup R,Mauz F,Kretschmer E,Schulte Wらが名を連ねるチュービンゲン学派の代表的研究論文の収録と主要な人物の紹介をした大変貴重な文献である。研究論文の巻頭にGriesinger Wの「ベルリン大学精神医学開設に際しての講演」が据えられている。Griesingerがチュービンゲン学派の旗印となる「多次元精神医学」の考え方を最初に表明していたという理論的な系譜関係にとどまらず,1854年より6年間チュービンゲン大学内科の正教授の任にあったという事実を知り,このドイツ精神医学の開祖が広義のチュービンゲン学派に組み入れられた事情がよくわかった。Kretschmerの論考「パラノイア学説の現代的発展のための原則について」で,「パラノイア性の反応あるいは発展」の成立の1要因として,躁うつ病性ないし統合失調症性の内因性の基底の存在に注目していることを知り,興味をひかれた。たぶんこの点は,パラノイア研究の先駆者であるGaupと大きく立場を異にする点であろう。そもそも,内因性概念はハイデルベルク学派が専門とする観点と思われる。

―小阪憲司,田邉敬貴 著/山鳥重,彦坂興秀,河村満,田邉敬貴 シリーズ編集―《神経心理学コレクション》トーク 認知症―臨床と病理

著者: 葛原茂樹

ページ範囲:P.1184 - P.1184

認知症学の真髄を絶妙な日本語で躍動的に語られた書

 本書は,わが国の臨床認知症学の第一人者である小阪憲司先生と田邉敬貴先生による,認知症症例検討会の活字化である。小阪先生がご自身の症例を,臨床症状,画像所見,病理所見の順に提示し,田邉先生がご自身の経験例を交えながらコメントを加えていくという方式である。アルツハイマー型,レビー小体型,神経原線維型,前頭側頭型,タウ遺伝子変異型,グリアタングル型,基底核・視床変性型,脳血管性の順に,すべての認知症が展開していく。全症例が死後剖検によって確定診断されているので,どんな非定型例であっても,説得力があり納得させられる。逆に,臨床症状と形態画像による診断と,顕微鏡レベルの病理組織学的診断が乖離する例が珍しくないことに驚かされる。症状も画像も肉眼的萎縮所見も典型的ピック病であるのに,病理はアルツハイマー病であったり,その逆であったりの例の存在を示されると,剖検所見を欠く医学は未完成品であり,剖検なしに医学は進歩しないという主張が説得力を持つ。

 本書の特徴は,呈示症例が病理診断された確定例であることに加えて,語られている言葉が適切で実に生き生きしていることである。例を挙げよう。アルツハイマー病においては,ニコニコして接触がよく表面的には上手に対応しているように見える症状を,「取り繕い上手」「場合わせ反応上手」,夕方になると落ち着きがなくなり,夕食の準備を始めたり,「家に帰らなくては」と言い出す「夕暮症候群」,きちんとやり遂げられないけれど作業に手を出す「仮性作業」などの表現である。前頭葉型ピック病の,興味が無くなると対話中にも出て行ってしまう「立ち去り行為」,立ち去って居なくなっても,気が向けば元の場所にチャンと戻ってくる「周回」,側頭型ピック病に特有の語義失語=自分ではスラスラしゃべっている簡単な比喩や言葉が耳から聞いた場合にはまったく理解できないなど,疾患ごとに特徴的臨床症状が,実に絶妙な日本語で躍動的に語られるので,読者は臨床病理カンファレンスに出席しているような気分でどんどんと引き込まれていく。

―松田晋哉 著―基礎から読み解くDPC―正しい理解と実践のために(第2版)

著者: 邉見公雄

ページ範囲:P.1185 - P.1185

医療への信頼を維持する制度の質も併せて考える

 この度『基礎から読み解くDPC―正しい理解と実践のために(第2版)』が出版された。時宜を得たものと思われる。初版から2年が経過し対象病院も増え,この制度は広がり定着しつつある。見直しや今後の方向を考える際の参考書として,また,新たに導入を検討されているところには座右の書としてぜひ購入をお勧めしたい。

 かく言う私も実は初版からの読者であり,DPC導入準備のために職員へ回覧したりと,大変重宝した記憶がある。当時,DPC制度そのものがあまり理解されていない時期でもあり,「患者にとって何の利益もない。院長の経営戦略で導入するのはおかしい」という院内の守旧派的医師に対する反論,説得の理論的な支柱となったのである。著者の“医療の標準化,透明化こそが日本の医療,特に入院医療の質の向上に結びつき,そのためのツールとしてDPCを開発した”というこの数行の文章が私の躊躇している背中を後押ししてくれ,職員の理解も得られ準備・導入へと前進したのである。いわば私の恩人のような書である。特に,各医療職が縦割り的になっている傾向が強い公立・公的病院にあって,本書ではそれぞれの医療職がDPCにどのようにかかわるかによって全職員に医療の質,経営の質へのプラスアルファの貢献を求められるということが明記されている(第5章)。本院がDPC導入に先立ち薬剤部を始め,臨床検査部や放射線部の24時間体制を整えることができたのも,自治体病院の環境変化もあるが職員の経営の質への貢献という側面もあり,本書の効能が大きく関与しているものと確信している。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.1190 - P.1190

 巻頭言としてご紹介いただいたように,大変なご苦労の中で精神障がい者の地域支援・地域移行が長年にわたって粛々と進められて来ていることに対し,関係の諸氏にこころからの敬意を表します。しかし,残念ながら精神医療全体でみると,地域移行をどう進めるのか,移行後の医療ニーズにどうすばやく対応する仕組みを作るのかといった切実な課題に手を拱いている状況が続いていると言わざるを得ません。がん医療を考えると,昭和30年代の国立がんセンターの設立と対がん10ヵ年計画の継続的な遂行,がん特という,高額な科学研究費の支給などに支えられ,目覚しい発展を遂げています。そのうえ,昨年がん対策基本法を制定し,都道府県のそれぞれの二次医療圏ごとにがん拠点病院を設けて,ここではサイコオンコロジーも必須と認められています。精神医療も「精神疾患対策基本法」を制定し,すべての地域の二次医療圏ごとにソフト救急対応ができ,地域移行した障がい者とその家族・支援者が安心して生活し,必要な医療を受けることができ,就労に結びつくように対策が推進されることを望まずにはおられません。

 また,本号のシンポジウム「ストレスと精神生物学」はPTSD,海馬,脆弱性,脳画像解析をキーワードに精神医学研究者の地道な研究の成果がまとめられていて,読み応えのある内容になっております。ところで,脳科学の基礎の研究者は10年前までは器質的異常がはっきりしている認知症しか研究対象としておりませんでしたが,最近では統合失調症,感情障がい,自閉症やADHDなどの病態解明を目指した研究に本気で立ち向かうようになっております。したがって,基礎の研究者と同じことを臨床の研究者がするよりも,両者が連携して研究を進めるなかで,臨床の研究者は臨床の発想で研究するのがよいのではないかと思います。PTSDでは,記憶にまつわる感情の変化で記憶の書き換えが起こり,PTSDが軽快することは臨床的によく経験することですので,精神療法によるPTSDからの回復過程を薬物療法と比較しながら脳画像や脳機能検査で明確にするような研究にシフトすることも必要ではないかと考えております。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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