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雑誌目次

雑誌文献

精神医学49巻12号

2007年12月発行

雑誌目次

巻頭言

臨床の本質をしっかり考えよう

著者: 新福尚武

ページ範囲:P.1196 - P.1197

 本誌の誌名は「精神医学」であるが,実質は臨床精神医学誌である。その証拠に英語名では「Clinical Psychiatry」として臨床精神医学誌であることを明記している。実は本誌発刊当初編集に携わった我々が肝に銘じていたのは,臨床から離れず思弁の世界に遁走しないようにすることであった。それから半世紀にわたってこの方針はずっと貫かれて今日に至っていると思うが,そのことがわが国の臨床精神医学の発展充実に想像以上の寄与をしているのではなかろうか。

オピニオン 労災適用の問題

心的ストレスと労災―心療内科の立場から

著者: 山本晴義

ページ範囲:P.1198 - P.1200

はじめに

 景気回復が軌道に乗ったといわれるものの,企業間競争の激化,成果主義の人事の広がりなど依然として労働者にとって厳しい環境が続いている。

 こうした状況の中,仕事に関する強い悩みやストレスがあると答えた労働者が6割を超え,労働者の年間の自殺者数も8~9千人という高い水準で推移している。また,業務による心理的負荷を原因として精神障害を発症,あるいは自殺したとして労災請求が行われる事案が増加している中で,国は「労働者の健康の保持増進のための指針」(2006年)を策定し,職場のメンタルヘルスケアの推進を図っている。

 労災病院は,労働政策病院として,また指針で示された「4つのケア」の事業場外資源の一つとして,積極的に職場のメンタルヘルスを支援している。

 具体的には,労災病院において,通常の診療とは別に,専門的な相談窓口を設け活動しているが,「勤労者心の電話相談」(20の労災病院で実施)や「メール相談」(e-mail:mental-tel@yokohamah.rofuku.go.jp)を無料で提供し,労働者の心のセーフティネットとしての役割を担っている。筆者はメール相談回答者として,現在まで2万件を超える労働相談に対応しているが,最近は長時間労働やハラスメントなどに絡む労災請求の相談も多くなってきている。

ストレス評価―ライフイベント研究より

著者: 夏目誠

ページ範囲:P.1201 - P.1204

はじめに

 ストレス測定は判断指針7)の中でも重要な判断基準になっている。それは指針が成因の理論として「ストレス-脆弱性」モデル1)を採用しているからである。そしてストレス評価は,2つの軸のうちの1つの軸をなしている。もう一方の軸は反応性・脆弱性である。ここで強調できるのは,現在の医学のレベルでは反応性・脆弱性の自然科学に基づく測定法がないのに対して,ストレス強度は,かなりのレベルで測定が可能であることである。測定がポイントになってくるゆえんである。

労災認定におけるストレス評価の問題点と課題

著者: 丸山総一郎

ページ範囲:P.1205 - P.1208

今,なぜ,労災認定でストレス評価が問題になっているのか

 精神障害の発病やそれによる自殺には,あらかじめ発病の危険性のある特別な有害業務はなく,その点で,特定の有害業務に就くことで発病の危険性がある“職業病”とは異なる1)。つまり業務上の特別な心理的負荷や過重な環境ストレスによって発病する職場関連疾病という位置づけはできても,業務以外のことや個体側要因で発病する可能性があるため,認定数が少なかったのである。

 1999(平成11)年7月29日,「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」より作成された報告書に基づき,同年9月14日,旧労働省は,「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」と「精神障害による自殺の取り扱い」を迅速かつ的確な認定を目指して策定した。指針では判断要件として,以下の3要件,①対象疾病に該当する精神障害を発病していること,②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと,のいずれをも満たす精神障害を,労働基準法施行規則別表第1の2第9号「その他 業務に起因することの明らかな疾病」に該当する疾病として業務上と取り扱うこととした6)。業務による負荷強度の評価は,評価表やフローチャートを作成したことで運用が以前より容易になり,公平性も確保されやすくなった。その結果,精神障害等に係る労災請求・認定件数は急増し,それまで業務上決定がほとんどなかった自殺事案も認定が緩和された。

労災認定にかかわる産業医の見解

著者: 宮本俊明

ページ範囲:P.1209 - P.1211

はじめに

 わが国では労働安全衛生法の規定により,常時50人以上の従業員を雇用する事業者は産業医を選任しなければならず,常時1,000人以上(指定の有害業務などにあっては500人以上)の従業員を雇用する事業者は産業医を専属で雇用しなければならない。産業医の選任義務のある事業場には,産業医のカウンターパートとなる衛生管理者を事業場専属で選任する義務もある。産業医の職務として最低限求められている活動はもっぱら疾病の予防活動であり,労災認定に係る産業医の役割というものは特に規定はない。産業医は事業場においては,労使双方に対して平等に責任を負っている。つまり,健康管理の実施主体である企業と,自己管理の実施主体である労働者の双方に対して公正な医学専門家の立場から支援を行うことになる6)

労災をめぐる訴訟の動向―個人基準説と客観基準説

著者: 黒木宣夫

ページ範囲:P.1212 - P.1214

はじめに

 精神障害の労災補償状況は毎年,報告されているが,精神障害の労災請求件数は1998年度までは年間0~42件であり,件数は少なかった。しかし,労災認定の判断指針が公表された1999年度は155件,以後は急激に増加し,2006年度の請求件数は819件(自殺請求176件)で,同年度には205件が認定されており,2005年度(127件)に比べ全体の認定件数は61%も増加した。このように労災請求件数の増加は,仕事で精神障害に罹患したという意識を持つ労働者および遺族が増えたということであろうが,労災認定に携わる筆者は,業務と精神障害発症との因果関係の考え方,いわゆる業務起因性の考え方を再考する目的で私見を述べる。

展望

女性の精神医学―非定型精神病と月経関連症候群

著者: 中山和彦

ページ範囲:P.1216 - P.1228

はじめに

 精神科外来の待合室では,女性が目立つ。総合病院の精神科病棟でも入院患者は女性優位である。ちなみに当大学,精神科病棟46床中,だいたい40床弱を女性で占めている。大学という特殊性もあるが,3つの保護室もほとんど女性が使用し,特に長期使用者は明らかに多い。一般精神科専門病院ではどうだろう。全体人数の割合はそれほどの差はないが,女性の病棟のほうが落ち着かない患者が多いように思う。総人数ではそれほどの差がないのに,精神科治療現場でなぜ女性が目立つのか。

 その理由はいろいろ推測される。女性に多い疾患といえば,摂食障害や一部のパーソナル障害,解離性障害および統合失調感情障害である。男性では,若い発症の統合失調症のほか,発達障害,器質性精神障害などがある。男性は器質的に弱く,女性は強い印象がある。しかしそのなかで筆者は,以前より,女性の精神障害にある特徴を指摘してきた。それは一言で表現すれば精神病像の非定型化である。この非定型という表現に抵抗感を持つ方もいると思われるが,ここではその論議はしないことにする。その究極的な病態が非定型精神病である。いわゆる非定型精神病と表現されることも多い。しかし本論文ではいわゆるはつけない。女性の精神医学を語るとき,現在症例は多いわけではないが,非定型精神病はその主軸の一つと認識している。それ以外の精神疾患でも,女性の場合,臨床症状が非定型化しやすい。女性性が症状を非定型化させるようにみえる。それが治療抵抗性,遷延化させ,精神科臨床で女性が目立つ一因になっていると考えている。

 本論文では筆者が女性の精神医学として最も重要視している非定型精神病の臨床をできるだけ詳細に紹介する。非定型精神病の診断に至らなくても,その要素を持った女性の精神障害は多い。そのためにも最も中核である非定型精神病を理解することは必須である。また後半には,その発症準備状態または関連障害として考えられる月経関連症候群を紹介する。また特に体温リズムの観点に絞ってその要点を概説することにした。

研究と報告

総合病院精神科での児童虐待への関与が疑われる患者例の検討

著者: 宮口幸治 ,   伊藤智子 ,   藤瀬敬喜 ,   保坂卓昭 ,   鈴木由美子 ,   田中究 ,   白川治 ,   前田潔

ページ範囲:P.1231 - P.1237

抄録

 6か月間に兵庫県立尼崎病院精神科を受診した全患者1,775名のうち,18歳未満の児童を養育中であった167名を対象にその養育状況と精神疾患・社会的背景との関連性について調べた。その結果,養育に問題を抱えるものが19.2%あることがわかった。社会的背景には教育歴,パートナーの不在,経済的問題,社会的孤立があり,パートナーに借金,DV(パートナーからの暴力)などもみられた。診断分類では人格障害,薬物依存,精神遅滞が多かった。また自傷行為・過量服薬などを繰り返すこともみられ,治療関係が構築し難い例が多くあった。その中で総合病院精神科としての対処・役割・課題について考察した。

OCDの発症状況と治療反応性の調査―ライフイベントや契機となる体験を中心に

著者: 富田真弓 ,   中尾智博 ,   中谷江利子 ,   本村啓介 ,   鍋山麻衣子 ,   實松寛晋 ,   吉岡和子 ,   中川彰子 ,   神庭重信

ページ範囲:P.1239 - P.1248

抄録

 強迫性障害(以下OCD)の発病に際して,発病時期のライフイベントや契機となる体験(きっかけ)が深く関与することが示唆されており,症状の内容や発症後の経過,治療反応性にも影響することが示唆されている。本研究ではOCDの確定診断がなされた36名を対象に定型化された自記式質問紙を用いて,OCDの発病状況を調査した。その結果,ライフイベントは22例に,きっかけは23例にみられた。さらにライフイベントときっかけの4群に分けて分析を行い,性別や背景となる人格特性,症状内容,治療反応性との関連性がみられたことから,ライフイベントときっかけの体験様式が治療反応予測因子となる可能性が示唆された。

短報

側脳室の拡大を伴う外傷後ストレス障害(PTSD)の2症例―その成因と発症脆弱因子に関する考察

著者: 原恵利子 ,   北山徳行 ,   金吉晴 ,  

ページ範囲:P.1251 - P.1254

はじめに

 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder;PTSD)患者にみられる脳の形態的画像研究において,海馬5)や前部帯状皮質6~8)の容積減少や形態的変化が多数報告されているが,側脳室に関しては若干の報告2)が散見されるのみである。

 今回,我々は頭部MRIにて側脳室の拡大を認めたPTSDの2症例を,主に側脳室の形態学的異常の成因とPTSDの発症脆弱因子に関連して,若干の文献的考察を加えて報告する。症例は,いずれも米国ジョージア州アトランタで行われた臨床研究にボランティアとして参加したPTSD患者16名の中に見出されたものである。

Perospironeへのswitchingにより無月経が改善したにもかかわらず,高PRL血症が持続した統合失調症の1例

著者: 深津尚史 ,   今岡信浩

ページ範囲:P.1255 - P.1257

はじめに

 Perospironeは,セロトニン作動性抗不安薬tandospironeから開発された非定型抗精神病薬であり,D2受容体と5-HT2A受容体遮断作用に加え,5-HT1A受容体の部分刺激作用を有する。今回,risperidoneからperospironeへのswitchingにより,無月経が改善したにもかかわらず,高PRL血症が持続した統合失調症の1例を報告し,その機序を考察した。

塩酸セルトラリンの投与により口腔ジスキネジアが出現した老年期うつ病の1例

著者: 藤原晶子 ,   都甲崇 ,   山本かおり ,   六本木知秀 ,   杉浦寛奈 ,   杉山直也 ,   平安良雄

ページ範囲:P.1259 - P.1262

はじめに

 塩酸セルトラリン(以下,セルトラリン)は,1990年に英国で初めて承認され,その後米国など世界100か国以上で使用されているSelective Serotonin Reuptake Inhibitor(SSRI)である。本邦では2006年にうつ病・うつ状態ならびにパニック障害の治療薬として承認された。セルトラリンは,CYP2D6,2C19,2C9,2B6,3A4などで代謝される一方で,薬物代謝酵素の阻害活性が低いことから,薬物相互作用が比較的少ない12)。また,蛋白結合率が98%と高く,投与量と血中濃度が線形を示すことも特徴である1)。三環系抗うつ薬との比較では,他のSSRIと同様に鎮静作用,抗コリン作用などの副作用出現率が低いが,これまでに報告されている副作用としては,他のSSRIと同様に,悪心,傾眠,口渇感,頭痛,下痢,めまい,不眠,性機能障害などが挙げられる6,13)。今回我々は,セルトラリンの投与によって口唇ジスキネジアが出現したと考えられる老年期うつ病の1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

試論

酩酊犯罪と責任能力

著者: 高田知二 ,   高岡健 ,   金岡繁裕

ページ範囲:P.1263 - P.1273

はじめに

 現在ほど精神鑑定が社会から興味を持ってみられた時代はない。何か重大事件が起きるたびに,被疑者/被告人の責任能力が問題にされる。そして,精神鑑定が導入されると,報道機関を通してさまざまな議論がなされる。今や,一般市民においても精神鑑定について無関心ではおれない事態が迫っている。いうまでもなく,裁判員制度の導入である。平成16(2004)年5月21日「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立し,5年以内に裁判員制度が実施されることが決まった。この制度は,連日的開廷による集中審理(それに伴う迅速化)の実現と,直接主義・口頭主義の実質化を推進する力となるものであり,一般市民から選ばれた裁判員は,裁判官とともに,事実の認定,法令の適用(いわゆる法令の当てはめ),刑の量定を行うこととなる。精神鑑定に関しては,公判開始前に鑑定を決定して調査等の作業を実施させ(鑑定手続実施決定),その結果を予定された公判審理の中で報告させることができ,また裁判員にも証人等に対する質問権が認められている4)。すなわち,一般市民である裁判員は,裁判に参加し,被告人が有罪かどうか,有罪の場合どのような刑にするのが妥当であるかを裁判官と一緒に決めることになる。責任能力の有無自体は法律評価であり裁判員の判断外ではあるが,被告人の精神状態に関する事実認定は求められるため,法廷に提出された精神鑑定書や,鑑定医に対する裁判官,検察官,弁護人の尋問を聴取し,時には自ら質問することになる。

 果たして,これまでの精神鑑定は一般市民の理解に耐え得る内容だったろうか。また,法廷で繰り広げられる裁判官や検察官,弁護人といった法律家と精神鑑定医との議論は,論点が重なった的を射たものだったろうか。裁判員制度の施行を目前とした現在,こういった点を明らかにし,精神鑑定の方法論や,精神鑑定に何が期待できるのかを議論していかなければ,一般市民の理解の得られる精神鑑定は不可能ではないかと考える。

 これまでも,精神医学の中では,精神鑑定をめぐってさまざまな論考がなされてきたし,その積み重ねも膨大である。とはいえ,その多くは精神鑑定そのものに関しての議論であり,その精神鑑定が法廷でどのように扱われ,判決にどのような影響を及ぼしたのか,また採用されなかった場合,何が問題だったのかという司法の領域まで踏み込んだ議論はほとんどなされていない。

 以上のような状況に鑑み,今回,我々が携わった酩酊事件に関する精神鑑定(複雑酩酊と鑑定)を題材にし,裁判の中でどのような尋問がなされ,そして判決で精神鑑定がどのように扱われたかを明らかにしたい。さらに,同様の責任能力を問われた事件が過去の裁判でどのように扱われてきたかを検討したい。ただし,匿名性には配慮して省略を施すことで症例記載を行ったことを付言しておきたい。

書評

―Benjamin J. Sadock,他編―Kaplan & Sadock's Synopsis of Psychiatry;Behavioral Sciences/Clinical Psychiatry, 10th ed.

著者: 兼子直

ページ範囲:P.1274 - P.1274

 本書は1972年に初版が出されて以来,精神科医師からだけでなく,幅広く,一般臨床医,臨床心理士,作業療法士など多くの領域の読者から好評を博してきた。第10版には2006年までの最新の文献が引用されており,全面的に改訂されている。内容はDSM-IV-TRに準じ,疫学,病態,鑑別診断,分類,検査,予後,治療が的確に記載されており,重要な文献も付記されている。同時にICD-10の診断基準も採録されており,きわめてバランスの良い精神医学の教科書となった。

 本書は索引を入れると1,470ページとなりかなり厚い本ではあるが,読みやすい見出しで59章から構成されている。各章は「整理された知識を短時間で理解しやすい」ように多数の図表,PETや脳の活性化された部分を示すカラー写真などが効果的に組み込まれており,これは見事な工夫といえる。精神神経疾患領域にまたがる神経疾患も各論に含まれており,実際の臨床に役立つ。総論でも患者―治療者関係,発達とライフサイクル,脳と行動,重要な理論を説明した心理社会科学,各種検査や精神科領域で用いられる評価尺度から精神医学における倫理の問題など,精神科領域の基本的事柄が取り上げられており,本書は一般臨床医だけでなく,臨床心理士,作業療法士などを育成する教育に携わる方々にもすばらしい教科書と考える。

―アラン・ホブソン 著,村松太郎 訳―ドリームドラッグストア―意識変容の脳科学

著者: 渡邊衡一郎

ページ範囲:P.1277 - P.1277

 これまで数多の研究者達が精神病の発症メカニズムについて唱えているが,本書の中で筆者は,これについて理解するための最もよいアプローチ方法は,正常人の精神病とも言うべき夢の神経生理学的メカニズムを知ることであると書き,精神病症状や夢,依存性物質による精神症状を中心にさまざまな意識変容について述べている。

 Delay,Denikerがクロルプロマジンの抗精神病効果を発表したのが1952年,翌年にREM睡眠が発見され,奇しくもこの時期に非合法な幻覚剤による意識変容がアメリカで流行したという。1950年代前半に注目を集めたこの3要素について,筆者はきわめて明快に,またそれが違和感なくしっくりと理解できるように関係づけて論じている。この分野における第1人者である筆者ならではの造詣の深さが感じられ,評者は読後改めて脳機能に対する関心が深まった。

―倉光 修,桑原知子 編―カウンセリング*ガイドブック

著者: 平木典子

ページ範囲:P.1278 - P.1278

 近年,カウンセラーや臨床心理士といった職業名は一般に広く知られるようになり,心理的支援の必要に迫られている人も多数に上っている。しかし,一般の人々がその人たちがどこで働いているのか,実際,どんなことをしているのかといったことを知っているかというと,きわめて疑わしい。つまり,いざ,心理的支援の必要に迫られた人々は,その内容も場も不確かであることに戸惑い,右往左往するのが普通である。また,カウンセリング・心理療法関係の専門家の間でも,共通理解が十分に成り立っているとは言い難い。

 本書は,そんな日本の心理臨床の現状への一つのチャレンジとして,そしていつの時代にも存在する心理的支援を求める人々への水先案内(ガイドブック)として書かれている。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.1282 - P.1282

 今年は想定外のいろいろな出来事があったが,あと残り少なくなってしまった。12月号には「臨床の本質をしっかり考えよう」という新福尚武先生の「巻頭言」をいただいた。精神医学は臨床が基盤になっている。臨床の本質は治療者と被治療者の治療志向的な関係づけの中にあって,それを深めていくことが大切である。脳科学的進歩や種々の検査データなどはその中に還元される必要がある。日常臨床を心して行わないと惰性に流れてしまうし,種々の研究も臨床に還元できてはじめて意味があることを忘れないようにという趣旨である。まことにもっともで,精神医学を俯瞰した考えを示していただき感謝したい。

 また,「オピニオン」として労災適用の問題が取り上げられている。地味な問題であるがしばしば臨床において遭遇するので,知識と考え方を整理するためには大変よい機会である。労災認定が年々増加している。最初に労働局精神障害専門部会で詳細な調査報告書に基づいて3人の精神科医が協議・検討し判断をし,監督署長により労災保険給付の不支給が決定されるが,不服がある場合は,第一審査請求,第二審査請求,裁判所への行政処分取り消し訴訟というように,順次行われていく。不服請求件数と行政処分取り消し件数が急激に増加しているという。この場合業務と精神障害発生との因果関係の考え方(業務起因性)が問題になる。業務によるストレスと精神障害発生の関係を客観的に厳しく見る立場と本人の脆弱性を相当考慮した立場の違いによって大きく異なってくる。自殺した場合などはとくに業務上のストレスとの関係が結びつきやすくなってくる。精神医学的な判断とやや異なった視点が入り込んできて総合的に決定されるという。社会通念の変化の影響を受けるということであろうか。少なくとも精神医学的な考え方はきちんと述べ続けることが必要である。「展望」では女性の精神医学として非定型精神病と月経関連症候群が論じられている。非定型精神病を女性および女性ホルモンとの関連で新たに見直してみようという試みであり,興味が持たれるが,さらなる地道な症例の積み重ねが必要ではないかと思う。「研究と報告」では,総合病院での児童虐待の症例,OCDとライフイベントの関係についての研究などが報告されている。「試論」で「酩酊犯罪と責任能力」が掲載されたが,精神医学と司法の関係が明確に示されていて大変興味深い。司法精神医学の領域での貴重な資料および意見になると思う。ぜひ司法関係者に読んでもらいたい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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