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雑誌目次

論文

精神医学49巻3号

2007年03月発行

雑誌目次

巻頭言

団塊世代の精神科医

著者: 工藤行夫

ページ範囲:P.228 - P.229

 「戦争を知らない子どもたち」と能天気を揶揄され,学園闘争の熱気も十分昇華しきれず,バブルとその崩壊は冷やかに横目で見て,それでもしたたかに日本の高度成長を支えてきた我々団塊の世代が,トップランナーの位置を譲るべき時期が近づいている。とは言え走り続けた経験しかない我々には,ソバでも打ちながらゆったり時を過ごす第二の人生など送れそうにない。先頭は外れるもののまだ大きな遅れを取らない自負はあり,後のランナーの進路妨害だけはしたくないと思いつつ,伴走者としてもうしばらくグランドに残るつもりでいるのが正直なところある。

特集 統合失調症と感情障害の補助診断法の最近の進歩

近赤外線スペクトロスコピィNIRSによる統合失調症と感情障害の補助診断

著者: 福田正人 ,   三國雅彦 ,   心の健康に光トポグラフィー検査を応用する会

ページ範囲:P.231 - P.243

近赤外線スペクトロスコピィNIRS

 近赤外線スペクトロスコピィnear-infrared spectroscopy(NIRS)は,近赤外光が生体を通過する際にヘモグロビンにより吸収されることを利用して,生体の血液量を非侵襲的に測定する方法論である。日本語では,近赤外(線)スペクトロスコピィ・近赤外分光法などとも呼ばれる。

1. NIRSの原理6)

 近赤外光のうち波長700~1,000nmのものは,骨を含む生体組織を0.1%程度というわずかではあるが測定可能な量が通過し,ヘモグロビンには吸収されやすいという特性を持つ。そこで,頭皮上に入射プローブと検出プローブを3cm程度の距離に設置すると,頭皮下2~3cmまでの生体内を散乱しながら通過した近赤外光をとらえることができる。酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)と脱酸素化ヘモグロビン(deoxy-Hb)による吸収は波長により異なるので,2波長以上で同時に計測するとoxy-Hb・deoxy-Hbそれぞれの濃度が算出できる。これがNIRSの原理である。微弱な光を用いているため生体への悪影響はない。工学的シミュレーションも進んできている36)

統合失調症の認知機能,中枢神経回路,感受性遺伝子を基盤にした新しい診断装置の開発―探索眼球運動の臨床応用

著者: 小島卓也 ,   高橋栄 ,   泰羅雅登 ,   酒谷薫 ,   横田正夫 ,   坂井禎一郎 ,   大久保起延 ,   大久保博美 ,   鈴木正泰 ,   松田哲也 ,   松浦雅人 ,   松島英介

ページ範囲:P.245 - P.252

はじめに

 統合失調症では精神症状の背景に特有な脳機能の障害がみられ,それは意識障害でも知能障害でもなく認知機能の障害といわれている。この認知機能は注意,記憶(ワーキングメモリー,短期記憶),実行機能など幅広い機能を包含している。そしてこれは以前から事象関連電位,眼球運動検査,心理学的課題検査などで抽出されてきたが,診断や治療との関連が不十分であったため,あまり注目されなかった。近年神経画像,分子遺伝学・精神薬理学などの研究の進歩に伴って認知機能障害がより実体的なものとして把握できるようになり,統合失調症の中心的な障害であることがわかってきている。

 筆者らはこの漠然として把握しにくい認知機能障害を臨床観察と密接に結びついた方法で抽出してきた。すなわち一定の指示を与えて幾何学図形を提示している際の注視点の動き(探索眼球運動)を記録し,視覚認知機能を解析してきた。注視点の運動数,移動距離などの要素的な指標の他に対象のどこを見ているかという解析を行い,より高次の機能についても解析した。ものを見る場合受動的に見ているのではなく,何らかの動機,関心,興味などによって方向性(スキーマ:構え)をもって探索し,探索した結果に基づいてスキーマが変化し,その変化したスキーマによって探索する。このような循環の中で知覚が生じ情報を得ているという18)。見ることは受動的な現象でなくて常に能動的な動きが基盤にあって知覚,認識がなされていると考えられる。健常者では意図せずに自然に働いているこの能動性が統合失調症で障害されていることが精神病理学的研究ですでに指摘されている4)。また,このことは日常臨床で統合失調症患者が示すプレコックス感25),対人反応の障害32)として述べられている現象とも密接に関連している。このように筆者らが行ってきた研究は日常臨床の観察,精神病理学的洞察を客観的に検討した研究という点で特徴がある。別な言い方をすれば,注視点の解析は統合失調症の認知機能の基本的な特徴に合った,最も適した方法の一つであるともいえるかもしれない。

 本稿では①この指標は他の認知機能を表す指標と関連があるか,②生理学的背景(中枢神経回路)はどのようなものか,③分子遺伝学的基盤を示すことができるか,④これらの基盤を有する探索眼球運動を用いて統合失調症の補助診断装置として臨床応用できないかという4つの問題について研究・検討した結果を報告する。

統合失調症とうつ病におけるプレパルスインヒビションと関連指標:予備的報告

著者: 功刀浩 ,   柳沢洋美 ,   田中美穂 ,   岡本洋平 ,   堀弘明 ,   橋本亮太 ,   中林哲夫 ,   岡本長久 ,   大森まゆ ,   沢村香苗 ,   斎藤治 ,   樋口輝彦 ,   廣中直行

ページ範囲:P.253 - P.260

はじめに

 プレパルスインヒビション(PPI)とは,突然の強い感覚刺激(パルス)によって引き起こされる驚愕反応が,先行する弱い感覚刺激(プレパルス)によって抑制される現象である。先行するプレパルスが感覚入力の入口,すなわち“ゲート”を閉めることによって,パルスを強い刺激として認識しなくなることによると考えられている。したがって,PPIの低下は,「感覚運動ゲイティングsensorimotor gating」や「感覚のフィルター機構」の障害と言われる。この機能が障害されると,余計な感覚刺激を排除して特定の感覚に注意を向けるといった,普段我々が無意識に行っている情報処理が障害され,「感覚情報の洪水sensory flooding」となり,その結果,「認知の断片化cognitive fragmentation」が生じるとされる。1978年のBraffら3)による報告以来,統合失調症患者においてPPIが低下していることは多数の研究によって支持されており,統合失調症の情報処理障害の指標として注目されている。また,統合失調症を発症していない者であっても,統合失調症患者の生物学的親族や統合失調症型パーソナリティ障害を持つ者ではPPIが低いという報告があり4),PPIは統合失調症のエンドフェノタイプ(中間表現型),あるいはハイリスク者の指標としても注目されている。統合失調症患者では感覚刺激,特に音に対して過敏な者が多いことや,うるさい人混みで過ごすことが苦手であることなどは,日常臨床でよく経験する。また,「まわりの音が全部耳に入ってくる」,「いろいろなことに気が取られて一つのことに集中できない」などの訴えが多いことも古くから知られている10)。外的な刺激だけでなく,内的な刺激に対しても情報処理障害があるとすれば,会話の脱線や連合弛緩などの症状とも関係があるかもしれない。

 統合失調症などの精神疾患における情報処理障害をみる検査にはいくつかあるが,PPIには以下のような利点がある。第一に,マウスやラットなどの実験動物でも同じパラダイムで施行することができ,分子生物学的解析が可能である。第二に,電極は眼輪筋2点と乳様突起部の3点に装着すれば済み,シールドルームなどの特別な部屋も必要もなく,検査は通常30分以内に終了するなど,非常に簡便である。静かな部屋さえあれば,クリニックなどにおいても施行可能である。第三に,何らかの課題を遂行させたときの脳の活動をみるのではなく,単純な驚愕反射をみるため,被験者の課題達成能力に影響されない。第四に,世界各国に浸透しつつある検査である点も挙げられる。

 このような背景もあり,我々は,日本においても統合失調症を中心とした精神疾患の診断や病態解明研究におけるPPIの有用性について検討することは非常に有意義であると考え,げっ歯類のPPIとヒトのPPIの両者について検討を行っている。今回,本特集号において,統合失調症や感情障害におけるPPIによる診断法の開発の進捗状況に関して報告するように依頼を受けた。我々はヒトを対象とした研究においては,これまでに400名近い被験者に対して検査を行ってきており,世界的にも最大級のデータベースを構築してきた。現在は第1サンプル(後述)に関する論文を英文誌に投稿している段階であり,第2,第3サンプルについては順次,詳細な解析を加えて本論文とは別に発表していく予定である。本論文は,PPIについて日本の研究者・臨床家に広く紹介することを趣旨として,これまでの全サンプルについて予備的解析を試みた結果に基づく報告である。

統合失調症と感情障害についての脳磁図研究と臨床応用の方向性

著者: 松林淳子 ,   笠井清登 ,   福田正人

ページ範囲:P.263 - P.271

はじめに

 神経画像・神経生理学的検査法を精神疾患の脳病態解明に用いるばかりでなく,補助診断法として臨床応用しようとする機運が高まっている。脳磁図(magnetoencephalography;MEG)検査法は,非侵襲的に,高時間・空間解像度で神経細胞群の電気的活動をとらえる方法であり,てんかんの術前検査として保険収載されている(D236-3神経磁気診断,5,000点)。脳磁図はその非侵襲性と高時間・空間解像度から,精神疾患における脳機能障害の特徴を鋭敏にとらえる可能性があり,臨床診断法として実用化される期待が大きい検査法の一つである。本稿では,統合失調症および感情障害における脳磁図研究を概観し,補助診断法としての可能性や実用化に向けての取り組みについて紹介する。

気分障害におけるDEX/CRH試験

著者: 尾鷲登志美 ,   大坪天平

ページ範囲:P.273 - P.277

はじめに

 気分障害の薬物療法は多岐にわたる。しかし,その奏効率や効果発現までの時間に薬物療法による差はあまりないのが現状である。通常,抗うつ薬の効果発現には数週間を要するため,最初の抗うつ薬が奏効しない場合,患者は長期間病状に耐えなくてはならない。そのため,治療早期に治療反応性が予測できるマーカーが望まれる。DEX/CRH(dexamethasone/corticotrophin-releasing hormone)試験が,その生物学的マーカーになり得るとの知見が近年蓄積されてきている。

 抗うつ薬の作用機序からうつ病のセロトニン仮説が登場したが,DEX抑制試験(DST)から視床下部-下垂体-副腎皮質(hypothalamus-pituitary-adrenal;HPA)系の気分障害への関与が知られるようになった。HPA系はストレスに関与する生体反応系であり,グルココルチコイド受容体を介したフィードバック機構を有している。本稿では,現段階でHPA系を最も反映する臨床検査であるDEX/CRH試験について,うつ病を対象とした研究を中心に概説する。

統合失調症の補助診断法としての三次元磁気共鳴画像(MRI)の有用性

著者: 鈴木道雄 ,   川﨑康弘 ,   高橋努 ,   中村主計 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.279 - P.284

はじめに―統合失調症患者の脳にみられる形態学的異常はどの程度のものか

 統合失調症患者の磁気共鳴画像(MRI)所見として,側脳室や第三脳室の拡大,前大脳縦裂,シルビウス裂や脳溝の開大,海馬,上側頭回,前頭葉皮質の体積減少などが認められることはよく知られている。しかしながら,これらの脳形態の変化は,患者を群として健常者と比較したときに,統計学的に検出される軽微なものである。DavidsonとHeinrichs3)によるメタ解析では,MRIによる定量的評価のうち,統合失調症患者と健常者のオーバーラップがもっとも少ない領域は両側の海馬と左の上側頭回であり,それらの部位の%オーバーラップは61.8%と報告されている。

 当教室において,MRIの関心領域法による体積測定により,統合失調症患者62例を健常対照者63名と比較したときの,19の脳領域(皮質領域については灰白質)における体積変化のeffect sizeを表に示す。それぞれの領域の計測法に関しては,既報の論文10,12~17)を参照されたい。左の上側頭回におけるeffect sizeが-1.45と,その体積減少が最大であり,右の同部位が-1.03,左の扁桃体が-0.91と続いている。これらのeffect sizeから推定される統合失調症患者と健常者の%オーバーラップは,それぞれ約30%,45%,48%となる。以上から,特定の脳部位の計測値だけでは,健常者とオーバーラップする部分が多く,診断的意義は乏しいことがわかる。さらに注意すべきことは,左上側頭回の-1.45という値にしても,数十枚から成る1mm厚の冠状段スライスを,厳密に条件統制したうえで1枚ずつ計測したものを集計した結果から求められるものであり,同等の変化を,たとえばMRI写真の視察によって確認することは不可能であろう。これは統合失調症患者のMRI写真を見るときの印象に一致するものと思われる。

 脳形態MRIは,侵襲性が低く,安静を保つだけで被検者に特段の努力を要求せず,再現性の高い豊富な客観的情報を提供し,比較的短時間で施行が可能であることが利点である。以下に,MRIのこれらの利点を生かし,解析法を工夫することにより,統合失調症の客観的補助診断法に応用する試みについて,当教室におけるこれまでの成果を中心に紹介する。

Functional MRI―うつ病の補助診断法としての可能性

著者: 岡田剛 ,   岡本泰昌 ,   山脇成人

ページ範囲:P.285 - P.291

はじめに

 近年,うつ病に対する脳機能画像研究がさかんに行われるようになり,その病態をとらえるとともに,臨床において補助診断法として応用することを目的とした検討も行われている。

 特に機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging;fMRI)は,アーチファクトのため撮像が困難な部位があることなど問題点はあるものの,高い空間解像度と時間解像度に加えて,放射性物質や造影剤を使うことなく,一般的に普及しているMRI装置で非侵襲的に検査可能であることから臨床応用への期待が大きい。

 うつ病の脳機能画像研究ではpositron emission tomography(PET)やsingle emission computed tomography(SPECT)を用いた検討により多くの知見が得られているが,本稿ではfMRIを用いて行われた最近の研究を概括し,補助診断法としての可能性を探るとともに,まだ予備的な段階ではあるが現在我々が行っている研究について紹介する。

研究と報告

統合失調症の受信技能の評価と送信技能や認知機能との関連について

著者: 宮本保久 ,   池淵恵美 ,   佐々木隆 ,   根本隆洋 ,   佐久間寛之 ,   山本佳子 ,   高野佳寿子 ,   伊藤光宏 ,   丹羽真一 ,   DYCSS3グループ

ページ範囲:P.293 - P.300

抄録

 統合失調症の社会生活技能を評価することを目的に作成された改訂版ロールプレイテストは,受信・処理・送信技能を評価することが可能な尺度である。この改訂版ロールプレイテストを用いて,36名の統合失調症患者を対象に,社会生活技能を評価し,受信技能と送信技能や神経心理テストとの関連などを検討した。その結果,受信技能の各段階,すなわち要素的認知,表情の認知,目的の把握,行動の起案は相互に関連があり,この情報処理過程の想定は妥当であったと考えられる。受信技能は,注意維持機能や流暢性,年齢や解体症状と関連がみられた。LASMI(対人技能項目)と受信技能との有意な相関は,受信技能の評価の妥当性を裏付ける結果と考える。

インターネットを用いた精神障害の動向調査

著者: 矢作千春 ,   太刀川弘和 ,   谷向知 ,   根本清貴 ,   遠藤剛 ,   芦澤裕子 ,   田中耕平 ,   石井竜介 ,   石井徳恵 ,   橋本幸紀 ,   水上勝義 ,   朝田隆

ページ範囲:P.301 - P.309

抄録

 未受診の潜在的な精神医学的症候群を有する人々の動向を把握する一助として,インターネット上に研究用ウェブサイトを開設し,訪問者に対して精神障害や精神医療に関するアンケート調査を施行した。対象の33,590件中,自覚的なうつと不安の訴えが8割に認められた。精神科受診が望まれる重症群と思われる人の中で,現在治療中の者は1割で,半数近くが未受診であった。受診に至らない理由として,「精神科への抵抗感」や,「精神科病院に関する情報不足」などが挙げられた。

 今回の調査は,訪問者の基礎的属性の偏りや信頼性・妥当性の課題が残るものの,多数の未受診の精神障害の存在を見いだしたと考えられる。今後はこうした一群に対して,精神科医によるインターネット上の適切な情報提供や予防的介入は重要と思われた。

紹介

精神科薬物療法管理アプローチ(Medication Management Approaches in Psychiatry;MedMAP)の紹介

著者: 吉見明香 ,   加藤大慈 ,   久野恵理 ,   鈴木友理子 ,   上原久美 ,   内野俊郎 ,   平安良雄

ページ範囲:P.311 - P.315

はじめに

 わが国の統合失調症患者に対する薬物療法において,多剤併用が一般的に行われていることはよく知られている。1996年から第2世代抗精神病薬が使用可能となり,その臨床特性から,わが国でも薬剤総使用量の減量が図れるのではないかと期待されていた。しかし,第2世代抗精神病薬導入後も依然,多剤併用投与が多数を占めていることが,冨田11)や,Itoら2)の処方調査により明らかになっている。わが国において多剤併用療法が一般化している背景としては,これまで数多くの総説6,9)が報告されており,さまざまな要因が絡み合っていると考えられている。1例として竹内と渡辺の総説10)における多剤併用の要因を表1に示した。

 これまで,多剤併用療法の改善に対する取り組みとしては,大規模な処方調査3,7,15)が行われ,多剤併用療法の背景を探ると同時に,減量・単剤化技法の研究8,13)や,EBM(Evidence-based Medicine)を背景とした治療ガイドライン・薬物アルゴリズムの導入も行われている11)。このように多剤併用療法の問題点が多数の総説で喚起され,減量単剤化の取り組みが行われているにもかかわらず,多剤併用は改善されていない。その理由として,Itoらは医師のアルゴリズムに対する懐疑的な態度と看護師の薬剤増量要求が関与していると指摘し,医師および看護師に対する研修が必要であると述べている2)。また,風祭は薬物療法に並行して患者に対する心理社会的治療の必要性を説いている4)

 米国では,「精神科薬物療法管理アプローチ(Medication Management Approaches in Psychiatry,以下MedMAP)」という効果的な管理モデルが提示され,普及がすすめられている。現在我々は,MedMAPの普及が日本の多剤併用療法の改善の一助となると考え,導入を計画している。以下にその概要を紹介する。

私のカルテから

脳腫瘍治療後の精神病性障害にperospironeが奏効した1例

著者: 藤川美登里 ,   都甲崇 ,   小野瀬雅也 ,   長治裕子 ,   菅野洋 ,   平安良雄

ページ範囲:P.317 - P.319

はじめに

 第2世代抗精神病薬はすでに統合失調症の薬物療法の主流になりつつあり,近年その効果は統合失調症以外の疾患に対しても報告されている4,6)。しかし,それぞれの抗精神病薬の違いは副作用の観点から述べられることが多く,病態による効果の違いははっきりしていない。今回我々は,haloperidol,olanzapine,risperidoneによって改善のみられなかった器質性精神障害に対してperospironeが奏効した1例を経験したので報告する。なお,器質性精神障害における幻覚妄想状態の治療目的のために抗精神病薬を適応外使用することについて,事前に患者・家族に説明を行い,同意を得た。

「精神医学」への手紙

認知症患者のデイケア・プログラムにおけるアニマルセラピー(動物介在活動)導入の試み

著者: 岩橋和彦

ページ範囲:P.322 - P.323

はじめに

 動物とふれあうことによって患者の情動的なリラクゼーション効果を引き出す治療法(アニマルセラピー)は,1960年代にアメリカ合衆国の心理学者Levinsonがペットアニマル(コンパニオン・アニマル)をコ・セラピストとして情緒障害者に適用したことに端を発している。以来この療法は動物を介在することから,動物介在活動(animal assisted activity;AAA)または動物介在療法(animal assisted therapy;AAT)と呼ばれた。アニマルセラピーは患者が生活場面や治療場面で動物と触れ合うことで心を癒し(リラックス効果),自閉症状に対しては,閉ざした心を開いたり対人接触において改善効果があるという報告がある1,2)

 前回,このアニマルセラピーの精神科の病棟内への導入として,患者の拒否反応が少なく,かつ人畜共通感染症の危険性も低いペットタイプのロボットのAIBO(SONY製)を用いて,定期的(隔週─個々に約30分間)に半年間行い,その前後で患者の症状について主治医や看護師が評価し,その結果,慢性期の統合失調症の入院患者において,AIBOとの定期的な触れ合いによって,PANSS(positive and negative syndrome scale)を用いた評価で,陰性症状のいくつかの改善がみられた症例を短報で報告した1)

 精神科におけるデイケアの主な目的は,統合失調症においては,コミュニケーション能力の向上を図り,就学や社会復帰の援助を行うといった,社会的ひきこもりからの脱却と社会復帰のためのリハビリテーション,ノーマライゼーションであるが,認知症にとっては,まずは安住の地,快適な居場所を提供することが重要と考える。

 今回我々は,認知症患者のデイケアプログラムとして,犬と猫(小動物)を用いたAAAを施行し,患者や家族への効果について考察を行ったのでここに報告し,今後のアニマルセラピーの推進のための一助としたい。

動き

「第29回日本精神病理・精神療法学会」印象記

著者: 佐藤寛

ページ範囲:P.324 - P.325

 日本精神病理・精神療法学会第29回大会は,大阪大学健康体育部カウンセリング部教授の井上洋一会長のもと,2006年10月5日(木)~10月6日(金)の2日間にわたり,大阪大学吹田キャンパス・コンベンションホールで開催された。印象記執筆という身に余るお話に躊躇しつつも,本学会への私自身の思いなども含めてつづる機会をいただけたものと喜び謹んでお受けした。

 個人的なことになるが,大阪大学は私の母校である。当時医学部は中ノ島にあったが,一部の授業やクラブ活動などは吹田キャンパスで行われていた。研修後は単科精神病院や総合病院での精神科臨床の道に携わりつつ,吹田に移転された研究室を週1日訪れて思春期の臨床や勉強会に参加し,井上洋一先生,山本晃先生,水田一郎先生をはじめ諸先生の指導を受けた。学会事務局が大阪大学におかれていたこともあり大会に参加するようになったが,最初は演題の内容が難しくてほとんど理解できなかった。ただ,著作で知った有名な先生の多くを実際に目にすることができ,会場で交わされる他でみられない活発な議論に興味を覚えた。卒後10年目くらいから,先輩方の指導のもと少しずつ発表をするようにもなった。

「第47回日本児童青年精神医学会」印象記

著者: 山家均 ,   沖田憲一

ページ範囲:P.326 - P.327

 第47回日本児童青年精神医学会は,2006年10月18~20日の3日間にわたり,齊藤万比古会長(国立精神・神経センター国府台病院)のもと,幕張メッセ国際会議場にて開催された。本学会総会が幕張で開催されることは初めてのことであり,東京からのアクセスも便利であるので,全国から1,000名を超える学会員が集まることができた。

 斎藤万比古会長のもとで,国立国府台病院のスタッフと関係者を中心とした実行委員会の方々には,実にきめ細かな準備をしていただいた。

「第12回多文化間精神医学会ワークショップ」印象記

著者: 桂川修一

ページ範囲:P.328 - P.329

 第12回多文化間精神医学会ワークショップが,2006年9月16日午後1時より,榎本稔会長((医)榎本クリニック理事長・院長)のもと,ホテルメトロポリタン池袋4階桜の間で開催された。当日は天候にも恵まれ,学会誌のみならず新聞などのメディアを通じて広報されていたせいか,会場には学会正会員の参加をしのぐ一般参加が多数あり,会場は約300名の人々でにぎわった。本ワークショップのテーマは「笑いと文化」であった。榎本会長のあいさつでは,21世紀を迎えた現在も世界では文化間の衝突や紛争の火種は絶えることはなく,日本においてもその煙霞を見ることは容易なままである。そのような社会背景をもとに多文化接触場面での誤解やフラストレーションを生む文化の違いを「笑い」というコミュニケーションを用いることで解決を図ろうとのことだった。ワークショップは2部構成で,第1部は研究者によるリレートーク,第2部は専門家によるフリートークとなっており,休憩を挟んで講演者同士によるてい談を行うというきわめてユニークな内容となった。

 第1部のリレートークは,小田島雄志氏(東京芸術劇場館長 東京大学名誉教授)による「シェイクスピアにみる笑い」というテーマから始まった。氏の長年にわたるシェイクスピア研究から,数多ある戯曲から主要登場人物の語りを引用し,時代背景に照らしてそれぞれの人物像と物語に占める笑いの意味を解説した。紹介された登場人物はシェイクスピアの作品でも私たちに馴染み深い名前ばかりであったが,古典にみる彼らの笑いの意味するところを改めて知り新鮮な体験となった。

書評

―金澤一郎,北原光夫,山口徹,他総編集―内科学

著者: 井村裕夫

ページ範囲:P.330 - P.330

進化する内科学。進化する教科書

 「教科書も進化する」というのが,医学書院の新刊,『内科学I・II』を手に取った時の第一印象であった。図表を数多く入れて理解を助けていること,系統ごとに「理解のために」という項を設けて,基礎研究の進歩,患者へのアプローチ,症候論,疫学,検査法などをまとめていること,疾患ごとの記載でも疫学を重視し,新しい試みを導入していること,などであろう。膨大な内科学の情報を,2巻に凝縮した編集の努力も,大変なものであったと推測される。その意味で,新しい内科学教科書の1つの型を作り上げたと言えよう。

 序文にもあるように,内科学は医学の王道であると言ってもよい。病気を正確に把握し,できるだけ患者に負担をかけない,侵襲の少ない方法で治療するのが,医学の究極の目標だからである。この目標を達成するためには,基礎研究の成果を活用することが不可欠である。内科学こそは臨床医学の中でも最も生命科学に基礎を置いた分野であり,その理解なしに診療にあたることは困難である。本書ではそのような配慮が十分になされていると言える。

―髙橋三郎,染矢俊幸,塩入俊樹訳―DSM-IV-TRケースブック【治療編】

著者: 大森哲郎

ページ範囲:P.331 - P.331

DSM-IV-TRのイメージを具体的に理解するための書

 経過を聞き,所見を取り,診断を立て,治療方針を考える,この作業を我々は日々行っている。本書では,精神疾患各種34症例の経過と症状が記述され,DSM-IV-TRに従って診断が鑑別され,さらに症例によってはその後の経過までもが提示されている。これによって,それだけ読んでも具体的なイメージがわきにくいDSM-IV-TRの診断基準が,実例に即して生き生きと伝わってくる。ここまでは,すでに出版されているDSM-IV-TRケースブックと同様である。

 その姉妹編である本書の眼目は実はその先にある。それぞれの症例について,その疾患の名だたる専門家が,一般的な治療指針にとどまらず,自分ならどのように治療するかをかなり踏み込んで率直に語っているのである。あまりに操作的であるがゆえに,研究目的の診断確定には有用でも実際の臨床には不向きと思われがちなDSMシステムであるが,そんなことはないことが臨場感を持って納得できる。むしろ,現在の代表的な治療法がDSM診断体系に基づいて研究されているからには,この診断体系との照合なしに,治療を論じることはできないのである。本書は34症例の見事な臨床検討記録となっている。

―広沢正孝著―統合失調症を理解する―彼らの生きる世界と精神科リハビリテーション

著者: 加藤敏

ページ範囲:P.332 - P.332

臨床経験に根ざして行動特性を周致に論じた者

 今日,統合失調症の病態をめぐり分子生物学,神経心理学,脳画像などさまざまな最新のアプローチにより多くの生物学的知見が出されている。しかし残念ながら,統合失調症の病因を特定し,確定診断に資するような決定的な知見は得られていない。遺伝子レベルの病因についていうと,大方の一致をみているのは,統合失調症は単一遺伝子病ではなく,多数の遺伝子によって重層決定される多遺伝子病(polygenicdisease)だということである。

 ごく最近のヒトゲノムの解析研究の最前線からは,健常者におけるDNAの構造的変異が(せいぜい1%という)当初の見込みとは裏腹に,かなりの程度にみられるという「人間の多様性に関する驚くべき結論」(Nature vol.435,2005)が出され,もはやヒトゲノムの標準版はないと明言する学者もいる。この知見は統合失調症の病因を特定の遺伝子異常に帰すことの限界を示唆する。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.336 - P.336

 かつて恩師から「分裂病と感情病との間で生物学的に本質的な差異が見出されるかどうか,あるとすればそれは何かを究めること」を指示され,「それがわかると,全く新しい段階に入ることになる」と励まされました。生物学的に本質的な差異を明らかにするためのアプローチの一つである「統合失調症と感情障害の補助診断法」が今月号の特集として取り上げられたことは感慨深く,最も活発に活動している研究者の方々に執筆していただくことができたことに本当に感謝しております。ここで紹介されている研究データに馴染みがなく,取っ付きにくい印象を持たれる読者の方々にも,アイカメラによる探索眼球運動時の注視点の解析や語流暢性課題時の近赤外線スペクトロスコピーによる酸素化ヘモグロビンの反応パターンの解析により,統合失調症と感情障害とが高率に判別可能となりつつある現状はご承知いただけるのではないかと考えておりますし,これらが臨床経験に基づいて解析機器を開発・改良してきた,日本のオリジナルな研究であることも知っていただきたいと思っております。

 しかし,実際の臨床での診断や経過判定は,専ら面接による症状評価によって行われており,まだこの特集で明らかにされつつある種々の生物学的所見を利用するところまではいっておりません。そこで,生物学的指標に基づいた診断法や経過判定法に関するエビデンスを多施設において集積していくことが次の段階であり,そのためにはMRIなどの機種間の相違を乗り越えて解析できる方法を検討し,異なる機器でのデータを比較できるようなソフトの開発を目指す必要があります。また,臨床検査としては脳波しか認められていない現状を打破して,生物学的検査法の精神疾患への保険適応を目指すことも必要であると思います。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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