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特集 統合失調症と感情障害の補助診断法の最近の進歩
統合失調症とうつ病におけるプレパルスインヒビションと関連指標:予備的報告
著者: 功刀浩1 柳沢洋美12 田中美穂123 岡本洋平12 堀弘明1 橋本亮太145 中林哲夫6 岡本長久6 大森まゆ6 沢村香苗67 斎藤治6 樋口輝彦6 廣中直行28
所属機関: 1国立精神・神経センター神経研究所 疾病研究第三部 2専修大学文学部心理学科 3現・帝京大学文学部心理学科 4現・大阪大学大学院医学系研究科附属子どものこころの分子統御機構研究センター 5現・大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室 6国立精神・神経センター武蔵病院 7現・医療経済研究機構 8科学技術振興機構 下條潜在脳機能プロジェクト
ページ範囲:P.253 - P.260
文献購入ページに移動プレパルスインヒビション(PPI)とは,突然の強い感覚刺激(パルス)によって引き起こされる驚愕反応が,先行する弱い感覚刺激(プレパルス)によって抑制される現象である。先行するプレパルスが感覚入力の入口,すなわち“ゲート”を閉めることによって,パルスを強い刺激として認識しなくなることによると考えられている。したがって,PPIの低下は,「感覚運動ゲイティングsensorimotor gating」や「感覚のフィルター機構」の障害と言われる。この機能が障害されると,余計な感覚刺激を排除して特定の感覚に注意を向けるといった,普段我々が無意識に行っている情報処理が障害され,「感覚情報の洪水sensory flooding」となり,その結果,「認知の断片化cognitive fragmentation」が生じるとされる。1978年のBraffら3)による報告以来,統合失調症患者においてPPIが低下していることは多数の研究によって支持されており,統合失調症の情報処理障害の指標として注目されている。また,統合失調症を発症していない者であっても,統合失調症患者の生物学的親族や統合失調症型パーソナリティ障害を持つ者ではPPIが低いという報告があり4),PPIは統合失調症のエンドフェノタイプ(中間表現型),あるいはハイリスク者の指標としても注目されている。統合失調症患者では感覚刺激,特に音に対して過敏な者が多いことや,うるさい人混みで過ごすことが苦手であることなどは,日常臨床でよく経験する。また,「まわりの音が全部耳に入ってくる」,「いろいろなことに気が取られて一つのことに集中できない」などの訴えが多いことも古くから知られている10)。外的な刺激だけでなく,内的な刺激に対しても情報処理障害があるとすれば,会話の脱線や連合弛緩などの症状とも関係があるかもしれない。
統合失調症などの精神疾患における情報処理障害をみる検査にはいくつかあるが,PPIには以下のような利点がある。第一に,マウスやラットなどの実験動物でも同じパラダイムで施行することができ,分子生物学的解析が可能である。第二に,電極は眼輪筋2点と乳様突起部の3点に装着すれば済み,シールドルームなどの特別な部屋も必要もなく,検査は通常30分以内に終了するなど,非常に簡便である。静かな部屋さえあれば,クリニックなどにおいても施行可能である。第三に,何らかの課題を遂行させたときの脳の活動をみるのではなく,単純な驚愕反射をみるため,被験者の課題達成能力に影響されない。第四に,世界各国に浸透しつつある検査である点も挙げられる。
このような背景もあり,我々は,日本においても統合失調症を中心とした精神疾患の診断や病態解明研究におけるPPIの有用性について検討することは非常に有意義であると考え,げっ歯類のPPIとヒトのPPIの両者について検討を行っている。今回,本特集号において,統合失調症や感情障害におけるPPIによる診断法の開発の進捗状況に関して報告するように依頼を受けた。我々はヒトを対象とした研究においては,これまでに400名近い被験者に対して検査を行ってきており,世界的にも最大級のデータベースを構築してきた。現在は第1サンプル(後述)に関する論文を英文誌に投稿している段階であり,第2,第3サンプルについては順次,詳細な解析を加えて本論文とは別に発表していく予定である。本論文は,PPIについて日本の研究者・臨床家に広く紹介することを趣旨として,これまでの全サンプルについて予備的解析を試みた結果に基づく報告である。
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