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雑誌目次

雑誌文献

精神医学49巻4号

2007年04月発行

雑誌目次

巻頭言

これからの精神医学に期待すること

著者: 三辺義雄

ページ範囲:P.340 - P.341

 私は昨年11月に就任したばかりの新米教授です。しかし1978年より精神科医をしていますので、あと2年でちょうど精神科医になって30年になります。まだまだ多くの先輩方が現役で活躍しておられますが,“精神科医が1人前になるには最低20年は必要”と言われますので(私も全く同感です!),未熟ながら精神科医としてベテランの域に入って来たかな?と思っております。思えば私が大学を卒業した頃からみると,精神医学も大きな変貌を遂げております。特にサイエンスとして他の分野に遅れを取っていた精神医学が,21世紀に入り俄然最も注目される分野になってきました。その主たる要因は脳画像学や分子生物学の驚異的な進歩により,精神医学の“脳神経科学”としての位置づけが明確になってきたことにあると思います。私が最近学生や研修医の皆さんに,“これからの精神医学は脳内科であると認識していただいて結構です。精神医学は特別な領域ではありません”と自信を持って言える根拠はここにあります(実際金沢大学においても,大学院において精神医学は神経科学分野に入っております)。さて,この機会に私が精神医学に“特に期待すること”を3項目書かせていただき,同時に,僭越ながら私自身の今後の目標としたいと思います。

展望

早期精神病の早期介入に向けた新たなアプローチ―アットリスク精神状態/前駆期を中心に

著者: 松本和紀

ページ範囲:P.342 - P.353

はじめに

 一般の医学分野と同様に精神医学においても予防医学的観点から早期介入を実施する重要性が説かれているが37,47),統合失調症をはじめとした精神病性障害に対して,初回精神病エピソードの前後を挟んだ時期を早期精神病という枠組みでとらえ,これに適切な早期介入を行うことでその予後を改善しようという試みが国際的な広がりを見せている。

 国際早期精神病協会(International Early Psychosis Association)のガイドラインによると27),早期精神病は,前精神病期(prepsychotic period),初回精神病エピソード(first episode of psychosis),回復/臨界期(recovery and the critical period)の3つの時期から構成されている。前精神病期はさらに病前期と前駆期に分けられ,回復/臨界期は,初回エピソード後6~18か月の回復期と発症後の5年間の臨界期に分けられている。この発症前後の数年間は,精神病エピソードを経験した若者の人生にとって心理社会的にも重要な時期であり,この脆弱な時期に起こり得る生物,心理,社会的悪化を防ぐための早期介入の重要性が訴えられている6,7)

 オーストラリア・メルボルンの早期精神病予防・介入センター(Early Psychosis Prevention and Intervention Centre;EPPIC)に設立された個人アセスメントおよび危機評価(Personal Assessment and Crisis Evaluation;PACE)クリニックでは,前駆期を標的とした新たな早期介入アプローチが開発され,1990年代半ばから精神病性障害に発展するリスクの高い人々に対する先駆的な臨床サービスと研究調査を行っている16,62)。後述するように,PACEクリニックでのアプローチはその後実証的に検討され,国際早期精神病協会のガイドライン27)に採り入れられるなど広く受け入れられており,現在の早期精神病に対するアプローチの牽引力となっている16)。この概念に基づいた精神病発症リスク群に対する取り組みや研究は,現在世界各国で盛んに行われ活発な議論が行われているが,これに対応した活動は本邦においてはまだ散見されるのみで,十分な紹介や議論がなされていないのが現状と思われる。そこで本論では,早期精神病の前駆期に対する新たな早期介入アプローチについての紹介と展望を行い,今後の議論と実践の足がかりにしたいと考える注1)

研究と報告

未治療統合失調症におけるペロスピロンの作用―P300を指標にしての2年間の経過

著者: 松岡稔昌 ,   森田喜一郎 ,   西浦佐知子 ,   森圭一郎 ,   倉掛交次 ,   平井聡 ,   小路純央 ,   土井亮 ,   前田久雄

ページ範囲:P.355 - P.360

抄録

 事象関連電位のP300成分を生理学的指標として未治療統合失調症者(9名)を対象に,ペロスピロンの作用を検討した。「泣き」または「笑い」を目的刺激として初診時(未治療時)3か月後,6か月後,1年後,2年後に視覚誘発事象関連電位を測定した。P300振幅は,「泣き」条件では,3か月後に有意に増大し2年後も持続した。しかし,「笑い」条件では有意差はなかった。未治療期では表情間の有意差はなかったが,服薬3か月後より有意差(泣き>笑い)が観察された。P300・P200振幅と陰性症状尺度に有意な相関が観察された。以上より,統合失調症者でペロスピロン服用によりP300が反映する認知機能を改善することが示唆された。

認知機能障害を主症状とし,診断に拡散強調画像が有用であった左内包膝部梗塞の1例

著者: 矢野智宣 ,   小野陽一 ,   寺田整司 ,   黒田重利

ページ範囲:P.361 - P.366

抄録

 麻痺を伴わずに見当識障害,健忘,脱抑制などの症状を認めた72歳男性の左内包膝部梗塞の1例を報告した。診断には拡散強調画像(diffusion weighted imaging:DWI)が有用であり,本例におけるDWIのhigh intensity(HI)はT2 shine through効果によるものと考えられた。本例はこれまでの内包膝部梗塞の報告例に比べると,脱抑制が目立ったが,SPECTではeZIS(easy Z score imaging system)解析によりDWIでのHIと同側の前頭葉底部に強い血流低下を認めた。

右側頭・頭頂葉出血後,嫉妬妄想が出現した1例

著者: 船山道隆 ,   濱田秀伯 ,   加藤元一郎 ,   前田貴記 ,   水野雅文

ページ範囲:P.369 - P.376

抄録

 脳血管障害後に妄想が出現することは従来から報告されている。しかし,その関連が詳細に検討されたことは少ない。我々は,右側頭・頭頂葉出血後に,短期間で嫉妬妄想が体系化した1症例を報告した。本症例の嫉妬妄想の形成にはさまざまな要因が考えられたが,脳出血にて生じた相貌失認,視空間障害,視覚性記憶障害などの高次脳機能障害が妄想形成の一つの要因になった可能性を指摘した。また,脳血管障害の中でも特に右半球損傷が妄想形成の背景となり得る可能性を指摘した。

運動依存についての探索的研究

著者: 西泰信 ,   岩井圭司

ページ範囲:P.377 - P.384

抄録

 欧米の精神医学の分野では,運動依存という様態についての議論がなされている。本論文では,Vealeによって体系化されてきた運動依存の概念を中核に据え,わが国における運動依存の存在について把握することを試みた。一般の運動実施者73名を対象に,Exercise Dependence Interviewを参考にした半構造化面接を行い,その内容を運動依存の診断基準に基づいて評価した結果,一次性および二次性運動依存の診断基準を満たす者は認められなかった。一方で,精神的健康に問題は認められないものの,4名が準臨床的な運動依存と評価された。今後は,嗜癖行動の連続性も考慮しながら,運動依存の存在について慎重に検証していく必要がある。

短期入院を経てグループホーム導入を行った意味性認知症の1例

著者: 樫林哲雄 ,   小森憲治郎 ,   鉾石和彦 ,   福原竜治 ,   蓮井康弘 ,   豊田泰孝 ,   池田学 ,   田邉敬貴

ページ範囲:P.385 - P.391

抄録

 進行期の意味性認知症(SD)例の呈する行動異常は在宅介護上の大きな障害となる。今回重度の喚語困難と語義理解障害を呈し,言語的コミュニケーションが困難な進行期のSD例に対し,短期入院を利用した行動療法的介入により症状の軽減を試みた。本例ではコミュニケーション能力の低下に加え,不潔行為や誤った服薬が習慣化し,高齢の母親の介護負担を増大させていた。SDを含む前頭側頭葉変性症に対しては,その症状である被影響性の亢進や常同行動を利用して行動の修正をはかるルーティーン化療法が知られている。進行期のSD例における短期入院を利用したルーティーン化療法の有用性について考察する。

体液モノアミン動態に異常所見を示した悪性緊張病の1例―悪性症候群の所見との比較

著者: 西嶋康一 ,   高野謙二

ページ範囲:P.393 - P.399

抄録

 筆者は,悪性緊張病と考えられる1例の患者を経験し,病相期に尿中,髄液中のモノアミン値とその代謝産物の測定を行った。臨床症状が類似し,病因に関してその異同が問題となっている悪性症候群7例の結果と比較した。その結果,髄液のドパミンの主要な代謝物であるホモバニリン酸は,悪性緊張病と悪性症候群はともに低値を示し,両疾患では共通して中枢のドパミン機能の低下状態が存在することがうかがわれた。一方,尿中のカテコルアミン値は両疾患で共に高値を示したのに対して,髄液中のノルアドレナリン値は悪性症候群では高値を示したが,悪性緊張病では正常範囲にあった。この所見からは,悪性緊張病と悪性症候群は末梢の交感神経系は共通して亢進しており,両疾患で認められる多彩な自律神経症状の発現と関係していることが考えられた。一方,中枢のノルアドレナリン神経系では,両疾患は異なる病態生理が存在する可能性が示唆された。

短報

抗GluRε2抗体陽性の成人発症hemiconvulsion-hemiplegia-epilepsy syndromeの1例

著者: 小野陽一 ,   藤川顕吾 ,   高橋幸利 ,   大谷恭平 ,   宮田信司 ,   寺田整司 ,   黒田重利

ページ範囲:P.401 - P.405

はじめに

 乳児期から小児期にかけて片側性けいれん重積の後に片麻痺,片側性の脳萎縮,てんかんを来す疾患として,Gastautら4)はhemiconvulsion-hemiplegia-epilepsy syndrome(HHES)という症候群を唱えた。今回我々は,全身けいれん重積状態が約1時間続いた後,片麻痺,片側性の脳萎縮,部分てんかんを来し,HHESとほぼ同じ臨床経過をたどった成人の1例を経験した。本例は基礎疾患として統合失調症が存在し,また血清抗GluRε2抗体が陽性であった。成人例の報告はこれまでになく,文献的考察とともに報告する。

抑肝散により偽アルドステロン症を生じたアルツハイマー病の1症例

著者: 熊谷亮 ,   松本紘平 ,   多田祐子 ,   松宮美智子 ,   白岩恭一 ,   宮川晃一 ,   一宮洋介

ページ範囲:P.407 - P.410

はじめに

 アルツハイマー病は記銘力低下や失見当識といった中核症状のほか,精神症状・行動障害などの辺縁症状を呈する。これらの辺縁症状はBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia(BPSD)として取り扱われるようになり,介護する際の問題・負担に大きな影響を与える要因として注目されるようになった3)。これらBPSDの治療には,非定型抗精神病薬や選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)などが用いられているが,患者の加齢に伴う薬物代謝能力の低下もあり,副作用や有害事象の出現が新たな問題となって生じやすい。そのような中で,漢方薬の抑肝散がBPSDの新たな治療薬として注目されている5)

 今回我々は,BPSDに対する薬物療法として抑肝散を内服していたところ,著しい低カリウム血症を呈したアルツハイマー病の症例を経験したので,考察を加えながら報告する。

 なお,症例のプライバシー保護のため,記載にあたっては若干の改変を行っている。

診断が困難であった肺血栓塞栓症の再発により急死した統合失調症の1例

著者: 阿部正人 ,   中川正康 ,   水俣健一

ページ範囲:P.413 - P.416

はじめに

 肺血栓塞栓症はこれまで,本邦では比較的稀な疾患とされていたが,近年,その頻度が増加しているといわれている。欧米での発生頻度は,人口10万人当たり60~70人で,死亡率が6~15%であると報告されている1)。本邦での発生頻度は,2004年において人口100万人当たり32.2人であり12),2001年の死亡者数は人口10万人当たり1.37人であった6)。精神科病院における肺血栓塞栓症の発生頻度については,小林5)による,総合病院精神科(40床,平均在院日数約50日)において9年間で6例発生したとの報告がある。肺血栓塞栓症は,「突然死」などの致死的な経過をとることがあり,剖検によって診断されるが,剖検されないために正確な診断がなされない症例も多い。そのため,現時点では,まだ,肺血栓塞栓症について,その全体像がつかみきれておらず,診断上困難な症例が多いと思われる。これまで精神科における突然死には肺血栓塞栓症が少なからず含まれている可能性が示唆されてきた11)。一方で,発症した際の致死率が高いことから予防の重要性も指摘されており,2006年4月には精神科関連学会としてはじめて,日本総合病院精神医学会より,「静脈血栓塞栓症予防指針」10)が作成されている。

 今回我々は,肺血栓塞栓症が疑われ他院より搬送されたが,診察時,症状が軽快し,検査の結果などからそれが否定され,入院3日後に急死した統合失調症の1例を経験した。そして,その後の剖検の結果,肺血栓塞栓症による死亡と判明した。本症例は,肺血栓塞栓症の診断および予防を考えるうえで示唆に富む症例と思われたのでここに報告する。

抑肝散の投与で幻視が消失したレビー小体病の3症例

著者: 古屋智英 ,   國重和彦 ,   堀口淳

ページ範囲:P.417 - P.420

はじめに

 最近,認知症の幻覚や興奮・攻撃性,あるいは焦燥感・被刺激性や異常行動などのBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)に対する抑肝散の効果が注目されている4)。また,DLB(dementia with Lewy bodies)やPD(Parkinson's disease)の薬物治療中にもしばしば幻視などの幻覚やせん妄が出現し3),患者のQOLが著しく低下する場合が多い。これらの幻覚やせん妄に対しては従来から抗精神病薬が投与される場合が多いが,しばしば抗精神病薬誘発性のパーキンソン症状が出現し,転倒事故や元来の身体症状の悪化などが問題になる。今回我々は抗精神病薬の投与で幻視を中心とした幻覚は軽快するものの,薬剤性パーキンソニズムが重畳するために,身体症状のコントロールに難渋したDLBとPDおよびPDD(Parkinson's disease with Dementia)の3症例を治療する機会を得た。この3症例とも抑肝散の投与により,薬剤性パーキンソニズムが重畳することなく幻視などの幻覚がほぼ消失した。そこでこの3症例の治療経過を報告し,抑肝散の臨床的意義について若干の考察を加える。なお,抑肝散の投与については,期待される効果や有害事象について,本人および家族に説明し同意を得て実施した。

低栄養状態を来し緊急を要した脳血管性うつ病に対しmethylphenidateが有効であった2症例

著者: 萬谷昭夫 ,   藤川徳美 ,   大森信忠

ページ範囲:P.421 - P.424

はじめに

 CT,MRIの導入により脳梗塞を基盤として発症する老年期うつ病が明らかとなり,1997年に脳血管性うつ病(vascular depression;VD)2,7)と呼ぶことが提唱された。VDは内因性うつ病患者と比較すると寛解退院率が低く,抗うつ薬によるせん妄,パーキンソニズムなどの副作用が多いことも明らかになり,重症例では抑うつ気分,意欲低下とともに,食事摂取ができず体重減少や脱水を来して死に至るケースもあり,内因性うつ病よりも治療抵抗性を示すものが多い3)

 Methylphenidate(MPD)は半減期が2~3時間で即効性があるドーパミンアゴニストで,本邦で遷延性うつ病に効能が認められている。しかし習慣性があり薬物乱用につながること,幻覚妄想などの精神症状の副作用から,うつ病に対して安易に使用すべきではない薬物である4,9,10)

 今回我々はMPDが有効であった高齢者のVDの2例を経験した。抗うつ効果は即効性があり,高齢者では濫用の危険が少ないため,食欲低下から低栄養状態,脱水症状を来し生命に危険があるVDに対しては,緊急に行うべき有用な治療法の一つであると考えられたので報告する。

昏迷様の意識障害と失語を呈したReversible Posterior Leukoencephalopathy Syndromeの1例

著者: 古市厚志 ,   吉本博昭 ,   長谷川雄介 ,   岡本猛 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.425 - P.428

はじめに

 Reversible posterior leukoencephalopathy syndrome(RPLS)は,1996年にHincheyら4)が提唱した概念であり,頭痛,意識障害,けいれん,視覚異常などを主症状とし,画像上は後頭部白質を中心に脳浮腫の所見を認めるものである。その病態は血管原性の浮腫であると考えられており9,10),基礎疾患として高血圧や子癇,免疫抑制剤の使用が重要視されている4)。悪性高血圧のような顕著な高血圧があり同様の徴候・経過を示すものは,以前から高血圧性脳症12)としてとらえられていた。Hincheyらの報告以降,RPLSは比較的軽度の高血圧でも起こり得ることやさまざまな内科的疾患,薬物使用と関連していることが知られるようになった。RPLSは神経内科の領域では浸透しつつある概念であるが,精神科領域においてはほとんど知られていない。今回我々は,昏迷様の意識障害と失語を呈したRPLSと考えられる1例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

パルス波電気けいれん療法におけるpropofol濃度とけいれん時間

著者: 今宿康彦 ,   千田真典 ,   松原桃代 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.429 - P.431

はじめに

 電気けいれん療法(electroconvulsive therapy;ECT)は,うつ病をはじめ,さまざまな疾患で有効性が報告されている1)。さらにパルス波治療器が認可され,従来型サイン波治療器と比較して,少ないエネルギーで有効な発作が得られ,認知機能障害などの副作用も少ないと言われている16)。また全身麻酔下で筋弛緩薬を用いた修正型電気けいれん療法(modified ECT;m-ECT)が推奨され,ECTの安全性は向上した10)。しかしその一方でサイン波治療器と比較して,パルス波では出力が低いことが指摘され5),また全身麻酔薬は一般に抗けいれん作用を有するため,出力の弱いパルス波治療器では麻酔薬による影響を受けやすいと考えられる。

 ECTに用いられる麻酔薬は,欧米ではけいれん閾値を変化させないmethohexitalが用いられているが,本邦では未発売であり,以前より超短時間作用性バルビツレートであるthiopentalや静脈麻酔薬propofolが用いられてきた14)。propofolは代謝,覚醒が速やかで,刺激に対する血圧上昇を抑え,制吐作用も有する静脈麻酔薬である2,3,10,17)。しかし濃度依存性にけいれん閾値を上昇させるため,投与量によりけいれん発作が抑制される可能性がある。

 近年,propofol麻酔において,コンピュータシュミレーションにより血中濃度や効果部位濃度を予測し,持続投与を行うtarget controlled infusion(TCI)が臨床で用いられている12)。具体的には年齢,体重,目標濃度をシリンジポンプに入力するだけで使用できる。このTCIを用いたpropofol麻酔によるECTに関しては竹内らがサイン波ECTで発作持続時間の予測を報告しており,目標濃度を1.0~1.7μg/mlの範囲で行うことを推奨している15)。我々もこれを参考にパルス波ECTに応用したが,パルス波ECTでのTCIを用いた報告はない。

 当院では2005年よりパルス波ECTを開始したが,このTCIを用いた麻酔深度予測を麻酔科の協力のもと行った。ECTにおいて当初,目標血中濃度として1.5μg/mlの状態で刺激を行っていたが,若干血圧上昇がみられる症例も認めたため,2006年4月からは2μg/mlに濃度を上げて行った。そこで今回,TCIを用いたpropofolの目標血中濃度において1.5μg/mlと2μg/mlという麻酔深度の違いで,パルス波ECTを行った場合の脳波による発作波時間に違いがみられるかを後方視的に検討した。

私のカルテから

精神症状発現と脳波異常が確認された時期との間に時間的な乖離が認められた脳髄膜炎の1例

著者: 大島智弘 ,   加藤悦史 ,   千田真典 ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.433 - P.435

はじめに

 神経系の急性感染症は,発熱や髄膜刺激症状にけいれんなどの脳症状を伴い救急外来や内科を訪れることが多い。しかし,発症時に精神症状を呈し精神科を受診する場合,統合失調症や不安障害といった精神疾患と誤診される可能性もある4)。診断のためには髄液検査が重要であるが,髄膜炎を合併していないときには髄液所見が正常のこともある3)。したがって,初期診断は臨床症状と各種検査を総合して行うことが重要となる。ところで,脳波検査は容易に行うことができることから脳炎の初期診断に重要な検査の一つである。一般に初期から徐波化を主体とする脳波異常が出現するといわれている5)が,今回我々は精神症状発現と脳波異常が確認された時期との間に時間的な乖離が認められた脳髄膜炎の1例を経験したので報告する。

「精神医学」への手紙

123I-MIBG心筋シンチグラフィにおける薬物の影響

著者: 山下幸記 ,   宮田信司 ,   寺田整司 ,   黒田重利 ,   田岡秀樹 ,   野村晃

ページ範囲:P.437 - P.437

 近年,Lewy小体病において,123I-meta-iodobenzylguanidine(MIBG)心筋シンチグラフィ検査(MIBGシンチ)で,心筋へのMIBG取り込み低下が特異的に認められることが報告され,MIBGシンチがLewy小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)と他の認知症性疾患との鑑別に役立つことが明らかとなった2)。ただ,MIBGシンチは内服薬剤の影響も受けやすい検査であり,注意が必要である。今回,我々はmodified electroconvulsive therapy(m-ECT)を目的として入院した80歳女性で興味深い検査結果を経験したので報告する。

 患者は抑うつ,自発性低下を示し,うつ病と診断され入院した。入院時の神経学的診察で寡動,筋固縮も認められ,Parkinson病(Parkinson's disease;PD)あるいはDLBも疑われたため,入院10日目にMIBGシンチを施行した。その結果,心臓/縦隔比(H/M比)はearly stage 1.85,late stage 1.42と異常低下が強く示唆された。ただ同時期に,抗うつ薬としてmianserin hydrochloride60mg/日,milnacipran hydrochloride150mg/日,降圧薬としてamlodipine besilate2.5mg/日を内服中であり,薬剤の影響も疑われたため,これらを中止した後,入院62日目に再検査したところ,early stage 2.29,late stage 1.87とほぼ正常値に回復した。

動き

「第11回日本神経精神医学会」印象記

著者: 鉾石和彦

ページ範囲:P.438 - P.439

 秋晴れのもと,第11回日本神経精神医学会は兵庫医科大学精神科神経科学講座の守田嘉男教授を会長として2006年11月9,10日の両日,神戸のホテルオークラ神戸で開催された。

 第7回の本会では神経内科からも評議員を迎え,神経内科医の参加を促進する決定がされ,第10回の本会では,会則の変更があり,第2条は「本会は脳・神経疾患における精神症状ないし神経行動障害に関しての研究を推進し,わが国における神経精神医学の発展を図ることを目的とする」と改められた。すなわち小阪憲司前理事長の提唱される「精神医学と神経学との再統合を図ること」を改めて強調し,確認している。

書評

―臺弘―精神医学の思想(改訂第三版)―医療の方法を求めて

著者: 笠原嘉

ページ範囲:P.440 - P.440

 本書の前半は,これから精神医学に入っていく人の心に沿って平易に順序よく述べられている。「探求の方法論に重点を置き,学と名のつかないところから出発して,次々に問題を追う形をとり,学問を実践する思想のあり方を現したい」(1972の初版)。副題の「医療の方法を求めて」の意味である。

 後半は少し精神科の経験を積んだ医師がその経験を整理するのに格好の,しかも格調ある入門書である。たとえば,第三部には「行動科学的接近」「学習と記憶」「臨床研究としての精神生理」と魅力のある標題が並び,最後の第四部には本書の目玉「生活療法」がくる。

―酒田英夫著 山鳥重,河村満,田邉敬貴 山鳥重,彦坂興秀,河村満,田邉敬貴シリーズ編集―《神経心理学コレクション》頭頂葉

著者: 入來篤史

ページ範囲:P.441 - P.441

Yellow-Red-Blueあるいは頭頂葉の風景

 酒田英夫先生の研究の足跡は,世界の頭頂葉の研究の歴史そのものである。そして,その集大成を象徴するのが,本書最終章に掲げられた,セザンヌの『サン・ヴィクトワール山』に見る線遠近法の妙技であり,フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』に込められた陰影の魔術なのである。つまり,「頭頂葉を通してみた世界の風景」はかくあり,ということなのだと思う。どのようにしてこの境地にたどりつかれたのか,その歩みの一歩一歩に込められた想いを,希望を,信念を,本書の聞き手の山鳥重,河村満,田邊敬貴の三先生が巧みな質問で聞き出していき,酒田先生ははるか遠くに視線を投げながら,そのときどきの世界の研究現場の人間模様を回想しつつ物語っていく。

 ここには酒田英夫先生の,自然に対する畏敬の念が満ちている。真の研究者かくあるべし,という真摯な態度である。そんな中で,私の心に残ることばがある。本書にも出てくる『ニューロンに聞く』という,脳に対する謙虚な研究姿勢である。まずは仮説を立てて,神経活動を検証するための手段として用い,精密に定式化されたモデルを構築していく,という現在一般的になった神経生理学の手法とは,明確に一線を画するこの態度は,いまや「酒田学派」のスローガンといってもよいだろう。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.446 - P.446

 多くの精神医学関連雑誌への原著論文の投稿が減少している中で,本誌への投稿はひところに較べると少なくなったとはいえ,毎月一定の数を維持している。これは多くの読者ならびに編集同人の方々の本誌に対する愛着と評価によるものである。編集委員の1人として,関係の皆様に深く感謝する次第である。

 毎月行われる編集会議では,かなりの長時間に及ぶ激しい議論が展開される。せっかく投稿していただいたのだから一編でも多く採用したいと思う反面,歴史のある本誌の学問的レベルを落としたくないという思いもあり,時には厳しいコメントをつけて再投稿を依頼したり,涙を呑んで返却することもある。毎年いくつかの号では特集やオピニオンを組み,話題のテーマについてのさまざまな角度からの論究をお願いしている。ある論文についての編集会議における議論を,その論文の掲載時に付記してはどうかというアイディアもある。編集委員一同,少しでも魅力的なレベルの高い雑誌にしようと知恵を絞っている。読者の方々からの論文投稿と斬新な提案を期待している。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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