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雑誌目次

雑誌文献

精神医学49巻8号

2007年08月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科受診前の相談業務の中で思うこと―産後メンタルヘルスの場合

著者: 西園マーハ文

ページ範囲:P.784 - P.785

 ここ数年,ある地域の保健センターで,産後のメンタルヘルス援助事業にかかわっている。子育てが困難な母親の負担を軽減し,虐待を減少させるねらいで始まった事業である。産後うつ病用の質問紙を活用しながら面接を始めたところ,実に多彩な精神病理が語られることがわかった。そこで,援助と同時に研究的アプローチもとり,同意の得られる方には詳細な構造化面接を行って,症状を確認することにした。医療機関を受診する前の段階のこれらの方々と接していると,大学病院に勤務していた頃には気づかなかったさまざまな驚きと発見がある。

 まず,精神症状の面では,予想していなかった病理がある。一番驚いたのは,幼少時から,ある種の病的体験を持ちながら,ほとんど問題なく社会生活を送り,出産している方がいらっしゃることであった。ある女性は,幼少時から幻視が見えるが,それについて不安に思うことはなく,他の人には見えないことはずっと知らなかった,と語った。また,自生思考のような過去の思い返しが時々あり,気づくと何時間もたっているという女性もいた。この方も,家事が忙しい時期には時間が取られて困るが,これまで特別悩んだことはないという。自我親和性というのがキーワードで,ご本人が困っていないので,この方々が精神科を受診したことがないのは言うまでもない。発達障害の成人例と思われる場合もあるがそうでないこともあり,グレーゾーンの精神症状の世界には,案外まだ広く知られていないものが残されているのではないかとも思われる。産後の抑うつは,精神科医から見ると,元からの病理とも関連すると思われる場合もあるが,ご本人の意識の中ではあまり関連づけられていない場合も多い。地域の方々とお話していると,医療機関を受診している方々は,症状に違和感を持ち,かつ治療意欲ありという条件が揃ったかなり特殊な群だと気づかされる。

研究と報告

「復職できるうつ」と「復職が困難なうつ」

著者: 菅原誠 ,   福田達矢 ,   野津眞 ,   川関和俊

ページ範囲:P.787 - P.796

抄録

 うつ病休職者の特性と復職リハのあり方について検討する目的で,復職支援専門のデイケアでの取り組みを報告した。対象期間は開設以来の18か月間で,期間中利用開始した74例を対象とした。結果,期間内転帰55例のうち81.8%が復職した。復職困難と関連する要因として①40歳以上,②女性,③配偶者がない,④単身生活,⑤罹病期間が長い,⑥利用前休職期間が長いことが示された。本プログラムでは復職が難しかった事例について,「復職回避うつ」群,「職業適性・能力不適合」群,「不適切診断・治療」群,「病状不安定」群の4群に分けて考察した。さらに休職要因に応じたプログラムの提供が可能な,精神科医の常勤する復職リハ施設増設の必要性,デイケアの精神科医のセカンドオピニオンとしての役割の重要性,精神科医の産業精神保健分野への理解を深める必要性があることなどについても考察した。

大うつ病性障害の入院治療転帰と甲状腺機能との関連

著者: 尾鷲登志美 ,   大坪天平 ,   黒沢顕三 ,   内田充彦 ,   鳥居成夫 ,   三村將 ,   上島国利

ページ範囲:P.797 - P.803

抄録

 甲状腺機能とうつ病の間になんらかの関連があることは以前より指摘されているが,甲状腺機能がうつ病の治療転帰にいかなる影響を及ぼすかについては,一定の見解に至っていない。今回我々は,大うつ病性障害の入院患者191名を対象に,人口統計学的背景,症状,入院時の甲状腺機能,薬物療法に関し,診療録に基づいた後方視的調査を行った。その結果,年齢が甲状腺刺激ホルモン(TSH)とは有意に正の,遊離トリヨードサイロニンfT3とは有意に負の相関を示した。年齢で補正した解析より,入院時TSHは退院時Hamiltonうつ病評価尺度総得点と有意に正の相関を示し,また,治療への非反応群は反応群より入院時TSHが有意に高かった。

 以上より,入院時の甲状腺機能が治療転帰の予測因子となり得る可能性が示唆された。

修正型電気けいれん療法(mECT)が一過性に奏効した遅発緊張病の1例―Brain-derived neurotrophic factor(BDNF)およびカテコールアミン代謝産物の血中濃度からの検討

著者: 直江由衣 ,   吉村玲児 ,   岡本龍也 ,   中村純

ページ範囲:P.805 - P.810

抄録

 さまざまな薬物療法に対して治療抵抗性であり,修正型電気けいれん療法(mECT)を行ったところ症状が改善した遅発緊張病(完全型)の1例を経験した。mECT施行後症状の改善とともに,血中BDNF濃度の増加と血中HVA濃度の低下が認められた。しかし,本症例ではmECTの効果は持続せず,病像再燃を来したため,継続・維持ECTを必要とした。

精神科病院の退院促進に関連する地域における要因の分析

著者: 箱田琢磨 ,   竹島正 ,   大島巌

ページ範囲:P.813 - P.819

抄録

 精神科病院の退院促進における社会資源の影響について検討し,新たな退院促進要因を明らかにすることを目的とし,平成14(2002)年度6月30日調査に基づく全国の精神病床を有する1,627病院を解析した。その結果,医療従事者が少ない,統合失調症,精神遅滞,男性,65歳以上の患者が多い場合,平均在院日数が増加していた。それらを考慮しても,都道府県(または政令指定都市)内の精神科在院患者数に対する精神科外来患者数が多いことが平均在院日数の短縮に関連していた。これは,入院治療から外来治療への移行が平均在院日数の減少に関連していることを示す結果と考えられる。今後は他の社会資源についても効果を検証する必要があると考える。

せん妄に対する非定型抗精神病薬の有用性

著者: 竹内崇 ,   行実知昭 ,   正木秀和 ,   熱田英範 ,   宮本康史 ,   治徳大介 ,   川上礼子 ,   甫母瑞枝 ,   西川徹

ページ範囲:P.821 - P.828

抄録

 近年,せん妄の薬物療法として非定型抗精神病薬の使用頻度が増加している。今回我々は,perospirone(38例),risperidone内用液(30例),olanzapine(5例)についてせん妄に対する有用性を検討し,いずれも8割以上の有効率が得られた。ただし,コンサルテーション・リエゾン活動の現場では糖尿病患者は少なくなく,せん妄の第一選択薬はserotonin-dopamine antagonist(SDA)になると考えられた。SDAで効果が不十分な場合はmulti-acting receptor targeted antipsychotics(MARTA)への変薬もしくは追加,糖尿病患者では定型抗精神病薬やmianserin,trazodoneへの変薬もしくは追加が望まれた。

日本語版Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)の因子構造―確認的因子分析による検討

著者: 岡島義 ,   金井嘉宏 ,   陳峻雯 ,   坂野雄二

ページ範囲:P.829 - P.835

抄録

 本研究の目的は,社会不安障害(SAD)の不安と回避の程度を測定する尺度であるLiebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)の因子構造について検討することであった。5つの因子構造モデルを設定し,大学生917名を対象に確認的因子分析を行った結果,対人交流場面に対する不安と回避,およびパフォーマンス場面に対する不安と回避の4因子構造が妥当であると判断された。各因子の内的整合性は高く,既存の社会不安測定尺度との間には中程度の正の相関が認められた。以上の結果から,LSAS日本語版は原版LSASと同様の因子構造であり,すべての下位尺度は高い信頼性と妥当性を有することが明らかとなった。

新潟県中越地震が子どもの行動に与えた影響

著者: 遠藤太郎 ,   塩入俊樹 ,   鳥谷部真一 ,   赤澤宏平 ,   桑原秀樹 ,   染矢俊幸

ページ範囲:P.837 - P.843

抄録

 2004年に発生した新潟県中越地震後の子どもの行動変化に影響する因子を明らかにする目的でアンケート調査を行った。対象は,研究の趣旨に同意した688名である。我々は先の研究で,震災後,38%の子どもに行動変化が出現し,行動変化の発現には親の精神状態が影響を与えていることを報告したが,本研究の結果より,けが,病気,家屋の被害などの因子も子どもの行動に影響を与え,さらに親の精神状態が悪いほど行動変化が長期間持続するなどの新たな所見が得られた。震災時における子どもの外傷性精神症状の予防,治療には,物質的な援助や子ども自身のケアとともに,親への精神的サポートも重要であることが示唆される。

短報

Paroxetineによる脱毛の1例

著者: 辻誠一 ,   藤川徳美 ,   片山朋子 ,   大森信忠

ページ範囲:P.845 - P.846

はじめに

 抗癌剤投与後の脱毛症はよく知られているが,その他多種の薬剤においても脱毛が生じ得ることが知られている。しかし,そのほとんどの薬剤において,その機序は解明されていない。脱毛症は,向精神薬の副作用としては頻度のきわめて少ないものであるが,三環系抗うつ薬やselective serotonin reuptake inhibitors(SSRIs)によって引き起こされた脱毛症の報告例も少数ではあるが認められる2~4)。データベースレベルのものを除くと,paroxetineによって引き起こされた脱毛症の医学雑誌への報告例はZalsmanら5)によるものとUmanskyらによるもの(ヘブライ語のため抄録以外の詳細は不明)の2例のみであり,本邦での報告は見当たらない。今回,筆者らはparoxetineによって引き起こされたと思われる円形脱毛症の1例を経験したので報告する。

資料

三重県におけるアルコール依存症の連携医療

著者: 長徹二 ,   鳥塚通弘 ,   猪野亜朗 ,   林竜也 ,   渡辺省三 ,   高瀬幸次郎 ,   広藤秀雄 ,   遠藤太久郎 ,   宮本敏雄 ,   坂保寛 ,   森川将行 ,   原田雅典 ,   岸本年史

ページ範囲:P.847 - P.853

はじめに

 アルコール依存症の治療には患者自ら進んで受診することが少なく,家族・友人といった周囲の者に勧められての受診が多い。これはアルコール依存症に特徴的な「否認」による影響が大きく,「自分がアルコールに関連した困難を抱いていること」や「自分がアルコール依存症であること」に関してなかなか認めることができないことに起因する11)。すべての医療に通じることであるが,アルコール依存症もまた予防医療,早期発見・早期治療を主眼とする治療を必要とするが,それがうたわれる時代に沿うことはできていない。一般内科に入院していた患者のうち,17.8%(男性患者では21.4%)もの人がアルコールに関連した問題を抱えている可能性があったと報告されている16)ように,医療機関を受診する患者の中に占めるアルコール関連の臓器障害や機能障害の割合は想像をはるかに上回るものである。これは決して日本だけにおける問題ではなく,ドイツにおいても,一般病院に入院していた患者の14.5%(男性25.4%,女性4.4%)もの人がアルコールに関連した問題を抱えていたと報告されている3)。また,総合病院において他科から精神科への紹介患者におけるアルコール・薬物関連疾患の割合は30%前後と報告されており1,13),連携医療の必要性を示唆している。

 連携医療の概念より,「アルコール依存症を一般病院でスクリーニングして介入し,専門治療期間に紹介する連携医療を展開するための県内全域ネットワーク作り」を主眼として,1996年3月に第1回三重県アルコール関連疾患研究会(以下,当研究会)が発足した。当研究会はある患者紹介を通じた,三重大学第一,三内科の肝臓研究グループと三重県立こころの医療センター(当時は高茶屋病院,1999年改称)の連携に端を発している。以降アルコールに関連する問題を抱えている患者に対して,内科医・ソーシャルワーカーなどがブリーフ・インターベンションという介入技法を継続してきた。ブリーフ・インターベンションとはアルコール依存症者が持っている「飲酒問題はない」という否認を取り除くために,医療スタッフや家族などが飲酒問題を患者に述べ,気づかせる治療的技法9)を指す。南北に長い三重県の各地域において,多くの内科医と精神科医の協力により,以降年に2回(春・秋)開催し,1998年よりは看護交流会も始まり,2006年3月に10周年を迎えた。今回はアルコール依存症専門外来・病棟を持つ三重県立こころの医療センターへの紹介患者を中心に,当研究会開催による成果・影響を検討し,今後の課題について言及したい。

精神障害の早期発見・早期対応を目的とした大学生に対する精神保健活動―10年間の経験から

著者: 小椋力 ,   仲本晴男 ,   大田裕一 ,   古謝淳 ,   福治康秀 ,   古川卓 ,   松岡洋一 ,   新垣元 ,   近藤毅

ページ範囲:P.855 - P.864

はじめに

 筆者21)は,本誌「巻頭言-精神障害の予防をめぐる雑感」(1990)の冒頭に以下の文章を書いた。「私どもの大学で次のようなことがあった。ある医学生から健康相談があり,面接したところ統合失調症に罹患していた。彼の母親はすでに統合失調症であり,親の症状の重さ,経過の良くないことをつぶさに見ていたため,もし自分が統合失調症になったら自殺したいと話していたことが後の面接でわかった。統合失調症の親と同居し,自分自身の発症を恐れながら精神医学を学んでいたことを思うと,胸が痛むと同時に,教官として,精神科医として何もしてやれなかったことが悔しい」

 統合失調症をはじめ精神障害の予防について以前から関心を持っていたが,「精神障害の予防」は公の場では語れなかったので,「雑感」として「予防」について触れた。批判はなかったし,一部の読者から予防的介入が行いやすくなったと励まされた。精神障害の予防は,発症予防(一次予防),早期発見・早期治療(二次予防),リハビリテーション(三次予防)に分けられるが,早期発見・早期治療が良好な予後をもたらすとの考え18,22)から,新入学生を対象に主として二次予防活動を準備し,1994年から開始した。10年が経過したので,その概略を報告するとともに若干の考察を加えたい。

私のカルテから

スルピリドによる遅発性ジスキネジア

著者: 藤本直

ページ範囲:P.865 - P.866

はじめに

 抗精神病薬の長期使用により,遅発性ジスキネジア(以下TD)が起こることがある。TDは外見上の問題にとどまることが多いが,重症例では舌の咬傷,嚥下や呼吸の障害,歩行障害などを引き起こすことがある。今回,スルピリドによる重症遅発性ジスキネジアを経験したのでこれを報告し,スルピリドの適応について考察した。

姑に対する恐怖症にParoxetineが奏効した1症例

著者: 清水義雄 ,   岸口武寛

ページ範囲:P.867 - P.868

 特定の恐怖症(以下,SPと略)の薬物療法については,まだ十分な検討がなされていないのが現状であり,他の不安障害では第一選択薬とされる選択的セロトニン再取り込み阻害薬(以下,SSRIと略)についても有効性は明らかでないとされている5)。Paroxetine(以下,PXTと略)のSPへの有効性が小規模な二重盲検試験によって示されてはいるものの2),症例報告も非常にまれである1)。今回我々は,姑に対するパニック発作を伴う恐怖症にPXTが奏効した1症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

「精神医学」への手紙

精神医療における倫理の,法に対する脆弱さを懸念する

著者: 大西次郎

ページ範囲:P.870 - P.872

 近年,医療事故をめぐる刑事裁判や損害賠償請求訴訟の増加を含め,これまで医療倫理または医療慣行の枠内で処理されてきた領域に法規則の網が広くかかるようになってきた18)。呼応して,従来医学教育でほとんど顧みられなかった法・倫理教育が注目されている10)。精神医療においては,一般診療科より法が身近であったためか,倫理と法についての論説2,6,7,13,17)は多くない13)。この状況を放置することで,精神医療における倫理の脆弱さと法的パターナリズム6)が見逃されることを筆者は危惧する。一般診療科において倫理という語と倫理的課題への対応は少なからず変貌をとげており,それらを参照することで精神医療における倫理と法への認識を喚起したい。

 医学・医療の分野で“倫理”という語は,かつてヒポクラテスの誓いに象徴される医学教育の場面か,生殖医療,脳死・臓器移植,ターミナルケアなど先進医療または生死に臨む領域で使用されてきた。しかし,近年は診療科を問わず,臨床現場で稀ならず耳にする。従来の,患者の健康を重視するあまり他を顧みないあり方が医師のパターナリズムと批判され,1990年代後半からインフォームド・コンセントとして患者・家族の意向の尊重が謳われた。ただし,この意向の尊重も,精神医療においては,強制入院や社会防衛の観点から必ずしも実現されなかった。この背景には,患者の言動を疾病によるものとして人格から切り離す医療化と,医師の行為の規範となる精神保健福祉法などの諸法規の存在が挙げられる。患者・家族の意向に沿わない行為が,精神医療においてはその実効性を法的に認められることで,真摯な倫理的検証に付されなかった可能性をはらむのである。

せん妄に対する「サイセレ点滴(haloperidolとflunitrazepamの混注による点滴静注)」の使用について―「せん妄の薬物療法においてベンゾジアゼピン系薬剤はどのように使用されているか」(本誌49巻2号:193-197,2007)に対して

著者: 宮地伸吾 ,   山本賢司 ,   宮岡等

ページ範囲:P.873 - P.873

 「せん妄の薬物療法においてベンゾジアゼピン系薬剤はどのように使用されているか」(和田健,他,本誌49巻2号:193-197,2007)で,せん妄の薬物治療として紹介されている「サイセレ点滴」(haloperidolとflunitrazepamの混注による点滴静注)に興味を抱くとともに疑問を感じた。和田らは「haloperidolとflunitrazepamとを交互に静注または点滴静注することは,一般病棟の夜勤帯という状況を想定した場合には実際的でない…混注して点滴静注という形で使用している…当院では鎮静時の注意事項を明示したうえで運用」などと述べている。

 第一に,本論文でも指摘されているように,せん妄患者は高齢で身体疾患が多い。また「精神運動興奮が著しいから経口ではなく静注が必要である」と考えれば,静注が必要な症例は身体面も重症であると推測される。このような症例では向精神薬の副作用も出やすい。第二に,haloperidolとflunitrazepamの混合調剤については,外観やpHの変化はないとされる1)が,両薬剤を同時に投与することによる体内薬物動態や副作用の出現などの安全性に関する十分なデータはない。このような状況を考えると,単剤の注射剤や経口薬による投与に比べて,医師自身による診察や処置,および一定期間の経過観察が不可欠であるように思われる。和田らも,併用によるリスクやベンゾジアゼピン系薬剤の使用を避ける必要性を指摘しているものの,「サイセレ点滴」という方法がこのような形で雑誌に紹介されることは適切であろうか。混注が一般的になると,経口や単剤による対応が可能な症例にも拡大適用されかねないという危惧もある。

動き

「JSTP-WPATPS-WACP Joint Meeting in Kamakura」印象記

著者: 近藤州 ,   大塚公一郎

ページ範囲:P.874 - P.875

 2007年4月27~29日,神奈川県葉山町の湘南国際村にて,日本の多文化間精神医学会(JSTP),世界精神医学会の多文化間精神医学セクション(WPATPS),そして世界文化精神医学会(WACP)の合同の「The New Era of Transcultural Psychiatry:Advancing Collaboration of East and West多文化間精神医学の新しい時代:東と西の協働」と題された国際ミーティングが開催された。この分野のジョイントミーティングとしては,2002年に横浜で世界精神医学会が開催された際に,同学会の日程に合わせてJSTPとWPATPSのジョイントミーティングが開催されているが,単独での開催は初めての試みとなった。先立って世界文化精神医学会の第1回大会が2006年9月に北京で開催されたばかりであったが,その場で意気投合した各学会の先生方により半年後に日本で開催することが急遽決まったと伝え聞く。準備期間の短さから,国内外に十分周知されていなかったのではという筆者の危惧は,当日会場に足を踏み入れた途端に払拭された。200人を超える参加者の半数は海外からの参加で,その中には発表予定のない参加者も多く含まれていたという。まさにこの分野に携わる人々の世界を股に架ける連携の強さを表すイベントであったといえよう。

 会場となった湘南国際村は小高い丘の上に立ち,春の陽光に包まれ,富士山の絶景も眼前に広がる素晴らしい立地で,建物の内部も採光が上手になされていて,その場にいるだけで清々しい気分になれた。実際のシンポジウムなどはメイン会場の他3つの会場で催され,28のシンポジウム,3つのプレナリーセッション,4つの講演,ポスター発表,さらに3つのビデオセッションと盛りだくさんの内容であった。初日の朝に開会式があり,その後は毎朝,プレナリーセッションに始まり,初日と2日目は各会場のシンポジウムが昼の講演をはさんで夕方までびっしりと続き,そのまま夜の立食パーティが会場内で開かれた。さらに初日の晩は,立食パーティの後にアメリカのFrancis G. Lu教授によるビデオセッションが行われ,なんとこれが3時間に及ぶ熱演であった。また,2日目の立食パーティでは,葉山太鼓保存会の方々による葉山太鼓の勇壮な演奏がなされ,大いに場を盛り上げていた。3日目は午前中のシンポジウムの後,昼の閉会式を経て鎌倉の円覚寺管長による一般公開の講演があり,夕方からは葉山リゾートでのクルージングパーティで3日間の充実した会の幕が閉じた。

書評

―Paul French,Anthony P Morrison 著,松本和紀,宮腰哲生 訳―統合失調症の早期発見と認知療法―発症リスクの高い状態への治療的アプローチ

著者: 倉知正佳

ページ範囲:P.877 - P.877

 統合失調症の早期診断・早期治療には,初回エピソードからさらに進んで,「心のリスク状態」に対する介入がある。本書は,「精神病発症リスクの高い状態にある人々の早期発見と認知療法」(原題)について具体的事例を交えながら,解説したものである。原著者らはこの分野に経験の深い臨床心理学の専門家で,訳者の松本和紀氏と宮腰哲生氏は,東北大学精神科で,実際にこのような早期介入を実施しておられることから,最適な訳者による翻訳と思われる。

 本書の「まえがき」では,「統合失調症」より一般的な「精神病」という用語を使うこと,疾患診断より症状に対するアプローチを重視することなどが述べられている。第Ⅰ部第1章「早期発見の重要性」では,未治療精神病期間が長くなると予後が不良となり,この期間は心理社会的発達という点からも本人にとって重要な時期であること,前駆期は後方視的概念なので,「ハイリスク」,あるいは「アットリスク」という表現を用いること,第2章「どのようにしてリスク群を発見するか」では,オーストラリア,ボン,米国の方式が紹介され,第3章では,介入戦略として,心理学的方法が最適であろうと述べられている。

―Michael Gelder,Richard Mayou,John Geddes 著,山内俊雄 監訳,丸山 敬 訳―オックスフォード・精神医学

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.878 - P.878

 医学教育は精神医学教育を含めて,知識,技能,態度の3側面がどれにも偏ることなく学習されるものであらねばならないといわれる。本書は初心者から専門家まで段階別に書かれた数種のオックスフォード精神医学教科書シリーズの中で医学生,プライマリケア医などを対象にしたOxford Core Text Psychiatry Third Edition, 2005の邦訳である。3人の著者のうち筆頭のM. Gelder教授は世界精神医学会(WPA)と世界医学教育連盟(WFME)が,合同で,世界各国の精神医学教育についてカリキュラムを明示して勧告した報告書(1997)をとりまとめた会議の責任者であった。評者も委員として会議に加わった経験があるので,いっそう,この翻訳書には興味をそそられた。

 まず冒頭の第1章,第2章で,先述した知識,技能,態度の3つの目標が具体的にどのように記載されるか見てみよう。第1章は「徴候,症状,診断」であるが,必要な症状の記載説明にとどまっていない。「診察と診断は患者理解の一部に過ぎない。診察も診断も各患者を唯一無二の人間であると理解することに,裏打ちされていなければならない。これは本からだけでは学べない。患者の訴えに真摯に耳を傾けて初めて学ぶことができるものである」と態度のかけがえのないことを明記している。第2章の「評価」の情報収集の項目の中で,面接場面での患者の椅子の取り方,医師の座る位置という技法について述べている。あくまで,患者中心である。これが本書の第1の特徴。

―高橋祥友 著―医療者が知っておきたい―自殺のリスクマネジメント(第2版)

著者: 山田光彦

ページ範囲:P.879 - P.879

「避けることのできる死」を防ぐために必要な情報を収載

 平成18年6月15日にはわが国の自殺対策の要となる「自殺対策基本法」が成立し,同年10月28日に施行された。本法の目的は,自殺対策を総合的に推進して,自殺の防止を図り,あわせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り,もっと国民が健康で生きがいを持って暮らすことのできる社会の実現に寄与すること,とされている。本書『医療者が知っておきたい自殺のリスクマネジメント第2版』の著者は,精神科医であると同時に,わが国をリードする自殺予防対策専門家である。そして,本書は,自殺対策の総合的推進という大きな流れの中でタイムリーな改訂がなされたものである。

 わが国では1998年に年間自殺者が前年度比130%以上という,他国に類のない激増をみた。現在でも,実に交通事故による死者数の約4~5倍もの人が毎年自殺によって命を落としている。さらに,自殺未遂はその10倍以上ともいわれており,家族や友人など周囲の人々が受ける心理的影響を考慮すると,毎年,百数十万人の人々が自殺問題に苦しんでいることになる。近年の自殺死亡者数増加の背景には,健康問題(精神疾患・身体疾患),経済・生活問題,家庭問題のほか,人生観・価値観や地域・職場・学校教育のあり方の変化等,さまざまな社会的要因が複雑に関係しており,予防対策の実施に当たっては多角的な検討と包括的な対策が必要になる。一方,自殺した人の多くは自殺前の1か月間に医師のもとを受診していたと報告されているが,その多くは精神科医ではなく,一般診療科を受診していたことが明らかになっている。したがって,プライマリケアの場や自殺未遂者が搬送される救急医療において一般診療科の医師がうつ病患者等の自殺ハイリスク者を早期に発見し,専門医等に紹介し,適切なサポートを早期に提供することは,自殺予防の重要な第一歩となる。

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編集後記

著者:

ページ範囲:P.884 - P.884

 昨年10月に自殺対策基本法が施行され,それを踏まえて本年6月には,10年間で自殺者を20%減らすという目標を掲げて自殺総合対策大綱が打ち出された。その中で,自殺を予防するための当面の重点施策として,①自殺の実態を明らかにする,②国民一人ひとりの気づきと見守りを促す,③早期対応の中心的役割を果たす人材を養成する,④心の健康づくりを進める,⑤適切な精神科医療を受けられるようにする,⑥社会的な取組で自殺を防ぐ,⑦自殺未遂者の再度の自殺を防ぐ,⑧遺された人の苦痛を和らげる,⑨民間団体との連携を強化する,が挙げられた。ことさら職域,地域,学校でのゲートキーパーなどの人材育成と国民に対する啓発が重要になってくる。

 本号の「巻頭言」(西園マーハ文女史)では,地域の保健センターでの産後メンタルヘルス援助事業として,医療機関に受診してこない方々との出会いの経験を述べられ,“本格的な受診以前の方々の症候学に注目”することの重要性が指摘された。本年4月にはがん対策基本法が施行され,がん治療全体における精神腫瘍学,リエゾン精神医学の重要性が指摘されている(内富庸介氏,本誌本年6月号,「巻頭言」を参照)。また,オーストラリア,北米,ヨーロッパから沸き起こってきた統合失調症を中心とした早期精神病の早期介入の取り組みが本邦でも始められ(松本和紀氏,本誌本年4月号,「展望」を参照),本号の「資料」では10年間におよぶ学校精神保健領域での精神障害の早期発見・早期対応の経験が示されている(小椋力氏,他)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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