icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

精神医学49巻9号

2007年09月発行

雑誌目次

巻頭言

医師(勤務医)不足から考えること

著者: 山口登

ページ範囲:P.888 - P.889

 厚生労働省の調査によれば,2004年末のわが国の医師数は約27万人,10年前の1994年に比べると約4万人(年間約4,000人)増加している。その一方,産科,小児科,救命・外科系医師など勤務医を中心にその不足が報道されている。精神科病院においても勤務医不足は以前から現在まで変わることなく存在し,「医師の派遣をお願いできませんか。常勤医が望ましいのですが,非常勤(週1日)でも構いませんので」などと地域の医療施設から大学病院に依頼されることがしばしばある。大学は教育,研究,診療活動が本来の目的であり,医師派遣の任務はないが,臨床教育を目的に地域医療機関での診療活動も担ってきた。しかし大学病院からも医師は減り,医師の派遣は減少している。この現状には次のことが関係していると考える。

 第一に,大学病院での若手医師(研修医,大学院生など)の減少である。大学病院には若手医師が大勢いるのが通念であった。しかし,昨今この状況が一部の大学病院を除き,変わりつつある。これまでは,6年間の医学部教育を終え,出身大学あるいは他大学の大学病院や一部の国公立病院で2年間研修する者が大多数を占めていた。しかし,2004年に義務づけられた新研修医制度がこの状態を大きく変えたようだ。2006年度の臨床研修医マッチング結果では大学病院で研修を受ける初期研修医は44%と5割を割り込む一方,市中病院では55%と増加した。特に地方の大学では激減したところが少なくない。研修医は,大学病院を離れ,都市部の大学病院以外の研修指定病院に集まった。大学病院での待遇問題(低給料・寄宿舎の不設置など),人間関係の煩雑さ,そして都会志向が大きく関与していると考える。そして,後期研修においては,大学院進学(学位取得)より,市中病院での臨床経験(専門医の早期取得)を希望する者が多い。

展望

縦断的疫学研究からみたPTSDの転帰―慢性化をめぐって

著者: 尾鷲登志美 ,   ,   上島国利

ページ範囲:P.890 - P.896

はじめに

 外傷体験の後に外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder;PTSD)を発症し得ることはよく知られている。PTSD発症にあたり,死に至るような重篤な出来事を体験(もしくは目撃)することが診断基準に必須であるものの,それに相当する体験をした全ての人がPTSDを発症するわけではないのは周知の通りである。国や地域によって,外傷体験の割合9,10,24,31)やPTSDの有病率には格差が大きく,DSM-IV診断によるPTSDの生涯有病率は海外で1.3~14%と報告されている1,9,15,25,38)。川上らによると本邦におけるPTSDの生涯有病率は1.1%(男性0.4%,女性1.6%)であり,諸外国よりも低い数値を示している23)(表1)。本邦でも震災などの自然災害や,人為犯罪,事故などに遭遇することは無縁ではなく,司法との関与など,PTSDに対する関心は高いにもかかわらず,縦断的予後についての検討はまだ少ないようである。

 PTSDの回復率は,うつ病よりもさらに低かったという報告33,34)や,PTSDにおける機能的な障害はうつ病や他の不安障害よりも深刻であったという報告があり43),その転帰は楽観視できるものではない。すでに複数のPTSD治療ガイドラインがあるが,選択的セロトニン再取り込み阻害薬による寛解率は30~40%と報告されている。今後PTSDに対する関心とともに,治療法の進展が期待されるが,まず自然経過の現状を十分に把握することが必要と思われる。本稿ではPTSDの自然経過における縦断的疫学研究から,まずPTSDの転帰について概観し,次いでPTSD経過の慢性化と関連する因子について文献的に検討した。また,これらの縦断的研究から,治療介入の可能性を検討した。

特集 「緩和ケアチーム」―精神科医に期待すること,精神科医ができること

「緩和ケアチーム」―精神科医ができること,何が期待されているのか?

著者: 大西秀樹

ページ範囲:P.897 - P.899

はじめに

 本年4月,がん対策基本法が成立し,がん医療の整備と充実が社会の注目を集めるようになってきている。がん医療における心のケアも行うことが記されており,これからは心のケアを行うことが医療者の義務となった。

 元来,がん医療は集学的医療である。外科,内科,放射線科,看護などが集まり,手術,化学療法,放射線医療におけるチーム医療を展開することで治療成績を上げてきた。治療成績が向上すると,今度はがん医療の質を上げることが大切となる。治療成績の向上と近年における告知率の上昇は,社会と医療者の両者に対し心のケアに対する関心を寄せるきっかけを作り,サイコオンコロジーが発展する基礎となった。サイコオンコロジーの発展はがん医療の進歩とともに歩んできたといってよいと思う。こうして精神科もチーム医療の一員としてがん医療に加わったが,その活動は確固たる診療報酬制度に担保されたものではなく,自発的な要素も大きかった。

 わが国では1986年11月河野博臣先生(故人),武田文和先生(埼玉医科大学客員教授)らが発起人となり日本臨床精神腫瘍学会(JPOS)が結成され,1987年に第1回学術大会が開催された3)

 学会創設当初は,がん性疼痛,告知の是非などの問題が討議されていたようであるが,現在は当時からの問題に加え,鎮静,倫理,緩和ケアチーム,コミュニケーションスキルなど幅広い領域を扱うようになってきている。学会員は600名を超えるが,これは各国別の会員数としては最も多い。

 この間,制度面での改革もみられた。最も大きなものは2004年に設けられた緩和ケアチーム診療加算制度であろう5)。この制度は一定の経験を有する身体科医師,精神科医,および看護師がチームを作り,がん患者さんの身体的,精神的苦痛に対応する場合,その活動に対して一定の診療報酬を加算するというものである。この制度の最大の特徴は,精神科医の参加が必須となっていることである。これはわが国独自の制度であるが,①がん医療では治療中・終末期を問わず精神医学的な有病率が高いこと,②精神症状の見逃しが多いこと,③精神症状はがん患者さんにとって苦痛であること,④患者さんの自己決定および医療者の病態判断を鈍らせる可能性のあることから1,2,4),がんの臨床現場に精神科医を加えることが望ましいとしたこの医療制度は優れた制度であるといえる。医療費削減の流れの中でこの制度ができたことは,がん医療の総合的な質を上げたいという,国を挙げての流れを確実なものにした。

 精神科医はごくわずかな精神症状であってもそれを見出し治療ができるという専門性,医療者・患者間,医療者間同士を橋渡しする能力,コミュニケーション能力を有している。したがって緩和ケアチームの中でもその能力を生かした仕事ができるし,まさに適任であると考える。

 オピオイドの使用については慣れていないかもしれない。しかし,私たちは精神症状を評価し薬剤の量と種類を決めるという臨床的な実践を長い間行っている。オピオイド処方は,患者さんの痛みの場所,程度を聞き,オピオイドの量と種類を決めることが基本である。これは私たちが日常行っている精神医療にきわめて類似していることから,オピオイドにもすぐに習熟することが可能だと思う。ましてや,オピオイドの副作用である吐き気,嘔吐の治療はプロクロルペラジン,ハロペリドール,リスペリドンなどの抗精神病薬が中心である。これらは私ども精神科医が作用,副作用の細部まで知り尽くしている薬剤でもある。精神科医の役割は,がん医療において尽きることがない。

 

 今回の特集では,わが国を代表するサイコオンコロジストの先生方に緩和ケアチームにおける精神科医の役割についてご意見を述べていただいた。緩和ケアチームでも指導的な役割を演じている先生方であるので,私ども精神科医ができること,抱えている問題点そして限界点などが明らかにされると思われる。緩和ケアチームにおける疑問の解決,今後歩んでいく方向性が明確になるだろう。

 また,がん緩和医療に携わる代表的な先生方に,精神科医に対する要望をお願いした。現場の第一線でがん治療も行いながら緩和ケア活動も熱心に行われている先生方のご意見,ご批判が聞かれると思う。私たち精神科医は,これら先生方の意見を真摯に受け止め,今後の医療を展開するための足がかりにする必要があるだろう。

精神科医の立場から―緩和ケアチームのための講習会アンケート結果より

著者: 秋月伸哉

ページ範囲:P.901 - P.905

はじめに

 近代緩和ケアは1967年にシシリー・ソンダースらが聖クリストファー・ホスピスを創設したことに始まるとされる。しかし,ホスピス施設ではすべてのがん患者に緩和ケアを提供できないため,1975年に米国の聖ルーク病院がホスピス病棟外で活動するモバイルチームを設置し,1976年に英国の聖トマス病院で同様の緩和ケアチームが発足した。これらの活動が緩和ケアチームの始まりとされている4,7)。その後,ホスピスなどの施設外で行う緩和ケア専門家によるコンサルテーションチームが各国に広がり,2000年には米国を中心に,87か国,6,560チームが存在すると報告されている6)。緩和ケアチームのがん患者の症状緩和に対する有用性も検討されており,症状緩和,満足度の向上に効果があることが示されている5,6)

 日本国内では1990年代頃より緩和ケアチーム活動が独自の取り組みとして一部の病院で行われるようになり,2002年には緩和ケア診療加算として診療報酬が認められるようになった。2006年に厚生労働省から出されたがん診療連携拠点病院の整備に関する指針で,一般病棟において緩和医療を提供できる体制を整備することと明記されたこと,2007年4月に施行されたがん対策基本法などを追い風に,国内では急速に緩和ケアチームの配置が進んでいる。一方で,どのように緩和ケアチームを立ち上げるのか,どのように運営するのが望ましいのか,チームのスタッフはそれぞれどのような役割を担うのかなどについての指針はなく,各地の緩和ケアチームが模索しているのが現状である9)

 このような背景の中,国立がんセンター東病院支持療法チームは,各地のがん診療連携拠点病院の緩和ケアチームの運営に関する情報交換,先進的なチームの紹介を目的として「緩和ケアチームのための講習会」を2007年3月10日に開催した。本稿では,「緩和ケアチームのための講習会」の開催報告と合わせて,参加した緩和ケアチームの実情,精神科医に望まれることを考察する。

精神科医の立場から

著者: 明智龍男

ページ範囲:P.907 - P.913

はじめに

 2002年に,精神科医の参加を必須とする「緩和ケアチーム」に対しての緩和ケア診療加算が導入された。心のケアを担当する精神科医を緩和ケアチームの構成上の必須条件とする試みは,世界でも類をみないものである。これを受けて,わが国においても次第に緩和ケアチームを院内に設置する施設が増加し,また国内の多くの施設から緩和ケアチームに精神科医の参画を求める声が上がっている。一方,通常のコンサルテーション・リエゾン精神医療からも,一歩踏み込んだ形ともいえる緩和ケアチームでの具体的な活動の方法や担うべき役割に困惑を覚える精神科医も少なくないことも耳にする。それでは,緩和ケアチームにおける精神科医の役割,あるいは精神科医だからこそ提供できるケアとは具体的にどのようなものなのであろうか?

 筆者は,これまで地域の中核的な総合病院,都市圏のがん専門病院における勤務を経験した後,現在は大学病院でコンサルテーション・リエゾン精神医療,なかでもサイコオンコロジーを中心に臨床業務に携わっている。本稿では,筆者のこれまでの経験をもとに,がん医療の中で精神科医ならではの能力を活かすことのできるやや専門性の高い役割を中心に紹介させていただいた。筆者個人の経験に依拠する部分が多いため,やや偏った内容であることをご容赦いただきたい。

精神科医の立場から―「調整役」と「防波堤」

著者: 野口海 ,   松島英介

ページ範囲:P.915 - P.919

はじめに

 2005年のわが国のがん死亡数は32万5,885人で,総死亡者の30%を占める3)に至っている。これらのうち,ホスピスなどの緩和ケア専門病棟および在宅ホスピスケアを提供する施設で治療を受けていた者の割合は3%程度に過ぎず,大部分のがん患者は,緩和ケア専門の施設ではなく,一般病棟で終末期の治療を受けているのが現状である。

 こうしたことから,一般病棟においても「全人的医療」を重視する緩和医療の実践を促進することが必要であるとされ,2002年には保険診療に「緩和ケア診療加算」が設定され,「緩和ケアチーム」が始動した。こうした変化は,延命一辺倒の医療から,患者の「尊厳ある意思」を尊重する医療への転換であるとも言えるであろう。

 現在,さまざまながん専門病院,総合病院,一般病院においてコンサルテーション型の緩和ケアチームが導入されているが,緩和ケア診療加算の要件には,チームの構成メンバーに精神科医の存在が必須となっており,今後,緩和ケアにおける精神科医の存在意義や役割の明確性が求められてくることになろう。

 そこで本稿では,緩和医療のあり方を考えるうえで重要な要素である「緩和ケアにおける精神科医の役割」について,①「患者の意思と家族の意思」の調整役,②チーム全体の「防波堤(終末期患者とのコミュニケーション)」という二側面から言及していきたい。

内科医の立場から

著者: 斉藤聡

ページ範囲:P.921 - P.925

はじめに

 現在わが国では,がんは死因の第1位であり,年間約30万人が,がんで死亡している。これまで内科医はがん治療そのものを行うことが中心で,精神面への配慮は必ずしも十分ではなかった。精神科医の力を借りる頃には,精神的症状が進行してしまっていることも少なくなかった。近年,このように身体は診るが,人を診ない医療に対し問題が提起されるようになった。

 この問題に対して,がんを横断的・集学的に診療できる医療人を養成することを目的に文部科学省では2008年度に「がんプロフェッショナル養成プラン」をスタートさせる。

 しかしがん治療と精神的・社会的側面を含めたケアを行うには,1人の医療者のみでは不可能である。ここでは自分自身が経験した症例をもとに,がん治療の場で精神面のサポートのために,早い時期から精神科医が診療に参加することの必要性について述べる。

外科医の立場から

著者: 助川明子 ,   宮城悦子 ,   山本かおり ,   平安良雄 ,   平原史樹

ページ範囲:P.927 - P.931

はじめに

 産婦人科医として婦人科がん診療にかかわっていく中で,がんの治療はもとより患者の抱える身体症状,精神症状への対処は必須である。特に精神症状への理解とその対処は,身体科医師にとって難しいものの一つである。本稿では,当科スタッフと精神科医による協同診療体制(以下,リエゾンプログラム)を振り返り,緩和ケアでの精神科医の重要性を考えてみたい。あわせて,婦人科悪性腫瘍の精神腫瘍学的側面を紹介させていただく。

外科医の立場から

著者: 中島信久

ページ範囲:P.933 - P.937

はじめに

 2002年に緩和ケアチーム加算が新設されたことを契機として,全国レベルで緩和ケアチームの活動が普及発展してきた。さらに本年4月に「がん対策基本法」15)が施行され,がん診療連携拠点病院の整備を進めながら,がん治療の初期の段階からさまざまな局面で切れ目のない緩和ケアを提供することを目指している。こうしたことが緩和ケアの普及のための追い風になっているのは喜ばしいことである。

 筆者はこれまでに外科医の立場で緩和ケアチームの活動に携わってきた。そこでの経験をもとに,緩和ケアチームにおいて精神科医に期待するところを中心に論じることとする。

埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の取り組み―精神科医の立場から

著者: 和田信

ページ範囲:P.939 - P.942

はじめに

 癌の患者を診る際,精神科医はとりわけ複眼的見方を保つ必要がある。

 疼痛コントロールを主眼として緩和ケアチームに依頼された場合でも,不安や抑うつが潜んでいないか,精神的要因が疼痛を増強させていないか,背景にはどのような病歴と生活歴が流れているのかなど,常に目を配っておく必要がある。倦怠感や呼吸苦,しびれ,疼痛,動悸,頭痛,不眠など,種々さまざまな身体症状を引き起こしたり増強したりする抑うつや不安などの精神医学的問題があることは,精神医学の常識であるが,癌治療の現場で十分に検討されているとは言い難い。

 精神症状が主たる問題として明らかになっているケースであっても,各種の身体症状や疼痛から抑うつなどの精神症状が生じているのではないかと,絶えず考えておくことが不可欠である。手術や化学療法,放射線療法など,癌治療による精神症状への影響も必ず視野に入れておく。身体的要因から直接影響して精神症状が生じていることは,入院癌患者では決して稀でなく,日常の診療で頻繁に遭遇する。そうした場合には,基盤となっている身体状態をきちんととらえておく必要がある。たとえばせん妄を起こしている患者について,対症療法的に環境調整や薬物療法を行うだけでは十分でない。せん妄を生じさせている原因や誘因を同定しようと努め,その治療可能性を評価し,治療について具体的提案があれば主治医に伝える。当然,癌の進行と経過について今後の見通しを持ち,治療の流れを読んだうえで,精神症状の評価と治療的提言を行う。せん妄に限らず,不安や抑うつ,一過性の精神病状態など,あらゆる精神症状について,癌の経過と治療の流れを見据えておく必要があるのは,言うまでもない。いかに心理的な転換症状に見えても,実は軽度の意識障害があってそこから精神症状が起きており,背景には全身状態や血清電解質の異常,治療薬の作用などが影響していたケースを,筆者らも何度も経験した。

 こうした身体と精神のかかわりについては,精神症状をしっかり把握し,かつ身体状態や医学的治療との関係をきちんと評価する力量がなければ,とらえ難い。精神科医のいない施設では,疼痛やさまざまの身体症状・心理的訴えの背後に精神医学的問題が隠れていても,いくらでも見逃され得るだろう。気づかなければ,問題として取り上げられることもない。いずれ精神症状ないし身体症状の大きな問題として浮上してくれば,誰の目にも明らかになるのだろうが,医療として病状の初期から認識し,解決に向けて手を打つべきであるのは,論を待たない。

 緩和ケアチームは,癌患者の診療に必須であるこのような複眼的アプローチを,緩和医・精神科医・看護師など複数領域の専門家が集まることによって,制度的に可能にするものだと思う。

埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の取り組み―麻酔科・精神科医の立場から

著者: 西田知未

ページ範囲:P.943 - P.945

はじめに

 我々は,2007年4月に開設した埼玉医科大学国際医療センター内にある包括的がんセンターで働いている。センター名のとおり,がん治療の専門機関として緩和医療も包括的に提供する使命を受けている。当院の緩和ケアチームには緩和医療科の医師2名と精神腫瘍医3名,がん看護専門看護師,ホスピスケア看護認定看護師,心理士,ケースワーカー,薬剤師,栄養士が所属しており,それぞれの特性を生かしたサービスの提供を試みている。チームの診療加算に必須とされる専従精神科医は1名であり,日本の大多数の施設ではその1名の確保に苦慮しているが,当院は複数の精神科医が緩和医療に関与できるぜいたくな環境にある。筆者は,手術や集中医療など急性期身体管理から精神症状管理に転向した者の視点で,私見を交えて当科の取り組みを紹介したい。

埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の取り組み―心理士の立場から

著者: 和田芽衣

ページ範囲:P.947 - P.949

はじめに―こころのケアとは?

 「身体的ケアだけでなく,心理的ケア(あるいは精神的ケア)も行う必要がある」「こころのケアが大切だ」,どちらもよく目にしたり,耳にします。誰もが漠然と心理的ケアやこころのケア(以後,こころのケア)が必要であることはわかっているのに,漠然としたまま各施設で試行錯誤している状態だと思います。こころのケアが重要であることに違いはありませんが,言葉だけが先行し,その言葉が何を意味しているのかを考えられることが少ないように感じています。

 2007年4月から心理士として精神腫瘍科の医師と回診を行い,がん患者さんとお会いするようになってから,こころのケアには2つの意味が含まれていることを意識するようになりました。まず1つ目の意味は,“精神的苦痛に対するケア”です。精神的苦痛とは,精神医学的症状(意識障害,うつ病,適応障害など)による苦痛を意味し,主に薬物療法や心理療法などの治療によって軽減可能な部分と考えます。そしてもう1つは“心理的苦痛に対するケア”です。心理的苦痛とは,精神的苦痛ではない部分,すなわち薬物療法や心理療法では解消しきれない苦痛を意味します。

 こころのケアという言葉を使うときに,この2つの違いを意識している人はあまり多くないように感じます。また,心理的苦痛のみが強調され,精神的苦痛が軽視されているような印象を受けます。がん医療において患者さんのこころのケアを行うということは,どちらか一方でなく,精神的苦痛と心理的苦痛という2つの苦痛を考慮していかなければなりません。そして,こころのケアのうち,精神的苦痛の軽減を図るのは主に精神科医の役割であり,心理的苦痛の軽減は「誰が」ではなく医療スタッフ全員で行うべきであると筆者は考えています。

埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の取り組み―緩和医療医の立場から

著者: 伊東洋 ,   奈良林至

ページ範囲:P.951 - P.953

はじめに

 現代における医学のめざましい発展は,医療・福祉の分野に多大な貢献をもたらし,特にがん医療における基礎医学から臨床医学までの進歩は,がん患者の治療成績を飛躍的に向上させた。しかし,がん患者が持つ苦痛は多種多様であり,必然的に多職種の専門家の協力が必要となる。一般病棟における緩和ケアについては,これまで多忙な日常臨床の中で,主治医が主に患者の苦痛に対応せざるを得なかった。しかし,多職種による多角的アプローチが必要になるケースも多く,その専門チームとして緩和ケアチームが全国の病院で設立されつつあり,重要視されるようになってきた。しかしながら,わが国の緩和ケアチームに特徴的なことは,専任の精神科医がチームを構成する際に必須となっていることである。

埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の取り組み―看護師の立場から

著者: 塩井厚子

ページ範囲:P.955 - P.957

はじめに

 がん患者の精神症状は,患者のみならず家族をも苦しめ,適切な治療を受ける権利,コミュニケーション,安全を阻害し,QOLを著しく低下させる。また,看護師にとっても,転倒,転落,自殺企図,ライン抜去などの事故防止にかかる労力の増大,不十分なコミュニケーション,ケアの困難さなど,かかってくるストレスは大きい。しかし,臨床の場では,がん患者の精神症状について適切に診断,治療,ケアが行われているとは言い難い現状がある。

 たとえば,「ちょっと変だが,入院した時からあんな感じなので特に変わりない」,「何度病気について説明しても,治療を受けようとしない。やる気があるのかしら」,「終末期で病状が進んできているし,あまり話したがらないのは仕方がない」などという医療者の言葉を耳にすることがある。そのように考えられ,異常なしと判断されてきた患者の中に,実は,せん妄やうつ病などの病気が潜んでおり,精神科の診断,治療を必要としていた患者がいたのではないかと考えられる。

 埼玉医科大学病院に精神腫瘍科が開設されたのは2006年4月で,精神腫瘍医は外来診療を開始すると同時に緩和ケアチームのメンバーとして,また臨床腫瘍科病棟の医療チームの一員として活動を開始した。筆者自身は緩和ケア認定看護師で所属は臨床腫瘍科病棟であるが,緩和ケアチームのメンバーでもある。今回はそのような立場から,緩和ケアチーム内の精神症状の緩和を担う医師に期待することを述べてみたい。

研究と報告

統合失調症入院患者の家族の心理教育への参加態度と退院後2年非再入院率との関係

著者: 渡部和成

ページ範囲:P.959 - P.965

抄録

 統合失調症患者の家族の心理教育に対する参加態度の違いが,患者の2年非再入院率を指標として測定した家族心理教育の長期効果にどう影響を及ぼすかを調べ,効果的な家族心理教育の実施期間について検討した。2年非再入院率は,家族教室参加群(0.674)では不参加群(0.518)より有意に高かったが,家族教室参加群を細分して調べると,家族教室終了後もエンドレスの勉強会への参加を継続した群で0.813と最も高く,次いで家族教室終了のみか終了後のエンドレス勉強会参加を中断した群の0.692,家族教室中断群の0.529と順に低くなっていた。この結果から,家族心理教育は入院中の1クールで終了することなく,また実施期間を規定することなくエンドレスの勉強の場とし,家族にその場へ継続参加するように励ましていくことが,家族心理教育の長期効果を良くする1つの方法であると考えられた。

短報

Paroxetineが奏効した間歇性爆発性障害の1例

著者: 山本健治 ,   原田研一 ,   小山芳明 ,   白坂知信

ページ範囲:P.967 - P.969

はじめに

 近年,衝動制御の障害が増加し,注目されている。しかしながら,衝動性はさまざまな精神疾患で認められる非特異的な症候であり,診断・治療に関する知見は確立されていない。今回我々は間歇性爆発性障害(intermittent explosive disorder,以下IED)にparoxetineが著効した1例を経験した。IEDを含めた衝動制御障害の知見集積に役立つ症例と思われたので,若干の考察を加え報告する。

私のカルテから

大声で高音の不随意発声を繰り返した遅発性ジスキネジアの1例

著者: 阿部和彦 ,   高橋俊文

ページ範囲:P.971 - P.972

はじめに

 遅発性ジスキネジアの中には横隔膜や呼吸筋のジスキネジア(respiratory dyskinesia)を伴う症例があり,それは不規則な呼吸,息切れや不随意発声(うなり声など)のため呼吸器疾患4)や心身症2)と間違えられやすいと報告されている。このような症例は,遅発性ジスキネジアの約7%を占めると報告されている5)。筆者らは高音で大声の不随意発声を伴った持続的な遅発性ジスキネジアの症例を経験し,抗精神病薬の中止後,発声は減少して消失し,その後,口,頬,舌のジスキネジアも軽快して消失したので報告する。

下痢型過敏性腸症候群を併発したうつ病に対する三環系抗うつ薬の効果

著者: 中川誠秀

ページ範囲:P.973 - P.974

はじめに

 うつ病に消化器症状を併発するタイプのものが,臨床上少なからずみられる。中でも過敏性腸症候群irritable bowel syndrome(IBS)でよくみられる几帳面さ,ストレス,不安,緊張は,うつ状態との関連性が強い。また,多くのIBS患者に,うつ病が合併するという報告もある2)。IBSとは,大腸の運動および分泌機能の異常で起こる病気の総称とされ,下痢型diarrhea-predominant IBS(IBS-D)では下痢のみが持続する。今回,ICD-10の診断基準を満たすうつ病エピソードとIBS-Dの併発例に,抗choline作用の強い三環系抗うつ薬tricyclic antidepressants(TCAs)(amitriptyline,clomipramine)が奏効した中高年の2症例を経験したので,ここに若干の考察を加えて報告する。

追悼

秋元波留夫先生を偲んで

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.976 - P.977

 秋元波留夫先生が平成19(2007)年4月25日にご逝去された。お生まれは明治39年(1906年)1月29日であるので,享年101歳3か月ということになる。皆が長生きする時代になったとはいえ,やはり100歳を超えたことは,長寿を保ったというべきであろう。

動き

「第103回日本精神神経学会」印象記

著者: 村松太郎

ページ範囲:P.978 - P.979

 1902年に発会し,11,779名(2006年6月現在)の会員を擁する,名実ともにわが国の精神医学に関する最大の学会である日本精神神経学会の第103回総会は,2007年5月17~19日,井上新平会長(高知大学副学長),山下元司副会長(高知県立芸陽病院院長)のもと,「精神医学へのこれからの期待・精神医療の新たな試みの発信」をテーマに,高知県立県民文化ホール・高知新阪急ホテルで開催された。

 通常,医学に関する学会といえば,多くの一般演題があり,その中にシンポジウムなどの企画プログラムがいくつか挿入されるという形が思い浮かぶであろう。しかしながら,他の多くの医学会よりはるかに大きな規模を有する本学会総会は,そのイメージとはかなり違っている。きわめて広範なテーマにわたる企画プログラムが,一般演題よりもむしろ前面に出ているのである。本学会のイメージをお伝えするためには,この企画プログラムを記述することが最上であろう。

「日本思春期青年期精神医学会第20回大会」印象記

著者: 伊藤洋一

ページ範囲:P.980 - P.980

 日本思春期青年期精神医学会第20回大会が,6月16日と17日の両日,小倉清学会会長と舘直彦大会会長のもと,天理大学杣之内キャンパスで開かれた。昨年に続き文科系大学が会場で,医師はもちろん医療や福祉,心理学や教育の専門家も参加した。これは広い関連領域を持つ本学会の特徴であり,また本学会が診断学的な関心より精神療法的な実践に軸足を置いている表れでもある。

 ところで今日,思春期関連の学術集会は難しい舵取りを迫られている。毎日のように報じられるいじめ,ひきこもり,非行,虐待,子殺し・親殺しなどの事象を,どう取り扱いどう取り込むか。社会の病理現象ばかりに目が向くと,学術集会はマスメディア的な一時の興味・関心に翻弄されかねない。逆に日常臨床だけにしか目がいかないなら,背景にある社会文化的要因を見落とすことになる。われわれ臨床家はいかにして個別性から普遍性を汎化するかを求められている。

「第29回日本生物学的精神医学会(BP)・第37回日本神経精神薬理学会(NP)合同年会」印象記

著者: 山脇成人

ページ範囲:P.982 - P.983

 2007年7月11~13日,札幌市において第29回BP(会長:北海道大学精神医学 小山司教授)と第37回NP(会長:北海道大学神経薬理学 吉岡充弘教授)の合同年会が約900名の参加者を得て開催され,成功裡のうちに終了した。本合同年会のテーマは“Bridging Bench and Bed”と題して,神経精神薬理学・生物学的精神医学研究分野における基礎研究と臨床研究の融合を意識したプログラムで構成されていた。特別講演として,小山会長の留学時代の恩師であるVanderbilt大学のMeltzer教授による「統合失調症治療におけるクロザピンの特別な役割」に関する講演,Serotonin Clubの代表であるOxford大学のSharp教授による「セロトニントランスポーター遺伝子多型の神経生物学」に関する講演,Case Western Reserve大学のCalabrese教授による「双極性うつ病治療における副作用管理」に関する講演が行われた。会長講演では小山教授が,北海道大学において展開された20年間のうつ病研究の成果を講演された。うつ病におけるドパミンの果たす役割について早期から注目され,その先見性を改めて実感した。また,吉岡教授は循環薬理学から精神神経薬理に研究の方向性を転換された経緯とともに,最近話題となっている幼弱期ストレスと情動反応,特にその臨界期についてセロトニン神経機能を中心にまとめられ,児童精神医学の臨床に示唆を与える講演であった。

書評

―Emil Kraepelin 著,影山任佐 訳―クレペリン回想録

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.984 - P.984

 本書は,「近代精神医学の父」といわれるクレペリン自身の回想録であり,1976年にミュンヘンで開催されたクレペリン没後50周年記念式典の際にミュンヘン大学精神医学教室のヒッピウス教授やマックスプランク精神医学研究所のペータース教授ら編集者の提案にクレペリンの子孫が同意して1983年にSpringerから出版されたものを,影山氏が全訳したものである。

 私は1977年に,クレペリンが開設したドイツ精神医学研究所の後身であるマックスプランク精神医学研究所に留学した。研究所はシュヴァービング地区のクレペリン通りにあり,玄関を入るとすぐクレペリンの胸像が目に入る。

--------------------

編集後記

著者:

ページ範囲:P.988 - P.988

 今夏のように暑い日が続くと,ついそのことから書きたくなる。暑さと精神疾患との関連については古くはクレペリンの記載にあるが,私がいま思い浮かべるのはカミュの『異邦人』である。主人公のムルソーは「太陽のせいで」アラビア人を射殺するという「理由なき殺人」を犯す。何年か前に,フランスの精神科医から「あれはうだる暑さで解離を起こしたのだ」と聞いたことがある。解離だと一言でいわれてしまうと,DSMで育った精神科医はそれで納得してしまうかもしれない。しかし,人間の所業は平板な精神医学用語でひとくくりにできるものではない。カミュが不可解殺人の理由を明晰な筆致で延々と考察しているのは「準備因子」である。

 「展望」欄には「縦断的疫学研究からみたPTSDの転帰」が載っている。これまでの研究成果を簡潔にまとめた実に有意義なものであるが,準備因子への言及がない。これは著者らの手落ちではない。過去の文献に欠けているからである。「準備因子なきところ,結実因子だけではPTSDは発症しない」(加藤正明)という考えに立てば,準備因子の性状は発症に関してばかりでなく転帰にも関係してくるはずである。準備因子の性状によって,結実因子の“爆弾”によって空く穴の大きさはさまざまであろうし,穴が埋まっていく歳月も違ってこよう。だが準備因子は,“爆弾”で舞い上がった土埃に覆われたり,元の形が崩れてしまったりで,本来の姿は見えにくくなってしまう(発症後それまで抱えていた“悩み”がどこかに消えてしまうケースもみられるほどである)。準備因子を把握することは容易ではない。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?