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雑誌目次

論文

精神医学5巻1号

1963年01月発行

雑誌目次

展望

分裂病に関する最近の臨床遺伝学的研究—ふたごの研究を中心として

著者: 井上英二

ページ範囲:P.3 - P.18

まえがき
 精神医学が是非とも解決しなければならない大きな問題の一つに,精神分裂病とは一体何かという問題がある。すべての精神医学者は,この古くて新しいやつかいな問題を,何とかして解決したいと願つているであろうし,また精神医学の中のいろいろの専門分野の学者達も,それぞれの立場から研究をすすめ,それぞれの学説をたててこの問題の解決に近づこうとしている。
 しかし,このようにして提唱される多くの学説は,必ずしもたがいに補ないあうものばかりではなく,中にはたがいに対立をして問題を一そう複雑にし,その結果分裂病の問題を何とかして解決したいというめいめいのささやかな希望の芽をつみとつてしまう場合も少なくない。遺伝学も,かつてはそのような専門分野の一つであつた。その功罪の一例をあげれば,家族の中の分裂病者の頻度,すなわち経験的遺伝予後の研究は,遺伝相談などの実際の面に大切なデータを提供したが,一方では,その研究の当然の産物である分裂病に関する素朴な遺伝説が,一部の学者の尖鋭な攻撃の的になつた。また,家系研究の結果から提出された遺伝方式についてのいくつかの学説の間でも,長い間論争が果てなかつたというありさまである。

研究と報告

軽うつ状態の被圧迫感

著者: 平沢一

ページ範囲:P.21 - P.28

Ⅰ.
 かるいうつ状態にある患者はしばしば「人と顔を合わせたくない,気遅れがして会いたくない,人を避けたい,しいて顔を合わせると何か気圧されるような感じがする,怖じ気ずく,こわいようでびくつく」と訴える。われわれはこれを人に圧倒される,圧迫される意味で被圧迫感とよんでいる。
 始めに被圧迫感の典型的な2例をあげる。

長期経過をとつた内因性うつ病と病前性格

著者: 尾野成治 ,   佐藤道 ,   渡部竜一 ,   兼谷俊 ,   八島祐子 ,   森慶秋 ,   兼谷啓

ページ範囲:P.31 - P.37

I.緒言
 うつ病の臨床精神病理学的考察はLange1)やK.Schneider,千谷教授2)3)4)および門下5)6)7),新福教授8),平沢9)の研究・総説を始め多々ある。かつて内因性うつ病と考えられたものが,Völkel10)やWeitbrecht11),の研究によつて簡単に躁うつ病のうつ病であると割切ることに対して疑義が唱えられる一方,Paskind12)のごとくかるいうつ病では時に数時間から数日で経過するものもあると報告するなど,非定型的病像を示すうつ病では各人各様のみかたがあるようである。
 私どもも数年来この問題を追求しており,一応私どもなりのみかたが生じたので,報告する。

入院ヒステリー患者4例に生じた症状の相互影響とその精神力学

著者: 三浦岱栄 ,   小此木啓吾 ,   原洋二 ,   延島信也 ,   赤須東俶 ,   鈴木恵晴

ページ範囲:P.39 - P.44

I.まえがき
 本報告でわれわれは,約3ヵ月間にわたつて入院中の4人の女子ヒステリー患者に展開された,集団精神力学とヒステリー症状(主として身体症状)の相互影響・移行について報告・考察したい。

一分裂病患者にみられた考想可視現象について

著者: 片桐隆

ページ範囲:P.45 - P.49

I.緒言
 自己の思考または表象が外部的客観的空間からの声として聞こえてくる体験は二重思考Doppeldenkenとよばれていた。その後Klinkeはこの体験を考想化声Gedankenlautwerdenと名づけている。さらにその後,Halbeyは自分の表象が幻聴として聞こえるだけでなく,幻視として眼前にあらわれてくる,特殊な幻覚を見出し,これをKlinkeの命名にならつて考想可視Gedankensichtbarwerdenと名づけた。
 Halbeyによつて記載されているこの患者の体験は,空中に細かな浮遊物がみえ,その中に表象と一致した文字がみえてくるという。かかる考想可視現象は,「みえる」という知覚性の部分をとりあげれば幻視とみなすことができる。しかし一方「考えがみえる」という表象と関連した部分をとりあげれば正常体験のあるもの,ことに主観的視覚的直観像subjektives optisches Anschauungsbildと類似した体験であるとも思われる。

早期幼児自閉症の3症例

著者: 坂岡ウメ子 ,   武田和恵 ,   今野陽三 ,   長野俊光

ページ範囲:P.51 - P.55

 われわれが経験した3症例は,初発年齢がそれぞれ1歳3ヵ月ごろ,2歳3ヵ月ごろおよび,4歳ごろと推定される。
 各症例とも,自閉症状が中核症状をなしており,興味,自発性の減退,遊びや生活習慣の退行,いつたん獲得された言語の崩壊,反復言語,あるいは反響言語の出現,衒奇的行動,ある1つのことへの執着傾向などがあげられる。
 一方諸種の神経学的検索を行ない,また治療や経過観察を続けた結果,精神薄弱,聾唖,幼児神経症,その他の脳変性疾患からも鑑別され,Kannerのいわゆる,早期幼児自閉症と考えられる。

ハイミナールを中心とした各種眠剤の臨床的比較および生理学的,精神薬理学的考察

著者: 根本清治

ページ範囲:P.57 - P.64

I.緒言
 精神科領域においてもつとも多く経験される症状の1つとして睡眠障害がある。それに対して従来,バルビツレイト,およびモノウレド系の眠剤が使用されていたのであるが,これらの眠剤は効果は的確であるが,種々の好ましからざる副作用たとえば,習慣性,呼吸抑制作用,催眠前の発揚作用,覚醒後に眠気や頭痛などが残ること,およびアレルギーを示すことなどがあり,理想的眠剤というにはほど遠い感があつた。近年理想的眠剤を求めて研究がなされ,その結果新しい非バルビツレイトが賞用されるようになつた。ここに報告するハイミナールもその1つである。
 本剤は1955年Gujralらにより合成抗マラリヤ薬研究中に,Quinazolone-4の誘導体が催眠作用をもつていることが見出され,そのうちもつとも催眠作用をもつているものは,methyl-2 ortho-tholyl-3 Quinazolone-4であることが判明した。ついでBoissierらもこの種誘導体のうち,もつとも効力の強いものがGujralの報告に一致していることを確認した。

Prochlorperazineの荒廃型精神分裂病における使用経験

著者: 小木貞孝 ,   高野敬太郎 ,   塚本金助

ページ範囲:P.67 - P.74

I.まえがき
 Prochlorperazine:3-chlor-10〔3-(1-methyl-4piperazinyl)-propyl〕-phenothiazineの臨床的応用,ことに精神分裂病の治療効果についての報告はいままでにもかなり行なわれてきた。しかしながら,わが国の文献では一般に投与期間が短かく,1月からせいぜい3カ月程度の使用経験であつたり1)2)4)5)6),また投与期間が長くとも他の薬剤との併用療法であつたり8)するし,外国の文献では使用量が不必要に大量でしたがつて副作用が誇大視されている傾向があるようだ。さらに,わが国では副作用を重視したためか,Prochlorperazineの少量(平均30mg)の投与が推奨され,主として神経症・悪心・嘔吐に有効な薬剤として用いられてきた傾向もある。
 そこでわれわれは,Prochlorperazineの精神分裂病への効果を整理してみることを思いたち,少量の長期投与を行なつてきた。そして投与期間が臨床効果にとつて重要な意義をもつこと,荒廃型分裂病者の意欲面の興味ある変化が作業療法の施行を容易にさせたこと,不快な副作用が少なかつたことなどを見出したので,ここに報告する次第である。

Nialamideの比較的大量投与による治験

著者: 武村一郎 ,   児玉久 ,   平井宏之 ,   高畑長吉 ,   佐々木誠

ページ範囲:P.77 - P.82

I.まえがき
 うつ病ないし各種うつ状態に対する薬物療法はめざましい進歩をみたが,中でもMAO阻害剤はIproniazid,Pheniprazln,Isocarboxazidと開発され,とくにNialamideは副作用の軽微なることが明らかになつた。本剤は化学名が1-2-(benzyl-carbamyl)-ethyl-2-isonicotinoyl hydrazineであり,外国ではすでに1959年リスボンにおいて本剤のシンポジウムが開催され,抑うつ作用のほか,多数の薬効が報告された。しかしわが国における本剤の研究は乏しく,わずかに林,那須の2件しか認められず,しかもその投与法としては,Herck以外はすべて他の抑うつ治療剤使用におけるごとく,漸増漸減または少量維持法しかとらず,かかる方法は薬剤の副作用を勘案するに重要であるが,本剤については,すでにそういう投与方法にもとづく多数の報告があり,しかも従来の方法では,副作用の少ないことが強調されているため,今回われわれは可能なかぎり初回より比較的大量を持続投与し,経過により漸減する新しい方法をとり,本投与法による著効性,有効性をきわめ,他面予想される急性大量投与時の副作用の状態をとくに重点的に観察した。
 今回の研究は,例数において不満足であるが,一応の知見をえたので,ここに報告する。なお本研究のNialamide(Niamid)は台糖ファイザー株式会社の好意により提供を受けたものである。

紹介

—Hubert Tellenbach: Melancholie—Zur Problemgeschichte, Typologie, Pathogenese und Klinik

著者: 島崎敏樹 ,   矢崎妙子

ページ範囲:P.83 - P.88

 精神病者にみられる現象を科学的に解明しようとする動きは,こんにちの精神医学の中心となつている。その結果,われわれは人間を種々の平面からみることを知り,人間の本質を現象学的にとらえるようになつた。精神医学的人間学はこうして病んだ人間の本質を探究する学問として成立し,精神病理学の把握可能性を拡大した。『うつ病者の時間性』(Nervenarzt 27,1956),『うつ病者の運動様式』(Nervenarzt 28,1957)などと研究を続けてきたH. Tellenbachは1960年に『メランコリーの形態』という論文でうつ病者の現存在にメスをくだし,この方面の主要な研究者のひとりとなつた。彼は豊富な臨床経験をもとにし,とくに,1959年Heidelberg大学を訪れたうつ病者の病後歴の検討から,メランコリーの新しい病因論を完成させた。つまり,うつ病になるのは特有の構造をもつた性格の人にあらわれること,そしてその人の存在が独自の様式で脅威を受けて,内因性であるメランコリーが始まるのだという。本書は著者Tellenbachのこうしたメランコリー研究の成果である。
 メランコリーという言葉,それはヒポクラテスの「黒い胆汁」という考えから発して2000年の歳月を経ている。もちろん古代ギリシャの思想がこんにちそのまま認められるわけではない。しかしTellenbachは先賢の慧眼を見逃がさなかつた。ヒポクラテスは胆汁を生命の液と考え,血液と種々の胆汁の混合の割合による種々のタイプがあつて,メランコリー型という,いわば素質,傾向をもつた人に病が始まると,食欲不振,不眠,抑うつがおこり,彼らの感情の表出がmelancholischになると考えた。この考えはこんにち,体質と病との関連性の問題,Tellenbachのいうメランコリー型(Typus melancholicus)という発想の起源である。プラトンは人間が肉体と心の結合した存在であり,心の力が肉体より強くなると人間の存在が脅やかされ,人間は内部から病に満たされると考える。プラトンによれば病はつねに心と身体の不均衡として把握される。さらにアリストテレスは,メランコリーの要素と天才の要素が結合しているのをみて,メランコリーは神格的なものから天才(Genialitat)をのぞいたPhysisと考えた。メランコリー型の人では,抑うつ(冷たい胆汁)あるいは恍惚(熱い胆汁)という様式で自らの外へと脱線する傾向があり,この脱線は才能の過動によつておこるとされた。このときの変化は感情だけでなく人間存在の全体におこる。心と肉体の不均衡に根ざした病という古代ギリシャの理念,生命の液である胆汁が黒くなることによつて人間の本質が陰うつになるという思想,すべての精神的なものは身体的に出現し,身体的なものは精神的なものをともなうという考えかた,これらがこんにちまで引き継がれてこんにちの人間全体をみる精神医学の基本となつている。こうして古代ギリシャのメランコリーの概念をふりかえってTellenbachは,科学的な形でメランコリーの病因論を完成させたのである。彼の病因論はこの意味で先賢の慧眼を巧みに駆使しているといえる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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