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雑誌目次

雑誌文献

精神医学5巻11号

1963年11月発行

雑誌目次

展望

臨床遺伝学からみた神経症理論—ふたごの研究を中心にして

著者: 井上英二

ページ範囲:P.859 - P.870

I.まえがき
 現在の日本の精神医学は,神経症についてのかつての大問題をすつかり解決してしまつたようにみえる。病因論には心因論と対立するほどの有力な学説はなく,治療もこれに伴つて精神療法が主流となり,精神科医はいろいろの精神療法の技術をつかつて,十分満足できるだけの成績をあげているようである。学界においても,いわゆる神経症的防衛機構についての議論はあつても,それ以上の概念の混乱や治療についての試行錯誤が,活発な議論の対象になることはあまりないようである。
 もし,神経症と診断されるすべての症例の病因が心因だけであり,その心因は個人をとりまくさまざまの社会環境の産物であるならば,一方では社会学的の方法でその社会環境を分析し,もう一方では心理学的方法で心因から症状にいたる過程を追及すれば,神経症の研究としては必要でかつ十分であるということになりそうである。ここでは,神経症の素質という概念をもち出す必要はなく,したがつて神経症あるいはその素質の遺伝学的研究も成り立ちそうもない。事実,現在の神経症理論に決定的な影響を与えた遺伝学的研究はみられない。

研究と報告

精神分裂病の病識欠如について(その1)—その非特異的要因についての考察

著者: 梶谷哲男

ページ範囲:P.871 - P.875

I.はしがき
 分裂病者に病識の生じがたいことは,すでにJaspers,Hinrichsenが,指摘したところである。BaumerはSchneiderの第1級症状をもつた120例の分裂病者を調査して,「真の病識を伴つた『解消力のある客観化』はみられなかつた」と報告している。薬物療法を主とする諸治療法の進んだ現在においても「精神病者の場合には,神経症者に比較しうるような病識は与えられない」(Bräutigam)というような見解も報告されている。つまり,分裂病を中核群に限定しないで分裂病一般としてみた場合にも,さらにまた,薬物療法の進んだ現在においても,分裂病者の病識は生じがたいものであろうか。この点を明らかにするために,とくに対象を分裂病の中核群に限定しないで,分裂病経過後の病者における病識の状態をみることにした。
 病識の程度と寛解度との関係については,著者によつて若千意見が分かれる。Jaspersや阿部は,病に対する態度と人格意識の変容の度合とを対応させ,病への態度を全人格の変化の標識としている。前田も「妄想患者の示す『構え』はそれ自体,病的解体の重要標示である」といつている。またMüllerも「経過した疾病への客観的構えが,治癒への重要な標識である」といい,Schneiderも「病識があることはいつも妄想の良好な予後を意味する」といつている。これに対してMayer-Grossは,急性精神病経過後の病後態度において,病の与えた後作用を重視し,Schulteも病識を寛解度の指標とすることを危険視している。私自身も後述するように,病識の程度を量的に規定し,寛解度とそのまま対応させることには疑問をもつている。しかし臨床的実際において病識の程度を区分することが,ある程度可能であり,またそのようにしてえられた標識が,ある程度まで寛解度と平行することも事実のようである。

分裂病者に併発した身体図式障害の1例

著者: 植田稔 ,   中沢惟晃 ,   猿橋孝雄 ,   西丸四方

ページ範囲:P.877 - P.881

I.序
 身体図式の概念について,脳病理学の領域では1908年Pick以来,諸家によつて種々の見解が発表されている。ConradやSmythiesは身体図式と身体心像とを区別すべきことを強調し,大橋は「身体の空間像が意識に上るかぎりは身体心像とよばれるべきであり,意識の背後にあつて身体心像を成立せしめるはたらきを身体図式とよぶべきである」としている。このさい,精神病理学的概念である身体心像と脳病理学的概念である身体図式とを同一次元において論ずることには問題があるが,身体図式は身体心像の基盤であるといえよう。
 われわれは,たまたま分裂病者に併発した右劣位半球障害が,その患者に一見奇妙な右半身健康側の異常体験を示すにいたつた症例を経験したので,ここに報告する。

LSD幻視時の脳波変化について

著者: 岡嶋喜代子

ページ範囲:P.883 - P.887

I.まえがき
 LSD(Lysergic acid diethylamide)による実験精神病の症状は,Stoll(1947)23)がまず第1に指摘しているように,薬物による外因性精神症状であることは明らかであり,当然意識障害の存在が考慮されてよいと思われ,事実各報告の症状記載にも夢幻状態,酩酊状態,意識の変容などの言葉で現わされる意識の障害がとりあげられている。
 一方これとともにLSD精神障害のうちで注目されるのは,特異な幻視の出現であり,これら意識の問題と幻視のふたつをとりあげ,脳波上の立場から考察をすすめることは興味がある。

児童チックの集計的資料について

著者: 堀要 ,   若林慎一郎 ,   石井高明 ,   富田順

ページ範囲:P.889 - P.893

I.はじめに
 児童精神科外来において,チックは学童期を中心にして多数みられる症状の1つである。
 昭和35・36年の2年間に名古屋大学医学部精神科外来を訪れた19歳未満の患者総数2,302名のうち,その主問題が神経症的とみなされるものが468名(20.3%)であつた。その内訳は第1図のごとくで,チックは468名中67名(14.3%)であつた。
 このように児童精神科外来におけるチックの占める比重は大きい。
 ところでチックに関しては,従来少なからざる研究が行なわれ,その定義,病因,治療について種々論議がなされてきたが1)2),まだ決定的結論には到達していないように思われる。今後さらに発展的な研究,解明が期待されているのが現状である。そこで本稿においては,概括的基礎的資料として,児童精神科外来におけるチックの集計的資料をまとめ検討を加えてみたい。

精神病者の家系内自殺者についての研究

著者: 堤重年 ,   辻野彰一 ,   津田清重 ,   長尾澄雄 ,   今道裕之 ,   満田久敏

ページ範囲:P.895 - P.901

I.序論
 自殺はGAUPPの言葉をまつまでもなく,生物学的,社会学的および心理学的な問題であり,その研究にもそれぞれの方向からの観察方法がある。近年,個人心理学的研究に関しこの業績は,はなはだ多く,それらはまた自殺予防への課題とも強く結びついている。一方,社会学的ならびに生物学的方面からの研究は,DURKHEIM(1897),CAVAN(1928),DUBLIN(1933),GRUHLE(1940),RINGEL(1953)らのほか,わが国でも加藤,田多井,大原らの多くの研究がある。なかんずく,自殺の生物学的要因として当然問題となるのは,生来性の素質や遺伝素因,とくに精神病との関係である。全自殺者のうち精神病患者の占める割合は,著者により3%(WEICHBRODT)から66%(STERZLER)の幅がありいちじるしく相違している。中でも自殺を遺伝素質や精神病によるとする極端な主張の代表者はDELMASであり,彼はsuicide vraisのうち90%はzycloid,他はtémperaments hyperemotifsであるとしている。もつとも現在では,自殺傾向そのものの遺伝性を考えるものはない。KALLMANおよびANASTASIOは2,500組の双生児研究で,"たとえ同じ種類の精神病に罹患していても,双生児の一方だけしか自殺しないような例がかなりある"と述べているごとく,自殺傾向そのものが遺伝するとはまず考えられないが,自殺に赴きやすい精神病の遺伝は当然考えられることである。すなわち,彼らはまたいずれか一方が自殺した11組の一卵性双生児の研究で,そのうちの6組には家族に遺伝性精神病を認めたと報告している。またRINGELは非精神病の自殺未遂に関する研究で,近親者になんらかの精神障害の認められるものは67.8%であると述べ,わが国でも加藤は17.6%に認めている。大原は救急指定病院において67名の未遂者中,その25.37%に近親者に精神障害を認め,これは同じ形式で調査した健康対照群の8.32%に比しいちじるしく多いと述べている。
 以上はいずれも自殺者を発端者として行なわれたものであるが,他方,精神障害者の家系内に自殺者が比較的多いことも周知の事実である。われわれはこのたび当教室で従来行なつてきた各種の精神障害者の家系調査を資料として,主として家系内にみられる自殺者を対象に種々の見地から調査したので,その結果の概要を報告する。

了解的方法に関する一批判—とくにK. Jaspersの了解心理学に関して

著者: 前田利男

ページ範囲:P.903 - P.911

I.緒言
 日常の臨床的精神医学にとつて了解が重要な役割をはたしていることは多言を要しない。とくにK. JaspersやK. Schneiderなどの立場においては,了解的,非了解的ということがただちに臨床的に有力な診断の基準であるかのごとく思われる。
 ひるがえつて,科学としての精神医学がその普遍妥当性と現実強制力とを有することを要請されているならば,この了解的方法もまた厳密な学問的概念規定と方法論とをもたねばならないであろう。しかるに了解的方法あるいは了解心理学が,少なくとも精神医学においては,K. Jaspers以来多くの学者により批判,討論されてきたという事実は,それらが上記の要請を完全に満たすものではないことを示していまいか。了解ということがまず了解されなければならないほど,了解の概念あるいはその方法に多くの問題を蔵しているのであろうか?

精神神経科領域におけるL-アスパラギン酸塩製剤の効用と使用経験

著者: 和田豊治 ,   後藤昭 ,   桜田敞 ,   古郡恒宜 ,   渋木玖次

ページ範囲:P.913 - P.920

I.まえがき
 最近数に間における向精神薬の開発は,めまぐるしいほどの発展をみせ,精神疾患の日常の治療に大きな役割をはたしていることはいうまでもない。しかし,精神神経科の日常の臨床で「身体がだるい・疲れやすい」「頭が重い・めまいがする」「食欲がすすまない」「肩がこる・四肢がしびれる」「動悸がする」「眠れない」等々の心気的愁訴をもつた患者は比較的多い。神経症の患者ではこれらの症状が前景に立つていることが多いし,また他の精神疾患者でも種々の治療により,幻覚・妄想・不安・抑うつ感や他の異常体験などは改善されても,心気症状が依然として残存し,完全寛解の域までに達するのに手こずることもある。このような身体を中心にした心気症状に対して,最近では綜合アミノ酸製剤,各種ホルモン,なかんずく蛋白同化ホルモン剤を使用し,精神疾患者の治療に身体的面からの接近をこころみる意図もみられ,ある程度の効果がもたらされている。
 ところで,フランスのLaborit一派1〜10)により創まつたアスパラギン酸塩の系統的な基礎的臨床的研究は,同剤が肝・心臓系の諸疾患の治療に,また抗疲労剤として有用であることが発表されるにおよび,わが国でもその製剤が現われ2〜3の知見も報告されている11)12)。ちなみに,本剤はL-アスパラギン酸KおよびMg塩より成り,体内中間代謝を改善賦活するアスパラギン酸の作用と,K・Mg塩の酵素賦活化作用ならびに細胞内主要電解質としての作用とをあわせ有しているという,生体の代謝にとつてきわめて重要な意義をもつている製剤である。われわれはこのL-アスパラギン酸塩(アスパラ錠・注剤)を精神神経科領域の患者に,昨年来試用する機会をえたので,つぎにその臨床経験のあらましを報告してみだい。

Trifluoperazineの精神分裂病に対する使用経験

著者: 岩本信一 ,   松川善彌 ,   田渕健次郎 ,   田辺晋 ,   浜名康爾 ,   三好豊

ページ範囲:P.921 - P.925

I.まえがき
 Chlorpromazineの出現以来,精神科における治療方針が変わり,いわゆる特殊薬物療法が治療の主役をはたすにいたつたことは周知のとおりである。ことにChlorpromazineを中心とするPhenothiazine誘導体は核置換基,側鎖の相違によつて精神病の病像に対する効果を異にし,Chlorpromazine以後多種のPhenothiazine誘導体が臨床に供された。しかしかかる特殊薬物についての臨床経験が豊富になるにしたがい,効果の一時性と速やかな薬剤耐性とから薬物療法の限界が論じられ,すでに一部では電撃やインシュリンなどの衝撃療法が再認識されつつあるように思われる。かかるさい,精神病治療剤は一方では症状選択性の高いものをねらい,他方ではより副作用の少ないものに向かつて研究が進められつつあり,中でも側鎖にPiperazine基を有するいわゆるPerazine groupが注目されている。
 ここに報告するTrifluoperazineはPhenothiazine核にMethyl基が,またN-置換側鎖にMethylpiperazinylpropyl基が導入されたPerazine groupの新しいPhenothiazineでChlorpromazineに比し精神安定作用が強く,抗幻覚妄想作用や自発性促進作用がすぐれるといわれる。われわれは昭和37年8月から吉富製薬を通じて提供されたTrifluoperazineを精神分裂病者に試用し,既往の薬物と一応異なる効果を認めえたのでここに報告する次第である。

拒薬傾向ある精神障害者に対する与薬方法について

著者: 武石喜重朗 ,   古賀正子 ,   政所冨久子

ページ範囲:P.927 - P.929

I.はじめに
 最近の向精神薬の発展はいちじるしく,精神科の療法においては薬物療法に重点がおかれるようになつた。しかるに精神障害者に対する与薬については拒薬患者等いろいろと困難なことが多く見受けられる。すなわち薬物に対する被害妄想のある患者や新入院時の興奮その他により拒薬する患者または白痴状態により服薬させるのに困難な患者あるいは錠剤は一度口中に含んでのち,吐き出す患者など治療に看護に困つている場合がある。いままで薬をのまないからといつて放置したり,E. S. を行なつたり,無理して注射をするか,またはご飯に薬をふりかけて食べさせていたが,このような治療および与薬方法,または看護は精神障害者であるからといつてつづけるべきでなく,精神科であるからこそ患者にはつねに親身をもつてあたらねばならない。そのような考えのもとにわれわれは,拒薬患者には「お菓子のクスリ」として与えたらどんなものであろうかと考え製剤をこころみた。

動き

Geelにおける精神病者の生活療法—ベルギーからの書簡より

著者: 室伏君士

ページ範囲:P.931 - P.933

 過日BungeのBogaert教授のもとで研究しているわれわれの教室の室伏君士講師からつぎのような便りがあつた。興味深いと思うのでその一部を同君の許しを乞うてここに紹介した(懸田生)。

紹介

「ヒポクラテス全集」より—〔第3回〕「疾病について」ほか

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.935 - P.941

 前回紹介した「流行病」はHippocratesその人を代表とするCos学派の症例集とみなされるが,今回はCnidos学派の文献から選んでみた。この学派の起源はおそらく前7世紀ごろにさかのぼるようで,前5世紀の中葉に隆盛期にはいり,Euryphon,Herodicosが同学派を代表する医家として知られている。クニドスはエーゲ海に突出した小アジアの小さな半島の都市で,コス島とロードス島の中間にあり,その地理的環境からしても東方諸国により近縁であり,同学派にはメソポタミヤ,インド医学あるいはエジプト医学などの古代医学の影響が強くみられるとい5。その疾病観,治療法などもCos学派とは対照的である。
 Cos学派の代表的文献の1つに数えられる「急性疾患の養生法」(Ⅱερι σιαιτηζ οξεωυ)の中には「クニドス格言集」(κυιδιαι γυωμαι)―現存しない―に対するきびしい批判がみられる。それによると,彼らには症候論と予後に対する考慮がたらず,治療法も少数の薬剤を用いるのみで,より本質的な養生法(食餌療法)をかえりみることなく,その疾病分類はあまりにも人為的である旨の記載がある。確かにCnidos学派は疾病の分類に多くの関心をはらつたもののごとくで,Galenosの注訳によると,彼らは7種の胆汁障害,12種の膀胱障害,4種の腎臓病,4種の尿閉,3種の破傷風,4種の黄疸,3種の肺癆などを分けているという。本稿に紹介する「疾病」「内科疾患」などにもこれらの疾患の記載がみられる。その症状の記述には鋭い正確な観察も少なくないし,また詳細な治療法も並記されているが,全体としてはいささか形式的でrigidな感を免れず,また古代医学の原始性をとどめているかに思われる点がないでもない。この傾向は,疾病の分類よりも予後診断に重点をおき,薬物療法のみならず養生法をも重視し,つねに患者をば個体全体,気象状況などとの関連においてみよ5とするCos学派の疾病観とは鋭い対立をなしている。現代の言葉を用いて概括するならばCnidos学派がより静態的,局在的な見解をとるに反してCos学派はより力動的,全体的な立場に立つ,といえるでもあろう1)

精神衛生資料

犯罪及び非行少年(1),他

ページ範囲:P.875 - P.875

少年・成人別刑法犯検挙人員の率

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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