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雑誌目次

論文

精神医学5巻7号

1963年07月発行

雑誌目次

展望

非定型精神病の概念

著者: 諏訪望

ページ範囲:P.507 - P.519

Ⅰ.はじめに
 ―疾患単位と類型―
 非定型精神病とは何かという問題は,現在の精神医学のうちでいちばん複雑な,また幾とおりもの解答を含んでいるものであろう†。ところで「非定型精神病」という概念が成り立つ前提として,「定型精神病」のわくが具体的に決められるのが自然の順序であることはいうまでもない。しかしその前に,もつと基本的な問題,つまり精神疾患,とくにいわゆる内因性精神病を対象とする場合に,「定型」とか「非定型」とかいう言葉がどんな意味をもつているかという点について考えてみることが必要であろう。
 そこでわれわれはまず,Kraepelinの疾患単位(Krankheitseinheit)という概念にふれないわけにいかない。すでによく知られているように,Kraepelinは一方では進行麻痺をモデルとし,他方ではKahlbaumの考えかたを発展させて,症状,原因,経過,転帰などを共通にもつものをまとめて疾患単位を定めようとこころみ,早発痴呆および躁うつ病という概念を提唱した。しかしJaspers18),も指摘しているように,ここで2つの点が問題になつて浮かび上がつてくる。すなわち第1に,進行麻痺は原因的,神経学的,さらに神経病理学的にみれば1つの単位ではあるが,あらゆる種類の精神症状が現われるので,精神病理学的には1つの単位を決める規準にはならない。第2に,経過や転帰などをも考慮にいれてみた場合の全体としての精神病像については,明確な境界線をひくことは事実上不可能であり,相互の間にあらゆる移行があつて,結局いくつかの類型として取り出すことができるにすぎない。このような観点から,Jaspersは疾患単位の理念を否定して,類型の理念を主張したわけである。
 K. Schneiderとその学派も,Jaspersの思想を受けついでいるが,K. Schneider58)によれば,感情循環病(Zyklothymie)と精神分裂病(Schizophrenie)は,互いにはつきり区別しうる単位ではなく,むしろ類型にすぎないのであつて,その間にはあらゆる移行型があり,この2つの疾患の場合に問題になるのは,鑑別診断学ではなく,鑑別類型学(Differentialtypologie)であるという。
 このように,定型か非定型かという問題設定の出発点が,Kraepelinの疾患単位の理念にもとついた2分主義であることは’あらためて述べるまでもない。ところでConrad4)は,Kraepelinの教科書における疾患分類の変遷をたどり,第1版(1883)から第9版(1927)までの間に,版が改められるごとに分類が変えられているという事実から,もしもKraepelinがもつと生存していたら,分類はもつと変わつたであろうと述べているが,おそらくそのようなことになつていたかもしれない。
 Kraeplinが規定した2つの疾患のほかに,そのいずれにも属さない中間型ないし移行型が存在することは,事実としてすべての人が認めざるをえなくなつたといえる。そして疾患単位の理念にもとづく2分主義を揚棄しようとするこころみが,非定型精神病についての論議の出発点であり,また上の事実をいかに意味づけるかという点で,考え方が分かれるわけである。
 いままでの多くの見解をおしつめていくと結局2つの極限に達する。1つは「非定型」の疾病学的な特殊性ないし独立性を追究する立場で,結果としては無数の「定型」を設定することになる。他は定型-非定型の問題を,あくまでも現象のレベルで取り扱う類型論の立場である。非定型精神病に関するいままでの論説は,だいたいこの2つの両極の問のどこかに位置づけることができるが,本稿では後述するような3つの方面からまとめてみたいと思う。

研究と報告

いわゆる境界例の精神療法的研究(その1)—その病識および治療理解をめぐつて

著者: 三浦岱栄 ,   小此木啓吾 ,   鈴木寿治 ,   河合洋 ,   岩崎徹也 ,   玉井幸子

ページ範囲:P.521 - P.530

Ⅰ.まえがき
 わが教室では,武田1)が1958年に境界例の32例について詳細な症例観察にもとづく分類を報告して以来,境界例borderline caseなる概念を,臨床上の診断用語として使用しているが,その後,精神分析的な方向づけをもつた精神療法の教育2)が進むとともに,この種の症例群に対して,6人の治療者による長期精神療法を組織的に実施し,その症候学的および精神力学的な観察をこころみている。このこころみは,精神療法の治療効果を云々するだけの立場に立つものではなく,むしろ一種の実験にも比すべき,力動的な精神病運学的観察をめざすといつたほうが適切である(注1)。

手話法の「失語」

著者: 大橋博司 ,   浜中淑彦

ページ範囲:P.531 - P.535

Ⅰ.緒言
 従来失語症といえば,もつぱら病前健全な五官を有していた人にみられる口頭言語,書字言語の障害がとりあげられるのが通例で,聾唖者の相互理解の手段である種々の身ぶり言語,あるいは盲目者の用いる点字などに関する障害については,観察の機会がきわめてまれである所為もあつてあまり注目されていない。ことにわが国では,少なくともわれわれの知見のおよぶ範囲ではまつたくそのような報告をみないのであるが,欧米においてはすでにHughlings Jackson(1878)が聾唖者におけるかかる障害の可能性を予言して以来,少なくとも数例の報告が散見されるようである。われわれがここに記載する症例は聾唖者ではないが,一種の手話法の障害をきたしたという意味で,身ぶり言語の失語あるいは失行-失認問題の理解に寄与する点でもあればと考え,報告するしだいである。

Phenothiazine系薬物投与により錐体外路性運動過多および著明なる錐体路症状を示した1症例

著者: 宮川太平

ページ範囲:P.537 - P.541

 (1)われわれは,1分裂府患者においてPhenothiazine系薬物投与により,
 a)ヒヨレア・アテトーゼ・チック・振顫および筋搐搦などの著明な運動過多症状,
 b)バビンスキー・オッペンハイム・ロッソリモ・チャドックおよびメンデル-ベヒテレフ現象や足間代などのいわゆる錐体路症状,および
 C)パーキンソニスムス,
などのおこることを観察した。
 (2)Chlorpromazine,Perphenazine,Fluphenazineの投薬・量の変化・中止などと,⊥記諸症状の消長とは一致することが,臨床実験で証明された。
 (3)本例においては,上記運動過多現象・錐体路症状をおこす作用はFluphenazineがもつとも強く,パーキンソニスムスはChlorprolnazineによりもつともおこりやすいことを認めた。一般にこれらの副作用をおこす力は,Fluphenazineがもつとも強く,あとはPerphenazine,Chlorpromazine,の順であつた。

Phenylketonuriaの姉妹例

著者: 宇野修司 ,   岩崎正夫

ページ範囲:P.543 - P.546

Ⅰ.緒言
 Fölling1)は1934年Osloにおいて,重症の精神薄弱と尿にPhenylpyruvic acidの排泄とを主徴とする症例を報告した。本症はPhenylalanineがTyrosineに加水分解される過程が障害された先天性異常であり,その尿中にはPhenylpyruvicacid,Phenylacetic acid,Phenyllactic acidなどPhenylalanineの異常代謝産物が排泄される。また,その臨床症状としては,精神薄弱,皮膚や毛髪および紅彩の色素欠乏,皮膚の光線に対する過敏性,湿疹のできやすいこと,特異な獣様の体臭,時にてんかん様けいれん発作および錐体外路性症状などがあげられる。
 本症は,尿中に多量に排泄されるPhenylpyruvic acidに5〜10%塩化第二鉄(FeCl3)水溶液を反応させ,美麗な深青緑色を呈色せしめることにより,容易に診断せられる。また,近時Phenistixと称する試験紙を使用することにより,Phenylpyruvic acidの半定量が可能となつた。

新しい抗うつ剤β-Piperonylisopropylhydrazine(Safrazine)のうつ病像に対する臨床使用経験

著者: 金子仁郎 ,   谷向弘 ,   西沼啓次 ,   西村健

ページ範囲:P.547 - P.558

I.はじめに
 Chlorpromazine,Reserpineの出現により,精神疾患を薬物によつて治療しうるとの期待がもたれるようになつて以来,精神科治療領域にはおびただしい種類の薬剤が登場し,いまや精神疾患治療の主座は薬物療法によつて占められているといつても過言ではない。これらの薬物のうちにはたしかに精神症状を動かしうるものがあり,このような薬物の作用機序が解明されれば,精神現象の基礎となる中枢神経系の活動が生化学的なレベルで理解できるようになるであろうと期待せられる。このような観点から,著者らは精神薬理学にとくに関心をはらつているが,この意味では抗うつ剤に属するモノアミン酸化酵素(MAO)阻害剤はもつとも興味ある物質の1つであろう。
 Brodieら1)によれば,MAO阻害剤は脳のMAOを阻害してアミンの破壊を防ぎ,神経伝達物質に擬せられているこれら芳香族モノアミンの脳内含量の増加をきたさしめることによつて抗うつ的にはたらくのであるという。この仮設は精神現象を脳内に生理的に存在する物質の含量の変動によつて説明しようとするものではなはだ興味深いが,その根拠となつているものは大量のMAO阻害剤を投与した急性ないし亜急性の動物実験の成績2)3)である。しかるに,われわれが臨床上うつ病像を呈する患者を治療するさいに使用するMAO阻害剤の量は,動物実験に用いるものよりもはるかに少量であり,かつうつ病像の改善は薬剤の連続投与1〜2週間後に初めて発現するのである。したがつて従来のような大量の薬剤を用いた急性の動物実験の成績を臨床効果の薬理機序と結びつけるには,なお橋渡しとなるべき実験が必要であろう。著者らはこころみに抗うつ剤として使用されている種々のMAO阻害剤の臨床使用量に相当する少量を1回だけ動物に投与してみたところ,いずれの薬剤によつても脳MAO活性にはまつたく阻害がみられず,肝MAOにおいてさえ臨床使用量の多いIproniazidをのぞいてはまつたく影響が認められなかつたのである4)5)。そこで著者らは臨床使用相当量での慢性投与実験の必要性を感じ,種々のHydrazine誘導体について検討した結果,1回投与ではin vivoで阻害作用を発揮しないような少量でも,慢性投与後には明らかに組織MAOを阻害すること,このさい組織MAO附害の程度は薬剤ごとに,あるいは組織ごとに異なつており,末梢組織での酵素阻害度と臨床上の副作用発現頻度との問にはある程度の相関関係があることを見出した4)5)
 MAO阻害剤が抗うつ作用を有することはこんにち広く承認されているが,一部に副作用として重篤な肝障害をおこす場合のあることが知られたため6)7)8)9)10),その臨床使用に危惧がいだかれている。著者らは上述の基礎的研究の成績から,脳MAOを強く阻害し,脳以外の末梢組織への影響の少ないMAO阻害剤を求めれば副作用の少ない抗うつ剤がえられるのではなかろうかと考え,脳に親和性の強いHydrazine誘導体の発見につとめた結果,β-Piperonylisopropylhydrazine(Safrazine,以下β-PIPHと略す)なる構造に到達し4)5),小野薬品工業の協力をえてその合成に成功した。この物質について基礎的ならびに臨床的に検討を加えた結果,本物質は肝障害をおこすおそれの少ない抗うつ剤として臨床使用に耐えることが判明した。
 β-PIPHの薬理生化学的特性に関する基礎的研究の詳細は別に発表4)5)の予定であるから,ここにはごく簡単にふれるにとどめ,本論文では主として臨床使用経験を中心に本剤の抗うつ剤としての評価についてのべる。

てんかん性性格変化に対するLévomépromazinの効果

著者: 佐藤久 ,   切替辰哉 ,   丹道男 ,   藤本寛

ページ範囲:P.559 - P.563

Ⅰ.緒言
 てんかんに対する治療は,1912年Phenobarbitalが導入されたのを初めとし,最近10年余の問には,Prolninal,Aleviatin,Minoalviatin,Mysolin,Phenurone,Diamoxなどがつぎつぎと現われ,飛躍的進歩をみせている。
 これらの薬物を駆使することにより,和田1)によると,有効率94%という高位を示しているが薬剤治療の過程において発来する精神—社会面の障害が20%近くみられるという。現にわれわれ神経科医がしばしば遭遇するてんかんの性格異常のうち,とくに刺激性亢進,爆発性気質に対して,上記の薬物の効果はほとんど期待できず,治療,看護面において非常に困難を感じている現況である。また運動性不穏,持続性精神変調,精神分裂病様症状,などに対する薬物も従来あまり知られていないのは周知の事実である。藤田2)により初めて,てんかんの精神症状に対しLévomépromazinが有効であるという報告にもとづき,われわれもLévomépromazinを主としててんかんの精神症状に用い,興味ある知見をえたので報告する。

精神分裂病に対するTrilafon復効錠の使用経験

著者: 石井厚 ,   武藤朗 ,   津島信則

ページ範囲:P.565 - P.568

 精神分裂病など各種精神障害に対するPerphenazineの使用経験については,すでに数多くの報告があり,その治療効果は広く認められている1〜14)
 われわれはPerphenazine製剤の1つである,Trilafon復効錠(1錠中8mg含有,アメリカ・シエリング社)を使用する機会をえたので,その結果を報告する。

資料

栃木県における精神病者の管理

著者: 小坂英世

ページ範囲:P.569 - P.573

Ⅰ.はじめに
 栃木県の公衆衛生領域においては,精神衛生相談所に専任医師の配された昭和36年4月に
 1)精神衛生相談所は保健所の技術指導に徹すること。そのために精神衛生相談所医師は県下全保健所に巡回出張する。
 2)保健所は精神衛生相談所の技術指導を受けて各地球社会における精神衛生活動の中心となること。
 という精神衛生活動の基本方針がたてられ,以後県下の全(11)保健所が定期の所内相談(週1回ないし月1回),不定期の所外相談,専門職員の教育,公衆の教育を行なつてきた。このような早期発見,教育体制の確立についで精神障害者管理が計画され,昭和37年6月知事名で,「精神病者管理実施要領」が定められて,栃木・小山保健所が推進地区として同業務を開始した。

動き

第60回日本精神神経学会印象記

著者: 中川秀三 ,   黒丸正四郎 ,   新福尚武 ,   今泉恭二郎

ページ範囲:P.574 - P.579

本欄では第60回日本精神神経学会の紹介を黒丸・今泉・新福・中川の4教授にご執筆いただいた。単なる印象記ということでなしに,それぞれに出席された各学会場での印象を各教独自の立場から綴つていただいたので学界の動きを底辺としていろいろ興味ある問題が提示されている。

紹介

—H. W. Gruhle,R. Jung,W. Mayer-Gross,M. Müller—現代精神医学 第3巻 社会・応用精神医学—〔第3回〕精神医学の境界領域

著者: 東京医科歯科大学精神医学教室精神病理学グループ

ページ範囲:P.581 - P.586

 この草では「精神医学と民族学」の項について米国のMargaret Meadが,「宗教」の項について西独のHeimannが,「芸術」の項についてフランスのVolmatがそれぞれ担当している。

from Discussions

分裂病に関する最近の臨床遺伝学的研究—ふたごの研究を中心として—(本誌5巻1号掲載)に関する往復書簡

著者: 井上英二 ,   土居健郎

ページ範囲:P.588 - P.589

 精神医学の5巻1号に掲載された私の論文「分裂病に関する最近の臨床遺伝学的研究—ふたごの研究を中心として—」に対して,聖ルカ病院の土居健郎君が感想を寄せられた。一読すると,この論文でとりあげたさまざまの問題に関する重要な討論を含んでいるので,同君の許可,および編集委員の同意をえて,私の返書とともに公開することにした。このような立入つた議論が,分裂病研究の一助になれば幸いである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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